「川越style」

webマガジン川越styleは、「小江戸川越」のお店や人、イベント、行事、風景、文化、川越の熱い動きを伝える川越で最も有名な情報サイトです。丁寧な取材に基づく記事、川越の一大叙事詩、川越を深く伝え尽くす。過去記事もぜひどうぞ。


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風が吹き抜けるたびに大きく波立つ、
水位が上がってくると、いよいよ今年も田植えの季節がやって来ると感じる伊佐沼。

伊佐沼の北端まで来て、向かいに見える建物が農業ふれあいセンター、

その広場で今年もまた、春の農業まつりが開催されました。

「かわごえ春の農業まつり2016」
日時:平成28年4月29日(祝日)
午前10時00分から午後3時30分(雨天決行)式典を午前10時40分から開催します。
会場:川越市農業ふれあいセンター 川越市伊佐沼887

 

 

農業ふれあいセンターで開催されている

かわごえ春の農業まつりは、ふれあいセンターが出来た時には開催していたので、
もうかれこれ川越で30年ほど開催されているイベントで、

川越の農業祭りといえば、ずっとこのイベントなのです。

特に今年から川越Farmer’s Marketが関わるようになり、
農産物出店に加え、飲食出店も担当するようになりました。
行政が磐石の運営体制を整え、民間がソフト面を充実させる、

お互いの良いところを合わせながら、魅力的なイベントを作る運営体制になっていきそうです。

 

今回の飲食出店はイベントというものに初出店というお店が多く、

他のイベントではお目にかかれないところばかり。
・カフェ&キッチン ラフテル(フレンチトースト)
・backyard cafe(カレー、ドリンク)
・Skov cafe(珈琲・焼き菓子)
・団子の弁慶(団子)
・サバーイサバーイ(タイ料理)

このイベントは農や体験に力を入れ、これまで食という部分はそこまで力を入れていなかったところに、

川越の人気店が出店することで、どんな化学反応が起こるでしょうか。

今年の反応を見て、また来年の展開を考えていこうと川越市と話をしています。

今年一気にとは言わず、少しずつ少しずつ、

春の農業まつりをさらに発展させていけたらと考えています。

農産物は川越の農家、飲食は川越の飲食店を中心に依頼。

農家の方は、いろんな野菜を作りつつ、そのさつま芋が川越のお店に広がっている戸田さん。

 

トマトが今大人気中で入手困難になっている利根川さんが出店。


 

二人とも川越Farmer’s Marketに欠かせない川越の若手農家で、

これからの川越の農を背負っていくであろう存在です。

蓮馨寺、ウェスタ川越、いろんな場所で開催しているFarmer’s Marketの戦友でもあります。

 

(前編「川越Farmer’s Market」12月13日(日)開催 蓮馨寺

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12107286406.html

ちなみに戸田さんは、ふれあいセンター向かいにある、

伊佐沼農産物直売所横のうどん屋さん「伊佐沼庵」と因縁がある人。
お店は趣のある古民家が特徴的で、

中に入るとまるでタイムスリップするかのよう。この雰囲気で食べるうどんがまた格別。



この古い建物は実はもとからここにあったわけではなく、

川越の別の場所から移築したものであることをご存知だったでしょうか。

もともとあったのはここから少し離れた川越の福原地区下松原。
古くから下松原で農家をされている戸田さんのかつての実家を、

現代になって平成5年3月に現在の位置に移築復元したんです。

今、「旧戸田家住宅」と名づけられた建物は、江戸時代後期に建設されたと言われています。
2016年3月26日の一番街商店街が開催したイベント「小江戸川越 江戸の日」は、

まさに江戸をテーマにしたイベントで、

戸田さんも江戸の扮装をして川越産さつま芋などを販売していました。
江戸時代の実家が今も川越に遺されている農家が一番街にやって来る、

江戸の日にはこういうストーリーも込めていました。
伊佐沼庵には、こうして常に「江戸の日」がある。

(「二升五合市 小江戸川越江戸の日」一番街商店街2016年3月19日~26日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12147276726.html

かわごえ春の農業まつりには、戸田さんもお野菜を出品し、
先祖が建てた江戸の家を臨みながら、子孫が野菜を販売する。
ここにもまた、川越ならではのストーリーがあったのです。


飲食ブースの「カフェ&キッチン ラフテル」さんは、
お店は本川越駅から歩いて5分ほどのところ、一階がカフェ・マチルダさんの建物の二階にあります。
お店のうりはなんといってもフレンチトースト。

30時間漬け込んだパンは中まで味が染み込んでいてとろけます。
フレンチトーストだけでもいろんな種類があって、食べ比べも楽しい。
ラフテルさんがイベントというものに出店するのは、今回が初めてのことになります。

それだけにイベントに懸ける思いは熱く、屋外イベントでどうフレンチトーストを提供すればいいか

試行錯誤を重ねてきました。
イベントでは、食べやすい大きさでカップに入れて提供。
農業まつりにフレンチトーストが提供されるなんて、時代は変わりましたね。

親子の来場が多いイベントなので、

ふれあいセンターの芝生の上で、フレンチトーストを頬張る子どもたちの姿があちこちにありました。



 

「ダンゴの弁慶」さんは川越の新宿町、武蔵野小の近くにあるお店。

米粉を捏ねて丸めてという工程は全て手作業。
そう、一つ一つのお団子を全部手で丸めているという信じられない手間がありました。

だから、機械で作られる綺麗なまん丸というより、手作りならではの「丸」。
そして、ガスを使わず100%炭火で焼くというのも実は珍しい。。。

醤油が炭の上に落ちて立ち上がる香ばしい香りがなんとも堪らないです。



「baceyard cafe」さんは、川越の石原町にあるお店。

お店で定番人気のトマトカレーを出品しました。


2016年3月に開催された「彩の国カレーなる闘い第一回大会in川越」に出場し、

並み居る猛者たちの中でトマトカレーが親子に人気で大健闘したことは記憶に新しい。

(「彩の国カレーなる闘い第1回大会in川越」2016年3月26日、27日ウニクス川越

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12145057117.html

あの闘いでイベント出店の自信をつけ、勢いに乗って農業まつりにも乗り込んできてくれました。
やはりここでもトマトカレーは人気で、そんなに辛くないということで子どもでもペロリと食べられる。


珈琲と焼き菓子は、「Skov café(スコウカフェ)」さん。




農業まつりで自家焙煎珈琲が楽しめるなんて、、、これもまた時代が変わりましたね。。。

もちろん、雰囲気を変えていこうという意志のもとに、出店を依頼しました。
Skov caféの自家焙煎コーヒーは、

丁寧に自家焙煎しているもので、出店ごとに季節感やおやつとの相性を考え、
毎回少しずつブレンドの配合を変えています。
飲みやすく、飽きがこない味を目指したオリジナルブレンド。
Skov caféのおやつは、素朴なおやつ。
できるだけ安心できる旬の材料をつかって、甘さひかえめ。

毎日食べてもからだに負担がかからないおやつを目指しています。
主な食材:国産小麦粉、国産全粒粉、きび砂糖、甜菜糖、
無調整豆乳、菜種油、ベーキングパウダー(アルミニウムフリー)、その他。

(白砂糖や乳製品はからだを冷やすといわれている食材なので、使用していません。)

(卵は基本使用していませんが、今後卵のおやつもお出しする予定です。)

「Skov café(スコウ カフェ)
https://www.facebook.com/skovcafe/?fref=ts

Skov caféさんは、
川越の一番街から細道を進んだところにある「KIKONO」さんに定期的に出張出店していて、
KIKONOの奥の空間で、珈琲と焼き菓子でほっとする時間は
川越の新たな楽しみになりつつあります。あとはイベント出店が多い二人。



 


(「KIKONO」カゴと帽子、ときどき雑貨。KIKONOの世界は広がっていく
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12011070379.html

 

Skov caféさんを知ったのはまさにKIKONOであり、
KIKONOさんは川越Farmer’s Marketで

リコーダー演奏のアンサンブルはつかりーなの一員として参加していることもあり、

そうそう、確か音楽の打ち合わせでお店に伺った時が、
Skov caféさんがちょうど出張出店している時でした。
川越Farmer’s Marketを通して出会う人たちは本当にみんな素敵な人たちばかりで、
その人たちをどんどん川越のいろんな場に橋渡ししてゆきたい、そんな思いも私達にはあります。

 

賑わいを作ってくれた飲食ブースといえば、タイ料理のサバーイ・サバーイさん。

2016年3月小江戸蔵里の「小江戸タイフェス」以来の川越のイベント出店、

風が強くて苦戦していましたが、お昼過ぎにガパオなどサバーイの定番メニューを投入していました。

ちなみにサバーイ・サバーイさんは、西武新宿線南大塚駅近くにあるお店です。

(「サバーイ・サバーイ」川越でタイ料理といえば。本場の味、本場の味しか作れないお店へ

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11798207000.html

 

芝生の上にシートを敷いて、ご飯を食べる光景があちこちに見られる。

他にも広場では、青少年相談員と遊ぼうコーナーがあり、こちらも子どもたちに大人気です。


 

午後から始まった恒例の「魚のつかみ取り」は、毎年楽しみにしている人が多い人気企画。

コイ・ナマズ・フナ等を放流し、子どもたちに手でつかみ取りしてもらというもので、

「あっちに行った!」「ここにもいるよ!」「ここに隠れてる!!」子どもたちの弾む声が飛び交います。






始めは本物の魚に触れることを怖がっていた子どもも、慣れてくると積極的で、

びしょびしょになりながら水の中の魚を追いかけていました。大人よりも子どもの方が上手かも。

かわごえ春の農業まつりは、川越の農を感じてもらいつつ、体験が多いイベントなのです。

広場のステージでは、イベントを盛大に盛り上げるように、

川越東高校の吹奏楽演奏が行われました。


 

おや・・・どこからか子どもの悲鳴が。。。

楽しい雰囲気のイベントの最中に、またあの族たちが出現してしまったか。。。

その姿に泣き叫ぶ子どもたち、広場で寛いでいた親子は散り散りに逃げ惑う。。。

人々が恐がる様子を面白がって増長していく悪党たち。しまいには子どもを人質にとってしまった。

イベントを悪に乗っ取られて阿鼻叫喚の嵐に。ど、どうすればいいんだ。。。

その時だった。

「それ以上悪さはやめろ!!」

相手を圧するような強い声がどこからか届いてきた。

子どもたちはすぐにその声にピンときたらしい。瞳が輝く。

「ジンだ!ジンが助けに来てくれたんだ!!」

子どもたちの表情が明るくなる。ヒーローの登場に場の空気は一転、

ふれあいセンターの広場に、颯爽と現れたのが・・・

川越のヒーロー「龍忍カワゴレッダー・刃(ジン)」でした。

現れて欲しい時に現れてくれる、さすがは川越のヒーロー。

刃は、伊佐沼に住む伊佐沼龍の力を現代で受け継いだ戦士、という設定、いや、というヒーロー。

2016年3月の小江戸蔵里キャラクターまつりに初めて登場し、

川越のもう一人のヒーロー、時の鐘マンとの奇蹟のツーショットを実現したばかり。

あの写真はもう二度と撮れないかもしれません。。。

 

(「小江戸蔵里キャラクター祭りReload!」2016年3月19~21日蔵里にキャラクターが勢揃い

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12142912504.html

刃は蔵里に登場して以降ももちろん悪との闘いは続き、

伊佐沼に子どもたちを恐がらせる悪が現れたとキャッチした刃は、

すぐさま広場に駆け付けてくれたのです。

強敵な相手に苦戦する場面もありましたが、

「ジン、頑張れ!ジン、頑張れ!」という子どもたちの声援を背中に、

見事に形勢逆転して悪を退治。

拍手喝采の場内、川越にまた平和が戻ったのだ。

これで引き続きイベントを続けられると安堵する出店者、

サバーイ・サバーイさんは「さすがジン!!」と讃え、

利根川さんも「これでまた農産物を売ることができる」と刃に手を振っていました。

ショーの後、あ、いや悪を倒した後は子どもたちと恒例の握手、記念写真会。

さすが刃の人気は不動で、ヒーローと触れ合いたいと子どもたちが長蛇の列を作っていました。

この後、午後再び悪の集団が出現し、

それもまた、見事に退治して子どもたちを救った刃なのだった。

 

ステージでは、
「中野七頭舞・一の会(岩手県岩泉町小本の郷土芸能舞の披露)」、

「川越ふじ太鼓」のパフォーマンスも行われていました。


 

かわごえ春の農業まつりは屋外の広場だけでなく、

ふれあいセンター内にも催しが多数あります。屋内は体験が多い。
食育コーナー(食生活改善推進員協議会)では、
『お箸上手に持てるかな?』
『味噌汁の塩分は?』
『適正体重を知ろう!』を体験できました。

 

石臼でのきな粉挽き体験があり(挽いたきな粉は販売)、子どもたちが積極的に参加。


 

杵と臼によるつき立ての草餅を、地域のお母さんたちが丸めて販売するのも楽しみにしている人が多い。

 

また、ふれあいセンター内では伊佐沼水質浄化活動の取り組みとして、

「伊佐沼の蓮を咲かそう会」のこれまでの活動がパネル展示紹介されていました。

会の活動は、4月、伊佐沼の沼底に蓮の植え付け作業をする様子を伝えたばかり。

伊佐沼周辺の地域の人たちが、水が抜かれた底に降り立ち、

今年も蓮を植え付け、蓮畑をさらに広げようと作業していました。

 

 

(「伊佐沼の蓮を咲かそう会」古代蓮を植え付け作業2016年4月3日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12146645966.html

あの直後に、川越の今年の米作りがスタートとばかりに、伊佐沼に水が引き入れられ、
今ではなみなみと水が湛えられています。

川越の中でものどかな風景が残る伊佐沼、

川越のお米を作るために水を供給するという川越の心臓部である伊佐沼、

これから7月頃に蓮は満開になります。今年さらに広がる蓮畑は多くの人で賑わうことでしょう。

 

午後1時、いよいよ、かわごえ春の農業まつりのメインイベントともいえる催しが始まろうとしていた。

ふれあいセンター横の田んぼに続々と人が集まってくる。

田んぼにはすでに水が入れられ、準備万端です。

これからここで、「田んぼで泥んこ遊び」が行われるのです!
素足で田んぼの中に入り、まさに泥んこになりながらのゲーム、

田んぼの泥んこ遊びというのは、川越でありそうでないイベントです。

協力してくれる田んぼや時期の問題もあるでしょう、

農業まつりだからこそ実現できる催しかもしれません。

田んぼに素足で踏み込んだ時の底の柔らかい感触は独特で、初めて経験する子どもが多かったはず。

この感覚はきっと忘れないで記憶に残るでしょう。

川越の米作り、農への喚起という意味では、こうした楽しい体験を通してということに意味がある。

川越Farmer’s Marketも「体験」をとても大事にしていますが、

改めて、行政などがずっとやってきた、

泥んこ遊びや魚つかみ取り、きな粉挽きなどなど、

農にまつわる体験を大事にするという姿勢は見習うべきことが多いです。

 

泥んこ遊び、参加は川越市広報でも募集していましたが、

 

事前予約制になっていて毎年応募が殺到する人気イベント。

かわごえ春の農業まつりといえば、という代名詞的な催しになっています。
ちなみにですが、泥んこ遊びゲームの司会・運営を務めているのは市の職員たちで、

参加者以上に泥んこになっていたことはちょっぴり伝えておきたいこと。。。

他の催しも職員たちが陰で支えていることは、協力として関わることで見えて事実でもありました。


泥んこ遊びはまず、ボール探しゲームから。

職員がボールを田んぼのあちこちに投げ入れ、それを拾うゲームです。

スタートすると、子どもも大人も泥んこになるのも厭わず、

田んぼの中を駆けて誰よりも早くボールを拾い上げていった。


ボールを見つけられると、景品と交換としてくれるという体験とプレゼントがセットになった企画です。

次にソリレースで周りからの歓声が一段と大きくなっていった。

 

 


こうして、子どもから大人まで泥んこになり、一日を通して体験を楽しんだかわごえ春の農業まつり。

農産物も飲食も売れ行き良く、出店者も満足そうでした。

挑戦的な飲食出店でも反応があることが分かり、来年の展開が楽しみです。

また来年、田植えが始まる川越の春に、農のイベントが盛り上がることでしょう。

 

「かわごえ春の農業まつり2016」
日時:平成28年4月29日(祝日)
午前10時00分から午後3時30分(雨天決行)式典を午前10時40分から開催します。
会場:川越市農業ふれあいセンター
川越市伊佐沼887




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川越各地の桜が見頃を迎えた先週末、

喜多院、中院、蓮馨寺、新河岸川沿い、川越の桜の名所は多くの花見客で賑わっていました。

川越の桜は市街地を離れれば、歴史ある古い神社や古刹などの桜も市民に親しまれ、

また、川越水上公園や御伊勢塚公園といった公園の桜の迫力も見事で、

公園と言えば、川越東部代表の伊佐沼公園の桜も見逃せない。


伊佐沼公園や歩道沿いに植えられた桜も週末に最盛期を迎えていて、

川越のBBQメッカとなっている伊佐沼公園には

BBQに桜にと、春を楽しむ人でごった返していました。

かたや公園の賑わいを背に、これからの季節のために今から作業する人たちの姿があった。

伊佐沼の風景は、自然のものであり、人の手によって作られているものである。

静かに水をたたえた伊佐沼は、時折風が吹いては水面を撫でて水紋を拡げていました。


伊佐沼といえば、7月の古代蓮。

可憐な古代蓮を見に、写真に収めに、毎年多くの人が訪れている、伊佐沼の夏の風景です。



(7月最盛期の伊佐沼の古代蓮)


農業用溜め池である伊佐沼は、冬の間は水が抜かれ沼底があらわになります。

水が無くなると底にいた生物たちが姿を現し、それを狙って水鳥たちが集まってくる。

伊佐沼の冬の風景です。

だんだんと肌寒さが緩んで伊佐沼沿いの桜が満開を迎える4月始め、

伊佐沼はまだ水が抜かれていますが、しかし、

これから始まる今年の田植えを着々と待ち構える時期でもあります。

この週のうちには入間川の水が入り、カラカラだった沼は水で満たされていく。

伊佐沼の春の風景です。

もう水が入れられる直前というこの時期を狙って、伊佐沼の北端に集まっていた人たちがいました。

繋ぎの作業着に軍手、長靴、これから農作業を始めるような格好で

遊歩道の柵をまたいで蓮畑の底に下りていきました。

今の伊佐沼は昨年の蓮が枯れた残骸が沼底にあちこちに残り、

まさに林を掻き分けていくように、蓮の間を沼の中へ中へと進んでいきました。






この歩いている地面が、本来伊佐沼の底であり、今週には水が注がれるという。

底を歩いていると、ここが伊佐沼だという感覚がなくなりますが、

ただ足で踏む底の感触だけは独特で、柔らかく、靴が沈んでいくのを持ち上げながら歩かねばならない。

まるで雪原を歩いているような感覚です。

「ほら、これ」と見せてもらったのは

種がびっしり詰まっていたであろう蓮の花芯、花屋でオブジェとして売られているあの形でした。




(こちらは昨年伊佐沼で採れた川越産レンコン。唐揚げにすると良いとのこと)

沼の内側まで進んできた面々は、甘酒を口にしながら今日の作業の段取りを確認しています。

2016年4月3日(日)9:00から始まったのが、

「伊佐沼の蓮を咲かそう会」の活動、古代蓮の植え付け作業でした。

(沼底から歩道沿いの桜並木を見る)



(この日植えつけられる古代蓮)

伊佐沼の夏の風物詩、薄い桃色が咲き誇る古代蓮畑の風景が、

地域の人の手によって作られているということを知っていたでしょうか。

桜と違って、いや、伊佐沼沿いの桜ももともとは植えられたものではありますが、

古代蓮は今でも人の手によって毎年のように面積を広げ、豊かになっている途中である。

今年も沼が水で満たされる前に、新たな場所に古代蓮を植え付け、夏に咲かそうとしていました。

会の活動であり、誰でも参加できるという形にしていて貴重な自然体験となっていました。

すでに会の方で半分ほどの蓮を植えて、残りを一般参加の人に体験してもらおうという内容。

甘酒で温まるといざ作業開始です。

沼底のあちこちに植えつけ用にスコップで穴が掘られ、そこに蓮を入れていきます。
田植えや苗植えと同じく、地道な作業です。











「伊佐沼の蓮を咲かそう会」というのは、

伊佐沼に隣接する自治会の会員が中心になり、
伊佐沼の水質浄化や古代蓮の復活・増殖に努めている任意団体で、22年目を迎える。

100人ほどの会員がいます。

伊佐沼の古代蓮畑は、ひとえに会を中心としたボランティアの人たちの尽力の賜物で、

今年はここ、次の年はここに植え付け、と

つまり、22年かけて伊佐沼の古代蓮畑を作ってきたのです。

蓮が生育しやすい環境を作るために草刈りを行うなど試行錯誤を重ねた結果、

今では水面の1ha 余りが蓮で覆われるようになりました。 

昨年7月の川越市の広報には「伊佐沼の蓮を咲かそう会」の活動が紹介され、

また会の活動は、2016年2月8日には第17回彩の国埼玉環境大賞の優秀賞も受賞しました。





かつての伊佐沼は農業用の貯水だけではなく、泳いだり、蓮の花を取ったり、

地元の人々にとって生活の場でした。

伊佐沼の古代蓮は遡ると、江戸時代に殿様が見に来た記録が残るほど水面を覆っていましたが、

戦後の食糧難で食用にされ激減。

絶滅の危機に瀕していた45年ほど前のこと、

あるきっかけから、古代蓮が見直される契機となりました。

それが、現在伊佐沼公園西の問屋町に拡がる卸売団地建設だったのです。


(問屋町の卸売団地より。「伊佐沼工房」奥野さんの織物のアトリエから

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11906123312.html

もともと田んぼだった土地の上に建物を建設するため、

伊佐沼の土をさらって盛り土することになった。

港湾・河川・運河などの底面を浚(さら)って土砂などを取り去る土木工事に使われる

浚渫(しゅんせつ)船が沼に入り、

土砂を浚う過程で沼底に眠っていた蓮の種が潰れて芽を出したのだそう。。。

(蓮の実)

それはそれは近隣住民は驚いた。

浚渫船が沼と伊佐沼の歴史を掘り起こし、そこから一時は蓮の花が伊佐沼に増えたのだという。
だが・・・
昭和の終わりごろから水質の悪化などで蓮の根が腐り、壊滅状態に。

平成6年ごろ地元の有志約30人を中心に伊佐沼の蓮を再生させようと、

「伊佐沼の蓮を咲かそう会」を発足して、蓮の花の復活にむけて活動を始めていった。

沼の土を掘り起こし、蓮が発芽しやすい環境を考えて作り、水質改善などを行ってきました。

さらに実験として、伊佐沼北にある農業ふれあいセンター裏の畑を利用して

蓮の種から育てる試みを始めた。

そこで育てた蓮を伊佐沼に移植しましたが、当初はまったく伊佐沼に根付かず苦悩の日々だった。

毎年少しずつその面積を増やしてきました蓮畑は、

移植した苗が波で流されないよう周囲にヨシを植えたり、

根腐れしないよう密集した根を切ったり、

酵母菌・麹菌・乳酸菌・EM菌など微生物による水質浄化実験など地道な活動を重ね、

22年をかけて、今の蓮畑を作ってきたのです。

今では、かつては伊佐沼に多数生息していたタナゴが再び見られるようになってきたのだそう。


会としての活動は、蓮の植え付け作業のみならず、

伊佐沼周辺の草刈作業は年間を通して行い、小学生の蓮の植え付け体験、

定期的に行っている草刈作業とゴミ拾いは大事な活動で、

綺麗な状態を保っているからこそ、桜やBBQが気持ちよく楽しめることは知っておきたい。

この日も沼に捨てられたゴミを多数拾っていました。


夏の草刈は、身長より高く伸びてしまう草も多く、決して楽な作業ではありません。



(夏の草刈 松郷の杉浦自動車さんが撮影したもの)


伊佐沼周辺の63haの農地や環境を保全するために、

2007年には「伊佐沼周辺田園環境保全組合」が発足。

構成員は伊佐沼の蓮を咲かそう会のほか、

荒川右岸用排水土地改良区・伊佐沼作業受託集団・沼周辺の4自治会が参加。

沼を中心とした水質浄化対策、環境対策に地域住民が一体となって取り組んでいます。 

特色ある活動としては、沼に自生していた蓮・ヨシ・マコモの再生のための移植、

沼に生息していたマシジミの養殖、一部農地を利用した向日葵やレンゲの栽培などを行っており、

各活動は地域の交流の場ともなっています。 

また、地元の小学校と連携した稲の栽培体験、ハスの栽培教室、

生きもの調査なども実施しており、地域の子供達の環境教育にも貢献しています。

水質保全対策では、用水路で採取した地場産マシジミによる水槽実験で

水質浄化に大きな効果があることが分かり、昔は伊佐沼にも生息したことから、

伊佐沼内に実験場を設けマシジミを放しました。


伊佐沼周辺というのは川越の原風景が残っている地域。

川越の中でも特に穀倉地帯で、五穀豊穣を願う数々の伝統行事が今でも続いています。
平安時代からのお祭りもあり、古尾谷八幡神社のほろかけ祭、

南田島の足踊り、南田島氷川神社の春祈祷、下老袋氷川神社の弓取式、万作、

伊佐沼に川越ありと言っても過言ではない。

(南田島の足踊り)



(「南田島 春祈祷と足踊り」川越の原風景 田植え前に五穀豊穣を願って

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11821079320.html

ちなみに今年の南田島氷川神社の春祈祷は、2016年4月16日(土)です。

伊佐沼に水が入り、これから田植えが始まろうとする時期に、今年の五穀豊穣を願って行われます。

2年に一度山車が地域の人によって曳き回され、今年は山車が出る年。


(「老袋の弓取式」弓に願いを込めて

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11771637443.html


川越のヒーロー「龍忍カワゴレッダー・刃(ジン)」は、
伊佐沼に住む伊佐沼龍の力を現代で受け継いだ戦士、という設定、いや、というヒーローです。

(「小江戸蔵里キャラクター祭りReload!」2016年3月19~21日蔵里にキャラクターが勢揃い

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12142912504.html

ちなみに以前、伊佐沼を舞台にして行われた写真の撮影会がありましたが、

その時には伊佐沼公園をはじめ、咲き終わった蓮畑も被写体にしていたことが懐かしい。。。




「伊佐沼で空と海?の撮影会~@川越」それはまるでアムステルダムのように

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11937659256.html


蓮の植え付けの後は、蓮の実を鋏でカットし、種蒔きも行いました。




これから今週~来週くらいには伊佐沼に水が入れられ、

川越は2016年の本格的な田植えシーズンの到来です。

水で満たされると蓮は水面に浮き上がって4月下旬頃に芽を出し、
順調にいけば7月上旬から中旬の見頃を迎えます。

蓮の花は涼しい時間帯の午前7時ごろから10時ごろまでが見頃です。

4月29日には伊佐沼の農業ふれあいセンターで毎年恒例の

「かわごえ春の農業まつり」が開催されます。

「かわごえ春の農業まつり

http://www.city.kawagoe.saitama.jp/jigyoshamuke/business_nogyo/nogyofureaicenter/nogyomatsuri2016.html

伊佐沼の自然を感じながら、蓮の生長を確かめてください。






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川越の自然を写真に納めようとする時、どんな場所を思い浮かべるでしょうか。
夕日をキラキラと反射した入間川、氷川神社の御神木、春から秋にかけての田んぼ、
すぐにいくつもの撮影スポットが出てくるのではないかと思います。

そして、忘れてはならないのが、伊佐沼。
春の桜はもちろん、夏の蓮、向日葵、秋のコスモス、

冬のシギ、サギ、カルガモといった野鳥たち、自然豊かな公園。
伊佐沼は一年を通してフォトジェニックな風景に事欠きません。
ただ。。。さすがに長年川越に住み、何度も一年のサイクルを見ていると、
伊佐沼の風景に新鮮味がなくなって、どう撮ればいいのか分からなくなったり、

撮った写真が良いのか良くないのかの客観性も薄れてきます。


Blog、Facebook、TwitterなどのSNSにも、
それこそ一年を通して伊佐沼の写真が多くの方によってアップされ、

リアルタイムの様子を見ることができ、
そのサイクルにももう慣れてしまい、感動が薄れてきているのを感じます。
もっと言うと、
伊佐沼の春なら桜、夏は向日葵、冬は野鳥、と
フォトジェニックではあるけれどイメージが定型化してしまって、
定番となったそれらを撮る、見ることで

伊佐沼に対する興味が終わってしまっている部分もあると思います。

本当は、伊佐沼にはもっと素敵な風景があるはず、

と思いたい。
伊佐沼の自然にもう感動することはできないのか??

(正確に言うと、伊佐沼の自然に慣れたのではなく、

定型化されて撮られる写真に見慣れてしまったのです)
いやそれでも、まだまだ知らないスポットはあるはず、
なにより、撮る・見る者の自然に向かう感性こそ大事なんじゃないか。
感性を綺麗に洗濯して、新鮮な目で見慣れた伊佐沼を見てみたい。


そんなことを考えていた時に、ふと、ある写真の撮影会の招待が届いたのです。

差出人を見たら、mocostyleのmocoちゃんからだった。
期待に急かされるように開いてみたら、これだ!とピンと来るものがあった。
これだ、これなら、新しい気持ちで川越の風景に向かえるはず。
この方たちの新鮮な感性で伊佐沼に向かう姿に触発されれば、

きっとワクワクを取り戻せるに違いない。
そして、川越の新たな魅力を見つけてくれるのではないか、って。

すぐに、参加の返事を送りました。


その招待状に書かれていたのが、

「伊佐沼で空と海?の撮影会~@川越」でした。


写真が好きな者同士で集まって、

みんなでワイワイ伊佐沼の自然を撮ろうという撮影会でした。
今回集まっていたのが、

mocoちゃんを含めたさいたま市、富士見市、川越から

自分を含めた6人と小さな子どもが2人。
mocoちゃんの昔からの知り合いから、mocoちゃんのキャラに惹かれ

「遠足楽しそう」と参加した方までそれぞれ。


今まで各地で撮影会を行ってきたmocoちゃんの撮影会は、

川越では3回ほど企画し、

氷川神社+むすびcafeや一番街にあるガラスの青い鳥+初音屋といった場所へ赴き、

撮影と美味しいものを楽しむのがセットになった、遠足のような撮影会を重ねてきました。


そして、今回選んだ撮影スポットが、伊佐沼。

参加者のみなさん、こうして伊佐沼を撮るのはもちろん、

ここに来たこともほとんどない方もいます。

でもだから、写真好きな方々が川越の伊佐沼をどう撮ってくれるのか楽しみです。

そう、撮影会に参加しつつも、

みんながどう伊佐沼を、川越を撮るのかこそ楽しみだったのです。

新たな川越の一面に出会えることを期待していた。

人気のない伊佐沼の遊歩道。

カメラを手にした面々が集まって、そこだけ華やかな雰囲気に包まれています。


mocoちゃんがみんなに向かって話します。
「今日は曇り空ですが、撮影会楽しみましょう!
それでは、今日の撮影テーマを発表したいと思います!」


緊張がみんなの表情に走る。意を決したようにmocoちゃんが続ける。


「今日のテーマは『川越の大自然を撮ろう!』です」

パチパチパチ♪一同拍手。


「テーマを設定することで、そのテーマを探す思考になる。

伊佐沼を伊佐沼として撮るだけでなく、
え!ここが川越なの!北海道でしょ!?北欧でしょ!?という写真を撮りましょう♪」
おお~!と一同から声が上がります。


なんと、伊佐沼に大自然を見出だし、
北海道や北欧に錯覚してしまうような写真を目指すという。
なんという果敢な挑戦でしょうか。

正直なところ、川越の方で、伊佐沼に北欧を感じたことある方は皆無だと思います。
伊佐沼の一体どこに北欧があるのか。
しかし、川越的な感性に染まっていない参加者の皆さんは、

北欧のテーマに目を輝かせています。


その様子を見ていたら、ここから新しい何かが生まれる瞬間に出会えると思った。
そして、撮影会は始まったのです。

参加していたのは、ジャスミンさん、○家さん、○太君、純子さん、Kちゃん、akiさん。

mocoちゃん以外は初対面だったけれど、

実は去年、宮城県南三陸町に取材に行った時の記事に

コメントをくれていたのがジャスミンさんでした。

一年越しでここで会うなんて、なんという偶然でしょう。

(というか、ずっと前から川越styleを見てくれていることに感謝です)


川越在住の純子さんは、伊佐沼には来たことあるけれど、

撮影は初めて、と話します。



ジャスミンさんが、○太君をパチリ。

1.「ん?○太ちゃん、何見つけたの?UFO?」
2.「ちがうよ。ちいさい秋だよ」




そうそう、この撮影会の主催者であるmocoちゃんの紹介を忘れていました。

akiさんが盗み撮り?したmocoちゃんの一枚から。

何を撮っているんだろう??(笑)


mocoちゃんは「mocostyle 」というblogを書いていて、

木工作家でありカメラマンであり多才な方。

さいたま市在住でありながら川越の応援団のようで、

川越に頻繁に来ては写真を撮り、記事にしていたのを知っていました。

コメントをもらったこともあるし、

blogの文章のからは楽しい方なんだろうな、というのが伝わってきました。

そして、宇宙ゆるキャラとしてテンション高く書いていても、

言葉の端々に、周りのことを気遣う気持ちが漏れているのを見逃していませんでした(*^.^*)


そして、実際初めて会ったのが今年の6月のことでした。
クレアモールからすぐ近く、アジアン雑貨の旧グリーンクラフトがあった場所で

帽子屋トーリさんによる

「うみの音かぜの音」という帽子の展示会がありました。
たまたまふらっと行った時に、mocoちゃんもさいたまから来ていたんです。

今思い返してもあの展示会場は不思議なことだらけだった。
トーリさんの人柄が呼び寄せていたんだと思う。

トーリさんらしい自然感溢れる帽子は、

帽子というより自然そのもののようで、

見ていると、被ってみると、

そう、まさに、うみの音、かぜの音が聞こえてくるようでした。



この帽子たちに誘われて、展示会にはさまざまな方が訪れていました。

偶然の出会い、再会、ずっと会いたかった方とも遭遇したり、

わずかな滞在時間の中でなんでこんな出会えるのだろうと不思議でした。

トーリさん、さすが人を呼び寄せるなあとしみじみしたものでした。


この時に、mocoちゃんとも初めて会うことができたんです。


mocoちゃんが本格的に写真を始めたのは、9年ほど前からだそう。
CanonのIXYを手にし、5年前にPowerShotにしてからは持ち歩きながら撮るようになっていった。
その後50Dに変えた今は、毎日のように撮り、年間一万枚以上は撮っているといいます。


初めて遠足撮影会を企画したのが今年になってから。
大宮の氷川神社とプリン工房檸檬堂というお店へ出かけたのが始まりです。


ちなみに前回、mocoちゃんたちが

川越の一番街にあるガラスの青い鳥さんで遠足撮影会を行ったのは、
この記事を見てくれたから。

青い鳥 川越で感じるガラスの奥深さ




青い鳥ではとんぼ玉を作りつつ、ガラスの撮影をし、
「撮るのが楽しいお店だった」と話していました。
お店の方も撮影に協力的で、
青い鳥撮影会は、また開催する予定だそう。


大体いつも5、6人くらいの人数で、
遠足気分を楽しみつつ、写真を教えてくれたり教え合ったり、
なんだか部活感覚な撮影会です。
mocoちゃんは、「写真は構図が大事」とアドバイスしながら自身も撮影しています。




「葉っぱが赤づいてる。綺麗だね。こんなに赤づいたの見たことない」


「この通り、パリっぽくない??」


そんな会話から純子さんの一枚が生まれた。
「私、これが今日の一枚に決定しました!」
その一枚をみんなに見せると、
「わあ!綺麗!」と歓声が上がりました。

これが純子さんの今日の一枚。

純子さん「ふっつうの景色なんですが、
なんだかこの先には
道が
夢が
続く
みたいな。。。
勝手な妄想をしてしまいました」とのこと。


さらに○家さんも、遊歩道を切り取ります。

「秋へと続く路」。


mocoちゃんは遊歩道の手すりをパチリ。

川越というか日本じゃないみたい!?


普段、人気がなくて寂しい雰囲気の伊佐沼の遊歩道、

みなさんの手にかかって、なんだか素敵なストリートに見えてきました。


「伊佐沼にこんなところがあったなんて!」
「この写真、北海道だよね?」

「まだまだ自分の一枚決まらないなあ」

「ここの蓮が枯れた感じもいいね。なんだかアフリカみたい!」
楽しくワイワイしながらの撮影、遊歩道を歩きながらも

「伊佐沼の大自然」のシャッターチャンスを逃さないみなさん。


さらにmocoちゃんが撮ります。


akiさんの視点だとこうなる。



蓮が咲いていた場所で面白い光景がありました。

アフリカみたい、と枯れた蓮を語ったmocoちゃん、蓮に近づいていきます。

その様子を上から見守り、撮るakiさん。


mocoちゃんのカメラが写し出していたのは・・・


そして、akiさんのカメラが捉えたのは・・・


みなさん素敵な写真ばかりです。

伊佐沼ってこんなだったっけと再発見の連続です。

写真もそうだけど、

みんなが話してる内容が面白かった。

そこに目が止まるんだ、そこを撮るんだ、そういう言葉で例えるんだ、と

自由な感性で伊佐沼の素敵を見つけてくれていました。

おそらく、伊佐沼で過去初めて撮られた写真ばかりだったと思います。



ジャスミンさんが、mocoちゃんの耳元に注目。

そこには、この前の撮影会で青い鳥で購入した青いピアスが光っていました。


まん丸として地球がモチーフのピアス。宇宙キャラのmocoちゃんにまさにぴったり。

ジャスミンさんの一枚がこちら。

伊佐沼の遊歩道の魅力を改めて感じてもらえたでしょうか。
そこにあるものが大事、そして、なにより

そこに向かう感性が大事、と教えられた撮影です。


「さあ、公園に行きますよー!」


芝生の広場に移動してからは、自然溢れる林や子どもたちを被写体にして、

さらにみなさんの写真の素敵が全開となりました。


純子さんの一枚。


ジャスミンさんが木にそっと近づきます。


○家さんは、芝生の上に佇みお母さんのカメラを見つめた○太君を、

そして、一枚の葉っぱを。



akiさんは、それぞれの親子を、大事に。



そして、今日の一枚として、

「小人の通り道」
”こんなところに大自然”
石の造形物の穴から覗いたら、こんな世界が。


mocoちゃんは、黒の世界から、世界に一つだけの笑顔を。



そして、今日の一枚として、
「アムステルダムの公園で出会ったボク」。


こうして、伊佐沼を撮りつくした「伊佐沼で空と海?の撮影会~@川越」は

無事に終了したのでした。。。



撮影会が終わった後は、遠足のもう一つのお楽しみ、ランチ会へ。

伊佐沼近くにある農家カフェ「ましゅましゅ」さんへ移動し、食事を楽しみました。

・・・と、ここでもやはり、撮影会が始まり(笑)






akiさんの一枚。角煮が美味しそうです。


mocoちゃんの一枚。

ましゅましゅさんの野菜は特に美味しいです。


この遠足は、ずっと柔らかい空気に包まれていて、

この時間が終わらなければいいのに、という幸せな雰囲気が続きました。

偶然の縁で集まったみんな。

でも何か意味があって集められたような、

そんな不思議な感覚をずっと感じていた。


同じような感覚は他のみんなも感じていたようで、

ジャスミンさんが偶然にも不思議なものと出会った話しを聞かせてくました。


「私にとっての1枚は、
蒲の穂の写真にしました。
『因幡の白兎』のお話に出てくるあの植物です。
もう何年も見ていなかった蒲の穂。
こんなに身近な場所にあったなんて。


あのなんとも言えないやわらかい穂の手触り、
母が花器に生けていた姿、
それが飾られていた清々しい玄関...
など、子どもの頃の郷愁を感じました。


迎えに来てくれた○家ちゃんの車で伊佐沼に向かう途中、
母が最期を過ごした病院のそばを通り。
病室の窓から眺めていた田園風景にまた出会うという
このタイミング。


そして、ましゅましゅさんの本棚から
○太くんが取って手渡してくれた絵本
『せかいのはてってどこですか?』の中で、
もう一度出会うとは!


○太くんが遠足に参加してくれなかったら、
あの絵本の中に蒲の穂の絵が出てくるなんて、
思い出すこともなかったわ。
○太くん、ありがとう!

蒲の穂も、この絵本も、どちらもとっても久しぶりに目にしました。


絵本は、井戸の中で幸せに暮らしていた1匹の蛙が、
『まだはねる力のあるうちに
せかいのはてを見ておいた方がいい』

と井戸の外へ飛び出して.....というお話。


akiちゃんの「小人の通り道」の写真が、
世界へ飛び出す蛙の井戸の出口にも見えてきました。

なんだか写真の蒲の穂がロケット花火に見えてきたぞ。
よし、この写真のタイトルは、
「せかいのはてまで行ってみよう!....始まりはここ”川越


おまけの写真は、ましゅましゅさんの庭で出会った蛙です。
いろんなことが私の中でひとつにつながりました」



最後に、

今回の遠足撮影会が終わってmocoちゃんが振り返ります。


「今日は本当に、ご参加ありがとうございました!

まさかの、まさか!がいっぱいあった今日一日でしたが
曇り空にもかかわらず、こんなに楽しくて、幸せな遠足になるとは・・・

正直、SHINさん遊びに来てくれるだけでも私としてはテンションがかなり高かったのですが、
終わってみて感じるのは、
私は写真を撮るのが好きで、遠足が好きで、自然が好きで、楽しいのが好きで・・・
あ、あと、美味しいご飯も好き。
今日のメンバーがまたまた素敵で素晴らしく、楽しさも、幸せも何倍にもなりました。


今まで何度か、開催している遠足は、実は毎回が試行錯誤の連続で
いつも内心はあたふた、あたふたしているのですが
それでも、今日は、今まで最高!!!と言えるぐらい
とっても心に残る遠足になりました。


おもえば、私は川越に来るたびにSHINさんのブログを
何度も何度何度も読んでいて
いつも沢山の情報を教えていただいて(ましゅましゅさんもそう)
そんな大好きな川越の憧れ&大尊敬しているブログに、
宇宙からのプレゼントとしか思えない出会いにより
こうして取材してもらえる・・・
これは、相当スゴイ夢が叶ったと言えます!!!


それも、参加をしてくれた、
○家ちゃん、akiちゃん、じゅんこちゃん、ジャスミンさん、○太くん、Kちゃんが
いてくれたおかげです。
本当にありがとう!

これからも撮影遠足、ぜひ進化しながら続けて行きたいなーと思います。
今日を超える遠足は、なかなかないかもしれないけど
また、機会があれば一緒に撮影遠足しましょう♪
感謝&感激&感動!!!まじめもこより!\(^o^)/」


こちらこそ、楽しい遠足をありがとうございました。

みなさんの穏やかな雰囲気に癒され、とてもとても楽しかったです。


今確かに言えることは、川越の伊佐沼は・・・単なる灌漑用水池ではなく、

アムステルダムでした。


そうそう、ましゅましゅさんで食事している時に、

以前青い鳥さんで個人的にとんぼ玉を作ったことがあって、

その時の物があったのです。

それをmocoちゃんに手渡して、

「何かこれで一枚撮って!」とつい無茶ぶりしてしまいました。

そうしたら、とんぼ玉をあちこちに置いたりして構図を考え、

素敵な一枚になるよう本気で悩んでくれたんです。


「ここだと・・・う~ん、違う。こうすればいいかも?美味しそうに見えるね!」


個人的には、この遠足で最高の一枚だと思いました。

mocoちゃん作

「川越sweets おひとついかが?」



mocoちゃん、また川越を撮りに来てね♪

最後に奇跡の一枚。

mocoちゃんのリュックのファスナーが開いて、可愛いコビトが顔をちょこんで出していました。



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「糸っていう曲をご存知ですか??」

そう言うと、

奥野さんはそっとCDを流し始めました。

中島みゆき作詞作曲、BANK BANDが歌うその曲は、

私のテーマソングなんです、大好きな曲だと言います。

」(You tubeより)


日々糸を織る仕事だからこそ、心に染み入る歌詞だと話します。


『なぜ めぐり逢うのかを

私たちは なにもしらない

いつめぐり逢うのかも

私たちは いつも知らない』


アトリエに響く桜井さんの歌声を背景にして、

奥野さんの糸の話しを伺いました。。。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

目の前にパッと水面が広がりました。



水の表面を撫でた風は、水紋を作り、涼を含んで抜けていく。
真夏でも水辺の涼しさがありました。
川越の伊佐沼。
もともと灌漑用の溜め池として入間川を水源として作られたもので、広さは24ha。
川越の米作りに大事な沼。
伊佐沼が心臓なら、ここから伸びる九十川などの小さな川が毛細血管。
毛細血管で運ばれた水が周辺の土地に注がれ、たっぷりと溜められて稲を育てています。

伊佐沼は冬期は北側3分の1が干潟として露出することから

シギ、チドリ、ガンなどの生息地として貴重な沼となってきました。
外周路に植えられた桜は、川越の桜名所の一つ。

隔年の花火大会も定番ですね♪

車を止めて伊佐沼公園に来ると、川越の避暑地として親しまれている場所だけあって、
土日ともなると公園の遊具にBBQにと、賑やかな雰囲気に包まれます。

特に園内を流れる水路は、

夏は子供たちの格好の水遊びの場。

よく見ると、水路はぐるっと円形に流れています。

それは、川越の街を円を描くように流れる入間川、新河岸川のような形に見えてくる。

そんな思いを巡らせながら見つめるのも楽しい。

林の間を歩いていく。

地面に広がる葉の影を踏みながら浴びる蝉時雨、沼からの風、子どもたちの声。

木々の間に芝生が見えた、懐かしい。。。
ついこの前でしたが、ここで「ふれあい福祉まつり 」が開催されたのを思い出しました。
あの時の喧騒とはうってかわっての静寂。

さらに奥に進むと、左手に木々の隙間から建物がうっすら見えます。
まるで森の一部となっているように溶け込んでいるそれは、
もっと近づいて見てみたくなる不思議な力を発していました。
足が建物にどんどん向かっていきます。


建物の全部が目の前にはっきりと現れました。
工場・・・??とは違う雰囲気だということはすぐに分かりました。

木々を抜け、森の日影から明るい場所へ。太陽光が降り注ぎます。

建物の前には石の彫刻がいくつも置かれていました。



ここが「伊佐沼工房」です。

石彫や織物の作家さんが集まるアトリエとして、2010年にできてから4年になります。
工房を構える作家は、

奥野誠さん、奥野セツ子、岩間弘さん、平井一嘉さん、田中毅さんの5人。


それぞれが朝から夕方まで制作に没頭する現場であり、

作品を常設展示しているギャラリーも併設しています。



(ギャラリーにある奥野さんの織物)

一つの建物の中に5人もアトリエを構えているのは川越でも珍しい。

伊佐沼公園内というロケーションは最高です。

それまでは各人自分のアトリエを構えていたそうですが、

5人とも今の拠点は伊佐沼工房になっています。

川越だけでなく全国各地で展覧会を開くような作家さんが集まっている伊佐沼工房。

マイペースに、そしてお互いに切磋琢磨しながら日々制作している工房です。


5人の工房の一つ、

織物作家の奥野セツ子さんのアトリエの入り口には

自身で織った麻の暖簾がかかっていました。

よく見ると、三色の糸で織られた生地。

一つは梅から、一つは桜の落ち葉から、一つはスオウから染料をとり、

糸を染めて織った生地でした。
その先にあるのが、奥野さんが日々制作する部屋。
ここにアトリエを構えて1年半になります。

奥野さんは、糸を自分で染めて機織機にかけて織り、生地を作っています。

アトリエに置かれた機織機はすでに12、3年は使っているもので、

自分の織りにはなくてはならないもの。

年によって変わりますが、ストールにベスト、小物類など

生活に馴染む自然なものを日々織っています。



草木染めに使っている植物は
川越近辺の畑で育てられた薔薇、椿、ビワ、月桂冠、緑茶、梅などを使っているそう。
工房のすぐ目の前に生い茂るツツジを分けてもらって染めたりもするそう。
以前は藍も自分で育てていました。

草木染、例えば薔薇だと、

まず茎、枝を煮て染料を作り、

その中に生成りの白い糸を入れて色を付けます。


染料によって頻度は変わりますが、

一度では色は定着しづらいものは、

漬けては一週間乾かし、漬けては乾かしを繰り返して

退色しない堅牢な色にします。


染めた後に、色止めや発色のために媒染(ばいせん)するのですが、

鉄媒染、ミョウバン媒染、他には銅媒染、錫媒染があって、

この媒染の仕方によっても、同じ薔薇でも色の変化が生まれる。


「ミョウバンだと明るい色になったりします」



茜、カテキュー(漢方にも使われる植物)、エンジュ(マメ科の植物)など、

梅は、小枝でとった染料でミョウバン媒染によって

梅の明るい色になっていました。


緑茶で染めたものは、緑になるかと思いきや・・

鉄媒染でグレーになっていました。

媒染によって一つの植物がいろんな色に変化します。


タマネギの皮で染めたものは、タマネギのような色でした(*^.^*)

同じ植物でも、全てが毎回同じ色になるとは限りません。
大体は似たような色になっても、
植物が育った土壌や天候によって微妙に変わるので、

「染めてみるまでは分かりません」と言います。


そして、「その年の色があるんです」という言葉には、

ずっと草木染めを手掛けるからこそ、植物に対する感性であると思いました。

自然相手にした、糸の染め。

自分の色を求めて、根気強く染めを繰り返します。


絹に綿に麻、

化学繊維は使わず自然素材を使うなかでも、
糸は絹を使うことが多いそう。
絹はUV、抗菌作用があるので特に着るものには使っている。


「絹は動物性たんぱく質なので染料が染まりやすいんですよ」


茨城や京都から取り寄せているそうです。
綿も使いますが、植物性なので下処理が必要。
絹で織られた奥野さんの生地は、肌に近いような肌触りです。


絹。

素材としての絹には、個人的にも特別な思いがあります。

今はもうやっていませんが、

秩父にある父の実家が養蚕農家で、

小さい頃、夏休みや正月に帰ると

蚕が小屋の中に所狭しとひしめいていたのを覚えています。

蚕は一日中桑の葉は食べ続けます。

繭として出荷し、それらは富岡製糸場にも行っていたかもしれません。


小さい頃の絹の記憶。

そして川越の綿の歴史。

糸にまつわる話しは昔から全身に染み込んでいます。


素材の話しはいつまでも楽しい。。。


奥野さんのアトリエで、各地の生地と生活の話しを聞きました。

東北のボロ着物の話し、

生地をつぎあてつぎあてした生地は、

何代にも渡って大事にされてきたもの。

その厚みは「立つ」くらいのものだそう。


佐渡の相川の裂き織りの話し。

次々出る話しに興味は尽きません。。。♪


奥野さんが今、新しい素材として

「今凄く注目しているんです」と話していたのが、和紙。

和紙も山桃や茜、カテキューなどで自分で染めて、裂き織りする。

和紙を裂いて糸のように細くして、

それを機織機にかけて織ります。


織られたコースターは、触ると絹のような触感で、

紙だと思えないくらいです。


さまざまな植物を煮た染料に和紙を入れても避けることなく丈夫で、

色も綺麗に付きやすい。

水と楮とトロロアオイだけで作った純粋な和紙は、本当に丈夫です。


和紙という素材を巡る旅もまた楽しいもの♪

東秩父村にある「和紙の里」や

小川町の「埼玉伝統工芸会館 」で実際に紙漉き体験ができます。


新しい素材にも注目し、挑戦し、可能性を広げている奥野さん。

今では染めも織りも自身でこなしていますが、

もともと最初に織りを始めたのが14、5年前。

織りだけでも時間も手間も掛かるので、

「染めまではできない」と思っていたあの当時。


ある不思議な縁があって自分で染めるようになったんです、と振り返ります。


織るための糸をいろいろと探していた時、

知人からあるお店を紹介してもらい行ってみた。

そこには自分で織りをやっている方がいて、

その方の紹介で、織りや染めを教えている工房があることを知る。


実際に行ってみることにし、そこで言われたのが

「自分で染めれば自分が気にいる色になるわよ」と。

その言葉に自分でやってみようと決意した。
背中を押してくれたその方は、
草木染を復活させた山崎斌(あきら)さんのお孫さんの知り合いという方だった。


それからというもの、奥野さんは
手当たり次第染めてみては、成功と失敗を繰り返し

自分の色を見つけていきました。


「あの時の出会い、言葉がなかったら自分で染めてみようとは思わなかった」

染めを自分でやるところから、周りの世界が急激に変わっていくのを感じた。
藍を育てるための畑を貸してくれる方との運命的な縁があり、
人との出会いは不思議なことばかりだった、と笑顔で話します。

その先に伊佐沼工房のアトリエがあったり、

今こうして話しを聞いていたり。


その生地のように、

まるで人との繋がりを織り込んでいるような

縦の出会いの糸と横の出会いの糸の織り成し。
縦と横が交差し離れ、また交差し離れ、丁寧に織られていって、
いつしか誰かを暖める布になっている。


「絹は生き物」

絹は呼吸しているんだ、と教えてくれました。

確かに絹には生物感がある。
断面が三角なので、光に反射した時の光沢はなにより美しいです。

・・・と、
奥野さんがふと口にしました。


「羽さんって川越にいるんですよね??」


始めは『??』と思ったのですが、
ああ!と、すぐにスタジオ羽65さんのことだと分かりました。
スタジオ羽65といえば、

川越の一番街の少し先、弁天横丁にある長屋にできたギャラリー&アトリエ。
廃屋から改修作業に加わって、完成まで見届けた場所です。

GALLERYなんとうり企画展スタジオ羽65



スタジオ羽65の山本さんは、川越に来る前は東大和にアトリエを構えていて、

東大和にあるギャラリー「傑山(けつざん)」で個展を開いていました。

そして、奥野さんもそこで個展を開いたことがある。。。


そう、二人は同じ場所で個展を開いていたんです。
顔を合わせる機会はありませんでしたが、

「ずっと前から知り合いのような気持ち、

まだ一度も会ったことがないからぜひ会ってみたい」


と奥野さんは話していました。


同じ織物作家として、今川越でも交差する縁に、

不思議なものを感じる。

川越の中に、手作業を大事にして織物をする人同士、

お互いに繋がったら面白くなりそうですね。


奥野さんの縦の糸と山本さんの横の糸が織り成す布が

川越でどんなことができるか、楽しみが増えます♪

この日はいませんでしたが、

普段なら他の作家さん、彫刻の田中さんなどもここで制作をしています。

(みなさんの制作拠点でありますが、それぞれが各地で展覧会などに呼ばれるので、

全員揃うことはあまりないそう)

以前訪れた時の田中さんの制作の様子。



この時は、次の展覧会に向けて作品制作に没頭している時でした。

「揺れる彫刻」として、

いくつもの彫刻を作り、それぞれ揺れる速度が違うという作品群。

速く揺れるものはすぐ止まり、ゆっくり揺れるものはゆっくり止まる、

その違いが楽しかったです。


こうして、5人の作家が集まっている伊佐沼工房。


伊佐沼工房と川越の街との繋がりは深いです。

去年の冬には、夜の一番街の散策を楽しんでもらおうと

Night Window Gallery 」と題して、
通りのお店の窓越しに伊佐沼工房の作家さんの作品が展示されていました。






各お店の夜のWindowに飾られた作品たち。画期的なイベントでした。


そして年一回、小江戸蔵里で開催している伊佐沼工房制作展は、

今年も4月に開催され今回で4回目。
工房にいる5人の作家さんによる展示で、

各地の展示会に出品し飛び回っている方々が、

川越の街中に一堂に介する貴重な展示会です。


田中毅さんの彫刻作品。



奥野セツ子さんの織物作品。


そう、この時に、

念願の田中毅さんとも初の対面を果たしたのでした。

展示会に来ていた実際の田中さんは、

とつとつと話す方で穏やかな方でした。
奔放な感じもあって自由な発想で生み出される作品たちは、まさに人柄を表しているようです。
見ているだけで、気持ちが柔らかくなる彫刻たち。
本人の言葉では
「一見するとなんなのかすぐに分からないものを作りたい」そうです。
簡単なものでも数日、時間がかかる作品は一ヶ月は掛かると話していました。


田中さんといえば、川越の人なら一度はその作品を目にしているはず。

一番街の各所の足元に、そっと彫刻が置かれています。





お話しを聞いて、10年前に一番街に寄贈された彫刻であることが分かりました。

そんな前からあったんですね。。。

足元からひっそりと確かに今でも人を見上げています。


この蔵里の制作展をきっかけにして、

伊佐沼工房と川越の繋がりを、深く探ろうと田中さんの話を掘り進めたのがこの前のことでした。


伊佐沼工房の設立の時から

田中さんはここを拠点にしていますが、

もともと川越との繋がりでいうともう37年になります。


東京芸術大学大学院を出た田中さんは、
今から37年前の1977年、学校を出てすぐに川越にやってきました。

当時、彫刻で街を賑やかにしよう、と

川越青年会議所がまちづくりのシンポジウムを川越駅西口で主催した。
シンポジウムに合わせて田中さんは川越に招待されました。

主催者の方は彫刻に理解のある方で、
田中さんは街中に彫刻を設置するため

5ヶ月間川越駅西口で寝泊まりしながら制作していました。
なんと、簡易に作ったプレハブ小屋で寝起きし、制作に没頭していたんだそう。
西口駅前の広場、今の遊歩道の前にあった噴水時代の広場のことです。

当時制作を手伝ってくれたのが、
現在の市役所前にある太田道灌像を作った方だった。
5ヶ月の間に作ったのは、全部で6体。
作った彫刻は川越市内の各地に置かれ、

西口駅前にもかつて噴水の周りに2体置かれていました。
(覚えていますか??(*^^*))

その時作った彫刻6体のうち4体は、今は伊佐沼工房に置いてあるそうですが、
今でも当時のままに置かれている場所が2ヵ所あります。

それが、川越市駅前の川越スケートセンターの入口にある彫刻と

菓子屋横丁近くにある養寿院の庭にある彫刻。


川越スケートセンターに行くと、

広場の真ん中に少女像が置かれていました。


これが37年前にに田中さんがプレハブ小屋で寝泊まりして作った彫刻でした。
だいぶ年季が入っていますが、今でも現役で展示されています。


もう一つは菓子屋横丁の近くにある養寿院の庭。
山門前の立派な銀杏の木を通り過ぎ、お参りを済ませて庭を見回すと・・・
これですね!


二つとももちろん健在で、
田中さんが石に没頭した日々の証が今も残ります。

あの5ヶ月間を田中さんは振り返ります。


「寝泊まりしながら制作する彫刻シンポジウムは、日本では1ヶ月くらいが一般的。
5ヶ月もよくやったなと思います(笑)」


巨大な石と向かい合った5ヶ月間。
川越駅西口での熱い青春です。
たまたまやって来たという縁から川越を拠点に活動を続け37年になります。



この彫刻が川越に在り続けて37年。

一番街の各所に作品が置かれ、

イベントにも使われ、

川越の街になくてはならない伊佐沼工房の作品と作家さんです。


そして、伊佐沼工房といえば、外せない話しが

工房のすぐ横に広がる問屋町。

古くからの卸問屋が軒を連ねている地域です。



40年ほど前に、川越の観光名所菓子屋横丁の卸の機能を

この地に移した経緯があるそう。


問屋町の面々が集まった「バンテアン」という組合と、

川越商工会議所のメンバーが手を組み、
伊佐沼公園の土地を川越市から借りて新しく作ったのが、伊佐沼工房です。


それが今から3年前のことで、
いろんな場所を探している中、
ここなら!と決めたのが伊佐沼公園内の一角でした。
公園内に工房を作ることで人に来てもらい、
問屋町の歴史も知ってもらいたい、

そんな想いも込められていたかもしれません。


川越の伊佐沼工房、ぜひ注目してください。


毎年5月頃、ここの工房で行われる工房展では、
石彫体験も用意しています。

30cm立法の石を削って好きな形を作り上げる。

教えてくれるのは、伊佐沼工房の彫刻作家さんです。

毎年開催している石彫教室は今回で4回目で、

たくさんの参加者があったそうです。

来年の春頃の工房展でも開催する予定です。



アトリエから出て、奥野さんと伊佐沼公園の森を見上げました。

「夕方になると、公園内を散歩する方が増えるんですよ」

確かに、親子で、犬を連れて、歩いている方が通り過ぎていきます。


そして、


「どの木が揺れたかで風向きが分かるんです」


と見上げた木を指差しました。

この森とずっと接しているから分かる風でした。


これからも、この森で糸を織り続ける。


『縦の糸はあなた 横の糸はわたし

織りなす布は いつか誰かを

暖めうるかもしれない』


大事に、一織り、一織り。




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2014年5月18日(日)に伊佐沼公園で開催されたのが、

「第24回ふれあい福祉まつり」です。

毎年開催されて、今年で24回目となりました。


今年のキャッチフレーズは、

ふれあえば みんなの心に 花が咲くと題して、

伊佐沼公園を目一杯使い

交流コーナー、模擬店コーナー、福祉コーナー、ステージコーナーなど

各所にブースが設けられて

たくさんの方が訪れて賑わいました。


昨年は33000人の来場者があり、

今年は天候に恵まれたので、それ以上の来場者があったと思います。



このお祭りを毎年楽しみにしている方から、

毎年のように参加している団体も多く、

川越で定着している福祉のお祭りです。

(車よりもバスをお勧めします)


今年の参加団体は70以上。

福祉を切り口として、川越市内の団体が一堂に集まる年に一度のお祭りです。


川越いもの子作業所

川越親愛センター

にじの家

NPO法人あゆみ あゆみ工房

ひかり児童園

くまのベイカーズ

川越手をつなぐ育成会

デイケアくすの樹

川越市聴覚障害者協会

川越市視力障害福祉協会

川越在宅障害者問題研究会たんぽぽ

地域活動支援センターみなみ

NPO法人くるみの木

南古谷大樹作業所

ことぶき生活支援センター保護者会

NPO法人ほうき星保護者会

などなど。



模擬店に出品しているのは、普段作業所などで作っているものから、

お祭りらしいこの日だけの模擬店までさまざま。


いもの子作業所は、お馴染みの小江戸うどんを移動販売車で販売し、

焼きそば、焼き鳥などを販売していました。

オリオンはお菓子に野菜、

にじの家は豚汁とおはぎ、作業班作品の販売、

川越親愛センターは野菜、ジャム、クッキー、自主製品の販売、

などがありました。


食べ物の出店以外にも、

川越市視力障害福祉協会による盲人将棋、オセロや、

コープみらい福祉情報センター川越による脳トレゲーム、

川越市手輪の会のミニ手話講習会、

アンセイの義肢装具、車椅子等の無料点検といった体験ブースもずらりと並んでいます。







川越には障がい者施設は40くらいあって、

障がいの程度によってそれぞれ分かれ、日々作業所で仕事をしています。


ことぶき生活支援センターは、

保護者の方が集まって野菜や花、袋など作業所で作られたものを販売していました。


寿町にある施設で、知的障がいの方が13人くらい通っています。
紙袋を組み立てる仕事を毎日行っていて、

組み立て、折り目をつけ、取っ手をつけるという工程は、

丁寧な仕事が求められます。
真面目な仕事ぶりから、もう15年間も依頼してくれている会社もあり、
信頼関係が続いています。



今日は作業所の職員さんは一人もおらず、
保護者だけでブースを運営していました。
入所している子どもたちもたくさん来ていて、

こういう場が社会体験であり、レクリエーションにもなっている、と

親御さんが話していました。


今度ぜひ、ことぶき生活支援センターの様子を

実際に見させてもらいたいと思います。


広場に、林に、伊佐沼公園全体が出店ブースで埋め尽くされています。

そして食べ物に手作り品に、買い求める方が大勢行き交います♪



ひかり児童園のブースでは、

子ども向け衣料品、玩具等の販売を保護者の方が行っていました。

宮下町にあるひかり児童園は、氷川神社のすぐ近くにあります。

身体的な障がいを抱えている未就学児が通っている施設です。
園では、視覚、聴覚、知的、障がいの差に関係なく受け入れ、
中には人工呼吸器つけている子もいるそう。
常時通っているのは20人ほどです。


「ここでの収益は、ひかり児童園の運営の大事な活動資金になります」

と話す親御さん。

呼び込みの声にも力が入ります。


ひかり児童園のように、

週5日通える場所は非常に少なく、とても貴重な場所として、

他の市からわざわざ川越に引っ越してくる方もいるくらいだそう。


ひかり児童園は行政の単独事業ですが、

これからも残していって欲しいと

親御さんが積極的に催しに参加しています。



NPO法人あゆみが運営するあゆみ工房は、

知的障がいのある方が通う作業所。

石田本郷、吉野中学校の前にあります。
20人くらいの入所者がいるそう。

この日は、入所者を含め親御さんが

たこ焼きや飲み物の販売を行っていました。




「ふれあい福祉まつりには昔から参加しています。

入所者の方の社会参加という意味で、

施設以外で人と触れ合う場となっていて、とても大事なお祭りだと思います」

と話す、あゆみ工房の職員さん。

そして、声を張り上げて呼び込みしている入所者の方の姿がありました。


施設では毎日、日中におやきお饅頭、クッキーを作ったり、

内職の仕事をしているそう。

作ったお菓子はあゆみ工房の作業所や

川越市総合保健センターで出張販売することもあります。


あゆみ工房の隣に出店していたのが、にじの家です。



古谷本郷にある作業所で、自閉障の方が50人ほど通うところだそう。
川越で22年になる作業所で、ハタチから40代までの大人が通っています。
ふれあい福祉まつりにも毎年参加。


施設では仕事として毎日陶芸を行っていて、

陶芸の工程を、こね、色付け、焼き、と

それぞれができることを分担して作り上げています。



そして、施設や作業所の出店だけでなく、

障がいを持つ子の親御さんが集まって出店しているのも、

このお祭りの特色だと思います。


アルエットは、障がいを持つ子のお母さんが集まった団体。

無農薬野菜やパンの販売、手芸品の販売をしていました。


子どもたちが川越市内各作業所、

例えばオリオンやいもの子作業所などで働いています。


作業所に進む時は、

障がいの程度で進む場所が変わったりしますが、

子どもが働く作業所が違ってもお母さん同士は仲良し。


「それまで支援学校が同じで、ずっと付き合いのあるお母さんばかり。

作業所が変わっても関係はずっと続いているんですよ」

とのことです。

その繋がりは強く、一緒に旅行に行ったり、

こういう出店まで行ってしまう繋がりです。




狭山茶などを販売していたのは、
川越手をつなぐ育成会。

知的障がいの子どもを持つ親御さんが集まって出店していました。

育成会には160人くらいの親御さんがいるそうで、

このイベントには、最初から毎年参加しています。


こういうお祭りは大切なものですか??

「大切です。ここでの売り上げが活動の資金になります。
他に頼れないので自分たちで資金を作るよう出店しています。

そして障がいのある人を
地域の方に知ってもらう機会としても、大事なイベントだと思います」

と話していました。

その子どもたちは、

すばるの会のブースで元気にフランクフルトの販売をしていました。


ひかり児童園などの施設から、

川島町にある障がいのある子が通うひばりヶ丘小学校から高校に進んだり、

支援学校・支援学級に進んだりして、
卒業後にあゆみ工房やにじの家、ことぶき生活支援センターなど

各地の作業所に入っていく。

川越にある福祉の流れが見えてきます。





(このお祭りも、

たくさんのボランティアの方に支えられているのが伝わります)




ステージでは、時間ごとにパフォーマンスが行われています。

高階中学校の生徒さんによるよさこい♪




川越失語症友の会というのは、
あいうえおがはっきり話せない人、
言葉が出るけどはっきり話せない人が集まっている30人くらいの団体で、

川越で唯一の失語症の方の団体です。

川越で20年になるそう。

この日は、食べ物からビールまで

みなさんで賑やかなブースを運営。


普段、発声の練習をしているのは、

小仙波町にある川越市総合福祉センター「オアシス」で、

毎週行っているそうです。


話しを伺った方は、40代の時に事故に遭い、

体の右半身に麻痺が残るほどの重症で一時期寝たきり生活になるほどでした。
あいうえおが全く話せなくなって、

言葉を発すること自体できなくなっていった。


川越失語症友の会を知り、

オアシスでの練習に毎週のように5年間通い、

少しずつ話せるようになりました。

練習を重ねて今では普通に会話をできるまでに回復、

今でも練習に通われているそうです。



広場のぐるっと歩いて、きつつきの会のブースに来ました。

きつつきの会は、点訳活動をしているボランティア団体です。

文字を点字に訳するから点訳、
月に二回、川越駅西口にある南公民館やオアシスを借りて活動しています。


目の不自由な方や盲学校の方から

「この本を点字にしてください」と依頼されたり、要望は多いと言います。


昔は一文字ずつ手作業で点訳していたそうですが、
今はパソコンで点訳したものを

専用の印刷機でプリントアウトする形なんだそう。
それでも一文字ずつ打つことに変わりないので、

一冊の本を点訳するのは相当な時間がかかる作業。
プリントしたものを製本して渡しています。


依頼される以外にも、

「この本はぜひ読んでもらいたい」というものを点訳して、

目の不自由な方に勧めることもあるそう。
20人以上のメンバーがいて、
川越で活動を始めて25年、
きつつきの会も福祉まつりには初期から参加しています。


「目の不自由な方にとって、昔は点訳してくれるところがなかった。

それをお手伝いしたいと思ったのが参加したきっかけです」

と話す会の方。もともと点字は、
川越市主催の点訳教室が開催されることを川越市の広報で知り、
興味持って参加したことが始まりだったそう。
以来、ずっとこの活動に参加しているそうです。




テントで実際に点訳体験ができるというので、参加してみました。
すでに熱心に参加している子どもたちや、

興味持ってブースにやってくる大人まで、椅子が埋まっています。

「このマスの中に一つずつ点を打っていくんです」



一つのマスに一文字打つ。

真っ白い用紙に点を打つペンを渡され、
見本を見ながら試しに「あいうえお」を打ってみます。
用紙に点として山ができるように、用紙の裏側から打ってひっくり返す形になります。


あいうえおを文字で書くのはすぐだけど、点字で書くのは時間かかります。


右から「あいうえお」です。

点字にはある程度規則性があることも分かりました。
あいうえおをベースにして、

青い部分を重ねると、さしすせそになります。


「さしすせそ」。


覚えると打つのも早くなりますが、

それも一文字ずつ打つのは大変です。

初めて点訳体験をしましたが、苦労がよく分かりました。。。






伊佐沼公園を埋め尽くすほどの出店に圧倒されました。

規模もそうですが、それ以上に

川越にこれだけの施設、作業所があることに驚きます。

川越は多い方ではありますが、

それでも運営はどこも大変。

ぎりぎりの職員の数、保護者の方のサポートで成り立ち、

地域の理解なくしては続かないと感じます。


もっともっと

いろんな施設、団体の方の話しを伺いたかったです。。。



ここで、

ふれあい福祉まつり実行委員長の村上さんに話しを伺います。


ふれあい福祉まつりというい名称では24回目となるお祭り。
以前のしあわせ広場という名前で開催したのが10回なので、
合わせて34年続いている、川越を代表する福祉まつりです。

「川越だけでなく、日本の福祉の転機となったのが、昭和56年でした。
この年は全世界で国際障害者年として定められ、

各地で福祉の催しが開催されて時代が変わる節目の年でした。

川越でも記念事業として障がい者のお祭りをと企画したのが、

しあわせ広場でした」

それを10回続け、


「さらにお祭りを充実させていこう」と話し合い、
ふれあい福祉まつりと名称を変えて

毎年5月に開催を続けて24回となるお祭りです。

このお祭りに関わる方は

川越の福祉を根本から支えている皆さん。
皆さんの活動があって、

今障がいある方ともに過ごす川越があるのだと感じます。

実行委員長の村上さんは、
以前川越市の職員で障害福祉に長い間携わってこられた方。

村上さんは昭和56年の国際障害者年に

伊佐沼公園でしあわせ広場を開催すると同時期に、

盲人街頭ヘルパーを始め、
川越市手輪の会という団体の立ち上げにも関わっています。


「耳が不自由な方もそうでない方も、

一緒に活動していきましょう、と手話の字を

輪っかの輪にしているんです」

それで川越市手輪の会。
村上さんはとてもパワフルな女性で、

川越の福祉の歴史を変えた中心的な存在です。

行政を退職した後、

自身の土地と建物を提供して作ったのが冒頭の方に紹介した作業所、

ことぶき生活支援センターです。


「川越には県立、市立の養護学校があって卒業生がたくさんいる。

その人たちの受け皿となる働ける作業所が必要だ」と、
いろんな方面に掛け合ったが実現せず、

それなら、と自身の土地と建物を提供して平成8年に作ったのが

ことぶき生活支援センターでした。

そして、その施設長も20年務めていた。

村上さんは在職時、あけぼの児童園の園長もしていた時期もあって、


「当時あけぼのに通っていた子が、

今ことぶき生活支援センターに来て働いている人も何人もいるんですよ」

と話していました。
学校を作るだけでなく、そこを出た後に働き口をどう作るか、
子どもから大人までの一貫した体制を整えることが重要と語ります。




「私はこのお祭りが本当に好き。福祉もお祭りも大好きです。
障がいある方もそうでない方も、行政や施設だけに頼るのでなく、

地域で支えあって生きていける社会になればいいなと思うんです」
地域で福祉をする、
こういうお祭りを通して、地域の方に理解してもらえたら嬉しい、と話していました。

34回お祭りを続けてきて、街の意識は変わりましたか?

「それはもう目に見えて変わりました。

今、障がいを持つ方がこんなに堂々としていることが、昔からすると雲泥の差です。
国際障害者年の前までは、

目の不自由な方や車椅子の方を街の中で見かけることはほとんどなかったんですよ」


それが今堂々と表に出て、こういうお祭りにも参加している。









一昔前なら、人目を避け家から出ず(出さず)、学校にも通わせず、

地域から隔絶されていたのが障がい者という存在だった。

その時代から現場を見ている村上さん。


今、伊佐沼公園を見渡すと、本当に隔世の感があります。


手輪の会にいる耳の不自由な方は、

自分たちが率先して運営に関わり、

旅行行く時も計画をどんどん進めていってくれる。


「障がい者を別人と思わなくなっているんです」

と村上さん。助け、助けられ、対等な関係だ、と。


この日、伊佐沼公園には地域の方がたくさん来て、
障がいある方もたくさんいて、

お互いの境界線など存在しない自然な風景が広がっていました。


「私は、障がいを持つ方々から学ばせてもらっているんです。

いろんな苦労を経験しても、

障がいを持って懸命に生きている方の姿を見ると

もっと頑張らないと、と思い知らされる」


お互いに学びがある。川越で意義のあるお祭りだと思います。


ふれあい福祉まつりの歌があって、

この日も合唱していました。

作詞したのが村上さんです。


木々の緑に囲まれて

みんなで集う

ふれあい福祉まつり

また会えて また会えて

幸せ願う 幸せ願う

やさしい やさしい

なかま なかま


障害あっても 負けないで

みんなでつくる

ふれあい福祉まつり

とわの友 とわの友

あなたとわたし あなたとわたし

ともに ともに

生きよ 生きよ


五月の風に 誘われて

みんなが集う

ふれあい福祉まつり

助け合い 助け合い

手をとりあって 手をとりあって

歩いて 歩いて

行こう 行こう



ふれあい福祉まつり、

これからも毎年5月に伊佐沼で開催が続いていきます。。。♪






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