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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2018年7月18日、仕事の研修終わりに京都駅まで歩いてる途中で見つけた琺瑯看板をご紹介。初めて見たやつだった。

 

 

住所看板の時には恒例だが、ど~こだ?

これは中級レベルかな。場所はこのへん。

 

 

 

 

はい、こちらでございます。

ぜつみょ~に全体が見えないんだが、ほぼ間違いなく「銘酒 金露 キンロ」。我が経験値では初めて見る看板。そして未だこれしか見たことないと思う。

 

右書きですな。最下部はなんだろう。「大吟醸」の上は…「●塚合名●」か?…って調べてみたが、ウィキ先生は甚だ不完全な情報しかくれなかった。もっと詳しく知りたいとさらにググったら…素晴らしい記事を見つけた。「お散歩 Photo Album」というサイト様で、どのページにもリンクOKとのことで、さっそく当該ページへのリンクを貼らせていただこう。

 

 

 

このページ中ほどにある金露の看板への解説に、わたくしが欲しい情報が全てあったので、そのまま引用させていただく。

 

「金露酒造(株)は文化3年(1806年)堺市で創業。明治40年灘魚崎郷に進出。大正4年(1915年)大塚合名会社に改組。戦時中魚崎酒造と合併していましたが昭和22年(1947年)独立。昭和30年(1955年)金露酒造(株)に改称(『日本の名酒事典』等参考)。

堺の蔵は堺市堺区熊野町西二丁にありましたが、第二次大戦で被災したため、戦後は灘で醸造しました。同所には金露酒造大阪支店がおかれていました。

「金露」とは、黄金色に実った稲穂から造られる酒の意味。明治時代より輸出され海外でも好評を博しましたが、平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災で被災し、平成10年(1998年)4月倒産。ブランドはキング醸造に譲渡されました。」

 

素晴らしい。大塚合名会社(會社?)と書かれていたんだ。そして最古の場合大正4年まで遡る、おそらくは戦前モノであろう看板だということもわかった。改めて引用元サイト様に御礼申し上げたい。ありがとうございました!

 

 

 

 

しかし、どっから見ても…

スッキリ全体が見えなかったのよね~。

 

 

 

 

さて、最初に地図リンクを貼ったので察した方もおられるかもしれないが、残念ながらこの金露看板は現存しない。

 

ストビューで、この2023年5月撮影分までは

このように生き永らえているんだが、記事公開時点で最新の2024年9月撮影分では、この並びのお宅まるごとゴソッと消えてしまっている。代わりに何が建ったのか知らないが、たぶんマンションっぽい。

 

この金露看板、姿を消した家屋と運命を共にしたのだろうか。取り外されて保管などされてたらいいんだけど、望み薄だろうな~。

 

 

以上。

 

 

ロケ地:京都市南区

 

 

2015年6月28日、プロフェッサー・おろろん完全監修による「参宮街道・東海道沿いオススメの橋シバキ倒し@三重県中勢北部~北勢~ちょこっと愛知県」OFF(長)。この日のネタで記事にしているのは、集合前の関町沓掛の謎穴、追憶の香良洲橋、下相川橋、又兵衛橋、夜寒橋、御葭橋。

今宵ご紹介するのは、この日中盤に連れてっていただいた橋。

 

 

タメなく、ドン。

堂々たる親柱が印象的な橋~。現在地こちら。

 

 

 

 

お名前も、

「大橋」と、これまた王道系(ってなに?)。

 

 

 

 

右の親柱は、

「おゝはし」。

 

 

 

 

最上部のこの意匠、

昔、ラーメン鉢に必ず入ってたやつか?(笑)

 

 

 

 

で、橋上の様子なんだが、

向かって右に注目。

 

 

 

 

これ下流側(河川名は六郷川)の景だが、

優に二車線幅はあるような道路敷がこの大橋たもとに接続している。

 

しかし、冒頭の正対写真と併せてご覧いただくとわかると思うのだが、そこには車止めが設置されて四輪車の行き来はできない。道路敷も駐車場として使われているようだ。

これは…なんらかの未成道臭、あるいは道路計画変更のニオイを感じるが、どうだろうか。

 

ちなみに、現状は状況が異なっている。そのあたりは最後に。

 

 

 

 

対してこちら、上流側。

向こうに見える橋、興味を惹かれて見に行ったが、それは別の機会にね。

 

 

 

 

で、渡りきって振り返り正対。

いや~、風格あるわ。

 

こちら側も親柱情報は橋名のみでお誕生日判明せず。帰って調べたところ、1928(昭和3)年だそう。

 

 

 

 

下流側からのサイド気味アングル。

 

こうして見ると、接続してる道路敷は橋長のおよそ半分くらいに及ぶようだ。

 

 

 

 

橋のたもとから川沿いの遊歩道?へ降りて鑑賞。

親柱基壇部や桁のスパンドレル部分にも細かい意匠。ニクイね~(死語

 

 

 

 

市街中心部の、しかも県道(8号四日市鈴鹿環状線)の橋だけに、

 

非常にいい状態に維持されているようだ。

 

 

 

 

上流側(さっき見えてた橋の上)からのサイドアングル。

このように、橋の付近はちょっとした親水公園的な空間となっている。

 

 

 

 

なので、鑑賞にはおあつらえ向きでしてね。

このへんとか、イイですな。実にイイですな。

 

ところで、ここまでの写真で気になる空間に気づいた方、いますか?これ、現地でいたくそそられたんだが。

 

 

 

 

はい、上の写真で右へ30度の方向、こちらね。

おおおお、ってなりません?わたくしはなった。これは例の、二車線幅の道路敷の下。

 

 

 

 

こうして見たら、

どっかの廃洞門にしか見えない。にしちゃあ、圧倒的に低すぎて圧迫感えぐいけどね。「暗黒回郎」ってフレーズが頭をよぎった。

 

 

 

 

対岸から引きで。

4枚上の写真でわかる通り、「あぶない」っていう小さな掲示のみで、立入禁止措置もされてなかった。ド街中にこんなハードコア空間がエアポケットのように存在してることに興奮した。

 

 

 

 

…というわけで、橋と同じくらい「暗黒回郎」にもテンション上がっちゃったわけだが、実はこの空間、残念ながら現存しない。

 

ストビューでご覧いただきたいのだが、

かつての道路敷きの六割くらいを占めていた…つまり「暗黒回郎」の屋根部分が、すっかり撤去されてしまっている。

 

結局なんだったんだあの道路敷は?って感じ。現在は鈴鹿市駅の駐輪場として使われているようだが、それもなんか不自然というか、とってつけたような、というか。

 

 

個人的に、あの非日常空間が失われたのは惜しいなあ。まぼろし~。

 

 

以上。

 

 

 

2012年3月17日、神奈川県西部彷徨。この日のネタで記事にしているのは、小川口橋、千束橋、嵐橋、湯觸橋&車橋、旧・笹子橋、めがねみちトンネル、善波隧道、塩水隧道。

今宵ご紹介するのは、時系列では旧・笹子橋とめがねみちトンネルの間に訪ねた物件。

 

 

いきなり、ドン。

見るからに古めかしい、コンクリートブロックのポータルを持った隧道。現在地こちら。

 

 

 

 

土被りが薄いな~という印象もそりゃそうで、

地図を見れば一目瞭然だが、東京電力山北発電所の導水路の下をくぐる隧道。すぐ脇には国道246号現道のトンネルが並列している。

 

山北発電所の操業開始は、1914(大正3)年12月ということなので、発電所建設と一体で生まれた隧道ということになるのだろう。

 

 

 

 

扁額は…

ウッッ…読めない。またこのパターンかーい。

 

だがわたくし、ここは名前を知った上で訪問していた。その名は、安戸隧道。「安」は読めんわ~。

 

 

 

 

扁額左側に小さく刻まれているのは、

「大正二季秋」…か?なんと、見かけよりもさらに古い、大正二年製。左端は揮毫者名関連と思われるが、判読不能(写真が貧弱)。

 

 

 

 

洞内の様子。

 

 

セントルでガッツリ補強されているが、どうやら総コンクリブロック製らしい。

 

 

 

 

抜けて、

東側より。

 

先日も隧道の新旧並列ネタをやったけど、この並列具合もまた…。なんか、斜めに切った白ようかんと黒糖ようかんをくっつけて並べたような?これまた、なかなか稀有な並列具合かも。

 

 

 

 

現道のトンネル名はお約束どおり、

新安戸隧道。

 

あっちもあっちでプチクラシカル風味。それもそのはず、1966(昭和41)年製。

 

 

 

 

また抜けて戻る~。

 

 

 

最後に、西側から新安戸隧道。

…と、安戸隧道。

 

 

 

ってわけでここまでお送りしてきたが、実はこの隧道、改修されてしまっている。平成25年度改修らしいので、わたくしの訪問から1年後くらいか?

 

 

 

 

現在の残念なお姿がこちら。

両側のポータル、洞内ともに、完全に補修により塗りつぶされてしまい、コンクリブロック製であることは一切うかがえなくなった。

 

今や、ストビューでも改修前のお姿は見ることができなくなった。ならば、こうして今改めて記事として残しておこう。ということで記事タイトルがこうなった。

 

まあ先人の記事も多いけどね。この隧道は。

 

 

 

以上。

 

 

2011年2月6日、若狭方面徘徊の際に通りすがったバス停ネタを。この日のネタで記事にしているのは、これまた小ネタ?の小浜駅の煉瓦給水塔。まあこれ、大昔にワイワイマップでやったネタなんだけどね。

 

 

はい、これ。

エンゼル口という名のバス停。場所はこちら。

 

エンゼル口であって、決してエンゼルロではございません。え?意味わからん?

「えんぜるぐち」であって「えんぜるろ」ではないと言っとるんですよ!(誰やねん

 

 

そもそも、なにがエンゼルなのかというと、このバス停付近で分岐しているのが、通称「エンゼルライン」という、確か大昔は有料道路だった観光道路で、そこからの命名であります。

 

 

 

 

15年半前の撮影ということで、今でもあるのかな?といつものようにストビューで確認してみたら…

本記事公開時点で最新である2023年8月撮影分ストビューでは、健在が確認できた。

 

おもしろいのは、わたくしが先ほど書いたような勘違いや見にくさがあったのか、その後「エンゼル 口」とスペースが設けられていたってところ。

いつ修正されたんだろうと他の日付のストビューも見てみたら、逆に最古である2014年10月撮影分にはすでに修正済だった。

 

 

 

以下まったくの余談だけど、今どきAngelをエンゼルとはカタカナ表記しないよね~。たぶん今なら「エンジェル」なのかな?今や、わたくしが大好きな「森永エンゼルパイ」くらいでしかお目にかからんのでは?てか、エンゼルパイって今も売ってるよね?

 

 

 

でもそういえば、都市名であるLos Angelesって、カタカナ表記する時はロサンゼルスって書くか。ここでは「ゼル」が生きてるわけだな。

 

 

さらにどうでもいい方向に展開するけど、ロサンゼルスって、よく「ロス」って略されるけど、わたくしなんだかアレが腹立って(完全に個人の私見です)。

わたくしくらいのご同輩だと、「ロス」って言ったら「ロス疑惑」じゃないですか(笑)。個人的には「LA(エルエー)」って略したいわ。…って、よけい腹立つか。

 

 

 

さらにさらにどうでもいいこと思いついてしまったんだが、「ウィルス(Virus)」ってさあ、昔は「ビールス」って読んでたよね~。

 

…って思ってちょっと調べてみたら、めっちゃおもしろい事実が判明した。読み方が変わったのは、それが「醜く響く言葉」だったから、なんですって。驚き桃の木さんしょの木。

お医者様が書かれたコラムで知ったんだが、文章がお上手でとても興味深く拝読した。よろしければどうぞ~。

 

196:Virusはウイルスか?ビールスか?ヴァイラスか?ウイールスか?(望月吉彦先生) - ドクターズコラム | HelC(ヘルシー)

 

 

 

 

 

 

すっげえ変な記事~。

 

 

 

 

 

 

柳湯橋より続く。

 

 

次なる橋がこちら。

たぶん皆様もうウンザリ(笑)?4本目の弓型RC桁橋。

 

 

 

 

けど月イチで見れば、

リセットされて新鮮に見えません?無理か。

 

 

 

 

で、こちらも同じく。

本来激レアなはずの、「昭和元年拾貮月架之」。これがこんだけ連続で架かっているというのは、やはりホットスポットと呼ぶべきかなと。

 

 

 

 

この橋は珍しく人がいないタイミングだったので、

ここまでゆっくり撮れなかった親柱の意匠を。なんともいえない贅沢なデザイン。

 

 

 

 

そして、やっぱり撮ってしまうセクシーカーブ。

たまりませんな(変態

 

 

 

 

橋名は、

ウッッ…読めない。

 

 

 

 

上流側からのサイドアングル。

相変わらず人が来ない。稀有なタイミング~。

 

 

 

 

なので、ここまでで初めて、

橋上の様子を。

 

こんな感じでどの橋にもベンチが置かれていて、温泉町の雰囲気を楽しむことができるようになっている。なので必然的に橋上に人がいる状態になるのよね。

 

 

 

 

言ってるそばから人が来そうだったので、

そそくさと渡ってルーティーンの1枚。

 

 

 

 

さっき読めなかった橋名は、

「愛宕橋」だった。

 

 

 

 

下流側からサイドアングル。

 

 

 

 

これもようやく気付いたが、

常夜灯的意匠の火袋部分、現役っぽい蝶番と留め金が付いていた。やっぱり中に照明が入っていて夜には点灯するんだろうな。

 

 

さて、4本連続した弓型RC桁橋は、これが最後。次なる橋は、実はそのすぐ先に架かっているのだが、異なる意匠となっている。

 

 

それはまた、来月に。