「川越style」

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2017年に川越でオープンしたお店の中でも、このお店の衝撃は、今年の川越の10大ニュースに入るかもしれない。

 

栃木県日光市と言えば、日本有数の観光スポットで、日光東照宮は言わずもがな。そして、日光を訪れる多くの人が目当てにしてルートに入れているのが、日光市今市にある天然氷の「松月氷室(しょうげつひむろ)」さん。いや、松月さんのかき氷を食べるために日光に行くという人も多いでしょう。本場の天然氷を求めて全国各地からお客さんが押し寄せ、さらに一度食べたらもう病みつき、他のかき氷が食べられなくなり、通い続けて全種類のかき氷を制覇していたなんていう人はざらにいる。一日に整理券250枚(1組2.5人で650人前後)は訪れるという大人気店。夏場だと2~3時間待つことがあり、マニアの間ではどうやって混雑を避けてあのかき氷まで辿り着くかという情報が交錯している。

(天然氷屋のオヤジ まささんのブログ
https://ameblo.jp/shogetsu-goodjob/entry-12292894492.html
「松月氷室」
住所:栃木県日光市今市379
アクセス:今市ICより3分・JR今市駅より徒歩5分・東武下今市駅より徒歩7分
営業時間:11:00~18:00
定休日:月曜日

 

2017年4月、川越に衝撃の展開が待ち受けていた。

松月氷室さんの天然氷が日光に行かず川越で食べられるようになった。川越で扱えるお店が出来たという衝撃。

一体なぜ、川越であの氷を扱うことができるのか!?という疑問が湧き上がってきますが、その答えはおいおいに。

2017年4月にオープンした「日光天然氷 ちのわ」さん、お店があるのが、県道川越日高線から喜多院入口を喜多院方面へ入って行く。

右手に成田山川越別院を臨み、真っすぐ伸びる喜多院参道から左に曲がって少し進むと辿り着く。幟旗がはためいているのですぐに分かります。

 

 

 

 

 

 

 

通りに面したスペースに移動販売車が置かれ、休憩できる場が作られている。ここが「日光天然氷 ちのわ」さんです。

移動販売車で氷を削って提供するお店ですが、各地を移動販売しているわけではなく、ここに定住して営業しているというスタイル。

かき氷の種類は、定番メニューからオリジナルのものまで様々。

ブルーハワイ、

メロン、

とちおとめ、

ブルーベリー、

夏みかん、

パイナップル、

抹茶、

黒蜜きなこ、

ミルクきなこ、

マンゴー、

プレミアムマンゴー(果肉付き)、

トッピングにはミルク、白玉、あずき。

1000円前後の高価なかき氷が登場する今、400円からという価格も良心的。

 

 

 

 

 

普段食べているかき氷との違いに驚く。暑いからとりあえずかき氷という品ではなく、世のかき氷とは別次元に在るようなかき氷。

また、具材が沢山盛ってあって具を食べているようなかき氷と違って、シロップのみというシンプルさが氷の味をより引き立たせる。

例えるなら、パンの生地をしっかり感じてもらいたいか、具を食べてもらいたいかという違いで言うなら、前者がちのわさん。生地が旨くなければパンじゃない、氷が旨くなければかき氷じゃない。

 

 

そしてまた、天然氷のかき氷を求めて人がやって来る。

松月氷室さんと同じ天然氷を使用したかき氷が、ここ川越で味わえる。しかも、並ばず、注文後すぐにというあり得なさ。

(さらに言うと、松月さんのシロップも使っているという衝撃)

松月を知る人、天然氷の貴重さを知る人ほどすぐに反応し、なぜ川越で!?と驚きの表情を浮かべている。

すでにちのわさんにはリピーターが続出していて、全ての味を制覇して人も多数いるとのこと。

夏になると川越では市内中のお店でかき氷を提供していますが、ここまで、ここを目当てにして行く、という人が集まるお店というのはないかもしれない。かき氷好きはマニアというくらい好きな人がたくさんいて、ちのわさんを目当てにして来ている人の多くは、松月氷室さんの氷だと知って来ているのでしょう。

かき氷と一言で言っても、純氷や天然水氷といったかき氷には天然氷という表記は使えないのです。天然氷にしか天然氷かき氷の表記ができず、この意味を知る人がこれだけいるということに、かき氷マニアの深さが実感できるよう。

たまたま通りすがったという人より、「ああ、ここだ」と、ここを目当てにして来たという人がほとんどで、お店があるのがそんなに好立地というわけでもなく、それでも引っ切り無しに人が訪れているのは、天然氷の価値が解っているのだろう。

この場所で、オープンからわずかの間でここまで人が来るのは口コミの力が本当に大きい。

冷凍庫から取り出した松月氷室さんの美しい天然氷。

ちのわさんでは、冷凍庫で保管した天然氷を使う2~3時間前に外に出し、削りやすい柔らかさにしていく。

 

自然の力と人の力による途方もない手間と時間をかけた合作品。

松月さんの天然氷がここ川越にあるということがやっぱり信じられないよう。

ちのわさんのかき氷作りは、1層、2層、3層、盛りに盛って3層からなるかき氷。高さを出すため倒れないように削った氷を手で固めるお店もありますが、ちのわさんのかき氷はまったく削ったナチュラルなままで層を作っていくために、崩れないよう細心の注意を払いながら高さをだしていく。固めないということは、氷本来のふわふわ感が楽しめ、柔らかい食感が存分に感じられる。1層削ってはシロップをかけ、次の層を削り載せてはまたシロップをかけ、重心を意識しながらさらに高さを作っていき、まるで巨大建造物を造りあげるような見事さで最後の層を削ってシロップと仕上げを施したら出来上がり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

氷を固めていないので、運ぶのも神経を使う作業。

そして食べるのも流儀が必要で、大胆にスプーンを入れると崩れる心配があるので、慎重に、ゆっくりと、ふわふらの氷にさくりとスプーンを入れてください。

口の中で広がる氷は、自然の旨味が感じられて、自然の恵みを頂いている感覚になる。

 

日光天然氷の「松月氷室」さんは、明治27年創業。

天然氷を作っている蔵元は、現在全国で5軒しかなく、そのうちの1軒が日光にある松月氷室さん。埼玉県では長瀞の「阿佐美冷蔵」さんが有名。氷を作る氷池の規模で言ったら、日本で一番大きいのが松月氷室さんでしょう。

(松月氷室さんの氷池)
「天然氷」は、意外にも歴史が古いことを知っているでしょうか。

昔は全国各地に氷室があり(氷を作るなら天然氷という方法しかなかった)、なんと日本書紀にも氷室の記述があるのです。

日本書紀によると、仁徳天皇の弟にあたる額田大中彦皇子が闘鶏野に狩りをして野原の中にある庵を見つけ、使者に視察させたところ氷室であることを知り、関係者を呼び、その状態はどのようか、さらに何に使用するのかと、大変興味深く尋ねている様子が伺える。早速、皇子がその氷を御所に献上したところ、天皇は大変に喜ばれたと記されている。

貯蔵方法については土を一丈あまり掘り、草でその上を覆い、さらに茅・荻を厚く敷いて、氷を取ってその上に置くと記されている。夏を経ても氷は解けないということであり、その用途としては暑い季節に水や酒に浮かべて使うと記されている。

(「天然氷の歴史と今 ~究極のエコロジー産業をおって」より)

氷室、という地名が残る場所はおそらく氷室があったのだろう、山が多い日本ではごくごく自然な産業として氷室が定着していた。日光にもかつてはたくさんの天然氷に蔵元がありました。意外にも埼玉県にも昔は30軒以上の「天然氷」の蔵元があった。

今では氷製造も機械化され、手間の掛かる天然氷を作るのは限られた5軒のみになりましたが、だが、数が少なくなって逆に価値が上がることはよくあること。

天然氷の自然の旨さが再評価され、年々需要は高まる一方。

 

天然氷とは、一言で言うと、「天然の清水を、天然に凍らせたもの」。
天然氷を作るには、まず自然環境が整っていることが第一条件。

山間で、綺麗な湧き水が流れ出ているところで、水が溜まる場所があり、周りに木が茂って日陰があり、気温が下がる土地、雪が降り過ぎないことが必要。

さらに言えば、池の周りには住宅や工場などがない自然しかないような場所であること。(水に影響するため)

こう考えると、現在天然氷の蔵元が5軒しかないというのもある意味納得できるかもしれない。

天然氷作りは、毎年10月頃に池を綺麗にするところから始まり、ミネラルを豊富に含んだ湧き水を山間の氷池に引き込み、冬場に2週間から20日ほどかけて、自然の環境で15cmの厚さまで凍らせていく。
電気やガスで急速に水を凍らせる市販の大量生産の機械製造氷とは全く違い、自然の流れ、力で作る天然氷は、ゆっくり時間を掛けて凍っていくため水泡や不純物が抜けて硬さが増し、透き通った透明度で、まるでダイヤモンドのような美しさになっていく。

一年の間でも天然氷は12月~2月の時期しか作ることができず、期間中は自然の力をサポートするように、氷の上に塵やホコリ、落ち葉や雪を除去する作業で大勢の人が管理に気の抜けない日々を送ることになる。

凍っては切り出し、凍っては切り出し、松月氷室さんでは例年、一年に2回氷の切り出しを行っている。
自然の環境と力で凍っていく氷を、人がコントロールしながら作り上げていく。

そして出来上がる天然氷の特長は・・・氷自体が抜群に旨いのはもちろんのこと、硬くて溶けにくい、かき氷にして食べた時にキーンと頭が痛くならない、ふわふわの食感などが挙げられます。

天然氷はその年によって微妙に硬さが変わり、その年の寒さの進行具合といった自然環境そのものが形になっているのが分かる。

 

松月氷室の氷を扱いたいというお店は、それこそ全国に数えきれないほどある。あの氷を使うだけでドリンクの味が飛躍的に向上したり、ミネラルたっぷりの氷はドリンク・料理など全てにおいて相性良く、味を引き立たせる。

しかし、天然だからこそ、手に入らない。

天然氷を作る氷池の大きさは決まっていて、古くからの取引先があって、今以上に供給することがなかなか難しい。

氷を卸してもらえないかという問い合わせは、昨年だけで800件以上、あのかき氷に並ぶ人のように殺到していますが、そのほとんどを断っている現状で(氷の量は限られているため)、新規の取引開始はごくごく限られている。最近2~3軒新たに卸し始めた先としては、京都の超有名洋菓子店「マールブランシュ 北山本店」さんが挙げられる。そして、川越のちのわさんです。

仕事の関係としてなら、松月氷室さんとちのわさんはこうして始まっていなかったでしょう。冒頭からの問い、なぜ、川越で天然氷を扱えることになったのでしょう。

ちのわの柿澤さんは、長年アパレル関係の仕事をしていて、定年後には蕎麦屋かうどん屋かと自身のお店を開くことを秘めていた。

それが・・・2016年の11月のことだった。

以前からの知り合いである天然氷の研究家の先生と松月氷室さんの現場に見学に訪れた。手間をかけて作られている天然氷、そして食べた時の圧倒的旨さ。感動に浸っていた時に、なんと松月氷室さんが氷を卸してもいいという話しになり、

「この氷を川越で扱えるなら他の選択はない、かき氷屋でいく」

蕎麦かうどんかと想像していた進路は一気にかき氷へと舵を切った。

見学に行った11月から猪突猛進に突き進み、5ヶ月後にはお店をオープン。あっという間にここまできた。

「松月氷室の氷を新規で扱える」、これがもう全てと言っていいくらいの強み。

ちのわのある場所が商業的立地として好条件ではないと書きましたが、いや、実は一方で、こんなに物語性のある場所もないとも思うのです。

日光の天然氷が、日光所縁の喜多院の近くで食べられる、日光天然氷としてこんなにストーリー性のある場所は川越でここ以外にない。

 

 

「川越」と「日光」。

徳川家康は、1616年に没すると久能山(静岡県)に葬られましたが、翌年、遺言により日光に営まれた社殿「天照大権現」としてまつられました。この移送の途中、徳川三代の侍講であった喜多院第27代住職天海僧正により川越で法要を行いました。このことから、1633年、喜多院境内に東照宮が建立されましたが、まもなく川越大火によって類焼したため中院の地に再建されたのが現在の仙波東照宮です。

仙波東照宮の本殿、拝殿、唐門、石鳥居などが国指定重要文化財となっており、歴代川越藩主が奉納した石灯籠が社殿を囲むように建立されています。

仙波東照宮を参拝し、ちのわで日光天然氷を食べる、こんな川越ツアーが誕生したことが画期的。

さらに、日光の有名な杉並木は、川越藩主松平伊豆守信綱の義父が造ったものという繋がりもある。

2017年になって川越と日光がこうして繋がったことに、家康公もさぞや驚いていることでしょう。。。

そもそも、店名の「ちのわ」の由来も、長い歴史の中から掘り起こしたもの。

6月30日(晦日)の夏越の祓いに用いられる茅(ちがや)で作った大きな輪を「ちのわ」と言い、各地の神社に見られます。参拝人は病災の祓いとしてこれをくぐります。酷暑を乗り切る涼を届ける意味合いで、「ちのわ」と名付けられました。

(川越熊野神社の茅の輪くぐり)

深く知ることでとんでもない価値に気付いたちのわさんですが、正直に告白すると、お店をパッと見た感じではその真価が解らずにいた。

お店という割には簡素で、今流行りのかき氷と言えば、具材が豪華で華やかなものであるし、シンプルな佇まいのかき氷の価値やいかに・・・と思っていた。

人の縁がなかったらきっと取材していなかったかもしれない。いや、間違いなくしていない。。。

そして、ここまで凄いお店が出来た現実を理解するのがずっと先のことになっていただろうと思う。

柿澤さんは各方面に川越の繋がりがありますが、「異文化交流クラブ川越」の小松さんとは昔からの悪友。異文化交流サロンにも柿澤さんは参加している。

 

(「異文化交流クラブ川越」2016年9月22日異文化交流サロン もっこ館カフェテラス

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12206120931.html

そして、石原町の「Maple Leaf」さんの英会話教室に小松さんと一緒に参加した時にいたのが、「古民家恵比寿屋」の大家、齋藤さん。柿澤さんと知り合い、齋藤さんから「凄い美味しいかき氷のお店ができた」と教えてもらったのが、ちのわさん。

 

(「古民家 恵比寿屋 溝井家から留学生リーちゃんへ舞子風体験プレゼント」2017年6月3日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12283877554.html

 

ちのわさんの今後の展開としては、オリジナルシロップの開発には、川越産農産物を積極的に使っていきたいと話し、川越のお野菜やフルーツを使ったシロップが登場していくかもしれません。

という意識は川越Farmer'sMarketと親和性高く、いろんな農産物の橋渡しをしていきたいところです。

さらに・・・ゆくゆくはの構想として、柿澤さんは、「自分たちで天然氷を作りたい」という夢も抱いていて、自家生産による天然氷のかき氷屋という途方もない道を進んでいきます。

 

川越の日光という場所で、日光の天然氷を扱う川越のお店。

かき氷という架け橋が、お互いの距離を縮めていく。

 

「日光天然氷 ちのわ」

川越市小仙波町1-2-7

12:00~17:00

定休日 月・木

090-3348-2434

10月半ば頃まで営業、年明けは4月半ばオープン予定

 

 

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10月6日(日)

川越喜多院境内の本堂で行われた、

第8回「第九の夕べin喜多院」。


去年に引き続き、今年も聴きに行きました。(-^□^-)

去年初めて体験し、

夜空に響いた歓喜の歌に感動して、

今年の開催を楽しみにしていたイベントです。


この合唱の素敵な所は、

プロのソリストの方も4人いるけど、

市民有志が集まって、みんなで第九を合唱する所。♪


市民有志・・・その数なんと250人超!


何ヶ月もかけて練習し、この日の本番を迎えました。

250人が勢揃いし歌う場所は、

今年ももちろん本堂前の階段。!



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第九の合唱自体は、

全国的に恒例となってる年末にしても

室内で歌われる事が多いですよね。


この第九の夕べは、外で、

しかも喜多院というお寺の階段で、と

全国的にも珍しい第九の合唱を行っているんです。(*^o^*)

たぶん、ここだけかもしれませんね。♪


喜多院は、川越で最も親しまれているお寺で、

川越で最も格が高いお寺。

そのお寺が

こういう使い方を受け入れた事が凄いです。


喜多院住職の方の言葉として、


「歴史的な地域であり、また市民の皆様の憩いの喜多院境内にて、

秋の夜のひとときを、すばらしい歌声と演奏で

お楽しみいただければと思います」


という言葉がありました。


そして、住職自身も楽しみにしているのが、


「今回は大合唱団による第九の合唱と共に、

喜多院の文化財として親しまれている『五百羅漢』を描いた歌を

子どもたちが歌ってくれます」


五百羅漢は、喜多院に来たら

必ず見るだろう石像たちです。♪

五百体以上いて、みんなそれぞれ個性的な姿に表情で・・・

と、

第九の様子を伝える前に、

「喜多院」の話しを始めると尽きなくなりそう。。。(*^.^*)


この、第九の夕べの舞台となる喜多院が、

川越にとっていかに重要な場所かというのは、

以前の記事に譲って。。。

川越の本当の凄さへ


↑こういう事を知ると、

この階段で、第九の合唱が行われる凄さが

より実感できるんです。


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夜の喜多院に入っているという、

非日常感があって、

本堂の階段に250人が並び、

第九を歌うんですからね。♪

川越的ロマンチックの頂点かも??(-^□^-)


ここで歓喜の歌を聴くと、やっぱり室内より、

外で聴いてこその歌だなあ、と

改めて思ったりします。


開場17:15、開演18:00

¥1000でした。♪


音楽総監督(指揮) 宮寺勇

ソプラノ 金持亜実

アルト 秋本悠希

テノール 村上公太

バリトン 井上雅人

エレクトーン演奏 内海源太・川島容子


合唱 川越喜多院第九合唱団・川越第一小学校


指揮者の宮寺さんは、

川越出身で埼玉中央フィルハーモニーオーケストラの

常任指揮者。



18:15 エレクトーンの演奏


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☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



18:30 ソリストによる独唱


1.女ごころの歌 村上公太

2.燃えさかる炎 秋本悠希

3.プロバンスの海と陸 井上雅人

4.私のお父さん 金持亜実


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☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



18:50 地元小学生による合唱


1.五百羅漢さま

2.青い空に絵をかこう

3.歌えバンバン


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歌えバンバン、元気良く歌っていました。♪


そして今年は、「五百羅漢さま」も歌いましたね。!

住職の方の言葉にあった歌。

喜多院にある五百羅漢像に、

歌があるとは知りませんでした。。。


喜多院の五百羅漢は、日本三大羅漢の一つなんです。



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まっくらやみを 手さぐりで

頭をなでて さわってまわる

ほら あったかく感じれば 親の顔

ふしぎな石の 羅漢さま

羅漢さま


五百羅漢にまつわる、伝説が歌詞になっていました。(-^□^-)



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



19:00 第九交響曲第4楽章「歓喜の歌」


階段準備。


去年もそうだったけど、

階段に250人が並んでいく、

この過程が凄くワクワクするんです。

(知り合いの顔を見つけてびっくりでした。(笑)

歌ってみたい!と、

市民がこういうイベントに参加できるのが素敵ですよね)


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☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



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19:10 第九交響曲第4楽章「歓喜の歌」


合唱


晴れたる青空 ただよう雲よ


小鳥は歌えり 林に森に


心はほがらか よろこびみちて


見交わす われらの明るき笑顔



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花咲く丘辺に いこえる友よ


ふく風さわやか みなぎる日ざし


心は楽しく しあわせあふれ



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響くは われらのよろこびの歌



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☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



19:40 全員合唱

1.よろこびの歌

2.ふるさと


これも毎年の恒例、お客さんも含めて全員で合唱して、

第九の夕べin喜多院終了となりました。♪


去年に引き続き来たけど、

圧倒されるような迫力で感動します。

みなさん、たくさん練習を積んだんでしょうね。!

歌っているのはドイツ語で、

第4楽章は結構長いので、練習も大変だったと思います。。。


このイベントは、やる気があれば参加でき、

喜多院の秋の恒例行事として続いていくと思うので、、

興味ある方、来年に向けて参加してみては??(*^o^*)


川越って、合唱が盛んな街でもあるんですよね。

川越もそうだし、埼玉がですね。

合唱の団体の活動が盛んな県なんです。


合唱の活動なども、

これから伝えてみたいものの一つです。♪
自分が参加するのが一番伝えやすいかな・・・??


合唱の活動の中でも、

喜多院で歌うのは特別な体験ですね。


夜空に歓喜の歌、響かせたい。♪

花咲く丘辺に いこえる友よ

ふく風さわやか みなぎる日ざし

心は楽しく しあわせあふれ

ひびくは われらのよろこびの歌


来年は、この階段で歌っているかも。。。(-^□^-)


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今日という日に、

あえて書かないという選択肢はないけれど、

なにを書けば・・・と悶々としてます。。。


昨日は、「あとひき煎餅塩野」さんの

南相馬への想い書きましたね。


考えた結果、今日も

ある人を紹介したいと思います。

その人は、

今から200年以上前の天明二年(1782年)に

石の像を造り始めました。


志誠(しじょう)というその人を通して、

鎮魂の日にしたいと思います。


実はこれは先月書いた記事なんです。

読んだよ~!という方、ゴメンなさい。(。>0<。)

その記事に文章と写真加えて

再投稿させてください。。。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


日曜日にレポートした

福原中学校の出張美術館。


記事に頂いたコメント見てたら、

興奮がこちらにも伝わってきましたよ~。(*^o^*)

凄い事でしたもんね。(笑)

あんなにテンション高いコメントもらったの

経験ないです。w


「福原中学校にピカソ、シャガール、岡本太郎が来た!出張美術館♪」


僕も本当に感動し興奮したんだけど、

やっぱりちょっと

もどかしさも感じて。。。


仕方ないんだけど

じっくり見る事できなかったですもんね。。。(ノω・、)


本当はね、

彫刻だったら

じっくり時間掛けて向き合って、

自分だけの表情を撮りたい。

引き出したい。


前に載せたけど、

「川越七福神めぐり」の一番寺

妙善寺。


ここの『芋地蔵』撮った時なんか、

だいぶ表情探りましたもん。(-^□^-)


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何を撮るのが好きって、

人を撮るのが好きです。(*^o^*)


人の表情って、やっぱり

人に訴えかけるものありますもんね♪

いい表情撮れると嬉しいです。

それは生身の人間でも石像でも。!


そんな思いで

出張美術館の作品を観てたら、

感動しつつも

時間掛けて向き合えないフラストレーションが溜まって。w


思い切り表情撮りたーい!


という事で、

実はあの後に・・・

喜多院の方へ行ったので、

(ラジオぽてと打ち合わせ)

ある所に寄ったんです。


喜多院といえば・・・

そう!

五百羅漢像ですね!ヾ(@°▽°@)ノ


川越style
羅漢像が五百体以上並んでます。


ここの五百羅漢像の表情を

思う存分撮ってみようと。(笑)


ピカソの花瓶も

岡本太郎の彫刻も

確かに凄かった。


でもそれに負けないものが

ここ川越喜多院にあるんだよ~

という表情を撮りたい。(*^.^*)

その表情が

石である事を忘れさせたい。


対象とじっくり向き合った

内省の時間でした。

それではどうぞ~♪


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


喜多院の五百羅漢は、

天明2年(1782)より志誠(しじょう)が中心となって

建立していきます。

(正確には、安政4年(1775)に関根仙右衛門庸清が

父と母の供養のため「阿難陀尊者」を建立寄進したのが

最初といわれ、その後、

五百羅漢の建立へ発展させたのが志誠だといわれています)


「志誠」。

本名を内田善右衛門といいます。


現在の川越市北田島の農家の家に、

享保19年(1734)に生まれています。

彼は、親族が止めるのも聞かず、

喜多院に出家して志誠大徳となりました。


この時代は、百姓一揆や打ちこわしが各地に多発した時代。

川越では

寛保4年(1744)に大洪水が襲い凶作をもたらし、


天明2年(1782)には浅間山の噴火による降灰で畑は不作に見舞われ、


同じ天明2年から数年間続くいわゆる

「天明の大飢饉」が起こり、


天明4年、7年には冷害が追い打ちをかけるなど、

さまざまな災害が人々を苦しめました。


志誠は、当時飢饉で死んでいった人々の供養や

民衆の平和な暮らしを願っていたのではないでしょうか。


五百羅漢の建立を喜多院に願い出、

勇猛果敢に建立に取り組んだといいます。

しかし志誠は、

4年目およそ40尊を造って

不幸にして病に倒れます。


寛政12年(1800)7月22日、66歳でこの世を去りました。


その後、志誠の意志を受け継いだのは、

喜多院の学僧であった慶厳、澄音、祐賢。


500体に近い残りの羅漢像を完成させるため、

近隣各地に浄財を求め、

川越をはじめ各地の講衆に協力をあおぎ、

文政八年(1825)に遺業を達成するに至りました。


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見てると

苦しそう、しかめっ面、呆然としている、

そういう姿がほとんどですよ。。。


ここの五百羅漢像はよく

「人間くさい、人間味溢れる、親しみある表情」

って言われるけど

う~ん、どうなんだろう。。。

改めて向き合ってみると

こちらまで苦しくなってきましたよ。


ただ、


ただですね、


温かい表情や明るい表情も

少しはあるんです。


それは

五百体以上の羅漢像のうち、

ほんとちょっとしかないんだけど。。。

でもそれが救いかなあ。


撮った写真見返したら、自分はそういう

明るい表情ばかり見つけては

撮ってる事に気づきました。(*^o^*)


そちらの方をぜひ見てもらいたいです♪


たぶん作った方は、

そっちの表情にこそメッセージ込めている。

そう感じました。!


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


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という感じで、

思う存分表情撮ってみました。(*^o^*)

見てたら石だって事忘れません??w

何か感じるものがあるといいです♪


最後は一番好きな表情で締めますよ~。

こういう穏やかな表情でいたい。。。


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これからの季節は桜。

梅雨には紫陽花、

秋の紅葉があって一年の四季を感じられる。♪

静かに散策するならいい場所です。(-^□^-)
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☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


喜多院の客殿等が、

屋根の葺き替え+耐震補強工事のため

2年間の工事が始まるみたいです。


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その間、

「家康誕生の間」と「春日の局化粧の間」が

見られなくなる期間があるそう。


そして客殿などが

ビニールシートで覆われるので、

庭が見られなくなるんだって~!


えええΣ(゚д゚;)

あの庭が二年間も見られなくなるなんて。。。


3月末には始まるみたいなので、

今行って置かないと!と

行ってきましたよ~。(-^□^-)


ここ川越にある喜多院は、

歴史的な重みのある場所だけど、

自分にとっては

「居心地のいい場所」って感じなんですよね。♪


今まで喜多院の歴史を

あまり意識してなかったんですよね。。。

でも

一昨日の記事に登場してもらった

鉄砲隊の寺田さんに言わせると・・・

「川越で一番重要な場所は喜多院だよ」


と言っててね。

「蔵造りの街並??あれは最近出来たものだから」


だそう。w

(いや、蔵造りも明治で結構古いんですけど。。。w)


「自分が川越案内するなら、まず喜多院連れてくね」

だって。(*^o^*)


それにこの前

五百羅漢の写真載せた時も、

ここのコメントに

「川越の喜多院のために東北から来ました」

とか

「天海さんが好きなので、毎回門越しにお墓をお参りしてます。

祟り神として恐れられていた将門を江戸の守り神として祀ったり、

五色不動に寛永寺に東照宮に…

知れば知るほど凄い人だなあと思います。
こんな凄い人の歴史に触れられる喜多院、

やっぱり好きです。」


というコメントもらったり。!


住んでると実感ないけど、

喜多院ってかなり凄いんじゃ。。。Σ(゚д゚;)

と再認識してます。

歴史の事もっと知りたいなあ。


そんな喜多院の

屋根葺き替え、耐震補強工事。


川越style

屋根を全部剥がして張り替えるそうです。ヽ(゚◇゚ )ノ


もう工事が始まる間際なので、

その前にぜひ♪とオススメしたいんです・・・

が・・・

見に行けない人もきっと多いですよね。


ではでは

一緒に散策しましょう~♪

静かな時間を楽しんでくださいな。


見納めとなる庭をここに記録し、

その姿をとどめておきます!ヾ(@°▽°@)ノ


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


川越style




川越style




川越style




川越style




川越style



川越style




川越style



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


一番好きな場所は

やっぱり縁側です。(*^o^*)


晴れた日なんかにここに座って、

ポカポカ陽気の中で

庭を眺める時間って好きです。


この辺もシートで覆われるみたいだから、

庭が見れなくなるだろうな~。
川越style

残念。。。・°・(ノД`)・°・


しっかり目に焼き付けて、

2年間忘れないようにしよう。(笑)


これからの季節は桜。

梅雨には紫陽花、

秋の紅葉があって、

今は木々が蕾を抱いてる時期ですね♪

春をじっと待ってる蕾。


川越style


2年間、二回の四季を楽しんだ後、

また縁側でほっこりさせてくださいね。(*^o^*)


それまでじっと待ってます。(*^o^*)


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テーマ:

2月3日節分。

蓮馨寺の豆まきに行った事書いたけど、

蓮馨寺の豆まき

じつは↑この後に喜多院にも直行してまして。w


喜多院でも豆まきやってたからね♪


11時から蓮馨寺の豆まき、

13時から喜多院の豆まき、


そう!

豆まきのはしごをしてたんです!wヾ(@°▽°@)ノ

ああ・・・福貰い過ぎたなあ。(笑)
川越style


後で分かったんだけど、

ラジオぽてとスタッフも何人かいたみたい。

他にもブログに

「喜多院にいましたよ♪」という

コメントもらったりしてね。


なんだかあの場所で

ニアミス多かったんですね。(笑)(*^o^*)

今見てる方でも

喜多院にいた方

まだまだたくさんいそう~。♪


川越style

俺を見分けるのは簡単です。w

右手にカメラで、

左手で豆キャッチしようとしてるのが私。(-^□^-)

(左手でキャッチに意味あるんですか?って

聞かれたんだけど・・・

いや、まったく意味ないです。(笑)


おみくじを左手で結んで修行する、

なんて話ありますね♪

それにちなんで・・・と言いたい所だけどw(*^▽^*))


実は、

喜多院にはしごに来たのは

単に豆キャッチだけでなく、

メインの目的があったんです。!


来てるかなあ。

着てるかなあ。


たぶん集団でいると思うから

すぐ分かるはず。。。

どこだろう。


俺が探しているのは・・・

「キモノでジャックin埼玉」

人たちなんです!


キモノでジャック。

その名の通り、

着物を着てあちこちの場所を

みんなでジャックしようという集まり。


ブログやTwitterで

場所や時間を告知して募集し、

「参加表明無用」

「途中参加OK」

「途中離脱OK」という

自由な感じで集まって

着物を楽しんでるみたい♪


こういう楽しい事を

呼びかけてる人がいるんだなあって

最近知ってね。


過去の模様見ると

埼玉の各地をキモノでジャックしてますよ(笑)


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


●第25回 さいたま新都心大道芸フェスティバル
2013年1月13日(日)参加人数13名

●第24回 浦和宿ふるさと市(骨董市)
2012年12月22日(土)参加人数18名

●第23回 さやま大茶会
2012年11月11日(日) 参加人数11名

●第22回 コエドビールル祭
2012年10月8日(月・祝) 参加人数28名

●第21回 浦和・浦和祭り
2012年7月22日(日) 参加人数22名

●第20回 大宮・盆栽美術館
2012年6月17日(日) 参加人数13名


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


わあ♪こんなに参加してるんだ!って

ビックリしました。ヽ(゚◇゚ )ノ


みなさん、どこかで見た事あるかもね~!

着物着てるたくさんの人たち、

それはきっと

キモノでジャックの人たちかもね。w


そして

2月3日。


ジャックの舞台になったのが・・・


●第26回 川越・喜多院の節分
2013年2月3日(日)


なんです(-^□^-)


どこにいるだろう・・・って

探しちゃったけど、

どう見ても「あ!この人たちに違いない!」って

雰囲気の人たちがいて。(*^▽^*)


川越style

「喜多院、着物でジャックされました!ヾ(@°▽°@)ノ」


おお~!結構集まってます♪


後から聞いたら、

喜多院ジャックには

31人が集まったそうですよ!

凄いなあ。


そして

呼びかけ人であり、

埼玉支部長(でいいのかな?)の

高野さんにお話を聞かせてもらいました。
川越style
「自由な雰囲気だから気軽に参加してください。

川越でも何度もやってますよ。」とのこと。


みなさん素敵な着物着てたけど、

高野さんの着物の着こなしが

また素敵でね~。

粋でありオシャレなんですよ。


中の重ね着も

色の組み合わせが素敵でした!


川越style
この黄色いバッグ(←言い方分からないw)が

ゆるやかな感じで

着物にぴったりですね。(*^.^*)

模様もいいなあ。


そんなキモノでジャック風景。

高野さん目線で

詳しく書かれてるのがこちら♪

キモノでジャックin埼玉 川越喜多院


今回は、

蓮馨寺とはしごしたりで

バタバタだったけど

次回のin川越は参加したいな。


では最後に・・・


喜多院の豆まきの様子を♪ヽ(゚◇゚ )ノ
川越style


喜多院の豆まきは

激しいです。。。w

豆をキャッチしようと

みんな必死に手を伸ばす!


その場に立ってるのも大変で、

もみくちゃにされますよ。(笑)


川越style

という

プチパニックの様子を伝えつつ・・・


左手一本で・・・


川越style
「福豆ゲットです(*^o^*)」


豆キャッチのベテランしんから一言

「豆は福と一緒で、

掴み取りに行くより

お迎えする感じで」

そうすると手に入ってくる。w

なんてね。(*^o^*)


あと最前列は豆来ないです。(笑)


そして

この豆を家で福は~内!しましたよ~。(*^ー^)ノ


次回のキモノでジャック、

楽しみにしてます♪

みんなで参加しよう~!


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