レース・ローズ ◇7 | 有限実践組-skipbeat-

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 前話こちらです⇒レース・ローズ【16】


■ レース・ローズ ◇7 ■





 重苦しい顔つきに変わってしまった彼女をじっと見つめた。


 最上さんと知り合ってまだたった一晩だ。彼女を理解するには到底足りないし、それは彼女にも同じ事が言えると思った。


 長期戦になるのは出来れば避けたかったけれど、壁にぶつかってしまった感は確かにあって、だけど突破口は必ずどこかにあると俺は信じた。



「 ……どこに座ればいいって? 」


「 え?……っ…あ、の、上座の座布団に…良ければクッションも一緒に使って下さい 」


「 上座の座布団って、そもそも一枚しかないけど君のは? 」


「 私は大丈夫ですので。この席は敦賀さんのおもてなしをするために用意したものですから… 」



 小さなテーブルには手作りだろう、千鳥格子柄のテーブルクロス。その上には彼女が自分で作ったというお弁当。

 隣に添えてある淡い紫色の青海波柄の布が、まるで折りたたんだ紙ナプキンのような形をした袋になっていて、そこから箸がちょこんと顔を出していた。


 パンパンに張っていた布バッグの中身だった勝虫柄の座布団と色違いのクッション。それと一緒に折り畳みテーブルが入っていたことはバッグを持った時に見えていたので知っていた。


 察するに、バスケットの中身がお弁当だったということだろう。


 深い溜息を吐き出して、俺は襖の向こうに視線を投げた。



「 ここの庭、すごいね…っていうか、本当はベランダだよな?だけど壁を竹で囲っているから小さな和風庭園にしか見えない 」


「 そうなんです。私、ここの施設が大好きで… 」


「 ここってもしかしたら君の所有物件? 」


「 めめめ滅相もない!!ここは私が勤めていた会社の福利厚生施設なんです。普通、退職したら使えなくなるものですけど、いまは退職した社員でも利用料を払えば使える風になっていて、それで 」


「 へえ。君、会社に勤めていたんだ 」


「 はい。この春までOLをしていました。ここは以前、茶道部屋として使われていたんです。全部で6つのお部屋があるんですけど、灯篭、坪庭、庭池、石組み、濡れ縁、化粧砂利…とそれぞれ特徴があって、中でも私、この化粧砂利が好きで、おもてなしをするならここがいいなって思いまして…… 」



 最上さんに向けた視線を庭に戻し、それからもう一度彼女を見た。

 最上さんは小首をかしげて伺う様に俺を見上げていた。



「 君は会社を辞めてプロの道に進んだんだ。すごいね 」


「 凄くないです。昨日も言いましたけど、手芸は私にとって当たり前のように出来るもの。だから凄くも何ともないんです 」


「 でも、それを君は自分の仕事にしたんだろ。それは凄いじゃないか 」


「 ……敦賀さん。どうぞ座って下さい 」


「 ありがとう。クッションは俺いいよ。君が使って 」


「 ありがとうございます 」


「 これも、美味しそうだね。手芸だけじゃなく料理も出来るなんて、君は多才なんだな 」


「 ……ちっともです。料理だって手芸だって当たり前のようにやってきたことでしたから 」



 そして最上さんは、自分の都合しか考えていなくてごめんなさい、と頭を下げ、聞いて下さいと断ってから自分のことを話し始めた。



「 私が手芸を始めたのは物心がついて少し経った頃でした。母親しかいなかったので日中は一人で遊ぶことが多くて、針と糸が自分の遊び道具だったんです。古くなったり小さくなったりで着られなくなった服を使ってぬいぐるみを作ったり、着せ替え服を作ったりして遊んでいました 」


「 そう 」


「 高校生になってバイトが出来る様になって、わずかに稼いだお金を使って布を買いました。嬉しくて、ポーチや巾着袋を作ったんです。それを見たクラスメイトがそれを買いたいって言ってくれて、初めて販売をしたのもその時です。それからはバイト代と、友達が払ってくれたお金を足して新しい布を買うようになっていって、そのうちこういうのが欲しい、ああだったらいいっていう友達のリクエストに試行錯誤しながら応えていくうちに、色々なものが作れるようになっていったんです 」


「 すごいな。まさに好きこそ物の上手なれ、だね 」



 俺がそう言うと彼女は複雑そうな笑顔でクスリと笑った。


 自分が作った布小物は想像よりずっと好評で、話したことすらなかった子にまで売って欲しいと言われたという。それで手芸熱に拍車がかかったことは間違いないです、と最上さんは続けた。



「 手芸イベントに初めて参加したのは高校2年生になってからでした 」


「 あ、それ、知っているかも。椹さんがそんな事を言っていたよ。君は学生の頃からものすごい人気の手芸作家だったんだって? 」


「 くす。そんなことを話していたんですか。きっとそれ、椹さんの娘さんがそう言ったんだと思います。私自身は手芸はあくまでも趣味の範囲でした。高校3年生になったとき、進学しようかどうしようかで悩みましたけど、特に勉強したいこともなかったので高卒で就職して、お仕事をしながら変わらず手芸は続けて、即売会には必ず申し込んで参加していたんです。

 さわちゃんは特に上の付くお得意様で、私が作る物を何でも素敵って言って喜んでくれて、出店するたびにお買い物に来てくれて、本当に嬉しいと思いました 」


「 それが縁でトローニーの布小物を引き受けることになったんだ 」


「 はい。実を言うとちょうどそのお話を頂いた頃は、仕事をしながらだと制作時間が思う様に取れない事を不満に思っていた時期でもあったんです。そこにタイミング良くカルチャーセンターから講師をしてみないかって依頼が来て…。

 手芸熱が一気に燃え上がりました。これ一本で頑張ってみようかって気になって、半ば勢いで5年勤めていた会社を退職してプロになったのが今年の春。でも、今は甘かったなって痛感しています 」


「 ……甘かった? 」


「 甘かったです。そもそも即売会自体がそれほど頻繁にないんです。ただでさえイベントに参加しても準備したそれが全て売り切れることは無いっていうのに。

 タブレットを使ってネット販売もしていますけど、イベントと比べればそれはわずかな売り上げです。でも、たとえ毎月の様に即売イベントがあったとしても、実際には物を作るのに相応の時間がかかりますからね。出店料と販売実績を考慮すれば毎月参加なんてどっちにしろ出来ないんですよ。それだけに出店を決めて参加する即売会のイベントは大切な収入源になるんです 」


「 でも、君はカルチャーセンターの講師をしているんだろ。そこまで頑張る必要はないんじゃ…。もしかしたら生徒さんって少ないの? 」


「 いえ逆です。今は有難いことに沢山の方に来ていただいています。それで何とか生活出来ているかなって感じで…。でも、生徒さんがいる間はいいですけど、受講生が減ればそのぶん収入は減っていきます。だから最近は特に考えるんです。

 たくさんの布に占領された一人暮らしの1DKで、今はこれでいいけれど、この先だれからも求められなくなったときに自分はどうやって生きて行こうって…。再就職すればいいのかもですけど、高卒ですから例えそうしようとしてもかなり厳しいだろうな、って 」


「 最上さん。それ、単純に販売する品物の単価を上げれば?それで利幅も増えるだろう? 」


「 敦賀さん。もしかしたら絵画はそうやって利益を上げていくんですか?でも手芸品は無理です。手作り品ですから多少のバラツキは出ますけど、基本的に値段は材料費の3~5倍が目安と言われています。それ以上高くすると売れなくなってしまうんです。

 布は市販のものですから誰が作っても同じです。デザインやアイディアで多少の違いを出せたとしてもそれほど目新しい何かを生み出せる訳じゃない。プロの手芸作家なんて聞こえはいいですけど現実はそういうものなんです。

 だから、ごめんなさい。来月9月と年末12月の即売会イベントは自分にとって大きな収入を見込める大切なものなんです。それまでに一つでも多くの物を作って、当日ひとつでも多く販売したい。申し訳ありません。敦賀さんのお仕事のお手伝いは出来ません。本当にごめんなさい!! 」



 三つ指をついて頭を下げられてしまったら、それ以上なにも言えなくなってしまった。

 だけど俺に対して今日、彼女が何をしたのか、本人は全く判っていないのだろうな、と思う。



 おもてなし…なんて言われて用意されたこの場がもう、プレゼンテーションの場になっていた。

 自分には空間演出の才能がありますって、アピールされたも同じだった。



 こんなに深く頭を下げられてしまって、本来なら引くべきなのかもしれないけれど、彼女の才能に再び触れたことで余計に俺はこの子の協力が欲しくなっていた。だから、ここで引き下がるなんて到底考えられなかった。




「 最上さん。昨日、俺が君にコーヒーをご馳走したのは、最上さんが俺のボタンを付けてくれたからだよ。そのお返しのつもりだったんだ。…って、実際にはまだツケ状態だけどね


「 ……へ? 」


「 なのにこんな風におもてなしをされるなんて、これは明らかな過剰接待だよな。だから俺からも何かお返しをしないと… 」


「 いえっ、お気遣いは不要です!!だって敦賀さんの様な方が私のような者にお声がけ下さっただけで恐縮でしたから 」


「 …俺のような方ってなに? 」



 最上さんが自分の生活に必死なのは事実なのだろうと思う。だけどそれは俺だって同じなのだ。

 いや、実際には俺の方がよっぽど切羽詰まっていると思う。


 なにしろ俺は未だにギャラリストとしてやっていけるだけの利益を上げられていないのだ。

 共に同じ自由業。けれど今の俺は彼女よりはるか格下に位置していると言えるだろう。



 10月のイベントは俺にとって最重要事項だ。これ以外に道はない。


 最上さんの協力が必要だった。

 今日、この場を経験して強く想う。そして自分は同時に知った。


 俺自身に、彼女を諦める気が一ミリもなかったことを。






 ――――――― 最初のインスピレーションを疑うな。





 芸術を愛し、才能に溢れた父の言葉が脳裏を過ぎった。




「 最上さん。このお弁当ってまさか俺一人分って訳じゃないよね? 」


「 はい、一応、自分の分もありますけど。あの、どうぞ召し上がって下さい 」


「 本当に?じゃあ、有難くご馳走になります 」


「 敦賀さん。麦茶で良いですか? 」


「 うん、充分。ところで、君の言う来月の販促イベントっていつどこでやるのか聞いていい? 」


「 は?……はい、いいですけど 」



 何としてでもこの子を射止めなくては。

 出来れば長期戦は避けたかったけれど、背に腹は代えられない。


 彼女をターゲットと決めて、もう今から積極的に攻めていこう…と思った。






 ⇒レース・ローズ◇8 に続く


それがいつの間にか恋にすり替わるの♡(〃∇〃) ふふ、王道過ぎですね!


※青海波(せいがいは)…扇形の波を組み合わせた模様のこと。

※勝虫(かちむし)…トンボのこと。前にしか進まず退かない所から、不転退の精神を表していると言われています。



⇒The Lace Rose◇7・拍手

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