4月15日(金)は第三金曜日。渋谷SEABIRDの第一&第二金曜は「ライブ」だが、この第三金曜は「セッション」である。ライブもセッションも生演奏(ライブ)だし複数のミュージシャンによる演奏(セッション)なのだが、「ライブ」と「セッション」には明確な違いがあるのだ。

ジャズスポットにおける「ライブ」は出演メンバーも演奏曲目もほぼ固まっているが「セッション」はその日の参加者が順次楽譜を配って自分が演りたい曲をホストバンドにお願いする。だからどんな楽器でどんな曲が演奏されるかは参加者次第でどうなるのか全く予測不能なのである。

従って「ライブ」なら予めブッキングされているメンバー等を目当てに来る聴衆がお客様だが、「セッション」はホストバンドとの演奏目的で来る参加者(ミュージシャン)自体がお客様で純粋な聴衆は殆ど居ない。そして参加者の楽器や希望曲等を聴いて順番を決め指名するのがナビゲーターだ。


      【私以外のセッション参加者】

この三金セッションのナビゲーターはホストバンドのバンマスでもあるギターの加藤さんだ。私も以前別の店でナビゲーターをしたが、これは過酷な役目である。そこへ今月の一金&二金ライブにも来てくれた若い男性がギターを持って遅れて来店したのでママさんが加藤さんに紹介した。

すると面倒見の良い加藤さんは同じギタリストということもあり彼に寄り添って「何を演る?」「…」「出来る曲は?」「…(殆ど返事がない)」「じゃあペンタトニック弾いてみて…そうそう、じゃそのスリーコードで、うんうん、行けそうだね…じゃブルースならいいよね」

そして加藤さんが「はい、じゃギター入りま~す。えーと、ロックのブルースで『ジョニー・B・グッド』*1え、マジ?まさかのチャック・ベリー?それ、ジャズじゃねーじゃん、と思っていると加藤さんもガンガン弾き始める。ママさんも「加藤君好きなんじゃない?」もうバンドがノリノリだ!



♪Johnny B Goode(後半)…2022年4月15日SEABIRD三金セッション♪

「加藤さん、それがアリならコレを」と私は何巡目かの予定曲を変更して「ダイアナ(Diana)」をお願いした。参加者として二金や茅ケ崎でお世話になったYumily(as.)が居たのでイントロのサックスソロも頼めたし。「じゃギターの彼にも1コーラスね」と加藤氏。てな訳でノリノリで演っちまった

♪Diana…2022年4月15日SEABIRD三金セッション♪



「ダイアナ」を初演したのは20年以上前の代々木・オリエンタルムーン。その際マスターには「ここは(六本木)ケントスじゃないからね」と言われたが、バンドは皆ノリノリだった。その後も被災地でも何処でも老若男女を問わず盛上がる曲だ。やはり、Oldies but Goodies、ということか。

そして終了間際に女性ヴォーカリストが登場したので、ナビゲータの加藤さんは彼女にソロで1曲歌ってもらってからセッションの最後に朝ドラ「カムカムエブリバディ」を惜しんでか「On The Sunnyside Of The Street」を選曲。これを皆で演奏してジャズセッションらしい終演となった。
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*1:この曲は映画「バック・トゥー・ザ・フュチャー」Part1で、主人公が親の青春時代に行って学園祭でギターの弾語りをし、それを聴いたミュージシャンが急いでC.ベリーに電話して「おいチャック、お前が求めていた音楽だろ!」と知らせる場面が有名。

Saigottimo
4月8日(金)、渋谷SEABIRD第二金曜(二金)ライブ。出演者は、出雲井裕美(vo.)、岩井千尋(tp.)、加藤求実(ts.)、中川佐登志(pf.)、榎本任弘(b.)、小島幸三(ds.)、山内恵美(tp.)、杉山尚子(ts.)、マッキー(牧かおる)(vo.)、Saigottimo(vo.)





この日は「花祭り(お釈迦様の誕生日)」だが、小島さん(ds.)と榎本さん(b.)のお誕生日でもある。同じバンドのメンバーに誕生日が同じ人が居るというのも珍しい。メインヴォーカルの出雲井さんが何と即興でサプライズ用の曲を譜面に起こして音頭を取り、皆で「ハッピーバースデー」を合唱した。

《当日のプログラム *赤字はヴォーカル曲
1st.set
1 Funk in deep freeze
2 Armando's Rhumba
*Happy Birthday To You(限定公開動画)
3 Up Jumped Spring
4 Spring Can Really Hang You Up The Most
5 There'll Be Another Spring

6 April in Paris
7 Bouncing with Bud
2nd.set
1 Beatrice
2 Along came Betty
3 It Might As Well Be Spring(限定公開動画)
4 Sophisticated Lad
5 Wave

6 Blossom in the rain
7 Blues in the closet

私は「春の如く(It Might As Well Be Spring)」という曲を自作の和訳詞をバース(前歌)代わりに朗読してから歌った。この歌の背景や訳詞は下記ブログに詳述したのでご参照戴きたい。
●歌わない和訳詞と歌える創作詞

タイトルからすると意外だが実はこの曲は春以外の季節に歌うべき曲だ。何故なら「春でもないのに~まるで春みたい」という歌詞があるように自らの恋心に気付かぬ初々しい乙女の心情が歌われているからだ。私は毎年2月に歌うが、今年は第6波で2月の二金ライブが休止したので春になってしまった。

♪春の如く(It Might As Well Be Spring)(朗読付)…2022年4月8日渋谷SEABIRD二金ライブにて(限定公開動画)♪

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私が50年来のサウナー(サウナ愛好者)であることは以前の記事で述べたが、“サウナーの聖地”と呼ばれる温浴施設が幾つかある。その中の「サウナしきじ」(静岡)には何年か前に日帰り家族旅行したこともあるが、今回は私の誕生祝いで2人の息子から都内の聖地「かるまる池袋」(*1)の宿泊プランをプレゼントされた。

 

茶道にも「表千家」「裏千家」があるように、サ道(温浴施設愛好道)にも流派?があり、長男は泉質等に拘る「温泉派」だが私は温泉かどうかは関係なくサウナそのものに拘る「サウナ派」だ。都内で天然温泉となると昔からあった麻布十番や新宿十二社が廃業したので、今では武蔵小山豊島園笹塚など数が限られてしまう。

 

【左:ケロサウナ、右:マス風呂&岩風呂(公式Webより)】

 

その点「かるまる池袋」は、温泉ではなく純粋なサウナ施設だが、庵治石の岩サウナ、赤松造りのケロサウナ、薬草の蒸しサウナ、薪を焚く薪サウナ、と性質が異なるサウナが4種類。さらに、水温36度の岩風呂、38度の高濃度炭酸泉、40度の屋外ジャグジー、42度のヒバ材マス風呂、それに電気風呂、とお風呂も5種類ある

 

そして私がサウナで何より重視する水風呂が4種類もあるのだ。サウナで火照った身体は、①冷たくて数秒しか入っていられない水温7度&ジェット水流の「サンダートルネード」または14度の「アクリルアヴァント」⇒②25度の泡風呂「やすらぎ」⇒③33度のジェット風呂「昇天」、と“水風呂三段活用”によって確実に「ととのう」

 

【4種類の水風呂(公式Webより)】

 

「サウナ&水風呂三段活用&休憩」を1セットとして、11時の開店と共に入湯し翌10時のチェックアウトまでに、昼飯前5セット、個室チェックイン&昼寝後の夕飯前4セット、就寝前2セット、翌朝飯前3セットと計14セット(岩×5、ケロ×5、蒸×2、薪×2)、まさにサウナ三昧に耽った。食事は個室やカプセル、休憩室への出前もOKだ。

 

【左から唐揚定食、かつ丼、朝カレー】

 

個室は低反発マットの電動ベッドでドライヤーは全てダイソンの最新式、シャンプー等のアメニティも何種類もあって充実しているし大小タオルも自由に使える。様々な施設で「ああ、ここが残念だな」と思う点が皆無でここまでやるかという充実ぶりだ。スペースは広くないが無駄がなく全てが充分にデザインし尽くされている

 

【個室はテンピュールの電動ベッド】

 

ここの客は銭湯サウナやカプセル併設サウナのようなサウナ初心者はおらず、サウナハット持参者などサウナの玄人やマニアばかりである。コロナ対策も万全だし、スタッフもサウナーの聖地に従事しているという誇りが感じられる。なるほど、もうここまで来ると、私も「温泉派」に鞍替えして、あとは泉質に拘るしかないかな…。

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*1:命名はサウナ&ホテルなので「浸かる/泊まる」から。

基本「男性専用」だが「レディースDay」もある(Web)。

 

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2022年4月1日(金)、渋谷SEABIRD第一金曜(一金)ライブ。コロナ禍ではあるが蔓延防止措置も解除されて桜も満開、春らしい陽気にはなった。そして、4/1はエイプリルフール。日本では「噓をついてもいい日」とされるが、海外では噓というより罪のないジョークやドッキリを仕掛ける、いわばサプライズデーのようである。

但し前提として「誰も傷つけないこと」が求められるため日本では昨年のKFC「骨だけ販売」(上記記事ご参照)の様な試みは少なく寂しい。でもさすが“笑いの都、大阪”の阪神タイガースはやってくれました!映画「ゴジラ対タイガース」劇場公開決定予告編も凄い!ただ開幕8連敗(4/2時点)はシャレにならないけどね。

 

そしてこの日、これに負けないサプライズがあった。初代SEABIRD一金バンドで和田バンマス(as.)とツートップを張っていた“伝説のギタリスト”橋本潔氏(g.)が何と15年ぶりにお店に降臨したのだ!数年間の米国勤務を経てひと回りBigになったのは風貌だけでなくバンドメンバーが「まるでTVやCDで聴くような音だ!」と驚く。

 

そりゃそうだろう。この日は益田さん(vo.)が欠場で大津さん(vo.)もまだ復帰していないので、気が付けば15年前の一金バンドに居たのは私だけ?その私だって橋本さんのギターが他の人と明らかに違うと分かったのは、彼が一金バンドを抜けてからだったから、初めて聴いたメンバーがそう思うのも無理はない。

 

そして2nd.setのヴォーカルタイム。この日のヴォーカル陣は高橋さんが「A Natural Woman」、柳田さんが「Stand By Me」、マッキーこと牧かおるさんが「Call Me」、私が「A Fool Such As I」と、何故か全員が「ギタリスト待ってました!」的な選曲で、4人とも橋本さんに伴奏して戴けたのである。これも嬉しいサプライズだった。

 

【上左:高橋さん、上右:柳田さん、

下左:マッキー、下右:Saigottimo】

【十河さん(pf.)、岩渕さん(ds.)、萬造寺さん(b.)、

本多バンマス(tp.)、御子柴さん(ts.,hca.)】

 

私はエイプリルフールに因んだ曲はないか、と自らの乏しいレパートリーを探索した結果、単に「フール」繋がりでこの曲(フール・サッチ・アズ・アイ)を歌うことにしたのだが、この曲については既に下記に詳述しているのでご参照戴きたい。

ゴメンね、こんなバカなオレで | Saigottimoのブログ (ameblo.jp)

 

もともと有名なカントリーだがプレスリーがロックンロールにしてリバイバルヒットさせた曲。私は1コーラス目はルバート(自由なテンポ)でバース(前歌)っぽくピアノとデュオで歌い、次第にテンポを固めていってカウントも出し途中からインテンポに。2コーラス目はインスト(楽器)に任せ3コーラス目を歌に戻すという構成で歌った。

 

♪フール・サッチ・アズ・アイ(A Fool Such As I)・・・2022年4月1日、渋谷SEABIRD一金ライブにて♪

 

聴いてお分かりの通り1コーラス目で歌詞が飛んだ。ソラでペラペラ出てくる歌詞なのに…やはり“ステージには魔物が居る”ことを再認識した。2コーラス目前半は御子柴さんのテナーで後半は橋本さんのギターと豪華なインスト。そして3コーラス目には御子柴さんがハーモニカでオブリガード(助奏)も付けてくれた。嬉しい!

 

終演後「じゃ、また15年後に来ま~す」とボケる橋本さん、「いやいや、またちょくちょく来てよ」とママや我々がツッコミを入れて見送るなか、“ギターを抱いた渡り鳥”ならぬギターを背負った橋本さんは颯爽とエイプリルフールの夜の街へと去って行ったのでありました、ジャンジャン 《終》 …橋本さん、来月も来て欲しいなあ…

 

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ロシア侵攻のニュースから歴史的背景を調べていたら、不謹慎なことに“アネクドート”と呼ばれる旧ソ連時代のジョークにハマってしまった。一例を挙げると…酔っ払いと秘密警察のやりとり「ソ連の指導者はアホだ!」「お前を逮捕する!」「何の罪だ?不敬罪か?」「いや、国家機密漏洩罪だ」…といった具合である。

 

【上記のサイトから】

 

マスメディアの報道だけでは発生事象や公的見解等は分かるが、その国で生活している人々が何を考えどう感じているのかが分からない。その点、こうした話はデフォルメされた与太話だが肌感覚が得られる。また、我々はどうしても自国の価値観に陥りがちだが、人種や国民性をネタにしたジョークを読むとハッとさせられる。

 

例えば、客船の乗客を海に飛び込ませ(救命ボートに誘導す)る際、米国人には「今飛び込むとヒーローです」ドボン!イタリア人には「今飛び込むと女にモテます」ドボン!ドイツ人には「飛び込む規則です」ドボン!日本人には「皆さん飛び込みましたよ」ドボン!フランス人には「飛び込まないで下さい」ドボン!等々…。

 

 

国内でも、東北人は忍耐強い、東京人はカッコつけしい、関西人は饒舌、九州人は朴訥など、出身地によって人種のステレオタイプがあるが、ミュージシャンも楽器によって人種が違うという。トランペッターは目立ちたがり屋、ピアニストは自己チュー、ベーシストは寡黙でタカビー、トロンボー二ストは他人を褒める、等々…。

 

話してくれた人は私がヴォーカリストだからか、ヴォーカリストはどういう人種かは言わなかったが、私自身ある程度は自覚しているつもりだ。一言で云えば「図々しい奴」に違いない。何故なら楽器奏者は難易度は様々だが少なくとも楽器を操って音階を奏でられるレベルの修練を積んでようやくステージに上がれるのである。

 

なのにヴォーカリストだけは、(健常者なら)誰でも出せる声を出すだけでステージに上がり、譜面を渡して「こういう風に歌うのでよろしく」と、リズムもテンポも自分に合わせるよう、エラそうに「指示」して様々な楽器プレーヤーに「自分の伴奏をさせる」のである。これを図々しいと言わずして何を図々しいと言おうか。

 

管楽器のようなフロントプレイヤーだってヴォーカリストが入ってきたら「これ、どんな感じ(リズムやテンポ)で演るんすか?」とヴォーカリストの指示に従うが、ヴォーカリストが「これ、どんな感じで歌えばいいすか?」なんて誰かに聞く事はあり得ない。「私が歌い易いように伴奏してくれたまえ」と言わんばかりの傲慢さだ。

 

まあクラシックの声楽家のように身体全体を楽器として共鳴させ、反響板だけでオペラハウスの隅まで声を届かせるには相応な鍛錬が必要だが、マイクもアンプもあるからそんな鍛錬自体不要。結局、ヴォーカリストは上手く歌う「自信」があるか、さもなくば「度胸」があるかの二択で、どちらにしろ「図々しい奴」であろう。

 

私は自分が図々しいと自覚の上20年以上歌い続けてきた。だから若い女性ヴォーカリストが「私、上手くないしィ、アガり症なんですゥ」等と言ってると「オメーは自分が図々しい奴だと自覚しろっ!」と言いたくなるが、結局ニコニコして「いいんじゃない?」と言ってしまう。あーあ、図々しい上に助平で馬鹿!こりゃあ笑えないわ。

 

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77歳は「喜寿」、88歳は「米寿」というのは知っていたが、先日自分が到達した「66歳は同じゾロ目なのに何もないのか?」と調べてみたら、あった。66に引っ掛けた「緑々(ろくろく)」から緑寿(ろくじゅ)」というらしい。但し、もし満年齢ではなく「数え年の66歳」だとしたら、既に私は昨年の元旦に「緑寿」を迎えていたことになる。

 

【賀寿(一部)イイハナ・ドットコムより】

「緑寿」は平成に入ってから出来た賀寿(長寿のお祝い)らしいが、そもそも「還暦」以降が本当にお祝いに値する長寿なのか疑問だ。75年前(1947年)なら平均寿命が男性50.06歳、女性53.96歳だから60歳でも長寿だが、今や男性81.64歳、女性87.74歳だから「傘寿(80歳)」でも平均寿命に届いていない(データは厚労省生命表より)。

 

先日ジャムセッションの休憩時間中に今年70歳になるというベーシストのかたが、数年前にガンに罹った友人の話をしてくれた。何の症状も無いのに腫瘍マーカーの数値が高いので身体中くまなく検査したら「膵臓ガンのレベル4.5で余命3ヵ月」との宣告を受け、「おい、俺あと3ヵ月位らしいんだよ」との電話があったという。

 

「どうしようか」という友人に「好きなことをしろよ。何かないのか?」と聞いたら「ポルシェには乗りたかった」というので「なら早く買って乗れよ」と背中を押したら購入し「やっぱポルシェはいいな」と1ヵ月ほど乗ってから売り、その後は「治療が身体に辛い」と緩和ケアに切り替えて孫といっぱい遊んで3か月後に亡くなったとの事。

 

ガンについては以前に記事化した通りで病気は年齢とは直接関係しないが高齢になると疾病リスクや罹患確率は増す。上記のベーシストは友人の件以降は毎年MRIで30分間以上かかる念入りな検診をしているとの事だ。私も以前、部下が胃カメラで変色から食道ガンを早期発見できたと聞き、胸部レントゲン検査を内視鏡検査に切替えた。

 

【平均寿命と健康寿命(ジョイリハWebより)】


また最近では病気等で自由が利かない状態で長く生きるより健康で自立した生活ができる状態で何歳迄生きられるかという「健康寿命」が大事だとも言われる。長生きのリスク(時間はあるがお金がない)ばかりが強調されると「定年後も身体が動くうちは稼がねば」と考える奇特な人も多いが、果たしてそれが良いのかどうか?

 

私は「人生で最も大切なのは時間」だと思っている。莫大な資産を有し才能や仲間に恵まれても時間(余命)がなければ何も出来ないからだ。殺人が大罪なのは相手の残り時間(余命)を全て奪うからだと思っている。問題はその「残された大切な時間を何に使うか」だ。仕事でも道楽でもそれが「本当にしたい事」なら良いのだろうが...。

 

Saigottimo

「あまちゃん」の頃からだろうか、私はここ数年NHKの朝ドラを観る事が習慣化している。今月末(厳密には4/9)迄は朝ドラ史上初めて3代(3人)のヒロインが登場する「カムカムエブリバディ」だ。大正時代からの百年にわたる物語で、タイトルは戦前からの人気ラジオ英会話番組(通称:カムカム英語)に因んでいる。

NHKのwebから番組ロゴ】

 

但し物語では「ジャズ」や「野球」等もテーマになっている初代ヒロインは戦死する夫と英会話やジャズの趣味で繋がり、娘の名をルイ・アームストロングに因んで「るい」と命名する。そしてその娘はジャズトランぺッターと結ばれ、3代目ヒロインとなる娘を「On The Sunny Side Of The Street」に因んで「ひなた」と命名する。*1

 

一方で「野球」は、初代ヒロインを慕うものの最終的には兄に譲って義弟となるヒロインの同級生が甲子園を目指す野球部員だ。戦争で甲子園大会は中止となってしまうが、大叔父の血を引いたのか、彼の姪に当たる2代目ヒロインの息子も野球名門校のスタメン入りを果たして、やはり甲子園を目指すのである。

 

「英語」と「ジャズ」の密接な関係については下記に記事化した。

洋楽を日本語で歌うことの是非 | Saigottimoのブログ (ameblo.jp)

歌わない訳詞と歌える創作詞 | Saigottimoのブログ (ameblo.jp)

今やジャズは世界中に普及して様々な言語で歌われているが、元々ジャズが英語(米語)のノリから生まれた事も確かである。

 

一方、「英語」と「野球」の関係では、戦時中の日本で「敵性語に当たるから」と、野球用語を「ストライク⇒よし」「アウト⇒ひけ」等と無理やり日本語に言い換えていた事が思い出される。だがよく考えればそもそも敵国の遊戯自体禁止すれば済む筈で、そんな思いをしても続けたかったくらい日本人は野球が好きな証拠だろう。

 

【戦時中の野球審判コール(高校野球ドットコムから)】

 

余談ではあるが「英語」と「野球」の関係でいえば、上記を笑えない。現在でも使う「フォアボール(四球)」「デッドボール(死球)」「ストレート(直球)」「ツーベースヒット(二塁打)」等はアメリカでは全く通じない。英語では夫々「Base on balls」「Hit by pitch」「Fast ball」「Double」である。野球用語はこうした似非英語だらけである。

 

そして私は「英語」「ジャズ」「野球」の3つには共通点があると思っている。それは“アメリカ文化”である。アメリカは世界最大の「英語」圏国家であり、音楽における「ジャズ」、スポーツにおける「野球」という二つの偉大な発明をした。建国してまだ250年程の歴史しか持たないが立派な文化大国と言えるのではないだろうか。

 

しかしアメリカはかつて敵国だった日本に原爆を投下した国であり現在も“盗聴や謀略の国”という嫌なイメージがある。一方で、「ジャズ」と「野球」を発明してくれた有難い国でもある。いま世界にこの2つが無かったらと考えると、自分が都都逸を歌って大相撲を観ているとは思えない。“罪を憎んで人(国)を憎まず”という事か。

 

*1:「On The Sunny Side Of The Street」には「明るい表通りで」「ひなたの道で」などの邦題がある。この曲に関しては下記に記事化しているのでご参照戴きたい。

明るい表通りで私が発見した事 | Saigottimoのブログ (ameblo.jp)

 

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石貫慎太郎さんの新作オーディオ・ドラマ「湖底に眠る記憶」に出演させて戴いた。私が石貫作品に出演させて戴くのは今回で14作目となるが、今作は私がまだ出演していなかった頃の「湖底に光る花」と、最近の「夜の樹海でピクニック」を足して2で割ったような、ちょっと不思議なお話。様々な効果音(SE)も聴き処の一つだ。

 

これまでの出演作は「キューピッドは雪女」「海沿いの夜行列車」「桃太郎達の焚火を囲む会」「コケノコの旅立ち」「夏の夜空を見上げて」「夕闇トンネルの幻」「煙突の上のコンペイトウ」「魔女のツリーハウス」「加乃子の海辺の夏休み」「お伽噺『桃太郎』の実態に迫る」「夜の樹海でピクニック」「海辺のレストラン」「三日月山の狼

 

主人公で姉のサツキは20代半ばのOL、弟の誠は大学生だろうか。二人は郊外にある実家住まいで、家には自家用車があるという設定だ。石貫作品は何処にでもありそうな日常的な環境を舞台にしつつも、ハイキングやピクニックや焚火という、ちょっと非日常的な時空間を通して視聴者をファンタジーの世界に誘う。

 

●「湖底に眠る記憶」【約30分間】←クリック!

■スタッフ

脚本/制作/ギター演奏:石貫慎太郎

カリンバ演奏:サブマリン

ヴァイオリン&ピアノ演奏:Au Bonheur(オーボヌール)

■キャスト

ナレーション:中田真由美

サツキ:山木梨花

誠:能登洋宇

少女:南春奈

老人:Saigottimo (開始18分過ぎから登場)

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今回の脚本を読んで思い出したのは、昨年家族旅行で行った奥多摩湖と小河内ダムだ。小河内ダムは我々東京都民の水がめとして日々お世話になっているが、着工は昭和13年で竣工は太平洋戦争を挟んだ昭和32年。この物語のダムほど古くはないが千世帯規模の集落が沈んでいることを現地の展示資料で知った。

 

【小河内ダム建設前(東京都水道局Webより)】

 

展示コーナーのダムが出来る前の写真などを思い浮かべると、この物語に出て来る少女や老人や集落の様子もリアリティを感じる。誠の台詞に「思念」という言葉があったが「念」という字は「今」の「心」と書く。人間の「思い(想い)」というものは時空を超えて存在し続けるもの(物質としてではなくとも)なのかも知れない

 

Saigottimo

3月11日(金)、渋谷SEABIRD第二金曜(二金)ライブ。先月はオミクロン株による第6波の到来で岩井バンマスが早々に中止を宣言したので2か月ぶりだ。当日は折しも11年前の東日本大震災の日と重なったが、現時点ではロシア軍のウクライナ侵攻が予断を許さない状況であることが一番の懸念である。

 

報道を見るにつけ、我々日本人も「平和(戦争終結)のために自分達に何か出来ることは無いのか」との思いが日に日に募るが、岩井バンマスから送られてきたフライヤーには「ウクライナ支援」の文字と同国の国旗が描かれ、当日はメンバー全員に岩井さんのお孫さんお手製のウクライナ国旗を象ったバッジが配られた。

 

【↓終演後の集合写真をフライヤーに合成】

 

「青が上ですからね」と言われ、そーか、日の丸は上下左右あまり関係ないが二色旗や三色旗は方向が大切だ。青と黄色で服全体をコーディネートした国会議員もいたが、こんな小さなバッジでも身に着けると気持ちが違ってくるから不思議だ。そもそも自国を含め国旗を身に付ける機会なんて滅多にないからかも知れない。

 

ヴォーカルはマッキー(こと牧かおるさん)が「Night And Day」「Call Me」、シットイン(飛入り)で女声ヴォーカリストの方に「Desafinado」を歌って戴いた。また、メインヴォーカルの出雲井裕美さんが、時節物の「Love Turns Winter To Spring」、そして通常はジャズワルツ(8分の6拍子)で演る「Bluesette」をボサで聴かせてくれた。

【リズムセクションとヴォーカル陣】

 

私は「If Love Is Good To Me」をナンチャッテ訳詞の朗読と共に歌わせて戴いた。この曲については昨年2月に当ブログに下記の記事にしている。この記事では「さて、今年は果たして春になったら、あるいは夏になったらライブで歌える世の中になっているのだろうか」と書いてあるが、現実には1年後になったわけだ。

 

 

また、上記の記事では「この愛」と訳したが、原詞は単に「Love」であって「This Love」でも「The Love」でもないので、「この愛」という訳は何となく違う気がして単に「愛」とし、訳詞の朗読も「もし愛が私にふさわしいものだったら」とした。まあ、歌はともかく、朗読のスキルは自分でも確実に上達しているのではないかと思う。

 

♪If Love Is Good To Me…2022年3月11日・渋谷SEABIRD第二金曜ライブにて♪ (🎥杉山さん撮影・編集)

 

【フロントのブラス陣】

 

今回は加藤さんと杉山さん(共にts.)に欠場懸念があったものの無事参加されブラス陣は4管の厚みあるアンサンブルを響かせてくれた。また、この日はお客様も思いのほか来て下さって盛況なライブとなったが、これも平和ゆえの事。このようなライブをすること自体が平和な世の中を謳歌することなのだ、と身に染みて感じた

 

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今はちょっとしたサウナブームらしい。サウナ(*1)と水風呂の交互浴による一種のトランス状態を指す「ととのう」という言葉は、昨年の流行語大賞にもノミネートされた。漫画家でイラストレーターのタナカカツキの「サ道 心と体がととのうサウナの心得」を原作に原田泰造が主演したテレ東のドラマ「サ道」が火付け役になった。

 

トースト(パン)は、バターを食べるための口実」(byバカリズム)とはまさに名言だと思うが、実はサウナも水風呂に入るための口実に過ぎない。てゆーか、サウナの悦楽の殆どは「水風呂の気持ち良さ」に他ならない。「ととのう」という感覚もこれまでに様々な深さで何度も経験したが、水風呂なくしては到達し難い境地である。

 

【テレ東・番組ホームページより】

 

サウナ愛好者を「サウナ―」と呼ぶらしいが、ならば私は中学時代から、もう半世紀来のサウナ―だ。会社員時代は「役員がカプセル(ホテル)はやめて下さいよー」と若手に嫌がられながらも単身出張はホテルを予約せずにサウナに泊まり、合宿に行けば皆が呑み終わって寝鎮まる深夜まで一人でサウナに入っていたくらいだ。

【行きつけの銭湯サウナ(笹塚温泉 栄湯webより)】

 

一般的にはサウナ室と水風呂を3回くらい往復するようだが、私の場合は野球に見立ててサウナを「表」、水風呂を「裏」として9回裏までの完投を目指す。体調や時間が許さない場合はせめて7回、それも厳しい場合は(先発投手の責任回数)5回を自らに課してきたので、1回の表裏が15分としてもサウナ入浴には3時間必要だ。

 

サウナ室に居る時間も「(タイマー半周の)最低6分間!」と決めていた。しかし最近になって「あと1分!」「あと1イニング(1往復)!」などと「頑張るのはアホらしい」と思うようになった。水風呂に行きたくなったらまだ5分でもサウナ室を出ればいいし、満足すれば4イニングでも上がればいい。要は「自分の心身に聞けばいい」と。

 

【12分計(赤い秒針が1周したら1分間)】

 

実は私は中学では茶道部だったのだが、茶道に「守破離」という言葉がある「守」とは基本原則やお作法を知って守ること、「破」とは原則を知りながら敢えてそれを一寸破ってみること、「離」とはもう原則等を離れて思いのまま自由に振る舞うこと。これは茶道に限らずどんな分野でも初心者から達人に至る道程なのだろう。

 

例えばファッションでも基本のコーデを「守」る段階を経ると、わざと原則を「破」ってスポーティな装いにドレッシーな小物を合わせてみたりしてみたくなる。そのうちに原則等から「離」れて自分の思いのままに装えるようになる。ジョージ秋山の漫画「浮浪雲」で主人公の女物の着流しなどは、まさに「離」の装いだろう。

 

つまり“サ道”において、私はようやく自分で勝手に作ったルールを「守」るのではなく「破」ったり「離」れようと思った訳だ。ヴォーカルは20年ちょっとだし、朗読はその半分以下だから、まだまだ「守」もままならないのは仕方ないとして、サウナ―歴は50年以上あるのだから、そろそろ「破」や「離」の境地もアリなのだろう。

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*1:「サウナ」にはミストサウナやウエットサウナもあり私は皆好きだが、本稿では高温低湿度の「ドライサウナ」を指す。

 

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