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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2012年3月17日、神奈川県西部彷徨。この日のネタで記事にしているのは、千束橋嵐橋湯觸橋&車橋旧・笹子橋めがねみちトンネル善波隧道。今宵ご紹介するのはそれらよりも前の序盤に訪ねた橋。

 

 

タメなく、ドン。

そこまで特筆すべきことはない、けどそれなりに古びた橋。現在地こちら

 

走っていた県道からちょっと外れたこの橋、なんで訪ねたかはもはや記憶がないけど、たぶん県道からチラ見えして戻ったのじゃなかったかな。そこまでするほどだったかどうかはわからんけど。

 

 

 

 

お名前は、

小川口橋。

 

 

 

 

お誕生日は

昭和廿九年三月竣功。

 

 

 

 

サイド気味アングル。

まさにザ・昭和ミドルな感じの、無骨な橋ですな~。

 

 

 

 

橋の上流側で、

支流が流入している。ちなみに橋が架かっている本流は狩川というらしい。

 

 

 

 

渡って、振り返り。

この日は終日、雨が降ったり止んだり(昔のわたくしは荒天の神を宿していたから…)だったけど、おかげで雰囲気二割増しくらい良くなってる感。

 

 

 

 

仮名の橋名。

「をかわくちはし」。

 

 

 

 

しかし実は、この橋よりも記憶に残っているのがこれだったりする。

バック出きず 通り抜け出きません


単独で記事化も考えたくらい、これが気に入っちゃって。この大胆かつ躍動する筆致、華麗なる「出」の使い方が素敵やん?

 

改めてストビューを見てみたら、残念ながらこの看板はもう現存しない。けど、おそらくは同じ人物の手になると思われる別の看板が設置されている。書いてある通りこの先は行き止まり。恐らくは私有地で、そこの地権者が書いてるのではないかと思われる。

 

 

この看板以外、周辺の光景はほぼ変わっていない。このへん、意外とたくさん味のある橋が現存してそうなので、再訪してみたいかな。

 

 

以上。

 

 

今宵ご紹介するのは、2021年2月20日、仕事で歩いていてたまたま見つけた標識…なのか看板なのか?

 

 

まずはこの写真で、

どーーこだ?から。わかりますかね?

 

 

 

 

はい、これ。

情報量過多カタ!

が、一見して新しいものでないことは明白だ。場所はこのへん

 

 

 

 

順に見ていこう。まずは標識(看板)部。

中央に「しずかに」、そして下部に「警笛なしで注意と徐行」の文字。

 

この内容、1960~70年代ごろ…我が国のモータリゼーション爆発期に設置されたような、そんな空気感・時代感が漂っているように思う。

 

 

 

 

そして、同じく興味深いのが

この支柱部分だ。

 

まず「ヨコハマタイヤ」。「Performance  Y」と呼ばれる現在のロゴは1983年から使用されているものだそうで、この「赤いY字」は当然それ以前のもの。「YOKOHAMA」ではなく「ヨコハマタイヤ」なのも、前世代のロゴ感。

 

あと、この内容で協賛がヨコハマタイヤってのもいいなあと。

 

そして最下部の「奈良市靜美会」。法令で定められた公式な標識とかではなく、この団体が設置したものだと思う。この団体名を調べてみて特に何も出てこなかったが、この「靜美会」という名称自体が、これまた昭和の道徳観というか、時代を感じさせる。「静」は旧字やし。

 

 

これ、意外と貴重なもんじゃないかなあ。どうでしょうね?

 

 

2023年7月9日、第二次大分県探索二日目、大雨警報下の国東半島徘徊。この日のネタで記事にしているのは、川部橋第2循環隧道見取隧道竹田津隧道港線隧道内迫港隧道、ラストの掛樋隧道

 

今宵ご紹介するのは、時系列では竹田津隧道と港線隧道の間、通りすがりに訪ねた物件。

 

 

タメなく、ドン。

現れましたるは、大分では今さら驚きもしない素掘り隧道。現在地こちら

 

結論から申し上げて、現場には扁額も銘板もなにもない。よってQ地図様で調べたお名前は、岩文(イワモン)隧道。

 

 

 

 

洞内はすべて、モルタル覆工。

苔?のラインができているのが気になった。どういう状況?

 

 

 

 

この隧道、

Q地図様によれば1988年建造となっている。ええ~?こう見えて?おそらくそのデータ参照元であろう大分県のトンネル点検結果のリストでも同様。

 

しかしながら、平成16年度道路施設現況調査には、「大正10年」と明記されており、見た目の印象的にもこっちのほうがシックリくるよね。昭和末期でこのご面相はナイわ~。

 

現況調査では壁面区分が「1」、つまり吹き付けなしの素掘りとなっているので、おそらくは1988年にモルタル覆工で改修されたということなんだろう。

 

 

 

 

抜けて、北側から。

谷と谷を隔てる薄い岩尾根を、ピンポイントで突いてる。こういう立地の隧道、好きだな~。

 

 

 

 

この日の天候(大雨警報終日発令)のせいもあるけど、

雨の止み間のしっとり感がとっても良かった。

 

 

 

 

北側の鉄板の構図。

いいですな~なんとも

 

滞在時間は短かったが、なんだか好ましい隧道だった。

 

 

 

以上。

 

 

2013年6月29日、滋賀県湖東エリア橋めぐりの一発目に訪ねた橋。この期に及んで、この日のネタはこれが初めてだった…が、まあそんなんばっかりなんでね。

 

 

で、今宵ご紹介する橋なんだが、とても正対写真とか撮れない立地。なので、今回もストビュー画像から。

ぱっと見ではたぶん「橋?どこ?」ってなると思うのだが、

 

 

 

 

実は下り線側に、このようなクラシカルな高欄が。

全く目立たないけど、滋賀県内の国道8号上で現存する、数少ない未改修の高欄である。

 

 

 

 

で、めっちゃわかりにくいのだが側面に…

「神之井橋」と名札?があった。

 

 

 

 

隣接する側道橋からのサイドアングル。

反対側の上り線には高欄自体が存在せず、ただのよくある柵。橋としての存在感が希薄だ。

 

 

 

 

それだけに、片側だけ残されたクラシカル高欄が愛おしい…が、

いやもうね、この交通量ですよ。

 

 

 

 

なので、こんな写真撮るのも気を遣うのだが、

「うのいはし」…じゃなくて、一文字隠れている。「こうのいはし」が正解。

 

 

 

 

もう片方は、漢字表記。

「神之井橋」。

 

 

 

 

すぐそばの「御上神社前」交差点にある歩道橋からの見下ろし。

ちょうど、橋の真上に停止線が引かれている。

 

 

 

 

で、先述のとおり上り線側には高欄自体がないんだが、上の写真でバイクが信号待ちしている場所の斜め後ろあたりの路外に、

こういうよくわからない小さな石柱があった。

 

「昭和三六・●●」ってことで、元画像、それなりにしっかり写ってるんだけど、どんだけ拡大して見てもなんて書いてあるのか判読できなかった。

 

普通に考えればお誕生日なのかな、ってところだが、Q地図によればこの橋の完成年は1952(昭和27)年とあるので、橋に関連するものじゃないっぽい。この橋が架かっているのは中世に築かれた人工の水路であり、すぐ上流には井堰があるため、そのあたりの改修がらみのものかもしれない。

 

 

 

 

最後に、歩道橋の階段から。

この控えめな姿がたまらない。

 

誰も気にしてないのだろうが、わたくしは通過するたびに愛でている。どうか、少しでも長く生き永らえてくれますように。

 

 

 

以上。

 

 

我がホームである滋賀県草津市で、何年か前に散歩中に見つけたバス停をご紹介。

 

 

これなんだけど…

ノッポのほうは、草津市のコミュニティバスであるまめバスの停留所、そして背の低い方が今宵のお題。場所はこちら

 

 

 

 

これ、なかなか…

年季入ってますな~。

 

 

 

 

裏面を見たら、

あら、一緒だった。しかし時刻表とか全然貼ってないんだけど、もしかして現役じゃない?

 

改めて調べてみたら、滋賀交通バスと近江鉄道バスのバス停としては現役なはずなんだが。帝産バスはまめバスの運行を受託してるから、これはたぶんまめバスに一本化なのかな。

 

 

極めてドメスティックなネタで失礼しました~。