「川越style」

webマガジン川越styleは、「小江戸川越」のお店や人、イベント、行事、風景、文化、川越の熱い動きを伝える川越で最も有名な情報サイトです。丁寧な取材に基づく記事、川越の一大叙事詩、川越を深く伝え尽くす。過去記事もぜひどうぞ。


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「川越はお菓子の街」。

川越の菓子屋横丁は、一番街の蔵造りの町並み、時の鐘、喜多院などと並んで川越を代表するスポットであり、川越人の誇り、心の拠り所として大切にされています。

 

 

環境省の「かおり風景百選」に選ばれた菓子屋横丁は、明治の初期に江戸っ子好みの気取らない駄菓子を作って売り出したのが始まりです。

その後、のれん分けで周囲に菓子屋が増えていき、関東大震災で壊滅的な打撃を受けた東京下町の菓子製造に代わって、一大菓子製造・卸売りの町に発展しました。大正末期から昭和初期にかけては、少なくとも60余軒が軒を連ねていたといわれています。

昭和61年(1986)に菓子屋横丁会が結成された頃には、製造する家は数軒とすっかり寂しくなってしまいましたが、製造と卸売りから小売りに業態を変化させ、石畳による暦みち整備第一号の後押しもあり、人情味が溢れ、素朴で懐かしく、賑わいのある横丁になりました。

さらに菓子屋横丁の懐かしい空気に触れるなら、横丁から歩いてほど近く、赤間川を渡ったところにある「もっこ館カフェテラス」さんがお勧め。

お店の裏には「ちょっと昔 くらしの道具小屋」が併設されて、足を踏み入れるとタイムスリップしたかのよう。

展示品は、菓子屋横丁の旧田中屋から譲渡された物を中心に、菓子屋横丁を伝える文化財的遺品が数多く常設されています。入場無料。


 


 

 

田中屋は、栄えていた菓子屋横丁が時代の波に押し流された時期に、抗うように新たに開いたお店でした。復活の象徴のようなお店。

お店が次々に閉まり、シャッター通りと化していた横丁をなんとかまた盛り上げようと田中さんが開いたのが田中屋という駄菓子屋。一つの光が灯ったことでまた人々の注目を集め、復活ののろしとなった。

 

川越の「お菓子」を発信するなら菓子屋横丁が絶好の地。

単に「川越でお菓子」、ではなく、「川越のお菓子を川越で」と自分たちのお菓子を位置づけ、川越のお菓子を川越で広めるために菓子屋横丁という場所を選んだ。

2017年、菓子屋横丁の新しい息吹、川越のお菓子文化の系譜に連なり、さらに発展させていこうと意気込むお店でした。

復興を果たしたお店に、新たにこの地に構えたお店、菓子屋横丁はこれまでの歴史に加え、新しい時間を堆積させて、これからの魅力を作っていこうとしているのだった。

菓子屋横丁に新しく出来たお店、2017年4月にオープンしたのが「蔵門(ざうもん)」さん。川越に本社がある川越のお菓子店です。

お店があるのが、菓子屋横丁の入口、車が行き交う高澤通り沿いにあります。今の季節だと、店頭に並ぶ小江戸 蔵せんべいが迎えてくれる。

 

 

 

「蔵門(ざうもん)」
川越市元町2-9-1
9:00~17:00 
049-236-3600
定休日:月曜日 
※営業時間、定休日は都合により変わる場合がございます。

 

真新しい建物だが、菓子屋横丁の雰囲気に馴染んだ建物は既に以前から在るような佇まい。

店内に並ぶのは、お店の代名詞の蔵まんじゅうにお煎餅、芋羊羹や芋けんぴなど芋菓子、麩菓子、かりんとうといった和菓子。

川越の新店の中でも、久方ぶりの新しい和菓子店のオープンです。

それも、お菓子の街川越を象徴する菓子屋横丁という川越的ストーリーの意味。

場所柄、観光客が訪れるのはもちろんのこと、地元の人もお菓子を求めてやって来る。観光客にとっては菓子屋横丁は非日常空間ですが、地元の人には、日常使いの空間。地元の人は自宅用の他に、人に贈る時に菓子屋横丁のお菓子屋を使うことも多く、なんという恵まれた環境にいるのでしょう。

蔵門のこだわりのお煎餅は製造直送、多彩なお煎餅の種類が並ぶのが売り。

お煎餅やお団子といった米菓を扱うお店が川越は本当に多いですが(もちろん菓子屋横丁にもある)、お米の街川越を表すのが、これらのお菓子。蔵門がオープンしてお煎餅を扱っているのも菓子屋横丁の正統な系譜と言える。

 

 

 

 

それにお煎餅と言えば、人気でリピーターが多いのが、カップ入り小粒せんべい(カップせん)で、コショウ味、しょうゆ味、青のり味、唐辛子味がある。これは観光客の食べ歩きを意識して考案したもので、煎餅片手に川越散策というのもここから広がっている。

 


ちなみに蔵門では、夏お勧めのセット販売として、4種類から選べるカップせんと冷えたビール、セットで500円というサービスも始めました。煎餅を頬張りながらビール、なんとも川越らしい。。。

また、しっかりとお土産として持ち帰りたいという場合は、蔵門お煎餅の代名詞「小江戸 蔵せんべい」専用の箱をプラス100円で用意。蔵せんべい2袋まで入れることができます。

そうそう、菓子屋横丁の駄菓子屋の雰囲気に合わせるように、駄菓子屋に置かれていても違和感のない懐かしくも可愛らしいボトルがずらりと並んでいるのも蔵門的風景。宝箱のようなボトルには、たまごパン、りんごジャムサンド、麦こがし、おこし、かるめ、ミックスラムネ、芋チップなどが入っているのも楽しい。

 

 

そして。

蔵門さんが最も大事にしているお菓子が、なんと言っても人形焼き。蔵門では「蔵まんじゅう」という名で販売しています。蔵門と言えば蔵まんじゅう。一つ一つ店内で製造している。

 

蔵門の蔵まんじゅうは、こしあん、いもあん(甘いさつま芋餡)、いも入り(こしあん&甘露芋)の3種類。

蔵まんじゅうは既に、観光客の食べ歩きや川越土産にも指名買いされることが多く、姿形が「そのまま川越らしさ」を感じさせるので重宝されている。

人形焼のお店というのは、意外にも川越では蔵門さん以外で一軒あるのみで、川越では希少な穴場的なお菓子。
「人形焼」は、カステラに餡子などを入れて焼いた和菓子。
今では各地の土産物の定番となっている人形焼は、それぞれの地で独自の進化を遂げている。
人形焼の餡子はこし餡が多いが、中には小倉あんが入っているものや、餡なしやカステラ焼きと呼ばれる餡のないものもある。変わり種としては、抹茶あん、さくらあんやカスタードクリームなどを入れたものもあり、「焼き型」はその土地を代表するモチーフが選ばれ、土地土地にちなんだ人形焼きが生み出されている。
人形焼はもともと、東京の日本橋人形町が発祥地とされ、東京土産として今でも人気。
浅草仲見世でも人形焼は絶大な人気、実演販売は、大正時代に人形町の人形焼に製法や実演販売方式などを習って始められた。
「文楽人形」や「七福神」の焼き型を用いたものが伝統的なものであったが、焼き型は時代とともに移り変わっている。「雷門」や「五重塔」など浅草の名所をモチーフとした人形焼が誕生。当初は「名所焼」と称して販売していた。
そして、川越の蔵門さんが人形焼の焼き型に選んだのが、川越を象徴するモチーフである蔵造りの建物でした。

 

 

蔵門の蔵まんじゅうは、箱での販売の他に、一個ずつのバラ売りにも対応。バラ売りはその日によって中の具が変わります。


「人形焼、『蔵まんじゅう』の命は、生地」と話すのは蔵門の福島さん。

 

実は・・・人形焼のお店ではミックス粉を使っているところが大半なのですが、蔵門さんでは上質な国産小麦粉、卵、砂糖を使用、一つ一つの材料を丁寧に混ぜて生地を作っていくのを信条としている。

ただ、材料にこだわるだけが全てではない。あくまでここはスタート地点に過ぎない、材料を揃えたあとの「仕事」が、腕の見せ所。シンプルな材料だからこそ、求められるのが腕なのだ。

 

「人形焼で一番難しいのが、生地の水加減なんです」。

 

水加減によって、生地の触感が全く違ってきてしまう。水の量加減で生地が締まって硬くなってしまうし、そうなると蔵門の蔵まんじゅうでは出せないものに。

蔵門で追求している「ふわふわ」の生地にするためには、水加減がやはり、命なのです。

その時の季節、その日の湿度という環境によって、水加減の調整が必要で(さらに言えば、季節・湿度によって卵の状態も変わるので、空気を入れる攪拌の時間が変わる)、環境を見極めながらその日最適なバランスを追及していく。自然の環境を意識、というか、自然と共生していく仕事は、毎日の変化に合わせることである。

売り場の横に併設されている製造所では、福島さんが真剣な眼差しで機械に向き合っていた。横丁からも窓越しに見えるので、興味深げに覗き見る人の姿も。

売り場があるだけでなく製造直売というのが蔵門の蔵まんじゅうの特徴であり、菓子屋横丁らしい。飴やお菓子の製造風景を見ることができるお店が多いのも菓子屋横丁。そこに新たに、蔵門さんの蔵まんじゅうの製造風景が加わって、菓子屋横丁の職人の息遣いが続いていきます。

製造所には熱が室内に籠って売り場とは完全に別世界。えも言われぬ甘い香りが漂い、機械が動くたびにカタンカタンと鳴り響く音。

滑らかな生地を手作りし、さつま芋も綺麗にカットして準備万端。

福島さんは一気呵成に蔵まんじゅう作りに没頭していきました。

 

 

 

 

 

 

あの、ふわふわの蔵まんじゅうが出来上がっていく。

なんでしょう、このふわふわ感。感、というか本当にふわふわ。

その生地の手触りは、まるで赤ちゃんの肌のよう・・・と例えてみたりし、いつまでも指先で触って弾力を確かめていたくなる柔らかさ。

これは、ケーキのスポンジのようなふんわりなのだと気付く。人形焼きは和菓子というカテゴリーに入りますが、和菓子らしからぬ?生地のふんわりに惹き込まれていく。

出来上がったばかりの蔵まんじゅうはすぐに隣の売り場で販売されていく。

 

蔵門を切り盛りする福島さんは、三代目にあたる。もともとの起こりは、創業者で初代の福島さんの御祖父様が、昭和34年5月、川越市富士見町において福島商店を創業。揚げせんべいの製造販売を始めた。富士見町と言えば、仙波浅間神社では毎年7月13日の「初山祭り」が有名。
昭和44年4月に商号をカネフク製菓株式会社と改称。
「カネフク製菓株式会社」は、お米、お醤油、胡麻など一つひとつを吟味し、厳選した素材を使用している。創業して以来、素材、味、製造工程、一つひとつにこだわりを持ってお煎餅を提供することを信念としている。蔵門で扱っているお煎餅は、同社のカネフク製菓のお煎餅です。
平成4年に新たに「(有)蔵門(ざうもん)」を設立。第一工場隣接地に和菓子工場を建設。製造販売を開始。この時から人形焼を製造し卸していました。
そして今年、初めての実店舗を開店したのが、菓子屋横丁の蔵門でした。実店舗の店長に就任されて切り盛りしているのが、三代目の福島さんです。

福島さんは、大学卒業後、別の会社務めをしていた時期もありましたが、20代半ば頃から家業を手伝うことが多くなり、既にその頃から人形焼の生地作り、焼き、という仕事に従事していました。この時から数えると、もう人形焼作りには5年以上携わっていることになる。

製造卸から製造小売へ。

なぜ、今というタイミングで実店舗をオープンしようとしたのでしょう?

親子で川越生まれ川越育ちの自分たちの目からすると、今の川越の状況を見渡すと、外部資本のお店が多く見られ、川越のお店がもっと川越にあっていいのではないかと思いを長年抱いていた。

「地元川越で自分たちのお店を持ちたい」。

ついに念願の実店舗オープンに漕ぎつけたのが、菓子屋横丁の蔵門でした。

蔵門さんは、今でもお客さんに、特に昔から通う地域の人に言われることがあるという。

「あのお菓子はないんですか」、と。

あのお菓子とは・・・かつてこの場所にあった「室岡製菓」さんのお菓子のこと。

いや、既に室岡製菓さんはないのですが、同じ場所に新しく出来た蔵門さんが、室岡製菓さんと繋がりのあるお店なのだろうと思い、問い合わせるのでしょう。福島さんは、扱っていないんです、と返答しつつも、そんなやり取りから改めて、室岡製菓さんが地域の人にいかに親しまれていたかが実感できると語る。それを一番直に触れているのが蔵門さんとも言えます。

 

蔵門さんがある場所は、いまだに脳裏に残っている市民も多いと思います。

菓子屋横丁の復興の軌跡を振り返り、その先に確かな系譜として蔵門さんがこの地にあること、受け継がれたお菓子のバトンを掘り下げます。

2015年6月21日(日)正午頃、菓子屋横丁の北西にある店舗から出火延焼し、一人が亡くなり5棟が全焼・6棟が部分焼するなど大きな被害が出ました。

被災した店々は全焼した自店に呆然としつつも、菓子屋横丁会の浜野会長と相談し、川越市役所や小江戸川越観光協会、川越蔵の会などに協力を呼びかけ、復興に向けて動き出しました。

「元気に営業してます」のポスターの設置。

近隣商店街の川越一番街商業協同組合・川越新富町商店街振興組合・川越昭和の会と菓子屋横丁会で組織している「小江戸川越繁昌会」では、『菓子屋横丁 元気に営業しています 私たちも菓子屋横丁を応援しています』と書かれたポスターを各商店街の中に掲示し、横丁へお客さんが減らないよう協力しました。

それに、市民の動きも早かった。

悲しみに陥りながらも、自分たちの心の財産だと思っていた菓子屋横丁の一部が突然なくなったことに反応した。

菓子屋横丁の復興に何か力になれることはないか、それぞれが模索し始める。火事は決して他人事ではなく、みなが自分事のように捉えているようだった。火事の直後の川越市民一体となった「菓子屋横丁をなんとかしないと!」といううねりは、今まで経験したことがないような、大きく、熱いものでした。

失って改めて、自分たちが大切に思っていたものの大きさを知るようだった。

懐かしく温かい雰囲気の横丁としてメディアに取り上げられることが多かった菓子屋横丁が、残念ながら逆の姿で全国に発信されたことに心を痛め、なんとかしたいと余計に突き動かされるという側面もあるようでした。

川越が一体となって、菓子屋横丁の復興へ。

合言葉は、

 

「この逆境を乗り越えて、さらに魅力ある横丁に!」。

 

各店舗の再建や横丁の復興に向けた話し合いが、火災の約一週間後の7月2日から早速始まりました。

この火災に落ち込んでばかりいられません。観光客が多く訪れる蔵造りの町並みが残る一番街も、明治26年の川越大火で建物が消失したことを教訓に、耐火性に優れた土蔵建物を採用したのが始まりです。

今回消失したエリアでも、「自分たちの建物の再建だけでなく、これを機にもっと魅力のある菓子屋横丁らいいエリアにしていこう」という意見が出されました。

以前市役所で伝統的建造物の保存や都市デザインなどに携わってきた加藤さん(現在小江戸川越観光協会事務局長)、まちづくりNPO団体の川越蔵の会、不動産や建設の実務を行っている藤崎さんにコーディネートしてもらい、隔週ぐらいのペースで話し合いを進めてきました。

瓦礫の処理の問題、再建費用の問題、敷地境界の問題などの具体的な問題についての議論の他、横丁らしさとは何か、町並みをどうやって創っていくのかなどの再建ビジョンや景観形成のルールの勉強をして共有認識を図り、通り抜けなどの豊かな空間演出方法や設計レベルでの外観の在り方などを議論しました。また、横丁にとって効果的な義援金の活用方法なども話し合われました。

菓子屋横丁会としても、一番街の伝統的建造物群保存地区の「川越町並み委員会」にならって、新築や改築、看板の設置、意匠の変更などの際に、相談・協議できるように定款の変更を行いました。月に一回程のペースになりましたが、この相談・協議の委員会は現在も続けられています。

2015年9月。倒壊した建物、瓦礫などが撤去され、更地となった被災地。その中でも、被災したお店は、テントを立て、お菓子を並べ、臨時営業をすぐに始めていたのでした。

 

 

2016年2月。工事が始まっていき、徐々に復興のスピードが上がっていく。横丁では七色唐がらし屋文七さんも、それまでと同じ場所で販売を続けていました。




黒胡麻、陳皮(ちんぴ)、焼き唐辛子、粉山椒、唐辛子、ケシの実、麻の実の7つのスパイスを目の前で調合してくれる。売り口上も目玉。
『まず最初に入れますのは武州川越の名産、黒胡麻
紀州は有田のミカンの皮、これを一名、陳皮と申します
江戸は内藤新宿八つ房の焼き唐辛子
東海道静岡は朝倉名産、粉山椒
四国高松の名産は唐辛子の粉、大辛中辛を決めて参ります
大和の国はケシの実が入ります
最後に野州日光、麻の実が入りまして七色唐辛子』

 

2016年2月、横丁の一角に、「焼き菓子komugi」さんがオープンしました。菓子屋横丁が復興に進む中、新たにお菓子屋さんがオープンするという明るいニュースに包まれました。

 

(「焼き菓子komugi」菓子屋横丁に新しい焼き菓子屋さん

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12129963188.html

 

2016年3月。県道沿いの稲葉屋さんの建物が着々と建てられていく。

 

2016年6月。県道側の建物がほぼ完成、翌7月に再オープンしたのでした。

 

2016年9月。県道側入り口、吉仁製菓さんの建物も完成間近、その後2016年12月に再オープンしました。

 

2017年4月。

火災から約1年10ヶ月経った現在、ほぼ全ての建物が再建されました。非常に急ピッチでしたが、多くの人の協力を得て、菓子屋横丁らしい町並みを創ることができたのではないかと思います。

そしてあれから2年、建物が全て建てられたことで、2017年4月15日復興祈願祭が行われたのでした。

 

 

(「菓子屋横丁復興祈願祭と菓子屋横丁復興春まつり」2017年4月15日、16日

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11805222667.html

 

菓子屋横丁は、ここを目的地として来る人が多いですが、ここを中継地点としてさらに川越の魅力を知ることもできる。今の時期なら、菓子屋横丁から東へ行けば、川越氷川神社の「縁むすび風鈴」。菓子屋横丁にも浴衣姿の人が多く見受けられます。

 

(川越氷川神社 縁むすび風鈴)

そして、菓子屋横丁から西へ行けば、高澤橋があり下を流れる赤間川。石原町の新スポットまですぐです。こうして川越的楽しみを広げていくことができる。

 

 

(「ビアガーデンフェスタ」backyard cafeとMaple Leafの共同企画7月15日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12294897004.html

 

蔵門さんは、菓子屋横丁に根を深く張りながら、今後、川越の和菓子店として川越のイベントに出店していくこともあるでしょう。冬の川越Farmer’s Marketでは、ウェスタ川越を会場に「小江戸お菓子マルシェ」が同時開催されていますが、蔵門さんが出店し、あの蔵まんじゅうを出品する構想が進んでいます。

 


(「川越Farmer’s Market」14,000人以上の来場者で賑わう2016年12月4日

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12226437606.html

 

カタンカタンと機械が動くたびに鳴り響く音。出来上がる蔵造りの建物の人形焼。

菓子屋横丁と言えば、飴切りの音が知られますが、これからは、蔵門さんの蔵まんじゅうを作る音も菓子屋横丁の風物詩になっていく。

菓子屋横丁の新しい歴史を創っていきます。

 

「蔵門(ざうもん)」
川越市元町2-9-1
9:00~17:00 
049-236-3600
定休日:月曜日 
※営業時間、定休日は都合により変わる場合がございます。

 

 

 

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川越の菓子屋横丁で2017年4月15日(土)、16日(日)の2日間、「小江戸川越菓子屋横丁復興春まつり」が開かれました。

時間 11:30~16:30、会場 菓子屋横丁全体

普段から活気のある横丁は、特設ステージでパフォーマンスが行われてさらに賑やかな雰囲気となりました。

■ステージ出演者

・「猿回し」おさるのちいちゃん、

・「歌舞伎マジック」あっぱれ!吉沢屋、

・「川越ピエロ」いちろうくん、

・「紙切り」泉たけし、

・川越発のアイドルグループ川越CLEAR'S。

初日4月15日には、吉仁製菓前で10時半から川越氷川神社の山田宮司を祭祀とした「復興祈願祭」が執り行われ、関係者が参列しました。

両側にそびえる真新しい建物に挟まれ、新しくも昔からあるような佇まいも感じさせる横丁は、今まで以上の賑わいになる予感がひしひしと伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

復興祈願祭が無事に終わると、最後tに

川越菓子屋横丁会を代表して浜野会長が挨拶。

「川越市の皆さまを始め、沢山の方々のご支援のお陰で素晴らしい菓子屋横丁に生まれ変わる事ができました。これからも伝統あるこの横丁を後世に伝えてゆかなければなりません。安全・安心の元、子どもさんからおじいちゃん・おばあちゃん、色々な方々が楽しくゆっくりと買物して頂く場所として、会員一同、おもてなしの精神の元、頑張って参りますのでどうぞ宜しくお願い致します」。

ようやくここまできました。

関係者は胸を撫でおろしながら、さらに楽しい横丁にしていこうとやる気がみなぎるのだった。

新しく建てられた建物には既にお店が入り、これから完成する建物にもお店が入ることが予定されている。あれから僅か2年でここまで。

菓子屋横丁の力、菓子屋横丁に寄せる川越の街の力を思わずにいられない。。。

 

 

 

 

(菓子屋横丁マップも刷新された)

 

川越の菓子屋横丁は、一番街の蔵造りの町並み、時の鐘、喜多院などと並んで川越を代表するスポットであり、川越人の誇り、心の拠り所として大切にされています。

 

 

 

 

 

環境省の「かおり風景百選」に選ばれた菓子屋横丁は、明治の初期に江戸っ子好みの気取らない駄菓子を作って売り出したのが始まりです。

その後、のれん分けで周囲に菓子屋が増えていき、関東大震災で壊滅的な打撃を受けた東京下町の菓子製造に代わって、一大菓子製造・卸売りの町に発展しました。大正末期から昭和初期にかけては、少なくとも60余軒が軒を連ねていたといわれています。

昭和61年(1986)に菓子屋横丁会が結成された頃には、製造する家は数軒とすっかり寂しくなってしまいましたが、製造と卸売りから小売りに業態を変化させ、石畳による暦みち整備第一号の後押しもあり、人情味が溢れ、素朴で懐かしく、賑わいのある横丁になりました。

 

さらに菓子屋横丁の懐かしい空気に触れるなら、横丁から歩いてほど近く、赤間川を渡ったところにある「もっこ館カフェテラス」さんがお勧め。

お店の裏には「ちょっと昔 くらしの道具小屋」が併設されて、足を踏み入れるとタイムスリップしたかのよう。

展示品は、菓子屋横丁の旧田中屋から譲渡された物を中心に、菓子屋横丁を伝える文化財的遺品が数多く常設されています。入場無料。



 

 


 


 

 
 

田中屋は、栄えていた菓子屋横丁が時代の波に押し流された時期に、抗うように新たに開いたお店でした。復活の象徴のようなお店。

お店が次々に閉まり、シャッター通りと化していた横丁をなんとかまた盛り上げようと田中さんが開いたのが田中屋という駄菓子屋。一つの光が灯ったことでまた人々の注目を集め、復活ののろしとなった。
今の菓子屋横丁を語る上では避けて通れない重要なお店です。

田中さんとはもっこ館カフェテラスの三澤さんはずっと懇意の仲でした。
そのお店も、惜しまれつつ2009年11月15日閉店。
閉店後、店内の片づけをしているその最中に三澤さんは駆け付け、
「捨てないでくれ!」とすぐにトラックで店内のものを引き取ったのだという。
それを大事に保管しておいて、もっこ館カフェテラスの裏に、

田中屋の物を合わせた博物館のような展示室を設けた。
室内は自由に見学することができます。

 

あれから菓子屋横丁は観光地として再び脚光を浴びるようになり、賑わいある横丁として復活を果たしました。

菓子屋横丁の一年に一度のビッグイベントと言えば、菓子屋横丁春まつり。菓子屋横丁春まつりは、3月25日からGWまで続く小江戸川越春まつりの共催事業として行われていて、菓子屋横丁の一角に特設会場を作り、様々な催しが繰り出されるイベントは、毎年春の恒例祭りとなっている。今年は、タイトルに「復興」が入っています。

例年、横丁の風情に合わせるように日本の伝統芸が披露されることが多いイベント。

これも芸と呼べるものでしょうが、菓子屋横丁のマスコットキャラクター的存在が、ピエロのいちろうくん。

今も土日を中心に通りでバルーンアートの実演販売を行っています。

 

 

 

 

(菓子屋横丁のピエロのいちろうくん)

いちろうくんも菓子屋横丁春まつりお馴染みの出演者で、イベントの運営面から支えている。

いちろうくんが菓子屋横丁に姿を見せ始めた時から知っていますが、数年前と今とで生活スタイルが全くと言っていいほど変わっていない。そのぶれない軸、信念が本当に素晴らしい。

今でも一年の半分は東北や熊本の被災地に足を運び、現地を点々とと移動しながら被災した子供たちをバルーンアートやマジックで楽しませている。

そしてもう一年の半分を地元川越で過ごし、今年もGW明けからまた被災地に旅立つ予定なのだそう。

何事も、続ける、ということが難しく、しかし価値があることだとしたら、いちろうくんのような人こそ本物なのだと思う。いちろうくんに会えるのはあと少し、次に会えるのは年末になるでしょうか。

 

菓子屋横丁春まつりでは大道芸が披露されることが多かったですが、
「南京玉すだれ」、「がまの油売り」、「バナナの叩き売り」などは比較的メジャーで見た事がある人も多いでしょうが、
では、こちらの大道芸はどうでしょう・・・
「石立(いしだて)」、
「わいわい天王」、
「一筆龍(いっぴつりゅう)」、
「すたすた坊主」、
「地獄極楽絵解き」、
聞いたことがないものばかりかと思いますが、実はこれらも日本で昔から続く大道芸の名前。これらはほんの一部です。
日本の大道芸は、江戸時代に花開いた文化で、もともとは神社仏閣の参拝者に対して行われていたものだった。
日本には数限りない大道芸がありますが(ありましたが)、継承する者がおらず、ほとんどが絶滅してしまい残るのはごく僅か。
よく知られる南京玉すだれなどでさえ、絶滅の危機にあります。

川越style

 

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(2013年4月菓子屋横丁春まつり)

菓子屋横丁で大道芸人たちが集まっていたのは、横丁で口上売りをしている七色唐がらし屋文七さんの繋がりが大きかった。

以降も春の定番イベントとして菓子屋横丁春まつりは開催されていき、観光客に好評を博していた。そして、2015年。。。

2017年4月、今年のタイトルが今まで違い「復興」と入っていること、初日に「復興祈願祭」が行われたことの理由は、もう言わずもがなかと思いますますが。。。

あれから約2年。

2年というのは長い時間のように思えるし、いや、あの出来事は川越人なら昨日のことのように記憶に刻まれているでしょう。

大きな傷跡になっていつつも、僅か2年で建物が新たに建てられ、お店が入り、元に戻ったことに、この2年という時間には川越の人たちが寄せた大きな思いが詰まっているようだった。

 

2015年6月21日(日)正午頃、菓子屋横丁の北西にある店舗から出火延焼し、一人が亡くなり5棟が全焼・6棟が部分焼するなど大きな被害が出ました。

被災した店々は全焼した自店に呆然としつつも、菓子屋横丁会の浜野会長と相談し、川越市役所や小江戸川越観光協会、川越蔵の会などに協力を呼びかけ、復興に向けて動き出しました。

「元気に営業してます」のポスターの設置。

近隣商店街の川越一番街商業協同組合・川越新富町商店街振興組合・川越昭和の会と菓子屋横丁会で組織している「小江戸川越繁昌会」では、『菓子屋横丁 元気に営業しています 私たちも菓子屋横丁を応援しています』と書かれたポスターを各商店街の中に掲示し、横丁へお客さんが減らないよう協力しました。

それに、市民の動きも早かった。

悲しみに陥りながらも、自分たちの心の財産だと思っていた菓子屋横丁の一部が突然なくなったことに反応した。

菓子屋横丁の復興に何か力になれることはないか、それぞれが模索し始める。火事は決して他人事ではなく、みなが自分事のように捉えているようだった。火事の直後の川越市民一体となった「菓子屋横丁をなんとかしないと!」といううねりは、今まで経験したことがないような、大きく、熱いものでした。

失って改めて、自分たちが大切に思っていたものの大きさを知るようだった。

懐かしく温かい雰囲気の横丁としてメディアに取り上げられることが多かった菓子屋横丁が、残念ながら逆の姿で全国に発信されたことに心を痛め、なんとかしたいと余計に突き動かされるという側面もあるようでした。

川越が一体となって、菓子屋横丁の復興へ。

合言葉は、

 

「この逆境を乗り越えて、さらに魅力ある横丁に!」。

 

各店舗の再建や横丁の復興に向けた話し合いが、火災の約一週間後の7月2日から早速始まりました。

この火災に落ち込んでばかりいられません。観光客が多く訪れる蔵造りの町並みが残る一番街も、明治26年の川越大火で建物が消失したことを教訓に、耐火性に優れた土蔵建物を採用したのが始まりです。

今回消失したエリアでも、「自分たちの建物の再建だけでなく、これを機にもっと魅力のある菓子屋横丁らいいエリアにしていこう」という意見が出されました。

以前市役所で伝統的建造物の保存や都市デザインなどに携わってきた加藤さん(現在小江戸川越観光協会事務局長)、まちづくりNPO団体の川越蔵の会、不動産や建設の実務を行っている藤崎さんにコーディネートしてもらい、隔週ぐらいのペースで話し合いを進めてきました。

瓦礫の処理の問題、再建費用の問題、敷地境界の問題などの具体的な問題についての議論の他、横丁らしさとは何か、町並みをどうやって創っていくのかなどの再建ビジョンや景観形成のルールの勉強をして共有認識を図り、通り抜けなどの豊かな空間演出方法や設計レベルでの外観の在り方などを議論しました。また、横丁にとって効果的な義援金の活用方法なども話し合われました。

菓子屋横丁会としても、一番街の伝統的建造物群保存地区の「川越町並み委員会」にならって、新築や改築、看板の設置、意匠の変更などの際に、相談・協議できるように定款の変更を行いました。月に一回程のペースになりましたが、この相談・協議の委員会は現在も続けられています。

 

2015年9月。倒壊した建物、瓦礫などが撤去され、更地となった被災地。その中でも、被災したお店は、テントを立て、お菓子を並べ、臨時営業をすぐに始めていたのでした。

 

 


 

2016年2月。工事が始まっていき、徐々に復興のスピードが上がっていく。横丁では七色唐がらし屋文七さんも、それまでと同じ場所で販売を続けていました。










黒胡麻、陳皮(ちんぴ)、焼き唐辛子、粉山椒、唐辛子、ケシの実、麻の実の7つのスパイスを目の前で調合してくれる。売り口上も目玉。
『まず最初に入れますのは武州川越の名産、黒胡麻
紀州は有田のミカンの皮、これを一名、陳皮と申します
江戸は内藤新宿八つ房の焼き唐辛子
東海道静岡は朝倉名産、粉山椒
四国高松の名産は唐辛子の粉、大辛中辛を決めて参ります
大和の国はケシの実が入ります
最後に野州日光、麻の実が入りまして七色唐辛子』



 

2016年2月、横丁の一角に、「焼き菓子komugi」さんがオープンしました。菓子屋横丁が復興に進む中、新たにお菓子屋さんがオープンするという明るいニュースに包まれました。

 

(「焼き菓子komugi」菓子屋横丁に新しい焼き菓子屋さん

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12129963188.html

 

2016年3月。県道沿いの稲葉屋さんの建物が着々と建てられていく。



 

2016年6月。稲葉屋さんの県道側の建物がほぼ完成、翌7月に再オープンしたのでした。


 

2016年9月。県道側入り口、吉仁製菓さんの建物も完成間近、その後2016年12月に再オープンしました。

 

2017年4月。

火災から約1年10ヶ月経った現在、ほぼ全ての建物が再建されました。非常に急ピッチでしたが、多くの人の協力を得て、菓子屋横丁らしい町並みを創ることができたのではないかと思います。

 

 

川越市の協力。

川越市も、重要な市内観光地の一つである菓子屋横丁での火災ということで重く受け止め、被災者への見舞金や弔慰金の支出などの他、県道へ倒壊の恐れのあった建物の一部の除去や瓦礫の撤去にかかる車輛乗り入れの調整など、観光課を中心に対応しました。

市議会においても、平成27年6月30日の市議会最終日において、菓子屋横丁の復興と防火対策を強く求める決議が採択されました。

そのような動きの中、平成27年9月には、観光エリアの防災面の強化と、継続的な観光振興を図るための基金として「川越市みんなで支える観光基金」が設置されました。

 

屋外消火栓の設置。

「川越市みんなで支える観光基金」を活用した事業として、菓子屋横丁全域を放水範囲とする「簡易型屋外消火栓」が設置されました。

菓子屋横丁としても、消火栓やホース格納庫を設置するための場所として、会員の敷地の使用を無償で提供するなどの協力をしました。

平成28年4月27日には、設置された消火栓の操作説明を兼ねた訓練が行われ、元町2丁目自治会及び菓子屋横丁会から20人以上が参加しました。

(天水桶も設置された)

 

「菓子屋横丁通り線」の再舗装。

川越市が平成2年に歴史的地区環境整備街路事業(通称:暦みち)として最初に石畳舗装したのが、北側の県道から東側の寺町通りまでをくの字に通り抜ける「菓子屋横丁通り線」でした。整備にあたっては、大きめの石板と小舗石の規則性の少ない配石の技や、菓子屋横丁の代表的な菓子である「飴」をイメージしたガラスブロックを埋め込むことによって、軽やかで賑わいのある通りの特徴を表しています。

それらの石材やガラスブロックも、火災によって表面が割れてしまったり熱で変色するなどの大きな被害を受けました。

川越市は、多くの歩行者が行き交う「菓子屋横丁通り線」の安全性を考慮し、店舗の再建の時期に合わせて被害のあった北側約20メートルの再舗装工事を行いました。再舗装にあたっては、ガラスブロックなどの現在では使用が難しい材料などは見直しつつ、これまでのイメージを変えないよう、石材の色などで工夫しています。工事の方法や時期については、関係者と何度も話し合い、細かい調整が行われました。

 

義援金について。

川越市自治会連合会が市内286自治会を通じて市民に義援金を呼びかけ、「川越のシンボルとして復興する為に使って欲しい」と、1139蔓円が集まりました。その他を含め、菓子屋横丁会に合計約1300万円もの義援金が集まり、菓子屋横丁の復興のために、以下の通り、全額を活用しました。

・被災された店舗や住宅への見舞金

・防犯カメラ・街路灯・天水桶・看板・地図の設置

・復興イベントの開催

(街路灯の設置)

 

そしてあれから2年、建物が全て建てられたことで、2017年4月15日復興祈願祭が行われたのでした。

 

 

 

復興祈願祭が無事に終わると、4月15日と16日の二日間に亘って開催されたのが、「小江戸川越菓子屋横丁復興春まつり」。

春まつりの目玉と言えば、なんと言ってもステージパフォーマンス。

寺町通り沿いに、ステージが2ヵ所特設され、次々に華麗なパフォーマンスが登場しました。

・「猿回し」おさるのちいちゃん、

・「歌舞伎マジック」あっぱれ!吉沢屋、

・「川越ピエロ」いちろうくん、

・「紙切り」泉たけし、

・川越発のアイドルグループ川越CLEAR'S。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川越市のマスコットキャラクター「ときも」も、菓子屋横丁の復興を後押ししようと応援に駆けつけていた。

「楽しい菓子屋横丁、ぜひお越しください♪」とジェチャーで伝えているようでした。

 

さらに、 「駕籠(かご)かき岡田屋」さんが駕籠を担ぎ体験を実施。

菓子屋横丁会の浜野会長も駕籠に揺られていました。

16日には早稲田ちんどん研究会も参加し、横丁に華を添えました。

 

 

二日間、晴天に恵まれた菓子屋横丁復興春まつり。まるでこれからの前途を祝しているようで、大いに賑わいました。

このイベントからしばらくすると、川越が一年で特に活気に溢れるゴールデンウィークを迎えます。きっとそのタイミングで新生菓子屋横丁に来られる人も多いでしょう。

さらに楽しく、さらに魅力的になっていく、菓子屋横丁の新たな船出を見守ってください。

 

 

 

 

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菓子屋横丁、一部店舗営業再開

川越市HPからの転載

http://www.city.kawagoe.saitama.jp/smph/welcome/oshirase/kashiyayokochoraiten.html
6月21日に発生した菓子屋横丁の火災関連情報
最終更新日:2015年6月24日
菓子屋横丁への来店について
「菓子屋横丁は25日木曜日、午後から営業再開予定です。」


以下2012年のものです。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


突然ですが・・・

これ何だか分かりますか??

この不思議な物体・・・なんなんでしょう。。。
川越style
二箱に分けられ、白くて小さいものがたくさんあります。

近くで見ると、形は均等で匂いなどはないよう。

なんとも不思議な物体です。。。

そして、これが置いてあった場所がまた驚きで、

その辺の道端・・・ではなく、なんと、菓子屋横丁にあったのです。
川越style
そう、菓子屋横丁といえば川越有数の観光スポット。

このようなたくさんの人が通る場所に、こんなものが置いてあるとは。しかも地面にポツンと。

一体どういう事なんでしょう。謎は深まるばかり。

この不思議な物体の真相を解明すべく、

ここに立ち上がったミステリーハンター、

その後追跡調査をずっと行ってきました。

ある日には・・・
川越style
3つに増え。

そしてまた別の日は・・・
川越style
4つに増えたりし。真相の究明どころか、謎はどんどん深まっていくばかり。


うん?なんでしょうこれは・・・

何かヒントになるかもしれない。どんな小さな手がかりも見逃しません!
川越style
不思議な数字「9」。白く小さいな物体と「9」。

ううむ、

これをどう結びつければいいのか。何とも悩ましい。

でも菓子屋横丁のミステリーを放っておくわけにはいかない。絶対に解明してみせます。

他に何か手がかりになるものはないだろうか。

と、

周囲を歩いてみると・・・

あれは!ついにミステリーハンター、

最大の手がかりを見つける事に成功しました。

あそこにあるのはまさしく例の白い物体です。

油の中でいい音を響かせて揚げられています。

川越style
鍋の前には箱に入った例の白い固まりがあり、

そして気の良さそうなおじさんが次々に鍋に入れています。

みなさん、もうお分かりですよね?

では正解を・・・
川越style
「おかき」でした!

揚げている所を見させてもらっていろいろお話しを聴きつつ、

揚げたてを一つ口に頬張る、さくさくしてとても美味しいです。

おかきはカップに詰められて100円。


あの白い固まりの正体は、お餅だったのです。

そして外に置いてあったのは、お餅を天日干しするため。

お餅を乾燥させるためには、なにより天日干しでじっくり乾燥させるのが一番いいそうです。
そうそう、あの「9」などの数字は、9時から乾燥しているということで、

時間を記入しているとのことでした。

川越style

お店は室岡製菓さん。芋まんじゅうなどの芋菓子が専門のお店で、

店内には種類豊富な芋菓子が所狭しと!








このおかきにもこだわり、揚げたてを観光客に提供しています。

お店の場所は・・・

詳しい説明はあえて止めときますか。

菓子屋横丁のどこかにお店はあって、

菓子屋横丁のどこかの地面に・・・あの白い物体あります。

ぜひ見つけて、味わってみてください♪


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


一日も早く、再び賑わいのある横丁に戻りますように。


川越style


川越style






川越style












川越style







川越style






$川越style



川越style










川越style


川越style



川越style


川越style



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「菓子屋横丁春まつり」♪

 

ゴメンなさい。。。

 

昨日は日本の大道芸を書いたんだけど、

ピエロのいちろう君は別枠でお伝えします。(*^o^*)

 

春まつりの事、

 

一回の記事に収めようとしたのですが、

日本の大道芸はそれだけの記事がいいかなって。

あれは江戸の雰囲気だけを閉じ込めたかった。ヽ(゚◇゚ )ノ

 

いちろう君はいちろう君だけの

 

楽しい感じでいきます。♪

ショーを楽しんでくださいませ~!

 

という事で・・・

 

改めまして!
川越style
4月13日14日は、

「菓子屋横丁春まつり」ヽ(゚◇゚ )ノ

 

さあ、みなさん、

 

菓子屋横丁のスターといえば??

 

そう!!

 


川越style
ピエロのいちろう君ですね!ヾ(@°▽°@)ノ

 

このお祭りでは

 

日本の大道芸の他に、

もちろんいちろう君も登場していたんです!

いちろう君が行く所、いつも子供がたくさん。♪

(ピエロだけどめっちゃ話しかけますからね(笑))

 

みなさん!

 

菓子屋横丁で見せてくれるものではなく、

いちろう君の「ショー」を見た事ありますか??(-^□^-)

 

菓子屋横丁ではいつも

 

バルーンを売っていて(いるのは土日中心)、

買ってくれた人に手品も見せてくれるのですが、

そういういつもの手品とは違う、

本格的なショーを魅せてくれましたよ。


川越style

 

そうなんです、

 

いちろう君はバルーンを売ってるだけの人じゃないんですよ~。

 

こういうショーを

 

ホスピタルクラウンとして、

あるいは被災地の子供たちに喜んでもらうため、

すっと続けているんです。

 

これぞピエロ!というショーだったので、

 

一部ですがぜひ楽しんでください。♪

 

このショーこそ

 

本当のピエロのいちろう君です。

 

さあ、ショーが始まるよ~!

 

 

it's show time!!

 

 

 

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

 

 

 

チャラララ~ン♪

 

まずはお皿の上にコップを乗せ・・・
川越style
赤い布を被せました。

そして「エイ!」という掛け声で

布を取るってみると・・・

 

 ↓

 

川越style
あら!コップがなくなっちゃった!ヽ(*'0'*)ツ

なんという事でしょう~。

一瞬にしてコップが消えてしまいました。。。

どこに行ったんだろう。

まさに超能力!

 

・・・うん??

 

 

あ、みなさんはきっと、、、

 

良い子ですから、、、、
川越style
左手のお皿には注目しませんよね?w(*^o^*)

あっちにコップなんかありませんよ。。。きっと。

ええ、そこはこれ以上触れません。w

いちろう君、これも笑いにしてました。(笑)

 

 

そしてお次は

 

 

水の中から何枚も布を出すマジック♪
川越style
一枚!二枚!三枚!

子どもたちが元気よく声を合わせて数えてます。(*^o^*)

子どもたちと一体になって楽しむのを

常に考えてますね♪

 

カラフルな布をたくさん出現させ、

 

その布を筒の中に入れました!

 

そして中の傘を引っこ抜くと・・・

 

 

 ↓
川越style
ありゃりゃ失敗。(>_<)(わざとw)

 

 

そしてもう一度!

 

子供たちの掛け声と共に

「せーーの!」

傘を引っこ抜くと・・・

 

 ↓ 

 


川越style
お見事!ヾ(@°▽°@)ノ

 

ね?楽しいでしょ~??(笑)

 

あとはジャグリングとかもやってくれました。

 

そして最後は・・・

 

いちろう君の鉄板ネタ!

これは僕も大好きなマジックです。(*^o^*)

 

おもむろに一冊の本を取り出し。。。
川越style

 

 

 ↓

 

 

中を広げて見せます。
川越style
お!の絵がたくさん描いてありますね♪

 

 

この本を閉じて・・・

 

(さあここからがいいとこ!w)

 

閉じた本を激しく上下に振ると・・・!!

 

 

ああ!!

 

 

本から飴がたくさん飛び出てきた!ヾ(@°▽°@)ノ

 

 

  ↓

 


川越style
飛び出してきた飴に狂喜乱舞する子供たち。(●´ω`●)ゞ

やっぱりこれは楽しいです。(笑)

 

という、ピエロのいちろう君のショーでした♪

 

どうでしょう?

いちろう君の見方、変わりましたか??

 

いちろう君は、子供たちが集まる場所に呼ばれて

 

こうしてショーを行ってます。

そして週末には川越の菓子屋横丁で

バルーンを売ってる、という感じですね。

 

普段会いに行くと、雑談ばかりしてるから、

 

こういうショー見ると改めて

「ああ・・・やっぱりいちろうさん凄いなあ」

と思います。(笑)

(↑話す時は「さん」w)

やっぱりスターですよ。(*^o^*)

 

あ、そうそう、一つ書き忘れました。

 

 

この飴のマジックには

 

素敵なオチがあるのでした。(*^o^*)

 

そのオチを

 

ブログのオチにしようと思います。♪

 

さっきの・・・

 

 

飴が飛び出た後の本を

 

再び開いてみると・・・


川越style
お見事!ヾ(@°▽°@)ノ

 

ピエロのいちろう君でした~!

 

ありがとうございました!!

 

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「南京玉すだれ」


「がまの油売り」


「バナナの叩き売り」


これはみなさん、見た事聞いた事ありますよね??(-^□^-)

そう!日本の大道芸です♪


では・・・

これは聞いた事ありますか・・・??


「石立(いしだて)」

「わいわい天王」

「一筆龍(いっぴつりゅう)」

「すたすた坊主」

「地獄極楽絵解き」


たぶん聞いた事ないですよね。(*^o^*)

はい、僕も初めて聞く言葉でした。。。


実はこれらも・・・

日本で昔から続く大道芸の名前なんです!

へえ!って感じしません?w

いや本当はね

もっともっと

日本には大道芸があったらしいんです。


でも、ほとんどが絶滅してしまって、

残るのはごくわずか。

そのわずかである玉すだれなどでさえ、

絶滅の危機にあります。


「自分達は絶滅危惧種、最後の後継者」

大道芸の方がそう言ってましたよ。。。


今日会ったのは、

日本の大道芸を見せるだけでなく、

継承したり復活させたりして頑張ってる人だったんです!ヾ(@°▽°@)ノ


そういう人が川越、菓子屋横丁にやってきました♪


川越style


昨日と今日、


「菓子屋横丁春まつり」と題して行われた大道芸。!


風情ある横丁と日本の大道芸、

それは凄くマッチしてると思いましたよ。ヽ(゚◇゚ )ノ

ここの雰囲気に合いますね。


芸を楽しみつつ、

マメ知識に「へえ!」と思ってもらえれば。w


それでは

始まり~始まり~!


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


さあ♪大道芸の会場となるのは、

こちらの特設会場!

カラフルな風船が風になびいてます。

いらっしゃ~い♪


川越style


まず前知識として。。。


日本の大道芸は、江戸時代に花開いた文化だったそうなんです。

もともとはエンターテインメントではなく、

神社・仏閣に参拝に来られた方に向けて

行われていたそうなんですね。(へえ!)

神聖なものでもあった。


というマメ知識から、

江戸に思いを馳せつつ・・・



「石立」

これは100年以上続くもので、

シンプルな芸だけど

神社で見せたらきっと喜ばれたんでしょうね。(-^□^-)

(今でもやるとウケるらしいです)


川越style

造りはシンプル。

竹に大きな石をくくり付けて・・・

それだけ。(*^o^*)


これを皿の上に立てるんですが、

いや、これがなかなか立たない。。。

バランスが難しいんです。・°・(ノД`)・°・


お!

さすが一瞬で・・・
川越style
立ちましたヽ(゚◇゚ )ノ



川越style
ドヤ顔頂きました。w(≡^∇^≡)

(光田憲雄さん、今回、日本の大道芸の事をいろいろ教えてもらいました!)


石には御霊が込められていて、

今こうして立つのはここが神聖な場所だから、

なんていう風に啖呵口上が続きます。

不思議現象に見せるんです。


うん、これを神社で見せられたら

おお!ってなりますよ。。。


ただ、光田さん・・・

これを40年続けてるそう。

不思議現象というかホントは努力、芸です。。。

っていうのはここだけに。w


今は、いろんな人に知ってもらおうと

ゲーム感覚で楽しんでもらったりしてます。
川越style
頑張れ~!!ヾ(@°▽°@)ノ


が・・・立ちませんでした。。。惜しかったよ!(笑)



光田さんは、いろんなレパートリーあるんだけど、

「地獄極楽絵解き」

これは、

地獄や極楽っていうのはこんな風になってるんですよ、と

啖呵口上で説明するものです。(なるほど!)
川越style
地獄の話では、

子供たちが「キャー!」と怖がってました。w

話し方が上手いから大人でも怖い。


でもそれが狙いみたいです。(笑)

怖がらせておいて

「だから長生きしなきゃだめだよ」と説くんですね。


これを神社などでやられたら

「ですよね。。。」とより納得するな。(*^o^*)



「南京玉すだれ」

これはなんと、

200年以上前から続く大道芸。!

江戸時代の絵にも

盛んに描かれていたそうです。(へえ~!)

川越style

(光田さん提供。光田さんは『江戸の大道芸人』という本書かれてます♪)



川越style
子供たちがいたから、

客席から「頑張れ~!」の声援が凄かった。(笑)

みんな応援目線になってましたね。(*^o^*)

二人とも上手でしたよ~。



「わいわい天王」

これは300年くらい続く芸。
川越style
天狗のお面を被って、お札を撒きます。

独特な啖呵口上でした。

絶滅した大道芸を復活させて続けているんです。!


こうやっていろいろ見てると、

江戸時代にタイムスリップした感じになってきた。。。


最初はエンターテインメントとして見てたけど、

なんだかだんだん神聖なものにも見えて。w

歴史も聞いてるので余計にですね。(*^o^*)



こちらは・・・
川越style
竹を四つ使った楽器♪

日本のカスタネットといえばいいでしょうか。

歌上手かったよ。♪


↑あれってやってみると結構難しいんですよ。

片手で二つ合わせるのが難しくて

音が出ない。。。(。>0<。)


という僕も試してみました。(笑)


川越style


「こうやってやるの!」


と何度も教わったんだけど・・・

音出なかったよ~。



さあ、そして本日のメインイベント!


「一筆龍」


これは僕が一番、おお~!と感動した大道芸です。
川越style

一筆で「龍」という文字を書くんですね。

途切れなく一文字を完成させるんです。


え?それが一番感動したの?

と思うかもしれないけど、

まあ最後まで見てください。(笑)

これを習得するのに

何十年と掛かったそうです。!


川越style

ゆっくりゆっくり筆を進め、

一筆で書いてます。


息を呑み筆の動きを見守るお客さん。

張り詰める緊張感。


正直、さっきの天狗の「わいわい天王」のコミカルなキャラが

頭に残ってるので、

このシリアスな状況に慣れない。(*^o^*)


「一筆で龍という文字を書く」

「龍という文字がそのまま龍の形をしている」


そしてここからが驚きの芸!ヾ(@°▽°@)ノ


字をアップにします。。。


よ~く見てください。。。



川越style

龍のウロコが出来てる!!ヽ(*'0'*)ツ


使ってる筆は普通の習字の筆です。

それをゆっくり左右に動かしたりしながら

ウロコを作っていったんです♪

凄い!

日本の伝統的大道芸バンザイ!



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



という、

菓子屋横丁で行われた

「菓子屋横丁春まつり」。

いかがでしたでしょうか??


大道芸が来る!ってチラシに書いてあったから、

ワクワクして行ったんだけど、

こんな風にまさか江戸にタイムスリップするとは

思わなかったよ。(笑)


日本の大道芸が

こんなに多種多様なのにビックリだったし、

「へえ!」と思う事も多くて、

なにより江戸文化って素敵!と思いました。。。(*^o^*)

大道芸、奥が深いですね。


「自分達は絶滅危惧種、最後の後継者」


そう自分で言っていた光田さんだけど、

復活させた芸に、

復活させたい大道芸もたくさんあって、
川越style
これからどんな展開あるでしょうか。♪

江戸で絶滅した芸を、

ぜひ小江戸川越で魅せてください!

川越なら定着するかもです。


また来てくださいねヾ(@°▽°@)ノ


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