レース・ローズ ◇15 | 有限実践組-skipbeat-

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 前話こちらです↓

 レース・ローズ【1 10 11 12 1314】  


■ レース・ローズ ◇15 ■





 商品を展示するために使った数々の道具と、残ってしまった紙袋たちを一つの段ボールに片付けた。

 それを、折りたたんでくれたカラ箱と一緒に敦賀さんが台車に乗せてくれて、お昼を摂る前にひとまず車に置きに行こうとなった。


 仲が良いんですね、と笑いながら声をかけてくれたスペース両隣の人に挨拶を済ませ、敦賀さんと二人で会場をあとにする。

 ざわめきと熱気を背中に感じたとき、とても不思議な気がした。



 まだイベント会場はじゅうぶん賑やかで、時間もたっぷり残されている。なのにその時間を全て使うことなく、用意した5箱分は全部売り切れてしまったのだ。


 都合のいい夢でも見ているみたいで、私の足元はふわふわしていた。



「 最上さん 」


「 うきゃっ?! 」


「 前をよく見て。歩き方がぎこちなさすぎ。……どうした?もしかしたら売上金が重すぎるとか? 」



 わざわざ足を止めてくれた敦賀さんが私の顔を覗き込む。

 朝は私を置いていこうとしたのに、今の敦賀さんは私の歩調に合わせて歩いてくれていた。



「 すみません。気を付けます… 」


「 うん、気を付けて 」


「 はい 」



 用意していた5箱のうち、2箱は土曜日販売分として製作したもの。そしてもう2箱には日曜日の販売分として製作したものを入れていた。


 最後の1箱に入れていたのは昨年の秋に売れ残った物と、急遽作り足した物。


 総売り上げがいくらになるのかの計算を事前にはしていなかったけれど、おそらく30万以上になったはずだった。



 どうしよう。

 敦賀さんへのお礼はお昼だけじゃ足りない気がする。


 いっそバイト代と称していくらか包んだ方が良いのかも知れない…と、敦賀さんを見上げながらそんな事を考えていた。



「 ……最上さん? 」


「 あっ…ごめんなさい。敦賀さんの顔に見とれてしまって、ついうっとりしてしまいました 」


「 ……そう。可愛い子にそういうこと言われると悪い気はしないけど 」


「 あ…ふふ。褒められ慣れている人ってそういう感じの反応なんですね。勉強になります。…ね、敦賀さん 」


「 うん? 」


「 お昼、どうしましょうか?ビックサイトの中は混んでいますし、いま駐車場に向かっていますし、いっそ外で食べますか?……って、あれ? 」



 そういえばこの人、仕事はどうするって言っていたかしら。

 よく考えたら敦賀さんは今日、ギャラリストの仕事があってここに…。



「 思い出した!!敦賀さん、このあと買い付けに行かなくちゃですよね?駐車場までのんびり歩いている時間すら惜しいはずですよね?! 」


「 あ、いや、その件なんだけど。君に協力して欲しいことがあるんだ 」


「 無理ですよ!会場の演出なんて私には絶対無理ですからね?! 」


「 いや、違う。今日の買い付けのことだよ。それに君も同行して欲しいんだ 」


「 やだ!余計にダメですよ。無茶です、無謀です、自暴自棄です!!前にも言ったじゃないですか。私は絵の事なんて何も判らない素人なんですよ!?そんな私を連れて行こうとするなんて一体なにを期待しているんですか? 」


「 うん、聞いたし知ってる。だからこそ協力してもらいたいなと思って 」



 目的地に到着し、車のハッチを開けた敦賀さんが荷物を軽々と持ち上げる。

 車の荷台に段ボールを固定し、側面に台車を固定し、そして荷台に乗り込んだ敦賀さんはそこから後部座席に手を伸ばした。


 戻って来た敦賀さんは一枚のチラシを持っていた。



「 これ、決まったんだ。期間限定ギャラリー 」


「 え?見せて下さい。…わ、すごい。LMEデパートの催事場でやるんですか?あ、すごいです。チラシに敦賀さんの顔が載ってる(笑) 」


「 そうなんだよ。俺は顔出し絶対イヤだって言ったんだけど、先方のごり押しで仕方なく……って、違う!注目して欲しいのはそこじゃない。いま君が言ったLMEデパートってところなんだ。

 当初考えていた期間限定ギャラリーはもともと空き店舗を借りてやるつもりでいたんだけど… 」


「 空き店舗?だって敦賀さんはギャラリストさんだから、ご自分の店舗でそれをするつもりだったんじゃ? 」



 だって前、敦賀さん、そう言っていたのに。


 ギャラリストの仕事はより多くの人に芸術が親しまれるようにすることで、作家さんが生み出した作品を発表する場としてギャラリーを持つって…。



 車のドアを閉め、鍵をかけると敦賀さんは私から気持ち顔を背け、とても言いにくそうに口を開いた。


「 ……年下の女の子に…。しかもプロの手芸作家の君にこれを告白するのは恥ずかしいんだけど…。俺、本当は未熟なギャラリストなんだ。ギャラリーを持っていないんだよ、俺は 」


「 え?え?どういうことですか?そんな事ってあり得るんですか?だって…じゃあどうやって絵画を販売しているんですか?そんなことが出来るんですか? 」


「 出来るよ。出来るんだ。もともとギャラリストに特別な資格は必要ないし、ギャラリーを持てという規定もない。美術ブローカーなんかは余計な経費がかからないように最初から自身のギャラリーを持たないしね。

 仕事自体はね、絵を買いたいという人に作品を見せるのはホテルや倉庫でも出来るだろ。だから俺自身は倉庫を持っていて、商談するときはほとんどホテルを使っていたんだ。だから… 」



 右手で行こう、とジェスチャーをした敦賀さんに合わせ、二人で再び歩き始めた。

 もちろん足は販促会場のあるビックサイトへ向かっている。


 その間、敦賀さんは私に色々なことを話してくれた。



 ギャラリストとして仕事を開始するとき、本当はギャラリーを持とうとしていたこと。

 どうせ店を持つなら一番画廊が集中している銀座が良いと思っていたこと。


 けれど店舗を持つ前にしなければならないことがあった。

 それは、店に飾る、販売出来る絵画を集めることだ。


 そのために敦賀さんは多くのアーティストと会い、時間をかけて何度も何度も足を運んで、少しずつ、少しずつ信用を得て行き、そうして契約を増やしてきたのだという。


 それがようやく実を結び、やっとギャラリーを開催できるまでに至ったのだ、と彼は言った。



「 最初から店舗を持ったとしても、売れるものが無ければ家賃に食いつぶされるだけ。それが目に見えていたから、とにかくギャラリストとしてやっていけるだけの目処が立つまで歯を食いしばって頑張って来たんだ 」



 2年はあっという間に過ぎ去り、気付けば3年目を迎えていた。

 そして敦賀さんは今年を正念場と決めたという。


 そう話す敦賀さんは間違いなく真剣だった。



「 実は去年、たまたま大きく売り上げた時期があったんだ。だからこそ今年、期間限定ギャラリーをやりたいと思った。

 このイベントで自分が目標としている利益を出すことが出来たら、去年の利益と併せてギャラリー店舗の契約金に出来るんだ。

 銀座は家賃が高いからどうしたって無理で、けれど視野を広げた途端、見つけられた物件があってね。何もかもタイミングが合致したと思った。だからこの機会をどうしても逃したくないんだよ、俺! 」



 敦賀さんの瞳が輝くのを見つめながら、私は口を閉ざしてしまった。


 今日のお礼にバイト代…。

 それは一体いくらならこの人に失礼のない額になるだろう。


 プロのギャラリストの午前中に相当する額っていくらなの?


 考えたけど答えが出るはずもなく、結局私はこれを言い出せなかった。



 バイト代が無理ならば、いっそこの人にお願いされた会場の演出を引き受けてもいいかも、とも思った。

 けれどもうその必要はなくなったに違いない。


 なぜならデパートの催事場を使うなら間違いなく、デパート側がそれにふさわしい装飾をし、演出を手掛けるだろうから。



「 ……そうだったんですね。じゃああともうひと踏ん張りですね。デパートの催事場って、集客力が凄そう 」


「 それなんだ、最上さん!だからこそ君に一緒に来て欲しいんだ。俺の買い付けに同行して欲しい 」


「 …判らない。どうしてそこで私?だって私、絵画については本当に何も知らないド素人なんですよ? 」


「 だからだよ。デパートは確かに集客力があると思う。そしてデパートに買い物に来た何割かのお客さんが気まぐれにギャラリーに立ち寄ってくれると俺は考えてる。

 最上さん、知ってる?デパート利用客の8割は20代~40代の女性だと言われているんだ。そしてそのお客さんの大半はきっと君と同じような人だと俺は思う。つまり、絵画について何も知らない、あるいは何も判らない人 」


「 あ…… 」


「 だから君の力を借りたいんだ。絵の事なんて知らなくていい。むしろ知らないままでいい。

 そういう君のまま、色々な絵を見て、率直な感想を俺に教えて欲しいんだ。絵画の事を何も知らない人が買ってもいいと思えるのはどういう絵か。

 こういうのなら欲しいかも。この金額なら買っても良いかも。こういうのが心惹かれるかもって、そういうのを俺に教えて欲しいんだ 」



 敦賀さんの言葉で一気に自分の前が開けた気がした。

 素人だからこそ役に立てるかもしれない自分がいるとは考えてもみなかった。


 ふいにとても嬉しくなった。

 この人が今日、私にしてくれたことの万分の一でも返せるなら喜んで返したい。

 自分が出来るならそうしたい。



 終了時間の16時まで会場に居る覚悟だったのに時間はだいぶ空いてしまって、しかも荷物は敦賀さんの車の中。

 だから送ってもらえなきゃ帰ることも出来ないし、何よりいま自分は30万という大金を持っていて、これをたった一人きりで持ち歩くのが私は怖いと思っていた。


 敦賀さんが近くにいてくれたらそれだけで安心出来る。



「 はい。……はい、良く分かりました!素人であるがゆえに私が敦賀さんのお役に立てるというのなら喜んで! 」


「 …っ!!ありがとう!!俺、君から初めていい返事を貰えた 」


「 あっ?…そういえばそうだったかもです 」


「 そうだったかも…じゃないよ。間違いなくそうだよ。あー、でも安心した。少し肩の荷が下りた気分 」


「 早いですよ、敦賀さん!!敦賀さんが頑張るのはこれからじゃないですか 」


「 うん。それはそうなんだけどね… 」



 さっきまでいた真剣顔の敦賀さんはどこかに消え、また柔らかい笑顔が戻ってきて私もホッと溜息をついた。



 くれると言うのでギャラリーのチラシはバッグに入れ、迷うことなくフードコートに向かう。

 13時を過ぎようとしていたけど中は想像以上に混んでいた。



「 わー、まだだいぶ混んでいますね 」


「 だね。フードコートだから余計に人が入り乱れている気がする 」


「 もしかしたらレストランとかの方がマシかもですね。一度そっちに行ってみますか?敦賀さん 」


「 そう…だね 」


「 あ? 」



 そのとき、私の携帯に着信が入った。

 こんな時間に誰だろう?…と不思議に思ってバッグから携帯を取り出すと、発信者はさわちゃんだった。


 さわちゃんにはカフェ・トローニーの仕事の話をもらったときにナンバーを教えていたのだ。



「 はい、もしもし、さわちゃん? 」


『 京子さん。その場所から左に45°回転して、少し先のテーブルを見て 』


「 へ? 」


 言われた通りに顔を回した。その視線の先に、笑顔でこちらに向かって手を振っているさわちゃんの姿が見えた。







 ⇒レース・ローズ◇16 に続く


ギャラリストというのは専門。ブローカーは美術品全般(絵画・彫刻など)の仲介業者のことです。



⇒The Lace Rose◇15・拍手

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