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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2023年7月8日、11年ぶりの大分探索第1日目。この日のネタで記事にしているのは寒田隧道深江隧道臼津隧道と強烈オプション大宮隧道

今宵ご紹介するのはそれらよりも後、17時をまわってたまたま出会えた物件。

 

 

レンタカーは2日間借りたので、この初日には返却時間を気にする必要はなく、さてどこまで攻めるか…とか考えながら大分県道53号野津宇目線を南下していた…ところで、

気になる分岐を発見。この先にトンネルがあるのはわかってたので、その旧道っぽいな…。

 

 

 

 

そして現れたトンネル。

面白くもない近代トンネル。

 

 

 

 

なのでもともとはスルーするつもりだったのだが、お名前が…

新井の内トンネル。「新」だと。「新」と付くならば、この上に「旧」があるのは必定。

 

 

 

 

ここは全然事前情報を得てなかったが、

あー見える。さっきの旧道が隧道上に。これは行かない選択肢はない!

 

…が、さっきの旧道分岐には駐車スペースがあまりなかった。いったんトンネルを抜けて、反対側の様子を見よう…。

 

 

 

 

で…ビンゴ!

(見切れているが)広い路肩と、めっちゃキレイな旧道入口!

 

…こんなにキレイなら、普通に車で入ったらよかったんちゃうん?っていうのは、後から思った。

 

 

 

 

…というわけで、

たかだか248mしかないトンネルの、シンプルな線形っぽい旧道。距離は大したことないはずだし、ってことで、車を置いて、徒歩で旧道へ。

 

 

 

 

果たして、さくさく歩くことわずか2分で、

お出まし!やっぱこれなら車で来れた!

 

 

 

 

そしてそのお姿は…

素掘りだ。イイねぇ~!現在地こちら

 

 

 

県道の隧道(だった)だけあって、さすがに洞内はモルタル覆工されているが、

 

隧道前の側壁の掘りっぱなし岩盤が素晴らしかった。

 

 

 

 

土被りは、

けっこう薄い感じ。

 

 

 

 

続いて洞内は、

素人目には大きな問題はなさそうな。…ってか、このめっちゃチープなライトはなんだ?

 

 

 

 

点検時のものと思われる書き込みはあったものの、

まだ現役隧道としての面目を保っているように思えた。実際旧道入口も隧道も、なんら封鎖も通行制限もなかったしな。

 

 

 

 

洞内で振り返って、

南側の鉄板の構図。よろしいですな~。

 

 

 

 

向き直って、

さらに雰囲気のいい、北側の鉄板の構図。

 

こちらには、素晴らしいオプションが待っていた。

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

2023年3月9日、武蔵五日市駅周辺散策。この日のネタで記事にしているのは、この日の最終ネタかつ思わぬ広がりを見せた、深沢川沿いの謎の遊歩道と意外な遺構のみ。

 

本日ご紹介するのは、中盤で訪ねた橋。

 

 

 

見えてきた瞬間に、

あー、いい感じ。と、思わず1枚。

 

 

 

 

接近して正対。

シンプルだけど、いかにも古そうな橋。好き。現在地こちら

 

 

 

 

お名前は、

幸神橋。親柱への直彫り、いいねえ。

 

 

 

 

お誕生日もすぐさま判明。

「昭和九年十二月成」。ひとケタ橋だったか。

 

 

 

 

その年代テイストな高欄、

イイですな~。

 

 

 

 

サイドアングルも、

雰囲気良し佳し。

 

 

 

 

渡って振り返った景も、

よろしいですやんか~。

 

そばにあるのはなんの木だろう。花でもほころんでいたらなお雰囲気イイだろうな~。

 

 

 

 

かなでの橋名は…

よくわからない。

 

変体仮名も混じってそうだが、わたくし的には「さちかみはし」と読んだ。でもウソか誠か、Q地図では「しゃじかみはし」だって。それはどうかなあ~。

ちなみに日の出町橋梁長寿命化修繕計画を参照すると、「サジカミハシ」となっている。全部違うんかい。

 

 

 

 

川床からのサイドアングル。

必要以上にイジられてない川道もイイね。東京でもこんな川あるんだな~。

 

ちなみに、河川名も橋と同じ幸神川というようだ。

 

 

 

 

橋台。

オリジナルっぽい。90年経ってるんだな~。

 

 

 

 

最後に、ちょっと引きで。

のどか~。

 

我々田舎者的に、東京って聞くとどうしても大都会をイメージするけど、当然こういう素敵なエリアもあるわけだもんな。

 

 

…と、アホみたいな感想で終わる。

 

 

2013年1月17~18日、奥三河彷徨。

 

この日のネタで記事にしているのは、小町トンネル荒子トンネル豊栄トンネル芳ヶ入トンネル槙原隧道新一の瀬橋水沢トンネル国道151号・市原トンネル旧廃道、旧々道戦橋川角トンネル旧廃道大野地隧道渋川六所神社の凱旋紀念門

 

三河といいながら天竜区にもまたがって、けっこう書いてんな。

 

 

本日ご紹介するのはその終盤、大野地隧道に続いて訪ねた隧道。

 

 

南下してきた静岡県道9号天竜東栄線から、

静岡県道295号横山熊線へ。

 

 

 

 

走ることしばしで、

出た。お目当ての隧道。場所はこちら

 

お目当てとはいえ、単に地図上の隧道表記をツブすために来ただけで、大した期待もなく、実際そう面白い物件ではなかった。

 

 

 

 

ただ、1ヵ所だけ…

これは珍しいなあ。

 

扁額も銘板もない代わりに、幅員と有効高が書かれた…看板?そこにムダに達筆なフォントで書かれた「一本杉隧道」。こんなん見たことないぞ。ご近所ともいえる大野地隧道にもこんなのはなかった。一本杉限定グッズ?(笑)

 

 

 

 

このとき、時刻はほぼ16時だったが、

隧道前は氷でバキバキ。ほぼ日射がないんだろうな~ここ。

 

 

 

 

撮ってた洞内写真はこれだけ。

波型ライナープレートで巻かれていたが、全面だったかはさすがに記憶がない。天井部についてる警告灯みたいのは何に使うんだろう。

 

 

 

 

抜けて、反対側。

こちらも例の看板がしっかり設置されていた。ユニーク~。

 

 

 

 

それともうひとつ、小さなプレートが付いていたが、その内容は、

平成19年に改修されて、このポータルになったようだ。災害防除工事とあるので、崩落したわけでなく予防措置としてこうなったってことか。

 

ちなみにQ地図によれば、この隧道は1952(昭和27)年完成、延長106mとのことだ。

 

 

 

以上。

 

 

2025年12月12日、初めまして&お久しぶりツアー2日目。初めてやるこの日のネタは、いきなりメインターゲットを。こういうの、わたくしには比較的珍しい。

 

 

 

そのファーストコンタクトがこちら。

ご覧のように欄干がない、シンプルな橋。場所はこちら

 

 

 

 

これはストビューで見つけて、こんな市街地に冠水橋スタイルの橋?とか思って見に来たのだが、

わたくしここに至るまでわかってなかった。こ、これはもしかして…

 

 

 

 

おもむろに正対して、

あー、やっぱりだ!

 

 

 

 

ストビューではコンクリ桁と見えてたのは、

なんと石だった!

 

 

 

 

改めて、全体がよく見える逆サイドから観察して、やっぱり!

橋脚、桁、床版。そのすべてが石でできた、総石造桁橋だった!

 

手前の1.5径間ほどが、嵩上げされたとおぼしき町道との擦り付けのためスロープが後付けされているが、床版上にそのままコンクリを盛るっていうインスタント施工のおかげで、オリジナル部分が生きてるのがありがたい。そして、両岸の石積み橋台も。

 

石橋王国たる九州ならいざ知らず、寺社由来でない道路橋としての石橋は、けっこうなレアもの。そして九州においても、その多くはアーチ橋。こうした5径間にも及ぶ総石造桁橋(しかも明らかに四輪自動車を想定していない規格の道路橋)ともなれば…。

 

 

 

これ、けっこうなお宝物件なんじゃ?

 

 

 

 

さっそく渡ってみた。

きれいに整形された石の床版。コンディション極めて良好。

 

 

 

 

振り返って、後付けのスロープを。

だいぶ嵩上げされてるな。載っけただけのアスファルトがなんとも…。

 

 

 

 

このスロープ部分にだけは欄干…いや、手すりが設置されているが、

あとは丸裸!

 

 

 

 

超シンプルな橋…というよりも、

転落防止という概念がない。そんな時代の橋?ってことなのか?

 

 

 

 

改めて、この橋の場所を確認しておく。

JR紀伊長島駅の至近に、ちょろっと剃り残しのヒゲみたいに描かれているのがそれだ。橋の先、線路で行き止まっていることも覚えておいていただきたい。

 

親柱などないため、現地には何の情報もなし。帰って調べたものの、Q地図でも全国地価マップでも、この橋に関する情報は皆無だった。が、これだけ立派な石橋、間違っても新しいはずはない、と、古地図を探してみた。

 

 

あいにく紀北町は今昔マップでカバーされていない地域。なので、ひなたGISの「日本版MapWarper5万分の1」で見てみたら…

あったよ。同じ位置に橋の表記が。

 

この地図はスタンフォード大学が所蔵する古地図で、日本帝国陸軍が明治40年代に測量、大正~昭和初期に修正された5万分の1の地形図。

紀伊長島駅の開業は遅く、1930(昭和5)年。それが描かれているということは、遅くとも昭和5年時点の修正が反映されているってことで、その時点でここに橋があったのは確実。

そして総石造というクラシカルな仕様を踏まえると、そこに描かれているのが、すなわち現存しているこの橋そのもの、という確率は高いと思われる。

 

いや実際のところ、測量された明治の終わりごろには、すでに在ったのでは…という浪漫。

 

 

 

 

橋の先は

そのまま道が続くが、

 

 

 

 

地理院地図の示すとおり、

紀勢本線に行き当たって終わっていた。

 

でもたぶん紀勢本線建設で寸断されるまでは、この先まで続いていたのだと思う。さっき上げた地理院地図で青に塗った道、線路を挟んでこの道に続きっぽいところにあるけど、たぶんそうよね。ただ、縮尺の細かい古地図が見つかっていないためなんとも…。

 

ただ、こんなに停車場の近くを通る道だから、踏切なりなんなり線路を渡れるようになっていたと思われる…んだが、確証を得られるような痕跡は見られなかった。

 

 

 

 

同じ場所で振り返り。

今はこの場所まで来ることができるだけの、無用な道となってしまっている。その割にはきれいに刈り払われているのも何か謎だが…。

 

 

 

 

舐めるように観察。

 

さすがに舐めはしなかったが、頬ずりはしたかな、たぶん。

 

ああ、素性が知りたい、この橋の。

 

 

 

 

橋上から、東側に架かる橋を望む。

現在はこの橋が、紀伊長島駅方面への近道として機能している。ただそれも歩行者・自転車のみ。車だと西側からぐるっと大回りする必要がある。

 
あの橋も実はナカナカなんだが、またいつかの機会に記事にする…かも。
 
 
 
 
改めて全景。

古くからのお客様はご存じかもしれないが、水に映った自分のシルエット自撮りが趣味なので、ここで1枚。

 

 

 

 

最後に、西側から引きで。

なんかあの橋だけ別世界にあるような、そんな感じ、しないか?

 

紀北町役場からも500mほど、紀伊長島駅至近という立地ながら直接的なアプローチもなく、驚くほど忘れ去られたようなこの橋。少なくとも我々の業界的にだけでも、もっと知られていいのではないかと。

 

 

 

以上。

 

 

今回から通常進行。まずはネタのローテーション的にちょっとしばらくぶりなバス停ネタ。

 

 

はい、ドン。

場所はこちら

 

 

これは2020年6月10日、「鹿児島超タイト駆け足周遊」で出会ったバス停。まあ通りすがりで、なんか字面が気に入ったので思わず停まって撮ったんだが、鹿児島県内ではけっこう「●●三文字」って名前のバス停や交差点名を見た。どうやらいわゆる「三叉路」のことを鹿児島ではこう呼ぶみたいで、ご当地言葉ですな。

 

 

 

特に意味なく別アングル。

今さら気づいたんだが、背後の落ち葉に埋もれた看板の文字が「不審者」で、その見え方自体が不審者っぽくてウケた。決して向こうの議員さんではない、よね?

 

 

 

ちなみに、この日のネタで記事にしているのは、滝見橋開聞トンネル飯牟禮隧道神園隧道開聞トンネルと神園隧道の記事、未読の方はぜひ。割と気に入ってる記事だったりするんで。

 

 

 

 

以上。