お付き合い頂きありがとうございます。こちらは現代パラレル蓮キョです。
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■ レース・ローズ ◇2 ■
ギャラリストとは、画廊のオーナーやそこで働く人間のことを言う。
「 椹さん、これで全部ですか? 」
「 それで全部だ。悪いな、本当は契約品を引き取りに来てくれただけなのに力仕事を手伝ってもらっちゃって。けどお陰で助かったよ 」
「 俺の方こそ良かったです、少しでもお役に立てて。オープン直後に伺う予定でいたのにあっという間にひと月が経ってしまって、申し訳なく思っていたんです。だから、力仕事ぐらい訳ないですよ 」
今日、俺はあの交差点からほど近い場所にあるカフェに来ていた。
カフェ・トローニーのオーナーとなった椹さんは、俺と専属契約を結んでくれた現代アートのアーティストでもある。
年は親子ほど離れているが、この人の気さくな人柄が俺はとても気に入っていた。
「 なんだ、なんだ。そんなの気にする必要ないぞ。どうだ、もうすぐオープン時間になるし、俺が淹れたコーヒーでも飲んでいくか?そのままカウンターを通って店内に回ってくれ 」
「 はい、ありがとうございます。もちろんご馳走になります! 」
「 ご馳走?俺はタダとは言っていないんだがな~ 」
「 あっ!そうですよね。オープンしてまだひと月だっていうのに、すみません、気が利かなくて。もちろんお代は払いますので…… 」
「 あはははは。嘘だよ、嘘。敦賀くんの方こそ色々大変なんだろ。何しろ君はギャラリストの中でも相当若いからな。20代でオーナーギャラリストって、俺、君が初めてだぞ。ってことで、お代なんて気にせず飲んで行ってくれ 」
「 ……お気遣いありがとうございます 」
ギャラリストは通常、作品を展示する展示会スペースとしてギャラリーを持ち、そのギャラリーに所属させるアーティストと契約を結ぶ。
そのギャラリーで自分がセレクトしたアーティストの作品を販売するというのが従来のやり方だが、しかし近年はギャラリーの形態も多様化していた。
雑貨や古美術などを販売したり、カフェを併設したりなど様々な要素が合わさったギャラリーが登場してきているのだ。
とはいえ、ギャラリストとなって3年目の俺にそれほどの資金力は無く、それどころか俺は未だに自分が欲する店舗すら見つけることが出来ずにいた。
そんな状況でどうやって仕事をするのかと疑問に思うかもしれないが、コレクターに作品を見せること自体はホテルのスイートルームや倉庫のようなところでも十分可能なのである。だからコレクター相手の商売をするギャラリストの中には始めからギャラリーを持たない者もいた。
現時点では俺もそういうギャラリストだった。
カフェ店内に足を踏み入れ、意外に高い天井を仰ぐ。
壁は美しいほど白く、控えめに、かつ大胆に作品を引き立てていて、椹さんが展示したのだろう絵画に俺は一瞬で視線を奪われた。
「 とてもきれいに飾られていますね 」
「 だろ。なかなかいい物件に飛び込めたと自負しているよ。席は少ないけどな 」
視線を落として店内を見回した。テーブルとイスが壁に沿って配置されておらず、一定の角度を作って並んでいる。そのため、店内のところどこに空間があった。
なるべく絵画が見られるように…と考えてセッティングしたのだろう。そういうところがまさにアーティストだな、と俺は目を細めた。
「 カウンター席でいいかい? 」
「 ええ、ありがとうございます 」
しかしこのカフェで絵画を楽しむことが出来る一番の特等席は、オーナーである椹さんが立つキッチンに違いない。なぜならそこからなら壁を一望できるのだ。
逆にカウンター席は店内に背を向ける形だった。そこに腰を落ち着けた俺は、けれど着席した途端にふっと笑みを漏らした。
驚いたことにカウンターとカフェキッチンを分断する仕切りに鏡が付いていたのだ。鏡には後ろの壁をにぎわせている絵画が映り込んでいる。
どうやらどこの席に座っても飾られた絵画が楽しめるようになっているようだ、と思った。
カウンターとテーブルで合わせて33席の小さな喫茶店は、こぢんまりと一つの雰囲気でまとまっていた。
「 椹さん。創作時間はどう捻出するおつもりなんですか 」
「 心配せずともちゃーんと考えてある。営業時間は今のところ午前11時から午後4時までにしてあるが、数か月後には店長でも雇うつもりだから 」
「 そうなんですか。絵画好きの人がたくさん集まってくれるお店になると良いですね。店名をトローニーにするって聞いたときは本気かと思いましたけど 」
「 いいんだよ。俺はそのつもりでこのカフェを経営するんだ。それを理解して店に来てくれる客がいたら最高だと思うから 」
「 どうぞ、敦賀くん。口に合うと良いけどね 」
「 ありがとうございます。いただきます 」
コーヒーは黒いトレーに乗せられていた。レンガ調に組み合わされた布製のコースターの上にマグカップが置かれている。
それがまるでアート作品のような一体感ある演出をしていて、それが心憎いと思った。
一口含み、心地良い苦みと香りが拡がる。アーティストとしてだけじゃなく、喫茶店のマスターとしての腕前も相当だと思った。
「 どこもかしこもアーティストらしい演出満載ですね、椹さん 」
「 ん?そうか?そう言われると嬉しいな 」
「 そうですよ。この前お邪魔したとき……は、オープンの3日前でしたっけ。その時はまだテーブルもイスもそのまま置かれていましたけど、そこにクッションや座布団が加わっただけなのに全く雰囲気が違います。
このコースターだってそうです。これが置かれているだけでコーヒーの顔や雰囲気が断然違う気がします。しかもこれ、手作り品でしょう?こういうこだわりが芸術家ならでは…って感じです 」
「 ふっ。若いのに、ギャラリストなんてしていると目の付け所が違うんだな。
実はこの店の布小物は全部手作り品で統一したんだ。キッチン内にも色々ある。機械的に作られた量販品が俺はどうも嫌でな。手作り品と既製品はやはりどこか違うだろう? 」
「 それ、分かります!俺もそう思います。素晴らしいですよね。
人が自分の手だけで作り出せる物や世界があるなんて凄い事です。それが美しければ美しいほど心惹かれる自分がいます。
手作りってことは、これもしかしたら椹さんの娘さんが手掛けられたとか?店の雰囲気を壊さずマッチさせられるなんて、さすが親子ですね 」
「 あはは、違う、違う。俺の娘はそんなに手先が器用じゃなくてな。感性はあると思うのだが。それだからきっとファンになったのだろうしな 」
「 ファン? 」
「 実はこれ、デビューしたての手芸作家さんにお願いしたんだ。でも驚くぞ。デビューしたてなんて言うけど本当は学生の頃からものすごい人気があったらしいんだ。
絶対この人が良いーって娘が言うし、俺自身も手作り品がいいって思っていたからダメもとで依頼したら引き受けてくれて。本当に有難いと思ったよ 」
「 ……っ……手芸…作家? 」
「 そう。そう言えばちょうど敦賀くんとほぼ入れ違いに店に納品に来てくれたんだ。ひと月ぐらい前に 」
「 それ!!ひょっとして椹さんが俺と専属契約してくれた日じゃないですか?! 」
「 おお、どうした、いいカンしてるな。まさしくその日だな 」
俺は電光石火の勢いでマグカップ下の布コースターをひっくり返した。裏面の隅っこにKの刺繍を見つけて思わずゴクンと息を飲んだ。
まさか、こんな所で……!!
「 ……っ!! 」
「 どうした、敦賀くん 」
あのキーホルダーを拾った日の夜。俺は仕事を終え自宅に戻ってから、あの交差点を中心に手芸品を取り扱っている店舗が無いかをネット検索していた。
ビニール梱包は傷や汚れを避けるために違いない、と考え、委託販売品ではないかと検討を付けたのだ。
しかし該当する物件はひとつも出てこなかった。
不思議だと思った。これほどまで精巧な手作り品を彼女は一体どこに持って行こうとしていたのか。
自分の手元に残ったミニチュアバッグを色々な角度から眺めた。そこで俺はあることに気付いた。
そもそもこの落とし物にはどこにも値札が付いていなかったのだ。
彼女は相当荷物を抱えていた。しかもあれほどビニールがこすれ合う音が聞こえていたのだ。恐らく彼女が抱えていた荷物の全てには傷や汚れを避けるための梱包がなされていたに違いない。
けれど委託販売の納品ではあり得ない。では一体なんのための梱包だというのか。
その理由を色々考えてみたけれど、結局、自分の中にその答えは出てこなかった。そうこうしているうちにひと月があっという間に過ぎてしまった。
そんな可能性、考えてもみなかったのだ。
値段を表示する必要のない納品なんて、思いつきもしなかった。
「 椹さん!その手芸作家さんって…… 」
勢いよく口を開いたと同時に来店を知らせるドアベルが高らかに鳴り響いた。
11時を過ぎ、カフェ・トローリーに本日最初の客が来たのだ。
「 こんにちは、椹さん。あの~、クローズの札が出ているんですけど、カウンターに人の背中が見えたので入って来ちゃいました。これ、オープンに直しても平気ですか? 」
「 ああ、ごめん。そんなのすっかり忘れていたよ。お客さんなのに手間かけてすまないね 」
「 そんなこと。良かった!!じゃ、ひっくり返しておきますね 」
現れたのは、手作り品と思われるショルダーバックを携えた明るい笑顔の女性だった。その人が、俺が探していた手芸作家の最上キョーコだったのだ。
⇒レース・ローズ◇3 に続く
トローニーとは。
オランダ語で「頭部の習作」を意味するトローニーは、誰とは特定されない人物の胸から上を描いた作品のことで、人物画の中でも独立したジャンルに位置しています。
現代風に言ってしまえば妄想上のイラストということ。
トローニーは実在の人物に似せることを目的とせず、様々なタイプの表情や性格を描き分けるための習作でした。それが17世紀のオランダ絵画市場で流通するように…。
代表的な作品に「真珠の耳飾りの少女」があります。彼女はフェルメールが脳内で作り上げた美少女ということです。
※習作…練習のために作った作品のこと
⇒The Lace Rose◇2・拍手
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