現代パラレル蓮キョ、お届けです。
前話こちらです↓ ※色が違うのはキョコside
レース・ローズ【1 ・2 ・3 ・4 ・5 ・6 ・7 ・8 ・9 ・10 ・11 ・12 ・13 ・14 ・15 ・16 ・17 ・18 ・19 ・20 ・21 ・22 ・23 ・24 ・25 ・26 ・27 ・28 ・29 ・30 ・31 ・32 ・33】
■ レース・ローズ ◇34 ■
パーティは続いているのに、途中で退席してホールに二人で出たことでホテルマンの目に止まったのだろう。
しかももしかしたら俺が一方的に最上さんに言い寄っている風に見えたのかも。
クローク受付にいたホテルサイドの女性が遠くから様子を窺うようにつま先立ちしたのが見えて、その制服姿の女性は最上さんの服を見た途端、血相を変えて飛んで来た。
「 お客様!どうなさったんですか、そのお洋服?! 」
「 あ・・・ワイン・・ワインが掛かってしまって・・・ 」
「 それってまさか、この男性がきっかけづくりとかで・・・ 」
「 いや、俺はっ 」
「 違います!敦賀さんは私の知り合いです!! 」
「 敦賀さん?あ、そうなんですか、それは良かった 」
何だそれは、と思った。
しかもどこをどう納得してくれたのか、彼女は俺を見て首を縦に振りながらもう一度それは良かったと呟いてから我に返った。
「 あっ、そんなことより、そのままでいたらシミになってしまいます!どうぞこちらにいらしてください。急いでクリーニングいたしますから 」
制服女性の誘導は強引だった。けれど押しつけがましい所はひとつもなく、その所作は親切だった。
だからなのか案内されるがまま、最上さんは別の部屋でホテル所有のガウンに着替え、そのあと俺たちは服の染み抜きが終わるまで、イベントホール庭にあるガゼボで待つことになった。
「 テラスは周りが木々に囲まれていてとても落ち着けるスペースですし、全面ガラス張りですが空調が効いていますから寒くもありません。外はもう真っ暗ですので丸見えになる心配もございませんから、どうぞ安心してそちらでお待ちください 」
その、言葉通りだった。
壁に囲まれた部屋で時計の針が過ぎゆくのをじっと睨みつけるより、ガゼボで夜景を眺めている方がずっと気持ちは落ち着ける。
やんわりと光を放つランタンが
やけに幻想的な視界を生み出していた。
「 意外ときれいですね、ランタンの光って。このうすぼんやり見えるのがかえって素敵 」
「 うん 」
俺の口数は極端に少なかった。
テラスにあったイスは木製のベンチで、腰を落ち着けるとガゼボの中央に膝が揃ってゆく逆半円の形だった。あるいはドーナツを半分に切った形状、と言った方が伝わりやすいだろうか。
一人分のスペースを空けて最上さんと並んで座り、彼女は庭の景色を、俺はぼんやりと彼女を見つめた。
白いガウンを着ているせいか、彼女の姿はまるで天使のようだった。
これで頭からレースをまとえば、リアルなレース・ローズの構図になる。
レース・ローズ・・・・・と言えば。
さきほどオークショニアはあの絵を前日の花嫁と紹介していたけれど、それが本当のタイトルなのだろうか。
社さんはあの絵をどうやって俺の家から持ち出したのだろう。
思案を巡らせて直ぐ、解決策が見えてしまった。そんなのは簡単だと思った。
鍵レスキューにでも連絡して、開錠してもらえばいいのだ。
そもそも社さんは俺の家に何度も来たことがあるから場所は知っている訳だし、引っ越してきたばかりで住所変更が出来ていないと言えば、提示された身分証と住所が異なっていたとしてもそれ以上の疑問を初対面の相手が持つはずもない。
4~5万ほどの料金を請求されただろうが、オークションですぐ取り戻せるのならそれは痛くも痒くもなかっただろう。
・・・・・蓮、どうしてお前は・・・
瞼の裏に、眉間に皺を寄せた父の顔が浮かんだ。
これまで俺は社会に出て仕事をしたことなど一度も無かった。なぜなら俺は芸術家である父の元でずっと作品制作に邁進していたから。父は有名な現代画アーティストだった。
若い芸術家が芽を出すきっかけは色々とあるが、一番手っ取り早いと言われているのは師と仰ぐ人の展覧会等で、会場の片隅に自分の作品を置いてもらうことだという。
事実、父も弟子たちにそうしていた。
それで分かったことは、どうやら俺に才能は無いらしい、ということだった。
自分より年下の弟子たちが次々と巣立ってゆくのに、俺はいつまでも父の工房に居座ったまま。それでやがて目が醒めた。
ギャラリストになったのは、俺の最後の足搔きだ。
どうしても俺はこの世界から離れたくなかった。
父の工房で弟子として作品を手掛けながら、師である父のサポートをすることで得ていた一度も手を付けることのなかった給料だけを道連れに、俺は黙って家を出てきた。
実際には、母には全てお見通しだったらしく、母に見送られての家出ではあったけれど。
「 ・・・ですか、敦賀さん? 」
「 っっっ?!あ、ごめん、少しぼーっとしていた 」
こんな時だというのに、昔のことを思い出してしまうのは現実逃避の一種だろう。
これから自分はどうすべきだろうと自問自答してみたけれど、答えなど出るはずもなかった。
「 ・・・っっっ!!! 」
「 敦賀さん。さっきから何か悩んでいますよね?私で良かったら、話してください 」
「 ・・・最上、さん 」
「 話してください 」
いい・・・けど、俺、笑っちゃうよな。
少し前まで俺は、ギャラリストとしてこれからも頑張っていけるかも、なんてことを考えていたのに。
今はそんなこと少しも信じることが出来ない。
本当に、笑ってしまう。でも本気だったんだよ、俺は。だからこそ悔しいんだ。こんな事態になってしまって。
でも俺も悪かったんだと思う。何も調べたりしなかったから。
それも頭では分かっているけど、感情は全然ついてこなかった。
「 最上さん 」
いまから君に話すことは現実逃避の一種だよ。
頼むから軽く聞き流してくれる?
本当は、今夜君を送る時に話そうと決めていたことなんだけど。
「 店舗契約の話。誰かに先に手をつけられてしまって出来なかったって、話しただろ 」
「 ええ 」
「 それで俺、やる気がね、無くなっちゃったんだけど、でもやっぱり頑張らなきゃって思い直して、もう一度不動産屋に行ったんだ。それで色々探してもらって、いくつか自分でこれならと思える物件を見つけることが出来たんだけど 」
「 わぁ、見つけられたんですね!それで? 」
「 でも、どれも俺が想定していたより賃料が高くてね・・・ 」
「 そう、なんですか 」
「 けど、頑張れば借りられないことはないかもって考えた。例えば今より支出を抑えた生活が出来るならやっていけるかもって。それで思いついたことがあって、それ、聞いてくれる? 」
「 もちろんです。なんですか? 」
ここで一呼吸の間を置いた。
あのね、最上さん。もちろん断ってくれていいからね。
本当は必至に君を説得するつもりだったんだけど。
でももう無理だ。だって俺、この先自分がどうなるかも分かっていないんだから。
「 俺達、もっと広い家に引っ越さないか?一緒に 」
「 え? 」
「 俺、気づいたんだ。都内では1DKの物件ほど家賃が高いって。もちろん、一人暮らしで3LDKの家賃なんてもっと高すぎるけど、でも二人なら・・・ 」
最上さんの家は洋間4.5畳の1DK。ロフトが付いているけどたったそれだけで16万。
一方、俺の家は洋間6.5の1DK。同じくロフトが付いているけど、駐車場代は別で17万。
二人合わせるとひと月33万の家賃だ。
この金額でどのぐらいの物件が借りられるのかとふと疑問に思って不動産屋に聞いてみた。すると意外な答えが返って来た。
「 30万円台ですと場所によっては5LDKなんかもありますねー。築年数に拘らなければもっと安い家賃で同じ広さを借りられる場合もありますし、逆にセキュリティなんかを強固なものにしちゃうと部屋が狭くなることもありますよ 」
「 え。それって、たとえば20万円台で3LDKっていうのも探せばあるって事なのかな 」
「 そうですね。むしろそれなら探しやすいですね。地域によって多少の誤差は出ますけど、3~4LDKで20万円台っていうのは、子育て世代に注目されやすい物件ですから 」
それで、最上さんから俺の家までの範囲内で駐車場付きの3LDKを探してもらった。するとすぐに見つかった。
その中で特に俺が気に入ったのは、洋間7.5、洋間5.5、洋間5.1、LDKが15.2という築3年目の物件だった。
残念なことに西向きの部屋だったけれど、バス、トイレ、テレビモニターホン、洗濯機置き場、エアコン、オートロック、ウォークインクローゼットがあって、独立洗面台、追い炊き機能付きバス、ベランダバルコニーの仕様で、管理費2万円を含む月27万円という賃貸マンションだ。
しかも今は秋冬で引っ越しシーズンでもないから、交渉次第でもう少し家賃を抑えることが出来るかも、というアドバイスまで付いてきた。
「 27万円なら二人で折半すると一人13.5万だろ。でも駐車場を使うのは俺だけだから俺の家賃を一万円高く設定するのが妥当だと思うんだ。すると君は月4万円近く、俺でも3万円近くもいまより安い家賃で暮らせることになるんだ。しかも今よりずっと広い家にだよ。最上さん、これ、すごくいいアイディアだと思わない? 」
話しているうちに気分が自然と盛り上がり、いつの間にか俺は前のめりで最上さんに詰め寄っていた。
その間、最上さんの目は左右に激しく揺れていて、明らかに彼女が戸惑っているのが分かった。
「 うえぇぇぇ、そりゃ、家賃だけを考えると十分魅力的ですし、とってもいいお話のような気はしますけど。でも・・・ 」
「 大丈夫!家賃を折半して一緒に暮らすだけで、君に迷惑かけないと誓うから。変なことは絶対しないし、お互いに家事だってなんだって自分のことだけすればいいんだ。その上で俺は君の生活に口を出ししたりもしないと誓うよ! 」
「 いえぇぇぇぇ~?いえ、そうじゃなくてぇぇぇ・・・ 」
よほど悩ませてしまったのか、最上さんが両手で頭を抱えて背中を丸めた。
すると、なまじ自分が前のめりになっていただけに彼女との距離が更に近づいてしまって、なのに彼女自身も前かがみになったりするから柔らかくはだけたガウンの胸元が俺の目に飛び込んだ。
慌てて背筋を伸ばしてそっぽを向く。右手を軽く握りしめた俺は、頭痛をガマンするように拳を眉間に押し当てた。
あああ、もう。何をやっているんだ、俺は。
本当はこんな事をしている場合じゃないのに。
闇オークションに巻き込まれて、いま大変な事態になっているというのに。
改めてそれを考えると少しだけ冷静さを取り戻せた。
口の中でまだ何かモゴモゴと呟いている最上さんを、俺は複雑な思いで見つめた。
いいんだって最上さん、そんなに悩まなくても。
けどそういうのが嬉しいのは何故なんだろうね。
悩む必要なんてどこにもないのに。ただ君に伝えたかっただけなのに悩ませてごめんね。
遠くでサイレンが鳴っている音が聞こえた。パトカーかなと思った。
その音が、徐々に近づいてきている気がする。しかも音を聞く限り一台、二台ではないらしい。
まさか、とは思ったけど、そうに違いないという確信めいたものを覚えていた。
ただ本当にそうだとしたら、なぜこんなに早く警察がここに駆け付けることになったのか。その理由が俺にはまるで判らなかった。
分かっているのは、それで万事休す、ということだけだ。
果たして警察は、こんな状況でどれだけ俺の言葉を信用してくれるのだろうか。
未知数な不安が津波の様に押し寄せる。でもどうすることも出来なかった。
サイレンの音に紛れ、二人きりだったテラスに足音が近づいて来ていた。ヒールの靴音だった。
俺がそちらに視線を翻すと、案の定こちらに向かって来ているのはホテルウーマンだった。彼女の片腕には俺が最上さんに贈ったワンピースが掛けられている。
キレイになったのかな、と、こちらに向かって来る制服姿の女性の顔を見て漠然と思った。
その女性は俺が彼女を捕らえているのに気づいていたのに、敢えてテラスのドアをノックしてから扉を開けた。
「 大変お待たせしました!お喜びください。見事に綺麗になりましたよ 」
「 ありがとうございます!良かった。大丈夫だって信じていたけど、やっぱりちょっと不安だったから 」
「「 え 」」
「 うふ。実はこの服にはあらかじめ防水スプレーをしておいたんです。しかもしつこいほど何回も。でも防水スプレーって、ビニールみたいに分かりやすく水をはじいてくれるわけじゃないんですよね。だからどうかなとも思ってて。でもやらないよりはやった方が絶対にいいってことがこれで証明されて良かったです 」
「 まぁ、そうだったんですね。それですぐ綺麗になったというわけですか。実はお待たせしてしまったのはむしろ乾かす方に時間を取られてしまったからだったんですよ 」
「 お手数おかけしました 」
「 いいえ。それにしても見事なレースですよね。こんなに美しい服を私、初めて拝見しました 」
お待たせして本当にすみませんでした、と女性はもう一度謝罪した。
腰を曲げて最上さんに服を手渡す。
そのとき俺は気づいた。
女性の後ろにもう一人、誰かが立っていた事に。
パトカーのサイレンがけたたましく鳴り響き、やがてイベントホール前に数台のパトカーが停止した。
その回転灯で照らし出されたのは、俺が探さなくちゃと思っていた社さん本人だった。
「 いよっ、蓮。お前にしちゃメチャクチャ積極的な提案をしていて感心したぞ、俺は 」
「 社さん!? 」
「 おお、こっちがお願いする前に腰を上げてくれて助かるわ。悪いがちょっと顔を貸してくれるか? 」
「 なに・・・何言ってるんですか!その前に教えてください。今夜のあれは一体何だったんですか!あなた、俺に何をしてくれたんです?それでよく俺の目の前に顔を出せましたね?!あなた一体何者なんですか!! 」
社さんを逃がすまいと、俺は社さんの胸倉を両手で乱暴に掴んだ。
そんなことをされているというのに、社さんの目はなぜか静かに凪いでいるだけだった。
「 ああ、そうだな。けど、だからこそ勉強になっただろ。人を信用しすぎればこんな落とし穴に落とされることもあるかもしれないってことが 」
「 なん・・・ 」
「 商売をする上で信頼は大切な財産だ。だが、人を信じることと人を信用しすぎることは決してイコールでは結ばれない。それを肝に銘じておけ。なんて、今はいいか、それは。取り敢えず俺に同行してくれ、蓮 」
「 同行って、なんですか。一体どこに連れて行こうと 」
「 悪いとは思うけどお前からも調書を取らなきゃならないから 」
「 調書? 」
俺の手を払いのけた社さんが、右手で自身の胸ポケットを探った。そこから取り出した手帳を俺たちに見せびらかした。
「「 えっ・・・ 」」
最上さんと二人で顔を見合わせて驚いた。
こんなシーンはドラマなどでしか見たことが無かったから。
まさか警察手帳を見せられるとは夢にも思っていなかった。
⇒レース・ローズ◇35 に続く
やっと終わるよぉぉぉぉw
⇒The Lace Rose◇34・拍手
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