2023年3月6日に敢行した、初めての横須賀散策。この日のネタで記事にしているのは、船越防災隧道と最終盤の妙法橋(夫婦橋)、向坂隧道。今宵ご紹介するのは、中盤で訪ねた隧道。
まずはこれ。

正面奥に、すでにそのお姿が見えている。現在地こちら。
ちなみによく見ていただくと、右の道の先にも隧道があるが、あちらは先にた。
坂を上って、ご対面。

殺風景な、コンクリポータル。だがこれは改修された姿であろうことを、後に知る。
そして第一印象は、「長い」だった。この日巡った22本の隧道(ちなみに徒歩でだ)の中には延長不詳のものもあったけど、おそらくその中では一番長い隧道だったと思う。ちなみにQ地図様によれば、延長204m。
扁額には、

「梅田隧道」。銘板の類はなく、それ以上の情報はこの時点ではわからなかった。
そして、洞内が…

おお~。
全面的に波型ライナープレートで保護されていて、たぶん面白くないといえばそうなんだが、個人的には意外と嫌いじゃない。
さっそく入洞。

この、光線光の射し具合を活かした鉄板の構図。これまた個人的に嫌いじゃない…てか好き。
「追浜最狂」。

ふーーん(笑)。
…みたいな落書きは少しだけあったものの、それ以外はきれいなもの。

波型ライナープレート特有(…なのか?)の、このサイバーパンク感(謎)がいい。
特にアーチ部分が始まるこのあたり、好きなのよね~。
人が来ない隙を狙って、

こんなローアングルで撮ってみたり。これだいぶ前にインスタに載せたな。お気に入り。
入ってきた方をズーーム。

そして、

抜ける手前で鉄板の構図。
抜けまして~の、正対。

宅地化が極限まで進んだ感のある横須賀にあって、ここは坑口付近には住宅がなく、いにしえの山越え感を感じられた。左右の落石フェンスも然り。
そして隧道から続く土留め擁壁は、

実に味のある石積み。かなり古そうだった。
隧道を後に、2分ほど坂を降りていったところに、

曰くありげな石碑を見つけてストップ。
果たしてそれは、

「梅田隧道碑」。
かたわらの説明には、「軍用以外では、本市で最初のトンネルで、近隣町村の有志が多額の費用を出し合い、明治二十年三月に完成した。碑は大正四年に建てられた。」とある。
ほお~、全国屈指のレンコン町である横須賀において、一般道路隧道の嚆矢となった最古の隧道だったとは。
そばの看板には、さらに詳細な説明が。

各自お読みくだされ(笑)。
裏面には、

「建設者氏名」ということで、工事に携わった人々の名が刻まれていた。
隧道完成から30年近く経っての碑建立は「先人たちの努力と功績を後年に伝へるため」と看板にあったが、ちょうど感謝の念が薄れる頃だったのかな~人間ってやつは…とか、つまらんことを考えたっけ。
この時点で、アップダウンの激しい横須賀の街を歩き始めて3時間半以上。だんだん疲労を感じだしていたが、結果あと2時間半はあるくことになった。
以上。