3月4日(金)、渋谷・SEABIRD第一金曜(一金)ライブ。都の「まん防」対応で1時間早く18時半スタートとなった。メンバーは、本多バンマス(tp.)、御子柴さん(ts.)、萬造寺さん(b.)、岩渕さん(ds.)、そして小松さんの後任は未定だがピアノは十河さん。ヴォーカリストは、今回珍しく柳田さんが欠場したが私を含め6人が参加した。

 

 

私は今回、「The Good Life」をフランス語で歌うことにした。以前マッキー(こと牧かおるさん)が「jazz de 紅白2021」で歌った際に記事化したが、この曲は元々フランスのギタリスト兼歌手サッシャ・ディステルが器楽曲として作った「La Belle Vie」にトニー・ベネットが英詞を付けてヒットさせ、その英詞を逆輸入して仏訳したらしい。

 

なので英仏両詞を聴き比べると面白いだろうと思いマッキーにも英詞で1コーラス歌ってもらうことに。彼女はいつもスロウバラッドで歌うが、仏詞で歌う男声のYouTube動画がミディアムスイングでカッコイイので、今回は御子柴さん(ts.)にイントロ代わりにラスト8小節をミディアムスイングで吹いて欲しいとお願いした。

 

その際に紹介された御子柴さんのブログによれば、この曲のラスト8小節はトワ・エ・モアの「或る日突然」の“♪いつか~こんな~時が来ると~私には分かっていたの~♪”という部分と似ているので「当日思い出すと影響も(^^;)」とも言われたが、時既に遅し、もう下記のブログを観ちゃったからねぇ・・・。

 

御子柴さんは洋楽のみならず昭和歌謡にも詳しい。トワ・エ・モアは、ヒデとロザンナと共に男女デュオとして当時人気があり清潔感のあるハーモニーは私も好きだった。「空よ('70)」「初恋の人に似ている('70)」「誰もいない海('70)」「虹と雪のバラード('71)」などのヒットを飛ばしたが、デビュー曲はこの「或る日突然('69)」だった。

 

「じゃ『或る日突然』で演っていいですね?」という御子柴さんに「どうぞ」と答えイントロスタート。えい、ままよ、とばかり「♪いつか~こんな~時が来ると~」と日本語で歌い、そこからフランス語で「オーラ、ベルビィ~」、2コーラス目はテナーサックス・ソロ、3コーラス目はマッキーが英語で「Oh, The Good Life~」、あぁ、慌しい!

 

♪或る日突然~La Belle Vie~The Good Life・・・2022年3月4日、SEABIRD一金ライブにて♪

 

Saigottimo

以前、私はウィルスやガンには心身の免疫力向上が重要だと述べ、免疫力向上には「笑い」が有用で、プロの噺家や芸人の力を借りる方法として寄席の効用を推奨した。そして私自身も新宿「末廣亭」の会員にもなって四半期に1度は行くと記したが、末廣亭以外で必ず毎年観に行くのが「座・高円寺寄席」だ。

 

 

何故この催しだけは毎年観に行くかといえば、都内の落語4団体(*1)の噺家が集う唯一の落語会だからである。通常、落語会に出演する複数の噺家は同門だし、寄席の定席もその日の主催は一つの団体で他の団体所属の噺家が同じ高座に上がることは滅多にない。しかしこの催しだけは意図的に「四派でドカン」なのだ。

 

この落語会の出順は楽屋に入った順番らしいが、今日のトップバッターは“立川流”の立川談笑師匠。古典を現代風にアレンジしたり意欲的な師匠、マクラ(*2)は杉並界隈の街角人間ウオッチングで大いに笑わせた後、飼い猫を女に化けさせて女衒に売るという噺。本題の前に猫がいろんな人物に化ける様が斬新だった。

 

2番手は“円楽党”から私の大好きな三遊亭兼好師匠。マクラではレストランでの私的な落語会でのウェイターの(落語をするには)邪魔な態度がメッチャおかしくて、もう爆笑。この人の場合、ちょっとした間や仕草だけでいくらでも笑いが取れるから凄い。もう本題の落語がなんだったか思い出せないくらい面白かった。

 

3番手は“落協”から林家彦いち師匠。彼も杉並界隈に居住しているらしい。マクラは、出身校(国士館大学)をネタにして体育会系エピソードで、新幹線の「自由席」はグリーン車でも指定席でもどこでも自由に座れると思い込んでいた人の実話(?)。本題はボクシングのセコンドを務めるタイ人の騒動記。これは新作噺だろう。

 

最後は“芸協”から桂文治師匠。他の3派は昨年と同じ人だが“芸協”は毎年違う人が出演している。鶴瓶も駆けつけた彼の10年前の襲名披露公演を私は末廣亭で生で観た。桂文治は名跡で11代目だ。この日の彼は名跡に相応しく「ラーメン屋」という人情噺を達者に演じて、笑わせるのではなくタップリ泣かせてくれた。

 

今回も各派を代表する名人達が四者四様で楽しませてくれた。来年も是非、行こうっと!

 

*1:東京落語界の4派は以下の通り。

落語協会(通称:落協)…最も古く大きな落語家団体。大正時代から統廃合を繰り返し1956年に新発足。現在約400人の落語家、講談師、演芸家等が所属。会長:三遊亭市馬。

落語芸術協会(通称:芸協)…1930(昭和5)年設立。現在約250人の落語家、講談師、演芸家等が所属。金語楼や米丸など新作噺の名手が幹部となっている。会長:春風亭昇太。

落語立川流(通称:立川流)…1983年に故・立川談志が落語協会から一門を率いて独立し家元となる。現在約50人の落語家が所属。談志亡き後は総領弟子・土橋亭里う馬が代表を務める。

五代目円楽一門会(通称:円楽党)…1980年に先代三遊亭圓生が落語協会から独立し前身団体を設立。1985年に先代(五代目)故・三遊亭円楽の一門が残り、現在約40人の落語家が所属。

 

*2;落語の本題(噺)に入る前の導入トーク。本題の導入部になる場合もあれば、その日の客層をマクラで見極めて本題を決めることもあるようだ。寄席だと持ち時間が15分くらいしかないので本題に入らずマクラだけということも。

 

Saigottimo

石貫慎太郎さんの新作オーディオ・ドラマ「三日月山の狼」に狼役で出演させて戴いた。今作は「煙突の上のコンペイトウ」「魔女のツリーハウス」に続く、スクラット少年と飼い猫ペグリッチの冒険ドラマの第3作目である。今回は、これまで登場機会が少なかったスクラットの両親も活躍するので、乞うご期待!

 

●「三日月山の狼」【約22分間】←クリック!

■スタッフ
脚本/作曲/制作/ギター演奏:石貫慎太郎

ヴァイオリン&ピアノ演奏:Au Bonheur(オーボヌール)

 ・オープニングテーマ「丘の上の記憶」
 ・エンディングテーマ「海日和」

■キャスト

ナレーション:中田真由美

スクラット:南春奈

ペグリッチ:図書委員こんざぶろう

パパ、車掌:能登洋宇

ママ:山木梨花

狼:Saigottimo (開始約12分頃から登場)

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石貫作品は「キューピッドは雪女」「海沿いの夜行列車」「桃太郎達の焚火を囲む会」「コケノコの旅立ち」「夏の夜空を見上げて」「夕闇トンネルの幻」「煙突の上のコンペイトウ」「魔女のツリーハウス」「加乃子の海辺の夏休み」「お伽噺『桃太郎』の実態に迫る」「夜の樹海でピクニック」「海辺のレストラン」に続く第13作目の出演だ。

 

中田さんのナレーションは安定していて揺るぎなく心地良いし、主人公スクラッチの声は抱きしめたくなるほど可愛い。一方のペグリッチは猫なのに生意気なところがツンデレでイイ味だ。そして、これまで影が薄かったパパとママも活躍する。そんな中で私は今回の主要キャラである狼の大役を仰せつかった。さあ、どうする?

 

石貫さんからのコメントでは、私が演じる狼は「(他の動物を食べる存在として)怖いのですが、狼にとってはごく日常の食事のことなので(中略)ごく当たり前の口調が良いかな?」との事。なるほど、狼側に立ってみればそうだし我々人間ほど他の動植物を食している恐ろしい存在は無いのだから確かにそうかも知れない。

 

Saigottimo

賛否両論話題満載の北京オリンピックも幕を閉じ、このあとパラリンピックが行われる。五輪は普段テレビで放送されない競技を観る良い機会でもあり、私にとってはカーリングもその一つだ。日本の女子は金メダルには届かなかったものの歴代最高位を獲得する活躍をしたこともあり、今回、何試合も真剣に観ることになった。

 

【カーリング女子日本代表 (Sportsnaviから)】

 

お陰様でカーリングという競技について私の観戦リテラシーは高まったと思う。どんな競技であれトップアスリートの活躍や成果は賞賛に値するが、今回特に感銘を受けたのはカーリング女子日本チーム(ロコ・ソラーレ)の「メンタルの強さ」、言い換えればプレッシャーがかかる中での「ストレス耐性の強さ」である。

カーリングはアルペンやノルディック、ジャンプ、スノボー、スピードスケート、フィギュア等と違って、“氷上のチェス”と言われるくらい緻密な作戦と精密なタッチが勝敗を決する。ゴルフで言えば豪快なティーショット無しでグリーン上のパター勝負、つまりプレッシャーの中でのメンタル面の影響が非常に大きいスポーツである。

 

日本カーリング協会のWebから】


そして従来、我々日本人は「メンタルが弱い」と言われ続けてきた。国を背負った五輪などで日本選手は必死の形相で戦うのだが「ここ一番」で海外の選手に勝てないというシーンを何度も見てきた。同じ立場なのに伸び伸びプレーできる姿を見て「海外の選手は日本人と違ってメンタルが強いなあ」と舌を巻いたものだ。

でも近年、若い日本人選手達が国際大会でも五輪でも伸び伸びと活躍する姿が増えてきた。若い頃から「歯を見せるな!」「ヘラヘラするな!」と言われきた我々年寄りは、「お国のため」と悲壮な決意で「必死に頑張る」べきだと思っているからか、笑顔で楽しそうに躍動している若い選手を見ると困惑してしまう事がある。

 

そして今回の日本チーム(ロコ・ソラーレ)の試合ぶりを見ていると「いいよ、いいよー」「〇〇あるかなー?」「うん!」「ナイスー!」と大きな声で明るく言葉を交わす。窮地に陥っても「さあ、どうする?どうするー?」等と楽しそうで、表情も会話も深刻にはならない。この「明るさ」はとても新鮮だと思った途端、私は気付いた。

我々は「メンタルが強い」とか「ストレス耐性(がある)」という言葉に惑わされているのだ。丁度「歯磨き」という言葉と同じで、その言葉通りに歯を磨いたりしたら歯の表面のエナメル質を損ねかねない。本来すべきことは「歯磨き」ではなく「歯と歯の間や歯と歯ぐきの間の食物カスや雑菌をブラッシングで除くこと」なのだ。

同様に「メンタルが強い」と言うと日本人の感覚では「鈍感でツラの皮が厚い」というイメージだし、「ストレス耐性」と言うと同様に「(眉間に皺を寄せて)ひたすら耐え忍ぶ力」というイメージだろう。その言葉(イメージ)が間違っているのだ!そうではなく彼女達の様に、常に「明るく」「楽しく」「ポジティブな」姿勢が重要なのだ。

我々日本人は「How toの呪縛」から抜けられず、どうしても手段や方法に着目する。だから彼女達が試合中によく会話をすることから、よく「コミュニケーション力の高さ」が賞賛されるが、そうじゃない。コミュニケーションは単に手段(How to)に過ぎない。彼女達から本当に学ぶべきは「明るさ」「ポジティブさ」という姿勢なのだ

 

Saigottimo

東京五輪同様コロナ禍の開催でもあり、また政治ボイコット問題もあって何かと物議をかもした北京五輪もいよいよ終盤。日本は歴代冬季五輪最多メダル数となるなど、連日のメダルラッシュに沸いている。ミーハーな私はテレビ中継を見てはメダルを獲得するたびに飛び上がったり拍手をしたり、まあ、なんとも単純な人間だ。

 

【JOCのWebより】

 

複数メダルを獲得した高木美保の影で、平昌五輪では金メダルを獲得して主役だった小平奈緒が静かに走り終えた。彼女はメディア露出もけっして多くはないがインタビューでの「(この大会で)成し遂げる事は出来なかったが、自分なりにやり遂げる事は出来た」(2/17のインタビューでの応答)という言葉が、私の心に刺さった

 

そうか。「成し遂げる」と「やり遂げる」は違うんだな、と改めて認識した。どちらも「遂げる」という言葉がついているが「成し遂げる」というのはメダル獲得や目標記録など、何らかの成果を達成する事だろう。それに対して「やり遂げる」というのは、成果の如何に拘わらず最後まで全力を尽くすという事だろう。


どちらも尊いし難しいことだが、誰しも目標を持って臨む限りは達成したいだろうから先ずは「成し遂げる」事を目指すだろう。でも彼女のように「もうメダル獲得は難しい」と思っても、最後まで放り投げずに全力を尽くす事は難しいと思う。だから小平奈緒の言葉が私の心に刺さったのは「やり遂げる」事の尊さである。

 

【毎日新聞のWebより】

 

彼女は前回大会の金メダリストだから「今回は調子が出ない」「今はケガや故障で実力が発揮できない」として欠場したり棄権することも出来たかも知れない。そうすることで「本来の実力を出せば私はもっと凄かったんだ」と誇示する事も出来たろう。でも彼女は現時点での全力を尽くし、そしてメダルには届かなかった。

 

メダルが獲れなかった事は「敗北」とも言えるが、それは欠場しても棄権しても同じで成し遂げられなかった事である。でも彼女は「成し遂げる事は出来なかったが、やり遂げる事は出来た」と自らを評価した。つまりベストを尽くし切ったことについては「勝利」したとも言えるのだ。私はその点で彼女を「勝利者」として称えたい

 

自らを省みれば学生時代も会社員時代も形となる成果は何ら残せず、何の「賞」も獲れなかった。つまり「成し遂げる」事は何も出来なかったと言える。だが22歳の新卒で就職して65歳まで43年間勤務して退職し、その間はベストを尽くし切ったとは自負できる。ならばこれは「やり遂げた」と言ってもいいのかも知れない。

 

そう考えてみると小平奈緒の言葉が私の心に刺さったのは、単に歳を重ねて人生の哀愁を感じ取れるようになったという事以外に、どこかで自分の半生を重ねて見ていたからかも知れない。ま、オリンピアンでメダリストの天才アスリートに凡夫である自らの生き様を重ねるなんて、おこがましくて失礼極まりない事だが…。

 

Saigottimo

2月7日(月)、親不知(おやしらず)の抜歯手術を受けた。「なんだ、歯を抜いただけじゃん、手術なんて大袈裟な」と思われるかもしれないが臆病な私にとっては大事件。子供の頃に鼻柱骨を削ったり扁桃腺を取ったりはしたが大人になっての手術は初めてだし、大学病院の口腔外科での手術だから、もうドキドキものである。

 

私は元来歯が丈夫で虫歯もキチンと治療し隔月で歯石クリーニングもしている。先月左下奥歯に違和感あり行きつけの歯科を受診したら歯周病で腫れているとの事。応急処置をして翌週に病巣を取り除くことになったのだが・・・。先生が「あれ、随分深いな・・・」と呟き、レントゲン撮影後に大学病院への紹介状を書いてくれた。

 

歯周病の病巣は隣に埋没している親不知から繋がっていたらしいが、その位置が「神経の通路とカブっているので大学病院の3Dスキャナで診てもらって抜歯までしてもらって下さい」との事。「うへえ~怖いよう」と思ったが放ってもおけないのでその日のうちに大学病院に連絡して翌日受診し、翌週に抜歯手術となったのだ。

 

【最近の大学病院は明るくカフェのよう】

 

大学病院での3Dスキャン診断の結果、「抜こうとしている親不知の位置が神経を圧迫しているので歯茎を切開して破砕して抜歯しますが、う~ん、神経が近いから麻痺が残るかもしれませんね」と先生は怖いことを仰る。もしかしたら、もう歌や朗読も出来なくなるかも、と暗澹としたがそれも自らの運命と諦めるしかない。

 

「全身麻酔だと入院だけどこの時期(コロナ禍)いつになるか分からないし部分麻酔でやりましょう」「は、はい」「切ってみてやはり全身麻酔が必要だったら最悪抜けないかも知れません」「はい、頑張ります」としか言えないよねー。子供の頃に埋没親不知を何本も抜いた長男から「ははは、あれは地獄だぜ」と脅された。

 

【左下:横から見た図、右下:上から見た図】

【右上図の赤線に沿って切開!ひぇ~】

 

手術当日は局部麻酔で直接の痛みはなく手術自体も30分かからなかったが、長男から聞いていた通り、ガリガリやられる音と衝撃が怖かった。そして麻酔が切れるにつれて鈍痛と腫れが襲ってきた。翌週の14日には抜糸できたが腫れは続き、まだ口が大きく開けられないし食物を噛むのも反対側で怖々と、である。

 

実際には痛みもなく噛めるのに食欲は停滞し行動意欲も陰り急に老け込んだ気がする。たった1本歯を抜いただけでこんなに精神的な影響があるとは驚きだ。人はこうして老い死んでいくのだろう。「自分の歯で何も気にせず食べたいものをバリバリ食べる」って「若さ=生命力そのもの」なのだ、と改めて痛感している。

 

“芸能人は歯が命”というが、健康や長寿のためにも歯は大切だ。「8020運動(80歳で自分の歯を20本を残そう)」を意識して毎日毎食後に歯磨きをしていたが、まさか還暦を過ぎてからこんな事になるとはショックだ。舌の左側と下唇付近に痺れが残っているので毎日練習している口笛もうまく吹けないし、歌は暫く休もうっと。

 

Saigottimo

私がヴォーカリストのホームグラウンドにしている渋谷・SEABIRDはライブハウスではない。週末などライブ演奏がある日を除けばアナログレコードやCDやDVDなどが良い音で流れているジャズ喫茶である。先日、店のマスターに「THIS IS BOSSA NOVA」というタイトルの音楽映画を観せてもらい、とても興味深かった。

 

 

2005年に製作されたこのドキュメンタリー映画は、ブラジル音楽の大御所2人(カルロス・リラとホベルト・メネスカル)がホスト役。インタビューやエピソード紹介等で、ボサノヴァの音楽的特徴や1950年代に遡って誕生からの歴史を紹介していく。またジョビンやシナトラなど有名ミュージシャンの映像でボサノヴァの名曲も楽しめる。

 

私の認識では、ボサノヴァは「じゃ、これボサでお願いします」と、ワルツ(3拍子)やスイング(4beat)などと並ぶ「リズム選択肢の一つ」でしかなかった。しかし「イパネマの娘」などボサノヴァならではの曲目もあることから「ボサノヴァには独特の世界観がありそうだ」とは感じていたが、この映画を観てその背景が理解出来た。

 

まず、ボサノヴァという命名経緯が面白かった。ブラジルの言葉(ポルトガル語)でBossa Novaは「新しい傾向(Bossa=隆起、Nova=新しい)」を意味しており、こうした音楽を始めたミュージシャン達を“従来とは違う音楽を志向する連中”という意味で“ボサノヴァグループ”と紹介していたことが名前の由来だという

 

 
そしてボサノヴァと言えば、「Chega de Saudade(シェガ・ジ・サウダージ)」「イパネマの娘」「Wave」等の作曲者アントニオ・カルロス・ジョビン(別名トム・ジョビン)。そして、サンバのリズムをギター1本で奏でるバチーダ奏法を編み出して囁くように歌ったギタリスト、ジョアン・ジルベルトの2人を外して語ることは出来ない。
 
 

但し既に故人だった2人は映画の中では関係者へのインタビューと既存映像だけだったが、それが逆に突出した存在だったことを浮き彫りにしている。スタン・ゲッツやシナトラも登場するが「ボサノヴァはジャズの一種ではなくサンバの一種だ」と皆言うし、ジョビンにはむしろクラシックの影響が大きかったとの証言もあった。

 

昔は夏と言えばハワイアンかラテン音楽だったが今はボサノヴァ。そして何より音楽としてのリラクゼーション(癒し)効果は抜群だ。なので私が最も不思議に思っていたのは、サンバと同じ(1小節に16回刻む)16beat(*1)なのに、サンバがカーニバル等で人を興奮させるのに対し、ボサノヴァは静かに人を癒すという真逆さである。

 

その疑問に対し、映画の中で「なるほど」と唸ったのは、ボサノヴァ黎明期に彼らが根城にしていた(歌手で女優の)ナラ・レオンのアパートは隣の部屋との壁が5㎝程度しかないので「大きな音が出せなかった」こと。従ってサンバを静かに演るにはアコースティックギター1本で囁くように小さな声で歌う必要があったという。

 


SEABIRD第二金曜ライブでメインヴォーカルを務める出雲井裕美さんはブラジル在住経験もあるネイティブポルトギーでボサノヴァをはじめブラジル音楽への造詣が深い。以前、私が彼女にポルトガル語で歌う*2)コツを聞いた際「ボソボソ言ってりゃいいのよ」と言われたが、この映画を観て改めて「なるほど!」と肚落ちした。

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*1:「サンバもボサノヴァも2beat」という見解もある。カーニバル等での行進リズムだから2beatとも考えられるし、そもそもbeatは定義がない感覚的なものだし、刻み方も人によって異なる。

*2:私が「星を求めて」をポルトガル語で歌うことは別記事でご紹介の通り。

 

Saigottimo

コロナ第6波到来により東京都も所謂「まん防」が発令された。私のホームグラウンド、渋谷・SEABIRDでも、比較的年齢層が高い第二金曜(二金)バンドのライブは早々に「2月は中止」と決定したが、一金ライブは「まん防」に沿って21時前に終了するよう時間帯を1時間前倒しにして開催することになった。

2/4(金)一金ライブ。2nd.setのヴォーカルタイムは6人、トップバッターの高橋さんが「Almost Like Being In loveを軽快に歌って口火を切ると、2/26(土)に高田馬場でライブを予定しているRumikoさんはスロウバラッド「My Ideal」をバースからしっとりと歌う。「全体2コーラスでは勿体ない」との声アリ。

 

そして柳田さん、マッキー(こと牧かおるさん)、私の3人は「スティービー・ワンダー(以下、S.ワンダー)特集」として彼の曲を歌うことに。S.ワンダーは1960年代からこれまでに「30曲以上のU.S.トップ10ヒットを放ち、計22部門でグラミー賞を受賞、最も受賞回数の多い男性ソロ・シンガー」(wikipedia)で、まさにポップス界の巨人だ。

 

とはいえジャズスポットでは余り演奏されない。今回、彼の特集をしようと思い立ったのは、先日12/28の小松さん追悼ライブで柳田さんがS.ワンダーの「心の愛」をこのバンドで歌ったからである。たまたま私には「Stay Gold」、マッキーにも「Overjoyed」と、彼の曲がレパートリーにあったので私がバンマスに提案し実現したものだ。

 

最初に柳田さんが歌った心の愛(I Just Called to Say I Love You)」はS.ワンダーの代表曲であり、全米No.1、全英No.1、グラミー賞など総ナメにした名曲で、誰でも知っていて口ずさみたくなる。本多バンマスのアレンジで前回もこのバンドで演っているから、2回も転調するのだが余裕の演奏であり、歌唱である。

 

次にマッキーが歌ったOverjoyed」も全米ベスト10に入る大ヒット曲で皆知っているが、1コーラス歌った辺りから何かステージの様子がおかしくなった。御子柴(みこしば)さん(ts)が暫し考え込んで少し吹いてサビからヴォーカルに戻し、次のコーラスで全音(半音2個分)転調したあとで何となくヘンな終わり方になってしまった。

 

ステージ上で立ち尽くすマッキーを尻目に「う~ん、いま全音分上がったよね」「これ、この譜面だとムリだわ」「でも、これは転調しないで歌うのは難しい曲だし…」「あ、だからこれ、譜面に『繰返しの際に全音上がる』と書いておけばね・・・」等とバンドの面々が議論を始めた。どうやら譜面が転調対応になっていなかったらしい

客席で聴いていた本多バンマスの「あはは、S.ワンダーのバンドはプロだしエニーキーOK(どの音階でも演奏可能)だけど、我々はちょっとねー」と笑いを誘う好フォローでその場は収まった。続く私が歌う「Life~Stay Gold」はもっと地味でヒットしていないどころかシングルカットもされてないのは以前の記事でご紹介した通り。

そして私はナンチャッテ翻訳した日本語訳詞(*1)を、バース代わりに十河さんにお願いしてポロポロとサロン風のピアノをバックに朗読し、カウント(1,2,3,4、)を出してイントロ、そして歌い始めた。が、やはりバンドメンバーの殆どが知らない曲だったようだ。譜面に歌詞が無かったこともあって、混乱のうちに終演となってしまった。

【サルでも出来る?反省】

という訳で私の意欲的(?)な発案による「S.ワンダー特集」は、あーあ感が漂う幕切れとなってしまった。しかし“一金の美空ひばり”こと益田伸子さんが今月もヴォーカルのトリ。彼女が2月の定番曲「マイ・ファニー・バレンタイン」を、敢えてスロウバラッドではなく軽快なボサノヴァによる貫禄の歌唱で〆てくれた。ありがとー!

私の提案に賛同し協力して下さった本多バンマスはじめバンドメンバーの方々のご温情には感謝申し上げると共にお詫び申し上げる次第。S.ワンダーとはいえ、やはりジャズのスタンダードでもない曲を持ち込んでリハも無しに演奏してもらおうというのは無謀というか、ある種非礼な試みでもあったと深く反省している。

 

*1:私が朗読したナンチャッテ日本語訳詞は下記の記事をご参照。

 最新レパートリーが既に懐メロ | Saigottimoのブログ

 

Saigottimo

このブログを熱心に更新するようになったのはコロナ禍になってからである。最初の記事を振り返ると今から10年以上前の2010年10月9日でタイトルは「口笛を練習します」。その内容はトロンボーン奏者の深田さんが「Bluesette」を口笛で演奏したのを聴いて、ヴォーカリストの自分も練習しようと思い立った、という記事だった。

 

私の口笛では「高いド」がギリギリ出るかどうかで、高いレやミの音は殆ど出ない。この記事で「高い音も出せるように練習して習得する」と宣言しているが、その後すっかり忘れて練習してない。「これはイカン!」と改めて練習することにした。口笛の吹き方についてはYoutubeも調べて試したものの、この音域はなかなか出ない。

この記事でも触れているが「上を向いて歩こう」(*1)のオリジナルキー(G)だと下記の赤字の高音部が出ないのでこの曲で練習することに。「上を向いて歩こう」のカラオケに乗せて口笛を吹く練習を毎朝繰り返している。単純な音階練習をするより「メロディを奏でたい」というモチベーションがプラスに働くと見込んでのことだ。

 

うえを むぅいて あるこーお

ソソラ シソミレ  ソラシソミレ

 

なみだが こぼれ ないよおおに

ソソラシ  シレミ ミレミレシラ

 

おもいだす はるのひ 

ソソソミラ  ララソシ  

 

ひとり ぽっちの よる

ソソミ レシソミ  ソソ

 

♪【練習前】上を向いて歩こう(口笛+カラオケ)♪

 

↑この練習前の音源を聴いてもらうと赤字の高音部が殆ど出ていないのがお分かり戴けると思う。それでも日課として毎日練習しているうちに少しずつ音が出る日も出てきて、練習し始めて約1ヵ月ほど経った現時点で、下記の音源の様に微かではあるが、少し音が出るような感じになってきた↓から不思議なものである。

 

♪【1ヵ月練習後】上を向いて歩こう(口笛+カラオケ)♪

 

※1年間練習した成果は2022年12月の下記記事にて!

口笛を毎朝一年間練習した結果 | Saigottimoのブログ

 

下記のパット・ブーンの曲(*2)をはじめ私が好きな1950年代頃のロカバラ―ドには口笛が入る曲も多い。また私の様な高齢者(65歳超)になると嚥下障害で飲食物を気管支に誤飲して誤嚥性肺炎で死亡するリスクが高いと云われるが、口笛は口周りの筋肉(口輪筋)や舌を鍛えられるので、その予防に役立てば一石二鳥である。

 

【口笛は開始から1分半頃から】

 

冒頭の記事でも触れているが、私のレパートリーであるドゥアップ曲「To The Aisle」(*3)の後半に4小節だけアルトサックスがソロでメロディを吹いている部分がある。ここには「上を向いて歩こう」よりさらに半音で2個上の「高いファ」まであるが、この音もちゃんと出るようになったら、是非、口笛でやってみたいと思う。

 

【サックス・ソロは開始から約2分後から】

 
天才のような特別な才能に恵まれていない我々凡夫でも天才を超えることが出来る方法があり、それは“習慣化”だと言われる。どんなことでも、歯磨きのように毎日無意識に繰り返すまで“習慣化”出来れば大抵のことは実現できるのかも。口笛も1か月でここまで来たのだから、この調子で練習継続するぞー!
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*1:この曲については下記の記事もご参照戴きたい。

 思い出す春の日一人ぽっちの夜 | Saigottimoのブログ

 もう少しだけ上を向いて歩こう | Saigottimoのブログ

*2:この曲については下記の記事でも触れているのでご参照。

 歌と語りと朗読とナレーション | Saigottimoのブログ

 ビリー・ヴォーンをもっと語りたい | Saigottimoのブログ

*3:この曲については下記の記事もご参照戴きたい。

 通じ合える?いえ中央通路まで | Saigottimoのブログ

 

Saigottimo

我々日本人は海外の風習や文化を採り入れるのが上手いと云われる。産業のみならずレジャーやレクリエーションの分野でも映画にクルマに野球にゴルフ場、テーマパーク等もアッという間に欧米並みに整備された。しかし何故か、なかなか根付かないものもある。私は「ピクニック」はその一つではないかと思っている。

 

「ピクニック」は、おカネがかからないレジャーとして欧米でもアジアでもかなり一般的だと思う。しかもカップルでもファミリーでも楽しめる。だが何故か日本ではお弁当を持って出かけるのは遠足や運動会など特別な状況での「子供の楽しみ」であり、オトナが近所の屋外で飲食して楽しむという発想自体がない

 

【ピクニックのクオリティは“敷物”!】

 

何も渋滞に揉まれて行楽地に行く必要などないのだ。どんな市街地でも自宅からベビーカーを押して歩いて行ける範囲内に、水や緑はあるはずである。眩しい陽射しを浴び、空や雲を眺め、新鮮な空気を吸い、樹々や花の香りを嗅ぎ、鳥のさえずりを聴く。そんな中で食べれば、美味しくないランチなどないはずだ。

 

まさに今日(1/31)、寒中ではあったが太陽が降り注ぐ中でソロ・ピクニックをした。弁当をキッチリ作って持って行くのではなく写真の様な食材と熱湯500mlをポットに入れ、20分ほど歩きローソン100で「てりやきバーガー」を買ってレンチン10秒。そして、そこから10分ほど歩いた芝生の上に敷物を広げてゆっくり食べた。

 

ここで大事なのは敷物だ。高価である必要は全くなく合成繊維でOKだが肌ざわりの良い布製の敷物を敷くべきである。安っぽい柄のビニール製レジャーシートでは台無しになる。実はここがオトナの遊びになるかどうかの分かれ道。もう一つは弁当等の完成品を持ち込むのではなく、何でもいいから「その場で作る」こと。

 

【左:半熟までチンした卵&ハム&チーズ、右:100円バーガー】

【全部はさめば豪華な特製ハンバーガーに】

 

今回は100円のハンバーガーを買って、その中に持って行った食材(ハム&チーズ&卵)をはさんでスペシャルバーガーを作ったが、フランスパンをナイフで切りながらその場でサンドイッチを作っても面白いし、楽しい。バターや粒マスタードやケチャップなども持って行くと、その場で作ることで美味しさに「楽しさ」が加わる

 

【ペーパードリッパー(12枚)もレギュラー珈琲(80g)も百円】

【500mlの熱湯があれば万全】

 

あと、オトナのピクニックは、飲み物も手を抜いてはいけないコーヒーなら缶コーヒーやインスタントではなくレギュラーコーヒーを飲もう!私は上の写真にあるように12枚で100円のペーパードリッパーに好みの量のブレンド粉で淹れる。でもそこまで拘らないなら、そして1杯50円でもOKなら「モンカフェ」が便利で美味い。

 

クリームを入れるなら、よくある植物性の液体ポーションより、唯一乳製品である「クリープ」の方が間違いなく美味い。そして熱湯が500mlあれば約3杯飲めるので、粉末スープ(今回はコーンポタージュ)にコーヒーのお替りまで出来る。下戸で酒が飲めない私はコーヒー党だが、締めを紅茶や昆布茶にしても悪くないだろう。

 

今日は風が少し冷たかったが、それ以上に陽射しが暖かく、風が梢を揺する音と鳥のさえずりを聴きながら日向ぼっこも楽しめた。このように「ピクニック」は一人でもカップルでも家族や仲間同士でも楽しめる。渋滞や人工的な仕掛けに貴重な時間とお金をかけるより身近で手軽に自然が楽しめる「ピクニック」をお勧めしたい

 

Saigottimo