全く不運としか言いようがないが今年はコロナ禍で各種大会や卒業/入学式も中止となり里帰りも出来ない人が多かった。おそらく結婚式を見合わせたカップルも居ただろう。4月からライブ出演は差し控えている私も結婚シーズンの6月には歌ったであろう曲を歌えなかった。その曲名は「To The Aisle(トゥ・ジ・アイル)」。
耳で聞くと一瞬「通じ合える」という日本語に聞こえるが、そうではない。Aisleは通路を指す。それに定冠詞(The)が付いた「The通路」とは何か?それは教会の中央通路、すなわちヴァージン・ロードである。従って「To The Aisle」とは男女が出会って、一歩一歩「結婚(式)に向かって」結ばれていく過程を描いた歌なのだ。
ドゥワップ(Doo-Wap)と呼ばれるスタイルのこの曲は「ファイブ・サテンズ」1957年のヒット。といってもトップ10に入るような大ヒット曲ではなかった(全米25位)こともあって、私は映画「アメリカン・グラフィティ」(1973年)の挿入歌として知った。この映画は1962年夏のアメリカ西部の小さな街での一晩の出来事を描いている。
歌詞はこう始まる…まず少年と少女は出会い、腰掛けて他愛もない会話をする、そしていつか君は彼女に「試しに僕と付き合ってみない?」と尋ね、彼女が「いいわよ」と言った瞬間君のハートは高鳴り、そして君らはバージンロードに一歩近づく…。歌詞の和訳と意味は、みるんさんという方が完璧に記事化して下さっている。
コーラスの最後(サビ後の主旋律)では「彼女の指にリングをはめると涙があふれる、そのとき君は彼女が永遠に君のものだと知る、そして君らはバージンロードに一歩近づく…」上記のみるんさんによれば、時系列的に考えると(バージンロードに近づく、つまりまだ歩いていないので)この“リング”は婚約指輪だろうとのこと。
映画の中では、まさに歌詞が未来を暗喩するようなドラマチックなシーンでカーラジオから流れる。そして何より間奏がツイン・サックス(サックス2本のハーモニー)で私の大好きなビリー・ヴォーン楽団の代表曲「波路はるかに」を想起させたこともあり、全編オールディーズの目くるめく40曲のなかでも特に私の耳に残った。
【大阪USJのレプリカ店】
この映画はDVDを買って何度見ても、街並みが懐かしくて涙が出る。大阪のUSJでは家族と別れて一人だけ映画の舞台「メルズ・ドライブイン」のレプリカ店に半日入り浸り、店内で流れるオールディーズを延々と聴いていたが全く飽きない。何故だろうと不思議だったが、実は私の幼少期の環境がそうさせたのだと気付いた。
私の母が営む注文婦人服店は小田急線「参宮橋」駅至近の西参道沿いにあった。徒歩3分の明治神宮のすぐ隣には「ワシントンハイツ」という駐留米軍の高級将校用住宅街があり、現在の「オリンピック記念青少年センター」と代々木公園を合わせた広大な敷地で、そこはまさにアメリカそのものだったのだ。
【上:当時のワシントンハイツ】
【下:代々木公園に残る記念棟】
米軍高級将校の子女を乗せた焦げ茶色に白文字のスクールバスや当時驚くほど大きかった米国車フォードV8などが西参道を行き交っていたことはクルマ好きだった私は鮮明に覚えている。大人は絶対入れてくれなかったろうが我々子供は金網の隙間からハイツの中に入って遊んでいた事も朧気ながら記憶がある。
【上:西参道にあった母の店】
【下:店の写真が掲載されたカタログ】
【上:現在の西参道(の母の店跡地)】
【下:明治神宮側から臨む現在の西参道】
0歳から6歳まで参宮橋で暮らした私は乳母車や店のショウウィンドウ越しに米軍家族が闊歩する西参道の街並みを眺め、縫子さん達がミシンを踏む2階の仕事場のAMラジオでは50年代後期の洋楽やカバーポップスを聴き、金網を潜って米軍将校の子女と戯れていたこの時期がアメリカングラフィティだったのだろう。
♪To The Aisle の初演(2008年3月13日・四谷三丁目「Bobby's」での根市タカオさんセッションで)♪
Saigottimo








