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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

 

 

【前篇】より続く。

 

 

八風谷の吊り橋の吊り橋を渡り終える前から、

次なる吊り橋が、もう見えている。長浦橋&清水橋と同じような配置で、あちらほど近接してはいないが、テンションは上がる。いいよねこういうの。

 

 

 

 

振り返って見る、八風谷の吊り橋。

日影で残雪が多いため、マジでメインケーブルに引っかける高さ。こちらも警戒色が施されている。

 

 

 

 

そしてこちらが、

第二の吊り橋、わたくし命名は「茶屋川の吊り橋」。

 

余談だが、茶屋川とは愛知川の上流(源流)部の呼び名だが、地図によっては変わらずこの付近も愛知川と表記しているものもある。

気になって調べてみたら、「もうちょい下流の杠葉尾付近で神崎川と合流するまでは“茶屋川”、合流後が“愛知川”という理解が、公的資料とも整合して正しいと考えられる。ただし、一級河川区間の起点や簡略地図の都合で、上流もまとめて“愛知川”と書かれる場合がある。」って感じかな。

 

 

 

 

こちらも変わらず、4人以下制限。

ていうか、なにもかもが八風谷の吊り橋とそっくり同じ。まさに兄弟(姉妹?)吊り橋だ。

 

 

 

 

ただ、

こっちのほうがちょっと長いな。

 

 

 

 

では、渡る。

影から光へ。

 

 

 

 

橋上から望む上流側。

そこがまさに茶屋川と八風谷の合流点。

 

 

 

 

こちら下流側。

見えないけど、向こうの斜面上に国道421号が通っている。

 

 

 

 

渡りきったところには、

謎のコンクリ壁が。けっこう高~い。

 

 

 

 

そしてその先、

こうなる。

 

後で調べてみたら、これは関西電力黄和田発電所の導水路であるようだった。先ほどのコンクリ壁も関連施設?のものかな?関電の境界杭は、やはりこの導水路界隈の保守のための巡視路であることを示すものだろう。

 

 

 

 

今思えばもうちょっと進めばよかったなと思うんだが(進んだら、なにかの建屋があるらしい)、橋が目的だったわたくしはここで引き返した。

 

で、戻りに動画を撮った。よければご覧あれ。

残雪と水音と。少しでも涼を感じていただけたら幸いでございます。

 

 

 

 

サクサク登って

茨川林道へ復帰。

 

 

 

 

そして…

ノートさんへ。

 

 

 

 

個人的おまけ。

ノートさんで雪道を走行したのは、ほぼこの日だけだったかも。貴重な俺得記念写真で〆とする。

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

2017年2月26日の県内徘徊にて出会ったネタ橋をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、近江富士2号橋険道遊び夫婦橋虻飼橋頓宮大橋猪鼻の非人施行田碑

 

今宵と次回に分けてご紹介するのは、時系列では夫婦橋と虻飼橋の間、かねてから訪ねたかった物件たち。このクソ暑い中、涼感のあるネタ…と考えてて思いだした次第であります。

 

 

まずはこれ。

車を停めたのはこのへん

 

酷道…が解消された後の国道421号から茨川林道に入り、八風橋を渡ってすぐのところ。ここに停めて歩くことにした。駐車場所なさそうだったから。白いものは、見間違えじゃなく、雪ですよ。

 

 

 

 

しばらく歩くと、

目印が見えてきた。

 

 

 

 

ここの入川口から降りる。

実際のところ詳しいアプローチは知らずに来たんだが、位置的にここで間違いないだろうと。

 

 

 

 

めっちゃしっかり整備された道を降りてゆく。

この感じは遊歩道ではない。おそらくは巡視路か。

 

 

 

 

タッタッタッと2分ほども降れば、

よっしゃ、見えてきた!…擬態みたいに見にくいけど、わかりますかね?

 

 

 

 

渡るよりも先に、下から。

はい、お題は吊り橋でありました~。

 

この趣味初期によく参考にさせてもらっていた「近畿の吊り橋」さんで「茨川林道の吊橋」として記録されているものだが、「名前の付けようがないのでこういう仮名になってしまいました」と書かれているので、わたくしば架かっている谷から名前をいただき、「八風谷の吊り橋」とする。なんかカッコいいし。

 

 

 

 

サイドから。

これが八風谷。今いるまさにこの場所で、茶屋川に流入している。

 

 

 

 

そのまま視線を右へと移せば、

もう1本、吊り橋が架かっている。これは事前に知ってたけどそれでもテンションは上がった。てか、これまた擬態してて見にくいな…。

 

 

 

 

では、改めて…

渡らせていただこう~。

 

 

 

 

正対。小ぶりなコンクリ主塔だ。

右側のメインケーブルが警戒色にテーピングされているのは、巡視路がこの下をくぐっているからだ。身長の高い人なら頭を引っかけるからね。

 

 

 

 

巡視路と断定的に書いたのは、

おなじみ関電さんの境界杭があって確定したから。

 

 

 

 

その他の掲示物。

4人以下で通行するようにという注意書きが主塔に。足元注意のほうには「この階段は急勾配です」と書いてあるが、どう見ても階段でも急勾配でもないので階段用の注意書きを転用してるんだろう…ってか、どうでもいいか、そんなの(笑)。

 

 

 

 

では、

お邪魔いたします~。

 

 

 

 

橋上から望む、

八風谷上流側。

 

 

 

 

そしてこちら、下流側。

先ほど書いたとおり、すぐそこが茶屋川との合流点だ。

 

 

 

 

足元はこんな感じ。

木製床版をすべりにくい材質で保護してあって、安心感抜群。揺れるは揺れるが、怖さは皆無だ(弊社基準による)

 

 

 

 

すぐに渡りきって、

その先には~?

 

 

 

【次回】に続く。

 

 

 

2023年7月9日、第二次大分県探索二日目、大雨警報下の国東半島徘徊。この日のネタで記事にしているのは、川部橋第2循環隧道見取隧道竹田津隧道岩文隧道港線隧道内迫港隧道、ラストの掛樋隧道

 

今宵ご紹介するのは、時系列では内迫港隧道と掛樋隧道の間に訪ねた物件。

 

 

初見でインパクトあるのが、

「割」「石」「地」「蔵」「尊」「入口」のパネル。現在地こちら

 

そう、あくまでパネルであって扁額は見当たらない。一瞬私道の隧道かと思ってしまったけどご安心あれ、れっきとした市道の隧道である。ちなみに割石地蔵尊は、隧道を抜けたて正面の山の上にあるようだ。

 

ちなみに本稿執筆時で最新のストビュー(2025年3月撮影)では、「地」のパネルが文字どおり地に落ちて、向かって左の溝のところに立てかけられている。今ではもう直してもらっているかもしれないが、案外そのままじゃないかな…。

 

 

 

 

ポータルこそコンクリート造だが、

洞内は素掘りのモルタル覆工。

 

 

 

 

振り返って、鉄板の構図。

すぐ戻るとはいえ、ちょっと車寄せなさすぎだったな。反省。

 

 

 

 

では、車に戻って通り抜け~。

一応、照明あり。

 

 

 

 

抜けて振り返り~の正対。

こっちはパネルもなければ扁額もない、そして銘板もなしと、不愛想極まりないご面相で。

 

事前調べしてきたQ地図によればこの隧道、名称は大谷隧道で、1917(大正6)完成。「平成16年度道路施設現況調査」によるスペックは、延長98m、幅員4.0m、有効高2.8m。…有効高もっとありそうだけどな。

 

 

 

 

というわけで、明治隧道も数多い国東半島エリアではあるものの、

大正隧道となればやはり古洞だ。

 

 

 

 

こっちも鉄板の構図。

洞外正面に見えている山の上が割石地蔵尊だ。

 

改めて調べてみたら、けっこう面白そうな場所で、行ってみてもよかったな。けどこの時はすでに16時前、「あの時間帯」(=土地勘がないところで、レンタカー返却時間を鑑みてどこで帰投作戦に転じるかの葛藤)に入りつつあったからな~。

 

 

 

 

何気に好きな、

素掘りとコンクリ巻きの境目。エロいな~(意味不明

 

 

 

 

こちら側には素朴な仏様がおられたので、

いつもどおり、お賽銭とともに無事に帰れるよう願って、ここを去った。

 

 

以上。

 

 

 

久しぶりの廃自販機ネタ。

 

 

こういうやつ、昔はちょいちょいありましたよね~。

たばこ自販機自体が今や珍しくなってるけど、このタイプで現役稼働してるやつってあるんだろうか。こういう廃個体さえほとんど見ないけどね~。

 

 

 

ちょっとだけ引きでもう1枚。

ちなみにこれは2015年7月に撮影したものだが、改めて当該場所をストビューで見たら、案の定現存してなかった。

 

 

 

これは確認できる中で最後の2020年11月撮影分。

ここはかつて「Kei」っていう喫茶店も兼ねてたのかな?建物も含めて、いわゆる「純喫茶と」とはまた違う昭和テイストを感じるな~。

 

 

 

ロケ地:大津市某所

 

 

 

桃島橋より続く。

 

 

はい、すでに判別は不可となっておりますが、

3本目の弓型橋。

 

 

 

 

右岸側から正対。

うん、3本目ともなると特にコメントもない。いや、素晴らしいんだけどね。

 

 

 

 

お名前は、

柳湯橋。上の写真左奥に見えている「柳湯」にちなんだ命名だ。

 

 

 

 

そして、ここももちろん、

「昭和元年拾貮月架之」。

 

 

 

 

橋上から望む上流側。

向こうに見えるのが、来月のお題(笑)。

 

 

 

 

ここへきて、

これまでと違うアングルの写真を撮りたくなったと見える。

 

 

 

 

そう、ここまであまり触れてこなかったが、

ここの弓型橋群、石段がまたいいんだよなあ~。

 

ところで、橋の上で写真を撮られてた女性お2人、モザイクかけるのがもったいないくらいにいい雰囲気。女子旅かな?

ここに限らず橋上の写真がほとんどないのが、だいたいこうやって人が写りこんでしまうから…だったと思う。

 

 

 

 

右の親柱は、仮名の橋名。

「やなぎゆはし」。

 

ところで改めてストビューを見ていて気づいたんだが、現在ではこの左岸上流側親柱の内側に、土木学会選奨土木遺産のプレートが設置されている。訪問時から選奨土木遺産ではあったはずだが、プレートはなかったはず。

ストビューだと2017年11月撮影分にはあり、その前の2013年9月(わたくしの訪問の8ヶ月後)にはまだないので、その間のいつだかに設置されたもののようだ。

 

 

 

 

やっぱり撮ってしまう、こういうやつ。

だってセクシーなんだから。まさにコンクリート橋梁かくあるべし(断言

 

 

 

 

最後に、上流側よりサイドアングル。

はい、間違いございません。

 

 

ではまた来月。まだ続くよ、たぶん11月まで。