穴と橋とあれやらこれやら -4ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【1】より続く。

 

 

14年半ぶりに立つ、坑口前。

しかし、あー…良くないな。明かりが見えない…。

 

 

この隧道は(も)、関西隧道界のパイオニア、よとと隊長が初めて(業界的に)発掘した、マニアックな物件。例によって最終回にリンクを貼らせていただく。先日久しぶりにお会いしたけど、変わらぬ変態っぷりに安心した(謎)。

 

今でこそこんな状態だけど、国土交通省による「平成16年度道路施設現況調査」には道路種別が「市町村道その他」として載っていたので、公道だったはず。だが現在は紀北町HPによれば町管理のトンネルは長島隧道と白浦トンネルの2本だけとなっており、Q地図を見ても掲載はない。公式に廃止されたのか?しかしこの現状を見ると、廃止というよりは完全に忘却されているかのような…。当然?地理院地図はじめあらゆる電子地図には掲載されていない

 

ちなみに「平成16年度道路施設現況調査」に掲載された諸元は、建設年次不明、延長36m、幅員1.8m、有効高1.9m

 

 

 

 

では、なにはともあれ入洞だ。

 

コンクリ巻きパートを抜けて素掘りパートへ。

ワイルドな風合いはそのままだが、

 

 

 

 

このへんとか、

崩れてるな~。黒く見える天井部は、そう古くない崩落の痕跡だと思う。崩落というか、剥離レベルかもだが。

 

 

 

 

正直、ここまではさほど前回の写真と変わらないように見えていたけど、

あー、やっぱりダメだ。現場ではすでにハッキリと見えていた。

 

 

 

 

前回(2010年4月)時には

かろうじて開口していた北側だが、

 

 

 

 

2025年12月現在で、

とどめを刺されていた。

 

 

 

 

登って確認したけど、

バッチリ閉塞。なんの隙間もありゃしない。どうしようもない。撤収。

 

 

 

 

閉塞手前からの振り返り。

36mという延長から考えたら、洞内崩落というよりは、やはり前回埋まりかけていた北側坑口が完全に埋没してしまったという状況だと思われる。

 

 

 

 

覆工のコンクリは、

けっこう雑な仕上げ。

 

 

 

 

でもここらの側壁は

けっこう新しそう?

 

 

 

 

2010年の同位置での写真がこれだが、

ほら!やっぱりその後に補修されてないか?ねえこれ。せっかく補修されたのに、崩落してしまって万事休す、か。

 

 

 

 

抜ける手前の、鉄板の構図。

前回すでにほぼ使われてなさそうだっただけに、閉塞が解消されることはもう二度とないのだろう。

 

 

 

 

隧道前に密集する、トゲトゲ植物。

ある意味、これに護られてる感もある(何から?)。

 

 

 

 

隧道前の景。

改めて、坑口位置はざっくりとこのへん以前は上の写真左半分くらいに工場的な建屋があってその脇の道を辿る感じだったはずだが、今や道の場所もわからなくなっている。

 

ちなみに、左手にちょっと写っている県道に面したお宅には現住されているようで、見切れているところには車も停まっていた。わたくしは山際をガサガサしながらここへ至ったが、県道からだとちょっと進入は気を遣うかも。

 

とはいえ、先述のようにも本来町道である(あった?)道であり、実際現地および隧道にも立入禁止的な掲示物は、(この時点では)見当たらなかった。

 

 

 

 

先ほど、トゲトゲ植物に「護られている」と書いたが、

実際のところ、ちょっと離れただけでこの見え方。12月でこれなので、年間通して県道からは視認できないものと思われる。

 

 

 

 

この後すぐに、この隧道の「知られてなさ」を実感する経験をした。

 

坑口前から西をみた景がこれなんだが、

実は入洞前からあのあたりで刈り払いをされている男性がおられた。その方があの階段を箒で掃いておられたので、隧道について何かご存じないかと話しかけてみたところ…なんと目と鼻の先に開口している隧道の存在そのものをご存じなかった。

 

「実はあるんですよ~」と、いま撮ってきたばかりの写真をデジカメのモニターで見せながら、以前は通り抜けられたけど、久々に来てみたら閉塞してしまっていたことなどをお話しした。

男性は「へぇ~、こんなトンネルがあるなんて、全然知らんかった…」って感じで、もしかしたら住まわれて日が浅い方だったのかもしれないが、あのようにうまくカムフラージュされているために、地元でも知る人ぞ知るなのか~…と変なところに感心した次第だ。

 

 

ちなみに、男性に何をしておられたのか聞いてみたら、この階段の上には神社があり、海の目の前ではあるものの緊急時の避難場所となっているということで、定期的に刈り払いや清掃が行われている、その当番にあたっているということだった。

 

 

 

 

さて、これで終わりではない。

 

前回は隧道を通りぬけて出た反対側。そこでは軽トラの草ヒロ1枚だけ写真が残っているだけで、なんの記憶もない。ここがどんな場所だったかを、そして閉塞した北側坑口の様子もぜひ見てみたい。


どうやら、遠回りながらもアプローチできる道があるようだ。

 

 

 

【3】に続く。

 

 

 

連載の途中ですが、ご報告のみ。
 
 
10日に左目の手術(4度目!)が無事終わり、1泊入院して本日午後に帰宅した。
 
今回、左眼球に入れていたシリコンオイルを抜き、再度ガスを注入した。ガスで網膜を押さえ、しっかり定位させるためで、眼球の奥にある網膜を押さえつけるために、ガスが抜けるまでうつ伏せ姿勢を強いられるあの日々が、また戻ってきたよ。
 
 
 
なので今回も手術前に、

仰向けを貪るの図。しかし全身黒って。
 
うつ伏せ寝ってホントにイヤで、顔面が痛くなってくるんよね~。前回はこのせいで肩痛も惹き起こしたし、今回もそうなるかも?
 
そして鼓舞する時なんかによく「上を向いていこう」とか「下向くなよ」とかいうけど、エライもんで、ホント下向いてると何もかもマイナスな感じになってしまう気がしてイヤ。見た目にもガックリとうなだれている状態だし、目のために仕方なしにやるけど、心身ともにダメージがデカいぞ、と勝手に思っている。
 
まあこの二週間が勝負。前回再剥離から~の長いオイル注入生活を経て~のセカンドチャンスだけに、今度こそしっかり治して終わらせたい。そのためなら、苦行も受け入れないとね。前回ちょっと気を緩めてしまった自覚があるので。
 
 
以上ご報告でした。
 
 

【序】より続く。

 

 

そんな状況を経て2025年12月12日、「初めまして&お久しぶりツアー@紀伊半島」の2日目最後の(とはいえ時刻はまだ11時すぎ)探索先として、

 

呼崎の総石造桁橋からほど近いこちらへ。

三重県道766号城ノ浜山居線上である。

 

右手に見える山、そのどこかに隧道が開口している…はず。

 

 

 

 

Googleマップ航空写真モードで見てみよう。

ちょうど766のヘキサが描かれているあたりが駐車した場所である。

 

【序】で書いたように建物がなくなっていたりで様子も変わっているため、またそもそも初訪問時の記憶が極めてあやふやなため、この山際をローラー作戦で調べて行く。

 

 

 

 

まずは、

東側に向けて。

 

 

 

 

なんか、工場の裏手だったような気がするから、

この奥とか怪しいんじゃないか??

 

…と思ったんだが、そう甘くない。ここにはなにもなかった。そのまま東に向けて見ていったが、我ながらこっちは違うだろうな~って思っていた。こんなとこじゃなかったと思うな、もっと西側だったような?って。

 

なので、およそ7分で東側捜索は打ち切り。山際、地味に藪がきついわトゲトゲ植物も混じってるわで、早くもウンザリし始めたのもある。

 

 

 

 

元に戻って、

今度は西方向へ。工場裏という記憶から、あのへんも怪しいぞ?

 

 

 

 

ここ、最初から壁も何もなかったのかな?

なんにせよ、使われなくなって久しい雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 

で、裏手に回って…

出た、と思ったね確実に。が、よく見たらただの陰。ここもまた隧道はなかった。

 

さらに探すこと5分。もしかして…崩落して埋まってしまったんじゃ?

 

 

 

 

と、思い始めたその時!

あっ…あれか!?

 

 

 

 

さっそく接近を試みるも、

なぜか隧道の周りはこれまでで最凶にトゲトゲ植物が繁茂していて、なかなか近づけない。

 

 

 

 

ルートを見定めて…

ようやくド真ん前に!14年半ぶりの再会、逢いたかったぜ~!

 

…でもなんか…様子がアレだな。これはよくない。

 

 

 

【2】に続く。

 

 

 

今宵から何回かに分けてご紹介するのは、ある隧道の再訪記録。初訪問時の記録がパッとしなくて、撮り直ししたいな~と思いながらも、後回しにしたり忘れたりで14年以上(!)が経過…って、時間経ちすぎやろ。こういうの多いな。

 

 

まずは、初訪問である2011年4月23日、四国からのスペシャルゲストをお迎えしての紀伊半島ハードコア接待時の写真をご覧いただこう。姉妹水とねじりまんぽも初訪問がこの日だったが、OFF会って楽しいけど、やっぱ初訪問の記録には向いてないっすな(笑)。

 

 

 

周囲や引きの写真もなにもなく、いきなりこれ。

とりあえず、続けて全部貼ります。

 

 

 

先日の極秘会談で久々にお会いしたYori-yanさん。もしかしてこの日が初対面だったっけ?

 

 

 

 

 

…という、人道サイズの隧道で、坑口が崩落しつつもかろうじて開口していたっていう状態。そして抜けた先で撮ってたのは、かなり熟成した軽トラの草ヒロ、たった1枚。何をやってたんだねキミぃ~!

 

 

てなわけで、改めて記録し直しを模索しつつも延び延びになってたんだが、実は2024年6月の熊野~尾鷲宿題回収ツアーの帰りに立ち寄っていた。が、このダイジェストで触れてないってことは、なんの実りもなかったからに他ならない。なぜなら、場所がわからなくなってたんである。車で近くを通るだけでだいたいわかるでしょ、とナメてたんだが、様子が変わってて。

 

夕方から探し直してやることでもないなと、この日は打ち切り。そこからさらに1年3ヶ月。機会は訪れた。

 

 

 

【1】に続く。

 

 

 

2023年4月14日、TKY~初の山梨進出。この日のネタで記事にしているのは、天神隧道栃穴橋千足橋とこのガチ廃屋

今宵ご紹介するのは、大月市から甲州市に入る手前、某有名隧道近くにある橋。

 

 

Q地図で、この有名隧道手前に見つけたある橋。その名称が実に「隧道下橋」という香ばしいもので、さっそくストビューで見てみたら…訪問確定。

 

ってわけでこれが、

隧道下橋。場所はこちら。有名隧道もおわかりですね。

 

 

 

 

一目見て訪問確定した理由、それは、

のっぺりガードレール!

 

一般的なガードレールを欄干代わりに使用している橋は無数にあるけど、この特殊ガードレール?が使われているのはなかなかのレアもの。何年か前にその存在を知ってからは、ある程度意識して探すようにしてた。

 

 

 

 

「隧道下橋」なんて名前に惹かれて見てみたら、

そいつがまさかののっぺりガードレール橋だったっていう俺得展開に、思わずニヤニヤしちゃった次第だ。

 

 

 

 

残念ながら、

銘板の類は一切なかった。「隧道下橋」っていう字面の銘板、見たかったなあ…。

 

 

 

 

「名称の中に『橋』が含まれてる隧道」は知ってるけど、

「名称の中に『隧道』が含まれてる橋」は寡聞にして知らない。皆様はご存じ??

 

 

 

 

上流側からのサイドビュー。

低い橋だ。

 

 

 

 

橋上から望む上流側。

峠を貫く有名隧道の直下にある橋(お名前もまさにそれ!)だけに、谷も源頭部に近い。ゴツイ砂防堰堤が見下ろしてる。

 

 

 

 

対してこちら、下流側。

この写真で伝わるかな?ここで谷を折り返す線形となっている。

 

 

 

 

識者がみんな撮ってるので、

わたくしもマネして撮っといた。これで何がわかるんだろう?

 

 

 

 

最後に渡った先から、なぜか正対せずで。

まあ、事前にこの橋に気づいてなかったとしても、有名隧道を訪ねる途上にあるから必ず巡り合ったと思う。それはそれでアツイ展開だっただろうな~。

 

 

以上。