ポーランドのワルシャワで開催された、第18回ショパン国際ピアノコンクール(公式サイトはこちら)が、終わった。
これまで、ネット配信を聴いて(こちらのサイト)、感想を書いてきた。
とりわけ印象深かったピアニストについて、改めて備忘録的に記載しておきたい。
ちなみに、第18回ショパン国際ピアノコンクールについてのこれまでの記事はこちら。
(第18回ショパン国際ピアノコンクール 予備予選出場者発表)
(第18回ショパン国際ピアノコンクールの予備予選が4月から9月へと延期)
(第18回ショパン国際ピアノコンクール 予備予選免除の出場者発表)
(第18回ショパン国際ピアノコンクールの予備予選が2021年4月から2021年7月へと延期)
Leonora ARMELLINI (Italy, 1992-06-25)
今大会の第5位。
ファツィオリのピアノをからりと、かつずっしりと歌わせる。
J J Jun Li BUI (Canada, 2004-06-10)
今大会の第6位。
17歳三人組の一人で、ダイナミックな表現、優れた技巧、バランス感覚に富むスマートな演奏が特徴。
今大会で初めて知ったピアニストの中では最も気に入った。
Yasuko FURUMI (Japan, 1998-02-05)
3次予選に進出した日本人5人の中の1人。
2018年高松で優勝(こちら)、2019年パデレフスキで第3位(こちら)の実力者。
自然と洗練とが高い次元で融合した演奏で、余計な表現を足さない清廉なショパンに心が洗われるよう。
Alexander GADJIEV (Italy/Slovenia, 1994-12-23)
今大会の第2位受賞の2人の中の1人。
2015年浜松で優勝、2021年シドニーで優勝(こちら)の実力者。
ロマン的だがべたつかずユーモアを忘れない、大人の演奏。
Martín GARCÍA GARCÍA (Spain, 1996-12-03)
今大会の第3位。
異色の存在ともいうべき個性派で、スペインらしい陽気さ、熱さをもつ分厚い音で魅せる。
入賞者8人のうち、私は彼だけは予備予選で早くも「1次予選に進むであろう人」リストから外してしまっていた(その記事はこちら)。
まさか第3位になろうとは…。
Eva GEVORGYAN (Russia/Armenia, 2004-04-15)
今大会のファイナリスト(入選)。
17歳三人組の一人で、華やかなロシアの音とまっすぐな情熱が特徴。
Riko IMAI (Japan, 2001-07-05)
1次予選で選出されなかった日本人から一人選ぶなら彼女か。
いかにも感情を込めましたという演奏ではないのに、その歌にはいつも自然と甘い香りが漂う、天性のショパン弾き。
得意曲のソナタ第3番(その記事はこちら)も聴きたかった。
Su Yeon KIM (South Korea, 1994-06-04)
3次予選で選出されなかった外国人から一人選ぶなら彼女か。
2021年モントリオールで優勝(こちら)の実力者。
韓国らしいというべきか、チョ・ソンジンにも共通するような、さらりとしていて耽美的すぎない、美しい抒情性を持つ。
Aimi KOBAYASHI (Japan, 1995-09-23)
今大会の第4位受賞の2人の中の1人。
また、私の中での個人的な今大会のMVP。
今大会ではたくさんの人が数々の名演を聴かせてくれたが、中でも小林愛実の3次予選での演奏はそのハイライトだと思う。
最後の一音まで息もつけないあの3次は、藤田真央のチャイコフスキー1次(こちら)や、務川慧悟のエリザベートセミファイナル(こちら)と同様、「奇跡の一時間」とでも名付けたい圧巻の演奏だった。
彼女のマズルカop.30は私の中ではマズルカ賞だし、彼女の前奏曲集はその儚く陰鬱な詩情においてチョ・ソンジンやポリーニやアルゲリッチをも超えている。
ファイナルの協奏曲も見事で、機械的なパッセージにさえ溢れんばかりの甘美な哀しみを湛えており、こんな音は、往年の巨匠アルフレッド・コルトーを措いて私は聴いたことがない。
ルバート(テンポの揺らし)も絶妙で、内田光子が「コルトーほどルバートの何たるかを知っていた人はいない」というようなことを言ったそうだが、同じことが小林愛実にも言えるのではないか。
協奏曲第1楽章の有名な副主題、あるいは1次のノクターン、彼女のこれらの蠱惑的な演奏を聴くと、そのように思えてならない。
Jakub KUSZLIK (Poland, 1996-12-23)
今大会の第4位受賞の2人の中の1人。
2016年パデレフスキで第2位の実力者。
ポーランドらしい温かみのある音を持つが、その音楽は素朴どころか高い技術に基づく冷静なもので、下手に感情を込めることをしない。
Hyuk LEE (South Korea, 2000-01-04)
今大会のファイナリスト(入選)。
2016年パデレフスキで優勝、2018年浜松で第3位(こちら)の実力者。
直情的なロマン性と、くっきりとした音のあかるさ・明瞭さとを共存させた演奏をする。
Bruce (Xiaoyu) LIU (Canada, 1997-05-08)
今大会の優勝者。
2016年仙台で第4位の実力者。
洗練され切ったタッチによる、愉悦感あふれる演奏をする。
特に今回、1次はスケルツォ第4番、2次はアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、3次はラ・チ・ダレム変奏曲、ファイナルは協奏曲第1番終楽章と、各予選の最後を彼得意の明るく溌剌とした曲で締めたのが奏功したように思う(聴衆の反応も良かった)。
ファツィオリの明るい音色で彼の細身の音に華を添えたのも好印象。
ルービンシュタイン(こちら)やチャイコフスキー(こちら)に出場するも入賞に至らなかった彼が今回優勝したのは、もちろん成長もあるだろうが、こうした作戦勝ちの部分も大きいのではないか。
周到な準備や計画の賜だろう。
Mayaka NAKAGAWA (Japan, 1993-12-29)
(予備)
予備予選で選出されなかった日本人から一人選ぶなら彼女か。
ショパンが敬愛したバッハやモーツァルト、その古典的なフォルムを大切にしながら、その上でロマンを飛翔させる、そんな黄金比のショパン演奏が聴きたい場合には、彼女ほど適した人は他にいない。
Kamil PACHOLEC (Poland, 1998-11-11)
今大会のファイナリスト(入選)。
2019年パデレフスキで第2位(こちら)の実力者。
ポーランドの明るい音と気品が特徴。
Hao RAO (China, 2004-02-04)
今大会のファイナリスト(入選)。
17歳三人組の一人で、優れた技巧と、幸福感に満ちた丁寧な表現が特徴。
Miyu SHINDO (Japan, 2002-04-26)
3次予選に進出した日本人5人の中の1人。
ショパンの孤独な悲しみに共鳴することのできる人。
特に3次のマズルカとソナタが圧巻で、聴きながら「マズルカ賞は彼女で決まり」と思った(小林愛実のマズルカを聴くまでは)。
Talon SMITH (United States, 2002-02-14)
2次予選で選出されなかった外国人から一人選ぶなら彼か。
子守歌やアンダンテ・スピアナートの澄んだ歌が忘れがたい。
Kyohei SORITA (Japan, 1994-09-01)
今大会の第2位受賞の2人の中の1人。
ショパンコンクールという世界最高の舞台において、予備予選からファイナルまで一貫して際立った存在感を示し続けた。
バラード第2番やソナタ第2番での鬼神のような迫力から、ノクターン第17番やアンダンテ・スピアナートでの万華鏡のような色彩まで、彼の奏でる音楽はスケールが大きい。
そして、ファイナルでの渾身の協奏曲第1番。
ベートーヴェンと見紛うような彼のヒロイックな演奏を聴いて、私はこの曲に、ショパンがついぞ書かなかった「交響曲」の姿を見た。
指揮者でもあるピアニスト、反田恭平。
彼のようなユニークな音楽家が、今後日本の、ひいては世界のクラシック音楽界を牽引していくことは、想像に難くない。
Hayato SUMINO (Japan, 1995-07-14)
3次予選に進出した日本人5人の中の1人。
あらゆる音に均しく光を当てた、曇りのない輝かしい演奏をする。
それを可能とする高い技術もまた輝かしい。
エチュード全曲録音など期待したいところ(ポリーニ盤を超える?)。
Tomoharu USHIDA (Japan, 1999-10-16)
2次予選で選出されなかった日本人から一人選ぶなら彼か。
2018年浜松で第2位(こちら)の実力者。
その柔らかな音はしかし弱いのでなく確かな存在感をもって響き渡り、その優しい歌はしかし甘ったるいのでなくシリアスな誠実さをもって聴き手に届く、そしていかに激しようともそこにあるのは名技の愉しみでなく作曲家の心そのもの、そんなノーブルな音楽家。
Liya WANG (China, 2001-12-10)
(予備)
予備予選で選出されなかった外国人から一人選ぶなら彼女か。
アグレッシブでキレのある演奏は、3次予選だと言われても信じてしまいそうなレベルである。
なお、予備予選でもう一人、ドイツのAnke PANも火のように情熱的な演奏が印象深い。
Zitong WANG (China, 1999-02-03)
1次予選で選出されなかった外国人から一人選ぶなら彼女か。
瞑想的なピアニシモの使い手。
ケイト・リウの演奏を一段デリケートにしたようなイメージか。
以上のようなピアニストが、印象に残った。
他にも素晴らしいピアニストが数えきれないほどいたが、きりがないためこのあたりにしておきたい。
今大会で感じたのは、何といっても日本人ピアニストの活躍ぶり。
1次予選出場者が14人(古海行子、原沙綾、五十嵐薫子、今井理子、伊藤順一、岩井亜咲、小林愛実、京増修史、沢田蒼梧、進藤実優、反田恭平、角野隼斗、竹田理琴乃、牛田智大)、これは中国、ポーランドに次ぐ人数であり、2次予選以降は中国を抜いてポーランドに次ぐ(もしくは並ぶ)人数を占めた。
そして、反田恭平が第2位、小林愛実が第4位という、これまでにない快挙。
思えば、チャイコフスキーでは藤田真央が第2位(その記事はこちらなど)、エリザベートでは務川慧悟が第3位、阪田知樹が第4位(その記事はこちらなど)と、いわゆる三大コンクールの入賞者の多くが日本人で占められている。
その他、浜松で第2位の牛田智大、ブゾーニやルービンシュタインで第2位の桑原志織、ロンティボーで優勝の三浦謙司、パデレフスキで第3位の古海行子、モントリオールで第2位の千葉遥一郎、シドニーで第6位の太田糸音、リーズで第2位の小林海都らもいる。
こんなことは、これまでの日本のピアノ史においてもそうそうなかったのではないか。
この綺羅星のごとき面々を見ていると、それこそ以前にも書いた、ワルター、ペトリ、シュナーベル、ナイ、バックハウス、フィッシャー、ギーゼキング、ケンプらが輩出した一世紀前のドイツ・オーストリアの全盛期を思い出す(その記事はこちら)。
つまり、今や日本は世界有数のピアノ王国だということ。
ヨーロッパの国に住むよりも、日本に住んでいた方が、良いピアノ演奏を聴く機会が多い、といっても過言ではないことになる。
いかにも日本人らしいピアノ、というとこれは批判であり、日本人離れしたピアノ、というとこれは称賛であることが多いと思うが、実は現状を考えると逆のほうが正しいはずなのだ。
昨今、日本のピアノ人口は年々減っているという。
ドイツ・オーストリアにとって一世紀前がそうだったように(そしてロシアにとって半世紀前がそうだったように)、今がまさに日本のピアノ史のピーク、黄金時代かもしれないことを覚悟しつつ(今後は中国の時代になっていくか)、今のうちに超一流の日本のピアニストたちの演奏を心ゆくまで味わうとともに、今回の反田恭平と小林愛実の入賞が日本のピアノ界を再奮起させる起爆剤となることを願いたい。
そしてもう一つ感じたのは、色々な形のショパンがあること。
さすがは天下のショパンコンクール、皆レベルが高いので、コンテスタント毎のレベルの差よりも音楽性の差に耳が行った。
ファイナルの協奏曲でいうと、飛び跳ねるようなBruce (Xiaoyu) LIUの第1番や力強く歌うMartín GARCÍA GARCÍAの第2番に対し、端正なEva GEVORGYANの第1番やHyuk LEEの第2番があった。
今大会では前者のタイプのショパンがより高く評価されたが(数多くのショパン演奏を立て続けに聴くと、キャラの立った演奏に耳が行くのは自然なことかもしれない)、どちらのタイプのショパンも甲乙つけがたい素晴らしさだったと思う。
日本人の演奏にも、反田恭平や小林愛実の個性あふれるショパンに対し、そのアンチテーゼともいうべき牛田智大や中川真耶加の端正なショパンがあった。
やはり前者のタイプのショパンがより高く評価されたが、後者のタイプのショパンも実に美しかった。
片や、天下のショパンコンクールをマーケティング戦略として利用し、キャラ作りもして世界中の人にアピール、若き音楽家たちを自身の手で引っ張っていく音楽界のリーダーたらんとする反田恭平の、革新的な外向きのエネルギー。
片や、2次予選で選に漏れ「大人の事情」「審査員の嫉妬」その他様々な陰謀説が飛び交う中、自身はその因を音響や演奏様式などあくまで音楽そのものに求めた、音楽の使徒たらんとする牛田智大の、内省的な内向きのエネルギー。
彼らの演奏からも如実に聴きとれるこれら内外のエネルギーは、どちらが正しいということはなく、共にショパン本人に備わった不可欠な要素なのだろう(実際、反田恭平は3次で納得のいく演奏ができず号泣するような繊細な面があったり、牛田智大は2次で落ちてもけろりとして慰めに来た恩師を逆に元気づけるような肝の据わった面があったりするよう)。
この2人のショパンのどちらも正しいであろうことは、上述した前世紀のドイツの巨匠バックハウスの豪快なベートーヴェンと、同じく巨匠ケンプのドイツロマン湛えたベートーヴェンの、どちらが正しいとは決して言えないのとよく似ているように思った。
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