「英語で歌いたいし歌詞も伝えたい洋楽」については、歌う前に和訳した日本語詞をバース代わりに“朗読”していることを紹介した。その際「朗読はヴォーカルとは全く別のスキル」だと述べたが、歌の中の“語り”(「君といつまでも」の「幸せだなあ~」等)はヴォーカルの一部じゃないの?という疑問を持つ人も居られるだろう。
いやいや“朗読”と“語り”は違うのだ。「何事も本格的にやらない」をモットーに歌も朗読もちゃんと習ってない私が言うのも恐縮だが、これは体験的にも自明である。“朗読”というのは詩や小説の様に文字で読まれる事が前提の「作品」を読者に代わって読むのだが、“語り”は演者自身の言葉で表現するのが前提だ。
朗読は、舞台上で演者が作品を手に持って読むことが多い。これは暗唱しきれなかったからではなく、主体が「(演者ではなく)読まれる作品そのもの」だからである。一方で語りは歌と同様で台本など持たずに演じるいわば「一人芝居」であり(楽曲や戯曲の)作者は居ても舞台での主体はあくまでも演者自身だからだ。
「君といつまでも」もそうだが、“語り”が入る楽曲は昔から多く、洋楽ではパット・ブーンの「アイル・ビー・ホーム」(語りは2番)、トム・ジョーンズの「想い出のグリーン・グラス」(語りは3番)、プレスリーの「今夜は一人かい?」(後半殆ど語り)など、ヴォーカリストも歌の延長で一人称のまま語れば良いのであまり抵抗感はない。
ところが“朗読”はそうではない。前回の「春の如く」の和訳詞もそうだが、日本語の「詩」という作品形態にして、それを読者に代わって声に出して読むのであり、歌とは全く異なるパフォーマンスだ。私も朗読し始めで要領を得なかった時分は間が持たず、聴いているお客様の方が気恥ずかしくなって吹き出してしまったりしていた。
また、朗読に近いが、ドラマの状況説明や番組のタイトルコールなどの“ナレーション”もある。昔々日曜夜6時NHK-FMで「リクエストコーナー」という番組があり、ビリー・ヴォーン楽団の「真珠貝の歌」に「新しいリズムに懐かしい調べの数々、貴方のお好きな曲を集めてご一緒に楽しむ1時間」という石田豊氏の名調子が懐かしい。
そして極めつけのナレーションはFM東京の深夜番組「ジェット・ストリーム」だろう。フランク・プウルセル楽団の「ミスター・ロンリー」に乗せた初代パイロット・城達也氏のナレーションは、下記の堀内茂男氏の名コピーと相まって1970年から25年間にわたって多くのイージーリスニング・ファン、洋楽ファンを魅了し続けた。
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遠い地平線が消えて
深々とした夜の闇に心を休める時
はるか雲海の上を、音もなく流れ去る気流は
たゆみない 宇宙の営みを告げています
満点の星を戴く 果てしない光の海を
豊かに流れゆく風に心を開けば
きらめく星座の物語も聞こえてくる
夜の静寂(しじま)の何と饒舌なことでしょうか
光と影の境に消えていった はるかな地平線も
まぶたに浮かんでまいります
これからのひととき
日本航空があなたにお送りする音楽の定期便
ジェットストリーム
夜間飛行のお供をいたしますパイロットは
わたくし 城達也です
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2020年1月9日(木)渋谷・SEABIRD一金ライブで、このナレーションを付した「ミスター・ロンリー」を初演した。この曲は1964年にボビー・ヴィントンが全米No.1ヒットにした歌物なので、歌の部分は歌い、間奏に当たる楽器ソロの尺で上記のナレーションを読んだ。
⇒♪Mr.Lonely(ジェット・ストリーム語り入り初演)…2020年1月9日、渋谷・SERBIRD♪
前行にリンクされた初演の音源を聴いてもらうと、「これからのひととき、日本航空が~」のくだりで聴衆が失笑し、尺ピッタリで語り終えた途端に「おぉ」という歓声と拍手が上がっている。一人称の歌と三人称のナレーションの切り替えや尺もピッタリ合わせるよう何度も練習したからだが、ま、色物としては成功でしょうかね。
Saigottimo
