穴と橋とあれやらこれやら

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

かなり久々の、次回予告篇。

 

 

先日の遠征、初日一発目のをやろうかと。それはリベンジ物件でもあって。

 

 

それにしても、いきなりあんな展開になるとは…

 

 

 

 

【1】に続く。

 

 

 

拙ブログで以前記事にした、石川県金沢市の地代隧道。正直、覚えている方もほとんどおられない記事だと思う。しかし、これに食いついてくださった方がいた。ここを準地元とするブロ友のMEINDLさんがその人。

いや、隧道もさることながら、その西側坑口そばに建立されている石碑にいたく興味を持ってくださって、というのが正確なところ。

 


わたくしの記事投下以来三年余、お忙しい中様々な調査をされたその成果を先日記事にしてくださったのでぜひご紹介したいのだが、まず先に

 

こちらの我が過去記事に目を通してからご覧いただくと、より分かりやすいかと。

 

 

 

 

 

その上で、こちら。

 

わたくしが御託を並べるよりもぜひご覧いただきたい。

 

我がもっとも苦手とする机上調査と数度にわたる現地調査を組み合わせた、まさに集大成。個人的には単なる行きずりの隧道に過ぎなかったものが、ひとつの物語として改めて訴えかけてくるような、そんな感覚を味わわせていただいた。

 

 

 

 

 

上記は机上調査編だが、その前に考察(妄想)編があり、これまた楽しい。

 

 

 

さらにその前に、前中後に分かれた本編。これらもぜひ。

 

 

 

 

…つうか、なぜ遡る形で紹介するねん(笑)。

 

 

 

 

記事タイトルがもう恐縮。何気なく書いた記事に対してこんなに興味を示してくださり、色々調べてくださったということがとても嬉しかった。改めてMEINDLさん、ありがとうございました!

 

 

 

しばらくぶりに、謎のシンドロームが発生した。12月2日の夜くらいからにわかにアクセス数が増え始めて、3日になっても勢い止まらず。


これはなんぞ?と見られてる記事を調べてみたら、

 これだった。


言うてもそうそうハネそうな記事でもないし、こりゃまた何かで採り上げられたのか?と思って調べてみたんだが…あいやー、全然わからん。



結局3日のアクセス数は、


5,319に達した。ほおぉ…




それよりも驚いたのが、その副産物として、

カメラ(風景写真)ジャンルで、初めて1位になった!ビックリ!

これまでの最高位はたぶん2位だったので、初の首位奪取ということになる。まぁそうそうないことだろうし、いいネタなのでこうして記事にした次第。


けど一点引っかかるのが、


こんだけ見られているということらしいのに、人気記事にランクインした当ブログの記事のリストには

全然入ってませんやん!

こういうところがイマイチ信用できないというか、釈然としない部分ではあるんだが、まぁネタをいただけただけでも十分だ。






実は本日4日の夜から6日まで大分福岡弾丸出張。いま新幹線で熊よけスプレーを噴射 西へと移動中であります。かなり強行スケジュールなので、お遊びはナッシンで。


先日の遠征からの一発目は、「ある意味一番響いた」物件をご紹介。あくまで当社基準であります(笑)。

 

 

2023年11月24日、中国地方TSHO周遊の二日目午後。この趣味に限らなくても我が人生ではかなり経験値のない、「車道でつながっていない正真正銘の島」への上陸を果たしていた。それが瀬戸内海に浮かぶ大崎上島。瀬戸内海で他の島と橋で結ばれていない島としては、小豆島に次ぐ大きさ…に見える、知らんけど(笑)。

 

 

この島でいくつか事前チェックしていた物件があり、そのひとつである某橋に到着したところ、いきなり目に飛び込んできたのは、それとは別の、まったくノーマークだった橋。おおおお!?ってなった。

 

まずは事前チェックしていた橋へ向かったが、


そこから望んだこいつ、これが今宵のお題である。一見してなにか…お気づきに?

 

 

 

 

 

おもむろに接近して、

もうおわかりですね?

 

 

 

 

 

さよう、橋桁側面に橋の名前が書かれて…ではなくて、

切文字で取り付けられてる!おもろ!

 

もっと大きな橋だったり舟運のある橋であれば、側面に橋名が書かれていたり扁額が設えられていることがあるが、こんなサイズ、こんな立地でというのは…見たことない。あ、場所はこちら

 

 

 

 

 

シカーモ。

「か」「い」「か」「ん」「は」「し」。

 

わざわざ切文字で、ひと文字につき二本から三本、取り付けるためのステーが桁から生えている。地味にめんどくさいもので、単なる銘板でもよかっただろうし、なんなら名無し(銘板や親柱無し)でも全然ありだったと思うのだが。いやこれは珍しい。珍品中の珍品じゃなかろうか。

 

あと、桁は鋼製だと思われるが、なにげに上面が太鼓橋ふうに膨らんでいるのが気になる。どうなってんだろうか。できるものなら川に降りて下から見てみたかったが、実はここ地味に人目が多く(後述…地図見りゃ想像つくだろうが)、それ以前に降りたら最後よじ登れなさそうだったので、叶わなかった。

 

 

 

 

 

東より正対。

これだけ見れば、まあなんともコメント浮かばないが。

 

「かいかんはし」なる名称は、きっと渡った先の建屋に関連したものと思われるので、これから確かめたい。

 

 

 

 

 

下流側にもやはり、

切文字の橋名。残念ながら、橋にまつわるこれ以外の情報は発見できなかった。

 

 

 

 

 

 

橋上から望む、上流側。

向こうに見えてるのが、事前にチェックしてきた橋だったが、完全にお株を奪われたな。

 

 

 

 

 

こちら下流側。

ちなみに川の名前は、原田川というようだ。この先200mちょいで、海へと至る。

 

 

 

 

 

さてこちら、

渡りきったところ。この建物がきっと「かいかん」なんだろう…

 

 

 

 

 

と思って表に回ってみたら、

「大西老人集会所」と表札が掲げられていた。

 

予想通り、いわゆる地域のコミュニティ施設。おそらく以前は「~会館」のような名称だったのかもしれない。なので漢字での橋名はほぼ間違いなく「会館橋」だろうとは思うのだが、切文字情報しかないため、あえてこれを記事タイトルとする。

 

 

 

 

 

で、先ほど渡ってきた東側には、

大崎郵便局がある。

 

けっこうひっきりなしにここに人や車がやってくるため、のどかなこの島にあってもかなり人目は多いのだった。

 

地域にとっての重要施設を結ぶ橋ということで、ああした切文字のような特殊なひと手間が施されたんだろうか。見たところ昭和40年代頃のものに見えるが、それ以前からここには橋が架かっていたのかもしれない(今昔マップでは微妙にエリア外…)

 

 

 

 

 

ちなみに、ストビューでは2014年の映像が見られるが、集会所の隣には住宅が建っていたようだ。

そして、当時は桁の色が違ったようだ。ウグイス色というか。切り文字もサビサビ。

 

当たり前ながらちゃんと手入れされているということなんだが、Q地図に載っていないということは、大崎上島町の管理ではないのだろうか。ちょっと調べた範囲ではわからなかった。

 

 

 

いや~、事前に色々調べて行くけど、いや逆にだからこそ、こういう偶然の出会い物件は嬉しい・楽しい・大好き(笑)。やっぱこういう出会いが醍醐味ですわ。

 

 

 

 

以上。

 

 

月イチペースでやっていたはずのこのシリーズ、気づけば10月、11月と2ヶ月もすっ飛ばしてた。我ながらびっくり。

 

 

つうわけで、今回はこれ。

この看板とか、周囲は錆びて腐食が見られるものの、肝心の文字部分はほぼ無問題で文字もクッキリ。

 

いつも思うんだけれど、京都にあるこの手の仁丹看板って、なにか魔術でもかかってるんじゃないかと思うほどに、保存状態がいいものが多い。古いものなら100年近くも風雨にさらされてきているというのに、どうやったらこんなコンディションで残る?もはや怖いレベル。

 

 

そんな仁丹看板だが、明らかに以前あったものがなくなっているケースを立て続けに発見した、家屋は建て替わってないので、もしかしたら…盗難?考えたくないけど。イヤやなぁ…。

 

 

 

今年は6月に一度仁丹ハントに行けただけで、とんとご無沙汰(今回のこれもその際のもの)。残された未探索エリアにも行きたいんだが、なかなか…。