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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

今年もやって参りました、クイックの日。ネタ不足から一度は打ち切りを決定するも、皆様からのネタ写真提供により一転継続が決まった、恒例の年中行事(笑)でございます。

 

…って、新しいお客様でご存じない方、「9月19日はクイックの日」ってのは、「クイック」にまつわる画像を貼って何の役にも立たない話を垂れ流すだけの、年イチ誰得シリーズ。

参考までに、

2014年分

2015年分

2016年分

2017年分

2018年分

2019年分

2020年分

2021年分

2022年分

2023年分

2024年分

2025年分

 

…誰が興味あんねん。

 

 

 

 

今年の写真は、とっくの昔に(なんなら、昨年のクイックの日以前から)決まっていたんだが、先日わたくし、自ら超ステキなネタと出会ってしまったのだった。

 

出会いは、滋賀県竜王町の「道の駅 アグリパーク竜王」。Hinonchiさんへ下見に行く時に立ち寄ったんだが…

運命の出会い。ネタのためなら惜しくはないさ、と1,000円を支払って購入。奥様が半分出してくれた(笑)。

 

 

 

 

さあ、とくとご覧あれ!

滋ゲジナンクリームサンド!そして、そこに描かれたナンバープレートは、まさにわたくしのために作ってくれたの?と言いたくなる「・919」!!

 

「ゲジナン」って、京都・滋賀以外の地域にお住まいの方…ましてや関西以外にお住まいの方には、なんのことやらサッパリだろう。まあそれは後ほど書くとして…

 

なぜに、わたくしのために作ってくれたかのような「919」という数字がチョイスされたのだろうか!?

しかしながら、滋賀ケンミンとしてこれにも察しがついちゃった。調べてみたら、やっぱりね。

 

これ…「クイックの日」と同じく、9月19日という日付を指しているはず。それが何の日かといえば、ケンミンにはお馴染み、毎年この時期に我がホーム・草津市の琵琶湖畔で行われている、西川君主催の野外音楽イベント「イナズマロックフェス」の初日が、今年は9月19日、つまり本記事公開と同日ってわけなのだ。時期的に、これに乗っかった季節商品?と考えるのが自然かなと。

ちなみに同フェス、今年から名前が変わって「FEST.INAZUMA」となったが、慣れんなあ~。

 

とはいえ、パッケージには一切言及がないんだが、それも謎ですなあ。非公式?一方的に想いを寄せていくスタイル?(笑)

 

 

 

で、そもそもその「イナズマ」にもかかわってくる話なんだが、

ゲジナンとは

「滋賀ナンバー」のことやで!ナンバープレートの「滋」の文字の中にある「幺」がゲジゲジに似ていることから「ゲジゲジナンバー」略してゲジナン

 

滋賀県の誇り、それがゲジナン!

愛すべきローカルアイコン!今日も琵琶湖の風を感じて走るで!

 

「イナズマナンバー」ともささやかれている

「滋」の漢字の中にある「幺」が雷(イナズマ)に見えることから、「イナズマナンバー」と呼ばれることも!

 

 

 

 

 

モチのロンで、

わたくしの車も「ゲジナン」でありますよ。

 

 

というわけで、「ゲジナン」はその昔には京都の人間が滋賀を下に見ての蔑称(笑)として使われていたもんだが、今ではケンミンみずからも「ゲジナン」なんて言っちゃうこともあるほどに、抵抗なく使われてる気がする。

てかこの話って、関西圏の他エリア、和歌山とか兵庫とかでも知られてるネタなんだろうか。圧倒的に京滋ローカルネタのような気がするんだけど。

 

 

 

 

で、気になる中身は、こんなんでした~。

いただきましたが、うん、まあ、近江抹茶クリームサンドですね(笑)。

 

 

いやあ、今年は直前になって、いいネタが拾えた。予定していたKさんご提供の画像はもう一年延びてしまったな。

 

 

 

 

で、この機会にちょこっと業務連絡。

 

その1。先日の「HINONCHI」さんの記事を出すにあたり、前から気になっていた「どうでもいい話」というテーマ名を「日常のこと、なんてことない話など」に変えてます。内容により、「どうでもいい話」って括るのも憚られるなあ…みたいな変な後ろめたさが以前からあり、HINONCHIさんのはまさにそうだったので。

 

その2。もはや誰もが忘れているだろうけど、先月やった「AIでブログのエゴサーチをやってみた」あのネタを、ようやくノーカット完全版にまとめた…が、HTML上の字数制限やら話の流れやらの関係で、まさかの全10回という超ロングバージョンに(瀧汗)。さすがにこれを、通常記事と同じく隔日で出していったら…読者のほとんどが離脱しそうで怖すぎる。とてもできない。

よって、極めて変則的なやり方ではあるが、明後日21日、いつもの18時から、1分おきに1本ずつ、続けて投稿予約しておいた。なので21日は、拙ブログでは空前絶後の、1日10投稿となる。興味を持っていただける方にはそれなりに面白いかもしれないが…まあ相当に自分大好きな、承認欲求に満ちた内容になっちゃっているのかもしれない。

 

いいわもう、どう思われようが(笑)。お付き合いいただける方、怖いもの見たさの方はぜひどうぞ。

 

その3。シルバーウィークは20日~23日と4連休がとれた。天気予報とにらめっこしながらではあるんだが、この機会に探索を決行することにした。遠征ではなく、そう遠くないいつものエリア…。「永らくの宿題」と、「気になりすぎてる場所の『実際』」調査と。どっちも行けるかどうかはわからないけど。楽しみ~。

 

 

 

ってわけで、来年の「クイックの日」まで、ごきげんよう。

 

 

 

2023年3月6日に敢行した、初めての横須賀散策。この日のネタで記事にしているのは、船越防災隧道と、梅田隧道、最終盤の妙法橋(夫婦橋)、向坂隧道。

今宵ご紹介するのは、これらよりも前に訪ねた物件。

 

 

まずはこれ。

右に見えるトンネルをくぐっていく…が、その前に寄るとこがある。

 

 

 

 

もちろんおわかりのように、

正面だ。

 

 

 

 

おっと、進入禁止?と思いきや、

駐車禁止だった。徒歩のわたくしには関係なし。大手を振って進入!

 

 

 

 

から~の、正対。

広い翼壁を持つ、堂々たる煉瓦隧道!現在地こちら。

 

バッチリと封鎖されているが、その「され方」に違和感。なんですか、左下のコンクリ構造物は?

 

 

 

 

なーんて書きながら、わたくしその正体を知った上で来たんだけどね。

「盛福寺管路ずい道」「横須賀市水道局」。そう、これは一般的な交通トンネルではなく水管を通す隧道だった。煉瓦五層巻きのアーチ環とそれを締める要石がカッコいい。

 

横須賀市ホームページによれば…

「盛福寺管路(田浦~沼間)トンネルは田浦山トンネルの逗子(沼間)寄りのところにある。掘さくは大正の初期で、中津川から横須賀軍港へ水を引く海軍専用の水道トンネルとして掘られ、素ぼりのせまいものだった。住民が通行できるようにと海軍に要請し、大正11年許可され、昭和3年まで通行できた。当時、葉山・逗子方面から海軍軍需部や海軍工廠造兵部への通勤者には近道で便利だったという。
戦後、大蔵省の管かつになり、その後、横須賀市に移管され、今は中には入れないが、手前まで行ける。」


とのこと。ちなみに、土木学会選近代土木遺産Cランク。

 

 

その通りで、この隧道を通ることができれば、逗子市との行き来がめっちゃ楽になる…っていうか、実際便利だと思うんだけど。自転車・歩行者に限って開放とかできないもんだろうか。

当日もここを抜けられたら、スムーズに沼間隧道(記事未)~船越防災隧道とルーティングできたのになあ。

そう言わずに、お願いしますよ~。

 

 

 

 

まあとりあえず、中へ入れないのは確定なので、引き続き鑑賞するんだが、わたくしが魅せられたのは、

隧道上の水を逃がす排水工。ちょっと堆積物とかあるけど綻びはなく、機能としては完全に生きてる。これはいい~。

 

 

 

 

あとはまあ、

当然のぞくよね、隙間から。

 

なんでも延長は約170mとか。これ、開放しようと思ったら全然できそうに思えるけどな~、素人目には。でも、しないのね。そうなのね。

 

 

 

 

隧道前からの振り返り。

一直線に続く、「水道みち」。向こうに見えているのは田浦山隧道。わたくし先ほどあれを抜けてきたが、もちろんあちらも元は管路隧道だったのだろう。こちら付近の宅地開発に伴い、車道化されたのだろうか?

 

まああの隧道のことは、別の機会に…記事にするかどうかはわからないけど。

 

 

 

以上。

 

 

 

9月12日、我々4人きょうだい(+ウチの奥様)で母を囲んでのお食事会を行ったんだが、とってもいいお店だったので記事にしておこうっていう、拙ブログ的には異色中の異色。

 

そのお店は、滋賀県日野町野出の在所内にある「Hinonchi(ひのんち)」さん。場所はこちら。ちなみにGoogleマップに登録されてるのは、実は駐車場位置であります。インスタはこちら。

 

 

 

 

正確に言えば、奥様が料理の先生からこのお店が素晴らしいと聞いてきて、じゃあ年1回の恒例にしている親子の食事会にどうだろうか、と、事前に下見に行ったんだね。店の場所とか駐車場がややこしい、って口コミを見たので、その確認もあって。いや実際、ややこしかった。

 

狭い道を辿った先に、これですわ。

これがGoogleマップにマーキングされてる場所。小さい看板で矢印があるけど、これでお店の駐車場だとはなかなかわからんでしょ~。むしろ私有地感あって、引いちゃう。

 

よく見たら、写真右側に見切れた方に、お店の名前が刻まれた看板?も立っていた、ようだ。

 

 

 

 

よく見たら、駐車スペースが草で区切られている。

わかりにくいけど、シャレてるな~。てか、このわかりにくさも魅力な気がする。個人的には。

 

で、お店へは写真正面奥へ、細い道を抜けていく。

 

 

 

 

そしたら、

ありました!

 

開店早々の11時すぎ、カフェ利用で訪れるひとは珍しいのか、ご主人戸惑っておられたけど(決して失礼な感じではなかった)、通していただいて店内へ。

 

 

 

 

いや、店内っていうか。

まんま、古民家にお邪魔しているっていう。コーヒーをいただいたのに、写真撮ってなかった。けど、美味しかったわ~。

 

お店のご夫婦の感じもめっちゃよく、お会計とともに9月12日のランチを予約をして帰った。そう、ランチは要事前予約でございます。お会計は現金のみ。あと、営業は土日のみ。毎週メニューは変わります(お料理はお任せです)。

 

 

 

 

てなわけで12日。食事会当日。

本日のメニューはこちら。

 

 

 

 

もうアラ還ともなると、

このような食事はご褒美ですな~。

 

今もジャンクなものは食べるけど、こうした食事の価値がよくわかるというか。いや、大変美味しゅうございました。

 

 

 

 

ランチには飲み物が付いていないので、

追加でコーヒー。今度こそ写真撮った。この日のコーヒーは東ティモール産だとか。ちなみにきんつばはランチのデザート。

 

ちなみに、わたくし以外のみんなは、ウチの奥様がこれまた料理の先生におススメされたという抹茶をチョイス。好みの器を選んでそれに入れていただける。ひと口もらったけど美味しかった。

 

 

 

 

メニュー。

どれも手作りの温かさを感じる風合いでございます。

 

 

 

 

それでは、店内(…という言い方もしっくりこないけど)の写真を何点か。

 

 

 

 

 

ご主人は木工作家、奥様は染織作家ということで、あちこちに手作り品らしき設えがあり、そしてなにもかもがハイセンス。でも決してそれが鼻にはつかない。

 

ふつう、飲食店で店内の写真をバチバチ撮るなんてことはしないもんだけど、ここは空間そのものを楽しめるお店なので、こうして撮らせていただける。もちろん、他のお客がいたらこうはいかないけど、たまたまこうして空いたので。

 

というわけで、まだ他のお客がおられた台所に面したカウンター付近は写真撮ってない。

 

 

 

 

上がり框には、自家製野菜が格安で。

どれも、ひとつ100円。「にんにく、安っ!」って、ウチの奥様が購入しておりました。姉もなんか買ってたな。

 

 

 

…という、お料理も空間も、そして店主ご夫婦のお人柄も大変すばらしい、とても気に入ったお店となりました。行ける範囲にお住まいの方、気になったならぜひどうぞ。繰り返しますが、ランチ要予約、土日のみの営業、決済は現金のみ、でございます。

 

 

ウチのブログの影響力なんて皆無に等しいからこそ、こうしてご紹介した次第だ。予約取れなくなったりしてほしくはないから(笑)。あっ、決してお店の回し者ではございませんからね~。

 

 

 

 

こういうお店紹介記事、マジで初めて書いたな。書いたことあったっけ。

 

 

2022年10月30日、仕事で大阪に出たついでに、訪問先ほど近くにある「気になっていた物件」に寄り道した。ええ、これは、サボりではありません。「立ち寄り」でございます(笑)。

 

 

はい、いきなりドン。

阪神高速の下にうずくまる、古色蒼然たる橋。現在地こちら。

 

 

 

 

お名前は、

右書きで「でいりはし」。

 

 

 

 

そして、傍らから覗きこんで、わかることが2点。

1点目は、跨ぐべき川がすでにないこと。

 

 

 

 

そして2点目は、

鋼製橋であること。下路プレートガーダー橋だ。好きなやつ~。

 

 

 

 

でも通行者目線で見れば、

コンクリ+石の高欄。このいい意味での「体裁の整え」感がいいんだよな~。

 

 

 

 

こちらの親柱は、

漢字で「出入橋」。

 

 

 

 

側面にしつらえられた、剛健なサドルたち。

 

 

ブッとい鉄管を載せていたのだろうか。リベット打ちのシブさも含めて、たまりませんなこれは。馬鹿どもによる落書きは最低だが。

 

かつてこの橋は、堂島掘割(梅田入堀川)という水路に架かっていた。頭上をゆく阪神高速池田線の建設(当時は空港線)に伴い、昭和40年前後に埋め立てられたらしいのだが、

 

 

橋はこうして残され、

往時を偲ぶよすがとして令和の世を生きている。

 

 

 

 

これなんだ?

照明が埋め込まれてたとか?

 

 

 

 

わかりにくいが、

すぐむこうを国道2号が走っている。

 

かつて国道2号は堂島掘割を「新」出入橋で渡っていた。が、国道の拡幅に伴い、昭和末期頃には姿を消したということだ。「新」のほうが先に逝く…人間だけじゃなく橋の世界にもそういうことはあるんだ。

 

 

 

 

西側より。

ただそこに在る。その感じがいい。

 

 

 

 

 

 

おっ!銘板発見!

「昭和拾年 株式會社横河橋梁製作所 大阪工場製作」。おお。お誕生日が判明した。

 

この時はズームが致命的に弱いスマホ撮影だったんで、これが限界。でもなんとか読み取れた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてこれ。もうすでに撮った親柱(とは呼ばんか)だけど、

なんで撮り直したかわかりますかね?

 

 

 

 

裏から見るとわかるかも?

そう、これたぶん、袖高欄の遺構よね?

 

 

 

 

そして、こっちに回り込んだことで気づいた。

側面にお誕生日銘板があったわ!「昭和十年七月竣工」。先の銘板ともども、見落とさなくて良かった。

 

 

 

 

とっくの昔に埋め立てられた掘割に架かる、無用の橋。

誰がどういう判断で残したのかは知る由もないが、その決定にただただ感謝。今もこの橋を渡ることができて、触れることができる。ありがたい。

 

 

 

大阪に残る「元」橋といえば、だいぶ前に記事にした万年橋。ヤフブロ時代のヒット記事(笑)でございます。今回の記事は、この万年橋と金屋橋を足して2で割ったような感じになったかな。実は記事にしかけて今年アタマから寝かせてたんだが、やっと書けた。

 

 

 

以上。

 

 

 

2023年11月25日、中国地方TSHO周遊の三日目・最終日。この日のネタで記事にしているのは、大和口バス停、扇橋、旧・七曲隧道とその周辺、武将募集。と寺迫橋。

今宵ご紹介するのは、大和口バス停の前、朝のうちに訪ねたトンネル。

 


トンネル手前は停めにくかったので、いったん抜けてきた。

湧水?なのか、水鉢が置かれていた。現在地こちら。

 

 

 

 

接近してのご面相…なのだが、

ドット模様みたいに見えるポータルは、補修中?あるいは補修痕?見たことない感じだ。

 

もう一点、なんか違和感…ってところがあったのだが、それは最後に。

 

 

 

 

で、実は…トンネル以上に気になるものを見つけてしまったんだな。

眼前に広がる神農湖の、その対岸に…。わかりますかね?写真中央。

 

 

 

 

ズームしてみると…

なんかある!が、見にくい…。

 

 

 

 

アングルを探して撮り直したら…

…!あれは、寺院!?あんな場所に?

 

めちゃめちゃ気になって、できることなら接近したかったが、辿り着く道とてなさそうな。どうやって行くんだ?


 

 

 

記事を書くにあたって改めて調べてみたら、あれは対岸ではなく神農湖に浮かぶ島にあるらしい。対岸に点線道は描かれているものの、渡るすべはないようだ。

 

わたくしが気づかなかった看板(当時はまだなかったか、あるいはもう少し進んだらあったのか)によれば、あれは「鎌倉時代~室町時代に栄えた万年寺という寺院にあった七基の石塔および墓石」なのだそうで、寺が神農湖に沈むにあたり、あの島に移されたとか。また、十一面観音と阿閦(あしゅく)如来を収めた観音堂、そして九重の塔もあるようだ。見えているのはこの九重の塔と石塔の一部っぽい。

 

とはいえそんなに荒れた感じはしないな、と思ったら、やはり管理されている方がおられるようだ。いや~上陸してみたい。

 

 

 

 

ってわけで、その場ではそんなん知る由もなし。時間もないし、後ろ髪を引かれつつトンネルへ向かった。

どっちが本題だか分らん感じで、洞内写真はこれ一枚のみ。もうちょい撮ってもよかったんじゃ??

 

 

 

 

抜けまして振り返り~。

こちらも同様に、ポツポツがキモく見える。

 

扁額もない不愛想仕様で現場では何の情報も得られなかったが、Q地図様によれば、お名前は見堂平トンネル。世羅町のトンネル長寿命化修繕計画によれば、延長93.1m、幅員4.4m、建設年は「不明」とのこと。

 

 

高さ制限は、

3.8mだってさ~。

 

 

 

以上、トンネルから大きく気が散った、っていう、ちょっと珍しい記事でした。