レース・ローズ ◇33 | 有限実践組-skipbeat-

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■ レース・ローズ ◇33 ■





 社さんを探さなきゃ・・・。

 最初に脳裏を過ぎったのはそれだった。



「 ひゃ・・ひゃくまんから?!敦賀さん、絵画のオークションってそんな額からスタートするものなんですか?! 」



 最上さんが俺の隣で、はしゃいだ声をあげていた。それが聞こえていたのに舞台から目を反らすことが出来なかったのは、信じたくない気持ちがあったからに他ならない。


 すごい、と何度もつぶやく彼女の横で、俺は舞台上の絵を凝視しながら目を細めた。



「 ・・・なんで? 」



 なんで。何故こんなことになっている?

 絵はあらかじめ社さんに預けていた。その中の一部が額に入れられ、オークションにかけられるはずだった。


 30枚も集めた所で、たった3時間しかないパーティではすべてを捌くことは無理だと言われていたからだ。



 今日、午前中のうちに自分のバンに乗って社さんの所に伺った。そのあとすぐ二人で十数枚の絵を積み込み、そうこうしているうちに松島さんが現れた。

 二人はかなり早めに会場入りする予定だったのだ。


 自分の車の運転をどちらがするのかなんて気にもせず、今日はよろしくお願いしますと頭を下げてキーを渡した。

 すると松島さんがお任せ下さいと自分の胸を叩き、自分の車のキーを俺に差し出して頑張って、とウインクを投げた。


 その様を社さんは、いつも通りのどこか含みがある笑顔を浮かべて眺めていた。


 二人の様子に特に変わった所は無かった。




 一体、なにがどうなっているのだろう。

 アーティストたちから預かって来たあの絵たちは一体どこにいってしまったのか。

 そしていま、壇上に鎮座しているあの絵はいったい何だというのか。


 不安と、猜疑心と、胸騒ぎがせめぎ合う。俺はこれでもかと息を詰めた。




 ・・・・・・信じたくないけど、もしかしたら俺、社さんに騙された?



 心臓の鼓動がやけに軋んだ。

 頭のどこかでこれは何かの間違いだろうと信じたいのに、それよりもっと奥の深い思考で、いつかの社さんの言葉が渦巻いていた。



『 年月を重ね、どんなに知識と経験を積んだ者でも、たった一回の判断ミスで廃業に追い込まれることは割とある 』



 割とある。

 たった一回の判断ミスで。


 判断ミス?これはその部類だろうか。

 そうと言われたらそうかもしれない。

 なぜなら俺は何も確認しなかった。


 社さんからオークショニアだと紹介された彼のことも。

 社さんと彼の関係も。

 その一切を何もかも。



 日本のオークションはそもそもの歴史が浅く、欧米と違ってオークショニアになるのにライセンスの必要が無く、オークション専門会社に就職して様々な研修カリキュラムを経れば、実質上、誰にでも就ける職業である。

 会社に認められればそれで実務に移れるのだ。


 それを知っていたのに俺は、何も確認しようとしなかった。

 彼がどこのオークション会社の人間なのかとか、どれほどの実務を経験しているのかとか。


 ひとえにそれは、社さんが彼を紹介してくれたから。疑う余地など無かったのだ。



 けれど、自分が社さんの何を知っているというのか。よく考えたら俺は、彼自身について何も知らないのに。



 出会ったのは3年前だった。

 その時すでに社さんは額縁屋の社員として働いていて、入社2年目に入った所だと言っていた。俺が知っている事と言えばそれだけだ。


 時々一緒に飲みに行くことはあったけど、話題はもっぱら絵画のことばかりで。

 だから俺は彼の生まれがどこで、現在の家がどこにあって、そこに家族がいるのかどうかすらも聞いたことはなく。


 そう言えばなぜ額縁屋に就職したのかさえ、訊ねたこともなかった。



「 ・・・社さんを探さなきゃ・・・ 」



 話がしたいと思った。


 おそらく社さんはオークショニアが立っている舞台の裏にいるはずだ。



 喉が引き攣り、背中に冷や汗をかいていた。

 会場から静かに身を翻そうと俺が一歩を後ろに引いたとき、最上さんが俺を見上げた。



「 敦賀さん? 」


「 ・・・っっ!! 」



 そうだ。

 少なくともここにいる間は最上さんから離れないと約束していたんだった。



「 350! 」


 男性の声が高らかに響いた。会場から歓声が沸く。

 反射的に顔を向けると、そこには見たことのある姿があった。



 北条だ。


 顔を合わせたのはたった一度だったけれど、さすがに忘れてはいなかった。



 以降、次々と絵が紹介されていき、俺は油の切れたマシンのようにその場に突っ立っていた。

 最上さんが言っていたように油絵が多かったけれど、それだけじゃなくて中には版画だろうと思われる品もあった。


 壇上に上がる絵にはいずれも共通点があって、それらすべてにおいてレース・ローズを彷彿とさせる雰囲気を持っていた。

 だとしたらその絵たちは全て贋作ではないだろうか。そう考えると背筋が震える。



 けれど現時点でそれを断言できる根拠がなかった。

 なぜなら舞台にいるオークショニアは、絵画に関する一切の説明を口にしていなかったからだ。


 贋作とは、オリジナルとは別の作者によって作成されたそれが、真作だと偽って流通される物のことだ。

 現時点でそれらが模造品であるかどうかなど断言のしようもなかった。


 そう、この時点までは・・・。



「 次々と嫁入りが決まって非常に気持ちいいですね。さて、皆様、お次はこちらです。前日の花嫁 」


「「「 おおおっ 」」」



 新たな絵画が披露され、会場から幾度目かのどよめきが起こった。同時に俺の背筋が凍りつく。

 最上さんが驚いた顔で俺の腕を引っ張った。



「 え?敦賀さん、あの絵って、確か誰にも譲らないって・・・ 」



 間違いようもなく

 壇上に上がった絵は車に積んだ記憶など決してない

 俺の家に置きっぱなしになっているはずのレース・ローズだった。



 瞬間、すべてを悟った気がした。

 やっぱり俺は社さんに騙されていたのだ。

 そしてまんまと闇オークションに巻き込まれた。


 これではまるで俺が首謀者だ。そんな言い訳のしようも無いほどの状況を作り上げられている。



 一体いつから?それはどこから?


 そういえば松島さんは高園寺絵梨花と知り合いだと言っていた。

 社さんと松島さんが友人で、松島さんが高園寺絵梨花と知り合いなら、そういう図式も成り立つという可能性に俺は気付くべきだった。


 そもそも社さんが勧めて来たのだ。このパーティに参加しろと。

 最終的に決めたのは確かに俺だけど、ならばなぜ、俺はもっとあらゆる可能性を考えなかったのか。


 どうして軽く聞き流していたんだ。


 絵画を食い物にするのは何も悪徳ブローカーだけとは限らないのに。



「 敦賀さん? 」


 最上さんが再び俺の腕を引っ張った。その瞬間、俺達の目の前で赤い火花が飛び散った。

 火花だと思った正体は実は赤ワインで

 それに気づいた最上さんが俺より先に口を開いた。



「 やだ、なに?! 」


「 あら、ごめんなさい。まぁ、どうしましょう、真っ白なお洋服だったのに赤いシミが出来てしまったわね 」



 見ると高園寺絵梨花と彼女の3人のご友人がいつの間にかそばにいた。

 そのうちの一人が手にしているグラスには、10円玉大にも満たない赤ワインが残っている。言うまでもなく残渣だろうと思われた。



「 やっだ、あなた、何しちゃったのよ。可哀想じゃない、この人にとっては大切な一張羅だったでしょうに 」


「 あら、そうよね、本当にごめんなさい。お詫びにクリーニング代を・・・いえ、いっそのこと同じ服を買ってもらった方が早いかしら。それおいくらだったのかしら?3万円もあれば間に合うわよね? 」



 間違いなく見下した言い方だった。

 その4人が浮かべた口元を抑えた控えめな笑いは最上さんに向けられたものなのだろう。だが、闇オークションにまんまと引き込まれてしまった俺自身をも笑っているような気がした。



 苛立ちが頭をもたげた。

 たまらず口を開こうとした。

 けれど俺がそうするより先に最上さんが彼女たちの前に一歩を踏み出していた。それはもう、ものすごい剣幕で。



「 あなたねっ!!これがどれほどの時間をかけて作られたものだと思っているのよ!? 」



 突如あがった大声にオークションが中断する。

 人々の目が一斉に彼女たちに向けられた。



「 同じ服?そんなのがこの世に2着とある訳ないじゃない!この服はレース職人さんの手作りなの!時間をかけて、手間をかけて、思いを込めて、丁寧に丁寧にひと目ずつ、細心の注意を払われながら大切に編まれただろう、世界でたった一着の服なのよ!! 」


「 あら、本当に一張羅だったのね 」


「 ほらぁ、だから言ったじゃない、可哀想でしょって 」


「 でも手元が狂ってたまたまこちらにこぼれてしまったのよ。だってこの高級バッグにかかっちゃったら目も当てられなくなるじゃない 」


「 それもそうね。だったらそのお詫びも込めてクリーニング代をお支払いしたほうが良いわよ 」


「 ええ、そうよね。ごめんなさいね、あなた。それで許していただける? 」


「 そ・・・ 」


「 どうかしらね、許していただけるかしら。こういう人ってこちらの裕福度を見抜いて繰り返しお金を要求してくるから注意しなきゃダメなのよねー 」


「 あら、絵梨花さん。そんな本当のことを・・・ 」



 ひと目も気にせず彼女たちは最上さんを蔑み続けた。クスクス笑うその声がひどく耳障りに聞こえる。

 何でこんなことが出来るんだと思った。


 あまりの卑劣さに吐き気を覚える。こんな事が出来るなんてお前たちは何者なんだよ。



「 笑いたいのはこちらの方よ。いい?どうせあなたたちの脳みそじゃ想像すらできないんでしょう?この服を編み上げるのにどれほどの労力が必要か。それを惜しまずかける人の真摯さ、真剣さなんてこれっぽっちもね。そんなお嬢様たちが、心を込めて描かれた絵を金に物言わせてオークションで落札しようだなんてそっちの方がとんだお笑い草だわ。自分で稼いだお金でもないクセに 」



 彼女の辛辣な気迫に押されたのか、お嬢様方は眉根を寄せた。


 深いため息を落として視線を沈めた最上さんは、全体的に赤いシミが散らばってしまったワンピースを見て目に涙を浮かべた。



「 ・・・信じられない。こんな見事に編み上げられたものを、笑いながら穢せる人がいるなんて 」



 その言葉が、俺の心の深淵にまで突き刺さった。

 俺の今の状況になど気付いているはずもないだろうに、その言葉は騙されてしまった俺を非難するのではなく、擁護してくれている気がした。

 あなたはどこも悪くないと言ってくれている気がした。


 たぶん、そういうところなのだ。

 俺が彼女に協力を求めたのは。

 断られても彼女を追いかけたのは。


 そして自然と彼女に惹かれていった。そういう、最上さんだから。



「 クリーニング代なんて要らないわ。そんなお金をもらったらそれこそ元に戻らなくなりそうだもの 」


「 あら、負け惜しみ。この世にお金に勝るものはないのに、それで綺麗に戻せるのかしら。あなたのその一張羅 」


「 戻してみせるわ。とはいえ、その成果をあなた方に報告する気なんて一ミリだって持ち合わせていませんけどね 」



 言って最上さんは鋭く踵を返した。そのまま扉に向かってゆく。・・・が、3歩進んだ所で最上さんは何故か彼女らを振り返った。

 いや、正確には、最上さんにワインをぶちまけた相手に。



「 そんなんだからあなた、騙されたんじゃないの? 」


「 は? 」


「 あなたが自慢しているそのバッグ、偽物よ 」


「 はぁ? 」



 実はパーティが始まる前から、その女性が高園寺絵梨花を含む周りの友人たちにバッグ自慢をしている姿を俺も目撃していた。

 耳に入ってきた限りでは、どうやらそれは日本では取り扱いの無い高級品らしい。



 最上さんの目利きがどれほどのものだかは知らないけれど、彼女もまたバッグを作る者。公衆の面前でこうもはっきりと口に出来るぐらいだから、彼女には確信があったのだろう。

 言い捨てると満足したのかそのままパーティ会場を後にしようとする最上さんの後姿を、俺は慌てて追いかけた。


 ホールを出た廊下で彼女を捕まえたのは意図的な行動だった。俺自身がこれ以上あの場にいたくなかったのだ。


 最上さんと呼びかけ彼女の腕を捕らえると、最上さんの歩みが止まった。



「 最上さん!ごめんね、君に嫌な思いをさせてしまって・・・ 」


「 ・・・敦賀さん。もしかしたらさっきの女性はあなたの恋人だった・・・とかですか? 」


「 そんな訳ないだろ! 」


「 だったら謝っていただかなくて結構です。謝罪しなきゃいけないのは、むしろ私のほうですから・・・ 」



 伏し目がちに振り向いた彼女は、目に沢山の涙を浮かべていた。



「 すみません。せっかく敦賀さんが私のために気を使って用意してくださった服だったのに。こんなに素敵なレースをあしらった服だったのに、それを汚してしまって・・・ 」



 その謝罪で気づけた。

 彼女がすんなり服を受け取ってくれた本当の理由に。


 最上さんは、自分がパーティ会場にいてもおかしくない服を俺がわざわざ用意したと思ったに違いなかった。


 それこそ誤解なのに。決してそんなんじゃないのに。



「 違うって、最上さん。その服は気を使って用意した訳じゃないよ。ただ君にプレゼントしたかったから贈っただけなんだ。君に似合うと思って、そう思って買っただけなんだ。だから何も気にしなくていいんだよ。それに、受け取ってくれた以上、その服はもう君のものになったんだから俺に謝る必要も無い 」


「 ・・・それでもごめんなさい。最後まで会場にいられなくて。私、今日はここで失礼させていただきます。お礼は後日・・・ 」


「 ちょっと待って、最上さん!! 」



 再び俺に背を向けようとした最上さんの肩を捕まえた。


 何をしているんだろうと我ながら思う。

 社さんを探さなきゃ・・・と、気持ちでは焦っているというのに。


 けれどそれに気持ちが向かないのは

 行動に移さないのは、俺自身が臆病だからに違いない。



 だって信じたくなかった。社さんに騙されたかも、なんて。




 現実に向き合う勇気がどうしても持てず

 俺は無意識のうちにまた彼女に助けを求めていた。






 ⇒レース・ローズ◇34 に続く


ところで北条さんって誰のことだか分かってます?原作にちゃんと出ている人なのですけど。



⇒The Lace Rose◇33・拍手

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