Q 40才、不妊治療を経て現在妊娠7週
日本産婦人科学会は、妊娠週数に関係なく、ワクチン接種をお勧めしてる様ですが、私が通っていたクリニックの担当の先生は、妊娠20週より早い接種はお勧め出来ないという意見でした。理由は、イギリスの有名な医療ジャーナルA誌（英文）に掲載された記事に、妊娠20週以前にワクチンを接種した妊婦の80%が流産に至った、という内容が隠蔽されており、リスクが高いのではないか、というお話でした。まったく別の方のブログB（日本語）ですが、内容がクリニック担当の先生がお話されていたものと同じでした。こちらの記事をお読みいただいた松林先生のご意見をブログにてご紹介いただけたらと思います。
A 論文の批判的記事は、元論文を読まないとその真偽のほどがわかりません（2021.6.17こちらの論文です）。その後、抄録とTable 4の表現方法に誤解を招く部分があり修正が入りました（2021.9.8こちらを参照してください）。結論的に申し上げると、医療ジャーナルA誌やブログBの解釈は誤りです。
N Engl J Med 384; 24: 2273（米国）June 17, 2021 doi: 10.1056/NEJMoa2104983
修正：DOI: 10.1056/NEJMx210016
要約：2020年12月〜2021年2月のワクチン接種後の安全性健康調査システム（V-safe）とワクチン有害事象報告システム（VAERS）のデ ータを用い、妊婦におけるmRNA新型コロナウイルスワクチンの安全性を調査しました。16歳〜54歳の35,691名が妊娠しており、接種部位の疼痛は非妊婦より妊婦でより頻繁に報告されていましたが、頭痛，筋肉痛，悪寒，発熱はより少なくなっていました。V-safe妊婦登録シス テムに登録された3958人のうち827人が妊娠を完了し、115人（13.9%）は妊娠を継続できず（104名が妊娠20週未満で流産=12.6%）、712人（86.1%）が出産しました（多くは妊娠後期にワクチンを接種*）。 早産9.4%、胎児発育不全3.2%、新生児死亡はありませんでした。直接比較は出来ませんが、新型コロナウイルス感染の流行前後の母児の妊娠および周産期合併症は同様でした。
以上が元論文の要旨です。ここで、医療ジャーナルA誌やブログBは、*多くは妊娠後期にワクチンを接種という部分に着目し、本論文中に700名と記載されていることを取り上げ、妊娠初期にワクチン接種したのは、827-700=127名であり、流産率は104/127=82.0%になると指摘しています。
しかし、本文中の実際のデータを見ると、誤解が解けると思います。
初回ワクチン接種時期 人数
妊娠前30日 92名
妊娠14週未満 1132名
妊娠14週以上28週未満 1714名
妊娠28週以上 1019名
不明 1名
合計 3958名
妊娠を完了した827人を分母に計算したために誤解が生じています。妊娠を継続できなかった115/827（13.9%）、流産した104/827（12.6%）、出産に至った712/827（86.1%）の確率には何の意味もありません。本来は、92名+1132名=1224名が分母で104名が分子になるのが流産率であり（観察期間が全妊娠完了までなら3958名が分母）、1714名+1019名=2723名が分母で712名が分子になるのが出産率です（観察期間が全妊娠完了までなら3958名が分母）。しかし、本論文作成段階では、妊娠を完了していない者が3131名もおられるため、1224名や2723名を分母に計算することも何ら意味がありません。修正版では、この点について言及し、92名+1132名=1224名の中で妊娠20週を超えていない方が905名おられるため、流産率を計算することはできないとしてます。
以上のように、論文の解釈は元論文をしっかり読む必要がありますが、論文の都合の良い（あるいは都合の悪い）一部分だけ切り取ってアピールする方がおられるのも事実です。医療ジャーナルA誌やブログBでは「隠蔽」という言葉を用いておられますが、N Engl J Med という超一流の雑誌（インパクトファクターは世界最高の91点）が隠蔽するはずはありません（そんなことをすれば雑誌の権威が失墜してしまいます）。しかし、世界最高峰の雑誌にしては、途中経過報告にすぎない、また集計の方法や見せ方もお粗末な論文を掲載したのは残念です。ブログBの方は医療ジャーナルA誌を翻訳しただけですが、医療ジャーナルA誌の方は、科学論文を読み慣れていないか、あるいは意図的にネガティヴな情報を流そうとしているかは不明です。問題なのは、これらの記事が拡散してしまい、あたかも事実であるかのようにされてしまうことです（質問者さんの担当医さえ信じているのは極めて由々しき事態です）。コロナワクチンで流産80%は誤情報ですので、お間違えのないようにお願いします（もし、そうであれば、世の中大変なパニックになっているはずです）。コロナワクチン 誤情報については、厚生労働省のホームページのこちらをご覧ください。
下記の記事を参照してください。
2021.9.8「新型コロナウイルスワクチンによる精液所見の低下はない」
2021.8.24「☆新型コロナウイルス感染症対策：妊婦の方々へ 改訂版」
2021.8.15「☆新型コロナウイルスワクチンに関する声明（第２報）：日本産科婦人科学会」
2021.7.20「新型コロナウイルスワクチンQ&A：学会の声明」
2021.7.14「妊活中および妊娠中のコロナワクチン：賛成派 vs. 反対派」
2021.7.13「妊娠初期の新型コロナウイルス感染」
2021.7.7「☆コロナのスパイクタンパクとsyncytin-1の関連は否定」
2021.7.5「Q&A2981 コロナワクチンで不妊！？」
2021.6.26「Q&A2972 プロテインS活性低下でコロナワクチンは？」
2021.6.25「Q&A2971 抗リン脂質抗体でコロナワクチンは？」
2021.6.25「☆新型コロナウイルスワクチンと血栓症（TTS）」
2021.6.18「新型コロナウイルス感染で精液所見低下」
2021.6.17「☆新型コロナウイルスワクチンに関する声明：日本産科婦人科学会」
2021.6.12「☆新型コロナウイルスワクチンに関する声明：ESHRE」
2021.5.21「新型コロナウイルス感染はSTDではない」
2021.5.12「☆新型コロナウイルスワクチンに関する声明：日本産科婦人科学会」
2021.4.21「☆新型コロナウイルスワクチンに関する声明：ASRM」
2021.4.17「妊娠初期に新型コロナウイルス感染した症例」
2021.4.4「Q&A2889 新型コロナウイルスワクチン」
2021.3.23「Q&A2877 ☆新型コロナウイルスワクチンを接種すべきか？」
2021.2.19「☆新型コロナウイルス感染症対策：妊婦の方々へ」
2021.2.17「☆妊活中および妊娠中の新型コロナウイルスワクチン」
2021.1.27「☆コロナワクチンに関する日本産科婦人科学会の公式見解」
2021.1.24「コロナのワクチンを打っても良いですか？」
2021.1.17「☆新型コロナウイルスの妊娠初期感染の影響は？」
2020.10.11「Q&A2714 コロナウイルス感染対策にビタミンDは？」
2020.10.9「☆☆新型コロナウイルス治療薬：アビガン」
2020.9.5「☆新型コロナウイルスの子宮内膜への影響は？」
2020.9.4「☆新型コロナウイルスの精巣への影響は？ その２」
2020.8.7「☆新型コロナウイルスの精巣や卵巣への感染は？」
2020.7.17「☆新型コロナウイルスの精巣への影響は？」
2020.6.25「Q&A2606 新型コロナウイルスへのアビガン」
2020.6.19「☆新型コロナウイルス感染：産婦人科学会ガイドライン」
2020.5.11「Q&A2561 新型コロナウイルス時代の妊活」
2020.5.5「☆新型コロナウイルス感染：妊娠中の感染 その３」
2020.4.29「☆新型コロナウイルス感染：ビタミンDが有効！？」
2020.4.12「☆新型コロナウイルス感染：妊娠中の感染 その２」
2020.4.12「☆新型コロナウイルス感染：妊娠中の感染」
2020.4.3「☆新型コロナウイルス感染症対策：妊婦の方々へ」
2020.4.3「☆新型コロナウイルス感染に対する対策：BCG接種は？」
2020.3.21「☆☆新型コロナウイルス感染：ウイルスの残留性」
2020.3.18「☆新型コロナウイルス感染：ISUOG学会ガイドライン」
2020.3.17「新型コロナウイルス感染：ダイヤモンド・プリンセス号の対応」
2020.3.12「☆新型コロナウイルス感染 その４」
2020.3.6「☆新型コロナウイルス感染：産婦人科学会ガイドライン」
2020.2.27「☆新型コロナウイルス感染 その３」
2020.2.14「☆新型コロナウイルス感染 その２」
2020.2.5「☆☆新型コロナウイルス感染」
なお、このQ&Aは、約2ヶ月前の質問にお答えしております。