レース・ローズ ◇21 | 有限実践組-skipbeat-

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 前話こちらです↓ ※色が違うのはキョコside

 レース・ローズ【1 10 11 12 13 14 15 16 17 18 1920】  


■ レース・ローズ ◇21 ■





 翌日の夕方、ギャラリストオンリー販促会で手に入れることができた絵画を引き取ったあと、額縁の打ち合わせをするため約束していた会場の駐車場で社さんと落ち合った。


 荷台に積んだ絵画の中には昨日見つけた少女の肖像画もある。



 俺の気分は上々だった。



「 ふぅん。割と小さめの絵ばかりを選んだんだな 」


「 はい。昨日、最上さんが小さめの絵の方が飾りやすいかもって言っていたので、それを参考に 」


「 なるほど、それは良い着眼点かもな。それでなくても東京都は人口が過密化していて狭小住宅気味だし。額縁も最近は特に小さめの方がよく出るよ 」


「 ……っ……そうなんですか。絵は大きくダイナミックな方がいいって俺は思っていたんですけどね 」


「 俺もそれ、違うとは言わんけど、けど実際にお前の家だって絵を飾るスペースなんてないだろ? 」


「 ないですね、確かに 」



 最も、俺の家はそれとは違う理由でスペースが無いのだが。



 絵柄をチェックするため、その一枚一枚を丁寧に社さんが確認していく。

 その都度、この絵にはどんな額縁とセットにしようかと二人で密に話し合う。


 やがて、現代アートに紛れていた年代物の肖像画を見つけた社さんは…




「 ……っ…っ… 」


「 社さん?……あ…… 」



 ……その絵を目にした途端に絶句した。


 俺が心惹かれた絵画の少女は、こちら側を向いている。しかし体は側面で描かれていた。左側を正面に、右側が背中となる形だ。


 本来肖像画は側面、あるいは4分の3が基本であり、真正面を向いて描くのが許されたのは聖なる人物に限られていた。だからこんな構図なのだろう。



 少女は美しいレースのヴェールを身に着けていた。



 結婚準備のひとシーンなのか、それともいたずら半分なのか。


 とうていウエディングドレスとは言い難い色のついた服を着用している彼女の白いヴェールはきちんと纏われてはおらず、髪の上にふわりと乗せた感じになっている。

 そのずれ落ちそうなヴェールを細い両手で抑えながらこちらを見て微笑んでいる少女の顔は、幸せそうな様子が満ち溢れていた。


 その笑顔はまるで、いつかこんな日がくればいいわね、と語り掛けているかのよう。

 改めてまじまじと見つめて、とても良い絵だと俺は思った。




「 …社さん。そんな長いあいだ絶句しないでもらえますか? 」


「 ああ、悪い。いや、でもこれだったんだって思ってさ 」


「 え? 」


「 なんか、今日はやけにお前が上機嫌だと思っていたんだよ。だからてっきり昨日、俺がいなくなったあとでキョーコちゃんといい事でもあったのかなって邪推していたんだけど、違ったんだな。これだったんだ 」


「 そう、分かりますか!?そうなんですよ、これなんです!見た瞬間に惚れ込んじゃったんですよ、俺!! 」



 独特な模様を描くレースのヴェールはとても繊細な風合いで、自分の手から作品を生み出す最上さんとイメージが重なる。

 そうなのだ。いつの間にか俺はこの絵の少女を最上さんに重ねて見ていた。



 全然どこも似ていないのに。




「 それにしても、ずいぶんと古い絵だな、これ 」



 言いながら社さんが絵に付属されているディテールデータに目を通した。そこに記されている年代を見て驚き、鑑定書を見て彼はまた驚いた。



「 え?これ17世紀の絵? 」


「 そうなんです!俺もびっくりしたんですよね。でも時々こういう品が出回るんですよ。古民家の解体時に出て来たり、旧家が取り壊された後に市場に出回ったり… 」


「 コレクターが亡くなったりしたときな。いや、さすがに俺もそんな事は知っているけど。でもすごいじゃないか、蓮。凄いものを見つけたな、お前 」


「 俺もそう思っています。こんな風に現存しているなら化ける可能性もありますよね 」


「 かもな。なんか、あの画家が描いた奴に似てる気がするし 」


「 っっ!俺も、実はそう思ったんです。レンブラントにどことなく似てますよね!? 」


「 そう、それだ!でも期待はしない方がいいんじゃないか。何しろ贋作の方が多い作家の一人だからな 」


「 分かってます。いいんですよ、化けなくても。俺が気に入ったってだけで、手に入れたんですから、これは。

 でも思わずね、最上さんが女神かもって本気で思いましたよ。俺、あの子と会ってからなんか運が良くなっている気がするんですよね 」


「 ノロケか! 」



 目を細めた社さんが唇を尖らせて俺の背中を小突く。それに俺は笑顔で応じた。



「 違います。昨日も言いましたけど彼女は俺の彼女じゃありません 」


「 紛らわしい言い方すなっ! 」


「 あはははは…… 」



 けれどひとつ、気にかかっていることがあった。

 それは、あの時の彼女の態度だ。



 この絵を見つけてくれたのは最上さんだった。

 俺は手招きする彼女に近づき、無造作に置かれたキャンパスからこれを見つけたのだ。




『 あ、敦賀さん、見てください、これ!!こっちに素敵な絵がありますよ 』


『 うん? 』



 近づいて触れて、そして見つけて

 一瞬でこの絵に釘付けとなってしまって、そんな俺の食いつき方にあの子も最初は笑っていた。


 なのに、絵に付属されていたディテールデータを俺と一緒に目にした途端、彼女は顔を曇らせた。



『 ……敦賀さん、この絵よりもっと素敵な絵があるかもしれないですから探しましょうよ 』


『 ?……最上さん、どうかした? 』


『 いえ、別に。ただ、まだこっちで見始めたばかりじゃないですか。だからもっとたくさん見た方がいいと思って…。あ、ほら、これなんかどうですか?それか、こっちとか… 』





「 ・・・・へぇ?もともとはキョーコちゃんが見つけてくれたんだ。やるな、あの子 」


「 そうなんです。けど、このデータを見た途端に表情を曇らせて、別の絵画を勧めて来たんですよね 」


「 は?冗談だろ?なんでだよ 」


「 それが、理由が分からないんです。どうした?…って聞いても、別にって言うだけで、言葉を濁して何も言ってくれなかったので 」


「 …で?別の絵を勧めてきたって?けどお前、キョーコちゃんは素人だって俺に紹介しなかったか? 」


「 間違いなく素人ですよ。絵画のかの字もあの子は理解していないはずです。何しろそのあと俺に勧めてきたのなんて静物画ばかりでしたからね 」


「 なるほど、それは素人だな。しかもドが何個もつくド素人だ。とすると…… 」




 現代アートの流通において、静物画の販売率は恐らく1%も無いだろう。なぜなら、いまの静物画は写真的だからだ。

 そこにあるものを誠実に、そっくりそのまま絵に写し取るのが無意味だとは思わないけれど、そこに面白さを見出すには困難が伴う。いや、それは俺の主観の話ではなく、あくまでも一般的に。




 そもそもヨーロッパにおいて、絵画が上流階級にとどまらず、一般の人にも広く親しまれていた背景には明確な理由がある。その時代の絵画には、ある一定のメッセージを「伝える」という目的が含まれていたのだ。



 たとえば、オランダ、アムステルダム国立美術館に収蔵されている、『ガラスの花瓶と花のある静止画』…という、ヤン・ダヴィス・デ・ヘームが描いた絵画を知っているだろうか。


 この絵を最上さんが見たとしたら、さすがは花が名産品のオランダらしく、17世紀からこんな豪華なアレンジメントを楽しんでいたんですね…と感心して終わってしまうかもしれない。


 しかし、当時のオランダではチューリップを一輪挿しに挿して楽しむのがせいぜいな時代だった。そこからしてただの写実ではないという事が推測できる。

 なにしろこの静物画には10輪以上の花が花瓶に生けられ、所狭しと咲き乱れているのだ。しかも花は色も形も大きさも種類もまるで違うものばかり。


 現代ならともかく、その時代ではあり得ない開花時期が異なる花々とともに、よく見るとその絵には蛾やカタツムリも描かれていた。




 実はこの静物画はヴァニスタと呼ばれる絵画のジャンルに属していて、それは17世紀のオランダで発展した。


 絵は、人生の儚さに関する道徳的な教訓を含んでいて、花瓶から零れ落ちた花は老いを、ゆっくりとしか進めないカタツムリは老いからの衰えを、そして光に吸い寄せられる蛾は人間の魂を象徴しているのだ。



 当時の絵画はただ絵を眺めて終わりではなく、それを『読む』ことによって人々が楽しむために存在していた。


 またその当時の絵画は政治や宗教と違って特定の人物を害する心配がなかった。その知識さえあれば誰でも会話に参加できる、という容易さがあったのだ。

 それゆえ特に社交場においては会話のネタとして重宝され、身分に関係なく親しまれてきたのである。




 きっと最上さんはこんなことすら知らないに違いない。なのになぜこの絵を見てあんな態度になったのか……。


 ………えっと、まさかとは思うけど…。




「 案外、この絵の少女に嫉妬したとか? 」



 続いた社さんのセリフにギョッとした。それは俺がいま考えていた事だった。



 いや、そんな事があるはずない。

 慌てて脳内で否定を入れ、社さんにもそう告げた。



「 そんなことあるはずないじゃないですか!何言ってるんですか、もう! 」


「 なんでナイって決めつけるんだよ。あり得ない事じゃないと思うから言ったんだぞ、俺は 」


「 他人事だと思って気軽にからかわないでください 」


「 えー?俺、からかってないしー 」


「 その言い方が既にからかっている証拠です! 」


「 …けど、そういうのに憧れているんだろ、蓮くんは? 」


「 蓮くんとか、そういう言い方もやめてください。俺はもう27歳なんですから 」


「 そうだな。俺より6歳年下の若造な! 」


「 …っっ!! 」


「 ちなみに、キョーコちゃんはおいくつよ? 」


「 23歳…だそうです 」


「 おお、ちょうどいい相手じゃないか。年齢もチェック済みとは恐れ入った。お前もまんざらじゃないってことだよな。頑張れ、蓮くん 」


「 だから!! 」


「 期間限定ギャラリーの会場設営の時にも会うんだろ?気になるならその時もう一度聞いてみれば? 」


「 いえ、俺としてはそっちが本命だったんですけど、会場設営の協力は断られたんです。それで強引に昨日、買い付けの協力要請をしたという経緯で…。努力の甲斐あってかそっちはOKの返事がもらえたので一緒だったんですけどね 」


「 積極的なんだか受け身なんだか分かりにくい奴だな、お前は。そんなの、ちょっとお願いがあるんだけど、とか、買い付け協力のお礼がしたいからLMEデパートに来て欲しいとか言って会場に呼びつけちゃえばいいだろうが 」



 実は、そういう事も考えなかった訳じゃなかった。出来ることなら設営期間中に最低でも一度は会って話したい。


 なぜなら彼女のあの態度が気になるし。

 それに、社さんじゃないけどあわよくば…という思いもあって…。




 ・・・・・でもな。騙したりするのは嫌だよな。そんなことをしたらたとえ今回は協力してくれても次はきっと無いだろうし。



 それぐらいなら今回はダメでも次から協力してもらえる方がずっといい。出来ることなら彼女とはこの先もずっと付き合っていきたいと思っているのだ。

 もちろん、この期間限定ギャラリーが上手く行かなければ俺の未来はない訳だけど。


 俺としては上手くいくと信じているし。

 だからこの先、時々でいいからその能力を俺に貸してくれたら…とやっぱり考えてしまう訳で・・・・。



「 いえ、俺はそういう卑怯な事はしたくありません。ギャラリストとして誠実な接客を心がけていますので 」


「 良く言うよ。そもそもキョーコちゃんはお前から絵を買っているのかよ。…っていうか、高園寺絵梨花の申し出は一蹴したんだろ、お前は 」


「 ……っ…本当です。よく考えたら最上さんは俺のお客さんじゃありませんでした。改めて考えたら身も蓋もありませんね 」


「 ぷっ!ほら見ろ 」



 すっかり閑散としている駐車場で社さんと笑い転げた。

 もしかしたらどこかの誰かに、男二人が何をしているんだろう…と思われていたかもしれない。



 このあと、社さんはもうこの話題に触れては来なかった。

 でも俺は心に決めていた。


 もう一度、自分からあの子に連絡をしてみようと。



 …が、意外なことに後日、先に最上さんから連絡が来た。

 奇しくも俺が彼女に電話をしてみようと決めていた時刻より少し前。




 宜しければ設営会場にお邪魔してもよろしいでしょうか?…という、予想外のご褒美つきで。






 ⇒レース・ローズ◇22 に続く


ガラスの花瓶と花のある静止画、アムステルダム国立美術館…で検索するとヒットすると思います。ご興味がある方は是非見てみてくださいませ。



⇒The Lace Rose◇21・拍手

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