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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

今回は、少々禁断なネタ?なのかな~と。

 

 

よって地図なし。期待もなしでお願いします(笑)。

 

 

 

 

【前篇】に続く。

 

 

2017年3月5日、発作的に敢行した「丸山ダムとともに去りぬ」ツーヤオ(八百津・笑)弾丸ツアー。

このツアーは、一部を残してほぼ記事にしている。前説湯谷橋旅足橋湯谷橋から東進米澤橋二股隧道宮ヶ谷橋宮ヶ谷橋から東進五月橋柏木橋柏木隧道リベンジ篇再びの旅足橋、帰路での吐月橋今宵ご紹介するのはこれまた帰路での寄り道物件。

 

 

 

まずはこれ。

岐阜県道63号美濃加茂和良線の、こんなトンネル。

 

 

 

 

 

お名前は、

宝泉坊トンネル。

 

まあ、実にどうってことない現代的トンネルなのだが、今宵のお題はこれではなくって。

 

 

 

 

 

引いて見ますとね、

こんなんなっているのだ。

 

 

 

 

 

打ち棄てられた旧道!

現道との「絶妙な断絶感」が実にいい。こういう感じ、ありそうで案外ない。

 

 

 

 

 

これを辿って進んでいく。

左へ左へとカーブし…

 

 

 

 

 

その奥に…

いらっしゃいました。

 

 

 

 

 

旧隧道。

ピッシャーンと閉じられているけれど。現在地こちら

 

 

 

 

 

もちろん、「ある」ことはわかって来たのだが。

お名前はやはり同じ…だが「宝」が旧字で表記された「寶泉坊隧道」。

 

簡素なコンクリートポータル…に見えたが、このピッシャーンな閉じられ方、観察の意欲さえも殺がれた(笑)。

 

 

「平成16年度道路施設現況調査/国土交通省」によると、昭和43年建造、延長111m、幅員6.2m、有効高3.8mとのこと。

 

 

 

 

 

坑口前からの振り返り。

こんだけピッシャーンと(言いたいだけ)閉じられていたら、できることはなにもない。さっさと撤収~。

 

 

 

 

 

つうわけでここは、

この旧道のたたずまいを愛でるのが正解、な物件だった。

 

 

 

 

 

この感じとか、

地味にいい~。

 

 

 

 

この隧道、2004年秋にその役目を終えたようだ。その現役末期~廃化直後の姿を記録されているのが、「うさ★ネコサンド」さん。ここにリンクを貼らせていただく。

 

 

今となっては非常に貴重な記録であり、ぜひご覧いただきたい。こういうのはこの趣味をやってる意義・醍醐味(のひとつ)ですなあ。

 

 

 

余談ながら、付近には「法仙坊ゴルフ倶楽部」なるゴルフ場があり、漢字が違う。どっちが間違いとかでなく、どっちもあるパターンか?

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

今回は、「ザ・京都」的な街並みの一画で生き永らえている、「ザ・京都」的な住所の看板をご紹介。

 

 

 

どうでしょう。

これぞ多くの人がイメージする京都的な要素を含んでいると思うのだが…そうでもない?

 

そして今回も簡単。もう見つけましたよね。

 

 

 

 

 

はい、これ。

「みやがわすじどおりえびすずしさがるみやがわすじよんちょうめ」。うーむ、まさに「ザ・京都」(笑)。

 

最下部に書かれていたはずのスポンサーはもはや薄れすぎて判読完全不可。だいぶ古いものだと思うが、最上部には東山区と書かれているので、最古で昭和4年モノということに(何度か書いてるが、下京区から分区して東山区が誕生したのがこの年)なるが、そこまでは遡らないかな。でも戦前モノの可能性は高そうだ。

 

 

 

 

 

 

以上~。

 

 

 

 

2019年9月16日訪問物件群の月イチ連載記事。…って書いとかないと忘れ去られてると思うので(笑)。月見橋遊覧橋笠屋橋神日橋より続く。

 

 

次なる橋…。

しかし判で押したように、同じ橋が続く。当日の現場ではテンションを維持していたが、記事にしてみるとダレてきたなあ(笑)。

 

いやいや、やりかけたものは最後までやるぞ。たとえ「いいね!」が少なくても(爆)。

 

 

 

 

 

つうわけで場所はこちら

この感じも、どれも同じね(笑)。

 

 

 

 

 

今度のお名前は

「しんほうはし」。どんな字を書くんだ?

 

 

 

 

 

上流方向。

木こそ邪魔だが、依然としてここまでの四橋すべてが視認できる距離しかない。

 

 

 

 

 

鳴尾新川筋が開削され、

そこに意匠の統一された橋たちが一斉に架けられた。そのこと自体は興味深い事象のように思う。

 

 

 

 

 

すべては、

「昭和八年架設」。

 

 

 

 

 

そしてお名前の漢字は

「進寶橋」。

 

 

改めて記事タイトルを見直していただきたい。「鳴尾新川筋の風雅な橋たち」。

 

「風雅」という言葉は、なにもこの統一された洒脱な意匠のことだけではなく、橋たちの名づけそのものに色濃く感じてつけたもの。「笠屋」はともかく「月見」「遊覧」「神日」ときて「進寶」とは、これどういうメッセージが込められてるんだろうか。

 

以前「遊覧橋」の記事で書いた…というかパクらせていただいた鳴尾百花園~武庫川遊園との絡みが想像されるが、このあたり、今でいう高級分譲地みたいな位置づけだったんだろうか?

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら(むろん現場ではまだ鳴尾百花園のことは知らなかったが)、

続々現れる橋たちを愛でていった。

 

 

 

 

もちろんまだ続くよ(笑)。

 

 

 

2011年2月20日、第六次房総探索。この日のネタで記事にしているのは宮城隧道大神宮隧道白浜の謎の穴畑2号第三隧道西沢隧道東仲尾沢トンネル

今宵ご紹介するのは、時系列では西沢隧道の後に訪ねた物件。うーむ、前半のブツに偏ってるな。

 

 

 

まずはこれ。

このような、離合不可な細道を進んでゆくと、

 

 

 

 

 

現れましたるは、なんだか鬱蒼とした隧道。

隧道前は気持ち広くなってるが、それでも軽どうしくらいしか離合できないでしょこれ。場所はこちら

 

 

 

 

 

この隧道で目を引いたのはこれなんだが、

ナニこの門柱みたいなやつ?

 

これはコンクリートでできているように見えたが、こんな構造物のある隧道、今に至るまで公道ではこいつしか知らない。なんならこれのせいで、ただでさえ狭い隧道がさらに狭くなってるし。

 

 

 

 

 

フラッシュ・オンでの鉄板の構図で見ていただくと、

その存在の異様さがわかりやすいかと思う。

 

これ…なんでしょね?門柱でないならば。まさかの意匠?

 

 

 

 

 

こちらノンフラッシュ・ヴァージョン。

やっぱこっちのが好きだな~。つうかこれ、軽どうしでも厳しそうですな、離合(笑)。

 

 

 

 

 

で、この隧道、初見でコンクリート隧道だと思ったのだが、

どっこい、こう見えて完全素掘り!

 

 

 

 

 

この滑らかで美しいアーチ、地層の織りなす文様がなければ素掘りとは思えないレベルで、

業界的にも完全無名と思われる隧道でこのクオリティ、さすが穴の国・房州ブランド(笑)としか言いようがない。

 

 

 

 

帰って判明したこの隧道のお名前は、大井隧道。「平成16年度道路施設現況調査/国土交通省」によるとそのスペックは、延長83m。幅員3.0m、有効高2.6m。建造年は不明とのこと。

 

 

 

 

 

この隧道は南房総/館山の市境となっており、

抜けたこちらは館山市側。

 

 

 

 

 

鉄板の構図。

こっち側のほうが、隧道幅員も道路もちょっと余裕があるようだ。…世間様の感覚と乖離してるかもしれんが(笑)。

 

 


 

 

以上、全くのマイナー隧道ながらも、けっこう印象に残っているブツをご紹介しました~。