飯高町七日市の隧道表記探索顛末記【2】(三重県松阪市飯高町七日市) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【1】より続く。

 

 

辿りはじめは草が生い茂って廃道間違いなしに思えた道だったが、

山に入るやこの状態。これ、生きてる…?

 

 

 

 

途中こういう感じの、

ちょっとよくわからない「人の痕跡」があった。なんですの?

 

 

 

 

さて、距離的にもそろそろじゃないの?

…って、あっ。

 

 

 

 

あれ?あれ?

ここで行き止まり!?やっぱり廃道だったか。てか、何なのこの道。

 

唐突に、道は終わった。ならばこここそ隧道の坑口があるべき場所なはずだが、ない。という以前に、ありげな地形では全然なく、「埋まっちゃったのか?」とすら思えないレベル。

これは~?やっぱり~?地図の間違い~?

 

 

 

 

上の写真左下方向には、

炭焼き窯の跡?とおぼしき窪みがあったが、これとて「隧道の陥没痕か?」なんてロマンさえ許してもらえないほどに「これじゃない」感。

 

 

 

 

ここでスマホを取り出し現在位置確認。

ちょうど、地理院地図での坑口あたりにいると思うんだが…。

 

 

参考に再掲。

 

 

とりあえず、ここには何もない。少なくともこちら側には。ならば、反対側はどうだ?

 

今思えば、判断ミスだったかもしれない。道は無くなってしまったが、斜面を巻いていけば反対側に出られたと思われるのに、そうはせずに来た道を引き返してしまった。

まあ左目の状態的に「たぶん大丈夫だけどちょっと気をつけないと」くらいの(以前なら余裕で行けた程度の)地形に見えたので自重したわけだが、実行してりゃ歩行距離は半分以下で済んだはずだから、熱中症寸前にまでならなかっただろうな。てか、すでに暑さで朦朧としてたのかも(笑)。

 

 

 

 

まあそうして下した判断により、

引き返し、この道へ侵入したポイントを過ぎ、

 

 

 

 

やがて

終点が見えた。舗装路に出たのだった。

 

 

 

 

舗装路(作業道七日市杢原線という名称だった)から振り返り。

進入防止措置はなにもなし。現在地はここ

 

 

 

 

そこから戻ろうとすると、

すぐにまたもや獣害除けフェンス。

 

こっから炎天下を、まずは乳峯神社まで戻った。HPを削られながら…。

 

 

 

【3】に続く。