6.そしてサロマへ・・・
それからの5ヶ月間、トレーニングを積みました。幸い、周りにはサロマの完走経験が豊富なウルトラランナーもたくさんいました。おかげで一緒にサロマ対策の練習もできました。
4月には旭川から富良野までの約62kmを走ろうという練習会がありました。その中間点に近い美瑛に住んでいる私は、スタート時間に合わせて自宅を出発して旭川に向かいました。そして途中で合流して、一緒に富良野を目指しました。
それまではフルマラソン以上の距離を走ったことがない私です。40kmを過ぎるとさすがに足があがりません。なかなか1人ではこんな長距離を走ることはできませんが、こうして仲間とともに走るとどうにか走ることができます。しかもサポートカーがついてくれていますから、もしも走れなくなっても車に乗せてもらえるという安心感もありました。
ほとんど最後尾に近い位置ながらも、初めてのオーバーフルを走りきることができました。そのあとでみんなで行ったラーメン屋でも、美瑛まで帰る列車の中でも、疲れた体にビールが浸み込みました。
5月の連休中には、ほっかいどう24時間走に出場しました。サロマの制限時間は13時間です。そう考えると、24時間で100km以上走っておかなきゃならないのかと思いましたが、すでにサロマの完走経験のある仲間から、この大会で70km走っておけばサロマ完走が見えてくる、と聞かされて、70kmを目標に走りました。
5月3日の12時にスタートしたこの大会。結局最初の日は60km走り、夜の10時頃には近くの健康ランドに行き、そちらで入浴したあと仮眠室で朝を迎えました。
翌日は午前6時過ぎに会場に戻り、それから12時までの間、歩いたり走ったりしながら30kmを重ねました。24時間で90kmと、目標を大きく上回って終わることができました。
その後も30km走をしたり、仲間たちと旭川から天人峡温泉までの45kmを走ったりしました。特にこの天人峡温泉までの練習会は、距離は45kmながら、標高差は500mほどあるため、終盤は本当に苦しみました。それでもどうにか最後尾で天人峡温泉までたどり着くことができました。
月末の洞爺湖マラソンでもサブフォーで走りきることができ、本番のサロマに向けて調子は順調に上がってきました。ウルトラランナーとしての体も徐々にできてきている。そんな実感を感じながら、大会前日を迎えました。
バックナンバー
1.無言の抗議
2.思い上がり
3.初フルでの挫折
4.ホームページ開設
5.北海道マラソン、奇跡の完走