東京五輪同様コロナ禍の開催でもあり、また政治ボイコット問題もあって何かと物議をかもした北京五輪もいよいよ終盤。日本は歴代冬季五輪最多メダル数となるなど、連日のメダルラッシュに沸いている。ミーハーな私はテレビ中継を見てはメダルを獲得するたびに飛び上がったり拍手をしたり、まあ、なんとも単純な人間だ。
【JOCのWebより】
複数メダルを獲得した高木美保の影で、平昌五輪では金メダルを獲得して主役だった小平奈緒が静かに走り終えた。彼女はメディア露出もけっして多くはないがインタビューでの「(この大会で)成し遂げる事は出来なかったが、自分なりにやり遂げる事は出来た」(2/17のインタビューでの応答)という言葉が、私の心に刺さった。
そうか。「成し遂げる」と「やり遂げる」は違うんだな、と改めて認識した。どちらも「遂げる」という言葉がついているが「成し遂げる」というのはメダル獲得や目標記録など、何らかの成果を達成する事だろう。それに対して「やり遂げる」というのは、成果の如何に拘わらず最後まで全力を尽くすという事だろう。
どちらも尊いし難しいことだが、誰しも目標を持って臨む限りは達成したいだろうから先ずは「成し遂げる」事を目指すだろう。でも彼女のように「もうメダル獲得は難しい」と思っても、最後まで放り投げずに全力を尽くす事は難しいと思う。だから小平奈緒の言葉が私の心に刺さったのは「やり遂げる」事の尊さである。
【毎日新聞のWebより】
彼女は前回大会の金メダリストだから「今回は調子が出ない」「今はケガや故障で実力が発揮できない」として欠場したり棄権することも出来たかも知れない。そうすることで「本来の実力を出せば私はもっと凄かったんだ」と誇示する事も出来たろう。でも彼女は現時点での全力を尽くし、そしてメダルには届かなかった。
メダルが獲れなかった事は「敗北」とも言えるが、それは欠場しても棄権しても同じで成し遂げられなかった事である。でも彼女は「成し遂げる事は出来なかったが、やり遂げる事は出来た」と自らを評価した。つまりベストを尽くし切ったことについては「勝利」したとも言えるのだ。私はその点で彼女を「勝利者」として称えたい。
自らを省みれば学生時代も会社員時代も形となる成果は何ら残せず、何の「賞」も獲れなかった。つまり「成し遂げる」事は何も出来なかったと言える。だが22歳の新卒で就職して65歳まで43年間勤務して退職し、その間はベストを尽くし切ったとは自負できる。ならばこれは「やり遂げた」と言ってもいいのかも知れない。
そう考えてみると小平奈緒の言葉が私の心に刺さったのは、単に歳を重ねて人生の哀愁を感じ取れるようになったという事以外に、どこかで自分の半生を重ねて見ていたからかも知れない。ま、オリンピアンでメダリストの天才アスリートに凡夫である自らの生き様を重ねるなんて、おこがましくて失礼極まりない事だが…。
Saigottimo

