レース・ローズ ◇24 | 有限実践組-skipbeat-

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 現代パラレル蓮キョ、お届けいたします。

 その前に注釈。キョコsideになりませんでした。


 前話こちらです↓ ※色が違うのはキョコside

 レース・ローズ【1 10 11 12 13 14 15 16 17 18 1920212223】
 


■ レース・ローズ ◇24 ■





「 お邪魔します 」


「 はい、どうぞ!! 」



 最上さんの家を訪問するのは通算4度目だったけど、靴を脱いだのは初めてだ。


 相変わらず部屋には生地の山があって、布に占拠された一人暮らしの1DK…の言葉が甦る。



 俺に見せたいと言っていた本を最上さんはすぐ持って来た。

 画集と比べたら厚みも無く、飾り気も無い表紙には手芸専門講座とあって、本当に手芸の本なのか・・・と思った。



「 見て欲しいのはこれです。その付箋がついているページを見てください 」



 胡坐をかいた足の上で言われた通りに付箋を辿る。

 ページをめくって現れたのは、様々なレースの柄だった。



「 …これが? 」


「 絵画に歴史があるように、手芸にも歴史があるんです。敦賀さん 」


「 その程度の事は理解しているよ。そもそも古美術を扱うギャラリストにはその知識がある。なぜなら歴史画風に演出する際、画家たちはしばしば空想的な衣装を描いたりしたからね。歴史を知るうえで欠かせない服装史だって肖像画を主な資料としているぐらいなんだ 」


「 あ、そうなんですね。知らなかった… 」


「 だろうね。…で? 」



 高圧的な俺の返答に彼女は言葉を飲み込んだ。

 そこから数秒の間があったけれど、最上さんは再び口を開いた。



「 でも、レース編みの知識を敦賀さんは持っていないですよね?だってあの絵が17世紀のものだって信じられるんですから 」


「 …っ!!なんでだよ!その時代にだってレースはあった!そもそも17世紀のバロック時代では宮廷文化が盛んで、性別問わず誰もが好んで豪華に自分を着飾るような時代だったんだ。君は『ゾフィア・トリプの肖像』画を見たことがあるか?あの絵は1645年のものだ。ドレスの胸元には豪華なフリル・レースがあしらわれている。17世紀にもちゃんとレースは存在していたんだ! 」


「 違います、敦賀さん、ちゃんと聞いて?私が問題にしているのは、レースの存在ではなくレース編みの方なんです 」


「 レース編み?…って、つまりレースだろう 」


「 そうなんですけど、でもあの絵に描かれているレース模様が生まれたのは19世紀に入ってからなんです 」


「 ・・・・・は? 」



 あまりに唐突過ぎてその一言しか出てこなかった。

 眉をひそめながら最上さんを見つめて、俺は彼女の口から次に出てくる言葉を待った。



「 レースは16世紀の中頃に、フランドル地方とイタリアのベネチアで生まれました。そこからさまざまな国でより美しく、どこよりも優雅なレース模様を…と求める風潮が出てきて、それによって色んな技術が生まれて、それらの技巧は17世紀で頂点に達したと言われるほどだったんです。

 その時代のレースは宝石と同じように高価な品として扱われました 」


「 …高価だったのは知っている。それで? 」


「 その後、産業革命やフランス革命が起こります。その影響を受けて手工レースは壊滅状態に陥りました。戦争で物が不足したことと、職人さんが激減したためです。レース編みは人の手から手へ受け継がれた技術。途切れてしまったことで二度と生み出せなくなった模様もあるぐらいなんです 」


「 …それで? 」


「 あの絵に描かれていたレース模様……バラの花でしたよね、たぶん 」


「 いや、模様なんてよく覚えていないけど 」


「 バラの花だと思います。そもそもそれまでレースの模様と言えば、格子や六角形のメッシュが主流で、あったとしても小枝や小花模様ばかり。テーブルクロスによく使われるような模様…と言うと想像しやすいですか?

 あの絵にあるような花模様やブーケなどのモチーフをあしらった、優しく華麗なレースが作られるようになったのは19世紀に入ってからなんです 」


「 ……っ… 」


「 だからあの絵、絶対に17世紀に描かれたものじゃないと思う。絶対違うと思うんです 」



 言いながら最上さんが、俺の膝上で開かれたページの一角を指さした。

 そこにはどう編まれたのか想像できないほど、華奢なレース模様があった。




「 ・・・・・来て! 」



 膝を立て、俺は中腰の姿勢で彼女の腕を引いた。

 手渡された本を閉じ、もう片手で最上さんを引っ張る。


 確認しなきゃと思った。



「 え?どこに行くんですか、敦賀さん 」


「 俺の家。あの絵だけは俺の家にあるから 」


「 いまからですか?大丈夫なんですか? 」


「 問題ない。ここから15分ぐらいだし 」




 幸い道は混んではおらず、スムーズに到着した。

 気持ち焦りながら自宅の鍵を開けて電気を点けると、我ながら家の中は本棚に占拠された一人暮らしの1DKだった。



「 入って!最上さん、もう一度この絵を見て 」


「 はい、お邪魔します!! 」



 自宅に女の子を入れるなんて生まれて初めて。

 それすら気にならないほど、緊急事態だった。



 壁に絵を飾れるスペースなんてなくて、絵は床に立てかけて置いたまま。

 最上さんは正座をしてから滑るように絵に近づいた。その隣に俺も腰を下ろして片膝を立てた。



「 …模様なんて分かるか?よく見たらはっきり描かれている訳じゃないのに 」


「 描かれている場所があるんです。ほらここ 」



 俺の視線を導いた彼女の指が示したのは少女の首元だった。

 なぜかそこだけピントがあったようにはっきりと柄が描かれている。ほんとうに僅かなピンポイント部分のみが。



「 ……バラの花模様に見えますよね? 」


「 見える…… 」


「 その本。付箋がついたページの前に解説が載っています。ご自分で目を通してみてください。私が説明するよりずっと説得力があると思いますから 」



 言われた通りに一読し、力無くうな垂れた。

 納得せざるを得なかった。



「 …なんてことだ…… 」



 この落胆の大きさ。

 受けた衝撃の激しさ。


 次いで、騙されてしまった…という事実を前に自信さえも崩れてゆく。




 痛恨の極みだ。



 どうしてだよ。

 あんなに心惹かれたというのに……



「 …返品した方がいいと思います 」


「 出来ないんだ。なぜなら、主催者側に落ち度はないから 」


「 ありますよ!これは明らかに偽物じゃないですか。主催者側にクレームを言って、出品者に直接返品すればいいと思います! 」


「 それは出来ないんだ。出品者と購入者が直接かかわることは禁止されている。だからこその交換会なんだ。そもそも、データは全て提供されている。それを踏まえて、買う・買わないを決めるのは個人の自由意思に委ねられている。だから一切のクレームは受け付けないというルールなんだ 」



 それは、購入者を守る一方で、出品者も守るという目的のためだと思われた。


 あとでどちらかから言いがかりを付けられる事のないように。

 あるいは後にたかられたり強請られたりしないようにするために。




「 …ごめんなさい。あのとき敦賀さんに言っておけば良かった。でも、記憶に自信がなくて…。家に帰ってすぐ本をひっくり返したんですけど、どの本のどこに書いてあったのか探すのに時間がかかってこんなタイミングになっちゃって… 」


「 最上さんのせいじゃないよ。だから気にしないでいい。だって購入を決めたのは俺なんだから 」


「 でも…… 」


「 でも凄いな。まさかこう来るとは予想外だった。てっきりレンブラントの贋作だって言われるんだと思っていたから。まさか年代が違うと指摘されるなんて想像もしていなかった 」


「 えっと……レンブラントさんって人は、有名な画家さんだったんですか? 」


「 …っ……知らないのか 」


「 ごめんなさい、知らないです 」


「 余計にショックだ… 」


「 あぁぁっ、本当にすみません!!そんなに肩を落とさないでください、どうしたらいいか分からなくなっちゃいます。敦賀さんには迷惑かけてばかりで、なにか一つでもお役に立てたらと思って勇気を出したのに。結局お役に立てなくて本当にすみません!! 」


「 ……立ったよ、お役に。なぜなら被害を最小限に食い止めてくれた 」



 なにしろ鑑定には時間とお金と両方かかる。その無意味な行為をしなくて済んだのだ。・・・とはいえ・・・。



「 本当にすみません 」


「 謝らないで。俺の立つ瀬がなくなるから。それに、俺こそ、ごめん、さっき。…嫌なやつだったよな、俺 」


「 そんなことないです!だって私、敦賀さんが真剣だって知っていますから 」



 そんな風に

 優しく、儚く微笑んでくれた最上さんを見て、泣きたい気持ちになった。



 だから、ぜんぜん気にしなくていいですよ…と続いた言葉に縋り付き合い気分になって


 ごく自然に

 俺は彼女を囲っていた。



 自分の

 腕の中に。




「 …っ…つぅるがさんっっっ!! 」


「 ごめん。少しだけ肩、貸してもらえる? 」


「 ……っ……ハイ!ぜんぜん気にシナクテいいデス、ヨッ…! 」



 俺の背中をポンポンと叩きながら、どこか調子ズレした最上さんの返答に、ほんのちょっとだけショックが薄らいだ気がした。






 ⇒レース・ローズ◇25 に続く


実はこのお話、偶然レースの歴史を知ったことがきっかけでこのシーンが思い浮かび、ここに至るようにと考えてお話を構成しました。

めっちゃ長き道のりだった…


つまり、ここが書きたかったシーンです。あとはもうどうでもいいや。



⇒The Lace Rose◇24・拍手

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