ポーランドのビドゴシチで開催された、第11回パデレフスキ国際ピアノコンクールが終わった(公式サイトはこちら)。
これまで、ネット配信を聴いて(こちらのサイト)、感想を書いてきた。
とりわけ印象深かったピアニストについて、改めて備忘録的に記載しておきたい。
なお、第11回パデレフスキ国際ピアノコンクールについてのこれまでの記事はこちら。
01. BELYAVSKY Sergey – Russia (02.11.1993)
今大会の入賞者。
ロシア風の力強い音とロマン性、華やかな名人芸が特徴。
2015年浜コンで知って以来色々なコンクールで見かけた彼だが、今回ついに入賞したのは嬉しい。
リストの超絶技巧練習曲第11番とスペインの主題「密輸入者」による幻想的ロンドS.252と「スケルツォとマーチ」、シューマンの謝肉祭あたりが印象的。
28. LIU Tianyuan – China (31.01.1998)
トップクラスの技巧と表現力を持つ。
なぜか2次で落ちてしまったが、本来なら優勝してもおかしくない腕前。
韓国のチョ・ソンジン、日本の藤田真央のように、極度に洗練された技能を持つ若手ピアニストが最近東アジアから出てきているが、中国については(中国系北米人は別にして中国本土には)まだいないものと思っていた。
それが今回、彼という才能を知った。
チョ・ソンジンや藤田真央に比べると(選曲も含め)やや地味かもしれないが、それでも匹敵する実力を持っている。
近い将来、名の知れた存在になりそう。
バッハ/ペトリの「羊は安らかに草を食み」、レオン・キルシュナーのインタールードII、メトネルのソナタ第5番、パデレフスキの「5月のアルバム」第1、3曲、ラフマニノフのソナタ第1番が印象的。
39. PACHOLEC Kamil – Poland (11.11.1998)
今大会の第2位。
鄙びた明るい音色、素朴で端正な音楽性を持つ。
ドビュッシーの「前奏曲集」第1巻抜粋、バーバーのノクターン、ブラームスのソナタ第1番、リストのハンガリー狂詩曲第12番あたりが印象的。
22. KRZYŻOWSKI Mateusz – Poland (06.03.1999)
音そのものに強いこだわりを見せる個性派ピアニスト。
技巧重視の曲は一切弾かず、音の響きを追求できる曲を選ぶ。
彼の音はとことん磨き上げられ、丸く光沢を帯びた鉱石のよう。
その点で、彼は同郷の名ピアニスト、ピョートル・アンデルジェフスキの後継者と言っていいかもしれない。
ただ、知性重視のいわば「哲学的」なアンデルジェフスキと異なり、彼は感性重視のいわば「宗教的」な演奏をする。
また、自国ポーランドの作品を偏愛する様子なのも、アンデルジェフスキと全く対照的で面白い。
ドビュッシーの「前奏曲集」第2巻抜粋、シマノフスキの「4つの練習曲」op.4と幻想曲op.14、ショパンのノクターンop.48-1と2、パデレフスキの「演奏会用ユモレスク」op.14第2曲と「ミセラネア」op.16第5、6曲が印象的。
29. LYNOV Philipp – Russia (06.01.1999)
今大会の優勝者。
ロシアらしい力強い打鍵とロマン性を持つ。
冒頭に書いたBELYAVSKY Sergeyと方向性が似ているが、技術的にはいくぶんアドバンテージがあるか。
プロコフィエフの「4つの練習曲」op.2と協奏曲第2番、リストの超絶技巧練習曲第9番、タネーエフの「前奏曲とフーガ」、バーバーのソナタあたりが印象的。
17. KIM Saetbyeol – Republic of Korea (25.12.1994)
今大会の入賞者。
切れ味で勝負するタイプのピアニスト。
とはいっても音楽が干からびているわけではなく、エッジの利いた中にも引き締まった情感がある。
リストのハンガリー狂詩曲第13番、ハイドンのソナタ第46番、ショスタコーヴィチの「前奏曲とフーガ」第15番変ニ長調、メンデルスゾーンの幻想曲「スコットランド・ソナタ」、ラフマニノフのソナタ第2番、グラナドスの「愛の言葉」、プロコフィエフのソナタ第6番あたりが印象的。
54. YOO Se-Hyeong – Republic of Korea (28.02.1990)
決して引き飛ばすことのない、真面目で思慮深い音楽性を持つ。
派手さはないが、雰囲気でごまかすことなく隅々までしっかりと解釈され、大きな説得力がある。
大人の演奏、といった感じ。
タッチのコントロールも精妙。
ベートーヴェンのソナタ第27番、スクリャービンのワルツop.38、ラフマニノフの「音の絵」op.39-5、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」抜粋、スクリャービンのソナタ第5番あたりが印象的。
04. CHEN Xuehong – China (12.12.1999)
セミファイナルで落ちた中から誰か一人選ぶとすると彼あたりか。
からりと明るい音楽性を持つ。
スカルラッティのソナタK.380、481、96、シューベルトのソナタ第13番、ラフマニノフのソナタ第2番、ショパンのソナタ第2番あたりが印象的。
41. PAPOIAN Ilia – Russia (12.02.2001)
キレとパワーを持つ強力なピアニスト。
同年生まれの同じロシアのピアニスト、アレクサンダー・マロフェーエフと並ぶ若々しい勢いが魅力。
今回ロシアのピアニストが2人も入賞しているが、彼はその2人よりもさらに大きなポテンシャルを持っているように感じた。
クレメンティのソナタ イ長調op.33-1、ラフマニノフの「音の絵」op.33-6とop.39-5、ハンガリー狂詩曲第12番あたりが印象的。
05. FURUMI Yasuko – Japan (05.02.1998)
今大会の第3位。
また、私の中での個人的な今大会のMVP。
最高度に洗練された技巧を持つ点で、同年生まれの日本のピアニスト、藤田真央と並ぶ存在だと思う。
彼らの演奏はきわめて洗練されているにもかかわらず、それが(例えばポゴレリチのように)息の詰まるような神経質なものとはならず、むしろ明るく朗らかなのが特徴。
明るいといっても、ベートーヴェン風の粗野で豪快な歓喜の雄叫びではなく、モーツァルト風の高貴で優美な天性の明るさである。
まさに“アマデウス”(神に愛されし者)。
そういった点で2人は似通っているが、それと同時に別の点では対照的でもある。
藤田真央の演奏が自由でロマンティックなのに対し、古海行子の演奏は端正でストレート。
同じ明るい輝きでも、藤田真央は虹の七色の輝き、古海行子は陶器の純白の輝き、といったところか。
古海行子の演奏はカラフルというよりも均質で調和のとれた滑らかな質感が魅力であり、そのきめの細かさ、混じりけのない清澄な美しさには心打たれずにいられない。
ハイドンのソナタ第48番、シマノフスキの練習曲op.4-3、ショスタコーヴィチのソナタ第1番、ラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」、パデレフスキの「演奏会用ユモレスク」op.14第1曲と「ミセラネア」op.16第1曲、リストの超絶技巧練習曲第10番とバラード第2番、モーツァルトの協奏曲第21番、ミハウ・ドブジンスキの「Moving frames」、タネーエフの「前奏曲とフーガ」、チャイコフスキーの瞑想曲op.72-5、シューマンのソナタ第3番、ラフマニノフの協奏曲第2番、すなわち全ての演奏が印象的だった。
こうして書き並べてみると実に多彩な選曲であり、ハイドンからショスタコーヴィチ、現代作品に至るまで、全て曲の本質を真正面からストレートに抉った名演となっている。
中でもモーツァルトは前述の通り、彼女の音楽の本質的な明るさがとりわけよく活きる曲といえるかもしれない。
程よい疾走感と快い清涼感を持つ彼女のモーツァルトは、華やいだ歌に溢れる藤田真央のモーツァルトと対照的でありながら、全く同程度に正しく「モーツァルトのハ長調」の天衣無縫の美しさを体現している。
(モーツァルト ピアノ協奏曲 ハ長調 K.467 古海行子)
(モーツァルト ピアノ・ソナタ ハ長調 K.330 藤田真央)
以上のようなピアニストが、印象に残った。
とりあえず10名選ぶとこうなったが、他にもHAO YileiやZHDANOV Denisなど印象的な人がいたし、日本人ピアニストも皆良かった。
それにしても、パデレフスキコンクール。
浜松や仙台といった日本のコンクールでは優勝候補とも目される実力者が1次で何人か落とされた(高松はそうでもなかったが)のに対し、今回のパデレフスキは1次がツボを押さえた審査結果だったので、さすがと思ったのだが…。
1次を通過した実力者たちの多くは、結局2次で落とされたのだった。
やはり、日本でもポーランドでも審査の実情はそれほど変わらない。
実力者が落とされていく中、ファイナルまで進出し見事第3位を獲得した古海行子は、普遍的な実力を持つと言えるだろう。
↑ ブログランキングに参加しています。もしよろしければ、クリックお願いいたします。