楽しけれども神経摩滅…大塔川遡上の旅【11】~大塔橋と軌道橋梁(和歌山県田辺市本宮町静川) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【10】より続く。

 

 

15時34分。次なる橋が現れたので停車。

 

接近しながら、ついにこれまでになかったある特徴を発見し、テンション↑。

わかりますかね?現在地こちら

 

 

 

 

それは…

なんと、親柱に銘板がある!

 

見にくくなってるが、「大塔川」と。この橋が大塔川本流に架かってるわけではないので正確に言えば間違いなんだが、まあいいのだ。そんなん。

 

 

 

 

で、反対側は…

これまた見にくいが、「大塔橋」。ここへきて、王道的なお名前が登場だ。

 

ちなみに、【1】で登場した広瀬土場で、和歌山県道241号静川請川線から大塔前の川林道に変わってから、ずっと続いてきた田辺市道大塔線との重複は、この大塔橋の直前までのようだ。とたんに銘板が登場したこととの関係の有無は定かではないが。

 

よってここから奥は、純粋に大塔前の川林道。伴ってQ地図でも記載されなくなる。この大塔橋も、もちろん掲載されていない。

 

 

 

 

で、ここでも、

たもとから分岐が…。

 

 

 

 

でもここは、すぐに視認できた。

ここにもあった、軌道時代の橋梁!

 

 

 

 

渡るや否や鋭く曲がる、窮屈な線形だが、

このくらいはよくある感じだったのかな。

 

ここはとっても状態がよく、余裕で渡れそうだったのだが、自重しておいた。渡らないと先へ進めないような場面ならいざ知らず。無駄なリスクは冒さない。

 

 

 

 

でも、今思えば、

軌道の橋梁上で、正面からこの滝を見てもよかったな。

 

…と思うほど、立派な滝だった。名前はあるのかな?

 

 

 

 

満足して、林道へ戻る。

切り立った感じがとってもいい。

 

 

 

 

てか大塔橋、充腹アーチ橋だったんだ。

ライズがめっちゃ小さいな~。

 

 

改めて橋上から眺める、

軌道橋梁と滝。いいですな~。

 

 

 

 

 

 

渡りきって振り返り。

先述のとおり、橋の向こうが市道大塔線の終点だが、それを示すものは特に何もなかったように思う。小さいものならわからんけど。

 

 

 

 

そして、こちらにもありました銘板!

「昭和三十五年三月竣●」。お誕生日キターー!連載開始よりここまでで、お誕生日の銘板を備えた橋は初めて。しかしこれは…?

 

Q地図によれば、【5】で記事にしたつゞら谷橋が1957(昭和32)年完成で、ひとつ前に記事にした大塔線8号橋が1956(昭和31)年完成…。で、奥に行くほど完成が早いのかと思いきや、当橋が昭和35年?さらに、大塔林鉄が廃止されたのは1959(昭和34)年。ですか?

 

 

 

はい おてあげ で ございます

わたくし には わかりませぇん

 

 

 

 

山側のは、

「おおとうばし」。

 

 

 

 

サイドぎみに。

アーチ橋とわかる程度。

 

 

 

 

最後に、こちらからの軌道跡。

橋梁と滝が見えている。

 

なぜか、こっちは橋梁まで行きもしなかった。やっぱ気持ちに余裕がなかったのか~。

 

 

きっとそうだよね、で滞在時間は5分。15時39分、進軍再開。だがしかし、即時再停止することになる。

 

 

 

今月もこの1回のみ。来月の【12】に続く。

こりゃもう越年確定ですわ…。