――― 「僕の美と愛と信仰」 ――― 集合容喙(遠隔人心操作)と強制薬害の重篤な被害者です。自分の本来の魂的生を貫くため、そして集合容喙と強制薬害の事実を証言し国に問題を解明解決させるため、この電子欄を書いています。(パリ大学博士)
彫刻家・高田博厚先生の思想と共に生きる電子欄(ブログ)です〔2014年3月25日開始〕。 自著『形而上的アンティミスム序説 ‐高田博厚による自己愛の存在論‐』(2009)の初志を、集合的容喙(遠隔人心操作)と強制薬害の重篤な被害状態にも拘らず、継続実践します。
拡大・内容
本書は、著者の intimisme métaphysique 〔形而上的アンティミスム〕とよぶ哲学理念の許、彫刻家にして思索家である高田博厚(1900‐1987)の根本思想を初めて本格的に明らかならしめようとする貴重な試みである。その意義は普遍的かつ根源的であり、人間の創造的生の条件が稀な真摯さで反省されている。学問・芸術の魂的原点の確認の為に、また、人生の意味の正面からの示唆を得る為に、
「人間」であろうとする総ての人々に開かれた永続的価値をもつ書である。
revue 「かけがえのないもの」 船より
信仰 「祈り」 魂感 一行詩 きみの翳
信仰:人間の愛 思想は人間自覚である
思想の憲法前文 高田博厚と高橋元吉
マルセル 形而上学日記 ヤスパース ノオト
魂の実証 ―記憶と意志― 序説(高田博厚論)
わたしはかんがえる、ゆえに神を信ず
高田の作品の形而上性 高田先生の言葉
高田先生とマイヨール美術館のこと マイヨールの言葉
「純粋」の直接性と意識性 自分の信にしか神はいない
自己愛と他者愛、そしてイデアとしての神
きみのために 品格 信仰と文化 いのちの二行詩 魂の愛の明晰な力
je suis tout près de Toi Que ce sourire reste en Toi
album 1er album 6e installation d'essai 裕美さん
album cinquième ひとの本質 納得 夜明け Suite
「空」 祈りの世界 誕生日 愛と神 シャルトル聖堂 空
信仰の緊張 「美」の次元 「知性」 平和の行為
彼女のバッハの精神性
きみのショパン、ドビュッシー、ラヴェルを
地中海彫刻の音楽 信仰 一元化 本質
「神」の感得的探求 自己委託・信仰 違う力 人間の力
感覚倫理 自分の魂からの招き
自節紹介 続 II III IV VI( V)
*七生報国の鬼魂となる
必読節:集合容喙関連
かけがえのない身体と神経組織を壊されたうらみは恐ろしいぞ
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〔グーグルでは「高田博厚先生と友と神に ・ 形而上的アンティミスムの思想」から
でも検索できます(「古川正樹」を加えて検索してください)。〕
古川正樹 訳(p.208)第四幕第一幕および第ニ幕と同じ舞台装置。四か月後。第一場フィリップ、アンリ、クリスティアーヌアンリ それで息子さんのことを、マックスはどうするつもりなのですか?クリスティアーヌ 彼はあの子をエコール・デ・ロッシュに入学させるつもりです。アンリ 皆は知っているのですか、ドニーズが…クリスティアーヌ いいえ、彼らはお互いにかなりうまく調整し合っていました… 血栓について話していたのです。皆は、彼女の血液循環がいつも良くなかったことが思い出されるべきだという考えでした。アンリ それで、ベルトランは、それについてはどういう考えでしたか?クリスティアーヌ 知るのは難しいですね。彼は奥さんとエジプトに出発しましたわ。(p.209)アンリ マックスについては、私はおおよその見当はつきます…クリスティアーヌ 彼は、身体の調子は良いほうですから。フィリップ 私を見ながらそれをおっしゃいましたね。クリスティアーヌ まさか、ねえあなた、誓って申しますわ。フィリップ 私は《壮健な》ほうではないと?クリスティアーヌ 壮健というには至っていませんが、壮健におなりになるかも知れませんわ… いずれにせよ、お気になさらないで。ほとんどチャンスが無いのですから。フィリップ 何のチャンスですか?クリスティアーヌ ひとりの女性があなたのせいで睡眠剤のヴェロナールをお腹いっぱい飲むことになるチャンスですわ。フィリップ それは愉快なことですね!クリスティアーヌ 私はお世辞のつもりなのですが。(p.210)フィリップ そこまでは思いません…アンリ あの哀れなドニーズ… 私は肱掛椅子のなかで逆上している彼女を思い返します。ほら、びっくりパーティーの夜… そう、私が去る四月のあの夜を思い出す度に、いつもあのさまを… けっきょく、誰がこの不幸な女性を憐れむのでしょうか?… 彼女が自殺したのは、そうすれば人が憐れむと思ったからでしょうか? それとも憐れまないと確信していたからでしょうか?クリスティアーヌ おそらく、その二つの理由が同時に働いているでしょうね。アンリ それはただの論理です。(クリスティアーヌに身振りがある)この話はもっと酷いものですよ。クリスティアーヌ 彼女は六週間の間、私にぞっとする思いをさせました。その思いは殆ど消えかけようとしていたのですが。あまりこだわらないようにしていただけると助かります。あの思いがまた強く思い出されるかも知れませんから。アンリ あなたのヨコハマ宛の手紙は私に届いていません。この今、私はあの思いを感じています… 哀れなドニーズ!クリスティアーヌ 苦しまれているようには見えませんが… 本当のところ… お見事ですわ。(p.211)アンリ でも、その後は?… もし「その後」があるなら。フィリップ あなたは何を探そうというおつもりなのやら。いやはや!クリスティアーヌ (アンリに)そうね、私、時々自分に言ったものよ、殺人は一般に、殺人を犯した者の心の底に、強迫観念を残すのだから… やはり、これは殺人よ。自殺者なら、多分、自分も幽霊のままだわ…フィリップ ふーん!クリスティアーヌ ねえあなた、これはあなたのための着想ではないのよ。(アンリに身震い)こんな着想があなたの心をかすめることさえ無いほうが、私にはずっと好ましいわ。フィリップ ご安心ください。クリスティアーヌ 私が驚くのは、アンリさん、あなたが… これは柔らかに言うのですが、想像力の無い人間だということです。フィリップ あなたが話しておられるのは、私のことですか? それで、私のシナリオは…(p.212)クリスティアーヌ そうよ。私たちが創作しているシナリオをあなたは書いているのです。私たちはシナリオを生きているのです。アンリ 私こそ、これはちょっと奇妙だと思い始めているのですよ。クリスティアーヌ 出る幕ではないわ。どうぞ。フィリップ そのすべてをもっても、あなたは、明晩どこで私たちが再会するのかは、私におっしゃってはいませんね。クリスティアーヌ あ! それはそうですね… 宜しいこと、私は七時半頃、マリ=ルイーズ家に居ます。アンリ マリ=ルイーズ?クリスティアーヌ フィリップさんのいとこさん、チャーミングな。アンリ (フィリップに)そのひとについて全然話してくれませんでしたね。フィリップ 彼女のことは殆ど知らないのですよ。実際、クリスティアーヌのほうが… あ、これは馬鹿話になります。(p.213)アンリ 美人ですか? あなたのいとこさんは。フィリップ (クリスティアーヌに)彼女は美人ですか?クリスティアーヌ いいえ。アンリ 頭はおよろしいのですか?クリスティアーヌ あぁ、そうですねぇ、全然。フィリップ 素のままで彼女は魅力的です。クリスティアーヌ それで私たちは彼女をものすごく好きなのです。聞いて、フィリップさん、彼女の処にいる私を見掛けたら、最高に純朴な雰囲気なことでしょう。フィリップ 申し分ないですね。クリスティアーヌ あなたのおっしゃるのは、その通りなの?フィリップ たぶん、あなたにもまして。クリスティアーヌ 嘗て、もし私が遅れていなかったら、私はあなたを待っていたことでしょう。(p.214)フィリップ しかし私はあなたに説明しました…クリスティアーヌ それはあなたをじらすためよ。ではまたね。(フィリップは発つ決心がつかない感じである)あなたは服の試着に遅れますよ。フィリップ もしあなたが、試着は私にとってうんざりだと、知っていらしたら。クリスティアーヌ とんでもない、あなたは見とれるほどになりますわ。フィリップ その上、あなたは私をからかっていらっしゃるに違いないときては。クリスティアーヌ 私、けっしてからかってなどいませんよ。フィリップ そのこともばつが悪いですね。クリスティアーヌ さあ、さあ。フィリップ 私は多分、日没頃、クラン夫人のお宅であなたと再びお会いすることになるでしょう。クリスティアーヌ あなた、ローランが私と一緒に行くことをご存じ?(p.215)アンリ あなたの御主人が訪問なさるのですか?クリスティアーヌ 主人の課長の奥様ですから。フィリップ それでは、明日に。クリスティアーヌ ええ、七時半に、マリ=ルイーズの処で。(フィリップ、出てゆく)第二場アンリ、クリスティアーヌ(沈黙)クリスティアーヌ さあ、もう少しよく話してください。アンリ 私はもうこの話は十一回したと、あなたに申すしかありません。この話は私の記憶をすっかり食い尽くしました。私はこの話をそらで言えますが、見たことをすべて忘れてしまっています。クリスティアーヌ それは嘆かわしいことですわ。アンリ 質問をしてください、宜しければ。(p.216)クリスティアーヌ インドは?…アンリ 偉大です、インドは。ですがもっと具体的におっしゃってください。クリスティアーヌ ヴァーラーナシー〈ベナレス〉のことにしましょう。アンリ とてつもない印象です。クリスティアーヌ タージマハルは?アンリ まったく期待はずれでした。クリスティアーヌ セイロン島は?アンリ 旅行に呼び物がありました。クリスティアーヌ 興味を引きますね。アンリ 情熱をかき立てられます。お続けください。(沈黙)相変わらず解らないのですが、なぜ彼女は自殺したのでしょう… 彼女はあなたと仲直りしていたのでしょう?クリスティアーヌ ええ、私たちがスイスから戻った後に。(p.217)アンリ でも、ベルトランはもう、何も知ろうとは思っていなかったのですか?クリスティアーヌ もちろんです! 彼(彼女)の婚約式以来…アンリ ようするに、彼女は多分、最も理に適った決心をしたことになります。クリスティアーヌ あなたの旅行はあなたを快活にはしませんでしたね。アンリ 私は自分が快活ではないことは承知しています… だいいち、私が見たものは…クリスティアーヌ ええ、分かっています。リオ・デ・ジャネイロの波止場で傷んでしまうコーヒー。中国とロシアでは人々が餓死しているのに、小麦で機関車の火を焚いていること。アンリ (皮肉っぽく) あなたはたいそう学習しておられますな。クリスティアーヌ たしかに、世界旅行をすることは、そこで起こっていることを知るのには、必要ではありませんね。アンリ あなたは奇妙だ… あなたは満足していらっしゃるのですか? それとも失望していらっしゃるのですか?(p.218)クリスティアーヌ その日によりますでしょうね。アンリ 大雑把にいうと?クリスティアーヌ どちらかというと満足なほう… そうですね、満足しています。アンリ 私が受け取らなかったヨコハマ宛の、あの問題の郵便局留めの手紙、あの中で、あなたは私に知らせていたのですか? 同様に…クリスティアーヌ えっ、最後までおっしゃってください。アンリ そういう出来事があなたの生活に起こったことを。クリスティアーヌ どんな出来事が?アンリ いいえ、私はそういう出来事を想定しているのではありません。それは、手紙には書かない種類のものです。クリスティアーヌ どんな出来事ですの? アンリさん。アンリ それに、私はそれを望んでいました。つまり、信じていました… (p.219)自分がそれを望んでいると思っていたのです… (沈黙)あなたは気づきすらしない、それが、嘘をつく労に値するということに。クリスティアーヌ いいえ、あなた、私はあなたに嘘をつこうなんて思っておりません。理由がありませんもの… 生きることは既にそれだけで充分に複雑です。あなたが、そのほうがよいと思われたの? … あなたは、そのことでも、私を恨むの?アンリ 私はあなたを全然恨んでなどいません… ただ、私は、確かめたいのです、私がとてつもなく不幸だということを。これは馬鹿げています。クリスティアーヌ アンリ!アンリ ええ、私はあなたと同様、物事をはっきり分かっていなかったと、思わなければなりません。クリスティアーヌ (断固たる調子で)そんなもの存在しないわ。アンリ 何ですと?クリスティアーヌ 意識の明瞭さ〈正気であること〉よ。もしそんなものが存在していたら、それは多分、呪いでしょうね。アンリ それをあなたがおっしゃるのですか? あなたが。(p.220)クリスティアーヌ もし、あなたが分かっていらっしゃるなら…アンリ (痛々しく) よいですか、私は自分が、知ることにはあまり執着しない人間だと思っているのです。自分が理解していることで私には充分なのです。クリスティアーヌ それでも、あなたは、いつの日か同意する必要があるでしょう… まあ! 今ではありませんわ… この物語が始まるには、私にはまだ余りにきまりが悪すぎます。アンリ それはほんとうに物語なのですか?クリスティアーヌ 今日、私があなたに言うことの出来るすべては、私は過去に、フィリップに告白するよう促された、ということ、あるいは、私が彼を愛していると彼に信じさせるように促された、ということです… それがまだ本当のものでなかった頃に。アンリ どうしてですか?クリスティアーヌ そのようにして、この神秘な事は起こったからです。私の人生のまさにその時、この告白が彼に惹き起こした光輝は、私にとって余りに強過ぎるものだと気づかれました。人は言ったことでしょう、この光輝は私に勝った、炎のように、と。私は捕われ、占領され… 燃やされたのです。アンリ あなたはとても悲しそうにそれをおっしゃっておいでです。(p.221)クリスティアーヌ なぜなら、それは、私の良心〈意識〉がまだ受け入れていない何かだったからです。たとえば、私があなたと一緒に居るとき、私はこのことを思おうと試みますが、それができません。でも、彼が居るときは、違います。真実であるのは、その時々なのです。私はそれを確信します。アンリ それはひどいことだ。クリスティアーヌ いいえ、これは… これは素晴らしいことだろうと思いますわ。アンリ どんな時に、それが素晴らしいのでしょうか?クリスティアーヌ やがて私たちが発った時に、彼と私が… 永遠に…ジュリー マダム、アントノフ氏でございます。クリスティアーヌ お通ししてください。アンリ あなたはまだ、あの変人にお会いになるのですか?クリスティアーヌ 彼はモルゲンターラー夫人と結婚したのですよ。アンリ まさか!(p.222)第三場同じ人物たち、アントノフクリスティアーヌ (アントノフに片手を差しのべて)それでは、あなたはここに帰っていらしたのですか? あなたを私の友ブローンフェルに紹介する必要はありませんわね。アントノフ 存じ上げている方とは思いますが、記憶に上りません… あっ! ええ、今思い出しました。(握手) 私たちはカプリ島から戻りました。奥様、何という経験だったでしょう! ひどいものです。クリスティアーヌ カプリ島がひどいのですか?アントノフ そのう、気温は快適なのですが、それは言っておかなければなりませんが。しかし風景が! 人は、色刷り絵葉書の一束のなかを散歩するように思っているでしょうけれども。アンリ むしろカプリ島そのものが始まったのですね。アントノフ あそこでは作曲することが出来ません。不可能です。「甘きナポリ」、「サンタ・ルチア」、私は自分が気違いになると思いましたよ。クリスティアーヌ それは初めてではありませんでしたよ。(p.223)アントノフ (気分を害し) たしかに、奥様、音楽家の神経組織はとても傷つきやすいのです。これは言っておかねばなりません。クリスティアーヌ あなたは、ヴェニスの葉書を私に送られました。アントノフ あそこでは、私は自分が菓子屋のなかを散歩しているつもりになりました!クリスティアーヌ 何というお考え!アントノフ 私は何処かで飛行機製造所を見ました。つまり、私は訪問はしませんでしたが、見た、ということです。こういうことに、私は驚くべきでしょう。アンリ あなたはご自分が未来派の芸術家たちと同じなのを、とても良く分かっていらっしゃるにちがいありません。アントノフ ムッシュー、あなたは私を侮辱しておられます。アンリ それはどうしてですか?アントノフ 私は未来派の一人とジェノヴァで会いました。すんでのことで、私は彼の顔に水差し一杯分を投げてやるところなのです。彼らはナショナリスト〈国家主義者・民族主義者〉です。おぞましいことです。彼は私の名さえ知っていませんでした。ほかの者たちは私がボルシェヴィキだと言っているのに。(p.224)アンリ 深刻なことになってきている。(アンリ、立ち上がる) ではまた、クリスティアーヌさん、またじきに会えますか?クリスティアーヌ 間違いなく、じきに。お送りはしませんよ。(アンリ、アントノフに挨拶した後、外へ出る)第四場クリスティアーヌ、アントノフアントノフ 奥様、宜しくありません。多分、私は間違いをしました。ええ、おそらく、間違ったのです。クリスティアーヌ どんな間違いを?アントノフ 私はただ、ちょっとした細部をお伝えするだけにしますが、それでもやはり… イーダはまだ、私に小切手帳をくれるつもりはなかったのです。何という状況になったことでしょう、奥様、芸術家として!クリスティアーヌ 何がお望みなのです? 彼女は警戒しているのですよ。彼女の相次ぐ三人の夫のうち、少なくとも二人は、軽罪裁判所に送られました。アントノフ (軽蔑的に)彼らは銀行家だったと私は推測しています。(p.225)クリスティアーヌ 一人はジャーナリスト、もう一人は劇場支配人でした。アントノフ どんな劇場ですか?クリスティアーヌ 「何とか気違い」とか…アントノフ その「気違い」のあとを継ぐのは気持ち良くありませんな… それに、彼女は私に言ってはいませんでした。一族のなかに一人、ユダヤ教のラビがいます。彼は葉のついた枝を得ました。私が『ポグロム』を書いたからです。クリスティアーヌ その、葉のついた枝って、どんなものですの?アントノフ ホルマリン処理されたものです。クリスティアーヌ あぁ! そう。「枝葉の茂み」ね。「枝葉の茂み」と呼ばれているのよ。アントノフ それは重要なことではありません。彼女が今言っているのは、もし私が作品題名を変えなければ、合唱隊への支払いをしない、ということなのです。これは脅しです。私はどうするべきでしょうか、とあなたにお尋ねしているのです。クリスティアーヌ そのラビの見解がそんなに重大なことなのでしょうか?(p.226)アントノフ (秘密めかして)あなたに申しておきましょう、イーダは、そんなに心が堅固ではないのです。彼女といると時々息苦しくなります。クリスティアーヌ それで?アントノフ 私はいつも人から言われていたものです、ユダヤ人は魂が不死であることを信じていない、と。これは完全な誤りです。イーダは、良くない場所に行くことをとても恐がります。ユダヤ教の慈善事業に沢山のお金を寄付しています。そしてご存じでしょうか、彼女はそんなに富裕ではないのです! これは理に合わないことです。クリスティアーヌ ようするに、ねえあなた、これらの打ち明け話はすべてどういう理由からなのですか? あなたは、問題が起こる度毎に、私に、助けを請いにいらっしゃいます。これはたいへん私の気に障ります。申すまでもないでしょうが。アントノフ 私は、多分あなたがイーダに説明してくださるのでは、と思っていたのです。彼女はあなたを讃嘆しており、ちょっと嫉妬さえしています。ですがこれは悪いことではありません。クリスティアーヌ 嫉妬とおっしゃいますと?アントノフ 私はあなたの間借り人でした。彼女はいろいろ推測しているのです。(p.227)クリスティアーヌ 何てひどい!アントノフ (傷つけられて)どうしてですか?クリスティアーヌ それでナタリアはどうなっているのですか?アントノフ 私には知らせがありません。多分、彼女には郵便切手を買うのに必要なものが無いのでしょう。哀れなことですが、好都合です。イーダが子供たちのための必要経費を捻出します… あなたは私に質問をなさいました、私が自ら自分にした質問を。私は、自分が誘惑されていると思っています。あなたは私を誘惑しておられます、奥様。もし、私がまだ、あなたのお宅に住んでいたら、これは困ったことになります。多分、私はあなたのことを考え過ぎることになるでしょう。私は仕事が出来なくなります。しかし我々はアンリ=マルタン大通りに住むのです。あなたはリスボン通り。これなら都合が良いです。クリスティアーヌ まあ聞いてください… おぉ! それは何の関係もありませんわ。それどころか滑稽です… ご存じですか? 私の男性友人の一人が、以前シャン=ゼリゼで、あなたの「オーケストラのための練習曲」を聴いて経験した印象を、どのように定義したかを。アントノフ (不安そうに)どんなふうにですか?(p.228)クリスティアーヌ 熟練でとても意地悪い家政婦たちが全階で同時に、退色した古絨毯を叩いて、伝染菌を撒き散らすようなものだ、というのです。アントノフ (激怒して)どうして古絨毯なのですか? なぜ退色していると? 伝染的とは何のことですか? 私は伝染病が大嫌いです。そんなことを言うやつは、私の死すべき敵です。私にその名を教えてください、奥様、あなたはおっしゃってくださらなければなりません…クリスティアーヌ だめ、だめ、だめです。アントノフ ひょっとして、それはあなたご自身かもしれないですね。それにしてもひどいことです。誰がそれを言ったのか分からないうちは、私は眠れません。クリスティアーヌ 落ち着いてください。アントノフ 私はあなたに、私のジャズ交響曲を献呈(デディケ)するかもしれなかったのですが。クリスティアーヌ お知らせします:「デディケ」ではなく、「デディエ」と言います。アントノフ 草稿を書かなくなって、今日で多分二週間になります…(p.229)クリスティアーヌ そうですか、損害賠償で私を攻撃なさることですね。(入ってきたローランに)ローラン、ムッシュー・アントノフを送ってくれる親切心はある?アントノフ その必要はありません… 何という経験だ! こんなことは一度もなかった… (出てゆく)第五場ローラン、クリスティアーヌクリスティアーヌ (安堵の溜息をついて)はぁ! ねえあなた! 厄介払いだったわ! 彼が私に宣戦布告しようとする瞬間を見たのよ。ほんとうに。ローラン (調子が狂って)それで?クリスティアーヌ あなた、気づいた? 彼はこのうえ醜くなったわ。私が一度も糸を操る機会が無かったような、ひどい操り人形の一例ね。ローラン 彼は、この家に二度と現われないような基礎的触覚を持っているにちがいない。クリスティアーヌ 彼の触覚ですって?(p.230)ローラン 僕には分かる。それじゃあ… 彼は君に何を言った?クリスティアーヌ 私が彼を誘惑しているらしいわ。そしてまるで私たちが互いに余りにも側(そば)で暮らし合っているみたいに言うのよ。彼の仕事にとって危ないことになり得るみたいに。この告白が私に急に決断させたのよ、彼と縁を切って彼を門の外に追い出すことを。ローラン 僕にはそれでも良くは解らないね。クリスティアーヌ 私にはそうとは感じられないわ。これが真実よ。ローラン 君はそんなに彼に恨みをいだいているの?クリスティアーヌ (笑って)私が? まあ! いいえ。私、彼にそんな名誉はあげないわ。信じてちょうだい。ローラン 君は理解しづらいひとだ。僕が思い出すのは…クリスティアーヌ 知恵とは、何も全然思い出さないことよ。ローラン それはそんなに簡単なことじゃないよ。クリスティアーヌ 形成すべきひとつの習慣よ。(沈黙)(p.231)ローラン 僕はさっき、クロードの学習帳をちょっと見たよ。哀れなものだ。クリスティアーヌ 彼をスイスに残すしかなかったのよ。ローラン それでも、彼に授業を受けさせるべきだよ。クリスティアーヌ そしてバカロレア試験に合格すべき、というわけね。ローラン 君はそのことを軽く見ている…クリスティアーヌ あの子は十一歳よ。あぁ! それに… 私は教師ではないわ、あなたが私にそのことはよく言っているように。もし私が消え失せても、たぶん、クロードにとっては大した変化のあることにはならないでしょう。ローラン (不安げに)消え失せるだって! … 君は自分が病気だと感じているのかい? …クリスティアーヌ 落ち着いて。私は申し分なく元気よ。消え失せる… それは必ずしも死ぬことを意味するものではないわ。たくさんの意味があるのよ。ローラン 事実、けっして何ごとも起こってはいないことを、僕は承知している。(p.232)クリスティアーヌ それは多分、あなたの精神にそれほど観察力がないからよ。ジュリー 奥様とお会いしたいと申している婦人がひとりおられます。(ジュリー、クリスティアーヌに一枚の訪問カードを差し出す)クリスティアーヌ (おののきを抑えて)どうも。ローラン 誰だい?クリスティアーヌ この女性は、私から何かの情報を得たいと言っていた?ジュリー 存じません、奥様。クリスティアーヌ いいわ、何の問題なのか、私が会います。(ローランに)ジュヌヴィエーヴ・フォルグの旦那さんが、ママの死因となった病気にかかったのよ。彼女は、ママを治療した専門医について私がどう考えているかを、私に訊きに来たのだと思うわ。彼女、手紙で私に前もって知らせてきたもの。ローラン フォルグ? その一家は何だい?クリスティアーヌ ニース出の一家よ… 私たちが(p.233)シミエに別荘を持っていた頃、しばしば会っていたわ。この女性をお通ししてくださる? ジュリー。あなた、私たちにちょっとの間、時間をいただけると助かるわ。彼女は〔あなたが居ると〕気兼ねするでしょうから…ローラン 続いて、打ち合わせどおり、僕たちはクラン夫人宅へ行くのかい?クリスティアーヌ (神経質に)ええ、そのつもりよ。(ジュリーに案内されて、ジュヌヴィエーヴが入ってくる)私の主人です、マダム・フォルグ。(ローラン、挨拶をした後、出てゆく)第六場クリスティアーヌ、ジュヌヴィエーヴジュヌヴィエーヴ たまたま参りました。お邪魔でなければと…クリスティアーヌ 全然… ずいぶん年月が流れてあなたにお会いするのは、私には大きな感動ですわ… あなたはそんなにお変わりになっていらっしゃるようには見えませんわ。ジュヌヴィエーヴ 私にとっても大きな感動です、クリスティアーヌさん。クリスティアーヌ あなたの御主人は?(p.234)ジュヌヴィエーヴ いつもの通りです。クリスティアーヌ 彼は完全に麻痺したままということ?ジュヌヴィエーヴ ええ… 彼をここに連れて来るのはとても大変でしたわ。クリスティアーヌ 医者に相談なさいました?ジュヌヴィエーヴ 更にもう一度。クリスティアーヌ どういうふうに言われました?ジュヌヴィエーヴ 彼らは自分で下す診断についてすら確かではありません。ようするに… 彼らが私に希望をもたせることは殆どありません。だいたい確かなことは、その… 麻痺は、確定的だということでしょう。クリスティアーヌ ひどいことだわ。それで、彼はそのことに気づいているの?ジュヌヴィエーヴ 彼はそのことを認めたがらないのです。それは出来ないと… 彼は決心がつかないでしょう。あなたにはお分かりですよね、彼のような人間は…(p.235)クリスティアーヌ 御主人を、あなたの結婚式の時にお見かけしただけですけれど、お見受けしたところ… ご壮健で、活動的で… あなたの評を受け入れることはできませんわ。(沈黙。調子を変えて)私の手紙にこんなに早くお返事くださって、ありがとうございます。私のほうは、あなたにお手紙を書くのがとても遅れていましたのに。招待状は、八月に、スイスで受け取っておりました。何週間も、私は元気が無かったのです。ジュヌヴィエーヴ そうですか。クリスティアーヌ 自分の手紙ですら何も言わなくて。あなたは思われたかも知れないですが…ジュヌヴィエーヴ いいえ、解りました。文と文との間に… 沈黙があって、それを私は見逃しませんでした。クリスティアーヌ ほんとうですか?ジュヌヴィエーヴ この今になっても…、あなたはソレームに行こうとは全然思っておられなかったのですか?クリスティアーヌ いいえ、全然… 私は無信仰者ですので。ジュヌヴィエーヴ そうでないかどうか、誰が知るでしょうか?(p.236)クリスティアーヌ ええ、もしかしたら。それを自問することがありますわ。それでも、あなたが私の人生を知っておられたら…ジュヌヴィエーヴ それを受け入れなさるのですね?クリスティアーヌ (話を遮られて)何と?ジュヌヴィエーヴ あなたの人生、それをあなたは受け入れなさるのですね?クリスティアーヌ (小声で)私は私の人生を、むしろ堪えているように、私には思われます。おぉ! 私の人生は私に似ているけれど、それでも… あなたの御兄弟のことを私に語ってください、ジュヌヴィエーヴさん… 私のために…ジュヌヴィエーヴ (大きな優しさをもって)私は兄弟を知っています!クリスティアーヌ 何ですって?ジュヌヴィエーヴ 私は兄弟のことをずっと知っていました。ええ、シミエで、私があなたと会って一緒だった時… あなたとは、他の人たちと同じようには一緒でなかった。あなたは違っていた… 私には説明できません… あなたは沈黙が多いひとです、心奪われているひとのように…クリスティアーヌ (とても低い声で)心奪われている… あなたのおっしゃるとおりよ。(p.237)ジュヌヴィエーヴ そして、私がまだ持っていたかもしれなかった疑いをすべて雲散霧消させたのは、彼が、自分が修道院に入ろうとしていることをあなたに告げた日の前日に、私があなたと会っていた、ということなのですよ。そして私はあなたと、彼のこの告白の日の翌日に再び会いました。あなたは私にどんな打ち明けもなさる必要は無かったのです。私は常に、この二つの映像を、自分の記憶の底に保持してきました。一つは歓びの、信頼の映像… もう一つは…クリスティアーヌ それがあなたよ… あなただけが!ジュヌヴィエーヴ あなたのご両親は、あなたのお友だちは、何も気づいたことが無かったの?クリスティアーヌ 私たち、シミエで人と会うことが少なかったのです。ママはたぶん何かを感じとっていたでしょう。でも私はその後じきに病気になりました。おそらくその病気はひとつの結果だったのです。この病気は原因であるように思われていましたが。皆はそう思い込んでいたのです。私は誰の間違いも正すことはできませんでした。あぁ! あなたにはご想像できないことでしょう… 彼が、自分は修道士になる、と私に宣言した、まさにその時、私は彼に、「私はあなたを愛しています」、と言おうとしていたのです。どれほどの愛でか、ということを、ええ、あなたは見抜きました… 心奪われる愛で… その瞬間、私の存在はすべて凍りつきました。それ以来、それからというもの、私はもう自分を所有していません… 私はもう、自分が誰なのか、分かりません。(沈黙)私には解りません、どうして、私はあなたに自分の秘密を打ち明けたのか。私は自分に誓っていたのです、誰もけっして…(p.238)ジュヌヴィエーヴ あなたがどうして、ほかにやりようがなかったか、私には解るように思います。クリスティアーヌ まるで私は、自分が打ち壊されたばかりのようだったのです。この秘密、それはまだ一種の力のようでしたが、私はもうこの力を持っていません。あぁ! いっそのこと… ジュヌヴィエーヴさん、私を放してくださいませんか?ジュヌヴィエーヴ それはできません、なぜって、私にも、あなたにお話ししたいことがあるからです。そして、あなたが私に真実をおっしゃったのは、あなたが私のその話を予感したからなのです。クリスティアーヌ 私はあなたのことを殆ど知りません… 私はあなたが恐いのです… あなたの目のなかには、私をたじろがせる何かがあります。それに抗したら私が砕けてしまうような、ひとつの確かさが。ジュヌヴィエーヴ クリスティアーヌさん、私の兄弟はあなたの愛を知っていました。クリスティアーヌ 彼が!ジュヌヴィエーヴ 彼はあなたの愛を知っていましたが、それを知ったのは、あの召命がもはや彼に、冒険をすることを許さなくなった後だったのです。もうとっくに、すべての種類の躊躇は、彼の前から片付けられていたので、彼はもはや試みに遭う状態ではあり得なかったのです。クリスティアーヌ どうしてあなたは、それを試みと呼ぶのですか? 私たちは(p.239)どんなに仕合せになれたことでしょう。(クリスティアーヌ、泣き崩れる)私には解りません、何のためにそれらすべてが犠牲にさせられたのか… 私は欲しません… 私には出来ません…ジュヌヴィエーヴ あなたの愛を、わが兄弟は、みずからのこの世の生の最後の数か月の間、みずからの十字架として背負っていました。彼はそのことを言いました。クリスティアーヌ それは不可能よ… どうして彼は、自分が啓けていなかった時に、一挙に分かったというの? … 彼の生身について私が言おうとすることを。ジュヌヴィエーヴ 私たちは、そのことを、正確にはけっして知ることはないでしょう。ですが、私があなたに言えることは、或る日から、ええ、まさにあの日から、彼が毎朝書いていて、破棄する時も無く、破棄する意志も無かったノートのなかで、絶えずあなたのことが問題になっている、ということです… 私の印象では、それは、彼が或る夢を見たのに続いて起こったのです…クリスティアーヌ (ひとつの希望をもって) それは何時のこと? もしそれが分かるのだったら… わからないけれど… ひとつの… ひとつの一致だわ。ジュヌヴィエーヴ ひとつのごく普通の夢だと、私は思います。予知夢のようなものではないでしょう。信じてください、クリスティアーヌさん、その夢は、彼を混乱はさせませんでしたが、まるで彼のなかに、あなたの居場所を目覚めさせたようでした… どのようにこのことを説明したらよいのか私には分かりません… 神秘な責任の感情でしょうか。そうです、魂によって父であることの感情のような。(p.240)彼の人生の或る束の間、彼は観たのです、自分が神にみずからを捧げた行為が、多分あなたには絶望を意味した、ということを… 誰が知るでしょう、これは亡びでしょうか? そういったものではあり得ませんでした。そしてその瞬間から、彼は燃えるように祈ってきたのです、あなたがあなたの側で啓かれるようにと、彼に許されるようにと…クリスティアーヌ (激情的に)私、そんなこと、すべて嫌だわ…ジュヌヴィエーヴ クリスティアーヌさん、あなたは感じないのですか? あなた自身のすべての持ち分で、最も貴重で、唯一貴重なものは…クリスティアーヌ (皮肉に)私の魂よ。ジュヌヴィエーヴ あなたの魂だというのはその通り。その魂はあなたの生活に住んでいましたか?クリスティアーヌ (自分の意に反するかのように)いいえ、住んでいませんでした。魂の戯画でした。誤った隣人愛が私に嘘を書き取らせていただけです。間違った愛であり、これの多分赴いていたところは… (沈黙)まるで突然の光が生じたようで、私はまだその光を見ることが出来ません。ジュヌヴィエーヴさん、こういうものが存在するのでしょうか? (クリスティアーヌ、貪り食おうとするような渇望感で問いながら、ジュヌヴィエーヴを見つめる)あなたは、皆と同じのようであり、出会うすべての人々のようです。あなたの表情には何の印もありません、あの表現が示すような… 私を畏怖させるものが何も。思い出します、昔、私たちは(p.241)あなたのことを、精神発達が遅くて、我慢し過ぎていると思っていました。あなたは、まるで何も感じていないみたいだ、と。あなたは私たちの冷やかしが解っていませんでした。そういうあなたは私をいらいらさせて、ジャックなどは私がそれを言うと、笑っていました。それであの頃、私が学びをした頃… 私はあなたを嫌いました。なぜって、あなたには物悲しい様子が無かったから。そしてあなたの結婚は、私より遅くなりました。皆は言ったものです、ジュヌヴィエーヴは器量自慢ののっぺり美男と結婚するぞ、と。私にもそうかもしれないと感じられました… 人は何も解らないものです、誰のことも知らないものです… そしてそのあなたが、今、私にその炎の気持を、その真実を、告げ知らせてくれているというのですか? この真実は私を殺すかもしれないし、この真実によって私は生きなければならないかもしれないのです。誰があなたを差し向けたのですか? ジュヌヴィエーヴさん。誰だか、私に言ってください。ジュヌヴィエーヴ (弱々しく、しかし深い重々しさをもって)あなたが自問していらっしゃる事実自体を、クリスティアーヌさん… その問い自体を、可哀そうなドニーズ・フュルストランは、嘗て出したのでしょう?クリスティアーヌ どうして、ドニーズのことをお話しになるの?ジュヌヴィエーヴ 私は、彼女の自殺を数日前に、とても大きな偶然で知りました。どうしてだか自分でも説明できないままに、このニュースが私に決断させたのです、あなたに、あなたが私から今お聞きになったことを、言いに行こうと。この経緯に到るまでのことを、私は言おうか言うまいか躊躇していました。私にその権利があるかどうか分からなかったのです。クリスティアーヌ それでもお話しになったのは… そこには繋がりがありそうだからだと?(p.242)ジュヌヴィエーヴ 真実は一つですわ。クリスティアーヌ (荒々しく)あなたはあんまり確信し過ぎておられます。すべてはあなたにとっては単純のような感じが私にはします。私たち、同じ地上に住んでいません。この私が生きている世界、それは壊れた世界です…ジュヌヴィエーヴ それはあり得ます。ですが、あなたの魂はその世界の囚人ではありません。あなたはひとつのことをおっしゃいました… ああ! あなたは私の言うことを信じることが出来ます: 私はあなたよりも強いわけではありません。もしあなたがそれに気づかれたなら… (とても低い声で)私はこの数か月の、数年の間の考えに耐えることが出来ません。私たちは生きなければならないだろうという考えに… 私は危うく、私の夫に言うところでした、夫の状態の真実を。なぜなら私は確信していたのです、彼は自殺するだろうと。そしてそれこそが解放だろうと。ええ、私が考えていたのはそういうことです。クリスティアーヌ それで?ジュヌヴィエーヴ 私は祈りました。おぉ! 熱心さ無く、殆んど習慣的に… 試みは散り消えていました。でも私は確信していました、試みは再び来るだろうと。私はそれを知っているのです… クリスティアーヌさん、私のために是非祈ってください。クリスティアーヌ 祈る?ジュヌヴィエーヴ あなたには保証人がいます。(p.243)クリスティアーヌ ジュヌヴィエーヴさん、彼が私と会うとおっしゃるのですか?ジュヌヴィエーヴ 彼はあなたと会います。そしてこの今の瞬間、あなたは彼を知っています。(ふたりの女性は黙って抱き合う)(つづく)
秩序(命令)のなかに入る、ということで、修道院に入る、修道士になる、ということらしい。当事者の回りの人々にとってこそ大変なことであり、ある意味で兵隊にとられることより大変なことだったようだ。マルセルの時代でさえ、生きながらの死別を意味したようだから。修道院生活と軍隊生活とはしばしば同類的比較がされるようでもある。将来の修道士を愛していた女性は自殺の試練の前にまで立たされる。ぼくが翻訳を手掛けているたった三つの偶々選んだ彼の戯曲の二つまでに、読んでみると、この修道院入信の問題が絡んでいる。遅いとはいえ、三つめの戯曲もやっとマルセルらしい深みが、夢での啓示のような神秘なかたちで出てきた。(p.241まで訳して。)p.242またしてもこの言葉が出てくる:「この私が生きている世界、それは〈壊れた世界〉です…」
ぼくにとって高田博厚を語ることは、ぼくがぼくの人生において高田博厚によってどう動かされたかを語ることと不可分である、と、ぼくには感ぜられる。ぼくに与えられた状況のなかで高田さんがぼくに作用したその仕方は、無論、ぼくの状況とも不可分である。ぼくに与えられた状況はとても厄介なものであり、いまも厄介なものであり続けている。二十五歳の時の耳疾患の治療の不手際による耳鳴りが今もずっと続いていることを先ず挙げねばならない。普通なら繊細な思索など不可能なほどの耳鳴りである。しかしそこからぼくのほんとうの思索活動は始まったと言ってもいいのである。活動が不可能な状況のなかでその活動そのものを敢行する、それをぼくはしてきた。その空前絶後の苦しみは誰にも想像できるものではない。ハイリゲンシュタットの遺言をベートーヴェンも同じ二十五歳のときに書いた。ぼくも同じ歳にぼくの遺言のようなものを書いたので、彼の気持は自分のこととして痛く同感している。仕方も解らないまま、前に進むしか無かったのだ。この歳だったと思う、高田博厚と出会ったのは。高田さんとは、先に愛読期間が長かった森有正の遡及的後継として出会ったのだった。遡及的というのは、高田さんのほうが森さんの先輩格だったからである。ぼくもやっとそれに気づいた。高田さんの思想的次元での親友は森さんであり、その次元での密な親交が二人にはあった。ぼくには同時に、自分で独立に見いだしたヤスパースがあり、専門的研究としてはヤスパースをやり、隠し味をつけるために森有正を勉強し、この二本立てでずっとやってきた(森さんの「経験」の思想とヤスパースの「歴史性」の思想の照応という基本線に沿って)。ここに新たに高田さんが加わることとなって、さしあたり三本立てになった。その頃、いちばん理解が難しいと感じたのは高田さんだった。事実、高田さんには、その文章に慣れるだけで、二十年かかった。それでもその間、高田さんは、尊崇の念をもって根源的に惹かれ続ける存在であった。ゆるぎない真理を語っているのは高田さんだという確信がぼくにはあった。だが、高田博厚との出会いによって、ぼくの内心の魂の舵は既にフランスへ切られていた。「どうやって」ということも分からぬまま。ぼくの状態では、運命に押し流されてゆくしかなかった。やはり「神」だったのだろう、ヤスパース、森有正、高田博厚の精神を通してぼくの関心だった(いまもそうである)ものは。「現代的個人」を通して「神」を求めるその各々の求め方に根源的に惹かれた。「人生」の窮極が「神」に収斂するような思想こそ、最も深く美しい思想だと、ぼくには確信できた。各々の魂のかがやきは、「神」との照応のかがやきである。人間の個性とは、各々の「薔薇窓」(個のあり方そのもの)を透かしてかがやく太陽(「神」)の光なのだ。そのかがやきを最も純粋で豊饒にしめしている国域は、森有正や高田博厚が証言しているフランスであると、ぼくはこの二人から学んだ。そして哲学とは、人間が「神」を求めることそのものであると、ぼくは既に確信していた。高田博厚に、その神探求の感覚的に最も緻密で高度なものを、その難解で簡潔な文章において、理解を超えて感じた。ぼくは哲学する者であるよりも、詩人なのだ。詩心あってこその哲学なのである。高田博厚がいなければ、ぼくは美と神とがこれほど深く結びつくことを啓示されなかった(その感覚的確信を与えられなかった)し、それに全人生を注ぐことこそ人間の最高の価値であると思わなかっただろう。そして、それに自分を賭けることに、ぼくの猛烈な耳疾患の苦しみが無ければ、行動しなかっただろう。この苦しみは、ぼくが高田博厚の世界に没入することを、むしろ決定的に促進したのである。まるで、ぼくには予め「高田博厚の世界」との出会いが設定されていて、耳疾患も、その苦しみで雑念を振り切ってその出会いと針路に集中するために、組まれていたかのようなものである。「フランス」は、すこしの身動きをする余裕も無く運命そのものになりきり苦しんでいるぼくに、向こうからやって来た。運命としか出会わない。「苦」という限界状況が、ぼくを美の探求に集中させ、世間を超越させたのである。そういう集中状態においてぼくは高田さんの思想に迫り沈潜した。神への関わり方として、ヤスパースは哲学的信仰、森有正はプロテスタントのキリスト教信仰を持っていた。高田さんはロマン・ロランの人道主義に深く共鳴していたが、高田さんが「神」に関わるのはフランス・カトリックの圏内で出会った宗教的美の経験を通してである。高田さんはだからといってカトリックになったわけではなく、カトリックに心情的な親近感を抱きながらも思想的には哲学的な貞節を貫いた。この点、ヤスパース的でもあったわけである。このことが、ぼく自身の思想的継続性にも適うこととなった。神的美の受肉的象徴としての「フランス」、まさにヤスパース的暗号存在としての「フランス」は、日本的桎梏を打破して ぼくの実存的状況のなかに到来した。ぼくはこの到来に自分を合わせるだけでよかった。ぼくの絶望的な「苦しみ」は、この接合(ドッキング)に、不思議な役割を果たした。当時既にいたドイツからフランスへの移動は、地理的には造作もないことながら、意味的にはぼくの過去との断絶であり、これには一生に一度の決断を要したはずだが、運命に従順に運ばれて行くような穏やかさでそれは為された。まさにぼくの「分水嶺」だったのであり、しかも高田さんが第二次大戦後に、日本人であったゆえに入れられていた難民収容所を後にしてドイツを去った最後の同じ川であり橋であった。この渡橋をぼくは、家族関係者全員の承認の許に静かに果たした。だがあの渡橋の瞬間は、生涯の最大の文字どおりの分水嶺として、忘れようもない。どうしてぼくはひとつの圏から別の圏へと「動いた」か。魂が魂へと「動いた」のである。そういう「ひとを動かす」魂が ぼくにとっての高田さんの存在だった。ひとを「動かす」信仰とはこういうものではないのか。イエスの誘いに漁師は網を捨てて従った。導きに従い密林に赴いたシュヴァイツァーの心を了解する者が現代いるだろうか。ぼくには唯一ほんとうにぼくを「動かした」高田さんがいた。すべては魂と魂との出会いなのである。壮大なシャルトルのカテドラルを築かせた信仰もそうだろう。高田さんは、魂に基づかないそれまでの人間関係からぼくを解放してくれたのだ。具体的な行動によって「高田さんへの信仰」をぼくは得た。それを忘れまい。その前とその後とはちがうのだ。そのことを思い出し自覚しよう。魂の出会いには、人間を「動かす」ものがある。信仰は、けっきょく、魂と魂の出会いであって、その力は、人間が「動く」ことによって証される。そのほかは虚ろな動きであって、本来の「動き」ではない。ほんとうの動きは、魂によるものだ。高田さんとの出会いからそのことを経験した。けっきょく、ぼくの分水嶺は、高田博厚かヤスパースかという選択だったのであり、ぼくに前者を選ばせたのは、試練の状況で純化されたぼくの魂であり、このぼくの魂は、この状況で自分の本音に賭けたのだった。この本音は、ドイツよりも絶対的にフランスを、理論よりも正直に感覚を選択した。苦しみの状況が無ければ、脱世間的な本音に、これほど脱世間的に従うことは、いくらぼくでもなかったのではないか、という気がするのだ。《戦後私は時折り日本の雑誌や新聞に文を載せたが、いずれも頼まれて書いたもので、自発的なものは一つもなかった。フランスに行って、徐々な時間のかかる自分の生成に自分を賭けるのが唯一の道であった私にとっては、フランスにおりフランスを学んでいるからとの理由で、紹介したり解説したりする意欲はまったくなかった。むしろ逆の力が私に働いた。三十年前の初春の夜パリに着いて、翌朝ばら色のもやに輝く町に立ち出で、その風景と作品を見た時、天から降ってきた啓示のようなものを感じたが、それは、フランスについて、またフランスが経験したものについて私はなにも知っていないのだという、またこのフランスの中で、私はなにものでもないぜろな存在なのだという、高い感動が絶望感とすれすれになる粛然としたものであった。》これは高田さんの「著作集第一巻」所収「友人と自分」冒頭の全一節である。なぜぼくがこの文をいま、高い感動で、導かれるような偶然に任せて筆写せざるを得なかったかというと、「フランス」という語を「高田博厚」に置き換えれば、ぼくの真実そのものになるからである。高田さんは、自らの国の歴史でまったく経験しなかった「フランス」に、なぜこれほどまでに愛執したのか、できたのか、それを問うことは、とりもなおさず、なぜぼくはこれほど、自分の社会的歴史を捨てて、高田さんという、生活的には縁もゆかりも無い存在に就く気になったのか、それを自問することと本質は同じであることに気づくことであり、かつ同時に、この二つの問いには合理的解答はけっして見出されない、ということに気づくことなのである。ぼくは、前節に続くつぎのような文章を読み、書くためにこの世に生まれてきた、と言ってよいのである。高田博厚、この存在は何なのか。生きることは存在と出会うことであるならば、ぼくはこの世に生まれてきた目的を達したのである。《前日の朝、日本から乗ってきた船がマルセイユにつくと、フランスの自然を陽の下に見たく、すぐパリ行の汽車に乗ったのだが、南仏のカマルグからブルゴーニュを通ってイール・ド・フランスに入る風景、あの河、あの野と丘陵、あの森が、もう日本語の「河」「山」「森」の言葉でいい現せるものでないことを感じた。そうしてあの時私は日本との訣別を感じた。訣別しなければならないある命令を感じた。しかも私はフランスを知らない。今から思うとその言葉の一言をも知ってはいなかった。そうしてこの先自分がどうなるか判らない。幾年フランスに居れるものかもわからない。けれどもあの日の感慨と怖れは私にとって運命的なもののようであった。まったく見知らぬ国へ来て、好奇心などすこしも起らない魂の不安の中で、「自分は来るべきところへ来た」と感じたのはなぜだろう? 幻(ヴィジオン)の作用に近いものである。私は自分で経験しなかったであろうが、「人生」が経験したものであるから、人生を持つ私もその一部分として、自分を超えた「過去」が経験したにちがいない、だから私には夢の牽引力を持つようなものを感じた。しかしその夢が、外から私の心に向って開かれた窓に映った内部の風景であったことを、あの時誰が知ろう? 人間の経験が「自分」の中に時間を超脱した拡がりを持っていることを誰が知ろう? 汽車の窓に顔をくっつけて外の風景を見ていると、小さな町を通り、南仏の赤瓦の家々が並んでいる。昼下りの時刻の白い道には人ひとり通らない。静まりかえった死の町のようである。その中をたった一人若い女が赤い布を頭に巻いて、水壺(がめ)を抱えて歩いていった。このフランスの額画がはっきり私に残っている。あの南仏・パリ間の鉄道をその後、年に数回は私は通る。沿線のどのような細部をも知っている。けれども水壺を持った女が歩いていった白い道はもうどうしても見つからなかった。「最初のフランス」は私の一生の幻であるだろう。私達にはある時、ずっと昔に同じ情景の中で、今やっていることと全く同じことを、やったことがあるな、と思うことがある。生理的には脳神経の錯乱なのだろうが、これは人間の感覚の連続の意味を教える。人生のある契機に自分がある時参画したことの大事さを呼び起す。そうして啓示のようなこの契機が「私」を変貌させてゆく。しなければならない。けれどもそのために私は何をしなければならないのか? 私は知らなかった。自分が「自分」であるために孤独でなければならないことをも私は知ってはいなかった。》ぼくは、何度も読みかえしたはずのこの文章を、いま、ひとつのまとまりとして、深淵な意味において初めて読解したと感じている。「ヴィジオン」なのである。「記憶は生きている」とぼくは言った。その意味で。ぼくに全節書き写させたのはそのためだった。 魂は時間を超えて生きている。森有正も「変貌」について書いている。どちらが先かはどうでもよい。ヤスパースも「デジャ・ヴュ」のことを暗号論で書いている。無論他も書いているだろう。魂に潜る処、VISION〔幽玄〕の世界に出会うのである。高田さんにとって、「フランス」はそういう魂の場、運命の場だったのである。自己を包括する、未生前の記憶場としての超自我(後のタオルミーナでの名高い経験と重なる)の作用がそこにはある。マルセルのメタフィジックとの濃密な繋がりがそこには確信される。われわれは、そういう深い人間経験の空間に心を開くのみである。それはぼくの生空間にも浸透していることに、やがてぼくも気づくであろう。高田さんがその導きの路であったかのように。高田さんの彫刻作品には、ぼくはそういう幽玄の背景(空間)があることをいつも感じている。ここで「神」のことに堂々と触れねばならない。堂々としていなければ日本では粗暴な無知性者にやられてしまう(この点で、日本にはまだ知性が無い)。ここでは以前書いたことを反復する:高田さんの神探求は骨太なデカルト的観想主義なのだ。キルケゴールの決断主義とは違う。たとえば、「神を求めて」という題で書くことは出来そうだが、その前に自己の全量を求めることがあるべきだと思うぼくは、この題で書くことはしないだろう。それに、神を論じること自体が正当だと思うには、ぼくはあまりにも、沈黙における芸術的創造を通して神の覚知へ向かうという高田さんの姿勢に馴染みすぎている。この欄でも、ことさら神について書いたことはない。それはあまりにもぼくの生と一つだからである。ぼくが書きたいことを書いていれば、それは分かるひとには分かる。そういうものとしてしか神は感得されない。ぼくのいっさいは、神の正しい感得のために捧げられている。しかしあまり神を語らないのもよくないと気づいた。なぜぼくが神を求めるのか。それは高田さんが神を求めるからだ。高田さんも、なぜ人間は神を求めるのか、という問いとともに思索し生きた。ルオーは神への信仰に生きつつ問い、創造した。高田さんの奥様は、ぼくとの電話で、「神はいます」と伝えられた。だからぼくは神を信じている。日本にいるからといって、神を語ることを控えてはならない。それはたとえば教義としての宗派を受け入れることではないのだ。〈以上〉ぼくが落ち着いて神に取り組めているのは高田さんとの出会いのおかげである。高田さんが神を求めるので、ぼくは信頼して神をじっくり求めているのである。高田さんがいなければ ぼくの神探求はありえない。高田博厚はぼくにとって魂の世界への導きであり、今もそうである。純粋記憶こそが生けるものであり魂である。記憶を背景にもたないものは何の美でも秩序でもない。そういうことを高田さんから学び、じぶんのものでもあるものとした。その象徴化をタルコフスキーはしてくれた。ソラリスが生きているのは、記憶そのものであり、魂そのものであるからだ。 現代の神話ソラリスなじみだった人々がどこかに消えてしまう時代、こんなものかなあと思っていたが、タルコフスキーはソラリスを創作して、人間はそういうものだけではない、と思わせる。あれは主人公自身がこの世を捨ててもうひとつの世界へ赴く物語なのだ。じぶんの純粋記憶のみをじぶんとともに持ってゆく。そうであれば、消えてしまうのは現実とよばれている世界のほうなのだ。この内外逆転を創造する行為はまさしく宗教的あるいはメタフィジックな行為である。我々が為さねばならないのはこの行為ではないのか。それは童話行為さえも超えて、現実的にメタフィジックなのだ。これを為すであろう。これによって、人間は消え去るどころではなくなる。逆転が起こるのだ。彼の全作品はこの逆転の実現をめざしている。 リルケの世界内部空間のように。ぼくはかけがえのない作品をみたのだ。その意味がいま気づかれる。
初再純粋記憶こそが生けるものであり魂である。記憶を背景にもたないものは何の美でも秩序でもない。そういうことを高田さんから学び、じぶんのものでもあるものとした。その象徴化をタルコフスキーはしてくれた。ソラリスが生きているのは、記憶そのものであり、魂そのものであるからだ。2024年09月13日(金) 20時02分14秒テーマ:自分に向ってなじみだった人々がどこかに消えてしまう時代、こんなものかなあと思っていたが、タルコフスキーはソラリスを創作して、人間はそういうものだけではない、と思わせる。あれは主人公自身がこの世を捨ててもうひとつの世界へ赴く物語なのだ。じぶんの純粋記憶のみをじぶんとともに持ってゆく。そうであれば、消えてしまうのは現実とよばれている世界のほうなのだ。この内外逆転を創造する行為はまさしく宗教的あるいはメタフィジックな行為である。我々が為さねばならないのはこの行為ではないのか。それは童話行為さえも超えて、現実的にメタフィジックなのだ。これを為すであろう。これによって、人間は消え去るどころではなくなる。逆転が起こるのだ。彼の全作品はこの逆転の実現をめざしている。 リルケの世界内部空間のように。ぼくはかけがえのない作品をみたのだ。その意味がいま気づかれる。
初再2024年12月21日(土) 21時48分38秒テーマ:自分に向ってぼくにおいては、与えられた屈辱は必ず晴らされる。ぼくはそうであるが、ほかでもそうだろう。晴らされるに値する存在であれば。
記録 人間・神を求めるもの 04月15日 16:05*美しいものは否定できない 04月05日 00:20*新しい神を信じることを学び始めている 03月27日 01:25○信仰の覚醒と復権 03月14日 03:35ぼくの小さな信仰 03月01日 01:57記録 試練という観念の捉え直し 02月18日 17:58記録 自分らしい神を信頼する 02月11日 00:14”・記録 時を超える記憶” 公的なものより私的なものを優先するという決断 02月06日 16:38翻訳をつづける '26 01月31日 23:29 一生学生 02月01日 03:46信じる'23 11.1723:45 友に忠実に '23 02月03日 03:20祈る '22.05月10日 ぼくは信仰を、神を求めている 07月28日聖母信仰の真意 10月21日 *愛は瞬間瞬間のもの12月13日”愛の信仰”'2102月28日音楽は人間への信頼 '2012月08日きみへの愛によってぼくは再び世界に開いた 11月14日ありがとうというべき以上のものが伝わってくる きみの笑顔 11月17日応答(コレスポンダンス) 10月27日一緒になりたい魂を感じさせるひとはきみしかいない 10月04日お誕生日おめでとう 10月11日 10月11日いつもともにいます 2020.1.20 絶対的讃 '2112月07日 16:17⁂何の瞬間のために生きているのか'22 07月05日 23:50◎ぼくからきみへ ぼくの独白 08月21日 23:47ぼくの窮極の信仰の言葉04月24日 17:52愛することと祈ること 04月17日 01:33常に愛することは祈ること 愛の修道士の路 04月11日 00:05記録 ぼくの美 愛 信仰 神と人間 '25 04月09日 19:41愛の言葉しか信じないのが信仰であり愛である 03月31日 04:14人生の目標は愛 02月24日 02:07愛の力を経験するために 02月21日 02:14記録 神の意識 じぶんの路を信じてうろたえない2月12日 16:19記録 どうしてこんなにすっきりと、愛に拠らない人間関係全体から包括的に離れたのだろう 2025年01月29日19:00:57僕の美愛信仰01月07日 14:31〇 絶対的なもの01月03日 23:08記録 神とともにある一年であることを祈ります '25 01月01日 00:05一貫したぼくの態度12月07日 00:07 自分への純粋な愛が勝つ04日 23:45力あっての情緒 心を入れ替えて生きる 11月22日 23:31◎不死の信仰11月07日 19:37 ◎ 11月02日 22:17なにに祈るのか10月23日 18:32記録10月10日 23:31〇 寂しさの共有08月23日 22:52〇 直接な安心感 08月21日 23:05※ 裕美ちゃんの世界を尊敬する06月25日 22:57※私話 03月21日 23:10 銀河の曲と海の曲06月17日秘語 '24 03月04日 23:25 ”魂に時間は無い”03月17日 03:09裕美ちゃんへの感謝とぼくの一貫性23.12月12日 02:07記録 「力」無くば弾かず 愛は愛を信じる 2023年07月26日(水)芸術と信仰 愛の修道院の路 12月17日 22:50記録 目醒める処 ほんとうに忠実があれば信仰のみで充分 (美と愛と信仰) 2022年12月03日(土) 00時00分27秒天使の原理はこの世の者の原理とは違う 12月26日(月) 06時17分記録 逆説的恩寵 きみに祈る 遠くて近い神'22 10月29日 00:00きみに祈る'22 10月25日 22:14 心懸け 10月23日きみは神のところに居るのだから、ぼくがきみを愛するのは神を愛するのと変わらない '21 07月14日✙告白 反省を揚棄 '21 06月18日 ✙独白証言06月11日✙一音に宇宙を感じるように全体を弾くことの別世界性'2111月17日 23:08きみが真剣なひとだから 10月09日 遠くを見よ10月11日 23:52自分への言葉: 課題への思念で自分を整える '20.7月30日 00:23ぼくの祭壇09月04日 18:52ぼくにとって祈るとは 記録 08月09日 04:45祈りとは唯一の愛する存在に面すること 08月09日 01:58 記録 7月24日 14:41 きみにかぎりない「ありがとう」を 07月25日 わたしはいつもあなたの思うところにいます 07月20日 01:52 ぼくはとても寂しかった 07月15日 記録 造形と音楽 行動するもの 07月09日 03:12 音つくりの天才 きみとぼくのこと 07月09日 04:57アルバム「かけがえのないもの」 青空に瞬く星 06月20日 23:15 語らい 6月15日 記録 6月11日 10年の月日を思って 5月22日 呼吸に宇宙を包む演奏5月11日 信頼は主体的なものである5月8日 静かな親しい奇蹟 4月17日 私記録4月21日 語り合い5月4日”amis solitaires ou DIGNITE”4月10日 愛は現前であり、現前に立ち会い得ることである。ゆえに日々の祈禱なのである。 その前ではすべてを措いて立ち帰らなければならない。そこにほんとうに沈潜するために。 愛は現前である 私記 魂に時間は無い 3月17日 *最初にあるものは不変のもの 3月1日 ”ぼくのクレド(信仰条文) ” 02月22日 12:03 (再)*「ママン」の話 「ふだんの生活」と「本当の願いごと」 02月19日こころの祭壇の灯を消さないように 2月4日 ぼくの信仰 1月19日 教養がすべての基本 ” きみの本質への信仰 ” 1月10日 きみと共在しているという超主観的な実感のなかで生きたい裕美ちゃんへ 12月04日 01:52*きみの本質への信仰 2018年11月25日 23:41音楽において直に感じるきみにぼくの永遠の愛を捧げます11. 2無限な時間空間、自分の魂を、弾く こころが鎮まるほどに 10月19日 23:52 ”テオリア(観想) 歴史の意味” 愛の感覚論・過去を大事に10月09日 ぼくの思いを救ってほしい 10月05日 個 08月22日 主よ、ただ信仰と確信だけをあたえてください。 そうすれば、自分のことも愛する者のことも不安でなくなります。 ノヴァーリス尊敬 08月08日 01:31 美しく弾く 愛の修道院の路で 08月12日奥の深い魂 07月29日 01:46 ”dialogue sans titre ** それほどの愛を発するほどにも” 7月23日 小休止 7.14 7月14日 05:02銀河の距離 6月20日 驚嘆 そして愛より尊いものはない 6月14日記録 6月12日 きみの「偉大さ」 6月7日 23:25象徴 奇蹟 5月24日 15:08夫婦 '17. 9. 22 petit dialogue 5. 22”「魂霊」の世界への参入 ” 愛の修道院の本路5月19日 1:52きみを想うことが ぼくにはいちばん創造的なのだ 5月9日 15:03銘記(個) 愛の修道院の路で 05月03日 23:32 愛は、一緒だという想い 4月20日 15:55雨の夕の想い 生そのものへ 生は愛 4月17日 18:42 フランスの聖堂建築のような演奏 04月13日 20:22vie (個) 04月13日 10:33 空の十字架03月31日 01:56*神への呼びかけである祈り 03月29日 00:05裕美ちゃんの十字架の飾り 03月07日 (私) 3月8日 17:05 日記 02月21日 聖・裕美さん 02月19日 02:17愛の修道院の祈り 02月17日 23:59信仰のインスピレーション(個) 02月16日 22:05交心(コミュニオン)としての愛の世界 02月16日 02:52 信仰は自力と他力が音叉の両極となったハーモニーである 02月16日 02:02魂の耽美 02月02日 22:30ぼくのクレド(信仰条文) 01月20日 01:23 2007年ライヴでの裕美さんの演奏の、熟練も気魄も桁違いな素晴らしさは、観なければわからない。技にも表情にも、予想できない感動を覚えます。彼女はほんとうに多様な面があって面食らわせる、内容をぎっしり感じさせるひとだ。演出的表面とはまるでちがう。ぼくの言いたいのは、彼女の弾く全曲の完璧で優美な音色は、すべて、異常な緊張と努力によって創造されていることが、ここから納得される、ということなのだ。 1. 16「堅信」と「覚醒」と「慎み」きみの気持に応えるために 01月17日 23:08きみの気持の声 01月17日 00:17 秘記(覚知) 01月01日 19:12 きみへの愛 IN MY ARMS TONIGHT 12月22日 20:38 故郷性のある演奏 1月5日 この世にきみのピアノのようにきよらかで美しいものをぼくは見いださない。ほんとうに わたしと一緒に生きましょう 溢れ出るきみへの愛 それはぼくの生そのもの全世界を視ても ぼくはきみしか観ていない きみの「思想」 きみの世界を崇拝する '17. 6. 20私記* 12月21日 02:21 熱烈に 11月28日 16:44*神に至る愛 愛の修道院のなかで2017年11月04日 03:56 告白 10月06日 22:47 きみと共にいることは、ぼくがぼくとして在ること 10月06日 03:52 (個人覚書) 10月01日 02:20 事実と信仰 (覚書) 09月28日 19:03 ぼくには 07月27日 23:57愛は発するものであると同時に求めるものである 7月26日 00:16 記録愛の修道院のなかで 06月25日 17:05 記録愛の修道院のなかで 07月19日 14:11 ぼくは、ぼくのなかのきみいがい、もう信じたくない。信じることの前ではすべては無力であり、信じることに合わせるしかない。(7.17)愛は現前である 07月07日 14:22 *日々の誓い 信仰(個人) 非公開 あなたは私だけを信じてちょうだい。私はいつもあなたと一緒よ。 ぼくを知ったいまのきみの表情をみたい。ぼくのなかでしかみられないきみを愛して愛して愛しぬく。ぼくの救いより大事なこと。そこにのみぼくはいる。 ―これがぼくの信仰の生の核心であり自由である。信仰は天のご機嫌とりではない。天に逆らっても自分の本心を敢行することを自分で肯定することを、信仰という。―〔神がどう思うかをぼくは知り得ない。神の意思に基づいて生きるということは、よって、欺瞞である。信仰は、自分の決断と決意に基づいて生きることを敢行しつつ、神に面する態度において絶えず自分を問うことである。信仰内容は、個としての人間の歴史性の集積の深みから生成する。17.6.10〕きみの演奏を聴き きみの魂を愛することは 他のいかなることにも優る私録 Kakegae No Nai Mono 素材にこころを籠める内部の世界に集中せよ内部の世界に集中する、これはまことに「神の召命」なのであり、修道精神の本質である。このゆえに美意識は生の路を宗教的たらしめ、そのかぎりで倫理的たらしめる。倫理とは、生を「愛の修道院の路」たらしめる魂の希求である美意識の、美意識そのものからの自己統制であるほかの意味をもたない。「内部の世界に集中せよ」、この意味するところがぼくはきょう(17.6.9)身に染みて痛切に解った。ぼくの今後のすべての生を支配するだろう。 「神」に導かないのなら芸術にはいかなる真面目な意味も無い。そして芸術の意味を知ったのなら修道士の生を生きざるをえない。このことがいまぼくに真剣な実践として自覚された。 夢想であったものが真剣なものとなった。 愛の定義 3月23日 愛の修道院の路 3月25日書き始めて三年の日 「神」と「愛」”247 自己委託・信仰 '19. 5月24日 言葉を離れて 05月06日ミューズ 満ちた思念 01月11日 人間がなぜ「神」を思念するようになったかを了解する気持だ。「別の世界」である「美」の経験によって。 愛とは、生活すべてが神聖な儀式となることである。おのずから生活が修道院となる。ほんとうの愛 ほんとうの仕事 音楽への感謝 3月31日 21:52きみの 魂の意識を籠める音楽づくりには 聴くたびに尊敬する4月2日(日) 00:08:19自分の過去の思索を担わなければならない。「愛の修道院」のなかに生きながら思索をする。それは「問いの集中」である。この集中がぼくには「祈り」であり「作品の路」である。ぼくはいま 問うものの外部からではなく 問うものの内部から問う境位にある。すべて裕美さんのおかげである。 2016年11月08日(火) 22:31:42永遠というものがあるとしたらそれは「記憶の王国」であり、そこではすべての愛と美の記憶が生命をもって生きており、生の本質と現実そのものであり、そのすべての記憶はその意味と内実をますます深く無限に開示しつづけるような世界である。2017年03月08日(水) 22:52:00無限を知るとは、いのちに共振することである。無限でない いのち はない。支える言葉 2016年11月21日(月) 21:11:56ぼくは人間の本性は愛であると思っている。自分に反さず生きていれば、愛の方向にゆくしかないと思っている。愛のほかに、自分のほかに、なにを得ようとするのであろうか。自分を得ることは世界を得ることではない。愛を得れば世界を捨ててよい。自分は自分にしかない。愛は自分にしかない。生きていれば、「愛の方向にゆくようにできている」。これが運命であり自由である。 愛がなければ愛さないがいゝ 愛さねばならぬといふ愛はない 愛さずにはゐられないといふのが愛だ ―「愛」 『耽視』より―愛とは いまここで一緒に居ること 02月26日 23:39愛の意志は必然 '20. 01月21日 23:39*尊敬・自由・忠実 03月07日 12:32聴く力の飛躍 これほど勇気をあたえてくれるとは… 04月06日 17:57”きみといるのがいちばんいい” 04月07日 01:25祈り 05月01日 23:28きみの演奏が経験させる 完全性の世界の存在 07月27日 01:37✙魂は「美と愛と信仰」である ”*** 魂と意識 自他の幸福…10月05日 01:57これほどの彫刻的な美しさ11月01日 14:58 ぼくの愛と美と信仰 *ヘルダーリン的な愛によせて 12月23日 16:23あらためて解る裕美さんの天才 '2101月04日 23:52有名人ではないきみへの愛 01月08日 00:33灰とダイヤモンド 01月22日 18:45愛をいだいた魂は護らなければならない 02月26日 17:15完璧とはどういうことかを知らせてくれるきみの演奏 2020/11/19きみの演奏の、聴者の理解を超える完璧さ'2103月03日 23:57*きみのインディーズアルバムは永遠です 04月26日 19:30無心の美 05月19日 01:55 裕美ちゃんを大事にするのは ぼくの宗教なのだ07月09日 17:35きみと神 07月27日 03:55観想 '2201月22日 21:01 観想01月24日 18:55⁂ 人間は自分のみに責任がある ぼくの目覚め 愛の定義 02月06日(日) 01:22:07 きみの演奏02月07日 00:03記録 ぼくの目覚め 愛は欠乏ではない02月12日 00:00手紙 04月02日 02:06⁂私記 04月03日 02:07 私話04月04日 21:20”仕事することは生を集中させること きみとぼくだけができる…03月26日 23:11記録 光を通す穿孔 05月28日 00:00記録 音楽は生命だ 05月28日 22:10聖休話 10月03日 04:46記録 お誕生日おめでとう 2022年10月11日 00:00午前零時は神聖な魂の時間帯 10月16日 00:41小さな水晶玉のような自分 '25 08月09日 01:23
意志と生 '25 08月11日 22:46真剣なきみの美しさ 美そのものが思想である 02月07日ギリシャやイタリアに行っても きみとの愛をたしかめることしかないだろう 06月04日 17:10自分を自覚的に培った者でなければ きみのほんとうの美しさはわからない 03月25日 00:23芸術創作より尊いものは、愛 03月23日 00:50愛の態度 '19年03月22日 04:21”啓示の音楽 きみはぼくの手本” 12月09日 01:26愛し信じるという力 11月10日 23:41 信頼 11月28日 15:15 人格と信仰 10月21日 20:57 大事なのは感情だけ 10月07日 22:22 魂の境位 10月07日 02:01 ”philosophique” 不動の感想 06月21日 15:21信頼したいひとは実際に信頼できる 05月20日 22:01信頼したい人間を信頼できることこそ幸福 05月19日 19:05記録 05月11日 覚え書き 05月13日 14:46きみは、演奏のなかに時を止めてしまう4月11日 ピアノで復活してください 12月17日 愛おしいきみ 1月25日リルケを読みはじめたら きみのこの写真がぼくのなかにすうっと入ってきたんだ 原初的なきみ といったらいいんだろうか とにかく宇宙なんだ かけがえのない モナリザもかなわない 謎めかしているのではなく ほんとうに存在している きみを感じることにより ぼくもぼく自身に戻ったようだね 感じるとは 見るとは 存在である本質をみることいがいにない最初に感覚ありき そうでないものはすべて自己欺瞞だ ぼくは自分の感じたとおりにきみを尊敬する 天使の健康 09月22日 04:21懺悔し祈りたくなる曲 09月14日 23:50魂の演奏 '2109月11日 02:14記録 変わらないきみとぼく いつも魂を瞑想しよう 3月23日実感 記録 2月26日 私記 4月4日 2:57 格率 2月21日 個人記録 2月20日第31巻 真実のきみを愛する 02月17日 「学問の道」という偏見 沈黙の重み 2月12日 (晴のこころ) きみの存在は永遠です 2月4日 祈る愛 12月20日 きみと共在しているという超主観的な実感のなかで生きたい'21.7.31純一な美しいきみ 感覚的なひびき 12月12日 00:02 個人記録思うことは観ずること、創造すること 12月08日 00:08 参照愛のゆえに最後まで信じる者は救われる 12月6日参照 12月7日きみへの祈り 11月28日 22:52愛であるぼくが 愛であるきみに面している そのほかは いっさい無 音楽は愛である 12月05日 21:22*最真のこころ 11月27日 11:57この開放的な信仰は、裕美ちゃんのこころと繫がっているという実感である。(ぼくはたいへん大事なことを言った。)きみに向くと明るい気持になれる 11月26日 00:03 キリストよりも何よりも ぼくはきみを得たい。きみはぼくのキリストだから。+具体的経験の思想 (欄の第二段階) 11月19日 03:20愛と美と信仰という形而上の主題に集中する 11月18日 16:21個人記録 11月18日 15:06*愛における努力 11月17日 15:52愛情の安定 11月16日 03:52ほんとうの兄弟のようにぼくのこころに住むひと 11月愛とは 11月05日 14:11 恩寵そのものである愛するひととの交流のなかに生きていて、克服すべきものが無い状態である。以前は問題であった物質的なものへの膠着が消えてしまっていて、浮かんでも消える泡でしかなくなっている。存在論的に、愛しか存在しない。あとは妄念である。気づき 11月03日 裕美ちゃん、いま、ぼく、はっきり気づいたの。きみの音楽を聴きながら。 きみを恋し求める気持と、神に祈る気持が、まったく同じだということを。形にすべき真実の選択 11月03日 19:03第二の新生 11月03日 01:33きょう 月と金木犀 10月24日 14:40ぼくがぼく自身であるかぎり、どこかでぼくの名誉は保たれている。これはまったく明瞭なことであるように思われる。”きみとぼくのために書いてゆく” マルセル的感覚 10月22日 01:17無限な時間空間、自分の魂を、弾く こころが鎮まるほどに 10月19日 23:52 裕美ちゃん、2018年のお誕生日、おめでとうございます 10月11日 きょう寝る前の覚書 10月12日 03:33 歴史性・過去 (故郷性 個性と愛と形而上) 10月17日 00:30原石の美しさを大事に10月06日 18:31無条件に命令するもの 09月23日 01:23愛は自分で安定させるもの 09月14日 23:56教えてほしい :詩 09月14日 18:05愛は言葉にするものだ 09月14日 02:10魔彩鏡の「いのちある無限空間」 09月13日 18:46小休止 休日 09月13日 02:01小休止 語らい 09月11日 19:19IN MY … 告白 09月10日 02:23 永遠に はじまったばかりの愛 09月08日 00:23奥の深い魂07月29日 01:46個 08月22日 16:21愛するということ 08月24日 23:39ノヴァーリスの言葉 08月20日 21:56送信記録 個 08月20日 02:50 《現実が心を通すときはじめて現れる真の具体化》 08月19日 23:01愛への組み込み 08月21日 02:02ぼくは知っている 08月13日 22:41 ぼくの心は神の鏡 08月16日 23:38寂しさは恩寵 08月17日 23:25自分の内部の秩序いがいの外部の秩序は、じぶんの思うように作りかえればよい。 8.19 *知性人としての尊厳をもつ 10月07日 19:31「神」は主体性のため 08月22日 01:20自分の定位 「生き」て創造する 08月22日 04:05心の原則 08月23日 18:57*愛と祈りは形而上的な意志として同一 '19 04月02日 23:37記録 6月7日 ”(参照)10月11日生まれ” 07月17日 12:37愛はすべてを許す 08月03日 00:01愛おしく思えるのは相互同意あってこそ 08月10日 05:21祈りは呼ぶこと 08月09日 20:27記 08月25日 精悍 集中 08月28日 「強さ」をだれが理解するか 08月28日 ”Suite 紫のひかり 暖炉(665)” 11月18日 13:23 ほんとうの覚悟とは 08月30日 22:17バッハを凌ぐ魂の深い世界 09月12日 03:25自己の反省 09月12日 02:16ぼくを仕合わせにする行為 10月04日 15:41愛とは 10月04日 22:14最後まで信じる者は救われる 10月12日 23:07”小休止 音つくりの天才 きみとぼくのこと” 10月13日 03:01きみへの感嘆と尊敬の一貫した実感 10月21日 01:35超越であり解脱であるきみのピアノ 10月21日 23:26私記 10月22日 18:52*知と美 10月26日 18:56”きみの本質への信仰” '19年10月28日 01:20”真摯 慈悲 「神の神経」の手” '15'21 03月16日2018年11月25日(日) 03時00分31秒ぼくには、きみの本質を信仰する気持がある。きみは きみの演奏によって自分の魂を直接に証して、経験させてくれるから。 この信仰は、きみの経験させてくれる内的世界の美の実感に支えられた、きみへの純粋な魂的な愛であり、そしてこの魂的愛を核とした、きみの存在全体への包括的愛です。そしてぼくがこの、きみへの、証された美の実感とひとつである愛を信仰としてもつのは、或る、といっても痛切に実感する、親しさと懐かしさがひとつであるような憧れとしてなのです。そこでは、きみにおいてぼくはぼく自身を根源的にとり戻し、同時に、きみの魂とも融合しています。これらはすべてひとつのことなのです。このひとを畏れよ 10月28日 02:132015.9.3 *演奏できみがどれだけ苦心して集中しているか!なのに聴く側がどれほど散漫で注意力が欠けているか、きみが実際に表現しているものがどれだけ深い心情の世界か、そういうことをきみを聴きながら感知するたびにぼくはいつも愕然とします。ぼくはおもうのだけど ほとんどの人はね、いま、きみの居るような世界に住んでいないのです。そうぼくはおもっています。やかましい騒音音楽を聞いている人々が きみの表している世界に沈めるとはぼくはおもっていないのです。きみもやはり、「文化は少数者がつくる」という言葉をぼくに噛みしめさせるひとなのです。純粋さが いかに深い奥のある世界か、きみがぼくに感知させてくれるのはこのことであり、ぼくはきみの「深い純粋さ」の前に頭を垂れます。 きみの演奏で、あふれるような優しさの泉から注意深い知性の配慮努力を通して生みだされないようなものはひとつもありません・・・ きみは、平和に貢献するというよりも、平和が何かをおしえてくれる ひとなのですぼくはもうこの欄に純粋なものしか入れずにきみとだけ語りたい、ぼくを養ってくれた世界を。それがもうずいぶんまえからのぼくの意思でしたね…小休止 語り合い きみの魅力は本物 '19年10月29日 01:33 深い静謐から生まれてくる音楽 10月30日 01:56””album cinquième” この時代のなかでの恩寵”11月01日 02:00心を一つに 11月03日 17:31きみの微笑みの明るい深さ 11月09日 21:11*愛とは、ほかを捨てることを命じる唯一性である'20. 02月23日 00:08*ぼくの最深の思想 03月05日 23:10祈りと音楽 03月09日 00:07路の生んだ表情 03月10日 02:17きみはぼくのなかという安心感 06月23日 23:58満足さえ超えさせるきみの完璧な演奏 09月18日 22:46✙不思議な偶然09月30日 23:42小休止の会話 10月07日 03:45 正統的でありながら個性的10月13日 23:41*”私記”10月22日 01:45✙記録 意識の塵と、純粋ということ 10月25日(日) 17:52きみへ11月15日 23:22かけがえのない存在であること11月17日 23:42完璧とはどういうことかを知らせてくれるきみの演奏(魂の夢と覚醒) 11月19日 22:52””「私」と「私の身体」” マルセルの反省意識”12月01日 14:14✙ぼくときみとは最も理想的な形で結びついている12月01日 21:19”きみのピアノだけが” '2012月13日 03:33 きみの多様な表情の不思議さ 12月13日 17:06小休止 12月15日 01:50人間の最大の幸福は 精神的にしていられるということ12月16日 00:16遠いまなざし 愛という深淵 愛の修道院の路で 12月16日 16:55神がどういうものかをわれわれは知らないように、愛がどういうものかをわれわれは知らない。 ただ愛を生きるのである。いっさいの愛論からの独立12月22日 00:46祈りという充実 12月20日 02:46””おなじ人間だから …””愛の修道院の路で '2101月05日 16:03きみについて02月16日 02:22きみのこと03月08日 22:18*公開に向かない秘密の真面目な会話03月09日 01:18 ぼくにとって大事な私記 03月14日 02:46きみとぼくは期待をうらぎらない04月01日 01:51きみの「BEST+3」04月05日 19:19私記04月06日 23:17”信仰日課”04月07日 15:10きみはぼくの護り神 04月09日 14:39ふしぎだなあ …05月02日 13:50portrait 05月31日 15:08覚え書き06月04日 02:52まず自分が悔い改めること 06月04日 22:01高雅 06月22日23:38表情に内容が溢れている 08月08日 01:53アルバム「君に逢いたくなったら」讃 08月31日 22:57きみの人間性を尊敬しきっている 09月02日 23:11*生活に追われる生ではなく魂の生を 愛の修道院の路で '22 02月14日 01:25自己を諦めない者にしか未来も永遠も神もない02月16日 03:10*自己肯定感をあたえてくれるきみの演奏03月28日 22:58⁂私語 04月09日 23:10⁂私事記録04月25日 22:58遠くて近い神10月27日 01:05
言葉の創化力というだけでは充分ではない。宇宙の創化力と共同して十全である。この意味でこの世は言葉によって成ったのである。
他者についてぼくが改める点: 他者は、このひとがと思うような人間が単純な嫉妬によって中傷をするから、殆んど信用しないのが賢明(しかし心が綺麗な者は最初は用心しないから、用心するふりだけでも学べ)、という態度に改める。これは経験の堆積から今では容易。自分について改めるべき点: 出会う事物まで過度に用心しないで、じぶんを喜ばせることと出会うことが多いのだという構えだけでも学ぶ、という態度に改める。これは殆んど180度の改めで、注意しつつ今から習得する。ここでも、自然な用心深さがギャップを緩和するだろう。この二つの態度改めは 対照的にみえるが そうでもない。
古川正樹 訳ガブリエル・マルセル作 戯曲『壊れた世界』(1933)収録(p.255)「存在論的神秘の立場と具体的アプローチ」1 〈1. マルセイユの哲学協会で一九三三年一月二十一日に為された講演〉 この省察のために私が選んだ題目は、門外漢の者たちをたじろがせること(この効果を私は自分に隠さない)に適していると同時に、哲学者たちに真っ向からぶつかることに適している。事実、後者、哲学者たちというものは、慣習として、神秘というものを、一方では神学者たちに任せており、他方では、思想を通俗化する人々に任せている。つまり、神秘神学やオカルティズムの人々に、メーテルリンクのような人々に任せているのである。その上、明らかなことに、「存在論的」という語は、観念論に触れて自己形成した哲学者たちの目には、信用が失墜しており、哲学者でない人々にとっては、更に曖昧な意味しか呈さないのである。スコラ哲学の教義が染み込んだ思索者たちについて言えば、「存在論的」という語は彼らにとっては慣れ親しんだ響きを発するものであるが、他方で彼らは、ほとんど常に、神秘の名を、啓示されたものとしての諸神秘のために保持しているのである。 ゆえに私は、私がどうしてもぶつかることになる諸々の抵抗と、私が受けることになる諸々の非難とを、充分に意識している。それでも私は言わねばならないのであるが、問題となる術語用法は、私が描写することになる諸々の洞察の総体にとって、唯一妥当なものであると私には思われるのである。この諸洞察の重要性は、私の目には中心的なものである。もしここに、私の『形而上学日記』の読者が幾名かおられるなら、その方々は、私が提起しようとする基本的な諸命題が、哲学と宗教の全的改革の到達点であることを確認するのに、何の苦労も要らないであろう。この改革は『日記』を貫いて続けられているものなのである。(p.256)
劇は遅きに失したとはいえ、急に魂の深淵を開示する。
人気記事ランクイン記事一覧 五・三十一、六・一 661位 ガブリエル・マルセル 哲学論考 「存在論的神秘の立場と具体的アプローチ」 661位 高田博厚とぼくの人生 661位 ””神”” 661位 ・”〈愛〉と〈詩・芸術〉の人間存在論” ”マルセルは何故戯曲を書くのか” 啓示である愛と芸術 661位 ・ぼくのための特節(満) 661位四日 高田博厚とぼくの人生 781位 他者について改める・自己について改める 781位 我慢できる者を舐めるな 781位 ヨハネ福音書 第一章 781位 *愛の信仰 日毎の観想 781位
2026年03月21日(土) 01時29分45秒テーマ:自分に向って初再呈示 高田さんの神探求は骨太なデカルト的観想主義なのだ。キルケゴールの決断主義とは違う。2024年04月27日(土) 22時55分22秒テーマ:自分に向ってたとえば、「神を求めて」という題で書くことは出来そうだが、その前に自己の全量を求めることがあるべきだと思うぼくは、この題で書くことはしないだろう。それに、神を論じること自体が正当だと思うには、ぼくはあまりにも、沈黙における芸術的創造を通して神の覚知へ向かうという高田さんの姿勢に馴染みすぎている。この欄でも、ことさら神について書いたことはない。それはあまりにもぼくの生と一つだからである。ぼくが書きたいことを書いていれば、それは分かるひとには分かる。そういうものとしてしか神は感得されない。ぼくのいっさいは、神の正しい感得のために捧げられている。しかしあまり神を語らないのもよくないと気づいた。なぜぼくが神を求めるのか。それは高田さんが神を求めるからだ。高田さんも、なぜ人間は神を求めるのか、という問いとともに思索し生きた。ルオーは神への信仰に生きつつ問い、創造した。高田さんの奥様は、ぼくとの電話で、「神はいます」と伝えられた。だからぼくは神を信じている。日本にいるからといって、神を語ることを控えてはならない。それはたとえば教義としての宗派を受け入れることではないのだ。
誠実な生が復讐する 07月02日 2023まず読む 06月25日 23:32ぼくの勝ちの原則 06月24日 15:20ぼくは全身麻酔で二度死んだ経験があると言える 06月20日哲学者であれ は いまやぼくを想起させる呪文である 06月18日(日) 17時”ぼくと高田博厚” 「美と愛と信仰」の「美」は高田博厚であり これのみがぼくの修道院になりうる 2023年05月14日(日) 03時29分32秒記録 時間のなかの自己同一性は、思想と判断そして対話の基盤となる「開けた内面性」である2023年05月04日(木) 18時03分記録 愛することができることほど大きな富はない2023年04月13日(木) 20時記録 愛は美の存在根拠、美は愛の認識根拠 マルセルのことば2023年04月27日(木) 02時22分シャルトルーズ修道院に倣いて05月08日 02:50僕の美と愛と信仰にふさわしい生活をしよう03月29日 19:19覚悟 04月04日 22:07純粋自己の三路 無は覚悟であり決断である 04月04日 13:38・純粋自己を生きるための合法的な方法としての無の境地2023年04月04日 01時・完全な自己防御壁は自己反省それ自体である04月02日 22:38・反省 関わらせない ※ 04月02日 14:33”望みと志のちがい”03月20日 01:00復讐するは我にあり03月26日 23:37あのときああしていれば…03月26日 15:10戦友 02月02日 00:07 二つの愚02月05日 02:41決着をつけてやるという決意をもつ資格 01月29日 13:35生きてくれていたらいいのになあと思える人間はなんとすくないことか 2023年02月04日(土) 16:38本質的に意味不明な「神の怒り」としての集合容喙現象 02月04日17:58ボリス・ゴドゥノフ 善と恐怖力02月03日 22:20・記録 愛と魂の哲学 01月28日 23:47・記録 冠雪 詩と芸術 01月26日 19:02・愛と詩・芸術の人間存在論 覚書 01月27日 やりこめたいという思いには あさましい甘えがある 01月27日人間でありかつ哲学者であること 01月25日 17:03詩と芸術 高田思想とノヴァーリスの「青い花」 (詩者) 01月23日※[”アランの言葉 片山敏彦の証言 「別の世界」に窓を開く孤独な純粋情感の世界”] 2023年01月03日01時58分45秒哲学と芸術 '22. 12月25日 16:07 本来的善行 12月30日 21:57学問する態度への疑問 12月25日 22:45哲学的反省は根源への潜心を前提する(マルセルとヤスパース) 戯曲的世界と時空論 12月27日(火) 18時35分正しい人間と正しくない人間の振り分け 12月27日 19:47美は人間と人間を結びつける12月27日 23:46想像力の浄化力12月28日 18:00意志力は哲学的である12月29日 14:11ぼくも迷子の文化系天使 天使の原理はこの世の者の原理とは違う 12月26日(月) 06時17分*自分の路を信じてみて、試みる12月12日 16:52*”「ママン」の話 「ふだんの生活」と「本当の願いごと」”10月31日___魂の扱い方 '20.11.14 羽田裕美 'ZARD My Baby Grand~'20 10月31日 02:57演奏記録 '18 11月10日 02:22(複写)裕美さん'2103月06日 01:52 Hiromi Haneda - Anata o Kanjiteitai ~ZARD Piano'20 10月18日 17:11Hiromi Haneda - Anata wo Kanjite Itai ZARD Piano 05月06日 01:58これだけ懸命に力を籠めているのが強い印象の裕美ちゃんの演奏…'2104月11日 16:55vie10月05日 16:22___*訓自 愚の骨頂 11月29日 21:01 *研究 12月05日なぜ懺悔するか ぼくはどんな人間もおそれない 聖金曜日の神11月13日(日) 01時マルロー讃 勉強することが僕となること 10月25日 00:00言い返さなかった後悔をもつのは、位の高い者の宿命である10月28日(金) 02時22分全世界が一つであるのなら… 10月21日 20:51 少数派ほど真実を言うようになっている現在10月22日 21:25ひとを批判する人間は、じぶんがもっと批判されるべき人間である10月16日 10:38平衡を保てない良心性は依存性の一種である10月16日 02:14とらわれない人間ヤスパース10月14日 19:19ぼくは孤独な認識において相手を情けなく思う 2022年10月03日”***” 魂は美と愛と信仰である 2022年09月26日(月) 01時41分22秒[ぼくの住むのは純粋知性空間である]07月24日 01:50⁂何の瞬間のために生きているのか07月05日 23:50兵士のつもりで日々生きる07月02日 02:21音楽への態度は人間への態度06月13日 23:41失うのは人生であり人間である06月13日 06:15音楽は生命だ 05月28日 22:10 ぼくと高田博厚06月13日 02:19光を通す穿孔 05月28日祈る 愛の修道院の現実性 '22.05月10日 寛容と寛大05月28日⁂人間はみな少しずつ狂っていると思うこと05月10日 02:30栄誉あれ 05月06日 00:15きみとぼくと先生 04月30日 21:46 人間は、雄大さ・偉大さを忘れてはならない哲学のみでは人間忘却 05月01日 23:20⁂意識水準を高める行為 04月27日 14:15⁂”真理 と 意識の罠”04月09日 15:30 (ぼくの思想の根幹)⁂安全地帯を自分の意識でつくる06月05日 04:26*思い出した! 03月22日 ⁂悪魔のやり方 03月19日 私記 03月16日 01翻訳は創造03月15日 20:03⁂下位の者と気安く口を利くと復讐が来る03月15日 21:56⁂誇りは怒りを通して信仰へ導く03月14日 05:41⁂ひとつの詩 02月20日 23:57 ぼくの二重性02月22日 23:22自己を諦めない者にしか未来も永遠も神もない22年02月16日生きるための覚書 02月16日 00:50 じぶんにあたえることば03月02日 01:21 ⁂見いだした簡潔な言葉03月08日 03:50ヒュペーリオン的問題 愛は欠乏ではない 02月10日 02:21愛は離れていてもできる02月09日 22:30⁂人間は自分にのみ義務を負っている ぼくの目覚め 愛の定義 02月06日(日) 01時 ⁂ぼくの幸運02月08日肯定するものがないならば否定は意味が無い じぶんが否定される種を蒔くな '22年02月13日(日) 23時25分⁂人間は教養がすべて02月05日⁂幻滅の整理 02月04日 22:50⁂経験の把捉転換02月08日17:41⁂語るに落ちる02月14日22:52 パリ第IV大学博士証写し 2021年02月20日 21時日課と夢02月07日 生きて死ね。死んで生きるな02月07日永遠と青春 1月08日 いまがあるためには 2月1日 疲れる必要はない 1月22日人間は見かけで欺く 1月21日自己生成にとっての、証明されない貢献可能性 1月20日殴るじぶんを肯定する 1月21日関東は鬼気狂いの圏1月31日日本人に特有な専制的共感力 高田博厚主義の提唱 2月1日知らないこと やらないこと も 真剣な実存的決断である 1月21日真の思慮と改悛 人間関係における甘えの紛糾の克服に必要な孤独と覚悟 01月08日懺悔は神とともにあるため 人間関係の挫折という限界状況 01月06日「誠実さ」と「したたかさ」が 自由の両翼01月05日 23:58高田博厚を超える 1月5日 01おおきなことを気づいた 1月5日ぼくは生まれ変わった1月02日01完璧なことを心掛けない1月02日15ぼくは、幸福な者の味方である01月01日 18:58他から強いられた、栄光への欲求'22. 01月01日 02:22常識的なこと 信仰というもの12月31日 19:20閑暇 自己を洗う時 12月30日 23:17仇 12月30日 17:52西欧精神の、日本における無縁さ 12月30日 02:15怒りの感情 世のなかのこと 12月29日 12:43・人間の尊厳の根拠である、「自然」と「神」への関係性(照応性)'2201月04日 04時08___信じられるのならそれだけのものがある12月10日 14:17他人というのは魔物だね(ぼくに触れる機会のあった者はそれだけで幸福者だ)12月27日 13:55⁂真のエリート意識 ”自分の世界と使命を感じること”12月13日⁂積極的精神へ戻る12月09日 03:33⁂自我の根源的な強さ 11月25日 22:03⁂政治家が徹底的に失った信頼・尊敬11月26日 02:43 政治と人間性 12月13日 03:33 怨念の火は無くならない11月24日 23:46 ぼくにおいては、不愉快は必ず報われる11月30日 13:39自分の本を大事にしよう11月09日 21:22※「自分に向って」の(存在論的)意味12月07日 04:15ぼくの神観 11月21日 03:30すべてはぼくの本質からの必然である11月17日 10:20完璧な人間の欠陥への気づき11月08日 16:07ぼくの意識転回 11月06日 23:41ぼくの使命の一表現11月05日 00:10怒りは愛の双生児である11月05日 03:01戒 10月27日 22:08 覚え記10月31日 15:08ふたつの必然(運命と摂理)10月04日 22:42✙勝義としての真理の本10月02日 17:14✙高貴な人間にしか用はない10月01日 01:11大事なものは大事にしないといけない09月10日 19:56神にかえる 09月10日 03:13”マルローの言葉(パンテオン写真)”08月15日 23:43心の記録08月17日 17:17昨夜の神託の記録08月23日 13:50《「自然」と「人間」との関連における極限観念が「神」である》(高田博厚) 2021年07月17日 高田博厚 芸術論《「自然」と「人間」との関連における極限観念が「神」、すなわち「人間」の本源的な自然状態における、「自我」の投影が「神」であり、「神」は「人間」とともに「存在」するものなのです。》いまのぼくの主題である「自然」と「神」について明確な言表の一つといえるだろう。 2020年03月19日<img alt="" data-amb-layout="fill-width" data-entry-id="12686940677" data-image-id="14730416277" data-image-order="1" height="736" loading="eager" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200319/15/kfsrmw/00/f3/j/o0477083614730416277.jpg?caw=800" width="420" class="PhotoSwipeImage">高田博厚「音楽とともに」(1967-1968) 著作集III 392頁 感覚の直接表現だけでは芸術とならない。「魂」はもっと奥にあり、そこに「思想」がある。「芸術」の根はここにある。 自我が自我となること。 やはりそういうことであったか。 《とくに大戦後はこの人間存在は宙に浮いてしまい、人間意識そのものまでが機械に代えられて行きます。そしてこの「人間喪失」の意味は、「自分」が自分でなくなる。自分の中に「自分」と接触し、直かに触れ、独り対独りで対談する場を失うとの意味です。》《「自然」と「人間」との関連における極限観念が「神」、すなわち「人間」の本源的な自然状態における、「自我」の投影が「神」であり、「神」は「人間」とともに「存在」するものなのです。》同392-393頁物理的・生物学的自然ではない本源的自然における人間自我にしてはじめて「神」に面する。___「みなが真理に目覚めますように」と祈る 08月17日 12:31César Franck, Prélude Fugue et Variation op.182020年04月30日2021年+与人物争ふ事は可負居事 07月27日 16:02男としての信 07月26日 01:23強いられた孤独07月26日 16:51思う(想う)ゆえに望む07月26日 17:22”ガダルカナル”07月26日 17:52人間は本物であるほど複雑である07月26日 19:01想定07月26日 21:35”*読書恐怖と闘って勝利する”07月20日 12:30+自分に忠実であったら一生孤独であってよい07月18日 02:20きみは神のところに居るのだから、ぼくがきみを愛するのは神を愛するのと変わらない '21 07月14日17:09裕美ちゃんを大事にするのは ぼくの宗教なのだ07月09日 17:35《「自然」と「人間」との関連における極限観念が「神」である》(高田博厚) 07月17日✙仕事はいつも独り06月11日 15:50___怒りは、じぶんを侮辱した者らを粉砕して巨大化する意志である2022年03月06日(日) 01時回復されない名誉は無く、復讐されない侮辱は無い07月09日 19:52侮辱罪が成立する言動についてかんがえよう 甘えは 神の意識が無い証拠 07月08日 01:22覚記(ぼくの人生に 馬鹿が出て来る幕は無い)07月05日 21:50自己信頼のために07月04日 01:47貴族になるべきである07月03日 23:33人生の基本 06月28日 13:31 ぼくの怠慢 06月30日 01:11魂主義の柔術 侮りに屈しない自尊心と、相手を侮らない気構え06月27日 00:22良いことが起こったら更に慎重に沈黙して歩め06月21日 20:41じぶんを警戒する06月29日 23:05自分は人間交流をうまくできないと思っている強み 06月13日 02:32 独白証言06月11日 19:26価値観の撃滅戦宣言06月10日 21:14ぼくの人間経験と初心 06月08日 21:48⁂転回 05月11日 12:50運命力で生きる 05月12日 21:10恣意的と思われる言動すら 根源からのものである、という思い05月18日 02:50善人に警戒し、みずからも善人になろうとするな 05月12日 22:35稜線の路 05月11日 00:07✙✙✙”根源 ぼくの最大の哲学的問題”05月20日 14:11意図せざる自画像 ”素描記録” '1706月27日 21:41⁂私記 04月26日 01:15 *審判の逆転04月16日 18:15個々の人間を相手にしない 04月26日 21:15因果応報的に平等な人間関係を捨て去る04月16日 01:21無思慮無分別において現われる真理 ・ 先生という呼称は思考操作であり、ぼくこそ先生である04月17日 00:14✙”遠いまなざし 愛という深淵” 愛の修道院の路で04月13日 15:32”信仰日課”04月07日 15:10感情反応しているじぶんを捨て去る '2104月05日 16:33*”他を評価する者は「最後の審判」を受ける” 魂の純粋血統 03月28日 01:29最善の事と行為、という内実肯定04月03日 01:52攻めの意欲03月27日 03:57***ぼくの知性(知力)について03月12日 20:35***””329 ぼくの本性””03月19日 18:07自分が深化すれば復讐は成る03月13日 18:22ぼくがいちばんいい03月14日 18:14学者・学問の定義 詩と魂の義務 ***03月09日 22:03ぼくは、人間評価においてもっとじぶんの感情の声を聞いたほうがよい03月18日 23:26理由はただぼくの感情であると言えるように03月19日 03:31***自分への訓 単一で純一であること03月05日 15:02試行錯誤の限界からの飛躍 真の融通無碍 教養・品格の自己主張03月07日 01:45自分の世界を護りとおす 俗物にはなれない自分に信頼する 03月07日 23:51折り合いをつける段階03月03日 01:33手段であるよりも目的である継続03月16日 17:31欄の初心 ”629 集合的容喙現象”03月02日 03:21自省 02月23日 01:17愛をいだいた魂は護らなければならない02月22日 23:45伝統とは 古川正樹学の成立 02月27日 21:22「夜明け前がいちばん暗い」 未生前の時代の文化を感じることのできる不思議さ 知性ある迷い 幸福に 02月28日 02:00他を評価する者は「最後の審判」を受ける02月28日 03:14パリ第IV大学博士証写し 02月20日 21:30✙「最後の審判」という想念 02月21日 01:55 自訓 ぼくの名誉のために、二重の軽蔑を相手に加える02月21日 17:55品格のある人間は数えるほどしかいない02月19日 20:16*驕る者は関係をもてない 驕りの罪02月18日 19:53***ぼくの思うことに値引きは要らない02月18日 18:57人生の、定立・反定立、そして再定立 安らぎの根拠 02月16日 23:14””*「人間」の条件” 「砦」を築くこと”高田さんへの敬意02月14日 23:00アランの訓02月23日 18:19※ 個人主義と自己中心主義とは、全く異なる02月11日 04:16”じぶんは自分の臨床医”02月10日 16:33自分への訓02月07日 21:15精神的次元での無抵抗主義による抵抗 02月07日 22:16じぶんの根本情態を「楽しい」という自足状態にじぶんで設定すること 01月23日 15:22百年に一度の人物 01月11日 17:35 理性とは、拒否する力である01月09日 20:41・美に魅入られるという努力 '2101月06日 23:46✚ぼくの路 ””不安と安心””12月19日 01:00✚初心の啓示 ”Suite シチリア タオルミーナ・エトナ山・神殿 ” '14.12.6 12月07日 02:01ぼくの蓄積させている鬱憤を書くことすら、きみの前で恥ずかしく思う 12月03日 23:14私記12月22日 17:56甲冑の形成12月22日 02:58書くことは読書力をつける12月23日 00:20自訓 必然な緊張になりきる覚悟12月30日 01:45銀河の曲を探究の主調に 12月29日 23:10侮辱はゆるさない 12月30日 03:08儀式性の改善 '21. 01月02日 02:10寛容は魂への罪である あれもこれも12月17日 21:11・記憶にたいするデカルト的力仕事12月15日 23:5人間の最大の幸福は 精神的にしていられるということ12月16日 0:16「遠いまなざし」 愛という深淵 愛の修道院の路で12月16日 16:55判断は独断である 12月09日 16:25憎むこと 赦すこと 偽善12月09日 02:02人間は優しいだけではいけない12月08日 17:20自分の精神生活ための訓 12月03日 21:41✙””「私」と「私の身体」” マルセルの反省意識”12月01日 14:14✙”想念は命であり記憶である…” '1511月15日 02:38 ここにぼくの中心課題がある 神を賢く知らない者は完結しない11月17日 01:55人間生きていればいろんなことがあるさ10月29日 20:17✙意識の塵10月25日 00:03✙幸福の原理 10月07日 23:52「想像・悟性・意志」の秩序信仰がないなら法則は無意味であり、信仰があれば法則は必要ない魂は「美と愛と信仰」である ”*** 魂と意識 自他の幸福 哲学することの意味” '1710月05日 01:57 ”幼年期の終わり” 08月23日 01:47”ぼくのための格率” 08月22日 18:45人間は理屈ではなく感情で動く 07月11日 21:02*ぼくの本質事に責任を負うために、わずらわしい人間関係の選択は神にゆだねる 05月16日 02:02反省した自分を持続させることがすべてである 04月14日 01:00✙✙✙ぼくの観察者はぼくの名誉である 04月07日 23:41✙大事なこと 04月07日 02:23***判断を拒否する術を覚えること 03月17日 23:46 あるがままは最善である 03月17日 16:07 *参照 03月17日 15:46 純粋な人間の真実(非公開) 03月15日 22:21自戒 一人前になる 03月15日 19:30生活 即 休息 02月08日 22:50自由と必然の同一性 ・ 後悔や不安は無根拠な虚妄である 02月07日 01:37・ぼくの仕事は瞑想・思索・自己凝視 01月25日 18:23 ・情操の知性化 ”ぼくの「方法」””健全な情操は、注意する感覚に基づく。情操の秩序が存在する。 01月25日 16:22 充実した孤高 相手を斬るには自分を整えなければならない 01月25日 00:19 自分のあり方をとり戻させる存在論的倫理の音楽 01月24日 00:41美の快の探求と自発的治癒力 01月20日 23:30 参照* 01月20日 23:42日本における高田博厚の偉大さの認識と研究営為の意思 01月13日 01:58小鳥のように弾く 01月06日 17:14 練習参照 II01月08日 15:55練習参照 '20 01月03日 01:58参照 12月10日 03:27落ち着きと安心 12月03日 14:57”愛と怒りの関係 魂の城砦化” 11月30日 13:23参照 11月21日 22:07祈りとはゆだねること 11月19日 18:56他からの否定的作用を全く除去する修業をしている 11月17日 23:23記(自戒) 11月11日 20:03自分の本質への信頼 11月11日 11:06特殊な秀才 11月05日 22:30 腹の立つ者 平静に眺めるのが最高の軽蔑 11月06日 12:37愛の恩寵への妨害にたいする戦い 11月03日 10:00誇り 11月03日 01:31夢のために現実を組み込む意志を持つ 11月02日 22:15 *私記 10月23日 01:39 隠密の精神 10月18日 22:25 ぼくの理想 気の小さな善人を止める 10月17日 15:25 (参照 10月16日 02:27)ぼくの「絶対神」 10月16日 00:57自分を生きるのみならず主張する 10月13日 02:43ぼくの強烈な自負 10月10日 03:40*ぼくの仕事 (森有正の生活意識への還帰) 10月08日 02:38愛すか殺すか 10月06日 22:22参照 10月05日 19:32*””メタモルフォーゼ 776 補筆”” 10月05日 19:17 哲学する心を持て 09月24日 02:00転換 自分に腹が立つ 09月12日 15:57信念 09月07日 17:57 ほんとうの覚悟とは 08月30日 22:17 抗精神病薬の意図的強制によって変質した身体をもつぼくは、人間関係意識をも正しく変じた 08月14日 07:10*自己への寛容と謙遜な自由 08月11日 01:27 魂的で日常的な自分を選ぶ 7月25日 23:57令 07月23日 00:31”378 自著講読4(自分への手紙238)” わずか10年前の自分につながるのは当然 07月13日 15:58 *誠実さの保持 07月10日 18:50外国で博士号を取ったのはそれだけで偉い 06月30日 23:15腰を据えて個人主義を実験する 6月25日懺悔しない者の死罪はあってよい 06月24日 04:10決断 昔の信仰の復活 6月22日 ※徹底した個人主義ゆえの懺悔 6月12日 ぼくの仕事:日々教養を積む 愛の仕事になるような 6月11日*対処の仕方 06月08日 04:07 毎日なにをやっているのか 05月30日 23:50数学的問題としての高田博厚論 05月27日 17:30私記 05月26日 16:45魂の夢想のなかに生きる 05月25日 17:41信じることは生きること 05月23日 14:21ぼくはぼくだ 05月23日 00:09理想の人間は、理想のぼくであり、ぼくの延長である 05月21日 03:30ぼくの死は無い 05月13日 01:37高田博厚 デカルト アラン 05月11日 凡人と、ぼくの偉いところ 05月15日 18:56ぼくという人間は規格品ではない05月10日最近の反省 05月10日 人間を判断する 05月09日 ”180 創造と信仰(自分自身への手紙百六)” 05月08日 11:11怒鳴らない 05月07日 22:51ぼくが勉強するから出来るのだ 04月25日 02:21記録 04月27日 01:29 コメントについて 04月19日 01:05思想ではなく人間 04月22日 20:30異邦 04月20日 19:03私心得 04月12日 21:16 覚悟なくして魂の次元を生きるのは無理 04月09日 03:35 憤懣 03月20日 18:20 理由無く誇りはしない 02月03日 01:31参照* 01月24日 04:07接続統計への疑問01月22日 14:39平静の路 12月31日 22:21思惟は自由にする 12月29日 01:57殺仏殺祖 いわんや人間をや 12月28日 15:33ぼくはどのようにして相手の器を測ってきたか 12月11日 18:15相手の〈道理〉に乗せられない 12月10日 16:20言って正しい者 神の大罪 念の巧智 10月27日 23:21 高度さと未熟さ 志をもつ者の 10月30日 00:03公開していることにおいては同等である 10月16日 21:31この国には根源がない 08月18日 16:09真剣さのないものはだめである 08月17日 19:46人間とは 08月15日 22:48中学時代の先生の話 08月15日 17:23右も左も単純すぎる 08月16日 20:07 日本を良くするには 08月26日 15:00念の力 08月17日 01:38戒 09月27日 00:58”周囲の解放 ” 悪魔との協働 10月04日 15:07怒りの効用 08月19日 21:39「ぼくを理解する力もないくせに」と ぼくは正当に言うべきである08月25日 02:10悪魔より強い敵よりもぼくは強い 06月17日 19:32対処の仕方 08月07日 19:03
自尊の念 信仰の路 04月25日 22:31”*「触知し得るイデー」という思想は、「神」が来る「魂と感覚の照応状態」を思念させるものである” 04月14日01時33分21秒神を必要とする人間 04月13日 19:16*美しいものは否定できない 04月05日 00:20自己愛の真理(業の無い自己愛)03月31日01時23分02秒※イエスの言う毒麦 03月29日 05:31いわゆる感性は何の保証にもならない 天が二物を与えないなら何を選ぶか 03月27日 02:23幽体離脱 03月21日 20:22どんなに嫌がられても孤高をめざす 03月17日 02:57○ 宣言 03月15日 05:00夜の黄泉の世界こそ根源 03月12日 16:08人間ではなく神を相手にせよ 03月11日 22:03ぼくの小さな信仰 03月01日 01:57ぼくについて心得ていてほしいこと 03月09日 02:00デカルトに倣いて 02月20日 00:19祈りは 神を感じる態勢 02月19日 16:18じぶん自身へ 02月12日 23:02・自分らしい神を信頼する 02月11日 02:22・じぶんらしい神を信じるべきである 02月08日 22:52・参照 02月05日 03:03”・記録 時を超える記憶” 公的なものより私的なものを優先するという決断 02月06日 16:38神と人間がこの世での幸福を思わない理由 02月06日 01:22翻訳をつづける 01月31日 23:29自分の神は相当に思念されてきているはずだ 人間の条件としての意識習慣 01月31日 19:19参照 '26 01月30日 03:32愛を放すな 01月27日 00:19ぼくの人生における横軸と縦軸 01月24日 19:02創造者に騙されるな 01月14日 20:12ぼくの根本常態:常に高田さんと共にいる 01月14日 03:51・高田博厚を思索し書くという課題 高田博厚と芸術 12月20日 03:21・高田博厚さんのルオー論2025年12月17日(水) 01時(年を越して評価が高い)展望 2025年12月13日(土)記録 あの世を想う意味 二つの自訓(デカルト的宣言)12月10日 17:48現在における辻邦生さんとの再会 11月30日 05:14美学と形而上学 11月28日 03:22二つの自訓 12月08日 18:06人間的だから正しいというのは間違いである 12月21日 19:27奇蹟 11月18日 01:392025 11 23 11月23日 17:14ほんとうのじぶんの境位 11月17日 03:57生活の基本:小説をよむ 11月13日 15:26高田博厚への忠実 「考えることと神との間にあるであろうある絶対の関係を私達は既に感じている」2025年06月27日”高田さんの日” 2025年04月19日高田博厚「意識の危機」『人間を本当に愛している者は非常に少ない』「自我の神」の前で09月19日 02:25ぼくの高田博厚本の本質 啓蒙と拡散の必要自著講読 10月09日 03:17大格率 高田本研究を意識して柱にする 10月12日 17:10魂の神探求と、それを邪魔する創造主と傀儡人間 11月17日 18:50抗ヒポコンデリーの態度 11月13日 02:10信仰 謝罪のあり方 11月11日 01:15息をしているかぎりは無罪放免で 11月09日 22:58信 仰 11月07日 02:06・生の秘訣 10月27日 11:56・立っているときの世界観だけに固まらない形而上的構え 10月26日 03:05・過去の経験から今のぼくの立ち位置まで 10月24日 21:15・ながら は良くない 10月23日 20:01参照 形而上的アンティミスム序説 25年05月13日02時短気を想定する 10月09日 00:09自己格率: 馬鹿を分析する文章を書かない 10月11日 05:23先ずは じぶんのための転換覚記 10月04日 21:31○神への信仰となるほど強い神への不信 09月29日 02:32◎三つの課題 09月24日 03:03人間のあり方25年02月19日魂の覚書 09月18日 18:45過去の固定性を変える 09月18日 12:19常態である過誤を恐れない 09月12日 19:10触知しうるような観念は現実のものとなる・侮辱と栄光への信念について08月15日 04:48意志と生 08月11日 22:46小さな水晶玉のような自分 08月09日 01:23体に不調を感じるのは自分の義務に集中せず心が怠けている時である 08月07日 01:55じぶんを失わないあり方 07月25日 19:20思念は無から無限大エネルギーを生ず 05月31日 22:38よい人間には神さまだって甘える 05月30日 21:12ぼくの仕事(生)の相手は社会的人間ではなく「もの」としての思想である 05月29日 05:48ひとの良心を突く者はじぶんがもっと大きな悪あるいは問題を抱えている 05月23日 03:27存在と現象 05月22日 21:33良心づき合いはほどほどに 05月21日 23:35*ぼくは何も問題は無い 05月19日 16:32祈ることが出来る限り生きる 05月09日 16:25自由になる寝ころびの法 05月05日 02:14密度に感動する 05月04日 14:15じぶんの想起:ぼくは冷徹な人間だ 05月02日 19:22一つの事実と一つの望み 04月26日 00:37ぼくの窮極の信仰の言葉04月24日 17:52常に愛することは祈ること 愛の修道士の路 04月11日 00:05記録 ぼくの美 愛 信仰 神と人間 04月09日 19:41信仰とは今此処での自己確信の意識 04月01日 02:22愛の言葉しか信じないのが信仰であり愛である03月31日 04:14*なぜ仕事し勉強し作業するか 精神の体操 02月27日 00:02人生の目標 02月24日 02:07愛の力を経験するために 02月21日 02:14人間のあり方 02月19日 04:11真に自信のある者とは 02月08日 19:08*どうしてこんなにすっきりと離れたのだろう 愛に拠らない人間関係全体を包括的に乗り越える01月27日 02:22信仰とは 世間の人間を去って神に赴くこと01月25日 02:19路への契機 01月23日 00:50ぼくの生得的なデカルト的プライド01月17日 22:17ぼくは薄情な人間だ デカルト的自己肯定の回復2025年01月15日(水) 05時21分57秒人のことを言える者は一人もいない01月11日 02:20美の知覚の不充分さを愛への集中によって乗り越える7日 20:14僕の美愛信仰01月07日 14:31愛に関心して生きる'25 01月06日 16:45壊れた世界 様々な精神波 '2501月05日 00:08神とともにある一年でありますように 12月31日 08:14あさましさ12月24日 22:17ぼくが関心を持てないことが既に判定12月24日 19:51弔いの慈悲12月24日 03:10判定である刀 人間は高貴な自分の世界を護るために生きている 12月22日屈辱は晴らされる12月21日孤独の無理の必然 高田博厚 魂の記録12月20日宇宙的泰然12月20日大人になる12月09日 22:33一貫したぼくの態度12月07日 自分への純粋な愛が勝つ04日 23:45かっこうをつけるな12月03日 ◎ 02日 23:57 〇01日 19:07”芯の無い日本人・穂の無い西欧人”ぼくの親友観12月1日 2時生死を超える11月30日対象を持つ11月29日倒れた者が勝つ10月24日 23:21なにに祈るのか10月23日記録 人間でないもの 複数の可能性を想像する 半ば動物になる 単なる失敗だと思ったら許せ 10月23日*もともと違う人間09月30日 15:50〇神を受け容れる09月27日 23:58*誰でもじぶんのアウシュビッツを持っている09月16日 02:46*精神の松明イザベル・ルオー像 09月13日 21:22*現代の神話ソラリス09月13日 20:02神への信頼09月01日 01:45〇 信仰と愛が集中してはじめて雑音は消える 07月31日 23:39出られないトンネルは無い07月15日 19:52受け入れられるかぎりは07月16日 22:45なぜ文弱派は文化の本筋であることをやめないか07月16日 01:15百年一日のような初心な愛の実践をやめないことだ07月11日 03:37この世は神さまの作る演劇だと思ってみる07月10日 22:15和解という観念を否定してよい場合と感謝07月04日 16:30「心配」の同義語は「まだ希望が持てる」 演奏や翻訳は解釈という表現行為 07月03日(水) 21時41分14秒じぶんに納得のゆくことをしていればよい07月03日 01:45〇私記06月29日 16:33すべては神が為すと思うこと06月28日 21:17※ 他にも言ってやりたい訓 06月28日 14:45※ 忘れたい記憶を忘れるために06月27日 16:39※ 演奏や翻訳は、解釈という表現行為である06月27日 16:23※ 裕美ちゃんの世界を尊敬する06月25日 22:57「感謝」は依存執着ではなく自由独立である06月08日 23:52伝わって来る思い 05月29日 22:20意志は欠乏を補うべく発動される | 〈悪〉には〈からくり〉があるのか裏付けられたと思われる絶対的不信と、だからこその絶対的信頼05月31日”魂の思想を自分の内的展望になるまで理解する”05月27日”リルケの美しい言葉” 05月26日 01:32じぶんの素な空白のために 選択的時効発動 05月20日 01:00自由とは余裕である 「余裕の哲学」の創出04月09日 01:09本来的自己は常に気づかれる(自分へ)04月05日 03:32「正しい」と「決める」ことが出来るぼくの判断04月03日 01:55※私話 03月21日 23:10自戒 じぶんだけは曇りのないように03月19日 23:22覚書 連絡させるものが無い場合…03月16日 16:30母の誕生日 03月16日 19:00自分を再び見いだす力03月17日 02:32強化される 純粋自我への信仰 03月12日秘語 03月04日 23:25じぶんの負けをじぶんの内で認めている相手には 殊更に不要な辛口を人間は利くものらしい 03月01日19時自分を整える 03月01日 12:58美と品格への意識はぼくにとって無条件でその他より絶対的に優先する2024年02月25日03時09分〇目醒め02月06日 22:16*瞑想 01月26日 19:55自尊心の強い人間に罰は存在しない01月29日 11:57実存と光明 II01月20日 19:46じぶんの訓01月20日 18:22仕事しさえすればよい「高田博厚」01月14日 23:23じぶんの存在のための覚書01月12日 22:52訓 '24. 01月09日 23:15*創造することが生きることになる23. 12月23日 23:25創造の精神 「遠野」にちなんで12月25日 23:50信仰とは自分の核心に沿うこと 修道士の路 愛の修道士の路 23. 12月10日 00:23*日本的な愛を卒業しているぼくは 神とともにある愛しか理解できない2023年10月09日22:55:57決意に基づいて神と関わる本心10月10日 14:50*自分へ '23 08月18日 21:41浮ついた事象への執着を無くすには 08月26日 21:11・・・でゆこう 09月21日 15:08___テーマとして見いだした大事で核心的な問題は、意識して繰り返し問い、つまり言表して、展開しなければならない。この言表展開をぼくはやろうと決意した。 すなわち、「〈愛〉と〈詩・芸術〉の人間存在論」 である。 〔〈詩・芸術〉は〈美〉:愛は美の存在根拠、美は愛の認識根拠 ””””(露西亜と仏蘭西) 美と愛について:主題 ””””2023年04月22日(土) 23時33分〕〔人間の本質すなわち存在は、時空にたいする超越性。それを啓示するのが、〈愛と芸術〉あるいは〈愛と美〉である。この二つを相互根拠性(存在根拠・認識根拠)において相即的にとらえることによって、「逸脱した美」と「偽りの愛」を防ぎつつ、人間の存在すなわち本質を探求する。2023.4.29〕最初の覚え書き:〈人間は愛なしでは生きられないのは、人間は時空を超えたものであるから。それを愛と芸術は知らせる〉2023年01月27日(金) 13時43分46秒テーマ:自分に向って人間は愛なしでは生きていられない、とよく言われる。それは、人間が本来、時間・空間を超えた本質を有しているからであり、時空を超えたものへの参与なしには自分の本質と一致しないからである。それを最もよく啓示してくれるのが愛の経験なのだ。最も内面的であるがゆえに外部的なもの(時空)を超えている人間本質、それは主体性と間主体性という両極性において現われる。 愛は本来、時空を超えた形而上的なものである。そしてそれは人間の本質と一致する。ゆえに人間は愛なしには、つまり時空を超えた自らの本質なしには、人間らしく生きていられない。 このこといっさいは、真剣に真面目に受け取められねばならない。 そしてここに詩と芸術の意味がある。愛の、形而上次元の、扉を開くもの、確かめるもの、として、詩と芸術はあるのである。詩と芸術によって人間は人格的な愛に直接に目醒めもするのである。 ゆえに愛と詩・芸術には、人間の存在論が懸っているのだ。””マルセルは何故戯曲を書くのか””2023年03月12日(日) 00時45分25秒テーマ:マルセル ノオト戯曲は、人間の心に寄り添う(あまりに濫用されている言葉だが)訓練と快楽であり、まさに親密性の実現ではないか。親密性とは間主体性が意味するところのものである。ただの二人称関係ではなく、超関係的な境位である。そこには神的なものがある。たとえその描くものが壊れた世界であっても、それを描く行為は間主体性の境位のみから出来るのであり、戯曲の経験そのもののなかにその境位の感得はあるのだ。演劇創作でも、彫刻でも、通常の自我を超出したメタフィジックなもの(それを魂の境位と呼べば、純粋自我でもあるもの)への行為が、芸術行為であるとは言えないだろうか。3.73.23 記録〈愛〉のために時を使うときこそ、じぶんは居るのであって、ほかはすべて自己満足、自己放棄だということは、教育はけっして教えない。〈詩人や芸術家〉は、それを知っている者でなければならないだろう。そのことを思いだすために、週休日はあるのであって、これは深い知恵である。神を思う日というのは、自分の魂を思う日、じぶんの愛するひとに集中する日、ということと同じである。すべての社会的拘束を離れる日。これはすばらしいことである。日本人はまだそのことに充分目醒めていないことが、日本人につよい「甘え」の原因にもなっていると言える。土居健郎の「甘えの構造」は、甘えを否定しているのではなく、人間には自立と甘えのバランスが必要だと言っているのである。このバランスを得ることは、魂の秩序あってはじめてできるのだというのが、ぼくの変わらぬ思いである。このことは、人間の生活におけるメタフィジックな次元の必要に覚醒させるものであり、これが、知性である。3.26彫刻のような孤独な行為も、魂に向かって単なる主体性を超える行為であるかぎり、本質的には間主体的な行為であると言えないだろうか。意図を超えた行為。だから宗教的な、メタフィジックな行為であると高田博厚によっても言われるのだ。「神」と言うにはじぶんの力が足りないゆえに「メタフィジック」と言うと高田博厚は言っている。これは「形而上日記」とじぶんの思索帳を言うマルセルと同じである。自分が自分の魂に行動することは本質的に間主体的な行為であり、ゆえにメタフィジックな、宗教的な行為なのである。マルセルの演劇創作と本質は変わらない。超越者は、俯瞰できないほど多様な形態において自らを啓示する、というヤスパースの言葉を、これに重ねることもできる。 マルセルの間主体性という観念は、メタフィジック一般を広義に示すものと解することができる。ぼくのすきな高田博厚とマルセルをつなぐ一本の糸が見いだされたと感じられるだけでこれほど温かい満たされた気持になれる。 人間行為に関する具体的かつ普遍的な形而上的観点が浮き立ってくるからである。間主体性こそは、美 と 愛 と 信仰 の本質である。__マルセルの言葉より 芸術と愛2023年04月11日 享受においては、媒介するものと媒介されるものとの同一性が存するように思われる(「汝」が「彼」と混ざっているのであり、汝が両者の一つの表現でしかないどころではない)。私は物の記号とではなく物そのものと「交わり」 3〈3. 一九二五年の覚書。— この、交わり[communication]という術語は、もっと後で見るように、全くもって不適切である。〉の状態にあるのであるが、このこと自体によって、物は単に理論的意味での物であることをやめるのである。〔つまり〕物は意味されるものであることをやめるということである。この意味においてこそ、芸術は、愛と同様に、啓示なのであり、芸術は〔神的な〕賜(たまもの)を内包しているのである。(つづく)「形而上的日記」 144頁
*「触知し得るイデー」という思想は、「神」が来る「魂と感覚の照応状態」を思念させるものである 高田博厚における「触知し得るイデー」 06月13日 11:20世界にも地域にもはびこる人為的悪意06月13日 21:14記 書会06月14日 13:01”到達境位(神と本質と愛情)”06月15日 23:50否定的なものによって導かれる06月16日 00:10馬鹿にされるのは賢者の誉れ06月20日 21:45気が晴れるということ06月23日 02:05ぼくが何故サムシング・グレート派に抵抗を覚えるか06月24日 15:51高田博厚への忠実 「考えることと神との間にあるであろうある絶対の関係を私達は既に感じている」高田博厚と芸術 06月27日 19:01非人間的でなく誠実な人間にこそ克服できない試練が〈神〉の与える試練である06月28日 15:21毎日が奇跡07月03日 22:57この世は、悪魔による天使潰しの場なのか07月04日 01:39人間は、じぶんの魂を大事にし過ぎるということはない07月04日 03:23実験者としての創造主07月04日 22:03高田博厚生誕120年記念展ーパリと思索と彫刻ー安曇野市豊科近代美術館 記録動画紹介 高田博厚関係 07月05日 02:03人間関係は何の(神的な)意味も無い。川床のように生きる07月05日 05:17普通の人間関係は、事物を媒介としてしか、正常ではありえない07月06日 04:41孤独は何故必然か07月07日 02:32参照 ローマ教皇の未発表取材を初公開07月07日 05:16参照A07月10日 16:35異常に失礼な多くの日本人07月11日 02:52絶対の自信07月11日 21:39植民地主義者の意識07月14日 03:03[出られないトンネルは無い]07月15日 19:25ヤスパース『哲学』III 第四章「暗号文の解読」307月17日 15:47不思議な僕07月17日 22:32殆どの人間はどうしようもないものであることが関わりの前提07月18日 03:02歴史の〈成立〉07月22日 01:30感謝するところは感謝し、関係としては離れるという決断が必要07月22日 17:58皆、蓋を開ければ人間ぎらい07月23日 00:50ある関係を止めるに際して07月23日 22:57じぶんを失わないあり方 07月25日 19:20”自然と人間との調和としての文化、文化と文明の分裂、の意味”07月26日 02:39”証言「ああいうひとは他にいません」 | 自著の構造 | 「完璧な人」”07月28日 01:17録 07月29日 00:25戯曲翻訳は何故面白いか 08月01日 19:30ガブリエル・マルセル『渇き』訳者解説(記録)08月06日 04:10体に不調を感じるのは自分の義務に集中せず心が怠けている時である 08月07日 01:55小さな水晶玉のような自分 08月09日 01:23意志と生 08月11日 22:46ヤスパースから高田博厚へ高田博厚と芸術 08月12日 20:10「土壌」(高田博厚著作集 I )を読みつつ 高田博厚 芸術論08月13日 22:20触知しうるような観念は現実のものとなる・信念について 08月15日 04:48西欧人にとってのロシア人 08月15日 04:57盆休み 08月16日 01:07参照 アラスカ会談 08月16日 06:50哲学的な永遠の青春 我有化と照応 08月21日 03:35ぼくからきみへ ぼくの独白 08月21日 23:47参照 プーチン大統領の本質発言 08月23日 09:55神経質の自覚のゆえの謙虚 08月23日 23:45辻邦生やガブリエル・マルセル08月24日 22:14神経質から解放された明るい目覚め 08月25日 15:26遂にフランス語検索出来(記録) 08月28日 02:06高田さんの運命 教養は学問より広い高田博厚と芸術 08月28日 15:09神と神経質 08月29日 17:10高田博厚著作集 I 所収「ある青年に答えて」 ぼくの生を円環にする神への信仰 08月30日 12:37ぼくが言う断罪の言葉 08月30日 17:50勇気は控える 08月31日 06:50音楽と言葉 08月31日 13:23病気の我有化ヤスパース ノオト 08月31日 17:17ほんとうに書きたいこと 09月02日 17:08愛のみ存在する 09月04日 17:45学問と教養 09月05日 17:26休んで気づく 09月06日 01:10”繊細 : 強靭と敬虔とを教えるもの” 09月07日 02:05じぶんを反省 09月07日 19:25この世の意味 09月09日 13:50思想とは立ち位置・生きるかたち 09月09日 15:45読書記:高田博厚「ヒューマニズムと力」 09月09日 19:26心得ておくべきことvie 09月09日 21:25実存のための世界脱出の力になっているのは芸術観想(Kunstanschauen)ヤスパース ノオト 09月11日 16:25むしろ鳥たちのほうが人間に関心を寄せて知ろうとしているのだろう 09月11日 17:41常態である過誤を恐れない 09月12日 19:10参照 渡航制限を一部緩和 09月12日 19:25冷徹が鉄則 09月13日 02:52民衆と人間 09月16日 19:11記 フランス語検索 09月17日 15:11過去の固定性を変える 09月18日 12:19魂の覚書 09月18日 18:45高田博厚「意識の危機」『人間を本当に愛している者は非常に少ない』「自我の神」の前で高田博厚と芸術 09月19日 02:25あまえ 振り返って 09月20日 02:35ストレスの掛かる善行は絶対するな 09月20日 13:39参照 石破首相の所信 09月21日 02:23”高田先生御最期の事”高田博厚と芸術 09月21日 16:35利他主義と利己主義 09月22日 01:50”深謝 高田博厚 参照”形而上的アンティミスム 09月23日 14:05三つの課題 09月24日 03:03人間の保証 09月24日 05:31”154 自分自身への手紙九十五(祈り)” 09月25日 22:09参照 タオルミーナ 09月27日 04:03汎用人型ロボットへの危惧 09月28日 23:58”信仰とは今此処での自己確信の意識”について 09月29日 02:10神への信仰となるほど強い神への不信 09月29日 02:32すべてはじぶんで撒いた種 への疑問書斎にて 10月01日 03:14「じぶんが選んだ」ということの意味 10月01日 05:50じぶんの思うように裁けばよい 10月01日 21:06名言と熟慮 訓 10月02日 02:02参照 欧州の危険 10月02日 03:00参照 石破首相の決意 10月02日 03:25神の怒り 訓 10月02日 21:30先ずは じぶんのための転換覚記 10月04日 21:31突然の確信 10月04日 23:45この世は名づける言葉がない 10月05日 02:37言っておきたい人間真理 10月08日 23:38短気を想定する 10月09日 00:09ぼくの高田博厚本の本質 啓蒙と拡散の必要自著講読 10月09日 03:17自己格率: 馬鹿を分析する文章を書かない 10月11日 05:23大格率 高田さん研究を意識的に柱にする自著講読 10月12日 17:10喧嘩についての名言 10月13日 02:11高田本の図式を摑む自著講読 10月14日 02:25高田博厚へ還るための 論文翻訳の中止10月14日 13:22優しい生 10月15日 10:27覚書 予知と創造 10月15日 15:53生と運動 10月15日 16:20ぼくを全的に尊敬してくれる者への感謝 10月16日 01:38六月読書会録 10月16日 17:17真理と優しさ 10月16日 23:46”「人は生まれ変わる」…” 10月17日 22:23人間の二分 10月18日 17:46奇蹟と魂 10月19日 20:35他には勧めない自己訓 10月21日 03:07ながら は良くない 10月23日 20:01過去の経験から今のぼくの立ち位置まで 10月24日 21:15三種の訳をする仕事 10月25日 16:35露西亜の理性と我慢と〈弁証法的〉我有化 10月26日 01:58”ぼくの達した神想観” (じぶんを振り返る再呈示) 10月26日 02:39立っているときの世界観だけに固まらない形而上的構え10月26日 03:05「壊れた世界」における神の問題 10月26日 17:33ぼくの仏語メーヌ・ド・ビラン論文の邦訳 10月27日 01:13ぼくの神と他者の神ではない 10月27日 02:21生の秘訣 10月27日 11:56留学経験 10月28日 00:462025 10 29 に半開した金木犀の蕾 10月29日 14:37ぼくは何のために生きているのか 10月29日 23:102025 10 30 金木犀 半開花 10月30日 13:14悪意 侮蔑 高慢 10月30日 16:12生きるということ 10月30日 17:29岡本太郎との再会 10月30日 23:52絢爛な咲きと香りvie10月31日 17:41いつも訳をやめようと思っている 10月31日 19:00自訓 ぼくも健常者も或る点で同じ11月01日 01:38自分への誠実11月03日 01:23まあ、何か意味があるんだろう11月03日 18:39じぶんのこころ 訓 11月07日 00:23信 仰 11月07日 02:06記憶嵐 11月09日 02:28息をしているかぎりは無罪放免で 11月09日 22:58信仰 謝罪のあり方 11月11日 01:15高田博厚「フランス戦後の思想と行動」11月11日 22:35抗ヒポコンデリーの態度 11月13日 02:10小説をよむ 11月13日 15:26抗して求める 11月15日 22:35自訓 秩序について 11月17日 01:39ほんとうのじぶんの境位 11月17日 03:57魂の神探求と、それを邪魔する創造主と傀儡人間 11月17日 18:50奇蹟 11月18日 01:39許されざる罪 11月18日 02:10ロマネスクは眠りの世界への準備 11月19日 03:57偽ライバル 11月21日 01:56自由な選択の見地から超越的な必然の見地へ 11月21日 03:19「壊れた世界」再出 マルセル『壊れた世界』11月21日 16:14人を恨まないとは 11月22日 14:07「人間の意志を越えたものに人間が支配されている」11月26日 03:05愛を愛たらしめる信頼力 11月27日 02:31美学と形而上学 11月28日 03:22辻邦生さんの思想の復習を始める辻邦生の思想 11月29日 01:02”辻邦生・遺著「薔薇の沈黙 リルケ論の試み」”11月29日 01:47読むことの意味11月29日 20:11現在における辻邦生さんとの再会 11月30日 05:14送信記録 12月03日 23:50あの世の存在は志に生きる人間が正当に自然に欲するものである 12月06日 01:41類と類 12月06日 16:10二つの自訓 12月08日 18:06四回聴きました 12月10日 23:31孤独 と つき合い 12月12日 03:30展望 12月13日 19:21被害者である相手をさらに攻撃するという自己欺瞞 12月14日 14:25高田博厚さんのルオー論 自著講読 12月17日 01:50罰と思えることも罪の無い偶然と同じ 12月18日 03:16・高田博厚を思索し書くという課題高田博厚と芸術 12月20日 03:21人間的だから正しいというのは間違いである 12月21日 19:27神経衰弱を通って真の文化人へ:真の知性の宿命 12月23日 04:23別れる際に判る人格振り返って 12月24日 01:01政治家の条件 デカルト的精神の我有化 12月24日 03:33デカルトの高邁の徳 12月26日 02:17卑劣波動 12月26日 23:50”ぼくの言う「神」”神と創造主 12月27日 02:05人間、この無知なるもの 12月30日 02:45※イエスの言う毒麦 '26 03月29日 05:31自己愛の真理 03月31日 01:23自己愛の真理(業の無い自己愛)03月31日01時23分02秒*美しいものは否定できない 04月05日 00:20神を必要とする人間 04月13日 19:16
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