不幸のブログ  -70ページ目

不幸のブログ 

三次元と四次元の狭間 に関しての記事と生命の科学と宇宙の法則
について語ります。



加害協力自動車が来ていたのですが
帰った様なので?NOは公開しません。
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夜間から攻撃はとまりません。


夜間の睡眠不足への誘導、脳への医等つきの刺激の照射、
性器への刺激と繰り返されて嫌でも苛つきが増してきます。


夜間は右脳を狙い撃ちされていました。


私を放置しておくと頭を冴えさせては
精神的な記事を書くのでそれを阻害する意志もあると思います。


一方では昼間から室内で悪態をつかせることで
加害協力者を募っているのでしょう。


実に姑息なるはユダヤ教徒?もしくはメーソンです。


胃腸への関与は異物製造のために薬品を吸わされては
みぞおちあたりで詰められ、
排泄すると再びそれが作り上げられる。


排泄妨害もあり、


異物を腸内で逆流するのに使用されているのは
逆流性食道炎を引き起こすのと同じ技術のはずです。


電極の利用で物理法則に抗うわけです。


夏場は熱中症、搬送、洗脳で
秋口からは逆流性食道炎と異物確保による電磁波強化?


流行の病にはとにかくご注意ください。


最近は音波なのか下の部屋から妙な
低周波らしき音が頻繁に聞こえてきます。


何らかの機材を持ち込んでは
発生させているようでそれにあわせて
私の腸も塞がれます。


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150 :名無しさんの主張:2012/10/02(火) 17:22:38.20 ID:h4kFvlpM
>>149
古川と言う名前を自称する偽被害者が
不幸のブログと言うブログで「さっさと殺してくれ」
「一思いに殺してくれ」などと主張してるのは事実だよ。
それも具体的な殺害方法まで指定してる。
首をどうこうとね。

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締め付ける技術があるから
首を締め付けるという犯行予告でしょうか?


今使用している工作員の技術は
単に腸を締め付けるだけでなくて
締め付ける場所を下から上へと誘導することも出来るようです。


私がブログに書いていない殺害方法指定まで
捏造コメントしています。


「さっさと殺せ」と私が暴れているのは本当です。


この人間たちに拷問まがいの事や
激しい嫌がらせを続けられれば
恐らくは誰もがそう願うことになると思います。



そう言えば隠れユダヤ教徒らしき工作員が
こんなコメントをネット掲示板に書き込んでいました。

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209 :名無しさんの主張:2012/10/04(木) 00:07:10.07 ID:r2I+Cz4O
11月に戦争おっぱじまるらしいな。

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211 :名無しさんの主張:2012/10/04(木) 00:53:06.25 ID:Tl0Bzl8f
戦争って何処と何処がやんだ?

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215 名前:名無しさんの主張 :2012/10/04(木) 02:11:36.12 ID:r2I+Cz4O

11月の戦争は、首席交代直後の中国が日本の尖閣に突撃して来て
自衛隊&アメリカ太平洋第七艦隊との間の小競り合いと言う予測らしい。


まあ規定路線だろうけど
問題は、この騒ぎにどこ勢力が乗じて来るかと言う事。


ロシアも韓国も北朝鮮も動くだろうし
日本国内に潜伏する中国兵や件の工作員古川
そして僧カルトも当然動くだろう。


どさくさに紛れて何しでかすか分からんだけに
集スト被害者にとては要注意な懸念事項だ。

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一般人が知りえない戦争の予定を知っている
この人間は一体何者でしょうね。


掲示板では在日中国人と言われている工作員です。


どこかのHPからの情報だとしても
信憑性は高いと判断しての発言でしょうが?


それとも不安を煽っているのでしょうか。


そしてコメントのドサクサにまぎれて
私を工作員扱いしています。


ドサクサ紛れに暴れるユダヤの傀儡がいるので

戦争時に被害者が危険に晒される可能性は大いにありますが


被害者ではない工作員組織の人間が危険に晒されるとすれば
それは敵対組織との抗争でしょうね。


一番危険な人間はユダヤタルムード思想を持って
この社会を生きている人間たち。


このコメントを書いているような人間たちです。


そのことに関して今夜にでも
記事を出したいと思います。


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今日もキリスト教のスレッドで見かけたコメントを少し引用して

生命の科学と宇宙の法則に触れたいと思います。


少しだけ理解が進んだ内容があったので最初に触れてみます。


昨日記事でも取り上げた二元性の話です。


二元論と言う言葉は私は嫌いなので二元性としておきます。
(論とあるので仮説を前提としているような印象があるので)


アダムスキーが父性原理と母性原理という創造の二面性で
私達の意識を説明してくれていました。


昨日の記事で少し触れた四次元的、想念的、魂的なものを司るのが父性原理で
三次元での存在、詳しく言えばフォーム(形態)
を司るのが母性原理と言う話でした。


そこで、異なった二つのものが”創造”を導くと言う話を
三次元の現象面で触れました。


ただ、二つの”別の次元の働きによる力”から
更なる物が作り上げられるという事で、


私達の生命を説明する事もできるようです。


私達の肉体としてのフォームは、
私達が三次元と呼んでいる世界の中で
元素を使用しては作り上げられている事は間違いありません。


これが三次元の母性原理の現れでした。


一方では私達の”魂”は間違いなく四次元を司る父性の原理の現れです。


そしてその両者の交わりとして存在するのが
私達が”心”と呼んでいるもう一つの意識の経路だと言うことです。


つまり”肉体”と言うフォームが存在し、”魂”と言う私達の実態があり、
実はその両者の交わるところに
私達が”心”と呼んでいる脳機能が存在していると言う話です。


確かにこの心と言う機能は、
実質的に脳と言う物質的な側面を持っている一方で、


それが”想う”行為は間違いなく精神的側面の現われで、
この機関は三次元と四次元の両面を兼ね備えていると言えます。


そして昨日私が触れた”放蕩息子が父の元に帰る”行為は
実は二面で現す事ができて、


心が、両親である父性原理と母性原理に従う時に、


心は魂と歩調をあわせることになりますし、
その事で私達の意識は創造主の意志を反映させることが
できるようにもなります。


心と魂を併せて利用し、心の価値観を魂の意志に置き換える事です。


このことをイエスキリストは”父の元に帰る”と表現しました。


一方では私達の心と魂を併せるように使用する事によって
私達の魂の進化が始まるのは
以前から私が繰り返し説明してきたとおりです。


その時に私達の肉体には一体何がおきるのか?


生命の科学で学んだように私達はそれがきっかけとなり、
時には未使用だった脳の領域を使用する事になったり、


一方では新しい脳細胞を作り上げるような
身体的変化をも齎される事になるのです。


魂が私達という肉体を具現化している大元の想念なのですから
魂が変化すれば肉体も進化するのだと説明したと思います。


つまり肉体では脳と言う物理的機能の進化が起こることになります。


つまりこの時の進化は、”母の元に帰った”、と表現しても良いような
そんな話になってくるわけです。


アダムスキーは、
「私達がすべきことは
心を孝行息子・孝行娘にすることだ」


とても見事な例え話をしてくれていました。


私達の二元論と言っているものは
実際は分離して存在するのではなくて、


私達がマインドとか心と呼んでいる脳機能において

三次元と四次元が交わっている。。。


そう説明されれば、想いを引き起こしながらも
肉体的機能を持っている脳の実態を、上手に説明することもできます。


そして更に、アダムスキーが以前に触れていた
三位一体の話を思い出してください。


三位一体はキリスト教の概念ではありません。


これも元々は彼ブラザーズ達の知識・思想でもあり、
”二元論”といわれる思想とも関係があるのではないでしょうか。


キリスト教世界では”三位一体”といえば
イエスの神聖を示すために使用されています。


父なる神、精霊なる神、イエスと言う肉体を持った神


です。


しかし実際の意味はそれとは違うと言うことでした。


私達の魂は創造主の意識の分身、
エネルギーの分身として存在します。


これは私達が四次元と呼んでいる世界の
創造主の残像思念の一部と認識すればよいと想います。


それは元々が創造主の意識の分身ですから
その意志は創造主の物です。


”魂”はそのまま父性原理の”父”
もしくは”父の分身”として理解できます。


一方では、この地球と言う三次元社会の中で
生まれたイエスキリストの肉体は、


他の人間と同様にフォームを母性原理により与えられた
存在と認識することもできます。


そして先ほどの考え方でいえば
その魂と肉体の接点に”心”と言う脳が司る機能が生じることになります。


そして魂という創造主の意識と、
肉体と言う人間としてのイエスの実体、
更には心というイエスの自我が一体となって機能する。


その事を三位一体と受け止めるのが良いのかもしれません。


私は以前は 創造主、魂、肉体の三つで
三位一体を説明していましたが
それよりもこちらのほうがより真理に近いかもしれません。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11059663896.html
皆がイエスとヨハネの承継者


父なる神の意識は”魂”で、人間なるイエスは”肉体”で


その”心”に対して働きかける魂からの意識としてのエネルギーを
”精霊”と受け止めて解釈すれば、
聖書の内容も判りやすいのではないかという話になります。


イエスキリストは人間の肉体を持ちながら
創造主の意識を魂から十分に引き出しては
その価値観で心を置き換えながら、


自分の意志でそれを語っていたと認識する事が出来ます。


これはそのまま”イエスの神の国の奥義”に繋がる話でもあります。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11301379416.html
聖書のイエスキリストの奥義 改
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11329829392.html
続・宇宙の法則 VOL6 イエスの奥義前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11330640319.html
続・宇宙の法則 VOL7 イエスの奥義後編


”精霊”と言うのは創造主の意志の私達の心への働きかけであり、
同時に私達の魂そのものでもあると思います。
(聖書を内容的に解釈するとそう受け止める事が出来ます)


創造主の意志と繋がった状態で存在している魂は
創造主の意識の分身であり、精霊(御霊)なのだと思います。


人の子としてのイエスが自分の心を持って
魂の意志、もしくは魂へと注がれる創造主の意識を
フルに表現して見せた。


その状態が三位一体の意味するものだと
アダムスキーが触れていたわけです。


人間は肉体と言うフォームだけで
生きているわけでないことは誰もが知っています。


肉体機能が正常でも、細胞が正常でも
魂が離れたときに私達は生命を失うことになります。


そしてもしも私達が人間の細胞を、
そっくりそのまま作り上げたとしても
そこに生命を吹き込むことは出来ません。


それが意味しているのは、
人間は生命を作り上げることは出来ないと言う事。


魂をフォームに吹き込むのは創造主の法だと言うことです。


父性原理と母性原理の接点に私達人間が存在している。


三次元と四次元という、二元的なものは
独立して存在しているのではなくて


私達の脳機能、心で接点を持っていると説明することが
出来るのかもしれません。


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829 :神も仏も名無しさん:2012/09/30(日) 02:37:36.57 ID
>>820
地球は実在だが、神は「非実在」「空想・妄想の産物」。従って、定義
が少しでも変われば、その内容も変わる。

いい年して、いい加減で妄想から眼を覚ましてください。
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妄想というのは一体何のか?


妄想というものは思考の下に生まれます。


その思考をしている時のその”想い”という物の存在を認識すれば、


そしてその想いである”想念”が、エネルギーを持って存在している
目に見えないものである事を認識すれば、


想いの世界、想念の世界が存在することも
認めざるを得ないはずです。


四次元社会は思考の世界でもあります。


私達は思考するたびに四次元空間からエネルギーを受け止めて、
それを三次元社会に想念という形に変換しては
ばら撒いている存在でした。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11329172018.html
続・宇宙の法則 VOL5 想念とオカルト


何か行動をしようとした時にも私達は思考します。


足を前に出そうと思ったときには
すでに私達は思考しているのです。


そして私達は思考なしには生きていられない存在だと
アダムスキーも説明していました。


私達に肉体的なエネルギーを与えているものは
食物だけではないのです。


私達が魂から受け止めているそのエネルギーを
想念として発しながら私達は生きている。


私達は無自覚のうちに想念を当たり一面に
ばら撒きながら暮らしているのです。


そして魂の意識からかけ離れた人間ほど
そのエネルギーを受け止め難くなる。


つまり思いは弱くなるはずです。


気力たっぷりの人間や活力たっぷりの人間は
単に肉体的、物理的なエネルギーが体に溜まっているわけではなくて


そんな想いのエネルギーが行動の力の源にもなっています。


一番顕著なのは、例えば怒りのエネルギーです。


これが時には私達に強い活力を与えることがあるのは
誰もが経験済みだと思います。


それは肉体のエネルギーではなくて
想いのエネルギーが私達に活力を与えているのだと思います。


負の想念を巻き散らかす行為は
他人にも影響を与えるので人間をも通じて社会に悪影響を与えますが


少なくとも怒りを感じた時に爆発的に湧き上がるエネルギーは
そのように理解できます。


そして想念の具体例は”呪い”でもありましたが


創造主の意識からかけ離れ
魂を感じることの出来ない人間の想いが強いわけがありません。


想いは時には人をも殺すとアダムスキーは言っていました。


しかしそれほど強い念を持っている人間は
この社会の中でも創造主の意識とかけ離れていない一部の人間。


それゆえに呪うという意識など持たないでしょう。


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831 :Johannes:2012/09/30(日) 02:41:59.81 ID
自由意思(それは自我意識に由来する)は最終的には消滅する.
何故なら自我は仮設されているに過ぎない.
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これは正しいと思います。


自由意志は心の延長として存在しているのではないでしょうか。


しかしそれは時には自分を客観的に見つめるものですし

心で作り上げた複数の価値観を並べては選択する事が出来ますし


魂の意識を感じる人間であれば
心の意識と魂の意識との選択をする事も出来ます。。


そして私達が通常”自我”と呼んでいる物は心の機能ですし、
生命の科学では魂を”真の自我”として分けて説明しています。


自我と自由意志が脳機能だとすれば、


この方の言うとおり自由意志と自我は
肉体の崩壊により消滅する事になると思います。


(自由意志が魂の延長にあれば話は違ってきますが
その辺に関しては私は確信をもてないのです)


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832 :John:2012/09/30(日) 02:42:38.52 ID
>>829
これは実在かどうかの問題ではないんですね。
物理法則を「神」とするなら、それは存在するわけです。
同様に、存在の原因性を「神」とするなら、それは存在します。


それを貴方が「神」と呼ぶか呼ばないかは関係ありませんし、
貴方が別のものを「神」と呼ぶかどうかも関係ありません

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魂を認識する事が出来ない私達は
目による視覚に囚われて、姿形を認識することを前提として
物の存在を認めることになります。


つまり神がいるのであれば、
それはどんな姿をしているのかそれを認識できなければ
存在を認めることも出来ないと言う話にも繋がってきます。


一方創造主は私達の想像を超えた存在です。


次元の話もよく耳しますが
私は三次元と四次元は理解できても
他の多次元は理解できませんし認識することも出来ません。


創造主がどんな次元の存在なのかも想像できませんし、
もしかたらこの創造物の空間の外に実体があるのかもしれません。


その姿も実体も容易には認識することは出来ないのです。


しかしこの空間にも四次元的思考の世界にも
間違いなく何らかの人知を超えた意識が
存在していることだけは認識できます。


私達はそんな法則と意識を
創造主だと認識すればよいのだと思います。


記事で取り上げているように、
天使達は創造主を人間の姿として捉えています。


それも私達の社会が良く描くような老人ではなくて
若者の姿としてです。


しかもそれが男性面と女性面を併せ持った
存在として表現されていて

とても美しい絵であったという話でもありました。


そして彼らは家庭の中にもそんな絵を飾ってあるそうです。
(もちろんそれを拝んでいるわけではありません。)


しかし創造主の姿を認識してそれを絵にしていると言うことは
進化の進んだ人間の意識で感じる創造主は
人の姿をしていると言うことを髣髴させます。


そして彼らが地球社会に伝えてくれた創造主の話と言えば
創世記の中の「神は自分に似せて人間を作られた」と言う話です。


創造主は人の姿をしていると言うのではなくて


もしかしたら本当に
私達人間が創造主の姿を象って作り上げられた可能性が
あると言うことです。

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833 :Sara:2012/09/30(日) 02:43:44.45 ID:
>>827
ですからこの世はサタンに支配されています。
置かれた環境により悪を選択せざるを得ない 人間についても神はご存知です。
ですが逆もあります。劣悪な中でも美しい心を持っている人も。
不思議ですね。全てのことを相はたらきて善に変えてくださる神に信頼するしかないです


835 :John:2012/09/30(日) 02:46:52.08 ID:
>>833
支配されていると見るかどうかは、その人の認識にすぎないと思います。


838 :Sara:2012/09/30(日) 02:49:35.05 ID
>>835
そうですか?そこは見解を異にしますね。


843 :John:2012/09/30(日) 03:06:24.20 ID:
>>838
貴方は自分自身が、サタンに支配されていると思いますか?
また、貴方の周りの人は、サタンに支配されていると思いますか?


844 :Sara:2012/09/30(日) 03:10:59.37 ID
>>843
ああ。そういう意味にとったのですね。そうじゃないです

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私達は心のエゴに従って生きる事を当たり前と誘導されています。


それを創造主の意識からかけ離れているという実態に置き換えれば
私達はサタンに支配されていると例える事も出来ます。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11277297856.html
私達はアンチクリスト?


もちろんサタンと言うのは
私達が創造主の意志にそむいているその姿の
象徴だと受け止めてください。


そしてその意識が地球社会に蔓延していると考えれば
この社会はその負の想念に支配されているともいえますし


その意味では私達が影響を受け続けているのは悪しき想念、
つまりは私達の地球の神は悪魔だとも表現できると思います。


全ては比喩であり、実際にそんなことになっていると言う
意味ではありません。


しかし私達が当たり前として受けとめている全ての環境が
創造主の意識からかけ離れる原因となっているようなものですし


その事を考えれば
私達は悪魔に誘惑されやすい過酷な環境での生活を
強いられている存在でもあると思います。


人間は環境に適応しやすい生物でもあるからです。


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837 :シモン・エピノイア ◆/bVPRrlaFM :2012/09/30(日) 02:48:30.18 ID
 
 >>833

 この種の議論の終着駅はいつもそこなんですよ。
 神は全ての要因を公平に顧慮し判断なさる、と。
神の絶対性に逃げ込まれると、論理が通用しない世界なだけに
 反論不可能だ。結局、平行線で終わるんですよ

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創造主が万物に対して平等な取り扱いをしていることは
イエスキリストも聖書で強調していました。


私達は自然の恩恵含めて誰もが平等に
創造主の法則の影響を受けていると言う実体があります。


悪人だからと言って必ずしも不幸に見舞われるわけではない。


良い人だからと言って幸せになれるわけでもない。


そこからも創造主が個々の人間に対して
区分して働きかけているわけではない事も明らかです。


私達に対して働きかけているのは今現在の創造主の意志ではなくて
残像思念としての創造主の法則です。


【神の絶対性に逃げ込まれると、論理が通用しない世界】


この宇宙以外の世界があったとした時に
そこで創造主が万能であるかどうかは別として、


この”宇宙空間”と私達が認識している社会の中では
それを作り上げた存在が万能なのは当たり前です。


そしてその法則が創造主の意志のままに
存在していることも何の不思議もありません。


私達が二次元の創造主となれば
それと同じことが言えるのは明らかです。
(絵を描く行為です)


論理が展開されるために必要な認識が
双方異なっているのであれば


そこでは論理の展開がかみ合うこともないのは
説明するまでもありません。


例えば魂の実体を認識出来る人間、認めることが出来る人間と
それを認めない人間が討論しても、


元々の持っている知識も前提条件も異なるのですから
平行線になるに決まっています。


”価値観”というものは良くも悪くも、
人間が感覚器官を通じて認識したものを
経験や体験を元にして持つことになるものですから


お互い同じ”事象”を体験可能であると言う前提がありますし
その事で意見討論は出来ます。


例えが悪いのですが、具体例で説明すれば


今揃って目撃している女性を評して
「あの人綺麗だね」


「そうかな。。」


と同じ体験と認識から論争はできます。


その論争は個人の価値観や意識の違いを
反映する事になると思います。


しかしこの創造主の問題になると
”価値観”という物を評価しあうのではなくて


それを自分の感覚器を持って
認識できるのか出来ないのかと言う違いが
前提として存在しています。


ツチノコをいると信じてそれを捕まえようとしている人間と、
その存在を認めていない人間とでは


ツチノコの話をしても、
話は噛み合う事もありません。
(ツチノコに関しての存否は私には判りませんが)


共通認識が出来ないものを討論する事は難しい。


認識できる人間と認識できない人間が
同じ土俵で話し合っても
水掛け論になるのは当たり前ではないでしょうか。


創造主と魂とに関しては、
ある人にとってはそれを認識し理解している事が
その人にとっての”真理”なのですし、


ある人にとっては感じることが出来ないことが”真理”だからです。


勿論、普遍的な”真理”は一つです。


創造主の意志、そして魂を共通認識できないからこそ
私達人間は混乱していると言うことを忘れてはいけないと思います。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11356040716.html
神を認識する魂と言う器官


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掲示板でもどこかの工作員らしき人間が、
まるで自分が2000年前に生きていて
その記憶を持っているかのように嘘をついています。


私はイエスキリストを神聖化する気はありませんし、


例えば両替商を神殿から追い出した一節などを引用して
イエスの行為を批判したり
イエスを「熱いところがある」と批評することは


ある意味正しい理解だと思いますが


根も葉もない事を取り上げて
イエスの人間性を陥れることで


イエスが語っていた創造主の法まで貶めるような
そんな言動には強く反応します。


それは他人を創造主の法に躓かせる行為だからです。


イエスが一番罪深いと言っていたその行為を
未だにし続けている人間がいます。


キリストが嫌いな人間だとすれば
ユダヤ教徒やフリーメーソン関係者かもしれません。


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859 :神も仏も名無しさん:2012/09/30(日) 09:25:51.13 ID
イエスは普通に超人的で完璧な人間だっただけ。

筋骨隆々の絶世の美男子で大飯ぐらいで大酒のみ、神懸ったサヴァン能力の

塊のような男でしかも両刀使いのバイセクシュアル

その意味でヨハネは彼にもっとも愛された。

新約聖書がギリシャ語で書かれていたというのは妙味のあること。

なぜならイエスこそはユダヤ人の中に突然変異として生まれた

「最も理想的なギリシャ人男性の典型」だったのだから。
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この人間はイエスキリストがユダヤ人であったことすら
事実として認めたくないようです。


ギリシア人であると断定しています。


イエスに関しては諸説ありますが
”ユダヤの王”と称されて処刑されたわけですし
イエスがユダヤ人でないのにユダヤを語るわけもありません。


(パリサイ派が黙っているわけがないのです)


しかもこの人間はイエスを性的倒錯者であるような誘導までしていますし
ついでにヨハネをも侮蔑しています。


私にしてみれば自分のマスター(指導者)である
オーソンさんとアダムスキーをまとめて批判されている気分ですね。


現実にはイエスの妻は
マグダラのマリアだったかもしれないと言う話もありますし、
(イエスは人の過去の罪にはこだわらないでしょうし)


イエスは自分が創造主の法を語る人間として
性的なものを排除していた可能性もあります。


イエスキリストは聖書の中で
離婚を否定的に語らえてる場面があります。


男と女は神が一つに結びつけたものであり
それを引き離してはいけないと言う趣旨です。


創造主が男というフォームと女と言うフォームを作り上げたのは
更なる生命を作り上げるためと言う役割だけでなくて

そこに何かの補完作用をも想定している可能性を感じます。


創造主が男性面と女性面の両方を持った存在として
現されていたという話がその事を彷彿させるのです。


例えば創造主が本来自分の持っている二面性を
男性と女性にそれぞれ別の物として分け与えたという可能性です。


つまり人は男と女と言う二つが合わさることで
神性を強く持つことになる。。。などと言う事はないでしょうか。


私は自分の人生での大きな転機は
やはり妻と出会った事だと感じています。


自分が持っていない意識を持っている。


私に不足している
”忍耐”や”理解”と言った意識は私は妻から学んだと思います。
(残念ながら妻は私の理解者ではありませんが)


人は他人から多く学べることもありますが


得てして他人との間に壁を作ったり、
自分と言う存在を立派に見せようとすることから
素直にそれを学ぶことが出来ません。


しかし夫婦と言う関係になると何も飾る必要もありませんし
壁を作る必要もありません。


自分を一番素直に表現できるのも、
相手の言葉を一番素直に受け止めることが出来るのも、
本当は夫婦と言う人間関係ではないでしょうか。


私は7年間交際した後に妻と結ばれました。


お互い全てを理解しあった上での結婚でした。


昨年で結婚20周年でしたが、
少なくとも7年前ぐらいまでは
仮面などかぶることもない、傍目にもとても仲の良い夫婦でした。


自分一人では悟ることの出来なかったものを、
もしかしたら私はもう一人の人間から授かったのかも知れないと
今では感じています。


勿論、結婚と言う形式によらず、
そのような人間関係にある男女が
相互を補完するかもしれないと言うのが私の想像です。


それぞれ別の役割を与えられた男性と女性だと思いますが、


今では男女平等と言う名の下に
その役割分担も壊れてきているようですし


その事が家庭崩壊の大きな原因にもなっていて
そのままこの社会の精神的な乱れの原因になっているように感じています。


同性愛の蔓延と言い、離婚率の急増といい、
全ては私達があるべき人の姿から離れてしまっている事が
原因となっている。


そんな気がします。


私達は他人からも学ぶ事が出来る。


そのためには見栄や虚栄心は大きな妨害となりそうです。


学ぶべき事が創造主の意志に繋がる意識なのですから
学ぶ側も創造主の意志を持たなければならないのでしょうね。


私達が学ぶべきは結局は創造主の意識なのだと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


P.S.


イエスキリストが一言で隣人への愛として例えたのが
創造主の意識全般。


私達はそんな意識を全身から発して生きる事が出来るよう
勤める事になるのですよね。


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最後にはユダヤと戦いたいと
室内で宣言し、


それに協力している人間達に関与しないように
お願いしていたのですが


その影響が出ているのか
堂々と思考妨害や苛つき照射含めた関与が
続いています。


工作員が魂の消滅の話を恐れているのか
嘘の転生の法則をでっち上げていたので紹介します。


自分を納得させているのか
ユダヤ傀儡仲間を騙しているのかは不明ですが。


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379 :神も仏も名無しさん:2012/09/30(日) 19:57:04.11 ID


永遠の命の秘密は西暦2000年循環説です
みなぎる命のもと
今はユリウス歴57年
当時の人々はキリストのことを全く信用しませんでした
同じパターンを毎回毎回ご苦労様であります


wikiの仏教の項目因果論
また個々の生に対しては業の積み重ねによる次の生、すなわち
輪廻転生を論じ、
世間の生き方を脱して涅槃を明かさない限り、
あらゆる生命は無限にこの輪廻を続けるという
これに対する答えが西暦2000年循環説です

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WIKIなど誰もが追加したり削除できる事は知られていますね。


2000年きっかり期間を計り、
魂が消えたりするようなスケジュールが存在している?


私の知っている転生の法則では、
あくまで創造主の意識をかけ離れてから15回程度の転生後に
魂は消滅すると説明したわけで、


一回の人生を65年程度と仮定すれば
ちょうど1000年程度になると説明しただけです。


結局は魂のバッテリー切れということですから
個人差もあるでしょうし


誰もが一律に規制される事など有り得ないと思います。


15回の転生の途中でバッテリーチャージが出来ていれば
そこから15回程度の転生と言う話にもなりますし


もしかしたらこの世には
数万年地球の中で転生を続けている人間も
いる可能性もあるわけです。


この人間が主張したいのは今はユリウス暦の57年だから
あと1943年間は魂を消す事はないと言いたいのでしょうが、


自己や関係者の気休めにしかならないと思います。


嘘や気休めで仲間を騙しても
その結果を直撃される人間の事を考えれば
真理を伝えてあげるのが親切ではないでしょうか?


それとも地球社会の癌の告知と同じで
真実を知らないほうが幸せだと感じる人も多いのでしょうか???


正しくはこちらです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次のように言う人があります。
「この地球と同様に他の諸惑星でも人間がどんどん生まれるならば、
宇宙はまもなく超満員になるのではないか」と。


答は「ノウ」です。


永遠の生命を得る可能性を示さない人は
除去されるという法則があるのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

地球の人口の急増で地球社会が
人で満員になると言う事はおそらくはなくて、


増えると言う事は許容力がまだ残っている、


もしくはそんな余裕がないのに
新しい魂が新たに作り上げられていると言うのであれば


今度は消え行く魂が大量に存在している可能性を
示唆する事になります。


しっかりとどこかで調整されるはずです。


私が一時想像していたのは地球規模の惨事が想定されていて
それに備えて大量の新規の魂が生まれてきた可能性です。


殆どの人間が創造主の意識からかけ離れているこの社会では
多くの人間が死ぬ事になって、その時に魂を消したとしても、


そして多くの人間が、他の地球レベルの惑星に
集団疎開することになっても、


(多くの人間が大量に亡くなれば
地球での出産ではそれを補えません。)


残りの魂が再建を果たし、
それ以外の魂もいつか再び地球社会に戻ってくる。


そんな可能性です。


例え、元天使(太陽系の他の惑星からの魂)でも
地球社会に落ちてきたのであれば
魂を消す事もあるでしょうし、


私達だって今回の生で魂が消えないと言う保障はありません。


「涅槃を明かさない限り永遠に生きられる」という思想は
悪人にこそ都合の良いものとなります。


そんな嘘をでっち上げて
実態を怖がるぐらいであれば
最初から意識を変えれば良いのだと思います。


イエスキリストはその気になれば
すぐにでも人間は変われると言っていました。


結局はその人間の意志の強さが物を言うのではないでしょうか。


魂が消えそうだった人間が
いきなり永遠の生へと進む事は無理かもしれませんが


少なくとも魂の消滅を間逃れて
次の転生では今回の生よりも精神の進化のために恵まれた環境で
生まれ変わる事は有り得ると思います。


自分の心にとって心地良い価値観、実践が楽な思想、


自分にとって都合の良い教えに迎合しないで
自分の心に厳しくしておけば、


「備えあれば憂いなし」ではありませんが
余計な心配をする必要もなくなるのですが

心に従い楽に走る人間が少なくないのだと想像しています。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11320208573.html
最後の審判と転生の法則
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11276315693.html
私達は滅び行く魂の持ち主


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11354468175.html
イエスの教え VOL6

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11365227921.html
地球の運命? プロローグ
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11365229377.html
地球の運命? 前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11364404299.html
指導者の導きと共に進化する
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11363884269.html
進化する天使の教えと逆行する地球環境

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11360311709.html
お知らせと カバラ災害情報

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10835864281.html
コーヒーブレイク  アメリカのハイテク兵器
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11358661384.html
陰謀の主体を認識する
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11363884269.html
進化する天使の教えと逆行する地球環境
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11362816099.html
続・宇宙の法則番外編 釈迦の教え
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11362349983.html
進化した諸星メガネ
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11361245976.html
アプローチの違い 仏教と覚醒
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11361455669.html
アプローチの違い 仏教と覚醒 後書き


今日の記事も夜になります。


昨日の記事を読んでおいてください。

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11367974641.html
生命の科学 復習と応用編 VOL1 前半

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11367969085.html
生命の科学 復習と応用編 VOL1後半

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被害に関しては大家とその関係者のような
私を挑発し続けている人間達がいるとだけ取り上げておきます。


脳と性器への攻撃です。


メーソン外資系か国内創価・朝鮮系か

それとも大家直の協力者かは不明です。


後で記事を出す羽目になるかもしれません。


それを誘導している気配でもありますね。


私を戦わせたいのでしょう。

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久しぶりにHAARPチャートとAEチャートに
動きが出たので、もしかと思って宇宙天気予報を見ると見ると。。

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2012/09/30 15:00 更新
担当 田中

太陽面でMクラスフレアが発生し、太陽活動は活発でした。
今後の太陽活動はやや活発な状態が予想されます。
太陽風速度は、かなり低速な280km/s前後で推移し、地磁気活動は静穏でした。
28日に発生したCME(コロナ質量放出)の影響が到来し、地磁気が乱れる可能性があります。
本日の地磁気活動は、活発な状態が予想されます。
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そして国内では地震も起きていますし気象変動もありますので
それは太陽フレアの所為であると印象付け、


それと併せてHAARPが稼動している様に表示することで
HAARPが電磁波計測器であると印象付ける工作が
一段と進んだのだと思います。


先日の私のコメントで触れたように、
今後はアメリカガゴナのHAARPチャートは
宇宙天気太陽フレア連動かもしれません。


思考能力が足りない人間をだます為にも
太陽フレアとHAARPグラフを連動させて

人工地震と地震兵器を隠蔽する予定のようです。


とりわけ関係組織の構成員は
事情を知っている人間たちによって
嘘へと誘導されることにもなるでしょう。


ではどうやって太陽フレアからの電磁波が
地震を引き起こすことができるのか?


彼らはそこまで考えようとしませんから
騙すのは容易なのでしょう。


殆どが電離層で吸収されることになる太陽フレアの
影響による電磁波の存在。


そして大気圏にもれた微々たる量が
どうやって地震を引き起こすことが出来るのか
彼らはどう納得するのでしょうね。

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太陽放射線とHAARP電磁波の話


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11293083764.html
HAARPと太陽放射線 前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11293082921.html
HAARPと太陽放射線  後編


東北大地震の直前に関係者らしき人間が
何か大きな事が起こるのを掲示板で予言していた記事。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11304132385.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL3 後編


ありもしないタイムマシンでやってきた未来人が
日本の地震を予言していた記事

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11324836079.html
アジアにおけるサンヘドリンの懐刀は。。。


その他必読希望の記事

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10835864281.html
コーヒーブレイク  アメリカのハイテク兵器
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10911178522.html
HAARPと政治 (原発狙いを大暴露?)
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10872861451.html
HAARP稼動中?地震の新メカニズム
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10907875540.html
東北関東大震災と地震のメカニズム後編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10907157125.html
東北関東大震災と地震のメカニズム前編


HAARP関係の技術的な話含めての多くの記事があります。

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10880060003.html
広報用のHAARP記事リンク

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記事が長くなりすぎて
前半と後半に分ける事になりました。


この記事の下にそのまま後半を置きます。
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849 名前:名無しさんの主張 :2012/09/30(日) 17:46:14.68 ID:e0tDi8Oy
みなさん、集団ストーカーから開放される方法があります。
それは精神病院でお薬をもらいそれを飲むことです。
そうすることによってターゲットからはずされます。
多少の副作用はありますが、集団ストーカーを回避するにはこの方法しかありません

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要するに薬品を投与され、思考能力落として洗脳されて、

ユダヤメーソン社会に適応しろと言っているのでは無いでしょうか。


多少の副作用??


覚醒者であれば、意識を壊されて地球の法則に洗脳されて生きていくより
自分の今の意識のままで息の根を止められる事を選んだほうが
長い目で見れば幸せでは無いかと思います。


今日の夜の仕込が終了したのか
腹部は異物でいっぱいですね。


じわじわ仕込んでじわじわ関与して

結果的には腸内に大量の異物を作りあげる。


被害は地道に続いていますが芸風が以前とは変わっています。


ハイテク攻撃主力メンバーが変わったのかもしれません。

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掲示板では、ニューエイジや無神論者が
独自の思想へと誘導を続けています。


一応警告のためにもだまされない為に
私の記事を参考にして下さい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11357828977.html
カルト・オカルト・ニューエイジ
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11330080662.html
宇宙的覚醒の障害 アセンション
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11210979116.html
ニューエイジとアセンションの原点 地球の法則のまやかし
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11354377581.html
宇宙の法則の覚醒者と地球の法則の覚醒者
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11340195463.html
地球の法則はエゴにこそ働く


今日はキリスト教の視点での
創造主に関する興味深い討論を見つけましたので

生命の科学、宇宙の法則と照らしていきます。

記事の内容を読んだだけでは
納得できない方もいると思いますが、


関係記事をリンクしておきますので


是非そちらを読んで理解を深めながら
読み進めていただければと思います。


真理の探究の時間をもったいないとは思わないで

私のくどくて長くて同じことを繰り返す記事を、
理解を深める事に利用して頂ければと思います。


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614 :神も仏も名無しさん:2012/09/29(土) 22:28:08.96 ID:0aj30iSF
>>594
>どんな不幸も、未来においては、存在や幸福の原因にもなっているから。

神は地獄絵の殺し合いと阿鼻叫喚の悲鳴と絶望と憎しみと恨みを積み重ねた後で
ゆーっくりと幸福に向かう(これさえ疑問だけど)ことを考えられたのでしょうね。
全ては神の栄光が現われるためですか。。。


http://www.youtube.com/watch?v=PH98iTYLrv4&feature=related
ホロコーストです。たどっていけばいくらでもあります。
人が虫けら状態です。被造物の現実です。
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創造主がその創造した世界の中では万能であるからと言って
その世界の中で人間が引き起こした結果や現象を
全て創造主の責任にするのは責任転嫁ではないでしょうか。


創造主が予定しているこの空間は調和と進化のための場所。


創造主の意志は、この世界の中で自分の分身として作り上げた人間が
万物の良い意味での支配管理者となり
調和を果たした世界を作りあげることで、


そのための材料はすでに私達に与えら得ているはずです。


その環境を利用して、そこに予定通りの天国を作り上げるも
そこを地獄に化すも全ては私達の責任であり
創造主には何の責任もないはずです。


ホロコーストは歴史の記録とされている通りのものが
存在していたとは思いませんが
いずれにしても、それを引き起こしたのは人間です。


(本当に600万のユダヤ人が虐殺されていれば
欧米のユダヤ人はとうに壊滅しています。


自分達が歴史の被害者だと言うプロパガンダのために
事実を捻じ曲げて伝えたものに私達が騙されているだけです。


ユダヤ人は自分達を悲劇の民族であり被害者であると認識させるために
同胞をマッチポンプの犠牲にしたのです。)


原因を作り上げたのも、それを齎したのも人間であり
創造主の意志ではありません。


同じ環境を与えられ、その中で創造主の予定通りの
進化を果たしている人間達も存在しているのですから
(天使達です)


この社会が地獄と化しているとすれば(現に地獄になっていますが)


それを作り上げてきた私達にこそ原因があると言うことを
理解すべきではないでしょうか。


道徳を無視し、創造主の意志を無視して
エゴの暴走で作り上げた社会の中で


エゴに従って生きたことで不幸が起きたとしても
それを創造主の所為にするのは責任転嫁以外の何物でもないと思います。


創造主が私達に与えたのは環境と材料、
そして心という、自分を自分と認識するための贈り物、
そして心の意識と魂の意識とを選択するための自由意志です。


ある人が何かをした結果、
不幸になったという事実があった時に
それを齎した要因が必ず存在しています。


それが本人に起因しているのであれば
その人間が自由意志の選択を誤ったのでしょうし


原因が他人からの介入であるとすれば
その介入と言う実態はそのままカルマとして
その他人に残ることになります。


それに、結果的に不幸と認識する状況に落ちたからと言って
それがその人間に必ずしも後々も悪い要因となるとも限りません。


その時点での幸福、もしくは心が心地良いと感じる事を
追求するからこそ、


私達は”幸福”や”不幸”という概念さえ
自分の価値観で判断していると言う実態もあります。


私達にとっての幸福は、
心のエゴが心地良さで満たされることであり


それは裕福になることであり、
エゴを満たすことであり、本能を満たすことです。


不幸とは心とその意識にに不快感を齎すこと全般です。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11261654508.html
幸せという名の幻想


以前に東北大震災に関して、
神が存在するのであれば何故に神はそれを止めなかったのかと言う
話を掲示板で見ました。


つまり悪しきことは全てが創造主の手によって防ぐ事ができるのだから
創造主はそうすべきであると言う発想です。


そしてそれをしてくれなかったのだから創造主は存在しない、
もしくは創造主は残酷だと言うものでした。


創造主は、今この瞬間にリアルタイムで
宇宙空間の全てに関与しているような存在ではないはずです。


私達が創造される以前に、全ての規則を作り上げ
それを四次元社会に残像思念のエネルギーとして存在させ、


それを3次元社会で法則として具現化させて


その後はその法則によっての私達の進化を
見守っている存在だと思います。


この宇宙の法則自体は創造主のレベルでは
すでに完成しているのだと思います。


創造主が、今、三次元社会の中で起きている一つ一つの事象に
関与するような存在であれば


この社会の犯罪者は犯罪行為をしようとした時に
全て排除されると言う事だって可能になりますし


創造主の目的がそんな管理支配的な人間への介入なのであれば
とっくにそのような世界にもなっているはずです。


そこには犯罪者は存在せず
創造主の願いどおり万物が調和を果たしていると言うことです。


元々が私達に自由意志など与えることなく
自分の意志の分身である魂だけをもった存在にすれば
この社会の中では過失や罪など起こることもありません。


神の劣化分身としての人間ではなくて
完全なる神の分身をも作り上げることが出来たのですから。


しかしそれでは自分の分身というロボットを使用して、
機械的に世界が作りあげられる様子を
黙って見ている工場長のようなものです。


創造主はその行為には何の創造性をも
感じなかったのではないでしょうか。


創造主が私達に求めたのは万物との調和だけではなくて
同時に創造物の進化です。


自分の意志を持った存在として作り上げた分身が
自分を自分と認識しながら経験の中で進化を続け、
限りなく神と言う存在に近くなることを期待した。。
(私達の社会はそのスタート地点にも立っていないのですが)


私達は創造主の与えてくれた機能を100%使用出来ていない存在である事は
脳機能ひとつ取り上げても認識できます。


せっかく存在しているのに
それを100%使用できないのは何故なのか??


私達はそれを完全に使用することのできない程度の環境や
進化の過程に存在しているということです。


そして脳の進化は、そのまま私達の進化の進捗状態を現しているはずです。


太陽系の天使達は同時に25%使用できると言う脳機能を
私達は5%程度しか同時に使用することはできない。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11051776077.html
生命の科学 VOL4


この実態一つとっても、
私達が創造主の求めているような存在に進化している最中で
まだまだ上には進化の余地が残っている存在だと言うことが推測できます。


未使用の脳機能が存在しているのであれば、
本来の機能が発揮できないとなれば、
それを発揮するために私達が求められている要因があると言うこと。


そしてそれが進化であり
そのためにも私達は創造主の法を学び
進化の過程へと進んでいく必要があるのです。


神の”栄光”が現れるため。。


実はこの”栄光”という言葉の意味にしても
私達は勘違いしている可能性があります。


神の栄光とは”創造主の法が私達に齎す影響”
と言う意味もあります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている”栄光”に比べれば、
取るに足りないものと私は考えます。


神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、
義と認められた人々にはさらに”栄光”をお与えになりました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

栄光という言葉の取り方で
神のことを美化するような解釈をしがちですが、


それは”影響”や”効果”など結果や現象として現れる
”よい効果の象徴”でもあると言うことを理解すべきです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


617 :Sara:2012/09/29(土) 22:31:52.10 ID:
>>614
全てを神のせいにしていますが、人間の側の問題ですよ。
神は心痛めて人間世界を 見ています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

621 :神も仏も名無しさん:2012/09/29(土) 22:36:08.08 ID:
神に不可能はないのに、心を痛めて見守ってるだけなのですね

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

自分が作り上げた世界の中で
自分の作り上げた法則の中で、


自分の作り上げた創造物が自分の予定とは異なる生き方を選択し
それを実践する中で破局や崩壊を作り上げては苦しんでいる。


創造主が今現在、自分の意志でそんな実態を見ていたとしても
創造主はこの社会に直接介入する事はないと言うのが私の想像です。


創造主は当初の自分の求めている社会の実現できるように
すべての原材料と法則とを一番最初に準備していた。。。


この社会はすでに作り上げられた
創造主の法の下に存在しているの過ぎず、


そこで影響をもたらすのは創造主の今の意志ではなくて
既存の法則だと言うことです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まさしく、聖書に書いてあるとおりです。
「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、
そして人の心に思い浮かんだことのないもの。
神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【神の備えてくださったもの】


とあるように、この社会は創造主が
はるか昔の宇宙の創造のときに作り上げた法則によって
動いているのであって、


今この瞬間の一時一時に創造主が
意志の介入をしてくるわけではないと言うこと。


創造主は出来上がった世界の変貌を
見守っているだけだと思います。


しかし創造主は私達に多くの学習の機会を
繰り返しの転生と言う形で与えてくれました。


そして苦しんだ人間は報われるような、
悪意を持った人間は課題を多く課されるような、
そんな誘導をも受ける事になるはずです。


地球規模での創造主の意志の一番の目的は
私達の誰をも魂の覚醒へと誘導する事であろうからです。


地球の中であれば何よりも創造主の法は
私達の覚醒のために働きかけるはずです。


(魂の進化の伴わない不毛のローテーションを繰り返しているのは
太陽系では地球だけだそうです)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


627 :神も仏も名無しさん:2012/09/29(土) 22:43:10.79 ID:0aj30iSF
>>623
神がいるかどうかではなくて。。。
教会が減ればイエス信奉者が減ります。若者の教会離れは深刻だそうです。
イエスを信じる人がいなくなっても、それはそれでいいのですね。


629 :Sara:2012/09/29(土) 22:46:54.15 ID:wyobd2+D
>>627
ヨーロッパでは減少していても増えている地域もあります。アフリカた中国など。
人数の問題ではないでしょう。全世界に御言葉が述べ伝えられることが大事ですから
いかなる秘境にも宣教に出かけます。ですが信じる信じないは個人に委ねられています。


630 :神も仏も名無しさん:2012/09/29(土) 22:47:46.44 ID:0aj30iSF
>>622
>今日本の宣教師が入り込んで頑張っています。
え、日本もままならないんじゃないですか?
で、韓国人宣教師が大量に入っているようですが。
ところが韓国も相当落ち込んでいるようで。。

633 :Sara:2012/09/29(土) 22:51:12.94 ID:wyobd2+D
>>630
詳しいですね。あなたはクリスチャンですか?
韓国も相当キリスト教離れが進んでいます。かつては30パーセントを超えてましたが
今は切っているでしょうね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

極端な話が、世界中の全ての人間が”キリスト教”の信者になっても
そこで理解されるべき人としてのあり方が正しく認識されて実践されなければ、
この社会の改善には何の役にも立たちません。


現に過去の歴史においても、
クリスチャンの一派が神の名の下に
戦争を繰り返してきたと言う実態は否定できません。


私達の社会に必要なのは特定の宗教徒ではなくて


”創造主の法の理解者”なのです。


多くの宗教が出来上がり多くの教えが語られていますが
それと対照的にこの社会が悪化し続けているのは


その多くの宗教が信者を正しい創造主の法へと
誘導できていないと言う事の現れでもあります。


皆が正しい創造主の教えを理解して、それを実践したならば

争いも分割も不平等も全ては改善されるはずだからです。


それが改善されることなく、この社会の中では現実に
弱肉強食が進んでいると言う実態が意味しているのは


私達の実践している真理の多くは誤っている、
もしくは誤りを多分に含んでいると言うことです。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11228882845.html
普遍的真理 VOL1 地球の常識は四次元で覆される
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11225509554.html
聖書のイエスキリストの奥義
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11225946064.html
普遍的真理VOL2 使徒の教え
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11228934059.html
普遍的真理 VOL3 御霊なるもの
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11230383689.html
普遍的真理 VOL4  天と地の語るもの。
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11230381982.html
普遍的真理  VOL5
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

622 :Sara:2012/09/29(土) 22:36:49.70 ID:


>>619
神の予定とかそういうことではなく、
全ては神の御手の中にあるということです。
ヨーロッパのキリスト教は確かに形骸化していますね。


今日本の宣教師が入り込んで頑張っています。
勝ちとか負けとか、それは人間の視点です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

教えの中に真理がなければ
それを信仰する強い動機も起きないと思います。


生まれた時からその環境に置かれていたので
それを当たり前と受け入れた。


しかしその真理を、自ら認識して理解しているわけではないからこそ
思想として持たされた物に疑問を感じるのですし、
そこに真理を感じなければそこから離れることにもなります。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11329829392.html
続・宇宙の法則 VOL6 イエスの奥義前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11330640319.html
続・宇宙の法則 VOL7 イエスの奥義後編


教えは信仰心を伴わない形式だけのものにも成り下がります。


三次元的思想、四つの感覚器だけを持ってしては
四次元的意識、創造主の意志と法則を理解できないと言う現実が
創造主への信仰への壁を作り上げていると思います。


イエスの教えは、それを正しく認識できないと
私達の意識を改善する事には役立ちません。


半端な理解が逆に混乱や争いをもたらす原因となる事さえあると思います。



後半に続く

生命の科学 復習と応用編 VOL1後半



623 :John:2012/09/29(土) 22:37:25.91 ID:PaOrzeT/
>>619
物理法則を知る人間がいる前からも、
人類が滅んで物理法則を知る人がいなくなっても、
物理法則は存在します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

物理法則の全ては創造主が作り上げた法則の派生です。


私達が因と現象の接点として認識できている多くの諸法則が
数式で置き換えることが出来るような規則性を持っているからこそ


物理法則なるものが数式で示されては
そこに信憑性を感じる事にもなっているです。


しかし物理法則も実際は仮定に過ぎず、
近年多くの物理法則の誤りが指摘されていることも
有識者であればご存知かと思います。


創造主の見えない法則は、
私達が地球社会に現れる、遥か以前から存在し、
これからもこの宇宙のある限り存在し続けるはずです。


すべての現象を突き詰めてその原因を繰り返し求めて行った時に、


既存の知識では説明できない「なぜ?」という疑問をもつ事になるはずで、


そこにこそ偉大なる意志の存在を認識することになるはずです。


物理諸法則で表現できるような実態は
偶然出来上がったものではないと言うこと。


つまりそこには何かの意志が関わっているのだということです。


なぜに惑星は球体をしているのか?


それが惑星の原始が核として存在していた事に起因するとすれば、
今度はその核はどのようにして出来上がったのか?


と言う疑問が起きます。


なぜにその核はそこで惑星をかたどったのか?


その核に熱エネルギーを与えたものは一体どんな作用だったのか?


それ以前に宇宙空間の全てを作り上げている諸元素は
一体どのようにして出来上がったのか??


ビックバンと科学者はいいますが、
ではそのビックバンがおきたと言うことは
そこには爆発を可能にする法則が存在していたことにもなります。


爆発する事の出来る元素が存在していた事になります。


ではそれに点火をしたのは一体どんな力だったのか?


このように突き詰めれば
絶対に人知の理解の範疇を超えたものが存在するのです。


それは私達が三次元での認識器官としての心ばかりを使用していては
何時までたっても説明することは出来ない物です。


物理法則が存在しているのなら
その物理法則を作り上げたものは一体何なのか??


何もないところに、意志がないところに、
いきなり物理法則が生まれたと考える事に無理があります。


法則があるのであれば、その法則を秩序付けた意志が
そこには存在しているはずなのです。


その大いなる意識を私達は創造主として認識することになります。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11255542454.html
科学と言う名のもう一つの宗教


私達は三次元と四次元を同時に生きている。。


その事を理解できなければ
イエスキリストの教えもパウロの手紙の意味も、


そして私達が従うべき創造主の法も
認識することは出来ないはずです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


648 :シモン・エピノイア ◆/bVPRrlaFM :2012/09/29(土) 23:23:56.57 ID:
   >>600
 3世紀頃の新プラトン主義者ポルフュリオスが
『キリスト者駁論』の中で責め、未だ誰もまともな反論が出来ていない
のがまさしくそれですよ。
神は最後の審判で自分の被造物を善悪に分け、最終的には善の支配する
完全な神の王国を築こうとしている。しかし、彼に言わせれば、
神ならば最初から完全なる王国を築くことができるはず。
 神がわざわざ不完全を創りながら、不完全を排そうとする意味は何か
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一番の間違えは、創造主は最後の審判など
初めから予定はしていないと言うことです。


イエスキリストの話の中で
地球規模での混乱と崩壊の話がありましたが
その部分だけが大きく取り上げられて


天国と地獄と言う私達への飴と鞭の概念とともに注目され


私達の理解を大きく妨害していると思います。


そして元々は”聖書外伝”といわれていた”黙示録”の奇妙な予言が
福音よりも興味を持って見つめられている事も
弊害のひとつだと思います。


私達は常に個々の肉体が崩壊するたびに
創造主の法よる審判を受けています。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11324048053.html
続・宇宙の法則 VOL2 輪廻と転生の法則


私が取り上げていたように本当の意味での最後の審判は
個々の人間の魂に対して、その肉体の崩壊と共に与えられる
転生の法則をさしていると思います。


そしてその時に私達は次の生の運命を
前世のカルマと照らして
与えられることになるはずです。


それは罰として与えられるのではなくて
学びが足りない分を経験として学ばせるための機会でもあるはずです。


創造主の目的は悪い事をした人間を罰する事ではなくて
皆を自分の法へと目覚めさせ、

その意に沿った生き方をさせる事だからです。


それが私が繰り返して説明している学習の機会となるのか、
魂の進化の機会となるのかは
その時の私達の意識しだいだと思います。


イエスの言っていた天国は
地球よりも魂の進化している人間達の社会への
記憶を持っての転生です。


一方私が頻繁に使用する不毛のローテーションは
同じこの社会の中での記憶を失っての転生でした。

(大量に死者が出れば転生は地球内では
補う事も出来ませんし、遠くの地球レベルの惑星での転生。


その時の生が最後の転生となる魂も
存在しているはずです。)


天国も地獄も霊的な場所としては存在しておらず
実際には私達の魂は途切れることなく
転生を続けていると言うのが生命の科学での知識です。
(魂が消えることもあるのは説明してきたとおりです)


そしてそれが私達が一番理解すべき
宇宙の法則の一部でもありました。


それが一度に多くの人間に対して適応されることになるのが

例えば文明の崩壊がもたらされるような大惨事になった場合であり


イエスキリストは、2000年前当時の人たちが
そのままの意識で生き続けていると


私達の文明が再び崩壊する可能性があることを指摘し
それについての警告をも発していたと受け止めるべきです。


最後の審判と言うイベントが待っていると
言っていた訳ではないはずです。


その時には確かに地球規模での最後の審判(転生の法則)
が適応される事になります。


個々の人間であれ、文明であれ
創造主の意識からかけ離れた存在は
その世界から排除されると言うのが創造主の見えない法則の側面でした。


つまり私達の社会がどんどんと創造主の意識からかけ離れると
創造主の見えない法に抵触し


地球規模での浄化作用が働くようなものだと
理解すればよいと思います。


それが負の想念の蔓延による物なのか
地球規模の周波数低下などに伴う異変のためなのかは判りません。


創造主が作り上げようとしているのは
最終的には完全なる調和を齎す社会であり
同時に期待しているのは創造物である私達の進化です。


創造主は万能なのですから
当初から私達に自由意志など与えなければ


創造主の分身は当初の予定通りの世界を
無駄なく作り上げることになります。


最初から結論が判っている状態でそれを作り上げると言うことは


機械的な無機的な工程を
ただ異常がないかだけを意識しながら
見守る製造過程と同じです。


創造主は最終的な状態をも予測できるのですし
後はそれを確認するだけとなります。


もしも創造主の目的が
完成したものを見たいと言う意志であれば


不完全な存在としての人間など作り上げずに
最初から自分の分身として完全なる存在を作り上げて
その存在が創造する社会を見つめることもできました。


でもそれでは自分が一から十まで直接手をだして
その意のままに世界を作り上げる行為にほかなりません。


自分の予想した事がそのまま実現するのを
確認する作業をするだけのようなものです。


出来上がった社会には調和があっても
創造主の分身は創造主の分身としての存在であり
新たな知性が生まれるわけでもないのです。


それよりも自分の創造物が当初の目的を達成するような
そんな世界を作り上げることの方が
より創造的ではないでしょうか。


私達に潜在的な能力を与えながら
一方では心と自由意志というものを与えたのは


私達が単なる創造主の分身としてのロボットと化さないため。


私達一人一人が進化の後に、
自分と言う意識を持った
創造主とは別の主体として存在させるために、


尚且つ創造主に限りなく近い存在として成長し
それ自体が神の究極の創造物となるように、


創造主はこの世界の仕組みをその高い思考の元で
作り上げたのだと思います。


単に宇宙空間というプラモデルを、
より美しく完成しようとしたのではなくて


それに携わっていた存在達が自分と同様の存在へと
進化する事をこそ創造主は求めていた。。。


創造主は単なる自分の分身では無い、
究極の創造物を作り上げている最中なのかもしれません。

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656 :シモン・エピノイア ◆/bVPRrlaFM :2012/09/29(土) 23:38:05.29 ID:
 >>650
 時空連続体?
 無意味な概念で現象に盲目になっているだけでしょうそれは(笑)
もっといえば、神はなぜ地獄を創ったのか。
神に離反したものを永遠に焼き滅ぼす苦痛の火。
神が最初から完全な神の国を築けるのであれば、
 地獄の存在は神の悪趣味以外でまったくもって理解不可能だ。


660 :神も仏も名無しさん:2012/09/29(土) 23:41:22.65 ID:
>>659
地獄は悪魔的存在が作ったのでは?
通常の神への道とは逆方向で基のコースに戻れない存在が行くとこだと思う。
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地獄など当初から存在してはいません。


それは人々を管理するために規則を守らせるための動機として与えられた
概念であると言うことは説明しました。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003292677.html
天国と地獄
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003294416.html
天国と地獄 後編


悪いことをすれば地獄に行って永遠に苦しむと言われれば、
それを動機に行動を改善する人間が出てくるであろう事は
私達なら理解できるはずです。


「良い子にしていないとナマハゲがくるぞ」


「悪い子は鬼に食われるぞ」


つまりはそういうことです。


それを後生大事に述べ伝え
自分達の心の価値観で作り上げた想像をも合わせて


地獄を存在するものとして認識しているのが
私達の社会だと言うことです。


創造主の法則の下では地獄は必要ありません。


「創造主の意識からかけ離れた存在は
存在し続けることができない。」


そんな法則が存在しているからです。


創造物の魂を特別な場所に閉じ込める必要はないのです。


神の国は特別な場所に存在するのではない。


これがアダムスキーの話でもありました。


神が作り上げようとしたのが天国ならば、
それは創造主の意志の内側に存在している宇宙空間全てです。


その中で独自の進化を果たしながら成長していくのが私達で、
その全てに当初の予定のために必要なものが全て整えられている。


それを利用してその空間を天国にするも地獄にするも
私達次第だという話は昨日も取り上げました。


この社会を地獄にするも天国にするも私達次第で
心に囚われ目先の心地よさを求めているがゆえに
私達は自分達の社会を地獄にしているのです。

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658 :Sara:2012/09/29(土) 23:40:24.19 ID
>>656
神を人間の視点で理解しようとしても無理です。
人間の思考に収まるなら、それは神ではありません。

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まさにこの方の言うとおりで、


特定学問を究める事で得られる知識をもって理解できる事象を、
初等教育だけその学問を学んだだけでは
理解できないのと同じことです。


私達は創造主の法どころかその存在をも理解してはいません。


創造主の思考を人間の視点で理解しようとすることに
無理があるのだと思います。


私達が100%脳機能を稼動できるようになったその時には
もしかしたら創造主の意志を明確に理解できるのかもしれませんし
その姿も感じることになるのかもしれません。


しかし私達は創造主に対しての理解は幼稚園児程度の
知識しかないのだと思います。


自分の知識や知恵の範囲で何事をも理解しようとするから
他人をも正確に理解できないのが私達人間です。


まして器の小さな人間ほど、
他人をその思考の範囲で理解できると思い込んでいて


その狭い思考の範囲で認識するから、誤った理解しか出来ない。


自分が器が小さいことを認識できれば、
私達は自分達が何事も理解しきれてはいないという事を
認識できることになりますし


創造主のような理解の範囲を超えた存在をも、
認めることが出来るようになると思います。


知識も知恵も思考も足りない自分を
美化しては高く評価しているからこそ、
自分を万能で優秀だと勘違いしているからこそ、


自分が認識出来ることだけが全てであると
勘違いすることにもなるのです。


その事に気がつかないうちは
私達は何事も真の理解は出来ないのだとおもいます。

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669 :Sara:2012/09/29(土) 23:45:18.24 ID


グノ氏へ質問なのですが

霊的なものというのは、どこから来ているとお考えなのでしょうか?


675 :シモン・エピノイア ◆/bVPRrlaFM :2012/09/29(土) 23:51:23.24 ID
  >>669
  
「霊的なもの」って何です?
解釈を要する概念で共通認識に
至ることはできないと思いますが
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霊的なものは四次元、そして想念に起源をおいていると言うのが
私達、生命の科学の理解者の認識です。


”霊的”なものという表現は
幽霊や霊界と言う話につながってくるので
”精神的”と置き換えておきます。


私達が精神的なものを認識してはそれを理解できないのは
精神的といわれる領域が、四次元と言う
私達が魂とテレパシーを使用して把握できる思考の世界であるためで、


それを三次元社会で肉体と言われる機能を司る
四つの感覚機関で認識しようとしているから。


”感覚”はそれを認識できる器官を
持ってしてでなければ認識できない。


私がいつも繰り返している話です。


そして”共通認識”というのは、先日取り上げたように
多くの人間が感覚器官を通じて同時に認識できる事が
その大前提となります。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11356040716.html
神を認識する魂と言う器官


精神的なものは”魂”と言う器官を使用しなければ
認識できないのですし、
私達のほとんどはそれを使用することも出来ません。


私達の社会では、精神領域や想念に関して共通認識を持つことは
難しいのです。


つまり実態として存在していても
それを多数の人間が認識する事で実証性があるとされるために


魂を使用できない私達は、視覚という誰もが使用できる
感覚器官での共通認識をもってそれを正しいと認識しているだけです。


私達が正しいとか存在すると認識できるのは
視覚を通して認識できる物ばかりになっているのは当たり前です。

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676 :神も仏も名無しさん:2012/09/29(土) 23:52:21.45 ID:
>>671
キリスト教は一元論だから仰る通り。


悪魔的存在は真っ当なコースにいた神的存在の離反から生じ、
離反から広義の意味での世界が二元論的に生成され、
その両輪で、広義の意味での世界が前進する。


私が知っている限りではそう理解をしています。
もちろん、キリスト教の意味でなく、悪魔的存在も最後はすべからく救われます


685 :神も仏も名無しさん:2012/09/30(日) 00:01:41.13 ID:
>>680

一元論、二元論は空間的か時間的かの違い。
人は時間の中で生きているので時間的に物事を捉える。
神は全てだから始まりと終わりを全て包み込んでいる。
その意味で神は善だけど、私達の視点から物事を語るとそこには矛盾が必ず出てくる。
なぜなら、言葉で捉えられない世界を強引に言語化してるから。
だから、結局は実際に体験するしかない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


キリスト教が一元的かどうかは判りませんが
それが前提だとすればイエスの真意を理解できないのも頷けます。


私達は二元的に自分達の存在を認識しなければなりませんし

この宇宙の構造が既に二元的なのだと思います。


一つ目には従来の質的な二元論である
精神の領域と物質の領域と言う側面が現実に存在します。


私達が三次元と認識している世界と四次元と認識している世界です。


私もブログで繰り返し取り上げているように
私達は肉体を持って三次元社会を
精神=魂をもって四次元社会を生きている存在です。


見えるものに囚われて、閃きや印象という感覚を
認識できなくなっている私達は


それが魂からくる感覚であることが認識できなくなっていて
そのために三次元領域だけを意識しては生きている。


しかし現実には四次元領域が存在していて
時にはそれを無自覚に感じては


それを三次元の感覚器官で最認識しようとしては失敗し
再認識不能な出来事をオカルトや神秘現象とし続けています。


もう一つは三次元社会の中での二元論です。


http://ameblo.jp/uruseiblog/day-20120529.html
日々進化する同志へ


太極図が闇と光の象徴する世界を
あらわしていると言いますが、


三次元での創造は、全てが対極にある存在の交わりによって
なされるのだとアダムスキーは触れていました。


光と闇、陰と陽、正と負、男と女、

そんな対極にある存在が創造を司っている。


電気にしても正極と負の極が交わることで生じるように、
子供が男と女によって作られるように


異なった二つの物の交わりの中にこそ
創造があると言うことです。


つまりこの三次元社会も二元的なものを
その根底に置いている事になります。


物理法則としての数学は1+1=2が真とされても


生命の領域では1+1=3ということにもなるのだと
アダムスキーが説明してくれていました。


異なったものが交わるところに
その両方の性質を持った別の物が生じると言うのがその説明で

子供の誕生はそれを一番容易に説明している事になります。


更に生命の科学では、精神領域と言われる
創造主の思考の領域である4次元を父なる存在の示す範囲としていて


一方、宇宙空間という、生命を生み出している世界を
母なる領域と認識する事にもなっています。


一人の創造主が二人の役目を果たしている??


私も良くわかりませんが
創造主は男性面と女性面を併せ持った存在として
天使達の世界では描かれていました。


それは女性的側面と男性的側面を兼ね備えた存在としてです。


もしかしたらそれぞれが三次元的側面と
四次元的側面を司っている意識なのかも知れませんし


創造主の存在自体が三次元で表現できるものではあり得ませんので
私達は長い進化の過程の中でその答えを見つけていけば良いのだと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私達は今二極化の流れの渦中に存在していると思います。


それは心に囚われエゴに流される生き方を選択するのか
それとも魂の存在を認識し父の元に帰るかの選択です。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11092572275.html
真訳聖書 VOL7


創造主の意志が齎した物なのか
地球の法則の信者の暴走のためなのかは判りませんが


私達の環境はそれを選択する事を
半ば強制される事態になっているのだと思います。


私達は生まれた時から地球の法則に従い
それを正しいと信じてこの人生を送ってきました。


その中で心に染み付いてしまったエゴや慣習は
そう簡単には消し去る事は出来ません。


その上に自由意志を持ちながらもその選択肢の中に
正しい指針が示されていないのですから


魂に目覚める事を選択し
創造主の意志に従う事は困難となります。


せっかく真理に触れる事があったとしても
今度は私達の心が楽をしたがり、


心地悪い価値観を拒否し
真理を受け止める事を妨害もするでしょう。


そんな環境の中でどんどんと創造主の意識からかけ離れる人間と
そんな人間達の生き方を見ていて疑問を感じる事の出来る人間とに
私達は別れていくことになると思います。


その大半はいうまでもなく、
広くて歩きやすい道から広い門へと進んでいくのです。


ただ、私達は、生命の科学、宇宙の法則
中にはイエスの奥義から真理の欠片へとたどり着いた人間です。


創造主の分身である魂のささやきに導かれた、
もしくは気がついた存在なのです。


今回の機会を逃すと魂を消す時まで
地球の法則に囚われる事になるかもしれない。。。


時にはそんな意識で自分を奮い立たせてでも
創造主の意識の分身である魂にしがみついて生きて行って欲しいです。


原因と結果の法則が、
私達の苦労や努力にきっと報いてくれると信じてです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11331426927.html
続・宇宙の法則 VOL9 ”因”なるもの


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11248386708.html
生命の科学の基礎講座 VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11249461717.html
生命の科学基礎講座 VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11249462098.html
生命の科学基礎講座 VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11260739002.html
真の進化
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11259205375.html
All You Need Is Love



今日の記事も夜になります・




昨日の記事は必読でお願いします。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11367035436.html  

続・宇宙の法則 番外編 善と悪という名の幻想


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被害を書かないと私への影響は軽減されないようなので

記事を書いておきます。


今は電磁波強化で腸に異物まみれの
排泄物を貼り付けてきているので

腹痛を引き起こしている最中です。


もちろん排泄妨害は続いています。


このことが私に更なる苛つきを与えています。
後頭部への苛付き照射も随時あります。


思考妨害をしてくる人間達もいます。


頭髪への嫌がらせと言える関与も随時あります。


抜け毛促進ですね。

「秋は抜け毛の季節です」


とマスコミに取り上げさせて、
その一方ではそれを促進する関与を自然を装って
やっているつもりなのかもしれません。


マスコミが取り上げている流行病にはご注意です。


自然に見せかけてはそれを実行してくることを
彼らは常套手段としているからです。


折角のお休みに、わざわざ嫌いな人間の周辺に集い

それに攻撃を仕掛けることを楽しんでいる人間達もいるのですし
そんな人間には創造的な意識は感じることも出来ません。


中にはこれが日課となっている人間もいるのでしょうし
これが仕事となっている人間達もいますし
集団ストーカーは利権がなくならない限り、


大元の人間がお金や経済的利益を出している限り
加害者がいなくなることもないのでしょうね。


集スト自動車も朝からうるさいですね。


胃腸を締め付けてみぞおち付近で排泄物を固定し
それを顔への介入に使用している人間達がいます。


脳に関しての関与は、意識低下、苛つき誘導など
寝ているときにはピンポイントでも人体実験は続いているようです。


昨日も脳への関与と性器への関与を併用してか
奇妙ななまめかしい夢を見ていました。


寝ているときに脳になにやら意識を刷り込まれている可能性も
感じていますし、私は彼らの脳への関与の悪影響
マインドコントロールに関しては受けないように勤めていますが


私の元々の資質が知れていますので
どこまで抵抗できているのか
自分でも理解できてはいません。


良い関与と悪い関与が並行して存在しているような気がします。

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最近は部屋の前に頻繁に虫の死骸が落ちています。


それもバラバラな状態にされた死骸となってです。


実は昨日コガネムシともう一匹、
小さな虫が玄関先を歩いていて


コガネムシはベランダのにあるプランターに
入れてあげたのですがもう一匹の虫は放置しました。


それが朝になったらバラバラ死体として転がっている。


もちろんそれをやった人間がいるわけで、
そんな人間達が私を付け狙っていると言うことです。


虫など殺そうが何とも思っていないのでしょうし、
元々が敵対者が死ぬことをも願っているような人間達ですから
”生命の尊厳”などと言う意識も持ってはいないでしょう。


そしてそんな人間ほど
自分の生には執着するのだと想像もつきます。


虫や動物の死骸を被害者の部屋の前に置くことを
得意としている人間達がいるようですが


私達とはまったく別の意識を持っていることだけは
はっきりと意識させられることになります。


昼間から協力者もやってきているようですし
彼らを意識すると私も気持ちが荒みます。


私の意識を下げることで
毒にも薬にもならない一般人にでもすることで
記事を書くことをも妨害したいのではないでしょうか。


今年は台風の当たり年です。


HAARPがしばらく動いている気配がなかったから
それは自然現象に間違いない。。。


などとは考えないことです。


HAARP関連のグラフやサイトが
長期間揃って見れなくなっていたことは異常であり、
何らかの工作の意図を感じさせますし、

その間のデーターがあまりにも静かです。


日本のAEのグラフも
嘗てないぐらい穏やかな状態が続いていますし
今後は宇宙天気を反映させたグラフの表示が続く。。。


などという事もあり得ますのでご了承ください。


気象変動兵器はロシアも持っていますし


中国は米マインドコントロール兵器を認識したようです。


http://gangstalking-crime-databease.blogspot.jp/2010/10/blog-post_17.html


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最近一年間の記事へのリンクです。

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11260945743.html
必読記事リンク(洗脳・UFO・ケネディーとヨハネス23世など)
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11173905111.html
最新記事リンク 生命・精神VOL1(生命の科学、宇宙の法則・新約聖書)
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11280546053.html
最新記事リンク 生命・精神 VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11173904597.html
最新記事リンク  陰謀・策略・被害
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10880060003.html
広報用のHAARP記事リンク

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私が朝鮮・部落と連発するので
今日は同和・部落日本人の熱心な信者
若しくは洗脳信者が集合している?


ユダヤ教徒なのか他の宗教(創価学会)なのかは不明です。


そして今日は面白いことに88NOの自動車だけではなくて
99NOが数多く集結していました。


8が二つ入っているNOは公安関係者に多いようです。


元々は公安が特定の人間を
監視する目的で8の重複するNOを利用していた名残が、
それを協力者が使用する流れになっているのだと想像していますが


99Noは別の意味があると思います。


フリーメーソン・ユダヤにとっては
”9”と言う数字は”完成されたもの”と言う意味もあり
一方で、私はそれを”悪魔の数字”と認識しています。


つまり”9”と言う数字が意味しているのは
”ユダヤ教徒””フリーメーソン会員”を意味する可能性が高いわけです。


例えば直のユダヤ教徒やその協力者達です。


今日は満月、彼らにしてみればサバトの儀式の日でもあります。


被害者やユダヤの敵対者はご注意くださいね。


ただ、フォローしておけば
今日外に出た時に集っていた人間達は


少数が敵意むき出し、
若しくは壊れているような人間でしたが


他の多数には悪意を感じませんでした。


結局は上の方の人間が関係者を騙しては
暴走させているのだと想像も出来ます。


おそらくは印象操作のために嘘をついてです。


それをやっているのがフリーメーソンなのか
創価学会なのかは不明です。


夕方になり電磁波工作員が変わったところで
一気に被害が激化しています。


昼間にもスーパーや外で見かけた
憎しみを増幅させているような
新しい工作員の協力の影響かもしれません。


彼らは私の実態も知りませんし
ユダヤの傀儡たちに容易に騙されるのでしょうね。


性器や脳への挑発の刺激も強化されています。

異物は一瞬で腸内に作り上げられているようです。


パソコンの前に座っていても
空気に薬品が混じってくるのが
微妙な味覚の違いで認識できますから。


創造主を否定する、
無神論社会を先導するような意識を持った人間の
書き込みを紹介します。
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78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/29(土) 00:11:33.20 ID


情報を探すのは終わりました。

マスター、グル、宗教、スピリチュアルな道、
道を照らす者の探求は終わりました。


もう私たちはこの幻想の一部に参加する必要はありません。


これ以上私たちは、神の探求、
幻想の所業に自分のエネルギーを費やす必要はありません。


マヤ歴の終わりを告げた、その日から、すべての宗教、神の探求、
スピリチュアルな道は終わりを告げます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スピリチュアルをオカルトで塗り固めて
一般市民に、スピリチャル=オカルトという意識を促し


私達が真理を知ることの妨害をしている人間達の
最終手段が発令?されたような気がします。


アセンションなどありませんし、
2012年12月22日にも何もないと思います。
(彼らが災害でも引き起こさなければです)


そして人々はオカルトは所詮オカルトであると認識し
多くの人間が宗教や思想から離れたとすれば


彼らの目的は完成します。


彼らは全ての人間に彼らの神を拝ませる
若しくは、全ての宗教を廃止させることが
その目的だと言われていました。


創造主ではなくて彼らにとっての神を信仰させ
彼らの価値観をその神の教えとして信仰させるか


若しくは現実認識や科学を万能として
目に見えるものに囚われるように誘導することで


左脳中心に思考する物質社会の完成を
目指していると言うのが私の推測です。


スピリチュアル、オカルトと普遍的真理は似て非なるもの。


今後の社会は無心論者と神の存在を意識する人間とに
二分することになるかもしれません。


私は創造主を意識できる人間を
組織や宗教の枠関係なしに、創造主の法へと導いていくことが
私達小さなキリスト(真理を語るもの)の役目だと感じています。


私達こそが覚醒の資質ある人間の
きっかけになり得るのです。


多くの人間が左脳や物質社会や心に囚われるその前に、
一人でも多くの人間をこの不毛なローテーションから
救い出すきっかけと成ってほしい。。


結局は生き方を決めるのも、意識のあり方を決めるのも
本人の自由意志です。


しかし彼らにその選択肢を示すことが出来るのは私達だけだと
危機感を感じてもらっても良いのではないでしょうか。


それは負の想念としてではなくて
私達の義務意識を強めるためのものとしてです。


地球の法則に騙されないためにも
私達は見えないものを見つめ、
因なるものを追及しなければなりません。


心と魂と言う意識を私達は自由意志で選択して
生きていると言う話と、


原因と結果の法則を正しく理解することから
勧めてあげて欲しいです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

偉ぶった人間や、聖人ぶった人間が語っても、
間違いは間違いで


その影響を受けた人間にしてみれば、
無自覚であっても創造主の法、真理からかけ離れることになり
実質的な害を受ける事になりますし、


私のようなゴミが語っても真理は真理、
理解できる人間には魂の共鳴を与えることも
魂の意識を感じさせることも出来ると思います。


そしてそれは私達にとっては理解し自薦することで
改善につながる物だと確信しています。


大統領が語ろうが、教皇が語ろうがそれを信頼して実践することが
心のエゴの増幅につながるのであればそれは有害なだけですし


ホームレスが語ろうと犯罪者が語ろうと、
それを実践することで私達の精神が改善されるのであれば
それは真理だと言うことです。


自称聖人が語ろうが実行して悪影響を齎すものもあれば
自称悪人が語ろうが実行することで改善を齎すことになるものもあるのです。


それが理解できない、
神ではない人間をありがたく拝んでいるような人間、


つまりは著名人や講師や専門家
そして生きた神様を崇拝している人間達は
教えではなくて人間を拝んでいるのだと思います。


イエスキリストの意識では信仰は自分の内に求めるものです。


だからこそ外に信仰を求める偶像崇拝を批判したのです。


(外に想念を吐き出すのではなくて内なる魂の声を聞けと言うことです。

テレパシーで言えば送信するのではなくて受信しろと言うことになります)


そして創造主の教えを語る自分を信仰して欲しかったのではなくて


自分を信頼することをきっかけとして
創造主の法を実践して欲しかったというのが
イエスの真意だと思います。


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今回の記事は一部過去の知識の発展部分に関しては
説明を省略しています。


過去記事のリンクを添えておきますので
私の言っている言葉の意味が不能の時は
先に過去記事を読んでその内容を理解することで


私の真意が伝わると思います。


それなくして読んでも理解はできません。


覚醒者、理解者以外は先に基礎を理解して下さい。

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私達が分割を引き起こしたり、
対立を引き起こす原因の一つとなっているものが
実は”善””悪”の概念ではないかと考えています。


これは”善悪”が絶対的に把握できるものではなくて
その人間ごとに独自の価値観に依存する事になるということです。


生命の科学、創造主の法では
善と悪という概念は存在してはいませんでした。


創造主の意識にあるのは”正しいか正しくないか”と言うこと。。。


それは結果として齎される効果が、
創造主の意志に照らしてプラス効果なのか
そうではないのかと言うのが判断基準になってきます。


同じ行動でも、時によっては正しかったり誤っていたり、
その人に毎に、正しいとされたり誤りとされたりといった


危うい正否のボーダーラインにあるような
判断基準もあります。(リンク参照)


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11326078801.html
自らに最適な戒律を課す


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11319307709.html
血と肉と肉食と想念


道徳のような意識に関しては誰もに共通なものですが、


正しいことと正しくないことの間にある境界線は
とても微妙な時があるのです。


だからこそ天使達であっても過失を犯すことがあります。


それは結果として現れることにより
私達はそれを認識できることになりますが


創造主の意志を感じれば、
行動の後に罪悪感のようなイメージを感じることで
自分の行為の間違いを認識出来る事もあります。


その時には見た目の結果が良さそうであっても
実は長い目で見れば、それが誤りであるような場合もありますし


(目先の利益に囚われて行動し皆が小さな利益を得たように見えても、
実はその後になって皆に大きな不利益を齎すような場合)


間違っていそうな事でも長い目でみれば
全体の改善を図るような事もあります。


(その時には多くの人間が不快でも
将来的に何かの改善に繋がり皆に満足を齎すような場合)


目先の結果に拘ると、正しく評価できなくなる
正しい、正しくないという意識の判定は、
私達にとっての永遠の課題なのだと思います。


そしてそれを判断するために
行動しようとする度に魂を通じて創造主の意志を感じようと
勤めているのが天使達なのです。

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なぜに私達は物事を善と悪という二極化したものとして捉え、
それを行動や好き嫌いの判断基準としているのか?


この原因は言うまでもなく
私達が心の価値観に従っているからです。


同じ事象を認識しても、ある人にはそれが良い事であり
ある人にとってはそれは悪いことであると
異なった判断がされるのがその証拠です。


旱魃で農作物が枯れそうなときに雨が降れば
それを恵みの雨だと受け止めるでしょうが


遠足当日に雨が降れば、それを厄だと認識するのが
私達だからです。


この例からも判るように、
同じ現象であっても、ある人やある時には良い事で


別の人や別の時には良くない事と判断するのは
それを決めている主体としての自分の価値観があるからです。


雨に何の価値観を見出さない人間が居たとすれば
その現象を「雨が降っているな」と単純に受け止め、

そこには喜びも負の意識も齎されることはありません。


良し悪しの判断をしているのは
個々の人間の心の価値観だという事になります。


しかもそれは置かれている立場や
囚われているれている意識によって異なるものであることが判ります。


人間を見つめた時に、
誰もが良い人だと認めるような人間はいませんし
誰もに悪人だとされる人間も多くはないと思います。


私達は誰もが自分の中に判断基準を持っていて
その物差しで他人や現象を図るからこそ


同じ事象や対象となる人間に対してでも
その評価は各自異なることになるのです。


そしてこの事は私達が自分の中に既に
善と悪の価値観を持っていることに繋がっています。


ではその善悪の価値観を作り上げてきたのは
一体何かと言うことです。


それが生まれつき誰もが持たされているものでないことは
人それぞれ善と悪の基準が異なることからも明白です。


私達は自分が生活してきた環境の中から、
そして自分の体験の中から、

さらには培ってきた価値観に影響されながら


そのような判断基準を持つことになるのだと思います。


つまりは善と悪の判断基準は
私達個々の人間が心を持って作り上げてきた価値観に過ぎないと言うこと


そこには真理はないのです。


これは悪魔という概念一つとっても説明することが出来ます。


例えば、宗教関係者であれば
悪魔とは彼らにとっての敵対者であり、


彼らと対立する意識を持っている人間であったり、


彼らを今の思想や価値観から別の方向へ
誘導しようとする人間であったり、


彼らと一緒である事をやめようとしている人間に対して
持つことになる意識です。


つまりは悪魔と言うのは
彼らにとって心地良くない意志を実行している存在、


彼らの価値観を受け入れない存在ということになります。


私も怒ると組織的犯罪加害者達を
悪魔扱いしてしまうことがあります。


自分に対して不快な思いをさせてくる人間であり
自分とはおそらくは間逆の価値観を持っているであろう人間だという
意識が自分の中にあるために、


自称”父の元に帰ったつもり”の人間である私は
それを口に出して表現してしまうのです。


ただ、創造主の法では、
そんな相手をも批判するのではなくて理解すると言うのが正しく


それが時には実践出来なくなるところが、
私の不徳の致す所という事にもなります。


その上に怒りの意識を意図的に引き起こされる事を
強要されることも少なくないので


只でさえ小さな自分はその強制想念に
抵抗できなくなると言う実態もあるのですが。。


そして私達が悪魔と呼んでいる対象は
常に悪い事をしている存在ではないはずです。


常に悪くて悪事を働いているような悪魔は、
映画やSFの中に出てくる架空の存在であり


元々の悪魔というのは堕天使として表現される存在であり
本当の悪魔は人間だからです。


多くの人間に悪人と言われている人間がいたとしても
彼はいつも悪事を働いているわけではありません。


もしかしたら
仲間には親切で思いやりがあるのかもしれませんし、


転んだ子供を起こしてあげたり、
老人に席を譲ったりしているかもしれません。


ただ、私達が自分の心に囚われて
その価値観にばかり従うようになってしまっているとき。。。


エゴや欲望に囚われてそれに従って生きているような
状態に陥ったとき、


私達の意識は創造主の意識としての
魂の意志からかけ離れることになりますし、

それこそが私達が悪魔と化した時なのだと思います。


なぜならば悪魔とは神と対極の存在として
表現されるものだからです。


つまり魂からの意識とは対照的な心の意識に囚われている状態は

創造主の意識からかけ離れることですし、


その状態こそが悪魔と言われるにふさわしいのだと思います。


私達の発する想念が、
私達の負の意識を増幅させると言う話を繰り返しています。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11329172018.html
続・宇宙の法則 VOL5 想念とオカルト
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11337381990.html
続・宇宙の法則 VOL8  引き寄せ・波動の法則と因果の法則


私達は発している想念と同様の想念を引き寄せると言う話は
地球の法則でも、引き寄せの法則、波動の法則として
紹介しているとおりです。


私達は小さな魔の意識を増幅することもある。


その結果、私達は負の想念に意識を奪われ
時には悪魔と化すのです。

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私達人間が善と悪の概念を持っている事の例えとして、


もしくは私達が創造主の意志ではなくて
心の意識に従って生きるようになっている事を例え話で触れているのが、

アダムとイブの逸話であると以前に記事で紹介しました。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11027399873.html
原罪とイエスの救いと知恵の実と命の実
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11282307552.html
アダムとイブの逸話


聖書の創世記の記述では、
アダムとイブはもともとが裸で神の側で暮らしていました。


神はアダムとイブに
”知識の木の実”からはとって食べてはいけないと
伝えてあったのにも関わらず、


蛇に誘惑されたイブはそれを食べ
アダムにも勧めたという話は有名ですが、


これは私達が魂ではなくて心に従い
知恵と言う名の心の価値観を作り上げたことで


物事の善悪を自分の意志で判断することになったと言う
例えだと説明しました。


私達の本来あるべき理想の姿、
それは常に創造主の意志を魂で感じて生きること。


つまり創造主の側にいてその意志に従って生きることです。


しかし心の意志に従い、そこで善悪の判断基準を作り上げたことで
私達は何事をも自分の尺度で評価する様になったわけです。


この時に、アダムとイブが一番初めに感じた異変は、
裸の自分を恥じると言う意識でした。


元々、裸が恥ずかしいものであると言う概念を持たなければ
私達は裸であることを恥じる必要もないのです。


現にアマゾンの密林の奥に住んでいた人間達は
文明の影響を受けるまでは殆ど真っ裸で暮らしていました。


TVではモザイクをかけなくて良いのかと言うような場面も
昔は頻繁に見られたぐらいです。


アダムとイブは知恵によって恥ずかしいと言う概念を作り上げた。。。


心の価値観で恥と言う概念を作り上げそれを認識したわけです。


聖書の”知恵の木の実”が齎した物は、
人々の思考能力を高めたと言う効果ではないのです。


アダムスキーは
「その時アダムとイブが自分達を裁いたのだ」
説明してくれていました。


創造主の意志を意識してそれに従って生きていれば
持つことのなかった価値観を、彼らは持つにいたった。


もしもその状態で誤った価値観を持てば
それはそのまま自分の行動に跳ね返ることになるわけですし


その価値観が自分の行動だけでなくて
時には他人の事をも裁くことに繋がっていきます。


つまりそこでは善悪の基準が既に出来上がっていることになります。


そしてそれは決して良い事とはいえないのは
今まで説明してきたとおりです。


アダムとイブはその結果、エデンの園から追放されることになります。


このアダムとイブは、創造主の意志を感じれなくなったことで
創造主から離れることになった人間の象徴でもありますし、


おそらくは太陽系の他の惑星を追放された人間が
地球へと島流しにされた事の例えでもあると思います。


アダムとイブは堕天使の象徴でもあるのです。


本来は他の惑星で暮らしていて
私達が天使と読んでいたような人間達だったのが、


エゴに捉われ他の人間に悪影響を与えるようになり
地球と言う星に落とされた
そんな私達の遥か遠い祖先の象徴でもあるのです。


その結果、創造主は”命の木の実”
彼らが食べないように誘導することにもなります。


”命の木の実”は”永遠の命”の象徴です。


私達は創造主の分身である魂の意識に従うことで
記憶を持った転生を繰りかえす、つまり永遠の命を持つことになります。


しかし心に従いエゴに走ると、
私達は記憶を失った不毛の転生へと進むことになります。


そこには感じるべき永遠の意識はありません。


考えてみれば、もしも創造主の意識からかけ離れた人間が
記憶を持っての転生を繰り返し余計な知恵をつけるようになると


エゴをもった存在はエゴの意識を魂にまで反映させては生まれ変わり
次の生では更なるエゴに囚われて、


私達が悪魔と言っている架空の存在に
限りなく近いものになってしまうのかもしれません。


それを考えれば、創造主の意志からかけ離れた人間が、
転生ごとに心の価値観をリセットすることは


この世界を調和と進化で満たしたい創造主の意志に叶う物でしょうし、


創造主の意識からかけ離れた存在は
永遠には存在し続けることが出来ないと言う法則が
それを補強している結果になっていると思います。


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心が作り上げる善と悪の意識。


その根底にあるのは私達の心のエゴであり、
心が心地良いと感じることを望むその意識とも
無関係ではないはずです。


どこの社会のどんな環境であっても
この社会の中では誰もが仲良く争いなく暮らしているような状況は
存在してはいません。


時には数人程度の集まりであっても
その中で対立が起きますし、


好きと嫌いで分裂しては
派閥を作り上げることもあります。


そんな私達の行動の原因となっているのが
四つの感覚器官の存在とそれが作り上げた価値観のためであると
以前から繰り返し紹介しています。


私達の価値観を作り上げているのは


私達のおかれた環境であり


その環境での体験であり


そこで得た知識でありますが


それを直接認識することになるのは
私達の目であり鼻であり口であり耳です。
(触覚に関しては敢えて無視しています)


それらの感覚器官がそれぞれの役割として
認識した情報を私達に与え
それによって私達は独特の価値観を作り上げています。


困ったことに私達はその感覚器官の機能を
正しく使用出来てはいないようです。


時には先入観が、時には感覚器官の好き嫌いが、
私達の心とも言える脳機能が、


物事を正しく認識することを阻害しているからです。


本来この四つの感覚器官は
物事を深く認識するためにこそ
調和させて使用すべきだと言う話も説明しました。


長くなるのでここでは繰り返し詳細には触れませんが

この事に私達が心の暴走を止めるための
知恵が存在しているはずです。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11249462489.html
生命の科学基礎講座 VOL4

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11238290494.html
小さきキリストへVOL2

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11261654508.html
幸せという名の幻想


で簡単に説明していますので絶対に読んで理解してください。


何かを体験するにしても
物を食べるような行為にしても、


その時の体験を深く認識し理解するためには、


四つの感覚器官を同時に
調和させながら使用することが大切だと
私達は生命の科学で学びました。


四つの感覚器は”理解する”ための器官でもあるのです。


現象を捉えた時にでも、その現象を正しく認識するには
これらの器官の働きが重要でした。


目で見て鼻で嗅いで、耳で聞いて、口で味わうことで
私達の現象の認識は深まるという事は
理解していただけると思います。


リンクで紹介した納豆やステーキの話がそれです。


しかし私達は


「見ているようで見てはいない
聞いているようで聞いてはいない。」


というイエスキリストが言っていた状況に置かれているのです。


つまり正しく見ることが出来ていない、
正しく聞くことが出来ていないと言うことで、


そこには私達の先入観の存在が、


”四つの感覚器官が物事を正しく認識する行為を
妨害している”と言う実態があるのです。


先入観を持って見つめれば、脳の認識する情報は
そこに現象として展開されている事そのままでは無くなることは


脳医学関係者であれば知っていて
説明もしてくれるはずです。


その時、脳が先入観で情報を捻じ曲げることになります。


私達は先入観や独自の価値観と言う尺度を持っているために
本来は白紙の状態で見つめるべき現象を色眼鏡を持って見つめ

そのために情報を正しく認識していないことになります。


これが一つ目の弊害です。


そしてもう一つの弊害は、
これら感覚器官にはそれぞれ自己主張が存在していて


それぞれが好きなことと嫌いな事を感じ取っては
それを私達の心に訴えかけ続けている事です。


私達はそれに行動をも左右されることになります。

この事も

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11249462489.html
生命の科学基礎講座 VOL4


を参考にして下さい。


結果、私達は感覚器が捉える対象を正しく認識するのではなくて
好きと嫌いで判断することにも繋がるのです。


それは創造主の意志には存在していない価値観であり
魂では認識できず心で認識することになる意識です。


好きと嫌いと言う分裂、
しいては心の心地良さの有無が更なる判断基準となって


その事が結果的に物事の良し悪しを決めている。


つまりは善と悪をも生み出していると言うことです。


私達は他人を裁いてはいけないと
イエスキリストとアダムスキーは触れていました。


しかし私達は、感覚器官と心とをもって
何事をも正しく理解しているのではなくて、
物事をも裁いている存在なのです。
(独自の価値観で評価うすると言うこと)


その結果、作り上げられた心の価値観にとって
不快なものは悪とされ、若しくは嫌われることになります。


嫌いなものを認識するたびに
心には不快感と言う負の想念が蔓延することにもなりますし


時にはそれが私達に混乱をもたらし、
その結果私達は創造主にすがると言う矛盾が起きています。


創造主の意志である魂の意識に従わないで
自分が心の価値観を持って作りあげた不快感を
今度は創造主に解消してくれと願うわけです。


私達は身勝手な存在だと言うことです。


勿論、私達が自分達の実態を理解できて居ないことが、
何よりも大きな弊害となっているのですが


私達はその事を認識する機会すら
手に入れるのが難しい環境で生きています。


私達、魂から創造主のささやきに導かれた人間は
幸運でもあるのです。(これも偶然ではないと思いますが)

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イエスキリストは
「罪人を導くためにこそ自分は居るのだ」
と言っていました。


創造主の法による導きを必要としているのは
善人ではなくて悪人だからです。


自分に罪がないとしている人間は
反省する必要もありませんし、自分は正しいのですから
導きを求めることもありません。


”悪人”と言えば聞こえも悪いでしょうが
文字通りの意味で私達が認識する”悪人”ではなくて


”創造主の意志とかけ離れた行為をしている人間”
つまりは”罪人”と呼んだほうが良いと思います。


”罪人”とは自分が罪を犯して生きていることを自覚できた人間です。


私達の社会では人間の作り上げた戒律が
創造主の戒律に取って代わっているために
罪人=法を犯したものと考えがちですが


イエスの言っていた罪人とは
創造主の意志に反した行いをしたもの
若しくはしている者という意味で、


それは道徳心を持っている人間が
持っている道徳心と異なった行いをすることも罪ですし

結局は心の持ち方となりそうです。


しかしこの社会の中で罪と認識できるのは
犯罪行為として認識できるものだけです。


その結果、実は自分が多くの罪を
犯し続けていることに気がついていないと言うのが
私達の実態です。


そして自分の行為が何もかも正しいと
思って生きているのが私達人間です。


誰もが自分が正しいと思っているからこそ
善と悪という基準を持つ事にも至っていると思います。


そこにあるのは自分の作り上げた価値基準としての
善であり悪です。


意識の中心に居るのは自分ですし
ジャッチするのも自分です。


もちろんそれは絶対的なものではありません。


そしてそれが人それぞれ異なるから
私達は対立する事にもなります。


私達の社会の中で、多くの人間が”悪人だ”と称する人間にも
善と悪の基準があると思います。


自分こそが正しいと考えている人間にとって、
価値観がかけ離れている人間はみな悪人に見えるでしょう。


心はそんな人間を”気に食わない”わけです。


もしかしたら私達が悪と捉える他人の立場と価値観では、
悪人は私達の方かも知れないわけです。


そして善と悪の基準は個人的な価値観のなせる業であり
真理とはいえない物です。


しかし現実社会では自分と同じ価値観
似たような価値観を持っている人間に惹かれ、
それに好意を持ったり、そんな人間を善と看做す事になるでしょう。


それは自分の心のエゴに
心地良さを与えてくれる存在だからです。


自分にお金や権力を与えてくれる人間がいれば、
お金や権力に拘る方はその人間を善人と評価するかもしれません。


少なくとも良い人だと認識するに違いありません。


一方では自分の心に不快感をもたらす存在は
その人間に嫌われますし、その人間にとっては悪なのです。


私達は現象だけではなくて
人間をも勝手に色眼鏡で見ては判断することになりますし


自分の心の価値観で評価し
心地良いものと不快なものとに区別しては

そこに善と悪、好きと嫌いを感じているのです。


そしてこれが人間同士を分割させている原因ですし
争いの原因であることも私達は学んできました。


しかし私達の社会は裁く事を止められません。


心に囚われた私達は、魂の意志である
”正しく理解する”と言う行為を苦手としているからです。


この混乱と争いの世の中でも、
覚醒者が集った空間では争いごとは激減すると
私は確信しています。


私達は心にばかり囚われることの弊害を理解していますし
魂の意志を感じることができるから、


そして心の意志を魂の意志に置き換えていくことが
出来るからです。


創造主の意志には争いや分裂の意識はないのですし
それを誘導するような意志もありません。


私達は何事も”理解”に置き換えるように
勤めることも出来るのです。


個人的エゴ、心の価値観が、


環境と経験と本能やエゴの自己主張が
中心になって作り上げてきたことを理解すれば


それに囚われる事の愚かさにも気がつきますし

私達はそれを意識して
創造主の法に従うことを実践することが出来ます。


善と悪は私達の心が主張するワガママでもある。


こんな結論では極端でしょうか。。


いずれにしても私達は心のメカニズムを理解することで
それを改善することも思い通りに動かすことも可能になる。。。


その事を理解して実践し、さらには広報する事を
私達の魂は求めていると思います。


一つでも多くの魂が覚醒するためのきっかけであり続けてください。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


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P.S.


良い人はこんな人だと言う先入観も
私達は持っています。


うわべで何事も判断する私たちにしてみれば
見た目が温厚な事に越したことはありませんが、


心の中まで見通すことの出来ない私達は
他人の上辺で騙される事も少なくありません。


自分に優しくしてくれるからそれが良い人だと認識するのが私達で


時には自分の事を想って叱ってくれる親の事を
憎むのが私達の実態なのです。


私達は心の心地良さばかりを求めてはいけない。


それが心の価値観である限り
その心地良さは自分のエゴと欲と本能が作り上げたものだからです。


勿論、魂の価値観に従っての心地良さもあるのでしょうが
それは私達には容易には定義できないと思います。


それを感じているときに、「これがそうかな」と
感じる程度かもしれませんね。


私の想像では、私達でも体験できる
”他人が喜んでいる姿を見てそれを嬉しく想うような意識”は

同情とか理解と言う創造主の意志の延長だと思いますし


皆がそろってクリスマスやお正月を祝う意識は
一種の調和や平和を感じる意識のような気がします。


それが個人的・限定的なものであるか
そうではなく万人・万物に対するものなのかが


心の価値観なのか魂の価値観なのかと言う分類の
判断基準だと思います。


エゴを前提に良い人を定義すれば


・自分に利益を齎してくれる人


・表面上は人当たりが良い人


・自分と価値観が似ている人


・見た目が”視覚の価値観”に照らして心地良い人。


・自分のプライドを満たしてくれる人


・自分の思い通りになる人


指導者であれば


・自分が納得できる価値観を思想として語ってくれる人


ではないでしょうか。


例えばケチな人間よりも気前の良い人のほうが
好まれるのは当たり前ですが


極端に言えば、なけなしのお金でジュースを一本くれる人よりも
有り余ったお金でステーキをご馳走してくれる人のほうが
好ましいと感じてしまうのが私達の実態だと言うことです。


嫌いな人は上述の逆の人間ということになってくると思います。


それに憎しみが加わると対象を”悪魔”と表現することにも
つながるのだと思います。


最近いくつか良い記事が書けていると思いますので
ぜひ参考にしていただければ嬉しいです。


いつかイエスキリストのように
「私ではなく父が私の身をもって為しているのだ」


と言える記事を書いてみたいものです。


私は今は魂を感じて記事を書いているのではなくて、
もしかしたらある方々の想念を受け止めているのかもしれません。


今日の満月に向かって数日間、
私の記事は自分の納得できるものになっています。


いずれにしても私の記事は、
もしも参考になっても私の手柄ではありませんし
私は単なるきっかけだと言うことを忘れないで下さい。


皆は私を凌駕できるのです。


私を蔑める人間は嘘で真実を捻じ曲げ続けていますが、
私の記事はこじつけても陥れることは出来ないと思います。

私の書いた古いオカルト記事リンク

http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/f9717b75c33713d1e00414a80480a700
精神世界?・オカルト?リンク

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10337415562.html
コーヒーブレク  月のオカルト

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11365227921.html
地球の運命? プロローグ
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11365229377.html
地球の運命? 前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11364404299.html
指導者の導きと共に進化する
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11363884269.html
進化する天使の教えと逆行する地球環境
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11362816099.html
続・宇宙の法則番外編 釈迦の教え
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11362349983.html
進化した諸星メガネ
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11361245976.html
アプローチの違い 仏教と覚醒
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11361455669.html
アプローチの違い 仏教と覚醒 後書き
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11358661384.html
陰謀の主体を認識する
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10835864281.html
コーヒーブレイク  アメリカのハイテク兵器
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11360311709.html
お知らせと カバラ災害情報

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11269525578.html

続・宇宙の法則 VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11324048053.html
続・宇宙の法則 VOL2 輪廻と転生の法則
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11328167085.html
続・宇宙の法則 VOL3 意識の経路
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11328374408.html
続・宇宙の法則 VOL4   心とエゴ 


追加コメント


被害記事を書かないと被害は軽減されないようです。


こそこそと苛つきの誘導の照射も脳に続いています。


この人間たちのそばにいると脳汚染される一方で
私は無理やり魂にしがみついていますが


確実に波動の低下を齎されていると思います。

朝鮮・部落関係者?


公安利権関係者?


それとも創価学会?


八咫鳥の嘘つき工作員たちも一緒でしょうね。


そんな中の年配者有志とベテラン有志が中心になって
関与してきているようです。


夕方は胃腸を異物まみれの排泄物で詰めては顔を狙い撃ち。


最近は風貌攻撃が頭髪含めて進行中です。
(今日は頭髪がぼろぼろと抜けました)


性器攻撃も最近は随時頻繁にやられていますし


加害者達の人間性がそこに現れています。


今日は特別ゲストも来ているようで
なにやら機材を積み込んだトラックが
近くの駐車場に止められています。


異物を匂いの元にしたいようで
食べたものを腸内の異物と混ぜてはそれの排泄妨害です。


腸内の水分を蒸発したり、内容物を逆流させたり
腸を締め付けたりと凝りに凝っています。


今日は池袋に出てきましたが
年配者が大量に付きまといに参加。


匂いを嗅ぎに来て物足りなかったのか
今はその匂いの創作中の様でもあります。


憤りを感じましたので
近いうちに久しぶりに体臭に関しての
加害行為に触れてみたいと思います。


匂いの関与はこの人間たちの秘伝だと思います。


えげつない関与ですが
他人に薬品を吸わせることで食べ物の成分と混ぜて
いろいろな体臭を発生させることができるようです。


体臭で悩んでいる方は一度は絶食を数日試してみて
水を大量に飲んで、


それでも解消されないときは
この人間たちの関与を疑ったほうが良いかもしれません。


詳細は後日。


今日は外出して疲れた事もありますし、
脳汚染が続いていて精神性が下げられていますし


工作員がネットで嘘を垂れ流しては
私を挑発してもいます。

脳機能が低下していて
まともな記事を書き上げることが出来ていないので
記事の更新は書置きのものです。

P.M23:49
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以前から延々と考えていた一節が
何となく理解できたような気がするので
私なりの解釈を紹介したいと思います。


私もここに関しては確信はもてませんので

引用の解釈に併せて参考にしていただければと思います。


先日、その一節を検索にかけて
そこのHPのプロテスタントの牧師の記述に
ヒントを貰いました。


私はその方の解釈をそのまま引用するのではなくて


こんな解釈もあるのだと言うことで
独自の解釈を比較の上で紹介したいと思います。


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この人たちが行ってしまうと、イエスはヨハネについて群集に話しだされた。
「あなたがたは、何を見に荒野に出て行ったのですか。風に揺れる葦ですか。


でなかったら、何を見に行ったのですか。
柔らかい着物を着た人ですか。
柔らかい着物を着た人なら王の宮殿にいます。


でなかったら、なぜ行ったのですか。預言者を見るためですか。
そのとおり。だが、わたしが言いましょう。
預言者よりもすぐれた者をです。


この人こそ、『見よ、わたしは使いをあなたの前に遣わし、
あなたの道を、あなたの前に備えさせよう。』と書かれているその人です。


まことに、あなたがたに告げます。
女から生まれた者の中で、バプテスマのヨハネよりすぐれた人は出ませんでした。
しかも、天の御国の一番小さい者でも、彼より偉大です。


バプテスマのヨハネの日以来今日まで、天の御国は激しく攻められています。
そして、激しく攻める者たちがそれを奪い取っています。


ヨハネに至るまで、すべての預言者たちと律法とが預言をしたのです。


あなたがたが進んで受け入れるなら、実はこの人こそ、きたるべきエリヤなのです。


耳のある者は聞きなさい。


この時代は何にたとえたらよいでしょう。
市場にすわっている子どもたちのようです。
彼らは、他の子どもたちに呼びかけて、こう言うのです。


『笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。
弔いの歌を歌ってやっても、悲しまなかった。』


ヨハネが来て、食べも飲みもしないと、
人々は『あれは悪霊にとりつかれているのだ』と言い、


人の子が来て食べたり飲んだりしていると、
『あれ見よ。食いしんぼうの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ』と言います。


でも、知恵の正しいことは、その行いが証明します。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここではまず、イエスキリストが
バプテスマのヨハネの事を褒め称え、


その存在こそが
『見よ、わたしは使いをあなたの前に遣わし、
あなたの道を、あなたの前に備えさせよう。』


という聖書の記述のその存在だと触れています。


バプテスマのヨハネは救世主ではありませんでしたが、
当時のユダヤ教の主流だったパリサイ派やサドカイ派とは一線を隔した
独自の創造主の教えを語っていた人間で、


しかもイエスキリストという救世主の到来を告げてもいましたし、
その教えの布教に先立ち、福音の道ならしをもしていた存在だと思います。


ヨハネは自分などイエスキリストの靴紐を結ぶ価値もないと
自分を蔑める事でイエスの事を褒め称えて見せていました。


そして自分のバプテスマは形式的なものであるが
イエスのバプテスマは精霊のバプテスマであると言っては


イエスが私達に真の覚醒を果たさせることの出来る存在であることを
示したのだと思います。


現にイエスキリストは、
このヨハネの手によってバプテスマを受けて見せましたし


イエスはこの人物を”預言者”と言われるような人間達と
同等以上の存在であることを認めていたのだと思います。


当時の地球社会の中では
一番精神性が高い存在であるとイエスは表現したのだと思います。


【バプテスマのヨハネの日以来今日まで、天の御国は激しく攻められています。
そして、激しく攻める者たちがそれを奪い取っています。】


ここの記述が一つ目の問題です。


天の御国が激しく責められていると言うのは、


恐らくはその時代の趨勢の中で、既存の思想を持った人間達が、
「人々に本来あるべき意識を持たせて永遠の命へと導くその教えが
預言者などの手により人々へと伝わる機会を奪い続けている」


と言う例えではないでしょうか。


ここでの”天の御国”は、その言葉のとおり受け止めれば、


まるで激しく攻め立てている人間達が、
神の国を占領でもしている事になります。。


しかし勿論そんな意味ではなくて、
「攻め立てている人間達が人々から神の国を奪っている。。。」


「人々が神の国へと入っていく機会を奪っている。」


その様に解釈すればよいのだと思います。


つまりヨハネの伝導が始まって以来、既存の思想に拘る人間達が
ヨハネの伝えていた創造主の法、


もしくは永遠の生へと進むための人としてのあり方が、
多くの人間へと知らされることを妨害し続けてきた。。


簡潔に言えば「真理の普及が妨害され続けている」
と言う事の例えだと思います。


イエスの時代は人々にとって真理が伝わり難い時代であったと言うこと、
そしてそれゆえに神の国へと進む機会が多くの人間から奪われたのだと
解釈する事が出来るのではないでしょうか。


そしてそんな時代をイエスキリストは、
市場での特定の子供の様子に例えています。


実は私が理解できなかったのはこの一節です。


『笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。
弔いの歌を歌ってやっても、悲しまなかった。』


市場で座りながら他の子供らにこんな言葉を投げかけている子供達を
イエスはその時代その物に例えているわけですから


ここでの表現が良い意味での引用ではないと想像はつきます。


私が参考とさせていただいた解釈を紹介します。

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ここでは耳のある者のように聞けない人たちのことが述べられるということが分かります。
イエス様に耳を傾けようとしない今の時代を、市場にすわっている子どもにたとえられました。


「市場にすわっている子ども」とは、親が市場で買い物をしている間、
すわって遊んでいる子どものことです。


彼らは皆で遊びたいと思って、笛で皆に呼びかけるが、
ほかの子どもたちは、笛を吹こうが、弔いの歌を歌おうが一切反応しなかった様子を、
イエス様はたとえにされました。


笛を吹いて踊るというのは「結婚式ごっこ」であり、
弔いの歌を歌うというのは「葬式ごっこ」を示しているようです。


結婚式は喜びであり、葬式は悲しみの場ですから、
両極端を示すことによって、どんなことをしてもだめだったことを、


イエス様はこのたとえを用いて表現されたのです。
また、人々の心はきまぐれなものであると、イエス様は話されました。

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最初にこの記述を読んだときには
なるほどとも考えたのですが


別の解釈も出来るのではないかと思います。


「笛吹けど踊らず」と言うのは
私達の社会では


激励したり発破をかけても手ごたえの無い様な状態の時に引用するので
それが私も解釈の前提となっていました。


そしてここではその通りの解釈でも意味が通ると思います。


ただ、子供達の言動をその時代の悪しき象徴としているわけですから、
この『笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。
弔いの歌を歌ってやっても、悲しまなかった。』


と主張する子供達の言動は
悪しき習慣の例えであると考えるべきではないでしょうか。


まず、市場で座っている子供達は自分では何もすることなく
他人を傍観している人間と捉える事が出来ます。


彼らを他人を観察しては
それに批評を加えている存在であると認識すれば、ここでの


『笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。
弔いの歌を歌ってやっても、悲しまなかった。』


と言う言葉は他人への揶揄であることになります。


「お祝い事の席で君らは踊らなかった。
悔みごとの席で君らは悲しまなかった。
(自分はそれをきちんとしている)」


もっと砕けて言えば、


「めでたいことがあれば踊るのがあたりまえ、


弔いごとがあれば悲しむのが当たりまえ


しかし君達はそれをしなかった。」


このような解釈をすればこの一節の解釈は違ってくることになります。


つまり「祝い事では踊るのは慣習としては当たり前で
悲しい席では悲しむのが当たり前で
自分はそれを実行しているがあなた方はそれをしてはいない」


と、人間の価値観として当たりまえとされていること、
形式的なことを自らは実践していることを前提に


そうではない人間を批判的に取り上げていると
解釈することが出来ると思います。


そんな人間達は形式を守っていさえすれば自分達は義であり、


一方その形式ごとが出来ていない人間は
罪であると捉えることになります。


座って語っている子供達は自分は義であることを前提に
罪びとを批判している存在の象徴ともとれます。


更に、この子供達は市場で自らが買い物をしているわけでなく
傍観者として存在しています。


自分は何もせず他人を観察し批判していると捉えれば


それは自分の行いを棚に上げて
他人を揶揄している存在の象徴であるとも取れます。


別のイエスの言葉で言えば、
「自分の目の前の梁の存在に気がつかずに
相手の目の中の塵を取らせてくださいと言っている人間」


に表現できるのだと思います。


自分は形式ばった事だけをしっかりしている事で
自らを義と思い込み、
傍観者のごとく他人を観察しては粗を探している。


そんな存在に例えることが出来るのだと思います。


もっと悪く言えば努力している人間を、
何もしない人間が批判しているような
そんな話にも繋がってくるかもしれません。


いずれにしても、当時の形式重視の社会で
義とされていることを実行している自らを義と信じては


自分の心のあり方をおざなりにして
他人が形式ごとが出来ていないと罪と攻め立てながら


一方では他人の粗を探しているような
そんな社会風潮の例えではないでしょうか。


そんな人間はありとあらゆる事に関して
他人を揶揄することにもなります。


ここではヨハネが絶食をしても
イエスキリストがそれをせず食事をしていても


いずれも揶揄され責め立てられているという
具体例が記されています。


古き人間の戒律に縛り付けられ
真の創造主の法を理解しようとしない人間にとって


ヨハネやイエスのような聖人達は
批判の目で見つめて叩く対象でしかなかったのだともいえます。


当時の風潮は、まさにそんなものであると
イエスキリストは身をもって体感しこのように
表現したのではないでしょうか。


そして困ったことに、これは今の時代にも通じる意識です。


「自分は形式ごとは全て守っている、
人間の決めた戒律は全て守っている。
だから自分は義なのだ。善人なのだ」


と、自らの行いを一切省みず、他人を見ては粗ばかり探している
そんな人間達が現に存在しているからです。


しかしながら、創造主が義とされるものは
そんな形式ごとを守ることではなくて心のあり方であり、


それは私達が魂の経路から受け止める意識であり
それによって授かった知恵でもあります。


その事を実践していることで
私達は始めて創造主の前で義とされる。


その事をイエスキリストは当時の権力者階級の人間達への
皮肉を込めて触れたのではないでしょうか。


イエスと言う救世主の到来を予言し
その福音のための道ならしをした存在は首を刎ねられ


イエスキリストは十字架に貼り付けられて殺されたのですから
その時代の人間の意識も、そしてその時代の風潮と価値観も

更にはその時代の権力者であったパリサイ派の長老会の意識も


私達には想像することが出来ると思います。


自らが心に囚われていてそのために真の創造主の法を理解できず

真理を示されてもそれに共鳴することもなく


自分達の心の価値観と異なるものをひたすら批判するその意識は
今の時代の闇政府傀儡の意識にも繋がりますよね。


私達はそんな時代の中でイエスの真の教え
そして真の創造主の法へと導かれたのです。


それが如何に奇跡的なことかという事も
私は身をもって感じています。


天の御国はこの時代にも激しく責め立てられています。


それはイエスキリストの時代とは異なり
世界的な状況として現れています。


しかし一方世界中に溢れるイエスの使徒予備軍の数は
2000年間の時代とは比較にならないほど多いと思います。


彼らは真の創造主の法を目にする機会があれば良い。

敬虔なクリスチャンであれば後は創造主の法が
皆を導いて行ってくれることでしょう。


そして私達はそのきっかけになれるよう
残りの生を費やして行きましょう。


【貴方に無限の力の祝福がありますように】
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今日は今から池袋に出ます。


昨日の夜更新した記事を読んでください。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11365227921.html
地球の運命? プロローグ
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11365229377.html  

地球の運命? 前編


今日も朝から挑発行為が続いています。


当初は性器に頭部への刺激でしたが
今は再び薬品散布で腹部を異物まみれの
排泄物で膨らませてはそこを圧迫してきます。


掲示板の工作員が
創価学会信者と飲み仲間のようですし
当然その方面の協力者も集っていることになります。


大家もサインを出していますし
今日は朝鮮半島系、おそらくは朝鮮・部落系の
人間がその中心かと想像しています。


公安はCIA予備軍、そしてその中核が朝鮮半島関係者。

日本にユダヤ教が増えているとしたら
ここがその発信源になりそうです。


そしてそのお仕事の依頼先の一つが
創価・朝鮮地域コミュニティーネットワークのようです。


中には個人の利権として動いている人間もいるのでしょうが、


CIA傀儡である公安に組織的に協力しているのは
親米親ユ前提の多くの組織と言うことになります。


そこでは公安の多く予算が動いているはずで
利権も存在しているはずです。


表立っては日本の同盟国と銘打っていますが
それは日本が彼らの言いなりになる場合に限ります。


日本をアメリカの実態である
ユダヤ・メーソン組織に服従させ続けることが彼らの願い。


そこに住んでいる人間が
どんな血を引いていようが彼らには関係ありません。


彼らの言いなりになってくれる人間こそが
彼らの同胞だと言うことです。


強いものに従い弱いものには強い
そんな意識を持った人間達こそが
彼らにとってうってつけの傀儡となるのです。


そしてそれは日本の中の
今の人間選別淘汰へと繋がっているのです。


A.M11:50

最初に私事ですが報告です。


個人的にお礼できないので
いつものようにここでのお礼とさせていただきます。


郵便局から振替受け入れ明細が届き、
久しぶりに通帳を記帳をする事になりました。


カンパをしてくれた方がいましたので
今回確認した分について、ここでお礼をさせていただきます。


Sさん   5月8日   10000
Hさん    7月9日   2000 
   8月14日  1000


北海道のHさん 7月19日20000
        8月23日20000
        9月19日20000


入金確認させていただきました。


本当にありがとうございます。


私は何のお礼もできませんが
それ以前にカンパしてくれた方々含めて、
このような方々のお陰で私は記事を書くことも出来ています。


妻や親族、更にはこんな方々に私は生かされているのですし


私の記事が覚醒や理解の切っ掛けになった方がいれば、
このような私を生かしてくれている人達の
お陰でもあるとご理解ください。


そして覚醒者や理解者の皆の応援の想念が、
今度は私に気力をくれているのだと思います。

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掲示板で嘘つき工作員が暴れているので。


同じ工作員ではないかもしれませんが
参考にはなります。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11161645709.html
工作員への右ストレート前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11161647845.html
工作員への右ストレート後編
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-268.html
工作員語録 VOL1
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-270.html
工作員語録 VOL2
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-271.html
工作員語録 VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11185678410.html
工作員語録 VOL4 その1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11185706235.html
工作員語録 VOL4 その2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11208890562.html
工作員語録 VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11245931302.html
工作員語録 VOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11245997888.html
工作員語録 VOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11285549451.html
工作員語録 VOL8
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-300.html
工作員語録 VOL9
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11303496550.html
工作員語録VOL10
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-302.html
工作員語録VOL11
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11316534116.html
工作員語録VOL12
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11243472463.html
集団ストーカー工作員に負けるな
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11245823564.html
工作員の下ネタ工作
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11294912338.html
更に工作員記事二つ更新


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11305190372.html
国内のフリーメーソン八咫鳥情報
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11315680256.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL10
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11314793994.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL9
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11313903208.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL8
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11313108061.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11312265515.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11310597616.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11305786106.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11304132385.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL3 前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11304134054.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL3 後編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11303470370.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11301681073.html
国内のフリーメーソンの実態?VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11301356551.html
サンヘドリンとフリーメーソン



頭髪、顔、胃腸、脳、全身、そして異物。


マイクロ波らしきものが影響を齎してくるということだけ
取り上げておきます。


インターネット検索サイトも
どんどんとユダヤ傀儡に汚染されているようで

私のブログを検索すると
その周辺には私の悪印象を与えるものが
優先的にかかるようになっています。


その一方で好意的な記事は掛かることもなくなりましたし
自分の予備ブログよりも他人の記事が先に並んでいる有様です。


そうやって私のブログもフェードアウトさせられていくのでしょうか。

アリョーシャン列島で大き目の地震がおきていたようです。

http://www.iris.edu/seismon/last30.html


ここは40キロ程度の深さで地震が頻発していますが
ここでの地震は大き目の地震が多く


その後に北海道での地震も増えているので
恐らくは無関係ではないはずです。


同じ北米プレート上でもありますし。
今後も北海道の地震にも警戒が必要です。

ところで昨日記事で紹介した
メキシコ、カリフォルニア州付近の大きめな地震
今日になるとエネルギーだけM4.0に訂正されていました。


しかし発生に関してはそのまま表に残っていますし
一体どうなっているのでしょうね。


ネットでも、公的と言われる情報も信頼できない時代が
やってきているのかと想像していました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


このプロローグの記事の下に、続きを置きます。


長くなってしまい分ける羽目になりました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日のここからの記事は覚醒者限定とします。


理解のない人間にとっては恐怖心を煽る事になりかねませんし
それで不安や恐怖の想念を撒き散らして欲しくないからです。


それに内容の一部に、私の憶測を強く含む箇所があります。

一番最後の宇宙人問題に関する箇所です。


私の主張の全貌を正しく理解していない方にとっては
そこは単なるオカルトになってしまいます。


そんなこともありますし、
特に今までと比べて特別なことを書いているわけではないですが
私は理解者に向けて想いを綴ります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もしも、闇政府傀儡の手による
アセンション話や偽ブラザーズ話、2012年話、


更には宇宙人の気配を髣髴させる小惑星とUFOの話などが
マスコミやネットで未だ頻繁に取り上げられる事がなければ、


私はこのような記事を書く必要もありませんでしたし
書くつもりもありませんでした。


こんな記事が必要なのは誤った情報に惑わされないためだけでなくて


偽のブラザーズや偽のイエスの転生に
皆が騙されて欲しくは無いからです。


しかし取り上げた事で私達はある種の希望を失うことにもなります。


ブラザーズ達の地球社会への”直接”の働きかけが
今後は無いであろう事を自分の心の中でも認めねばなりませんし、


彼らが私達を救ってくれる可能性が低いと言う事を
再認識することになるからです。


ただ、私達が忘れてはいけないのは
彼らは常に私達の事を想ってくれているという事。


何よりも私達にとっては心強い事だと思います。


彼らの想いは私達を創造主の法へと導き続けることでしょう。


ただ、その中でもオーソンさんは
きっと再び姿を現してくれると思います。


地球の救世主の象徴となっている人だからです。


でも多くの人間がその時にオーソンさんを
イエスの再臨と認識できるかどうかも疑問ですし、
何よりもその時になっていきなりの覚醒は望めませんね。


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アダムスキーが一番最後の講演、
死の二週間ほど前に行われた講演で話していた内容こそが
私達にとって何よりも重要だと思います。


私にはそれが、地球社会でその当時の肉体の死を覚悟したアダムスキーが、


情報を隠蔽し続ける権力者に憤りを感じながらも、
一般市民に向けて発した
真理へのヒントをちりばめた内容に思えたからです。


私は当初、被害者や策略の理解者に希望を持ってもらうことを意識して
アダムスキーの記事を書きはじめ、
その後は加害組織の説得をも含めて意識して記事を書いてきました。


それは理解を深めることにより、
真理を歪曲することなく認識してもらうきっかけとするためです。


アダムスキーの提供してくれた大切な話に
珍しく?私の”一番”の本音を含めて綴って行きたいと思います。


一応は不安の想念を生み出すようなことを避けるように
希望を意識していたのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1963年に、宇宙時代の始まりを告げることを目的として
アダムスキーとブラザーズたちが進めていた活動が完全に中断され、
天使達の地球社会での表立っての活動の全てが終わったように思えます。


しかしその後もアダムスキーは
亡くなるまで地球社会に真理を語り続けました。


彼らの活動の目的は一体なんだったのか?


すべてはこの地球社会の文明の維持のため、
そして私達地球社会に暮らす人間たちのためです。


「このまま放置しておけば地球に何かが起きたとしても
少数の人間だけが魂の覚醒へと進み
地球と同等以上の惑星で転生することになる。」


アダムスキーがアリスポマロイに語ったとされる内容です。


この方々は素晴らしい長老だったと思います。


多くの人間に真理を与える切っ掛けを作るために
アダムスキーは病の身で、74歳で倒れる寸前まで
広報を続けた人間でもあります。


そしてアダムスキーが最後に告げたかった本当のメッセージは、


「地球に対して推し進めてきた天使達の計画が
一部の権力者、特権階級の人間達のために断念されることになり
その目的は果たすことが出来なかった」


ということではないでしょうか。


私はこの最後の講演の内容からも
その意識を強く感じ取る事になりました。


そしてアダムスキーは本当は
特権階級の人間達に言いたい事もあったはずです。


民族や国家や組織の利益など、
真理の前では何の価値もないと言うこと。


私達の本来あるべき生き方に到達すれば、
この100年足らずの人生など無いに等しいもので


その中で自分達が作り上げてきた価値観にとらわれて
そのためにこの社会を壊すと言う事が如何に愚かであるかという事。


心に囚われて自分達の魂を消していくと言うことが
如何に愚かな行為であるかと言うことを私達は理解すべきなのです。


惑星は使い捨てるために存在するわけでなくて、
今後もそこに生まれて来る人間のためにも
存在し続けなければなりません。


そして地球社会がもしも崩壊するような危機があれば、
私達は今まで作り上げてきた文明を今後も存続するためにも


それを如何に維持していくかと言うことが
私達に求められているということ。


アダムスキーはその事を私達に伝えていたのだと思います。


しかしこの地球社会を使い捨てにしている人間達は、
地球だけではなくて、そこで暮らす人間さえをも
使い捨ての道具くらいにしか認識してはいません。


その証拠に地球が最悪の事態を迎えた時には
特定の人間と優秀な遺伝子だけを維持して
新しい文明を築くことすら彼らは視野に入れていると思います。


そして一方ではこの社会の中で展開してきた自分達の策略に
半ば意図的にスポットを当てることで


この地球社会の一番の危機に関しては
それを一切大衆の目から隠し続けては
自分達だけは至るべき時のために準備を進めても来たはずです。


時々見かける、優秀な遺伝子や人間を選んで云々。。。


という話は単なるオカルトではないはずです。


彼らの真の目的を知っている人間はほとんど存在していません。


勿論末端で目先の欲のために暴れている人間は問題外です。


彼らの中には、人間も自然環境も使い捨ての実験のために
利用している人間達が存在しているはずです。


彼らは地球社会の裏の隠された危機を自分達だけは全て認識していて
それに対しての独自の備えも恐らくは出来上がっているのだと思います。
(地球製の宇宙船です)


しかし本来私達が見るべきものを私達から遠ざけさせるためにこそ
この社会はその実態を隠し続けられているという事に
今こそ私達は気がつく必要があるのです。


自民党VS民主党 共和党VS民主党


このようなものなど目先の利益であり
私達が見るべき事を大きく妨害しているだけで、


日本VS韓国 日本VS中国


などにしても結局はユダヤの策略を隠す道具になっていますし


更にいえば”ユダヤの策略”にしても
金融問題や軍事産業だけに視点を向けても
彼らの裏の実態は見えてきませんし


もっと言えば私の主張するような
ユダヤ教パリサイ派長老会サンヘドリンを取り上げても


その目的が単に地球支配だけではなくて
その裏には地球社会の置かれている将来的な危機的実態が存在していて


それが太陽系の実態や宇宙人問題とも
密接に関わってくるという事を理解しなければならないのです。


CIAの機密文書や世界の情報の流れからも
彼らにとってのトップシークレットは宇宙人問題である事、
有識者は理解できるはずです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この世のすべてを手に入れても
自分という意識が滅んでしまえば一体それが何になるのか?


イエスキリストが触れていた言葉です。


しかしその事を理解できない人間たちが
延々とこの社会をもてあそび続けているのがこの世の実態で、


アダムスキーはこのコメントの中では
間接的にそんな人間達に対しても批判をしているようです。


天使達やアダムスキーは自分達のためではなく、
生涯をこの社会を改善するために生き続けました。


しかしそんな人間の一般市民への働きかけを
根底から妨害し続けてきた人間達が、
この地球社会の真の危機を隠蔽するだけではなくて


自分達のエゴのために、
たかが100年たらずの今回の一瞬の生のために、
一般市民の魂までをも巻き添えにしようとしています。


自分達が価値があると思い込んでいるものが、
如何にちっぽけなものであるかを認識するためにも
アダムスキーの言葉がそのきっかけになってくれればと思いますが


しかし私はもう加害者組織、ユダヤ傀儡たちに向かっては
語ることもありません。


私達、真理を知ろうとしている人間、


そして創造主の元へと立ち戻り
人間としての生き方を実践しようとしている人間だけが理解して、
自分の信仰を強めていただければと思います。


今私にできそうなことは
理解者に更なる理解のきっかけを掴んでもらうこと。


もう、私達には楽観的思考も悲観的思考も存在せず、
ただ、現実を正しく認識する思考だけがあると言う前提で


アダムスキーが語ってくれた天使達の予定と
私達のこの社会の未来を取り上げてみます。


自分達が生きている間に自分達のエゴが満たされればそれでよい、


自分達が良ければ他人のことはどうでも良い。


そんな人間達が1960年代に天使達と決別したことが
今から大きな付けとなってこの社会に降りかかってくるかも知れないことを
私達だけでもしっかりと認識した上で、


資質のある人間、善良な一般市民を一人でも多く
この社会から卒業させてあげてほしい。


そのためにどれだけの時間が残されているのかは
私達には不明です。


アダムスキーは太陽系の崩壊に関しては
それが10分後が100万年後か
不明だと言う言い方をしていました。


私が”時間には限りがあるかもしれない”と言う物理的な理由に関しては
太陽系の崩壊や地球のポールシフトによる
天地創造のやり直し?という問題がありますが


それ以前に環境的には、
この地球社会の中で利用され続けている


マインドコントロールと洗脳という
人間の意識を変貌する技術の存在のためです。


いくらこの地球が後100万年生命を維持できる惑星として存続したとして
その社会の中で出来上がる仕組みが、
私達の精神を創造主の元から完全に分離するものとなれば、


そこで生きる人間は
すべてが魂の滅亡へのローテーションを辿ることになります。


危機感を煽るのはカルトや地球の法則の得意技です。


だから余計に危機的な内容は取り上げたくはありません。


地球社会の傀儡に利用される可能性もあります。


しかし私達は正しい情報を理解してこそ
そこから正しい答えを導き出す事が出来ます。


危機感を危機と感じるのではなくて
成すべき事を成すためのきっかけとして捉えて


私達が存在している間に
少しでもこの社会の中から卒業できる人間を増やすための
行動のきっかけとして欲しいと思います。


あなたの隣でTVを見て笑っている、
地球の法則に染まっている自分の家族は
もしかしたらもう救えないかもしれません。


でも、もしかしたら三軒先に住んでいる家の
息子さんは救えるかもしれません。


私は自分の親族を一人も覚醒させることは出来ませんでしたし

これから時間をかけてもそれは不可能だと自覚していますが
(後は本人の魂の資質が転生の法則の適応を決めると思います)


皆の周りにはもしかしたら未だ救える魂があるかもしれないのです。


そして時間は少なくなっていると言うことだけを
ぜひ自覚して欲しいと思います。


地球や太陽系の自然環境変化以前に


この地球社会の中の策略が進行することで、
自ら思考できる人間、
魂を意識の経路として感じることが出来る人間がいなくなるのです。


盲人だらけと化した社会の中では、
誰も真理の道へとたどり着くことは出来ません。


前置きが長くなりましたが本題に入ります。



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