昨日までの連載を、まったく隧道が登場しないにもかかわらず「道路トンネル・隧道」テーマとしたので、改めて「ちゃんとした隧道ネタ」を投下しておく。
2011年8月31日、仕事のついでに立ち寄った物件3つのうち最後の1つ。他に記事にしているのは、1つめのマイキャッスルトンネル。
取って付けたようなJR逗子駅北口から、
住宅街の中の坂を上ること9分。どうやらあそこだな。
はい、隧道のお出まし。
けっこうクラシカルなお姿だ。
接近して観察すると、
ポータルはコンクリブロック製のようで、装飾的な笠石とピラスターが設えられている。
洞内は完全改修済み、照明もバッチリで安心安全。実際、通行者はけっこう多い。
扁額もあり、
陽刻の右書きで「久木隧道」。揮毫者の銘らしきものもあるが、読めない…。どなたかわかる方、お助けを。
で、これが個人的に出色の発見だったんだが、
洞内に進入して数mの左側壁にあった銘板。
表面になにか塗られているためか判読しづらいのだが、内容は…
皇紀二千六百年
工事請負人
山口清造
皇紀二千六百年(については下のリンク記事参照)とは、1940(昭和15)年のこと。
ここを訪ねたのはもうまる13年以上前のことだが、2025年9月現在に至るまでのわたくしの経験値において、隧道で皇紀二千六百年と表記された銘板のあるものはここ久木隧道しか知らない。橋においても把握しているのはわずか1例、二股橋だけである。つまり、相当なレアものかと。
ちなみに、この隧道の完成は翌年1941(昭和16)年のことらしく、銘板は起工時のものと思われる。
まあ、このきれいな洞内の様子からは、
とてもそんな古い隧道には思えないけど。
抜けて振り返り。
こちらも同様の意匠。
隧道ができたころ、こちら側には大規模な横須賀海軍工廠造兵部の工員寄宿舎があったそうで、4,000人からの徴用工が住んでいたという。その多くは、この隧道を使って通勤していたのだと思われる。
扁額も撮ったけど、
見えなーい。たぶん同じだったのかと。
気になったのが、この信号。
じゃなくて、警告灯ってのかな?入ってきた方にもあったけど、いつ点灯するんだろうか。洞内で異常が発生した時?
最後に、少し引きで。
こちらは、隧道すぐキワまで住宅が迫っていた。
以上。









