現代パラレル蓮キョ、お付き合い下さってありがとうございます。
会話ばかりが続きますがお楽しみ頂けたら幸いです。
■ レース・ローズ ◇4 ■
「 はい、出来ました。お待たせしました!! 」
「 ありがとう、本当に 」
ようやく解放され、指先から肩まで走っていた緊張感がすっと抜けた。
ニコリと眩しい笑顔がはじけて思わず俺まで口元を緩める。
「 最初はなんて無茶ブリをするんだって思わず頭の中で椹さんにツッコミを入れたけど、君が快く引き受けてくれたおかげで助かったよ 」
「 ふふふ、お安い御用ですよ♪ ボタン付けなんて私にとっては朝飯前ですから 」
とにかく素直で明るい子。俺が最上キョーコに抱いた第一印象は間違いなくそれだった。
隣のテーブルで待機していたコーヒーを俺達のテーブルに迎える。
ミルクがたっぷり用意されている方を最上さんの前に置くと、俺に向かって彼女は小さく頭を下げた。
いつの間にか店には数組の客が来店していた。
「 本当はどうしようかって考えていたんだ。実を言うと俺、針と糸なんて持ったことがなかったから…。あ、いや、正確に言うと子供の頃、学校の授業で持ったことはあったけど 」
「 あはは。そうですよね。家庭科でやりますものね 」
「 うん。だけどそんなものはもう遠い過去の記憶だよ。針の穴に糸を通して使うって事はかろうじて覚えているけど 」
「 ぷっ!!やだ、そんな初歩的なことー?敦賀さん、面白い!! 」
「 俺、真面目に言ったつもりなんだけど… 」
「 ふふふ、それで、話を戻していいですか?ギャラリストさんってあれですよね。一枚何十万とか、号でいくらするとか、そういう絵画を売買するお仕事ってことですよね?テレビで見るような名画とか! 」
「 うーん。残念ながら違うなー 」
「 え?違うんですか?だって…… 」
「 いや、間違ってはいないよ。そういうギャラリストも確かにいる。でも俺はそうじゃないってこと。
誤解がないよう敢えて言うけど、絵画の値段自体にこれっていう取り決めは無いんだ。画家がこの値段でって依頼してくることもあれば、ギャラリストがこの値段なら売れます、と決めて受託販売することもある。そもそも売れないと意味がないからね。
だから何十万単位の絵画っていうのはよほどの巨匠じゃないと…って感じ 」
「 そう…なんですか…… 」
「 そうなんだよ。絵画は高い物っていう意識を持っている人って案外多いよな。それを実感するたびに頑張らなきゃって思うよ、俺は 」
「 ……ごめんなさい!!!私、無知で、恥ずかしい… 」
「 いや、待って!恥ずかしがることは無いんだ。ほら、さっきの俺のアレと同じだよ。針と糸 」
「 え? 」
「 知らない世界は誰にでもあるってこと。知らないなら知ればいいだけ。俺としてはね、いま君が持っていた誤解を自分で解くことが出来て嬉しいよ 」
「 ……ありがとうございます 」
「 お礼なんて別にいいよ。ギャラリストの仕事は、より多くの人に芸術が親しまれるようにすること。
新しい絵画のことを現代アートって言うんだけど、そういう新しい作家さんが生み出した作品を発表する場としてギャラリーを持ち、彼らの作品を販売する傍らでそのアーティストたちを育てる役割を担っているのがギャラリストってところかな。はっきり言うとそれが仕事のメインかも 」
「 そうなんですね!? 」
「 そう…… 」
とはいえ、やはりそこは商売なのだ。
まだ売れていない若手だけの作品のみでギャラリーが黒字になることなど、ほぼほぼあり得ない。
「 知らなかった!ギャラリーって見かけたことはありますけど、そんな仕組みになっていたなんて知らなかったです 」
「 そう?でも、手芸の世界でも同じじゃない? 」
「 え? 」
「 ほら、委託販売とかで作家さんが作ったものを取り扱ってくれる店舗ってあるだろ。何人もの作家さんの作品が置いてある店。あれってギャラリーと同じだと俺は思うんだ。扱っているものが違うだけじゃないかな?
ま、店舗主の意図はギャラリストとは違うかもしれないけど 」
「 あっ……本当ですね。委託して販売っていうのは同じですものね。でも委託品一つの単価がメチャクチャ違う気がしますけど 」
「 ふっ。それはそうかもだけど 」
「 敦賀さんは、その現代アートを取り扱っているってことなんですね 」
「 うん。でも俺、本当はいつか古美術だけをやりたいと思っているんだ 」
「 古美術ですか? 」
「 そう。それがさっき君が言った過去の名作ってやつ。いや、正確には名作じゃなくていいんだ。
いま名画として残っている絵画は過去のギャラリストたちが奮闘したおかげで名を馳せることが出来たと言っても過言じゃない。だけど、時代、時代で活躍したギャラリストたちでさえ見つけられなかった名画がまだこの世のどこかにあるかも知れない。それを俺が見つけたいと思っているんだ 」
「 ……っ…すご… 」
「 いつかそんな日が来ないだろうか。俺の目の前に誰も気づかなかった名画が現れないだろうかって、そんな夢をつい見るよ。……男なのに夢を見るとか、笑っちゃうよな 」
いつの間にか熱く語り過ぎてしまった、と最上さんの顔を見て我に返った。
誤魔化そうと慌ててコーヒーを口に付けると彼女は力を込めて俺にこう言ってくれた。
「 そんなことないですよ、敦賀さん!夢を持てるのは素敵なことだと思います!!私、そういうのは素直に共感できます!なにより、お話を聞いていて思いました。敦賀さん、本当にお好きなんだなって。お仕事が大好きで、さらに夢まで持っているなんて素敵だと思います 」
「 ……ありがとう。もしかして、だけど、俺にとっての絵画が君にとっての手芸だったりするのかな。椹さんが、君はプロの手芸作家だって教えてくれたんだけど 」
「 そうかも。私も自分の仕事が好きですから。でも、敦賀さんと比べちゃったら全然、ちゃちな仕事ですけどね 」
「 そんな事ないと思う!!だってほら、この店の布小物、凄くいいと思うから! 」
「 あは。お褒め戴き光栄です。ありがとうございます 」
「 あの、最上さん。今度は俺が少し君の話を聞いていい? 」
「 はい、どうぞ。なんでしょう 」
「 この店の布小物、全部君が手掛けたって聞いた。それで、どうしてこういう風にしたのか、それを聞いてもいい? 」
今日、オープンしてから初めて足を踏み入れたカフェ・トローニー。
小さなお店はひとつの雰囲気でまとまっていた。
それは、一瞬息をのむほどに。
「 どうして…って、椹さんからお話を伺ったときに思いついたんです。椹さん、こう言ったんです。絵画は真っ白な壁に飾るんだって 」
「 それだけ? 」
「 もちろんそれだけじゃないです。最近の人って携帯の画面を見るからつい下向きがちになるでしょう?それをね、上向かせたいんだよねって椹さん、仰ったんです。だからなるべく絵画は上の方に飾ろうと思うんだって。それを聞いたとき、空を見上げるようなお店が良いかなって思ったんです。
確認したらちょうどテーブルやイスは木目調だってことでしたので、イスは大地、天井は空に見立てられるよう、座布団を濃い目の茶系にして、クッションを色々な濃淡の緑に統一してあちこちに置いて、イスに腰かけて顎を上げたとき、まるで森の中とか芝生とか、そういう場所から空を眺める感じで美味しいコーヒーを味わえたら良いんじゃないかなって、そう思ったんです 」
「 ……っ… 」
彼女の話を聞いて、凄くいいと思った。
最上さんの感性が素晴らしく素敵だと。
ギャラリストとなって3年目。未だに俺は自分のギャラリーを持っていなかった。
けれど俺は一年前、無理を承知で訪れた会社のロビーで、たまたまそこに現れた高園寺グループのお嬢さんの口利きのおかげで新規の顧客を持つに至っていた。
それだけじゃなく、さらにいくつかの大手会社社長や投資家の紹介まで頂いて、わずかながらある程度の利益を得ることも出来ていた。
だけどそれは自分の力でそうなったとは言えないし、なにより裕福な顧客の存在に甘えて利益を上げることしか出来ないなんて、自分が望む形じゃない。
もっと上を目指さなければ。
誰かに頼らないでも利益を上げられるギャラリストにならなければ、古美術を扱うなんてさらに難しい仕事が出来る訳が無いのだから。
ギャラリストの本来の仕事はギャラリーを運営し、絵画を販売すること。
それが本当に自分に出来るのかを見極めるためにも、俺はギャラリスト3年目となった今年、このわずかな利益を使って期間限定でアートギャラリーを開催するつもりで毎日奔走していた。
期間は出来れば一週間から10日ぐらいで。
開催は一番適していると言われる10月にしようと決めていた。つまり最低でもあとひと月以内に会場を押さえ、徐々に形にしていかねばならない。
のんびりなんてしていられなかった。
どんな雰囲気のギャラリーにするかはさらに先の話となるのだが、最上さんの話を聞いて、俺は会場の演出を彼女にしてもらえたら…と強く思った。
「 最上さん!! 」
「 はいっ?!なんですか、突然 」
「 君の感性、凄くいいと思う!!すごいよ、すごくいい!! 」
「 あ、りがとう、ございます…… 」
「 それで、不躾でゴメン!突然だけど俺、君にお願いしたいことが出来たんだ。俺の話、聞いてくれる? 」
「 ふぇぇぇ? 」
初対面でする話じゃないのは充分承知していた。
だけど俺はこの機会を逃したくなかった。
ダメで元々、当たって砕けろ。
俺は渾身の思いを込めて最上さんに頭を下げた。
⇒レース・ローズ◇5 に続く
お嬢様イコール高園寺さんってところで、だいぶ古い妄想だなってことがお判りいただけちゃいますね(笑)
ちなみに設定上はいま8月半ば。なのに二人でホットコーヒーかー、うーん…って思いました(笑)
⇒The Lace Rose◇4・拍手
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