レース・ローズ ◇25 | 有限実践組-skipbeat-

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 前話こちらです↓ ※色が違うのはキョコside

 レース・ローズ【1 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24】


■ レース・ローズ ◇25 ■





 そんなことがあった2時間後。



「 なに、偽物だっただぁ?! 」


「 ええ、そうだったみたいです 」


「 みたいって…お前な 」



 LMEデパート内催事場で、額縁の搬入に来てくれた社さんに俺がそのことを告げると、社さんはひどく驚いていた。


 腕まくりしていた社さんの右手が、肩を落として作業している俺の背中を力強く小突く。


 周囲には誰もいなかったのに、一歩を詰めて俺に近付いた社さんは声を潜めた。



「 みたいってなんだよ。どういうことだ?そもそもあれ、そんなに早く鑑定に出すって言っていたか? 」


「 いえ、鑑定に出す前に判明したんです。つまり、不幸中の幸いと考えるべきなのかな、と。この場合 」


「 待て。どういう事が全くわからん。鑑定に出さずに贋作だと判明するなんてあり得るか? 」


「 でも、納得できる内容だったんです。あの子の説明が… 」



 絵画の鑑定方法は、一般的には機械による正確な年代特定と、画家たちの癖や好みや筆使い、色の重ね方、色の出し方、果ては絵の具の種類などで総合的に判断する。


 たとえば同一作者の他物品と比較して確認したり、拡大鏡を使用して筆のタッチなどを視覚的に確認したり、時代洋式を守っているかを確認したり、あるいはその時代にはない道具が使われていないかなどの技術鑑定をしたり、用途鑑定などを鑑定専門者がするのである。


 一方、機械を使う鑑定と言えば、放射線炭素年代測定法や熱ルミネセンス年代測定法、紫外線、X線、放射線写真撮影などがあるのだが、メトロポリタン美術館で絵画修復主任を務めた人物によると、科学的検査はかなりの欠点があると指摘している。他、時間と予算がかかり過ぎるという点から、あまり活用されていないのが実情だった。



 贋作とは、オリジナルとは別の作者によって、模写あるいは模作され、作者の名を騙って流通する芸術品や工芸品のことを指す。

 これに対して本物の作品のことを真作と称する。


 贋作作成の目的には様々な理由があるだろうが、実は美術品においては模造品を作ること自体は違法とされていなかった。

 例えば、先人の画風を見て、その絵画を真似て描くことは現代でも学校の美術授業などでごく普通に行われている行為である。


 では何が違法に当たるかと言うと、模造品を真作と偽ることだ。



 では、作者不明の年代異物であるあの絵画はどう考えるべきだろう。



「 ん?ちょっと待て? 」


 俺が言った、あの子…が誰を指しているのかに気付いた社さんが、口と目を大きく見開きながら絞るように言葉を紡いだ。



「 お前が言ったあの子って、まさかそれ、キョーコちゃんのことか?キョーコちゃんがお前に偽物だって言ったのか?けど、絵画の素人なんだろ、あの子? 」


「 そうですってば。この前も言いましたけど、あの子は確かに絵画に関してはド素人です。何しろレンブラントの名すら知らなかったぐらいですから 」


「 おい、嘘だろ、蓮。かなり面白いぞ、それ。それでどうしてお前が納得できたんだよ? 」


「 ……レース・ローズ 」


「 うん? 」


「 絵の中で、少女が手にしていたレースが、17世紀には存在しない模様だったんです。最上さんが貸してくれた手芸専門講座というタイトルの本の中に、手工業の歴史という内容があって、そこに解説が載っていたんですよ 」


「 っっっ!!マジか… 」


「 あの子、プロの手芸作家ですからね 」



 とは言え、高校卒業後に社会人となり、数年を経てプロに転向した最上さんは、それまで手芸の歴史などは皆目知らなかったという。

 しかし・・・・・。



『 人って、その道のプロだと聞くと、なぜその世界のことならなんでも知っていると思い込むのでしょうね。実は私、プロになってしばらくの間はそのことで悩んだりもしたんです 』


『 悩んだ? 』


『 はい。手芸作家は私にとって趣味が高じた結果の職業です。だから人から手芸の歴史なんて聞かれても全然答えられなくて。でもそのとき思ったんです。それに甘んじるのは止めようって。勉強していないから答えられないのは当たり前。そんな顔をする手芸作家にはなりたくないって。でも実際問題、学校に行く時間もお金もありません。だから、自助努力で細々と知識を蓄えている最中なんです。まだまだ知らなきゃならない事の方が圧倒的に多いぐらいで 』



 恐縮しながら彼女はそう告白をしてきた。


 そうだったのか、って、俺はただそのことを幸運に思った。



『 ・・・・・ありがとう、最上さん。勉強してくれていて 』


『 え? 』


『 君が努力をしてくれていたから、それで俺が助けられた。本当にありがとう 』



 そこでつい再び彼女を抱きしめてしまったのだけど、最上さんは慌てながらも俺を受け入れてくれた。



『 あうっ…っっ!!はい、あの…こんな風に繋がるなんてほんと予想すらしていませんでしたけどっっ……少しでもお役に立てたのなら、本当に良かったなって…思います 』


『 本当にありがとう…! 』


『 きゃわぁぁぁ……っっ!!! 』




 ・・・って。

 可愛いよな、本当に。




 ―――――― 女の子って、あんなに小さくて柔らかかったっけ。



 近づくとふわりといい香りがして

 抱きしめると更にそれが強まって


 不思議と心が安らいで


 時間に追われてさえいなければ、もう少し抱きしめていたかった・・・・・。




「 …っ!蓮!!お前、俺の話を聞いていないだろ?! 」


「 あっ、すみません。ちょっと意識を飛ばしていたかもしれません 」


「 まぁ、いいけどな。どうせキョーコちゃんのことを考えていたんだろ。顔がにやけているぞ 」


「 …っ…いや、えっと、う…まぁ・・ 」


「 取り繕う意味なし。バレバレだからな。しかしやるな、お前の女神 」


「 女神…? 」


「 お前ね、なに言ってるんだこの人・・・みたいな目で俺を見るな。お前が言ったんだろ、キョーコちゃんは女神かもって 」


「 あ…言いましたね、そういえば。そうでした。・・・・・・そうですね。確かにあの子は女神かも。何しろ無意味な出費を最低限で抑えることが出来ましたから・・・ね 」


「 ……の割には大きなため息 」


「 当たり前じゃないですか。あれ35万だったんです。決して気にしないで済む金額には出来ないですよ 」


「 35・・・。確かに痛いな 」


「 正直、かなりの痛手です。あの絵は気に入って手に入れただけのはずだったんですけどね。別に化けてくれなくてもいいって思っていたはずなのに、やっぱり俺、どこかで期待していたんでしょうね。こんなに落ち込むってことは 」


「 そんなに気に入っていたのか 」


「 正直に言うとかなり… 」


「 ……ふぅん 」



 あんなに惹かれて手に入れたものなのに。

 偽物だと判ってしまったから売り物には出来ないし、あんなに良い絵なのに誰かに自慢することすら叶わない。それが一番残念だった。


 そんな俺の落ち込みをよそに

 社さんは耳を疑うセリフを囁いた。




「 落ちる必要はないだろ、蓮。別に、売ればいいだろうが? 」


「 …っ!!売れる訳がないでしょう?!何を言っているんですか! 」


「 そうか?俺ならそんなの気にしないで売るけどな 」


「 社さん!そんなことをしたら俺の信用にかかわります!冗談になっていないですよ、そんなの! 」


「 冗談じゃないから。俺は本気で言っている 」


「 なにをバカな…っ!! 」


「 だって、よく考えてみろ。お前が問題視しているのはあの絵を17世紀の絵だと言って売るのがまずいって話だろ。だったらタイトルを変えて売ればいい 」


「 な…っ… 」



 絵画にはその一つ一つにタイトルが付いている。だからそれを疑問に思う人はもしかしたら居ないかもしれない。しかし、画家自らが作品にタイトルを付けるようになったのは近代になってから。


 特定のタイトルが無かった時代では、作品に関する説明書きがタイトルとして定着していた場合がほとんどで、その説明文は所有者が変わることで変化するようなものだった。

 だから過去の作品の中には複数のタイトルが混在するものも確かにある。


 確かにあるのだが・・・。



「 バ…ッカなことを言わないでくださいよ。そんなの… 」


「 ダメか? 」


「 ダメに決まっています 」


「 けど蓮。商売をする上で一番大事なのは損失を生まない事だろ。信用は2番目についてくればいい 」


「 額縁屋はそれでいいかも知れません!でも俺はギャラリストなんです!俺は絵画に愛着を持っています!不誠実なことはしたくない!! 」



 絵画の鑑賞は、どこか恋愛に似ている所があると思う。


 相手の内面を知ることで

 愛情が深まったり冷めたりする恋愛のように


 作者の内面を知って

 生きた時代を知って

 どんな思いでこの絵を描いたのかを想像して

 その絵にどんな思いを込めようとしたのかを探り

 しみじみと絵を眺めて深く味わう。



 構図を見て、筆遣いを見て、色の重ね具合を見て

 想像して、推測して

 時代を超えて伝わってくる何かを探る。


 それが絵画鑑賞の醍醐味だろう。



 一目惚れだけで気持ちを維持することが難しい恋愛のように、この仕事だって一目惚れだけで続けることなど決して出来ない。


 好きじゃなきゃ絶対続けれられず

 けれど好きだけでも続けることが困難な


 それがギャラリストという商売の難しさなのだ。



「 甘いことを言うな。どんな商売でも好きだけで仕事は出来ないだろ 」


「 好きじゃなきゃギャラリストなんてやっていられないですよ!社さんだってそうでしょう?! 」


「 俺ぇ?まさかお前、俺が好きで額縁屋をやっていると思ってんのか 」


「 違う。社さんは絵画が好きなはずだ。それぐらい、話をすれば分かります。あなたはその辺の額縁屋とは比べ物にならないぐらい、絵画の歴史に深い造詣がある。何よりそれが物語っている 」


「 ……それは、仕事上での副産物だよ 」


「 絶対に嘘だ。仕事だから、で培われるような知識量なんかじゃ絶対ない!だからこそ聞きたくなかったですよ。社さんの口から、タイトルを変えて売ればいい…なんてこと 」


「 あ、そ。じゃ、売るのはやめて飾れば? 」


「 は? 」


「 さっきと同様、タイトルは伏せるとして、非売品で飾るんだ。お前が35万払ってもいいと思って手に入れた絵なんだろ、あれは。だったらその価値があると信じて、客寄せパンダにしたらどうだ?一応、見合う額縁は持ってきているぞ? 」


「 ……っ…でも… 」


「 17世紀の絵だと言わなきゃ贋作にはならない 」


「 そりゃ、そうかもしれないですけど… 」


「 けど、ここで一つ忠告がある 」


「 え? 」


「 非売品だと書いてあるのに売ってくれっていうヤツがいたら、そいつは要注意人物だ 」


「 はい? 」


「 断っても食い下がって来たらなお疑える。強引に取引を持ち掛ける奴がもし居たとしたら、そいつはぼろ儲けしようと企んでその絵を流通させた奴だと見て間違いないだろう。

絵を購入してしまった不幸なギャラリスト…お前のことだ、から絵を購入したあと、偽物だったとお前に言って信用問題を持ち掛け、お前から金を巻き上げるつもり・・・とか? 」


「 …っっ!! 」



 それは、あり得ないと断言できないのが嫌な感じだった。


 確かに、絵画や美術品をそういう事に使うヤツは存在する。



 美術の振興や、新規作家育成といった目的には目もくれず、コレクターやオークションの転売によって利益を手にすることのみを目的とする美術商。

 いわゆる悪徳ブローカーというヤツだ。


 現に、1980年代後半の日本のバブル経済期に彼らは多く暗躍したと言われている。


 悪質なブローカーの中には、美術品の価格形成の不明確さを悪用し、企業や政治家の美術品取得や処分を手伝い、購入した時の数十倍の額で美術品を売買し、利殖、裏金作り、脱税に手を貸した者すらいたらしい。



 そういうの、許せないよな。

 同じ業界に居ないで欲しいよ。



「 社さん。額縁、ありがとうございます。俺、今からあの絵を持って来ようと思います 」


「 ん? 」


「 社さんの案に乗っかって、あの絵を非売品として飾ることにします 」



 俺の依頼を受けた社さんは

 面白そうに眼鏡の奥で両目を細めると、了解・・・と、ひどく冷静な口調で呟いた。






 ⇒レース・ローズ◇26 に続く


科学鑑定について。

過去、アメリカで行われた科学鑑定で、鑑定だけに7500ドル(約81万円)の費用がかかった例もあるのだそう。なのでどんなに熱心なコレクターでも、よほどの事がない限り、科学鑑定はしないのだそうです。



⇒The Lace Rose◇25・拍手

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