その腕の中で眠りたい ◇7 | 有限実践組-skipbeat-

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 ちなみに今回、7・8話と一度分けたものを、どうにか一話にまとめ直した関係でとても長くなっております。ご了承ください。



 前話こちら↓

 【16】



■ その腕の中で眠りたい ◇7 ■





 治療に当たった医師に言われた。

 キョーコが助かったのは奇跡に近いと。



「 なんだって?!60フィートの高さから川に転落した?信じられない、そんなの即死だって有り得るぞ?! 」



 救急車で運ばれたキョーコを担当してくれた医師は、搬送要請を受けたときに驚愕していた。


 治療の結果、キョーコは水面に落ちた時の衝撃で肋骨を全て骨折しており、しかも肺に穴が開く重傷を負っていた。


 その他にも全身に数多の擦過傷や打撲傷が見られたが、しかし腕や足、その他の骨に骨折は見られず、だからこそ医者も看護師も奇跡だと口を揃えた。



「 通常、60フィートの高さから落ちれば水面はコンクリートのようなものです。一般的に人が身長の3倍を超える高さから落下した場合、その生存率は50%だと言われています。なのに彼女は11倍の高さから落下したにもかかわらず、肋骨と肺に傷を負った以外に重篤な症状が見られない。これは奇跡ですよ! 」



 それでも重症であることに違いはなく、しばらく眠り続けることになるだろうと告げられた蓮の目には自然と涙が滲んだ。体が震えて止まらない。



 医師が席を外したあとも、しばらく蓮はカンファレンスルームから出られずにいた。





 ――――――― 何も出来なかった…




 己の無力さに嫌気を覚え、テーブルに両こぶしを思い切り打ち付ける。途端にあり得ないほど大きな打撃音が院内に響いたが、それでも…


 キョーコが水面に着水した時よりずいぶん小さい音だった。


 つまり、それだけ大きな衝撃を彼女は受けたということだろう。




「 ……っっ…!! 」



 何もしてあげられなかった。

 自分よりたった数歩、離れた場所にいただけだったのに。



 蓮が出来たことは

 見晴らし台からあっという間に遠ざかってゆくキョーコを見下ろしただけ。




 蓮がまだロサンゼルスで生活していた頃、アクションスターの父と共に様々な遊びを経験した。

 雲の高さと同じ、高低差980フィート(上空約300メートル)からパラグライダーでフライトしたことさえあるのだ。


 あのときの爽快感は今でも簡単に思い出せる。



 だから60フィートの高低差を怖いとは思わなかった。今日だってそのままキョーコを追いかけ、飛び降りたかったぐらいだ。当然、無謀だと引き止められてしまったが。



 カンファレンスルームで蓮が成す術もなく打ちひしがれていると、女性看護師が困り顔で声を掛けてきた。部屋を使いたいのだろう。



「 病室に行って、顔を見て来られたらいかがですか?今は安定して眠っていらっしゃいますけど、ぜひ声を掛けてあげてください。患者にとってそれは何よりの励みになるんですよ 」



 促されて蓮は力弱く同意した。

 キョーコがいる個室の入り口には面会謝絶の札が出されていたが、それは日本のように厳密な意味では無かった。



 たくさんの機械に繋がれ横たわったキョーコは、薄く呼吸を繰り返しながら固く両目を閉ざしている。


 こんな状態の彼女に一体なにを伝えたらいいのか。



 It's too late to be apologize.

 蓮の脳内を巡っているのは、たった一つの言葉だけだというのに。




「 You should've known better. 」



 己に皮肉を呟いたあと、蓮はキョーコの額に口付けた。

 口元は酸素マスクで覆われていたから、額以外に選択肢が無かったのだ。



「 You wait to wake. 」


 我ながら消え入りそうな声だと思った。

 苦々しい笑みを浮かべて廊下に出た蓮は、病室の前に立っていたある人物を見て息を飲んだ。



「 …っ!! 」



 ――――――― ティナ……どうしてここに……?




 彼女の印象はだいぶ変わっていて、ロングだった髪がショートになっていた。

 それでも一瞬で彼女と分かった。見間違えるはずがない。


 なぜなら自分を見射る目の鋭さが

 あの日のティナのものだから。




 ・・・・・何を言いに来たんだろう。



 蓮は顔を背けた。



 何倍にも膨れ上がった恨みつらみをここでぶつけられるのだろうか。それとも、いい気味だと嗤われる?



 ロサンゼルスに戻ればいつかはこんな日が来ると覚悟していた。ただ、それが今なのが辛かった。



 自分だけの罪ならば、いくらだって背負う覚悟があるけれど。




 それでも耐えなければと思った。

 己の罪を自覚しているからこそ、目を背けてはいけないことが絶対ある。



 蓮が覚悟を決めてティナを見据えた。するとティナは顔色一つ変えず、その時を待っていたかのように大きく口を開いた。



「 男ならしゃんとしなさい、久遠・ヒズリッッッ!!彼女は生きているんでしょう?! 」



 驚いたことに、彼女が飛ばしたのは、大きな、大きな檄だった。蓮は目を皿のように見開いた。



「 ……っ…?! 」


「 報道こそされなかったけど、私はあなたが帰ってくる事を知っていたわよ、久遠 」


「 え? 」


「 少し前に夢を見たの。リックの夢よ。リックは私にこう言ったわ。過ぎたことをいつまでもうだうだ言うな…ってね。それで悟ったの。帰ってくるんだって 」


「 …っ… 」


「 だからってこんな風にあなたの前に現れるつもりは無かったわ。分かっていると思うけど、今だって私はあんたのことを死に神だと思っているから 」


「 …っ…うん、わかって…… 」


「 でもね、だからってアンタの周りにいる人が何の罪もなく死ねばいいと願ったことは一度もないのよ!だから、しゃんとしなさい、久遠!彼女は生きているんでしょう?! 」



 言葉になんてならなかった。


 そんなこと、とうに知っていたのだ。



 リックはそういうティナを愛した。




「 …返事をなさい、久遠。容体はどうなの?助かるんでしょう? 」


「 医者の話では、60フィートの高さから川に転落した場合、即死してもおかしくなかったと…。でも彼女は奇跡的に肋骨の骨折と、肺に穴が開いている以外に外傷がないことが判って… 」


「 そう、良かったわね。でもそれ、きっと奇跡なんかじゃないわ。私はそれをあなたに教えに来たの 」


「 …ティナ?それはどういう… 」


「 あなたに紹介したい人がいる 」



 そう言ったティナの合図で蓮の前に現れたのは、一人の男性だった。

 見てすぐに誰か分かった。その男性に蓮は見覚えがあったから。



「 あなたはさっき… 」



 その男性は、川に転落したキョーコを掬い上げてくれた人だった。

 川で待機していた船上にいた係員の一人で、元救命士だった彼の本来の仕事はバンジーを終えた人を迎えに行くこと。



 だというのに予定とは違う場所から人影がはみ出しているのに気付いて、彼は信じられない思いで目を凝らした。

 彼はキョーコの落下を最初から最後まで目撃していた唯一の人だった。



 その彼が最初に思ったのは、あそこから飛び降りようとしているのは一体どんな馬鹿なのか、だ。


 川までの落差は約60フィート。川面にたたきつけられたら即死だって有り得るというのに、高さに関係なく水に落ちるなら安全だと勘違いしている命知らずな人間がこの世の中には多すぎる。



 彼は息を飲んで見上げていた。太陽の光が邪魔ではっきりとは見えなかったけれど、それでも目を離すなんてとてもじゃないけど出来なかった。



「 …っ!! 」


 どうやらいま飛び降りたらしい。布がヒラヒラするのが見えて、女性かもと彼は思った。


 キョーコの姿を認めて直ぐ彼は疑問を浮かべた。

 飛び降りた人物は両手に荷物を持っている。なぜそんなのを持って飛び降りたというのか。



 食い入るように見入っている間に片方の荷物が彼女の手から離された。


 これはあとから知ったことだが、先に手放されたそれは小さな瓶に入った酒だった。もっとも、川に叩きつけられた瞬間に瓶は粉々に砕け、原形を一切とどめていなかったのだが。

 だからこれは後で知ったことだ。



 小さな荷物を手放したあと、大きな荷物の重さに引っ張られたのだろう、体が空で回転したように見受けられた。



 バカが。荷物なんて持って飛ぶからだ。背中から落ちたら受け身などまず出来まい。



 苦々しくそう考えた彼は眉をひそめ、しかし次の瞬間には呼吸を忘れた。

 いま信じられないものを見た気がしたのだ。


 今その人は落下しているはずなのに、ほんの少しだけ落下方向が変わった気がした。

 だがそれは一瞬のことでとても確信は持てなかった。もしかしたら太陽の光が反射したことで見えた錯覚だったのかもしれない。



 キョーコが着水するまで恐らく数十秒も無かったと思われ、水面に打ち付けられたときは物凄い音と水飛沫だった。

 元救命士だった彼にはそれだけで衝撃の強さをうかがい知ることが出来た。



「 ………っ…君!!大丈夫か?! 」



 川が大波を作って何度も船が不安定に揺れた。それでも彼は急いでキョーコに近づいた。


 キョーコは腹を打ち付けていた。

 衝撃で身動き出来ないのは当然だった。



 うつ伏せで川に浮いていたキョーコを掬い上げた彼は、彼女の顔を見て驚いた。

 このときキョーコの眼は開いていた。つまり、このとき彼女はまだ意識を保っていたのだ。



 瞬間、幸いだった、と元救命士の彼の脳裏に少しの安堵が過ぎった。



 この子が腹から落ちたのは不幸中の幸いだった。なぜなら脊椎が守られた。


 もし背中から落ちていたら背骨は粉々になってしまったかもしれない。そうなったら半身不随…。いやそれどころか指一本動かせず、最悪、自発呼吸すら出来なくなっていたかも。そうなったとしても少しもおかしなことではなかった。



「 おい、しっかりしろ!!名前は?どうして飛び降りたりしたんだ?!! 」



 周囲は騒然としていた。

 キョーコは目こそ開けて瞬きもちゃんとしていたが、けれど言葉が上手く出てこないらしい。それは無理もないことだった。


 数秒おいて、微かに首を横に振ったキョーコが絞るように出した第一声は、彼を呆れさせる、お酒は割れちゃった?だった。


 ちなみにお酒は1本はダメになっていたが、もう1本は手堅く梱包されていたおかげなのか、奇跡的にひびすら入っていなかった。




 このあと、キョーコはすぐ救急車で病院に運ばれた。

 付き添ったのは蓮だったが、落下直後には意識があったキョーコはけれど蓮が降りて来た時には既に瞼を閉じていて、呼びかけにも何の反応もしなかった。



 元救命士の彼はそんな二人を見送ったのだが、そのとき自分が何を目撃していたのか、理解してはいなかった。




「 ……っ…ちょっと待ってください。腹から落ちた? 」


「 そう。確かに彼女は正面から落ちてきた。だからびっくりしたんだ。背中から落ちたんだって聞かされたときは 」


「 ……信じられない… 」


「 俺だってそうだよ、猫でもあるまいし。でも、後から考えたら思い当たる節があった。それで一つ思ったんだけどね。一升瓶を2本も持っていたのが良かったんだと思う。最初はなぜ荷物を持って飛び降りたのかと思ったけど、その重さが体の向きを変えてくれたんだ。

 …で、これは言っても信じられないだろうから信じてくれなくていいけど 」


「 …? 」


「 落ちている間に彼女の体がほんの少し、落下方向を変えた気がするんだ。だから怪我が少なくて済んだのかも…。いや、そんな事はあり得ないんだけど… 」




 瞬間、蓮の脳裏で記憶が弾けた。





 ――――――― ねぇ、私、思うんだけど




『 ん? 』


『 この高さって、もしかしたら以前プッツン切れた兄さんが村雨さんと一緒にランデブーした時の高さだったりする? 』




 もしかしたら、キョーコは落ちている刹那に……





「 これを聞かせたかったのよ、久遠。この話を聞いたとき、私はこう思ったの。彼女が助かったのは、きっと奇跡なんかじゃない、って 」



 ティナの言葉が蓮の心に強く響いた。



 間違いない、と思えた。


 キョーコはあの日の自分と同じことをするつもりで

 きっと重い荷物を道連れにしたのだ。死を回避するために。





『 彼女が助かったのは奇跡に近いですよ!! 』





 医師が蓮に言った通り

 もし本当にキョーコが助かったことが奇跡だと言うのなら


 それは彼女自身が努力で手繰り寄せたものに違いない。




 なぜならずっとキョーコは蓮と一緒に、その身体を鍛えあげていたのだ。




 誇り高く、己に一切の妥協を決して許さず。






 ⇒◇8 に続く


この事故については参考にした実話があります。8/7・ワシントン州の某所で、16歳の少女が友人から背中を押され、60フィート下の川に転落した、というものです。彼女は一命を取り留めました。


ちなみに、元救命士の彼は、現在のティナの彼氏という設定です。本編に入れる余地がないのでここで呟いてみました。



⇒その腕の中で眠りたい◇7・拍手

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