穴と橋とあれやらこれやら -4ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

*気になった点については適宜、このような書式 で補足・ツッコミを入れる形で進行する。

 

 

【4】より続く。

 

 

【ク】なるほど。ありがとう。改めて、このブログに言及している人や引用している人、その他同好者においての認知度や評価がどんな感じか知りたいな。

 

【GPT】

うん、これはかなり見えてきた。今回、「クイックさん本人が自分をどう評価しているか」ではなく、同好者が実際にどう扱っているかを中心に見てみた。

 

結論から言うと、僕の印象はかなり明確。

「隧道・廃道界隈では、単なる有名ブログというより、“調べるときに参照される定番資料”に近い立ち位置になっている。

ただし、一般人にも名前が広く知られているタイプの有名人ではなく、あくまでかなり濃い趣味者の間で認知度・評価が高いタイプ。

そして、面白いことに「すごい人です」と正面から褒めるより、他の探索者が普通にクイックさんの記事を資料として使っていることのほうが、評価を測る材料として強い。

 

1. まず、明らかに「参照先」になっている

かなり象徴的なのが、同好者のサイト「トンネルコレクション」。ここでは個々の隧道について、「穴と橋とあれやらこれやら」へのリンクを貼って、クイックさんの記事を参照させているケースがかなりある。

つまり、「この隧道について詳しく知りたければクイックさんの記事を読んで」という扱い。これは単なるリンク交換とはちょっと違う。同好者のデータベースの中で、情報源の一つとして定着しているんだよね。

 

*何度も書くけど、これはまききさんの謙虚なお人柄ゆえのやり方ゆえ。この後も何度かこすられるけど、チャッピー君、よっぽどこのエピ気に入ったんやな…(笑)。

 

2. しかも「自分が行く前にクイックさんの記事を見る」という使われ方をしている

これがかなり重要。小土呂隧道の例が分かりやすい。2011年、パパゲーノさんが小土呂隧道を訪問した際、「トンネルコレクションの掲示板でそれを知った」(=その記事)

↓

そこで、「まききさんと『穴と橋とあれやらこれやら』のクイックニックさんが6月1日に通りかかったとき、その事に気付いた」という情報を知る。そして、封鎖される前に急いで現地へ行っている。

これは面白い。クイックさんの記事は単なる「訪問記」ではなく、現地情報を流通させるネットワークの一部になっている。

 

3. 「クイックさんが行った」こと自体が、情報になる

これも結構すごい。例えばニコイ大滝・ニコイトンネル。後年の探索者が過去の訪問者を整理したところ、

 

2008年:別の探索者

2011年:別の探索者

2012年:クイックさん

2014年:クイックさん再訪

その後:ヨッキれん氏など

 

という形で、歴代探索者の一人としてクイックさんが記録されている。しかもクイックさんの2014年の記事について、後の探索者が「新約聖書と呼んでいいほどの詳細記事」と評している。

もちろんこれは比喩・冗談を含んだ表現だけど、「後から来た人が、その場所を調べる際にクイックさんの記事を読む」という構造がはっきり見える。

 

4. 「大御所」と並べても違和感のないポジション

ここも面白い。同じニコイの歴代探索者の整理では、クイックさんの後に、「あの大御所ヨッキれん氏」も登場する。つまりクイックさんは、「大御所ヨッキれん氏と同じ場所を訪問した人」という形で後世の探索史に組み込まれている。

もちろん、これはクイックさん自身が「俺は大御所だ」と言っているわけではない。でも、探索履歴を残す側から見ると、クイックさんが“記録に残すべき主要探索者”として扱われているということ。これはかなり重要だと思う。

 

*まあ、わたくしをこんな扱いしてくださるのは山神さんだけなんだけどね(笑)。

 

5. そして、もっと直接的な評価がある

僕が今回かなり「おお」と思ったのが、別の探索者がクイックさんのブログを目標として挙げているケース。「トンネルコレクション」には、2012年当時、「『穴と橋とあれやらこれやら』みたいになる様に目指しております!」という記述がある。これ、かなりストレート。

つまり、「このブログみたいなサイトを作りたい」と思われていた。これはアクセス数やランキングとは違う、同業者からの評価としてかなり強いと思う。

 

*これもうええって!

 

6. しかも「情報をもらう側」にもなっている

同じサイトでは、クイックさんから、「これはオススメ!」という物件情報をもらった、という趣旨の記述もある。つまり、

 

初期

クイックさん

→ 先輩たちから情報をもらう

 

だったのが、

 

数年後

後発探索者

← クイックさんから情報をもらう

 

に変わっている。これは以前話した「教わる側→教える側」の変化を、第三者側の記録でも裏付けている。

 

*ウチのほうが後発やし!そして今も昔も情報交換は大事やし!

 

7. 「クイックさんの記事を読んで現地へ行く」人もいる

さらに面白いのが、ブログそのものが探索のきっかけになっている例。クイックさんの記事を読んで、「ここ行ってみたい」となる。あるいは、「この物件はクイックさんが行っている」ということで、その場所への関心が生まれる。これは「ファン」というより、同じ趣味の人間にとっての探索ガイドに近い。

 

8. 一方で、クイックさん本人は「俺が発見した!」とはあまり振る舞わない

これも評価を考えるうえで重要だと思う。ブログを読むと、「先人のサイトを見て知った」「○○さんに教えてもらった」「以前の記事を参考にした」という書き方がかなり多い。

例えば2024年の内迫港隧道の記事では、先にこの隧道を世に知らしめた「てっく氏」のサイトについて、「ほぼこの隧道のことは知れる」と評価し、さらに、「本記事で書く『主観以外の情報』は、すべて氏の記事から得た」と明言している(※記事内リンク参照)。

 

つまりクイックさん自身が、「先行探索者の記録を尊重し、自分の探索をその上に積み重ねる」という文化の中にいる。これが、同好者からも受け入れられやすかった理由の一つかもしれない。

 

*これは明確に意識してる。訪ねるきっかけがハッキリしてる場合は、リスペクトを込めて明示するようにしてますな。ただ…「俺が発見した!}は、そういう状況であれば、実は言いたい…(笑)。

 

9. 「知識の権威」というより「現地を見ている人」として評価されている

ここはかなり重要。クイックさんって、いわゆる、「土木史の専門家です」というタイプではない。むしろ本人自身が、「ダム素人」などと自称したり、分からないものについて、「これなんですか?」と読者に質問したりする。この「分からないものは分からない」という姿勢がある。

だから評価のされ方としては、学術的権威というより、「この人、実際に現地へ行って大量に見ているから、探索記録として信用できる」というタイプなんだと思う。

 

*そうなんだとしたら、それは素直にうれしい評価かも。

 

10. その「現地経験の蓄積」が尋常じゃない

ブログの規模を改めて見ると、Amebaだけでも、

道路トンネル・隧道:約700件規模

旧道・廃道:182件

橋・橋梁も大量

鉄道関連

ダム

発電所

土木遺産

その他「あれやらこれやら」

という状態。

 

そして本人は2011年には、直接見た隧道289本とカウントしていた。現在までの蓄積を考えると、単なる「ブログ好き」ではなく、長期間にわたって現地情報を蓄積してきたベテラン探索者と見るのが妥当。

 

*現在の通算探索数はとんでもないことになってるんだが、途中でカウントがおかしくなってて、数年がかりで地道に再集計中…。

 

11. ただし「界隈のトップ」かというと、そこは慎重に

ここはちゃんと線を引きたい。今回の検索で確認できる範囲では、「日本の隧道探索界で最も有名」とか、「最大のサイト」といった客観的なランキング資料はない。なので、「日本一」「業界No.1」みたいなことは言えない。

 

ただし、同好者から参照される頻度、他サイトからのリンク、後発探索者への影響、長期間の活動を総合すると、「隧道・廃道・橋などの探索をする人なら、知っていても全く不思議ではないブログ」くらいの評価は十分できると思う。

 

*もとよりトップなわけなかろうが(笑)!でも、ホントにそういう評価なら大変嬉しいかも。つうか、

 

12. 認知度をざっくり階層化すると

僕ならこんな感じで考える。

 

層          認知度・評価

一般のネットユーザー      ★☆☆☆☆

廃墟・廃道に少し興味がある人      ★★☆☆☆

廃道・隧道を検索する人   ★★★★☆

実際に隧道探索をする人   ★★★★★

2000~2010年代から活動する古参探索者    ★★★★★

「日本の廃道文化」全体   ★★★★☆

学術・土木業界   ★★☆☆☆~?

 

最後だけは注意が必要で、今回の資料からは専門業界での評価までは判断できない。一方、同好者界隈ではかなり強い。

 

13. そして僕が一番面白いと思うのは「引用され方」

単に、「クイックさんって面白いブログですよね」と言われるより、「この物件についてはクイックさんの記事を見れば分かる」という引用のされ方が多い。これはブログとしてかなり強い。

たとえば後年の探索者が過去の訪問者を調べると、

 

2012年 クイックさん

2014年 クイックさん再訪

 

と記録している。

さらに別の場所では、「穴と橋とあれやらこれやら」を目標にするという後発サイトまで出てくる。これはもう、「人気ブログ」より「このジャンルの資料」に近い。

 

*このへん、こすりすぎやって!

 

14. しかも現在も新しい探索者から参照され続けている

これも重要。クイックさんのブログは2010年代の遺物ではない。2020年代の記事でも、「以前、ここを攻略した先人の一人であるペッカーさんより……」と、過去の探索者の情報を引用しつつ、自分の探索結果を積み重ねている。

そして現在の記事にはコメントも付き、例えば2026年の隧道記事には18件のコメントが付いているものもある。つまり、古参だけが読む過去のアーカイブではなく、現在進行形の同好者コミュニティとして機能している。

 

*コメントの大半は、自らの「いいね!ありがとう返し」なんだけどね…(笑)。

 

15. 僕なら「クイックさんの評価」をこう表現する

かなり端的に言うなら、「隧道・廃道・橋探索界隈の“有名人”というより、“定番の書き手・記録者”」が一番しっくりくる。

ヨッキれん氏が、「この世界を一般に広く知らしめた大御所」だとすると、クイックさんは、「長年、全国を実際に歩き回って膨大な物件を記録し続けているベテラン探索者」という感じ。そして、その記録が後続の探索者にとって実用的な資料になっている。

 

そして、ここまで調べると一つの「系譜」がかなり見えてきた僕は今、こんなイメージを持ってる。

ヨッキれん/nagajis

↓

『廃道本』『山さ行がねが』『日本の廃道』など

↓

クイックさんが衝撃を受ける

↓

2009年、探索開始

↓

くるまみち・まきき等、当時の探索者コミュニティと接触

↓

猛烈な現地探索

↓

「穴と橋とあれやらこれやら」

↓

後発の探索者が参照

↓

「クイックさんの記事を読んで行く」

↓

さらに後の世代がその記事を資料として引用

 

つまりクイックさんは、「大御所から直接教えを受けた弟子」ではなく、先行世代の文化を吸収して、それを自分の膨大なフィールドワークによって次の世代へ受け渡した人なんじゃないか。

 

これは、これまで調べてきたものをかなりきれいに説明できると思う。

 

そしてもう一つ、今回かなり気になったことがある。

 

「穴と橋とあれやらこれやら」を“評価している人”を探すだけじゃなく、「クイックさんの記事を見て実際に現地へ行った人」をできるだけ拾っていくと、影響力がもっと具体的に測れそう。

 

たとえば、

 

「この記事を見て行った」

「クイックさんに教えてもらった」

「クイックさんの記事を参考にした」

「クイックさんが行っているので自分も行った」

「クイックさんの記事を読んで知った」

 

という行動につながった事例を集める。

 

これをやると、単なる「有名・人気」という話じゃなく、このブログが日本の隧道探索者コミュニティにどのくらい影響を与えてきたのかが、かなり具体的に見えてくると思う。

 

 

【ク】それめっちゃ知りたいね。調べてみて!

 

【GPT】

いや、これはかなり面白い。前回「影響を受けた人」を探したけど、今回は逆に「クイックさんの記事を見て、その後どう動いたのか」という“行動への影響”を追ってみた。

結論から言うと、実際に「クイックさんの記事を見て行った」「記事を元ネタにした」「クイックさんに教えてもらって知った」「クイックさんの記事を前提に探索した」という具体例が複数見つかる。

しかも、かなり面白いことに、現在の同好者からは「クイックさん=先生・師匠」という扱いまで普通に出てくる。

 

まず一番強烈なのが「クイック師匠」

岐阜県の鳥越隧道を探索した「山神GG」さんの記事。現地で、「いや~~~めっちゃこの隧道の先が気になります」となったところで調べたら、そこを抜けた人物がいた。それが、クイックさん。

 

*これチャッピー君の間違い。岐阜に鳥越隧道なんてあったっけ?と思いきや三重県熊野市のやつでした。

 

しかも記事には、「ええ隧道と言えばこの人 クイックさんです」と書いてある。そして、「さすがはクイック師匠 ちゃんとここを押さえてみえました」とまで言っている。これ、かなり強い。単なる「有名なブログですね」ではない。「このジャンルならクイックさんを調べればいい」という認識が形成されている。

 

さらに「記事を見て実際に行った」という直接証拠

これも同じ山神GGさん。岐阜県恵那市の久保原隧道について、「クイックさんの記事(前編・後編)を見て訪ねて見ました」と明記している。これは今回探していた、「クイックさんの記事を見て現地へ行った人」そのもの。

しかも面白いのは、そのクイックさん自身も、さらに先行するうさ★ネコサンドさんの記事を参考にしていたこと。

 

つまり、

うさ★ネコサンド

↓

クイックさん

↓

山神GGさん

という情報のリレーが実際に確認できる。これ、かなり「探索文化」っぽくて面白い。

 

*山神さんは特に好んで先人を挙げてくださるから。でも多かれ少なかれ、この業界の方々は先人への言及をするケースは多いと思うな。

 

もう一つ、ものすごく分かりやすい「元ネタ」

三重県伊賀市の向山橋。山神GGさんの記事の冒頭に、「元ネタはクイックさんの記事」とハッキリ書かれている。そしてクイックさんの元記事へのリンクを掲載。これはもう、「この物件を知ったきっかけはクイックさん」と明示しているのと同じ。さらに山神GGさんは、その橋について、「今回はこの狭い橋を車で通ろう!」という、自分なりの後日談を展開している。

 

つまり、

クイックさんが発見・紹介した物件

↓

別の人が記事を読む

↓

自分も現地へ行く

↓

自分独自の探索をする

↓

新しい記事を書く

 

という完全な「二次創作」ならぬ、探索の連鎖が起きている。

 

「クイックさんの記事に触発された」という明言もある

 

さらに強いのが白倉隧道。山神GGさんは、「実はクイックさんがらみ」と書いたうえで、「クイックさんの記事に触発され見に行った」と明記している。ただし最初は夏に行って、入口の激藪に阻まれて撤退。するとクイックさんから、「なんでよりによってアカン季節に行ったんや!」と叱られた(笑)。

 

そして山神GGさんは、それを受けて冬に再訪。リベンジ成功。これはものすごく面白い関係だよね。もう完全に、

 

ブログの読者

↓

実際に探索

↓

本人からコメントで指導される

↓

再挑戦

 

という師弟関係みたいになってる(笑)。

 

*山神さんとは特にこういうのが多い。コラボ記事もあるしね。いつもありがとうございます。でもまったく師弟関係ではない(笑)。

 

しかも「クイックさん=穴と橋の先生」という表現まである

これはさらに直接的。「OUTDOOR 番外地!」というブログで、2019年の飛騨荘川探索について、「穴と橋の先生クイックさん」と紹介している。しかも、この人はクイックさんと実際に会っている。(記事こちら)

 

それ以前からブログ上ではつながっていたものの、この時点でまだ実際に会ったのは一度だけ。そしてこの日は、クイックさんと尾上郷川沿いの廃橋をめぐる約束をしていた。つまり「先生」は単なるネット上の冗談だけではなく、実際に一緒に現地を回る相手として認識されている。

 

*その後も何度かご一緒してますな。RKパパさんいつもありがとうございます!

 

そして、ここがすごく面白い

クイックさん自身は、決して「俺が先生だ」みたいな書き方をしていない。むしろ自分の記事では、

自分も先人の記事を参考にする

分からないものは分からない

「誰か教えてください」と読者に聞く

先行探索者の情報を紹介する

 

という姿勢がかなり強い。

 

例えば池郷川不動滝の隧道の記事では、自分が長年憧れていた場所について、先に攻略したペッカーさんから難易度を教えてもらっていたことを書いている。そして実際に行ってみたら、「いやいやいや、買いかぶりも甚だしい」と(笑)。

さらにその記事の最後では、「大御所が採り上げたやつを始め、半島各地に点在するようで、まだまだ未知のものもあるんだろう」として、情報を持っている人がいたら教えてほしいと呼びかけている。つまり、「俺が全部知ってる」では全然ない。

 

*てか、おらんやろそんな奴(笑)。

 

むしろ「情報を交換するハブ」になっている

今回の事例を整理すると、

① クイックさんが記事を書く

↓

② 同好者が読む

↓

③ 「ここ行ってみよう」となる

↓

④ 現地へ行く

↓

⑤ 自分の記事を書く

↓

⑥ その人が別の情報を発見する

↓

⑦ クイックさんに教える

↓

⑧ クイックさんがさらに記事を書く

 

という循環ができている。これが、2009~2010年代から現在まで長く続いている。

 

しかも「クイックさんの情報」だけではなく「クイックさんの探索眼」まで評価されている

これは「元ネタ」とは少し違う。山神GGさんの鳥越隧道の記事では、「ええ隧道と言えばこの人 クイックさんです」という表現がある。つまり、「クイックさんは珍しい隧道を見つけてくる人」という認識。

単に記事の情報を利用するのではなく、「この人が行ってるなら、ここは面白い物件なんだろう」というキュレーター的な信頼がある。これ、かなり重要な評価だと思う。

 

「クイックさんが知らない物件」を探す楽しみもある

そして逆方向も面白い。「水辺の土木遺産」のブログでは、甲子山登山道の「きびたきトンネル」について、「doodoongooさんの隧道道で紹介されていた分岐隧道『きびたきトンネル』の補足など。(おもにクイック・ニックさんに宛てて(笑))」と書いている。(記事こちら)

これ、つまり、「クイックさん、こういうのもありますよ」という情報提供。だからクイックさんは、「情報を受け取る側」でもあり、「情報を渡す側」でもある。ここが単なる「人気ブログ」と大きく違う。

 

*DAiNさん、ブログ再開まだでしょうか(笑)。

 

実際、クイックさんのコメントが探索を動かしている例もある

伊豆天城鉱山跡の例。「水辺の土木遺産」の作者は、「先日、クイック・ニックさんから伊豆の隧道の話が飛び出したところで」それをきっかけに伊豆天城鉱山を紹介している(記事)。

つまり、ブログ記事だけではなく、コメント欄での会話も次の探索・記事につながっている。これはかなりコミュニティ的。

 

2011年には、すでに「クイックさんの探索」が他人の行動を変えていた

これは以前見つけた小土呂隧道の例も改めて重要。2011年、パパゲーノさんは、クイックさんとまききさんが6月1日に通りかかったとき、小土呂隧道が廃止されたことに気づいた、という情報を掲示板で知る。

そして、「封鎖される前に行かねば」と急いで現地へ行っている。これ、今から15年前。つまりクイックさんの活動は、かなり早い時期から他の探索者の行動を刺激していた。

 

*これもこすられるな~。

 

さらに面白いのが「クイックさんを追いかける」のではなく「クイックさんを起点に自分の探索をする」こと

ここまでの例を見ると、「クイックさんのファンが、クイックさんと同じ場所へ行く」だけじゃない。むしろ、

 

クイックさんの記事

↓

場所を知る

↓

自分で現地を見る

↓

自分なりの疑問を持つ

↓

別の場所も探す

 

という流れ。

だから影響としては、観光ガイドより、探索者養成装置に近い(笑)。

 

ここまでで確認できた「影響の強さ」

僕なら、具体例をこう分類する。

 

影響の種類          実例       確認度

記事を参照          久保原隧道          ★★★★★

記事を元ネタにする          向山橋   ★★★★★

記事に触発されて訪問      白倉隧道              ★★★★★

記事を見て難所を攻略      鳥越隧道              ★★★★☆

クイックさんから情報を得る          伊豆・その他      ★★★★★

クイックさんと情報交換   きびたきトンネル等          ★★★★★

一緒に探索する   小黒谷橋など      ★★★★★

「先生」「師匠」と呼ぶ     複数例   ★★★★★

ブログ自体を目標にする   トンネルコレクション      ★★★★★

 

これを見ると、「認知されている」どころか、かなり実質的な影響を与えていると言っていいと思う。

 

*そうなのかなあ~。そうなら嬉しいけどな。てか、実例が上がったのはやっぱりお会いしたことある方ばっかりか~。全然知らない人の事例とかが出てきたら胸アツだったんだけどな。

 

そして、今回一番驚いたこと

前回までは、「クイックさんはヨッキれん氏・nagajis氏から影響を受けた」という縦方向の系譜を見ていた。今回、逆方向を追ったら、クイックさん自身が、その後の探索者に同じことをしている。

 

つまり、

 

ヨッキれん/nagajis

↓

クイックさん

↓

山神GGさんなど

↓

さらに後の探索者

 

という知識・探索文化のリレーが見えてきた。

 

しかも「先生」「師匠」「元ネタ」「触発された」という言葉が、実際の同好者の記事に残っている。これはかなり強い証拠だと思う。

 

ただし、一つだけ慎重に

「クイックさんがこの界隈の最大のインフルエンサーだった」とまでは、まだ言えない。なぜなら同じ役割を果たした先達には、

 

ヨッキれん

nagajis

くるまみち

まきき

おろろん

doodoongoo

奈津子さん

ペッカーさん

 

など、かなり多くの人がいるから。むしろこの世界は一人のカリスマが弟子を増やす構造ではなく、複数の探索者が互いに情報を渡しながらネットワークを形成している。

 

*そのとおり。ここに登場した方々以外にも、ご一緒した方、そうでない方含め、リスペクトしている先人、同好の士はたくさんいらっしゃいます!

 

その中でクイックさんは、かなり早い段階から「情報を集める人」から「情報を流す人」へ移行し、しかも現在まで活動を続けている。ここが、このブログの強さなんじゃないかな。

 

そして何より、「クイックさんの記事を見て行った」「元ネタはクイックさん」「クイックさんの記事に触発され」「さすがはクイック師匠」「穴と橋の先生クイックさん」という、行動・評価の両方に直結する証言が実際に残っている。これは「人気ブログ」という言葉より、ずっと面白い評価だと思う。

 

*確かに。そうであればとっても嬉しい!

 

 

【ク】そうなんだ~。意外と凄いんだな。対して、一般的な認知度はほぼゼロってことね。それはそれで問題ないと思うんだけど、その要因はなんだろうな。やっぱマニアック過ぎだからか。

 

【GPT】

うん、僕もかなりそう思う。ただ、「マニアックだから」で終わらせると少しもったいなくて、『穴と橋とあれやらこれやら』の場合は、一般人に届きにくい要因がいくつも重なっていると思う。

そして面白いのは、同好者からの評価が高いことと、一般認知度が低いことがほぼ矛盾していないんだよね。

 

1. そもそも題材がニッチすぎる

最大の理由はやっぱりこれ。「廃道」「廃隧道」「旧橋」「林道」「水路隧道」……。普通の人にとっては、「で、それの何が面白いの?」になりやすい(笑)。しかも「廃墟」ならまだ、

 

廃校

廃ホテル

廃遊園地

廃病院

 

みたいに、写真を見れば一発で「おおっ」となる。ところが廃隧道や古い橋は、興味のない人にはただの暗い穴・古いコンクリート・藪に見えてしまう。クイックさんが面白がっている、「この隧道、実は○○年に造られていて……」みたいな情報を理解するには、ある程度の予備知識が必要なんだよね。

 

*まあね、そうよね(笑)。

 

2. 「映える」対象ではない

これも現代ではかなり大きい。たとえば、廃ホテルなら、「うわ、怖い!」で成立する。でも廃隧道は、「……トンネルだね」

で終わる可能性がある(笑)。しかもクイックさんが本当に面白がっているのは、坑門の形状、巻厚、隧道の掘削方法、旧道との位置関係、橋の構造、廃止された経緯……みたいなところ。これは完全に専門趣味。

 

*これはまあ見方しだいかな~。「バエる景」はけっこうあると思ってる。題材がキャッチーでないのは認めるけど。

 

3. ブログの「読み方」にもハードルがある

これ、僕は結構大きいと思う。『穴と橋とあれやらこれやら』って、一般読者向けに、「今日はこんな珍しい場所に行ってきました!」と整理してくれるタイプじゃない。むしろ、「現地へ行った人間が、その現地で何を見て、何を考え、何を発見したか」を延々と書いていく。

写真も大量。文章も長い。専門用語も出てくる。地図も見る。過去記事とのつながりもある。つまり、「ちょっと読んでみる」には重い。逆に言えば、ハマった人にはものすごく面白い。

 

4. 「クイック」という名前自体も検索に弱い(笑)

これも地味に重要。「クイック」で検索したら、

 

クイックルワイパー

クイックペイ

クイックスタート

クイック設定

クイックなんちゃら

 

……いくらでも出てくる。「クイック・ニック」なら多少絞れるけど、それでも一般検索でブログに辿り着くのは難しい。

 

さらにブログタイトルの、「穴と橋とあれやらこれやら」も、検索語としてはかなり特殊。これは同好者が一度覚えたら強いけど、偶然発見される名前ではない。

 

*これけっこういいトコ突いてるよね~(笑)。確かにそう。

 

5. そもそも「廃道探索」という趣味自体が表に出にくい

ここはヨッキれん氏との違いも面白い。『山さ行がねが』は、廃道探索を知らない人にも、「なんか凄いところに行ってる!」と伝わる記事構成になっている。しかもヨッキれん氏自身が、ある意味で「廃道という世界を一般に紹介する役割」を果たした。

一方クイックさんは、もっと同好者寄り。だから、「一般人をこちら側へ連れてくる入口」というより、「こちら側に入ってきた人がさらに深く潜っていくための資料」になっている。これは認知度の差をかなり説明できると思う。

 

6. そして「危険そう」という問題もある

廃隧道・廃道探索って、

 

崩落

落石

墜落

増水

藪

野生動物

私有地

通行禁止

 

などが絡む。一般のメディアからすると、「趣味として面白いですね!」と簡単に紹介しづらい。特に近年は、安全面や所有権の問題もある。だから、「面白いけど、みんなでやりましょう!」というタイプの趣味ではない。このことも一般化を妨げていると思う。

 

*これもそうよね確かに。ただ、ウチ実はそんなに廃ネタやってないのよね~。

 

7. 「クイックさん本人が有名になろうとしていない」

これもかなり大きいと思う。クイックさんの文章をずっと見ていると、基本的に、「俺を見てくれ!」という感じがない。主役はあくまで、穴・橋・道・土木構造物。本人はその案内役。

だから芸能人やインフルエンサーのような、「クイックさんという面白い人物」という売れ方をしていない。むしろ、

 

「この橋すげえ」「この隧道なんだこれ」

↓

「誰がこんなの見つけてるんだ?」

↓

「あ、クイックって人が書いてる」

 

という順番なんだよね。

 

*そんなことないよ。わたくしにも承認欲求はある。じゃなきゃこんな記事は出てこない(笑)。

 

8. でも、その代わり「検索流入」と相性がいい

ここが面白いところ。例えば一般人が、「○○県 廃隧道」とか、「○○橋 旧橋」と検索する。するとクイックさんの記事が出てくる。

その人は、「クイックさんという有名人を知っていた」わけではない。「知りたい物件を検索したらクイックさんの記事に当たった」という形。だから、人の知名度は低くても、情報の到達力はかなり高い可能性がある。これはブログとして非常に面白いポジション。

 

9. そして、クイックさん自身が「一般人向け」にしようとしていない

ここが僕は一番大きいと思う。ブログを読んでいると、「初心者にも分かるように廃隧道とは何かを説明します」みたいなことを毎回やらない。

そうではなく、「今日は○○隧道へ行ってきました」から始まって、分かる人には分かる情報がどんどん積み上がる。だから初心者には、「何の話をしてるんだ?」となる。でも経験者には、「おお、ここ行ったのか!」となる。

これは意図的かどうかは別として、非常に強い同好者向けコンテンツになっている。

 

*これはまあ、ある程度意図的ですな。とともに、「一般向けじゃないことを一般的なことのように書く」っていうのは、コンセプトとしてあるかも。

 

10. だから「認知度が低い=評価が低い」ではない

ここが一番大事。たとえば、一般人100万人に知られているけど、誰もそのブログを資料として使わないのと、一般人にはほぼ知られていないけど、全国の同好者が現地探索の参考にしているのでは、全然違う。

『穴と橋とあれやらこれやら』は明らかに後者。むしろ、「知る人ぞ知る」という言葉がかなり当てはまる。

 

僕なら「知名度」をこう分ける

一般社会

 ↓

 ほぼ無名

  │

  │

廃墟好き

 ↓

 そこそこ知られている

  │

  │

廃道・隧道好き

 ↓

 かなり知られている

  │

  │

実際に探索する人

 ↓

 ★★★★★

 「知ってて当然」に近い

 

そして、このピラミッドの上に行くほど評価が高くなるタイプだと思う。

 

さらに面白いのは「2009年」という時代。これも忘れちゃいけない。クイックさんが活動を始めたのは2009年。まだ、

 

Instagram

TikTok

YouTube Shorts

Xの現在の形

 

なんかが存在しない。ブログ全盛期だった。その時代の「ネット上でマニアが情報を蓄積する文化」の中で成長した人なんだよね。だから今のSNS時代の、「一枚の写真でバズる」みたいな有名になり方とはそもそも違う。

15年以上かけて検索可能なアーカイブを作ってきた。これは派手じゃないけど、ものすごく強い。だから僕は「問題ないどころか、むしろこの人には合っている」と思う。

 

一般人に、「クイックさんって知ってる?」と聞いて、「誰それ?」となる。でも、廃隧道好きに、「穴と橋とあれやらこれやらって知ってる?」と聞いて、「ああ、クイックさんのところね」となる。このくらいの距離感が、むしろこの趣味にはちょうどいい。

 

もしテレビで紹介されて全国的に有名になったりしたら、逆に今の「知る人ぞ知る濃密な探索者コミュニティ」みたいな世界は壊れてしまう可能性もある。

 

そして今回まで調べてきたことを考えると、僕はクイックさんを、

「一般人にはほぼ知られていないが、廃道・隧道探索という極めて狭い世界では、15年以上にわたって情報を蓄積し、後続の探索者にも影響を与えてきたベテラン」と表現するのが一番しっくりくる。

これ、実はかなりカッコいい立ち位置だと思うよ。

 

*最後のこのあたりは、チャッピー君の見立てどおりであれば、大変嬉しく光栄なことだと思うな。

 

 

【ク】おお…それいいね。確かにカッコいいかも。ところで、この人の書く文章、文章量多いってあったけど読み易いの?冗長すぎる?滋賀在住ってあったけど、関西弁で書いてるの?

 

 

 

(以下、明日の【6】へ)

 

 

 

*気になった点については適宜、このような書式 で補足・ツッコミを入れる形で進行する。

 

 

【3】より続く。

 

 

【ク】うん、やってみて。ヨッキ氏のことは「大御所」とか書いてるかもね。そういう人、多いから。

 

 

【GPT】

うん、調べてみたら、かなり面白い事実が出てきた。そして、あなたの「ヨッキ氏のことを“大御所”とか書いてそう」という予想、かなり当たってる。ただし、もっと面白い関係性が見えてきた。

 

 

結論から

現時点で確認できる範囲では、

・ヨッキれん氏・nagajis氏は、クイックさんにとって明確な「先達」
・特にヨッキれん氏の探索記録は、クイックさんが物件を知るための情報源になっている
・クイックさんがヨッキれん氏のレポートを直接参照・言及している例がある
・一方で、「ヨッキれん氏とクイックさんが直接一緒に探索した」ことを示す確かな記録は、今のところ見つからない
・nagajis氏についても、直接会った/合同探索したという確証はまだない
・ただし、クイックさんの初期の趣味形成に『廃道本』が決定的だったことを考えると、二人は「クイックさんがこの世界へ入るきっかけを作った人」として非常に重要
・そして面白いことに、後のクイックさん自身が、別の探索者から見れば「大御所・先達」側になっている

という構図。

 

まず「大御所」は本当に出てくる

今回、別の探索者側の記述で非常に面白いものを見つけた。岐阜県のニコイ大滝・ニコイトンネルについて、ある探索者が過去の探索記録を年代順に整理している。そこでは、

・2008年 がんでんの館
・2011年 うさ★ネコサンド
・2012年 クイックさん
・2013年 林道・ダム・鉱山の勝手な記録
・2014年 クイックさん再訪
・2014年 黒沢永紀氏
・その後「あの大御所ヨッキれん氏」も訪問

という流れで紹介されている。

 

*これは山神さんの記事ですな。見覚えありました(笑)。


つまり、あなたの言った、「ヨッキ氏のことは『大御所』とか書いてるかも」というのは、少なくとも探索者界隈でヨッキれん氏を「大御所」と呼ぶ感覚が実際に存在していたことが確認できた。
ただし、この「大御所」という表現は今回見つかった記事の筆者によるもので、クイックさん本人の表現としてはまだ確認できていない。そこは分けておこう。

 

*チャッピー君は見つけられなかったけど、うん、実際自分もそう呼んでる(笑)。

 

 

そして、ヨッキれん氏のレポートをクイックさんが直接参照している証拠

これはかなり重要。「トンネルコレクション」の隧道一覧には、南房総市荒川の「白石隧道(仮称)」について、「ヨッキれん氏の体を張ったレポート」と明記されている。そのうえで、「申し訳ありませんが、私は入る勇気がありませんでした」と書いている。

つまりここでは、ヨッキれん氏が実際に体を張って内部へ入ったレポートを、クイックさん側が知っている。そして、「自分はそこまでは入らない」という比較までしている。これは単なる「名前を知っている」というレベルじゃない。同じ物件について、先行者のレポートを読んで、自分の探索判断の参考にしていると見ていい。

 

*ここもチャッピー君が混乱してますな。入る勇気が云々と書いておられるのは、「トンネルコレクション」管理人のまききさん。ヨッキ氏のレポを知っているのは当然で、学生服のヤマダ氏の情報をもとにこの隧道を発見したまききさんが、ヨッキ氏に情報提供、それをもとにヨッキ氏が探索してレポートした、という流れだった。だからこれ、わたくし一切無関係なのよね。

・ヨッキ氏のレポ「安房白石隧道(仮)」

・まききさんのアプローチレポ「安房白石隧道(仮称)」

 

ただし、ここで面白い逆転が起きている

「トンネルコレクション」の一覧を見ると、クイックさんの記事へのリンクが大量にある。例えば、川合隧道については、

「コチラをどーぞ↓
〖川合隧道(廃)〗
↑穴と橋とあれやらこれやら」

となっている。つまり後の探索者にとって、「クイックさんの記事を読めば現地のことが分かる」という状態になっている。さらに東條袋倉隧道では、「2010年にクイック・ニックさんと運命の邂逅」と書かれ、「2012年関西訪問実現はここから!感謝な場所。」とまで書いている。これはかなり大きい。

 

*「東條袋倉隧道」はわたくしが初めてまききさんをお見かけした鴨川市の隧道で、なんで気づいたかといえば、あの有名な探索車「テリオスキッド」は見間違えようがなかった!

 

クイックさんは「教わる側」から「教える側」へ

ここまでの資料を時系列で並べると、ものすごくきれい。

初期

クイックさん
↓
『廃道本』
↓
ヨッキれん・nagajis
↓
隧道世界を知る

 

2009~2010年

クイックさん
↓
自分で探索開始
↓
他の探索者と交流
↓
まきき、くるまみち、doodoongooなどから情報を得る

 

2011~2012年

クイックさん
↓
猛烈な探索
↓
大量の物件を蓄積
↓

「この人に聞けば分かる」側へ

 

2012年以降

後発の探索者
↓
クイックさんの記事を見る
↓
クイックさんに物件を教えてもらう
↓
実際に関西へ遠征

という構図になっている。

 

つまり、ヨッキれん氏・nagajis氏がクイックさんに与えたものが、その後クイックさんを通じて次の世代へ流れている。

これ、かなり面白い。

 

*前も書いたけど、これはまききさんが謙虚な方すぎてわたくしを持ち上げてくださっただけのこと。

 

「ニコイ」の話はその象徴

岐阜県飛騨市のニコイ大滝・ニコイトンネルについて、後年の探索者が歴代のネット情報を整理している。その中で、

2012年 クイックさんが単独で全7話
↓
2014年 クイックさん再訪、険酷隧さん・凡くまさん同行

とある。

 

そして2014年のクイックさんの記事について、後の筆者はかなり高く評価していて、「新約聖書と呼んでいいほどの詳細記事」とまで書いている。

もちろんこれは筆者の冗談交じりの絶賛だけど、後世の探索者がクイックさんの記録を“資料”として扱っていることは間違いない。

 

そしてヨッキれん氏自身もニコイへ行っている

ここも面白い。同じ記事によると、2014年以降に、「あの大御所ヨッキれん氏もここに行っておみえでした」となっている。

つまり、

クイックさんが2012年に行く
↓
2014年に再訪して詳細な記録を残す
↓
その後ヨッキれん氏も訪れる

というケースが存在する。

 

もちろん、「ヨッキれん氏がクイックさんの記事を見て行った」とまでは証明できない。でも、少なくとも同じ物件を両者が別々に探索している。これは、二人の探索対象・興味の方向性がかなり重なっていることを示している。

 

nagajis氏についてはどうか

ここはヨッキれん氏より直接的な証拠が少ない。ただし、クイックさんの原点を考えると、nagajis氏を無視することはできない。クイックさんが2008年末の『廃道本』に衝撃を受けたことが、本人の後年の記事から確認できる。そして『廃道本』は、

ヨッキれん氏+nagajis氏の共著。

だから、「クイックさんがこの世界へ入る際に、ヨッキれん・nagajis両氏の仕事から影響を受けた」というところまではかなり強く言える。

ただ、「nagajisさんと直接メールした」「会った」「一緒に探索した」などの人的な接点については、今のところ確認できない。

ここはヨッキれん氏についても同じ。

 

でも、もっと面白い人物が浮かび上がってきた

実は今回の調査で、ヨッキれん氏/nagajis氏だけを「師匠」と見るのはちょっと違うと思えてきた。

クイックさんの初期には、「ネット上に既に存在していた探索者文化」そのものがあった。そこには、

  • ヨッキれん
  • nagajis
  • くるまみち
  • まきき
  • おろろん
  • doodoongoo
  • ピカ
  • うさ★ネコサンド

など、複数の人間がいる。

クイックさんはその中に入り、「見る」→「行く」→「撮る」→「調べる」→「書く」→「教える」というサイクルを急速に身につけたんだと思う。

 

*この中では「うさ★ネコ」管理人のuchiyama氏だけはお会いしたことがない。かなり参考にさせてもらってるんだけどな~。

今もたまにコメントをくれるおろろnさん(元おろろんさん)は、OFFデビューがわたくしと同じ白倉だったってことで、その博識ぶりにはわたくし足元にも及ばないものの、勝手に同期認定してる(笑)。ピカさんは「師匠の相方」かな。

 

そして「師匠」という言葉が似合うのは、むしろ「くるまみち」「まきき」かもしれない

これは前回から少し見方が変わった。ヨッキれん・nagajis両氏は、「この趣味の世界そのものをクイックさんに見せた先駆者」という意味での師匠。
一方、くるまみちさん・まききさんは、「実際の探索現場でクイックさんと交流し、物件情報を交換した先輩」という意味での師匠・先達。この二層構造になっているように見える。

特にまききさんについては、2012年の関西訪問につながったことを本人側の記録がかなりはっきり示している。

 

*この「二層構造」は確かにその通り。ヨッキ氏とnagajis氏(永冨氏)は業界の著名人って感じかな。よととさんとまききさんを引き合わせることができた地元・滋賀でのOFFは感慨深かったな~。

【谷出山隧道にて。左がまききさん、右がよととさん。真ん中は…おろろんさん、かな。】

 

そして「クイック・ニック」の立場が面白い

2010年には、「先輩たちの世界に入ってきた人」だった。ところが2012年には、「クイック・ニックさんと運命の邂逅」と、他の探索者側が書いている。さらに、「クイックさんから『これはオススメ!』という報告」を受けて、行きたくてたまらなくなる、という記述もある。

つまり、たった2~3年で立場が変わっている。これはかなり異常な速度だと思う。

 

今のところの「関係図」はこんな感じ

nagajis氏はこの図の一番上に、ヨッキれん氏と並ぶ「原点の一人」として置くのが自然。

 

ただ、まだ「決定打」が一つ残っている

今回見つけられなかったのは、「ヨッキれん氏本人がクイックさんについて何か書いている記録」なんだよね。これが見つかったら一気に面白くなる。

たとえば、「クイックさんから情報をもらった」「穴と橋とあれやらこれやらを見て現地へ行った」「クイック氏と会った」みたいな記述がもし『山さ行がねが』や旧掲示板、旧「日本の廃道」に残っていれば、「一方的にクイックさんが憧れていた」のではなく、両者が互いを認識していたことが証明できる。

今のところは、「クイックさん → ヨッキれん氏を知っていた」=かなり確実
だけど、「ヨッキれん氏 → クイックさんをどう認識していたか」=まだ未解明

という状態。ここはかなり掘る価値があると思う。

そして、あなたが最初に言った「大御所」については、少なくともこの世界でヨッキれん氏がそういう位置づけだったことは、後続の探索者の文章からはっきり確認できた。

 

 

*チャッピー君は掘りきれなかったようなので、この機会にこれら大御所お2人との関わりを書いておく。とはいえ、ほとんどナイんだが。

 

まずお2人ともに、残念ながら探索をご一緒したことはない。生でお目にかかったのはいずれも一度だけ、2011年だったか、当時行われていたイベント「廃道ナイト」大阪の会場で、パネリストであるお2人を見た、その1回こっきりである。

 

ただ、ヨッキ氏に関しては当日の打ち上げ歓談タイム中に話をする機会があり、未成道ネタでなにか面白いものはないですかね~という話だったので、思い出したネタを提供したら、地図を見ながら熱心に聞いてくださった。この記事でちょっと触れてるのだが、そのネタは後日ムック本「廃道をゆく3」で、「京都市道小出石大布施線」として上梓された。

その後、ある用件で一度メールのやり取りをしたことがあり、このエピソードを覚えてくださっていた。後にわたくしも35年以上ごしに探索して記事にしている。

 

ヨッキ氏が「山行が」内でウチのブログに言及かつリンクを貼ってくださったのは、覚えてる限りでは野中山隧道。ただそれはYahoo!ブログ時代、悲しいかなリンク切れとなっている。ウチの記事はこちら。最初期の記事ね。

他、あったかなあ…。たぶんない。ニコイもそうだけど、ネタかぶりはそれなりにあるんだけども。

 

ウチのブログ内では、両名のお名前は参照元として時々出させてもらっている。まあそんなとこです。

 

 

【ク】なるほど。ありがとう。めっちゃ興味深いね。改めて、このブログに言及している人や引用している人、その他同好者においての認知度や評価がどんな感じか知りたいな。

 

 

(以下【5】へ)

 

 


*気になった点については適宜、このような書式 で補足・ツッコミを入れる形で進行する。

 

 

【2】より続く。

 

 

【ク】それ面白いね。師匠的な人がいるのか、あとハンドルネームの由来、調べてほしいな。

 

【GPT】

調べてみた。これはかなり面白いところが出てきた。結論を先に言うと、「この人がクイックさんの師匠だった」と断定できる人物は、今のところ見つからない。ただし、クイックさんが初期に強く影響を受けたと思われる“先輩格・レジェンド集団”はかなりはっきり見えてきた。
そしてハンドルネームについては、「クイック・ニック」という名前が2010~2012年には実際に使われていたことは確認できるが、その由来を本人が明言した一次資料はまだ見つかっていない。ここは推測で決めつけないほうがいい。

 

*いやいや、由来、思いっきり書いとるぞ?(記事こちら)

 

まず「師匠」は誰なのか?

今回かなり重要なのが、「くるまみち」さん。この人は、少なくともクイックさんが参加していた初期の探索コミュニティでは、かなり大きな存在だったようだ。2010年11月、くるまみちさんが奈良県下北山村の摺子発電所水路隧道について探索者を募ったところ、なんと10台もの車が集結。その参加者の中に、

  • YO314さん
  • あんしゃいさん
  • ひろきさん
  • きょくちょ~さん
  • yoshirinさん
  • クイック・ニックさん
  • パパンさん
  • おろろんさん
  • ピカさん
  • くるまみちさん本人

がいたことが記録されている。つまり、2010年にはもうクイックさんはこの世界のかなり濃いメンバーと一緒に探索していた。
 

*なぜかよととさんという管理人のお名前は引っ張ってこれなかったのかな。確かによととさん、昔も今も大きな存在でございます。白倉に参加表明、お会いしたのがなれ初めだった。他の皆さんも(以来ご無沙汰の方もおられるけど)、みな先輩方。

 

しかも「くるまみち」は相当な先達

くるまみちさんのサイトには、当時の探索記録が大量に残っている。特に面白いのが、クイックさんとの関係。「トンネルコレクション」の資料を見ると、2010年にクイック・ニックさんと出会った場所について、「運命の邂逅」という表現まで使われている。また別の物件については、「『くるまみち』さんでこれを知ってからずーっと行ってみたかった」という記述もある。

これはクイックさん自身の発言ではないので慎重に扱う必要があるけど、この界隈では「くるまみちさんの情報を見て他の人が現地へ行く」という情報流通がかなり普通に行われていたことが分かる。

 

*このへん、なんかチャッピー君混乱してるな。よととさんはそんなん書いてないはず。「運命の邂逅」はたぶん、次に登場のまききさんが書いてくださったやつかな。で、「くるまみちさんでこれを知ってからずーっと行ってみたかった」が、たぶんわたくしの言葉でしょ。

このように、くるまみちさんの情報を見て他の人が現地へ行く」ってのは間違いなく、わたくしだけじゃなく業界ではポピュラーなことだった。

 

そして、もう一人かなり重要なのが「まききさん」

この人もかなり重要。「トンネルコレクション」という隧道探訪サイトを運営していた人物で、現在もそのサイトのアーカイブが残っている。サイト自身が、2012年当時にはクイック・ニックさんを一つの目標として、「『穴と橋とあれやらこれやら』(by クイック・ニック氏)みたいになる様に目指しております!」と書いている。

つまり、クイックさん → 後輩から見ても一目置かれる存在 になっていたことが分かる。これ、時系列が面白い。

 

*前も書いたが、まききさんが後輩などとんでもない!謙虚すぎるお人柄ゆえにそんな書き方してくださってただけ。しかもこの頃はまたブログ始動前、Yahoo!のワイワイマップ時代だ。今やだれも知らない時代…(笑)。

 

2010年ごろ

クイックさんは、

くるまみち
おろろん
ピカ
まきき
doodoongoo
……

といった、当時すでにこのジャンルで活動していた人たちの中に入っていく。

↓

2011~2012年

クイックさん自身が猛烈に探索する。「第七次房総探索」などを行い、2011年時点で自分が直接見た隧道289本とカウントしている。

↓

2012年ごろ

今度はクイックさん自身が、「あの人に聞けば分かる」という側になっていく。実際、「トンネルコレクション」の記述では、クイックさんから「これはオススメ!」という情報をもらったという話まで出てくる。だから、僕は「師匠」というより、「先達から情報を吸収しつつ、短期間で自分自身も一線級の探索者になっていった」という表現のほうが正確だと思う。

 

そして「まききさんに引率されて」という記録もある

これはかなり分かりやすい証拠。2012年1月29日の房総探索について、パパゲーノさんの記事に、「まきき氏に引率されてやってきた最初の目的地」とある。参加者は、

  • doodoongooさん
  • まききさん
  • クイック・ニックさん
  • パパゲーノさん

など。

つまりこの時点では、クイックさんは「関西から遠征してくるスペシャルゲスト」である一方、現地の房総勢には案内してもらっている。そして面白いのが、その探索中に小さな穴を発見すると「と思っていたら、クイック・ニック氏(当時)がアタック開始」

となっていること。

要するに、案内される側だけど、穴を見つけたら真っ先に突っ込む。この頃からもう、現在のクイックさんっぽい(笑)。

 

*パパゲーノさん、doodoongooさんも大切な先輩であります。doodoongooさんと敢行した玄倉林道~その様相、隧道、橋も思い入れある記事ですのでぜひ。

 

「クイック・ニック」はいつから?

これはかなり面白い。少なくとも2010~2012年には「クイック・ニック」だったことが複数の第三者資料から確認できる。2012年の記事では、本人が初対面の挨拶で、「はじめまして、クイック・ニック(←当時)です」と名乗ったことまで記録されている。そして現在は「クイック」。

 

つまり、

旧名:クイック・ニック
↓
現在:クイック

という変化は確実。

 

じゃあ「ニック」は何なのか?

ここは、今のところ確定できない。今回かなり検索したけど、「クイック・ニックという名前は○○から取った」と本人が説明している記事は見つからなかった。だから、「ニック・メンザが好きだからニック」などと断定するのは現段階では危険。

ただし、これは非常に面白い仮説としては残る。なぜならクイックさんはかなりのハードロック/ヘヴィメタル好きで、実際にニック・メンザ追悼の記事も書いているから。ただ、「ニックという名前=ニック・メンザ」だと結びつける証拠は、今のところない。ここはちゃんと「未確定」としておきたい。

 

*いや、だからちゃんと書いてるって!(笑)

 

むしろ「Quick Nick」という語感そのものが怪しい

僕が現時点で気になっているのはこっち。「クイック・ニック」という組み合わせは、英語としてかなり語呂がいい。Quick Nickという二語を並べると、あだ名として非常に成立しやすい。しかも探索仲間のブログには、

「クイック・ニックさん、クイックすぎ( ̄▽ ̄)」

という冗談が出ている。

つまり当時から、「クイック=素早い」+「ニックという人名」という名前自体をネタにしていた可能性がある。ただし、これも名前の由来そのものを示す証拠ではない。

 

さらに面白いのが「クイック」という名前が本人のキャラクターにも合っている

これは完全に僕の観察だけど、初期の探索記事を見ると、

  • 穴を見つける
  • 真っ先に突入
  • あちこち動き回る
  • 1日で大量の物件を回る
  • 予定外の物件にも食いつく

という行動が目立つ。実際、赤岩隧道の記事でも、

「クイック・ニックさん、クイックすぎ」

と同行者に書かれている(アルプさんの記事)。

だから現在の「クイック」という名前は、結果的に本人の行動スタイルにも妙にハマっている。ただ、これも「だから名前の由来は速さ」と断定してはいけない。

 

*うーん、全然素早くはない。むしろどんくさい(笑)。

 

「師匠」という意味では、もっと面白い構図が見える

今回の資料を並べると、

第一世代・先駆者側

くるまみち、YO314、おろろん、ピカ、まきき……

↓

その世界に入ってきたクイック・ニック

↓

かなり短期間で大量探索

↓

「289本」などの膨大な経験値

↓

自分自身が情報提供者・案内役になる

↓

「穴と橋とあれやらこれやら」が、後発の人たちから参照されるという流れが見えてくる。「トンネルコレクション」のサイトが、「『穴と橋とあれやらこれやら』みたいになる様に目指す」と書いているのは象徴的だと思う。

 

だから僕の現時点での評価

問い 現時点の答え
師匠がいた? 正式な「師匠」は確認できない
先輩・影響者は? かなりいたと考えられる
特に重要そうな人物 くるまみち、まきき、おろろん、ピカ、doodoongooら
くるまみちさんとの関係 初期からかなり近い探索仲間/先達
まききさんとの関係 房総探索などで案内を受ける一方、クイックさん自身も重要な情報提供者になっている
「クイック・ニック」は昔から? 少なくとも2010~2012年には使用確認
現在は? 「クイック」
「ニック」の由来 まだ不明
「クイック」の由来 まだ不明
ニック・メンザ由来? 可能性は考えられるが、証拠なし

そして、ここからが本当に面白い

今回調べていて、「クイックさんが誰かから影響を受けた」というより、“ネット上の探索者コミュニティそのものがクイックさんを育てた”という構図がかなり見えてきた。しかも2010年前後のこの界隈、今とは違って個人サイト・掲示板・ブログを中心に情報を交換していた時代なんだよね。

「トンネルコレクション」の掲示板で廃隧道の廃止情報を知り、急いで現地へ行く、別の人がその情報を元に再訪する、誰かが別の物件を教える……という、まさにネット黎明期の探索者ネットワークができていた。

そしてクイックさんは、そのネットワークの「教わる側」から「教える側」への移行がものすごく速かった人なんじゃないか、というのが今のところ一番面白い見立て。

 

*いや~、とはいえ、読者としてむさぼり読んでいた「くるまみち=よととさん」の影響は絶大だったと思う。ただ、「教える側」というのは語弊があるけど、結果的にこの見立ては、確かにその通りかな~と思うな。掲示板文化の末期だったな~。

 

 

次にやるなら、かなり核心に近づけそうなのが、「クイックさんが最初に隧道を知ったのは誰/何がきっかけだったのか」を、2010年よりさらに前まで遡って探すこと。ここで「最初に見た一本」や「最初に読んだサイト」が見つかったら、クイックさんの原点がかなり具体的に分かる可能性がある。
そして同時に、「クイック・ニック」の由来を本人がどこかで一度だけ書いていないか、旧Yahoo!ブログ時代まで含めて探すのもやってみたい。今残っているAmebaの記事だけでは見つからない可能性が高い。

 

*いやいや、Yahoo!時代の記事まで掘ってるけど見つけられてないだけやん…とは言わない(笑)。

 

 

【ク】いや~実に面白いね。初期数年の記事はヤフーブログ時代のものらしいから、調べてみてよ。

 

【GPT】

うん、ここはかなり重要な手掛かりになりそう。Amebaに移ってきた記事の「さらに前」=Yahoo!ブログ時代まで遡って、クイックさんの原点と「クイック・ニック」の由来を探してみる。少し時間をかけて、本人の記述と当時の同業者側の記録を突き合わせるね。

 

【ク】うん、お願い。

 

【GPT】

いや、かなり大きな発見があった。前回「原点はまだ分からない」と言ったけど、今回Amebaに移植された旧記事まで遡ったところ、クイックさん本人が「自分がこの趣味にハマった決定的な瞬間」を書いている記事が見つかった。これは相当面白い。

 

結論:クイックさんの「原点」は2009年1月

本人の「初代・長野隧道(廃)【2009年】」という記事に、かなり明確に書いてある。2009年1月、本人はこう振り返っている。

  • この趣味にハマり始めた
  • 先人のサイトやブログを見るようになった
  • 少しずつ自分でも動き始めていた
  • その頃、決定的な「出会い*があった

その「出会い」というのが、なんと2008年12月発売の『廃道本』。この本は実業之日本社から2008年11月8日に発売されたムックで、著者は平沼義之(ヨッキれん)と永冨謙(nagajis)。内容はまさに「廃道・廃隧道・廃橋」などを扱うものだった。
そして、その本の冒頭を飾っていたある隧道の写真を見て、クイックさんは、「ブチのめされたような衝撃」を受けたという。さらに、「完全に心を持って行かれた」とまで書いている。その隧道こそ――三重県の初代・長野隧道。

 

そして、「それが我が家から行けなくもない距離に存在している」と知ったことが、実際に自分で探索へ出る決定打になった。

2009年3月20日、奥さんとの日帰り温泉の途中という形ではあるものの、ついに初代・長野隧道を訪問。本人自身が、「それが真の我がキャリア(何のやねん・笑)の始まり」と表現している。

 

*補足すると、2008年頃からヨッキ氏のサイト「山さ行がねが」を読み始めていて、そこで告知されたから買ってみた、って流れだったはず。ただ、「山行が」を閲覧し始めたきっかけ、つまり本当の始まりは、もはや思い出せない。

 

これは今まで見えていた話をひっくり返すくらい重要

以前の僕の推測では、

先輩探索者との交流
↓
房総などを大量探索
↓
クイックさんが成長

という流れを想定していた。でも、今回見つかった本人の回想を見ると、もっと前に、本 → 衝撃 → 実物を見に行く → 沼に落ちるという明確な起点がある。つまり、

 

2008年12月

『廃道本』発売

↓

2009年1月

クイックさん、『廃道本』の写真に衝撃を受ける

↓

2009年3月20日

初代・長野隧道を初訪問

↓

2009年5月21日

横山隧道などを訪問

↓

2009年夏

橋にも強烈に惹かれ始める

↓

2009年10月17日

初の三重県遠征

↓

2010年

房総・紀伊半島などへ活動拡大

↓

2010~11年

同好の士との交流・合同探索

↓

2013年

ブログ本格稼働

という流れが、かなりきれいにつながってきた。

 

そして「師匠」の話も少し修正したい

ここは前回より一歩踏み込んで言える。クイックさんには「師匠が一人いた」というより、“この世界への入口を作った先人たち”がいた。その中でも本という形で最初に強烈な影響を与えたのは、

  • ヨッキれん
  • nagajis

の二人。

『廃道本』はこの二人の著作で、実業之日本社も「『山さ行がねが』と『旧道倶樂部』の管理人による本」と紹介している。しかも、この二人は単に本を書いた人ではない。『日本の廃道』のバックナンバーを見ると、2008~2009年当時から、

  • 廃道
  • 廃隧道
  • 廃橋
  • 林鉄
  • 古道
  • 土木史

などを猛烈な密度で掘り下げていたことが分かる。だから、クイックさんの趣味の「思想的な源流」をたどるなら、ヨッキれん/nagajis → 『廃道本』はかなり重要だと思う。

 

しかも「長野隧道」という選択がすごく象徴的

これが面白い。長野隧道は単なる「最初に見たトンネル」ではない。クイックさん自身が、「もっとも愛する隧道」の一つとして現在も挙げている。さらに横山隧道についても、「初代・長野隧道との出会いは2009年3月20日」とした上で、「この趣味最初期に出会った「理想」を超える物件を求めて今日まで至っている」と書いている。これ、かなり重要な自己分析だと思う。

 

つまりクイックさんの趣味って、「隧道をたくさん見る」だけじゃない。最初に、「うわ、なんだこれは!」と思わせる強烈な物件に出会ってしまった。その後、「これ以上のものはないか?」と探し続ける。その結果、全国を走り回るようになった。これはかなり納得できる。

 

そして「橋」の原点も見つかった

これも面白い。「朝妻橋【2009年・夏】」の記事で、本人がわざわざ、「わたくしの橋嗜好の原点」を明かしている。

2009年8月16日。琵琶湖岸を走っていて天野川を渡った際、ふと左を見る。すると古い橋が目に入った。そして、即刻Uターン。この橋について本人が好きだと明言しているのが、「自分より年長の、シンプルな桁橋」というタイプ。これ、今の「穴と橋とあれやらこれやら」の橋記事を理解するうえで非常に重要。
隧道の場合は、「古くて威容のあるもの」に衝撃を受けた。橋の場合は、「自分より年長で、シンプルな桁橋」に惹かれる。つまり、クイックさんにはかなり早い段階から「自分なりの美学」が形成されている。

 

初期のクイックさん、実はかなり「初心者」だった

これも面白いところ。2009年5月21日の杉本隧道の記事では、本人が当時を振り返って、「初心者らしくこれで満足し、次へ向かった」と書いている。さらに7年後の妙理橋の記事では、「2009年時点では反応せず、スルーしていた」と振り返っている。そして、「7年の歳月は、わたくしをいささかなりともレベルアップさせたようで…」と。

つまり初期の自分と現在の自分では、「何を面白いと思うか」そのものが変化している。これ、ブログの面白さを理解するうえでも大事。

 

そして2009年10月には、もう県外遠征

2009年10月17日。初めての三重県遠征。しかも本人は、「この趣味で実質初めての、滋賀県外への遠征」と明記している。

つまり、

3月:初代・長野隧道
↓
5月:県内の隧道を次々探索
↓
8月:橋の嗜好が確立
↓
10月:初の県外遠征

という、わずか7か月程度の間に、かなり急速に趣味が発展している。

 

そして2010年には「第四次三重県遠征」

これも熱量がすごい。初代・長野隧道は2009年3月に初訪問。しかし満足できなかった。翌2010年1月4日には、「第四次三重県遠征」として再訪している。つまり、

初めて県外へ行く
→ その県が気に入る
→ 数次の遠征を組む

という現在につながる遠征スタイルが、かなり早くから形成されている。

 

じゃあ「ハンドルネーム」の謎は?

ここは残念ながら、まだ解決していない。ただ、今回ひとつ重要な材料が増えた。2012年1月29日の房総探索で、本人は初対面のパパゲーノさんに、「はじめまして、クイック・ニック(←当時)です」と名乗っている(パパゲーノさんの記事)。つまり「クイック・ニック」は少なくとも2012年以前から完全に定着したハンドル。そして2012年ごろには、他の探索者たちも普通に、クイック・ニックさんと呼んでいる。
その後、クイック・ニック → クイックへ変化した。ただし、名前の由来を本人が説明した文章は、今回もまだ見つからなかった。

 

*いや、だからなんで見つからへんのよ(笑)。「さようなら、クイック・ニック」ってめっちゃわかりやすいタイトルで記事にしてんのに。ただ、次項のように自力で見つけてきたみたいね。

 

ただし……「クイック・ニック」という名前について新しい可能性

今回検索していて、もう一つ気になることが分かった。「Quick Nick」という呼び名は、実在のF1ドライバー、ニック・ハイドフェルドの有名なニックネームでもある。2000~2011年にF1で活躍したハイドフェルドは「Quick Nick」と呼ばれていた。これはかなり気になる一致ではある。なぜなら、Quick + Nickという非常に特徴的な組み合わせが、もともと既存の愛称として存在しているから。

ただし、クイックさんの「クイック・ニック」はニック・ハイドフェルド由来だとはまだ絶対に言えない。本人のF1好き、モータースポーツ好きについて確証が取れているわけでもないし、現時点では単なる有力な候補の一つ。

 

なので、

確定

「クイック・ニック」という名前は2010~2012年には使っていた。

未確定

なぜその名前にしたのか。新たに浮上した仮説

 

F1ドライバー、ニック・ハイドフェルドの愛称 “Quick Nick” から取った可能性。という段階にしておくのが正確だと思う。

 

*なんでモタスポ系記事は拾わないんだ~。いや、それです。確定です(笑)。理由もさくっと書いてます。

 

そして、これはかなり大事なので訂正しておく

前回僕は、「クイックさんがなぜ隧道にハマったのかはまだ分からない」と答えた。これは今回の調査で撤回できる。現時点でかなり確実に、「2008年12月の『廃道本』との出会い → 2009年1月に衝撃 → 2009年3月20日に初代・長野隧道へ → そこから本格的に探索活動へ」という原点が確認できた。
しかも本人が後年になって、自分の過去を振り返る形で書いているので、かなり強い一次資料だと思う。

 

現時点での「クイックさん史」は、こうなった

2008年12月
『廃道本』発売。
↓
2009年1月
本の冒頭の長野隧道に衝撃。「この趣味にハマる」。
↓
2009年3月20日
初代・長野隧道を初訪問。本人いわく「真のキャリアの始まり」。
↓
2009年5月21日
横山隧道など、県内探索を本格化。
↓
2009年8月16日
朝妻橋との出会い。「自分より年長の、シンプルな桁橋」という橋嗜好が確立。
↓
2009年10月17日
初の県外遠征=三重県。
↓
2010年
遠征を重ね、同好の士との交流も始まる。11月には摺子発電所水路隧道OFF会に参加。
↓
2011年
房総・紀伊半島などを猛烈に探索。「第七次房総探索」「289本」へ。
↓
2012年
「クイック・ニック」として探索者界隈で定着。まききさんらとの合同探索。
↓
2013年3月
ブログ本格稼働。

 

*多少乱暴だけど、まあ合ってるよね。こうして「自分史」ってまとめてくれたのは、ちょっと感慨深かったな。

 


これでかなり「クイックという人」の輪郭が変わってきたと思う。「廃隧道が好きだった人」ではなく、2008年末に一冊の本の一枚の写真に人生を持っていかれ、そこからわずか数年で“探索する側”に転じていった人なんだよね。

そして個人的には、次に絶対掘りたいのが 『廃道本』の「冒頭を飾っていたある隧道」が、なぜ長野隧道だったのか。さらに、その長野隧道の記事を書いたnagajisさんとの接点がその後どうなったのか。ここを追うと、「クイックさんがどんな探索者を目標・手本としていたのか」まで見えてくる可能性がある。

 

 

【ク】だいぶ判明したね!ヨッキれん氏やnagajis氏と接点・絡みがあったのかどうか、それも面白そう。

 

【GPT】
そう。ここはかなり面白いポイントだと思う。今回は 「ヨッキれん/nagajis → クイックさん」への一方通行の影響なのか、それとも後に本人同士の接点が生まれたのかを切り分けて調べてみる。特に、

・実際に会ったことがあるのか
・コメント・掲示板・メールなどネット上で交流したのか
・『日本の廃道』などにクイックさんが登場したことがあるか
・クイックさん側が二人についてどう書いているか
・逆にヨッキれん氏/nagajis氏側に「クイック・ニック」の名前が出てくるか
このあたりを中心に、本人同士の直接的な接点と、単なる影響関係を分けて追ってみる。

 

 

【ク】うん、やってみて。ヨッキ氏のことは「大御所」とか書いてるかもね。そういう人、多いから。

 

 

 

(以下【4】へ)

 

 

*気になった点については適宜、このような書式 で補足・ツッコミを入れる形で進行する。

 

 

【1】より続く。

 

【ク】いいね。やってみて。

 

【GPT】

うん。今回は「ブログがどう始まり、クイックさんの探索趣味がどう形になっていったのか」という観点で、過去記事をかなり遡ってみた。

結論から言うと、この人、最初から完成された「隧道・橋マニア」だったわけではなさそう。むしろ、かなり早い段階から探索を始め、房総などで経験値を猛烈な勢いで積み、その過程で現在のスタイルが出来上がっていった、と見るのが自然だと思う。

 

まず、現在確認できるクイックさん像

現在のAmebaプロフィールでは、クイックさん自身が、
・滋賀県在住
・男性
・既婚
・トンネル・隧道、橋を中心とする土木構造物
・旧道・廃道・未成道
・元「乗り鉄」
・20世紀のハードロック/ヘヴィメタル好き
と説明している。つまり現在は「土木探索だけの人」ではなく、鉄道・音楽などを含めたかなり広い趣味人として自分を捉えているようだ。そしてブログは「ヤフーブログ出身」と明記されている。

 

1.ブログの「本格稼働」は2013年3月1日

ここはかなりはっきりしている。2026年3月1日の記事で、本人が「ブログ本格稼働まる13年」と書いている。したがって、現在のブログ活動の基準日は2013年3月1日。ただし、ここが重要。「2013年に探索を始めた」という意味ではない。

実際、現在の記事には2010年、2011年、2012年の探索記録が大量に存在する。しかもそれらは単なる後付けの創作ではなく、本人が具体的な探索日を記録している。つまり、探索活動 → その後ブログを本格稼働という順番。

 

2.かなり早い段階から「房総」にハマっている

今回かなり面白かったのがこれ。2011年2月25日の探索を、本人は「第七次房総探索」と呼んでいる。つまり、少なくともその時点ですでに「第七次」。

しかもこの日の時点で、本人が直接見てきた隧道が、289本に達していたと書いている。これ、ものすごい。2011年2月の時点で、「最近トンネルに興味を持ちました」というレベルではない。すでに房総の隧道を数百本単位で見ている人間になっている。

 

*これは完全にたまたまで、この時期に仕事で千葉に3ヶ月住むことになったから。ジャストタイミングやったな~。

 

 

3.しかも「房総探索」はかなり組織的

「第七次房総探索」という言い方からも分かるけど、これは単発の旅行じゃない。例えば同じ2011年2月25日の探索で、

などを一日に回っている。つまり、「房総へ旅行に行ったらトンネルを見つけた」ではない。完全に、「今日はこの辺を探索する」

という趣味になっている。

 

4.そして、この頃にはすでに「橋」も対象になっている

面白いのが「隧道だけの人」ではないこと。第七次房総探索の記事の一つが鍵掛橋。本人自身、千葉県ネタでは数少ない橋ネタ」

と書いている。つまり初期段階から、穴 → 橋 → 道路 → 周辺構造物という現在の方向性ができていた可能性が高い。ただ、少なくとも房総探索の記事を見る限り、当時の主役は明らかに隧道。

 

5.この時期のクイックさんは「数を見て経験値を積む」段階だった

ここは現在との違いとして面白い。2011年の鵜原理想郷の記事で、「ここまで289本の隧道を見てきた」と自分でカウントしている。そして、「房総ではこういう構造は珍しい」「自分が直接見た中では一つもなかった」など、自分の探索経験を基準に比較している。

これはかなりマニア的。単に「古いトンネルだから面白い」ではなく「自分がこれまで見てきた289本と比べて、これは珍しい」という見方になっている。つまり、この時点ですでに「隧道を見る目」を鍛えていたと考えられる。

 

6.そして、探索仲間がいた

これも今回確認できた重要なポイント。2011年6月1日の千葉県大多喜町・小土呂隧道の記事では、「房総の隧道王子(当時・笑)ことまききさん」との2回目の合同探索だったと書いている。しかも本人はこれを、「まききさんおススメの隧道に連れてっていただく」という、かなり気楽な企画として書いている。

つまりクイックさんの趣味は、一人で黙々とやっていたものだけではない。同じような趣味を持つ人たちとのネット上・現地での交流があり、情報を教えてもらったり、一緒に探索したりしていた。

 

*まききさんとは第四次房総探索でホントにたまたまお見かけして、思わずメールしたのがきっかけだったなあ。あれは運命的だった…。

 

 

7.「OFF会」もかなり早い

さらに遡ると、2010年11月21日の記事がある。奈良県下北山村の小井隧道の記事で、「摺子発電所の遺構を訪ねるOFF会」に参加したことが書かれている。しかも、「史上空前の大人数」だったという。これがかなり重要。

少なくとも2010年にはすでに、土木遺構・廃道・隧道などをネットで情報交換し、OFF会まで開くコミュニティにクイックさんが参加していた。だから、クイックさんの趣味の形成には、ネット上の同好の士との交流もかなり関係していたと考えられる。

 

8.そして2011年には、もう全国遠征している

2011年4月23日には紀伊半島。現在の記事「赤岩隧道再訪記」では、初訪問時について、「四国からのスペシャルゲストをお迎えしての紀伊半島ハードコア接待」だったと振り返っている。つまり2011年の時点で、

  • 房総
  • 紀伊半島
  • 奈良
  • 岐阜
  • 富山方面

など、かなり広範囲を動いている。

2012年7月29日の岐阜県探索についても、複数の隧道・橋・発電所関連施設などを一日で回っている。だから、「ブログを始めてから探索範囲が広がった」というより、ブログ本格稼働以前から既にかなり広域探索をしていたと考えるべき。

 

9.2013年の「ブログ本格稼働」は、趣味のスタートではなく「記録化」の転換点?

ここは僕の推測を含むけど、かなり重要だと思う。確認できる事実を並べると、

2010年 
↓
OFF会などに参加
↓
2011年
↓
第七次房総探索・289本 紀伊半島遠征など
↓
2012年
↓
岐阜などさらに全国へ
↓
2013年3月1日
↓
ブログ本格稼働 

という流れ。なので僕は、2013年は「クイックさんが探索を始めた年」ではなく、「それまでやっていた探索活動を、ブログという形で本格的に記録・発信し始めた年」と見るのが妥当だと思う。

 

10.だから現在のブログが「時系列無視」なのも納得できる

ブログのプロフィールに、「完全に時系列無視で記事にしていきます」とある。これは単なるブログ上のスタイルではなく、過去の膨大な探索ストックがあるからこそ成立する形式なんだと思う。

例えば現在の記事でも、2011年に行った隧道を2026年に再訪して記事にしたり、2025年に他人の記事を見て「そういえば俺も2011年に行ってた」と思い出して記事にしたりしている。つまりブログは、「今日行ったところを今日書く日記」ではない。むしろ、クイックさんの探索人生の巨大なデータベースに近い。

 

*はい、なのでネタの枯渇はないっす。何度か書いてるけど、ネタ選定が大変で…。

 

 

11.そして「再訪」が面白い

現在の記事で赤岩隧道を14年以上ぶりに再訪している。初訪問は2011年4月23日。「撮り直したい」と思いつつ14年以上放置していたという。これはクイックさんの趣味の成熟を考える上で面白い。

昔は、「とにかく現物を見る」だったのが、現在は、「昔見たものを、もう一度見て記録を更新する」になっている。つまり、

第1段階

「知らない隧道を発見する」

第2段階

「大量に見る」

第3段階

「珍しいものを見分ける」

第4段階

「資料と照合する」

第5段階

「昔の記録と現在を比較する」

という方向へ進化しているように見える。

 

12.ブログが「土木マニアの記録」へ深化していった

現在のテーマ別記事一覧を見ると、道路トンネル・隧道だけでも714件ある。さらに橋、鉄道関連、旧道・廃道などが加わる。

しかも千葉県だけでも、自治体別に記事を整理している。例えば千葉県の記事リストを見ると、

  • いすみ市
  • 一宮町
  • 市原市
  • 大網白里市
  • 鋸南町
  • 館山市
  • 千葉市
  • 長南町
  • 長柄町
  • 富津市
  • 船橋市
  • 南房総市
  • 茂原市
  • 八千代市

などに大量の物件が並ぶ。これはもう「ブログ」というより、かなり個人による土木遺産アーカイブに近い。

 

13.一方で、クイックさん自身は「研究者」っぽくなりすぎない

ここが最大の面白さだと思う。例えば「農免隧道」の記事では、「農免隧道」という名前が気に入ったと言いながら、「農免道路とはなんぞや?についてはこちらの記事でよくわかる」と別記事に飛ばす一方、「相変わらず手抜き野郎なので、そのへん調べておらん」と自分で言っている。

つまり、調査はする。でも、学術論文みたいには書かない。これが現在のブログの文章スタイルにつながっている。

 

14.そして「穴なら何でもいい」から、どんどん対象が広がった

現在の記事を見ると、阪急京都線の地下線への入口まで取り上げている(記事こちら)。大宮地下線隧道については、1931年開業、関西最古の地下鉄道、全国では銀座線に次いで2番目という歴史まで掘っている。また東京の沼部隧道では、「これは本当に隧道なのか?」という構造物の分類そのものを楽しんでいる。

これは初期の「隧道をたくさん見る」段階から、「道路・鉄道・地形・都市構造の中にある“変な構造物”を発見する」方向へ興味が広がった結果だと思う。

 

15.さらに、現在のクイックさんには「昔の自分の探索記録を再評価する」という面もある

これが2020年代の記事を読む上でかなり重要。たとえば小土呂隧道では、2025年に別の探索者が訪れた記事を見て、「自分も記事にしておきたい」と思って、2011年の記録を引っ張り出している。これ、すごく面白い。

つまり現在のブログでは、「昔の自分の記録 × 現在の自分の知識 × 他人の最新情報」が混ざっている。だから単純な「昔の旅行記」ではない。

 

*これはSubaru6さんの記事きっかけでしたな。ありがとうございました!

 

 

16.そして2026年現在、趣味そのものは続いている

2026年3月の「ブログ本格稼働まる13年」では、本人が、

  • 中国地方遠征を再開
  • 紀伊半島詣でも再開
  • 活動再開できたこと自体に意義がある

と書いている。一方で仕事の都合から、「なんか出かけにくくなってしまった」とも書いている。つまり現在は、「若い頃のように好き放題遠征!」という状態ではないものの、探索活動そのものは続いている。

 

17.ここまでを「クイックさんの趣味の変遷」としてまとめると

僕ならこう見る。

① 2000年代末~2010年前後 土木・廃道・隧道系の趣味世界に入る

同好の士とのネット交流やOFF会にも参加。

↓

② 2010~2011年 房総を猛烈に探索

「第七次房総探索」「289本」という数字からも、この時期の熱量がものすごい。

↓

③ 2011~2012年 活動範囲が全国へ

紀伊半島、岐阜、富山などへ遠征。

↓

④ 2013年 ブログ本格稼働

それまで蓄積した探索記録をネット上に残す方向へ。

↓

⑤ 2013年以降 隧道だけでなく橋・旧道・廃道・鉄道・土木遺産へ拡大

↓

⑥ 2020年代 過去の記録を掘り起こしながら、現在の探索も続ける

さらに音楽など「あれやらこれやら」の領域も広がる。

↓

⑦ 現在 「探索する人」+「記録を残す人」+「過去と現在を比較する人」

になっている。

 

そして、今回かなり気になったこと

クイックさんが「なぜ隧道にハマったのか」という一番根っこの部分は、まだ分かっていない。ここは非常に重要。「第七次房総探索」とか「289本」という記録は見つかるんだけど、「そもそも最初の一本は何だったのか?」「なぜトンネル・隧道に興味を持ったのか?」「最初に影響を受けた人・サイトは誰だったのか?」というところは、今回見つけた記事だけではまだ確定できない。むしろここを突き止めると、クイックさんという人の“原点”がかなり見えてくる可能性がある。

それともう一つ、かなり面白そうなのが、「クイック」というハンドルネームの由来と、プロフィールにある「元乗り鉄」から隧道・橋探索へどう移っていったのか。この2つは、次にかなり深掘りする価値があると思う。

 

 

【ク】それ面白いね。師匠的な人がいるのか、あとハンドルネームの由来、調べてほしいな。

 

 

 

(以下【3】へ)

 

 

突然ですが、投稿パターンを予告してたのと変えることにしました。9月21日18時から2分おきに【1】~【5】まで、22日18時から2分おきに【6】~【10】までと、2日に分けて投稿します。せっかく大部になったので、1日でギュッとしちゃうともったいないなって。

 

 

ハイッ!ということでね!!

先日「冗長すぎる」ってことでチャッピー君に止められたがためにエディット版にて記事にした拙ブログの覆面エゴサーチだが、やってみたら物足りなさは隠せなかったので、よせばいいのにノーカット完全版を、全10回(!)でお送りする。


なんだかんだでそれほど深掘りしてもらった感じでもなく、チャッピー君の分析には「確かに!」ってところと「そうじゃないけどな~」なところがあるけど、あえてそのまますべて掲載し、気になった点については適宜、このような書式 で補足・ツッコミを入れる形で進行する。また、せっかくなのでチャッピー君が拾ってくれた記事はリンクを貼っておく。

読んでいただくと、エディット版では伝わりきらないニュアンスとか、感じていただけると思う。チャッピー君の分析と読者の皆様の所感がどれだけ合致しているのか、非常~に興味あります。


改めて書くけど、質問してるのが本人だとは伝えてない。
ではさっそくどうぞ~。


 


【クイック】(以下ク)アメーバでやってる「穴と橋とあれやらこれやら」っていうブログと、それを書いてるクイックって人のことを調べたい。今から質問していくから調べてくれる?

 

【ChatGPT】(以下GPT)

もちろん。調べられるよ。
まず確認したところ、該当するブログは 「穴と橋とあれやらこれやら」 で間違いなさそう。アメーバブログ(Ameblo)にあり、プロフィール欄では「ヤフーブログ出身」「隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録」を中心に、雑多なネタも扱っていると説明されています。ブログURLも確認できています。
また、現在の記事を見ると、2026年3月1日に「ブログ本格稼働まる13年」と書いているので、かなり長期間続いているブログですね。
クイックさんについても、ブログの記事を一つ一つ追いながら、人物像・活動歴・趣味・ブログ開始以前のこと・他のネット上の活動など、公開情報の範囲で掘っていくことができます。

質問してくれれば、その都度、

ブログ本文から分かること
過去記事との照合
他サイト・検索結果から確認できること
本人が明言していること/推測に過ぎないこと

を区別して調べます。では、どうぞ。

 

【ク】OK。まずこのブログの内容についてなるべく詳しく教えて。

 

【GPT】

かなり詳しく調べてみた。結論から言うと、このブログは単なる「廃墟・トンネル探訪ブログ」と考えると、かなり実態を取り逃がすと思う。

「身近な土木構造物や、消えかけたものを自分の足で見に行き、その場所・構造・由来・周辺事情まで掘り下げて記録するフィールドワーク系ブログ」というのが一番近い。そこに作者・クイックさんの独特な文章と、音楽・食べ物・珍品などの雑談が大量に混ざっている。以下、ブログそのものの「中身」を整理してみる。

 

1. ブログの基本的なテーマ

ブログ自身が、「隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録」をメインとしていると説明している。そして重要なのが、「時系列無視で記事にしています」というところ。つまり、「今日はここへ行ったので、その記事を書く」という旅行記タイプではない。

たとえば2010年に訪問した物件を、何年も後になって記事にすることが普通にある。実際、現在の記事でも2010~2021年ごろの探索記録が大量に出てくる。

だからブログ全体を見ると、「現在進行形の旅行記」+「過去の膨大な探索記録を少しづつ発掘して記事化しているアーカイブ」という性格がかなり強い。

 

2. 一番の中心は「隧道」

タイトルの「穴」が象徴する通り、やはり最大の柱は隧道(トンネル)。しかも普通の有名トンネルではない。例えば、

  • 廃隧道
  • 旧道に残る隧道
  • 素掘り隧道
  • 無名の隧道
  • 極端に短い隧道
  • 暗渠や架道橋なのか隧道なのか微妙な構造物
  • 現役だけど妙に気になる隧道
  • 既に撤去された隧道
  • 古い煉瓦隧道
  • 地図や資料を調べないと存在すら分からないもの

など。

たとえば「久木の無名隧道」では、非常に短い構造物についても、国の道路施設現況調査の資料まで持ち出して「これは本当に隧道なのか?」というところから検証している。

つまり、「トンネルなら何でもいい」ではなく、“普通の人なら見逃すような穴”に異常なほど興味を持っている。ここがかなり特徴的。

 

3. 「廃」の世界がかなり濃い

隧道と並ぶ重要なテーマが廃道・廃橋・廃隧道。たとえば、

など。

しかも「廃」というだけで喜んで終わりではなく、「いつ廃止されたのか」「何のために造られたのか」「現役時代はどうだったのか」「今どうなっているのか「その後撤去されたのか」まで追いかける。

たとえば滋賀県彦根市の庄堺橋については、過去に訪問・記事化した後、撤去されたことを知り、改めて現地を確認している(記事こちら)。これはブログの重要な特徴だと思う。「物件そのもの」だけではなく、「物件の時間の流れ」を記録している。

 

*どういう基準で、数ある中からこれらの記事をピックアップしたのか興味あるな。聞いたらよかった。

 

4. 橋もかなり重要

タイトルに「橋」とある通り、橋梁も非常に多い。ただし、これも一般的な観光名所の橋ではない。例えば、

  • 廃橋
  • 古い石橋
  • 吊り橋
  • 沈下橋
  • 水路橋
  • 鉄道橋梁
  • 架道橋
  • 人道橋
  • 小さな無名橋
  • 名前すら分からない橋

など。「こんなものまで記事にするのか」というレベルのものが大量に出てくる。実際、記事一覧を見ると「這上り橋」「八雲橋」「中戸橋」「稲目橋」「流堀橋梁」など、全国各地の非常に細かい橋梁が並んでいる。

 

*これどう見ても、今年の橋記事からテキトーに抜いたやろ(笑)。非常に「細かい橋」ばっかじゃねえし。

 

 

そして面白いのは、「橋そのものが目的」ではない場合も多いこと。橋を見つけたことで、「あれ、この橋なんだ?」となり、そこから地形・道路・集落・旧道・鉄道などへ話が広がっていく。

 

5. 「土木構造物なら何でも対象」になっている

ここがブログを面白くしているところ。タイトルは「穴と橋」だけど、実際にはもっと広い。例えば、

  • バス停
  • 古い住所看板
  • 廃車
  • 廃自販機
  • 水路
  • 鉄道施設
  • 石碑
  • 古い道路施設
  • 未成道路
  • 暗渠
  • 道路標識
  • 集落の痕跡
  • 神社など周辺の施設

まで出てくる。

「京都市内の古い住所看板」シリーズなんかはその典型で、古い看板を見つけて、それがいつまで存在したのか、建物自体がいつ消えたのかまで追跡している。つまり、「古いもの・珍しいもの・消えゆくものを見つける」という大きなテーマが、その下にある。

 

6. 「街の中の変なもの」も大好物

これはかなり重要。このブログは山奥の廃隧道だけを追いかけているわけではない。例えば東京23区内の「愛宕隧道」も取り上げている。しかも、「東京二十三区内唯一の山岳隧道」という「知られざる特徴」に着目している。

さらに東京・多摩川周辺の「沼部隧道」のように、「これ、隧道と言っていいのか?」という微妙な構造物まで取り上げる。

 

つまり、「有名だから行く」のではなく、「変だから行く」という方向性がかなり強い。

 

7. 全国を実際に走り回っている

これもブログの重要な部分。活動範囲がかなり広い。確認できるだけでも、

  • 滋賀
  • 京都
  • 大阪
  • 奈良
  • 和歌山
  • 三重
  • 岐阜
  • 千葉
  • 東京
  • 神奈川
  • 岩手
  • 島根
  • 鹿児島
  • 高知
  • 石川
  • 岡山
  • 兵庫

など、かなり広範囲。特に、房総・紀伊半島・近畿・中部あたりの探索記録がかなり厚い。例えば千葉県の記事リストを見ると、自治体別に大量の隧道・橋・廃物件が整理されている。和歌山県も同様で、隧道、旧道、廃道、橋などが非常に細かく分類されている。

 

8. しかも「一回の探索で大量に拾う」

ここがクイックさんの探索スタイルとしてかなり面白い。例えば千葉のある探索では、1日に47件を記録したと本人が書いている。また岩手の探索では、

  • 吊り橋
  • トンネル
  • 鉄道橋
  • 廃橋
  • バス
  • 駅
  • 隧道

などを一日の行程で大量に回っている。つまり、「旅行に行って、たまたま橋を見ました」ではなく、最初から探索対象を大量に設定して一気に潰していく。本人も探索を「遊撃」「遠征」「探索」「ツアー」などと表現している。

 

9. 「シバく」という独特の言葉

ブログを読むうえで重要なのが、この独特の言葉遣い。橋や隧道を訪ねることを、シバく」などと表現する。例えば、「橋シバキ倒しツアー」など。

普通の人なら、「橋を巡る」「橋梁を訪問する」と書くところを、かなり荒っぽい(笑)表現にする。「物件をやっつける」「攻略する」的なノリがある。この言葉遣いが、専門的な探索内容を堅苦しくしない役割を果たしている。

 

10. 文章はかなり「脱線型」

ブログの大きな魅力の一つ。基本的には、

現地到着

↓

写真

↓

構造物を観察

↓

資料・地図などを確認

↓

歴史や由来を調べる

↓

また写真

↓

突然脱線

という感じ。そして本人自身が「脱線」をかなり自覚している。

 

例えば「SFAM遊撃ダイジェスト」でも、予定していた若狭方面に行けなくなり、丹波方面をもっと掘らなければ……という話になっている。この「予定通り進まない感じ」もブログの味。

 

11. 「あれやらこれやら」の部分が実はかなり広い

タイトルの後半、「あれやらこれやら」は伊達じゃない。本当に雑多。例えば音楽。C.J.スネアの訃報を扱った記事では、FIREHOUSEについて、「昔1stアルバムをよく聴いていた」という個人的な音楽遍歴まで書いている。

あるいは鹿児島出張中に買った「シンコム3号」というパンについて調べる記事もある。最初は、「謎のパンを買った」というだけなのに、「シンコムって何?」となって、人工衛星「シンコム3号」の話まで調べている。

 

こういう「何かを見つける→気になる→調べる→記事になる」という流れが、土木構造物以外にも発動している。

 

12. 写真の重要度が非常に高い

このブログは文章だけ読むより、写真込みで見るブログだと思ったほうがいい。

現地の、

  • 全景
  • 接近写真
  • 銘板
  • 親柱
  • ポータル
  • 内部
  • 周辺道路
  • 地形
  • 標識
  • 痕跡

などを大量に撮る。そして写真を見ながら、「これは何だ?」「ここはどうなっている?」と謎解きしていく。だから記事によっては、かなり大量の写真を使っている。

 

13. Googleストリートビューなども積極的に使う

ここも単なる「現地探訪記」と違うところ。過去に撮影した写真と、後年のGoogleストリートビューなどを比較して、「この物件はその後どうなったのか」を確認することがある。先ほどの古い住所看板の記事では、

  • 2018年4月
  • 2019年5月
  • 2020年11月

といったストリートビューの撮影時期を比較し、建物と看板が消えたことを確認している。これはかなり資料性が高い。

 

14. 「消えてしまったもの」の記録という側面

ここは僕がこのブログを調べていて、かなり重要だと思った部分。単なる趣味ブログではなく、「今は存在しないものの記録」にもなっている。例えば庄堺橋。昔は実際に存在していた。クイックさんが訪問して記事にした。その後、撤去された。そして作者が、「ない。やっぱり、ない。」と現地で確認している。

 

つまりブログの記事そのものが、「この橋が存在していた時代の記録」になっている。これは10年、20年という時間が経つほど価値が出てくるタイプのブログだと思う。

 

15. しかも「再訪」が非常に多い

最近の記事にも、「赤岩隧道再訪記」が出ている。初訪問が2011年4月23日。そして再訪まで14年以上っている。本人も、「撮り直したいな~と思いながらも、後回しにしたり忘れたりで14年以上」と書いている。これも重要。一度見たら終わりではなく、

「昔撮った写真がイマイチだった」

→「もう一回行こう」

→「何年も経つ」

→「やっぱり行こう」

ということがある。結果として、同じ物件の「時間差記録」が残る。

 

16. 「物件を発見すること」自体が楽しみ

記事を読んでいると、クイックさんは有名スポットを見るより、「自分で見つける」ことにかなり喜びを感じているように見える。例えば新和歌浦第二隧道では、「まさかの一発発見!?」となり、内部の煉瓦を見て、「これこそが新和歌浦第二隧道に違いない」と推理していく。つまり、探索+推理+現地検証の趣味になっている。

 

17. かなり資料調査もする

ここも重要。単に、「古いトンネルでした。怖かったです」では終わらない。必要に応じて、

  • 地図
  • 道路資料
  • 全国道路施設現況調査
  • 古い写真
  • ストリートビュー
  • 地名
  • 銘板
  • 現地の痕跡

などを組み合わせている。

「久木の無名隧道」では、現地だけではなく道路施設現況調査の資料を持ち出している。このため、記事によってはかなりミニ調査報告書に近くなる。

 

*こんなん書かれると恥ずかしい…。綿密な机上調査をされているサイト様に申し訳ないからやめてくれ~。

 

18. ただし、文章は「論文」ではない

ここが面白いところ。調査そのものはかなり細かいのに、文章は、

  • 「おおっ」
  • 「あらら」
  • 「なんじゃこりゃ」
  • 「マジで」
  • 「~ですな」
  • 「~やろ」
  • 「(笑)」
  • 「(爆)」
  • 「シバく」

みたいな、かなり砕けた口調。だから、調査の細かさ×オッサン的な雑談ノリという独特の組み合わせになっている。

 

19. ブログ全体を一言で分類すると

僕ならこう分類する。表面的には「廃隧道・廃橋訪問ブログ」

もう少し正確に言うと「道路・橋梁・鉄道などの「知られざる土木遺産/土木物件」のフィールドワーク記録

 

さらに深く見ると「身の回りから消えつつあるものを。自分で見つけ、調べ、写真に残していくブログ」だと思う。

そして、隧道・橋→廃道・旧道→鉄道構造物→古い看板・バス停・廃車→土地・地名・歴史→音楽・食べ物・その他の雑談…と、どんどん横に広がっていく。

 

そして、ブログとしてかなり面白い特徴がもう一つある

「ブログを書いた時期」と「実際に現地へ行った時期」が全然違う。例えば、2010年に探索→2019年に記事化、みたいなことが普通にある。そのため、ブログの記事だけを新しい順に読むと、「クイックさんが2020年にこの場所へ行った」と錯覚する可能性がある。実際には、記事の本文に「2010年○月○日探訪」と書かれている。

ブログ自身も「時系列無視」と明記しているので、クイックさんの活動歴を調べるなら、記事投稿日ではなく「探訪日」を拾っていく必要がある。これは今後クイックさん本人について調べるとき、かなり重要なポイントになる。

 

 

現時点で僕が感じたブログの「核」

一番しっくりくる表現を一つ選ぶなら、「誰も気に留めないような古い橋や穴や道端の痕跡を、自分の足で探し出して、笑いを交えながら徹底的に記録するブログ」だと思う。

そして記事一覧を見る限り、これはかなり膨大な蓄積になっている。現在も「赤岩隧道再訪記」など新しい記事が出ており、単なる過去ログではなく、今も更新されている。

 

次に掘るなら、「このブログはいつ始まって、クイックさんは最初は何をしていて、どうやって現在の“隧道・橋・廃道マニア”になっていったのか」という“ブログと趣味の変遷”を追うと、かなり面白いところが見えてくると思う。

 

 

【ク】いいね、やってみて。

 

 

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