前回の記事で「洋楽を日本語で歌うことの是非」論があると書いた。英語ノリ必至のジャジーな曲は原詞の英語で歌うべきである一方、歌詞の意味を伝えたい場合は、やはり(歌い手も聴き手も母国語である)日本語で歌いたい。そこで、英語ノリがそれ程必要ない曲については“歌える訳詞”を作ったことも紹介した。
では「英語で歌いたいが歌詞の意味も伝えたい場合」はどうするのか?その場合は原詞を和訳した日本語の歌詞を、歌う前に“朗読”している。多くのジャズ・スタンダードにはバース(前歌)として本編のメロディの前に別のメロディと歌詞が付随していることがあるので、そのバース代わりに日本語詞を“朗読”するのだ。
例えば「春の如く(It Might As well Be Spring)」。この曲は、1945年のミュージカル映画「ステート・フェア」の挿入歌でジャズ・スタンダードとしてもよく演奏される。私も大好きでボサノヴァのリズムに乗せ、オスカー・ハマースタイン2世の原詞(英語)のまま歌うのだが、一方で私としてはこの極めて詩的な歌詞の内容も紹介したい。
【映画「ステートフェア」のポスター】
【左:1945年のオリジナル版、右:1960年のリメイク版】
原詞の英語は下記のタイトルをクリックしてLyrics掲載Webで確認して戴きたいのだが、私が訳した下記の日本語詞は歌わないのでメロディを意識する必要はない。しかし朗読するので読んだ際に響きが良い“読み映え”する言葉のチョイスと詩としてのリズムが求められる。“読むための訳詞”、言わば“歌わない訳詞”か。
「春の如く(It Might As well Be Spring)」
作詞:Oscar Hammerstein II
訳詞:Saigottimo
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嵐に揺れる柳のように、糸で操られる人形のように、
私の心は落ち着かない
まるで“春風邪”でもひいてしまったように
春でもないのに
目はうつろ、頭はぼんやりして、
まるで歌を忘れた夜鳴鳥のよう
なんで“春風邪”なんてひいてしまったんだろう
春でもないのに
どこか知らない風変りな街角を歩き、
いつか会うかも知れない、見知らぬ女性(紳士)から、
聞いたこともない言葉を耳にする
そんなことばっかり考えている
私はまるで白昼夢をつむぐ蜘蛛のように忙しく、
ブランコに乗っている子供のように目まぐるしい
クロッカスの花も、バラの蕾も、コマドリさえ見ていないのに
まるで春が来たんじゃないかと思うくらい
そわそわして、やるせなくて
本当に、なにもかも、まるで春が来たみたいだ
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この日本語詞をバース代わりに朗読するといっても、その譜面は無い。でも、バースなら譜面に従ってルバート(自由なテンポ)で伴奏してくれるピアニスト(かギタリスト)に「すみません、朗読の間、後ろで何か弾いててくれませんか」とお願いするとポロポロとそれっぽく即興で弾いてくれるからジャズミュージシャンは凄いと思う。
そして、朗読はヴォーカルとは全く別のスキルなので、いくら歌い慣れていても緊張するもの。だがここ数年間の前尾津也子さんらとの5Thanksでの朗読活動によって少しは自然体で読めるようになり最近では歌い終わった後に「MCも朗読も良かったですよ!」なんて褒められることもある(「じゃ歌は?」とは思うけどね...)。
⇒♪「春の如く」(朗読付)2020年2月14日渋谷・SEABIRD第二金曜ライブにて♪
そして、これとは真逆に「英語で歌う必要なく歌詞の意味もウ~ン」というケースに対して、原詞とは全く違う内容の日本語詞を作った事も。1960年の映画音楽「星を求めて(Look For A Star)」、この曲はゲイリー・ミルズが歌う映画のサウンドトラック盤よりビリー・ヴォーン楽団の演奏カバー盤がヒットしたくらいメロディは美しい。
【Look For A Star(星を求めて)のレコードジャケット】
この曲も原詞の英語は下記のタイトルをクリックしてLyrics掲載Webで確認して戴きたいが、私はこの曲の原詞が余り気に入らなかったので英語では歌わず、小野リサが1st.アルバム「カトピリ」でカバーしていたポルトガル語で歌っていたのだが、原詞の内容と全く関係ない下記の日本語の歌詞を勝手に創作してしまった。
作詞/作曲:Tony Hatch
日本語詞:Saigottimo
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忘れかけていた 微笑みのなかで
いつかきっと会える Look For A Star
誰もいない夜に 瞳を閉じれば
いつかきっと会える Look For A Star
誰でも心のなかに 永遠につづく
輝く記憶を秘めた 無数の星がある
いつかきっと会える あの頃のあなたに
空にまたたく想い Look For A Star
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2005年12月8日(木)四谷三丁目「Bobby's」で、いつも通り1番をポルトガル語、2番をインスト(楽器演奏)、3番を日本語詞で歌った際、クラリネットの松平さんが横目で私を見て「…楽しそうに歌うなぁ…」とつぶやかれたのが印象的だった。これはもう訳詞ではなく自作の「歌える創作詞」だから楽そうに歌っていたのだろうか。
⇒♪Look For A Star 2014年6月6日渋谷・SEABIRD第一金曜ライブにて♪
Saigottimo