レース・ローズ ◇28 | 有限実践組-skipbeat-

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 前話こちらです↓ ※色が違うのはキョコside

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■ レース・ローズ ◇28 ■





 

 それで行ける所と言えば、もちろん俺の家しかなく。

 俺自身も特に抵抗などは無くて、再び最上さんを家に招いた。



「 どうぞ、最上さん。狭くて悪いけど 」


「 お邪魔します。あ、やっぱり家の中はあったかいですね。・・・けど、本当に歩いて帰れるのに 」


「 冗談にもほどがあるよ。車で15分の距離がどれぐらいだと? 」


「 さぁ?でも、30分ぐらいで帰れるかなって 」


「 君、免許持ってないクチだろ。車で15分ってことは、単純計算でも8km弱あるってことだよ?そんな距離を歩いたら2時間以上は絶対かかる 」


「 え、そんなにかかります? 」


「 君が鉄人じゃない限りは絶対にかかる 」


「 ぷっ。鉄人って(笑) 」



 二度目の訪問だからか、最上さんも特に緊張した所はなくて。

 入り口から一番近い本棚の前で足を止めた最上さんは、興味深そうに棚を眺めた。

 彼女がすぐに腰を下ろさなかったのは、本に占拠され過ぎていてスペースが少ないからかもしれない。



「 なにか飲む? 」


「 もうお腹いっぱいです 」


「 コーヒーとか紅茶でも? 」


「 じゃあ、コーヒー・・・がいいかな 」


「 いいよ、待ってて 」


「 敦賀さん。本、見てもいいですか? 」


「 別に構わないけど。何か興味を引くものある? 」


「 葛飾北斎。西洋の名前に紛れて日本人のがあるから。見てもいいですか? 」


「 いいよ。どのぐらい知ってる?葛飾北斎 」


「 どのぐらいって言われても。名前は有名ですよね、私だって知ってるぐらいですから。思いつく作品名と言えば・・・・・えーっと。あっ、あれです!えっと、・・・なんとか三十六景! 」


「 ふっ。うん、富嶽三十六景ね 」


「 の中の、大波の絵? 」


「 ああ、神奈川沖浪裏だ 」


「 え、すごいですね、敦賀さん、それだけで分かっちゃうなんて。しかもあれってそういうタイトルだったんだ 」


「 そうだね、CMでも使われたことがあるぐらいには有名だから。はい、コーヒーお待たせ。トロ―ニーのマスターが淹れたのより格段味が落ちると思うけど。砂糖やミルクはいる? 」


「 両方欲しいです 」


「 良かった、あるよ、ちょうど。俺自身はブラック派なんだけど社さんが入れるから 」


「 えー、社さんも入れるんですか。ふふふ、なんだか親近感。社さんってすごく良い人ですよね。明るくて気さくで、大人の気遣いもあって 」


「 そうだね。俺もだいぶ助けられて来たから正直あの人には頭が上がらない所があるよ。今回の期間限定ギャラリーだって社さんが協力してくれたおかげっていう所があるし 」


「 あ、そうです、それ!!本当に良かったですね、敦賀さん。期間限定ギャラリーが大成功して! 」


「 うん、ホッとしてる。これでやっと店舗契約出来るから 」


「 いつ行かれるんですか?店舗契約 」


「 明後日の火曜日には行きたいと思ってる。もう期限ギリギリで早く行かないとヤバいから、午前中一番で 」


「 そうなんですね。じゃあ、それが終わったら私とランチしませんか? 」


「 え? 」


「 ほら。約束したじゃないですか。私がランチをご馳走しますって、前に。お祝いを兼ねて豪華にご馳走しちゃいますよ 」


「 ホントに?あ、でも君、火曜日は確か・・・ 」


「 はい、そうです。だからカルチャーセンターの教室が終わったあとってことになっちゃいますけど。それだとダメですか? 」


「 いや、大丈夫だけど、もしかしたら俺の方が少し君を待たせることになるかもしれないよ? 」


「 なんだ。それならぜーんぜん大丈夫です!じゃあ、以前のようにトロ―ニーで待ち合わせってことでいいですか?わー、何をご馳走しようかしら 」


「 最上さんの手作り弁当でも俺はいいよ 」


「 え。そんなの私が嫌です。少なくとも私はもっと美味しいものがいい 」


「 前にご馳走になった弁当、美味しかったけど? 」


「 それは良かったです。でも私は人が作ってくれた美味しいものが食べたいんです 」


「 あー、なんだ、そういうこと。つまり俺はダシなんだ 」


「 ダシじゃありません!だって私、敦賀さんのことを本当にお祝いしたいって思っていますから!!それで、出会った頃は本当にすみませんでした。私、メチャクチャ拒否しまくって断っていましたよね。でも、今はそのことをちょっとだけ後悔しているんです 」


「 ・・・ちょっとだけ? 」


「 ちょっと・・・っていうか、割とだいぶって言うか。だって敦賀さん、私のためにすごく色々してくれたから 」


「 それは・・・ 」



 是非とも君に協力して欲しかったから、と言おうとしてその言葉を飲み込んだ。


 実際、確かにあの時はそういう気持ちだったんだけど、でも今はもうそうじゃないのだ。




 不思議なことに俺、君といると自然と頑張ろうって気持ちになる。

 君の頑張りを見て俺も頑張ろうって思えるんだ。


 君から元気と活力をもらえている気がする。

 それはとても貴重で尊いものだと思うんだ。


 だから正直に告白をしちゃうと

 いまの俺はあの頃よりずっと強く、君のために自分が出来ることがあるなら何でもしてあげたいって、考えちゃっているわけで。



 例えば、今日はもう疲れているから眠りたいのに

 君の安全のために酔いを醒まして、君を送っていこうって思うぐらい。

 自分の家に君を招いて、もう少し一緒の時間を共有したいと思うぐらい。



「 だから、って訳じゃないですけど、私、今は敦賀さんのために自分が出来ることがあるなら何でもしよって思っているんです。だって色々本当にお世話になっちゃって、それに感謝しているから。だから敦賀さん! 」


「 うんっ? 」


「 そんな訳で、私にして欲しいことがあったら遠慮なく言って下さいねっ!? 」


「 ・・・っっっ 」


「 なんてっっ!!こういうの、面と向かって言うと恥ずかしいですねっ 」


「 待って。そこで照れないでくれる?つられてこっちまで恥ずかしくなるじゃないか 」


「 あうっ、すみません!! 」



 冗談じゃなく本当に

 ヤバいぐらい嬉しくなって、顔中綻んでしまいそうになってしまった。


 慌てて右手で口元を隠して思わず顔を横に背ける。


 体中くすぐったい気持ちが渦巻いて

 冷たい水で思いっきり顔を洗いたい衝動に駆られた。


 ただ、嬉しい。

 自分と全く同じ気持ちを、思いを、考えを

 彼女も持っていてくれたのかって。


 たったそれだけのことなのに。こんなに気持ちって高揚するものなんだなと思った。




「 ・・・あの、敦賀さん? 」


「 ・・・・・なに? 」




 Love is greatest refreshment in life.

 人生で最も素晴らしい癒しは愛。



 ピカソも昔、そんな言葉を残したくなる位の何かがあったんだろう。それはどんなことだったのかな。



 ただこれだけははっきり言えると思った。



 最上さんは誰より自然にすんなりと

 そして穏やかにスマートに

 俺の心に入り込んで来たって事だと。



「 顔を反らしたままは止めてください。あの、大丈夫ですから 」


「 何が 」


「 いま私が言ったことに変な意味とか無いんです。別に、だって、ほら、私って、そうでしょう?だから、そういう意味とか全然・・・ 」


「 ・・・うん、分かってる 」



 とても不思議なことに、いま彼女が考えていることが俺には手に取るみたいに伝わった。


 ただそれだけで心が安らいで、また穏やかな気持ちになった。




 大丈夫。

 本当に分かっているから。

 だって俺達お互いに

 いま、恋愛は別にいいって、それに同意した二人だもんな。



 ああ、だけど、そう言えば。普通の娘を女神と間違うことが恋だと言ったジャーナリストがいたっけ、確か。


 だとしたら俺の方はもう間違いない。

 だって俺、社さんに言っちゃったんだ。


 最上さんは俺にとって、幸運の女神に違いないって。



 でも大丈夫だよ、最上さん。

 俺はそれを君に押し付ける気はないから。




「 最上さん、知ってる? 」


「 何ですか? 」


「 さっき君が言った葛飾北斎の富嶽三十六景って、46作品あるんだよ 」


「 は?三十六景なのになんで46もあるんですか 」


「 ぷっ、そう、やっぱり知らなかった?場所は同じだけどアングルが違う作品があるせいなんだけど 」


「 えー、初めて知りました 」


「 そう。じゃあこれも知らないだろうなー 」


「 なになに?教えてください 」


「 葛飾北斎はじっとしていられない性分の持ち主だったって話。彼は放浪生活を好んでしていて、金銭に困ると人の注目を集めるようなことを良くやったことで知られているんだ 」


「 へー 」


「 それについてはこんな話がある。お金に困った彼は、ある時、将軍の前で谷文晁という人と絵の競い合いをすることになった。彼は自分の番になると長い紙を広げて、太い筆で藍色の帯のようにさっと塗り、ニワトリの足に朱色の絵の具をつけてその上を歩かせ、これが竜田川の紅葉ですと言ったらしい 」


「 すごいっ、豪快。でも、異彩な画家だったんだなって思わせるエピソードですね 」


「 うん、俺もそう思った。弘法筆を選ばずってこういう事を言うのかなって。彼は本当にすごかったんだ。北斎で一番有名なのは浮世絵だけど、江戸時代に始まった浮世絵は色ごとに版木を換えて刷る多色刷りの木版画だったんだ。それで作られた彼の作品はヨーロッパでも高い評価を受けていて、特にゴーギャンやゴッホなどの画家たちに強烈なインパクトを与えた。この後がすごいよ。なんと彼は1951年にゴッホやレンブラントと一緒にアムステルダムで展覧会まで開催したんだ。彼は本当に偉大な画家だったんだよ 」


「 えー、信じられない。ゴッホと一緒に?本当にすごい人だったんですね、葛飾北斎って。えー、知らなかった。なんでそんな歴史的快挙を私は知らないんだろう 」


「 それは君に限った事じゃないと思う。何しろ学校の美術の授業で習う事って、そういう事じゃないだろ。だから、大抵の人は知らないだろっていう、そういう逸話をお話してみました 」


「 わー、さすが、敦賀さん。とっても面白かったです。どうも有難うございました! 」


「 どういたしまして 」


「 他には何かないんですか? 」


「 ん?えーっとね 」



 話し終わると最上さんは陽気にはしゃぎ、何度も手をぱちぱちと叩いた。

 それで俺もまた調子に乗って、この後も色んな逸話を繰り広げた。



 夜が深まるにつれて肌寒さが際立って、普段はベッドとして使っているロフトに二人で移った。

 折りたたんだ敷布団をソファの背もたれの様に使って、お雛様のように二人で肩を並べて、一枚の掛け布団を共有して互いの膝に掛け合う。



 そのあとはご想像通り。


 アルコールが入っていた事もあって段々眠くなっちゃって、最上さんと一緒にそこで一晩を明かしてしまった。






 ⇒レース・ローズ◇29 に続く


はい、ここまでを27話に入れるつもりでした。入る訳ないわよねっ。


※谷文晁(たにぶんちょう)・江戸時代後期の文人画家。松平定信に認められて近習となった。多くの画法を研究し、特に風景画に独自の画風を開いて風景や人物画に優れた。



⇒The Lace Rose◇28・拍手

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