「川越style」

webマガジン川越styleは、「小江戸川越」のお店や人、イベント、行事、風景、文化、川越の熱い動きを伝える川越で最も有名な情報サイトです。丁寧な取材に基づく記事、川越の一大叙事詩、川越を深く伝え尽くす。過去記事もぜひどうぞ。

新年、今年も天気に恵まれた元旦は、川越の神社仏閣には初詣客が押し寄せていた。

元旦は落ち着いて過ごすもの、、、という生活スタイルの人もいるでしょうが、

一方で元旦から忙しい人たちもいて、賑やかな催しがあちこちで行われるのも川越らしいところ。

川越の音であるお囃子は、年が明けると共に地域の囃子連が氏神様などで奏で始め、

陽が昇り、明るくなると毎年恒例となっている門付(かどづけ)が各地の町内で始まっていく。

元旦の催しである門付は、以前と比べると実施する町内が増えて、

川越の元旦の風物詩として定着してきた感があります。

お囃子の音色で一年が始まるというのも川越らしいですね。

門付はその名の通り、家々、店々の玄関まで囃子連が付けて新年の祝いの演奏して回るもの。

地域の囃子連が地域を回るという町内行事ですが、そんな狭いことに捉われずに、

初詣の行き帰りに門付に遭遇すれば、演奏がひと段落した後に獅子に頭を噛んでもらったり、大黒様と記念写真を撮ったり、そのご利益に誰もがあやかることができるものでもある。

ただ、門付は一ヵ所に留まることなく移動し続けているので、遭遇するだけでかなりのラッキーと言えるかも。

とても縁起物なので、ぜひ会いたいと思ったら、遠くからでも音色がかすかに聴こえてくるので、

音に導かれて探してみるのもいい。必ず見つかります。演奏している囃子連の面々は、もちろん、川越まつりの山車の上で演奏している面々でもあります。

川越まつりの囃子連の演奏を間近で聴くことができるという点で貴重。

川越のお囃子は、川越まつりの時にだけ演奏するのではなく、一年通して活動している。

川越の伝統行事は郊外に残り続いているものが多いですが、

こと門付は、中心部の市街地で活発に行われていることが興味深い。

 

川越の連雀町にある熊野神社。毎年初詣客でごった返す境内では、

雀會囃子連が準備を整え、いざ、門付に出発していきます。

元旦から行事が普通にある雀會。つい二ヶ月半前、

2016年10月の川越まつりが終わっても雀會囃子連の活動は目白押しで、

毎週の稽古に、毎月の熊野神社縁日に、12月の酉の市と、お囃子の音色を川越に響かせている。

 

(2016年10月川越まつり)

雀會が門付で回るのは、町内や近隣で普段お世話になっている家々やお店といった場所。

特に連雀町は昔から続く個人商店が多い町内なので、門付はお店に向かうことが多いのが特長です。ということで、意外にも連雀町のお店の紹介にもなってしまう門付です。

元旦から営業しているというのが凄いですが、

連雀町は熊野神社、蓮馨寺といった、川越の中でも初詣客が多い神社仏閣がある町内だけあって、

初詣客相手に元旦から営業しているお店が多く、また、元旦に門付を迎え入れて一年を良い年にしたいという願うお店が多いのもある。

お店にとっては、店先までお囃子が来て演奏してくれるというのはとんでもないスペシャル体験と受け止めて、事前に門付がやって来る時間をSNSなどで発信し、お客さんと共に雀會を迎えようとする、そんな光景も新しいお店の門付スタイルになりつつあります。

昨年も新しいお店が、うちにぜひ来て欲しいとリクエストして、今年もさらにいくつか増えていました。

熊野神社を出た雀會は住宅街の道に入り込み、囃子を響かせる。

迎える方は玄関先で演奏を聞き、終わると

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と挨拶。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と応え、

こうして地域の一軒一軒を回っていくのが恒例です。

 

 

舞い手はどこでも同じ順番で獅子、大黒様、もどき、獅子が舞っていきます。
晴れているといってもこの寒さだと、舞いの微妙な手の動きなど手がかじかんで大変そう。。。必死に一回一回の舞いを魅せていく。

また人通りが多いところにやって来ると、

獅子や大黒様などの一行を目にした通りすがりの人たちが、集まってくるのもいつものこと。

そしてお囃子が始まると音色に惹き付けられ、さらに周りに人だかりができていく。

 

県道に出て中村屋さんのところへ向かうと、すでにお店の二人はお店の前で待ち構えていました。

 

 

終わると来た道を戻って、お世話になっている家などを回る。

ルートは大体決まっていても順番は毎年少しづつ違っています。

 

 

交差点から通りを北に入って桜井商店さんを訪れ、

県道沿いの岩上さんを回っていく。賑やかな門付の様子にここでもすぐに人だかりができていきます。

 

 

門付というものを知らなくても、演奏が終わると、

周りで見ている人から自然と拍手が沸き起こっていきました。

初詣に訪れた人を相手にしたものでも、観光客を相手にしたパフォーマンスでもありませんが、純粋に地域の平安を願って巡る風景に、

観客から「へえ、川越って凄いね。いいね」と話す声が聞こえてきます。

一軒の門付が終わると、獅子が周りを取り囲む観客の頭も噛んでいくのも恒例で、

子どもから大人まで次々と頭を向けていました。

 

さあ、次の場所へ移動だ!と歩いて向かう雀會。

またあの演奏、光景が見られるのかもしれない、と演奏に魅了された人たちが後をついていく人も。

通りではやはり大黒様が一番人気。記念写真を求められることが多い様子。

県道から北に進んで、左折して立門前通りから蓮馨寺に入って松山商店さんへ。

どこに行っても、演奏が始まるとすぐに人だかりができるのはさすがです。

 

 

 

次に向かったのが、今年初めてのお店。

ぜひうちにも来てほしいというリクエストに応え、店内に入って行ったのが、

山門向かいにあるレレレノレコードさん。

獅子に大黒様、もどきが店内に入り込んでの舞いを魅せると、

店主の小島さんは初めて見た門付のあまりの迫力に目を丸くしていました。

 

終わって雀會がお店を去った後も興奮冷めやらぬ様子で、

縁起に包まれて良い一年のスタートが切れたと喜びの声を口にしていたのだった。

さらに、新しいお店の訪問が続く。

レレレノレコードさんの斜向かいある彩乃菓さんからもリクエストがあり、急きょ門付を行うことに。

「雀會がうちの店の目の前に来てくれた!」と驚く彩乃菓の小島さん。演奏を目の前にして思わず写真に収めていた。

地域の人、お店にとってみれば、地域の囃子連が自分の家、店の前まで来て自分のためだけに演奏してくれるというのは、何物にも代え難い幸福感でしょう。

こうして、門付で地域が盛り上がる元旦というのも楽しい。

 

そして、まことやさんまで来たら、門付午前の部は終了。

午後の部は蓮馨寺粂原住職などに挨拶することも欠かせないもの。

連雀町から少し足を延ばして末広町にある特別養護老人ホーム蔵の街・川越へ行きました。

昨年以来の訪問で、これも門付の定番ルートになってきた感。

雀會が到着すると室内にはすでにたくさんの利用者が待ち構えていました。

今年も雀會がやって来るのを楽しみにしていて、昨年よりさらに人が増えているよう。

 

 

たくさんのお年寄りを前にして、気合が入った迫真の舞いを魅せると、その場から大きな拍手が沸き起こりました。

もっと見ていたいという熱気が室内に充満し、後ろ髪を引かれてまた中央通りに戻ってきた一行。

昭和の街に戻って来ると、また商店が増えていき、ワインスタンドポン!さんへ。

ポン!さんは一昨年オープンしたお店で、昨年初めての新年に門付をお願いしていた。

今年もまた門付をリクエスト。いざお店の前にお囃子が現れると、ポン!さんは目を輝かせて感激した様子で迎えていた。

『近くでお囃子の音色が聴こえてくる、今あそこのお店にいるのかな?

そうしたら次はうちかな?』そんな思いを巡らせるのも門付らしく、

そして目の前に一行が現れた衝撃、迎える側の感動を想像できるでしょうか。
また、ポン!さん以上に感激していたのが、店内にいたお客さんで、

外が賑やかになったと思ったらお囃子がやって来て、次々に舞い手が魅せる光景に大興奮でした。

ポン!さんを出ると大塚花店へ。

 

次に向かうのは、トシノコーヒーさん。

トシノコーヒーさんは比較的新しいお店ですが、最近は毎年のように門付をリクエストしているお店。

新しいお店が伝統的な門付を頼むというのもまたいい話しです。

 

 

 

この地に何十年とお店を構えているところから新しいお店まで、

連雀町の歴史をなぞるようにいろんなお店を回ってきました。
 

最後に、蓮馨寺前の立門前通りから曲がって大谷印舗さん、なんでむんさんで止まり、

熊野神社へと戻ってきました。

 

 

 


2017年も無事に正月の門付が終わり、一安心の雀會。

川越は川越まつりの街で、お囃子の街、

お囃子で始まりお囃子で終わる川越の一年が始まりました。

また、連雀町雀會囃子連の一年から川越の根が伝わることを願っています。

 

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8月24日朝の5時前。まだ薄暗さに包まれている一番街にある川越まつり会館。

裏手にあたる駐車場に集結した連雀町の面々は、

山車に括り付けた綱を真っ直ぐにピンと張って山車を曳き出そうとしていました。

朝早い時間にもかかわらず、眠気は吹っ飛び元気一杯の様子。

やはり山車を目の前にして興奮しない人はいない。。。



綱を手にした連雀町内の人たちはゆっくりとまつり会館から山車を曳き出そうとしているところでした。

まつり会館に鎮座していた道灌の山車が、2ヶ月ぶりに表に出されます。
・・・と、道路に出ようとしたところで、車がやって来て山車を停止し遣り過ごす。

左右を確認して、車が来ないことを見計らって「よーし!今だ!」と山車を一般道路に曳き出しました。
道路の無事に降ろした、と安堵する間もなく、今度は反対方面から車がやって来てしばし停まってもらう。

山車と自動車が交差する景色というのは、ある意味では貴重ではあります。。。

これから、近いようで遥か先にある連雀町の熊野神社まで山車を曳いて行きます。


川越まつり・・・ではなく、川越まつり会館にある知られざる山車曳行、

そこにはどんな光景が、どんな困難が待っているでしょうか。
 



一番街にある川越まつり会館では、川越まつりにまつわる事柄に触れることができることができ、

そして、目玉はなんと言っても、川越まつりの実際の山車とお囃子を体感できること。

館内を進んだ先に広がる空間には、

川越まつりに使われている本物の山車が常設展示され、

舞台では毎週日曜日、川越市内のお囃子連の演奏が週替わりで披露されています。

山車にお囃子に、川越まつりそのままを感じることができる施設です。


(川越まつり会館 山車展示とお囃子実演

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12083791707.html


「川越まつり会館 お囃子実演・山車展示予定」

http://kawagoematsuri.jp/matsurimuseum/schedule.html

まつり会館の山車展示は、一年中同じ山車が展示されているわけではなく、

実は定期的に入れ替えられている事実をご存知だったでしょうか。

しかも2ヶ月という結構な短いスパンで入れ替わっています。

最近では、2016年6月23日(木)から8月23日(火)までの2ヶ月間、

連雀町の道灌の山車が展示されていました。

では・・・2ヶ月が過ぎたら山車はどうなるのか??

山車はその町内の山車蔵に戻すことになるのですが、

これは誰が運んでくれるものでもなく、山車を保有する町内が自分たちで曳いて戻しているんです。

あるいは町内の山車蔵から曳いていってまつり会館に展示している。

川越まつり会館の山車展示の裏側には各山車持ち町内のそんな協力があって、成り立っているんです。

6月22日に連雀町からまつり会館に曳いて行った道灌の山車は、

2ヶ月間観光客などに観てもらい、そしてまた2ヶ月経ったこの日、連雀町に戻そうとしていた。

山車の入れ替えというのは、まつり会館の定休日である水曜日に合わせ、

かつ、時間も車も人も行き来がまだ少ない早朝を狙って行われています。

中には、早朝の街中で山車を曳いている光景に遭遇した人もいるかもしれませんが、

きっとそれはまつり会館に曳いて行くものか戻しているところかもしれません。

川越まつりであれば、山車は本来の姿で、お囃子の演奏もあってとなりますが、

それと比べたらこれは魅せるものではなく、「移動・運ぶ」ことだけに特化しているので、

山車は出来るだけ身軽にして、動かし易さを最優先にしていた。

まつり会館に行く度に山車が替わって、いろんな町内の山車を観ることができるのは、

まさに町の力があってこそでした。

ちなみに道灌の山車を保有する連雀町は、2016年7月の川越百万灯夏まつりでは、

雀會囃子連が屋台を街中曳き回してお祭りを盛り上げました。


(「第35回川越百万灯夏まつり」2016年7月30日、31日連雀町囃子連『雀會』屋台曳き回し

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12186554372.html


まつり会館を出た道灌の山車は、一路連雀町を目指して曳いて行く。

通りを真っ直ぐ進んで来ると、最初の難所、札の辻に差し掛かりました。


 


川越まつりであれば、札の辻で停まると、

電線がない一番街を進む時は高さを気にしなくて良いため、

山車の上に太田道灌の人形を据えて勇壮さを誇示して南進していくところです。

(2015年川越まつり 道灌の山車が札の辻で方向を変えて南下していく)


辻という箇所で方向を変えるのに神経を使うのは、川越まつりもまつり会館から戻すのも全く同じ。

ここで鳶の人たちの緊迫した声が飛び交う、「気をつけて!ゆっくりでいいよ!」

そう、この山車曳行には、町内の人だけでなく通常の川越まつり同様鳶の人たちが帯同していて、

山車曳行の全体をコントロールしていたのです。

山車というのは町内の宝、それを曳いていくのは細心の注意が必要で、

川越まつりと変わらない管理で、鳶の表情は川越まつりの時と全く変わりませんでした。

山車の向きは大丈夫か、常に山車を確認し、周りの状況に注意を払い続ける。

道灌の山車が、札の辻で見事に方向を変えました。

川越まつりの時の山車曳行はまさに町内を挙げてという大所帯で曳き、

山車の上ではお囃子が演奏され続け、

しかも沿道の人に注意を配りながら曳いて行くのでスピードはゆっくりとです。

この日は、町内の少数精鋭で沿道に人がいるわけではなく、

山車自体も身軽で、一番街をスイスイ進んでいく。

それは、川越まつりの時の倍以上のスピードでしょうか。。。
札の辻から一番街を真っ直ぐ南下していく、

このまま南に進んで行けば山車蔵がある熊野神社に辿り着きます。



川越まつりの時は、一番街はやはり華のある山車曳行です。

ここで観るのを楽しみにしている人も多いでしょう。



(2015年川越まつり 一番街を往く道灌の山車)


だが・・・この日は朝の5時過ぎ、無人の一番街を進んで行く道灌の山車。

寂しいというより、なんて贅沢な風景だろうと溜め息が漏れます。


無人の一番街ということ自体非日常的ですが、さらにそこを山車曳行しているという圧倒的非日常感。

普段の一番街でも、いつもの川越まつりでも、絶対に見られない光景で、

お囃子も「ソーレー!」の掛け声もなく、静かな山車曳行が続いて行きます。

川越まつりの中で一番街を背景にして通る山車の姿は荘厳に尽きますが、

人っ子一人いない一番街を背景にするのは、

純粋に町並みと山車の組み合わせがまるでタイムスリップしたかのような感覚になります。

「川越」の純粋性が増したような感じ。



人がいないというだけでなく、川越まつりと最大に違うのは、

この日全ての道路は交通規制が掛かってないということでした。。。

そう、車の往来が普通にある中で山車曳行していたのです。

交通規制が掛からない一般車道を山車を曳いていくために、

まつり会館に曳いて行く、まつり会館から戻す行程は、

毎回こうして早朝の時間に行われている事情がある。だから、知る人ぞ知る山車曳行でもあります。

山車を曳きながらも時折前後から車がやって来る。いや、時折というか実は結構行き交う。。。

片側一車線を使っての曳行なので、前方と後方の遥か先にいて車の行き来を見ている人が

「車来るよ!」「車ここで止める!」「車通すよ!」
と山車の曳き手、後方の人と連携を図りながら運行を進めていきます。

川越まつりとはまた違う緊張感がありました。

一般車道を進んでいるので速く行きたい、しかし速すぎて山車に何かあっても困る、

川越まつりでは感じない気持ちのせめぎ合いを胸に、綱を握り締めて曳いて行く連雀町。



まつり会館を出発した時はまだ辺りは薄暗かったですが、

30分も経つと、気がつけばいつの間にか明るくなっていて、

川越の街が眠りから覚めて一日を始めようとしていた。

散歩なのか早朝の町並みを見に来たのか、通りを歩く人が山車がやって来るのを目にし、

何事か!?というような顔つきで見守り、

あるいは非常にレアは光景を見れた感動に振り返っていました。。


一番街の南端、仲町交差点まで来ると、中央通りの先の方にトラックが見える。

その後ろには・・・山車の姿が。

こちらに近づいて来る様子はなく、どうやらそこに停止して道灌の山車を先に行かせようとしていた。

だんだんと姿がはっきりしてきた山車は・・・新富町二丁目の鏡獅子の山車でした。

なぜここに??と思うかもしれませんが、

川越まつり会館から山車が居なくなれば別の山車がそこに展示されることになる。

つまり、道灌の山車と入れ違いにしてまつり会館に入るのが鏡獅子の山車で、

新富町二丁目の山車蔵から夜明けと共に山車を曳いてここまでやって来ていたのでした。

トラックが先導していたのは、中でライトを焚いて道を見えやすいようにしていたのでした。

中央通りから一番街にかけて、どこかで二台は行き違う可能性もありましたが、見事にここで対面。

ゆっくりと二台の山車が、二つの町内が、慎重に、慎重に、近づいていく。

川越まつりでも山車の行き違いは緊張の一瞬ですが、

無人の通りとはいえ決して広くない通りで、両町内の緊張感は高まっていく。

「ゆっくり!このまま!」

道灌の山車と鏡獅子の山車が、早朝の中央通りで華麗に行き違いました。






 

この後、新富町二丁目の鏡獅子の山車は、

道灌の山車が来た道を行くようにこのまま真っ直ぐ一番街を進み、

川越まつり会館に収め、2ヶ月間会館内に展示されることになります。

こうして山車の展示は定期的に入れ替わっている。

二台の行き違いは、まさに山車の入れ替えの現場を表しているものでした。
川越まつり会館山車展示:

平成28年8月25日(木) ~10月25日(火) 新富町二丁目 鏡獅子の山車


中央通りを進む道灌の山車、川越まつり会館を出発してから30分、

ようやくホームグラウンドである連雀町内に戻ってきました。

川越まつりでは氏神様である熊野神社に会所を設営し、

ここから山車は出発し、ここに山車は戻って来ます。

 


(2015年川越まつり 中央通りを進む道灌の山車)


自町内に入ると、不思議なもので山車も馴染みの風景にホッとしたような表情を見せる。

町内に風景に山車がよく馴染み、

町内と山車は、やっぱり切っても切れない関係にあるのを感じます。
 


 
無事に、連雀町の山車蔵がある熊野神社に到着。

短いようで長い長い山車の旅路がようやく終わりました。」

神社に辿り着くと「無事に着いた!」と自然と町内の人から拍手が沸き起こりました。

そしてここからがもう一つの正念場、道路から境内に入れるのがまた一苦労で、

段差に気をつけながら山車を引き揚げ、雨でぬかるんだ土に板を載せて山車を通り易くする。

ある意味では、この工程の方が大変だったかもしれません。

一番街から中央通りは、ひたすら真っ直ぐ曳いてくる行程でしたが、

最後のこの場面は細部に気をつけないといけないため、より慎重になる。
 




 






こうして、川越まつり会館から熊野神社の山車蔵に戻って安置された連雀町の道灌の山車。

ホームに帰って来て、山車も落ち着きを取り戻したようです。

今頃はまつり会館には鏡獅子の山車が展示されていることでしょう。

また、道灌の山車が展示される時がやって来れば、

こうして早朝に熊野神社からまつり会館まで、来た道を戻るように曳いていくことになります。
川越まつり会館にまつわる、もう一つの山車の曳行。

川越まつりでなくても、山車を曳くこと自体が、町内の絆を強くする。

気がつけばもう9月、川越まつりまであと一ヶ月半となりました。

今年は2016年10月15日(土)、16(日)開催。

今年は一体どんなドラマが待っているでしょう。
川越が一年で一番熱くなる祭りに向けて、街中では着々と準備は進められています。


 

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2016年7月30日、31日、二日間に亘って開催された「川越百万灯夏まつり」。

二日目は事前の天気予報では雨か?という不安が広がる中、

それでも信じた川越人に熱気で、なんとか持ちこたえてくれそうな空模様だった。

会場各所でさまざまな催しが行われ、川越最大の夏祭りは盛り上がっていました。
 



 



(小江戸蔵里に出店していた「ピケニケ」さん)


本川越駅前交差点でどこかから聞こえてくるお囃子の音色。

夏の川越百万灯夏まつりも秋の川越まつりも、川越のお祭りには欠かせない川越のお囃子。

音の残り香を辿って行くと、クレアモールの中へ。

だんだんと音が大きくなっていく先にいたのは、連雀町の囃子連「雀會(すずめかい)」の屋台だった。

川越百万灯夏まつりでは、いくつかの町内が移動式の屋台の上でお囃子を演奏し、

町内はじめ街中を曳き回して回るのも目玉の催し。

街中に下がる風情ある提灯の風景に、お囃子の演奏がよく合います。

もちろん、演奏しているのは、川越まつりで山車の上で演奏している面々と同じ。

至近距離で聴く事ができるという点で、川越まつりよりお囃子がさらに身近です。

ちなみに屋台は、山車のように常時保存されているものではなく、

百万灯夏まつり用に囃子連が手作りし、終わったらまた解体して来年まで取って置く。

雀會の屋台は、連雀町の自町内を出てちょうどクレアモール、

新富町一丁目にある文明堂さんのところに挨拶に行っているところでした。

屋台の方向を変えて正面をお店に向ける。

この後はまた、クレアモールを来た道を戻って行きました。

屋台を曳くのは・・・これもまた雀會の面々が、

演奏する人以外の人が屋台を押して行く。手作り感満載の屋台と曳き回しです。




小江戸蔵里まで来ると、見えてきたのが・・・新富町一丁目の榎会囃子連の屋台。

新富町一丁目の山車蔵があるのが小江戸蔵里で、

その前に屋台を停めているという榎会のホームグラウンドです。

雀會の面々が屋台を押し出し、榎会との距離を縮めていく、もちろんお囃子の演奏は続いている、

榎会も迎え撃つ形で屋台でお囃子の演奏を続けていた。

至近距離まで近づくと、雀會の屋台は止まり、そして「ソーレ!」と総出で方向を変える。

「もう少し!」

方向の先にあるのは、榎会の屋台。

ゆっくり加減しながら屋台を押して榎会に近づけていく。

「まだいける、もっと押して!」「より、OK!」

ついに、榎会の正面にぴったり寄せるところまで来ると、

二つの屋台が向かい合わせになり、お囃子の競演を魅せる。

突如始まったお囃子の競演に、「なんか凄いことが始まった!」と

沿道の祭り客がわっと集まってきました。





 


雀會と榎会による二つのお囃子が入り乱れ、場はカオス状態に。

これは・・・まさに、「あれ」のよう、と連想した人もいたでしょう。

二つの屋台のお囃子競演は、

そう、川越まつりにおける山車同士の「曳っかわせ」を彷彿とさせるもので、

川越百万灯夏まつりの屋台曳き回しでも今や名物になっているもの。

この二つの囃子連は、川越の中でも特に熱心な活動で知られ、

そして、数々のドラマを生んできた因縁の関係でもある。

思い返せば昨年2015年の川越まつりでは、蔵里からすぐ近く、本川越駅前交差点で、

連雀町道灌の山車と新富町一丁目家光の山車、脇田町の家康の山車による

奇蹟の曳っかわせを魅せ、川越まつりの醍醐味を知らしめました。

2015年10月18日のあの夜。。。

(夜の部「川越まつり2015」10月18日 百花繚乱の曳っかわせ

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12087021872.html

『交差点中央、これ以上ない川越まつりが盛り上がる舞台、

二つの山車に挟まれるようにして道灌の山車を入れていく。

3つの囃子が混ざり、場はまさに興奮のるつぼ。

山車を回転させ、3台が正面を向け合った。そして、さらに寄せていく山車さばき。

「ほら!入れ!入れ!前行け!」

提灯を持った町方の背中を押し、どんどん3台の真ん中に入れていく。

「もっと前行け!入れ!曳っかわせだぞ!!」

・・・と言いながら、「ばかやろう!こんなに人が入ったら山車が寄せらないよ!」

ここで盛り上がらなかったらどこで盛り上がるのだと、みな分かっていた。

さらに山車が寄せられ、囃子がカオスのように混ざり合う。

提灯を乱舞させて「オオ!オオ!オオ!オオ!オオ!」雄叫びが夜空に響いていた。

時計の針は午後7時45分、

脇田町の徳川家康の山車、

新富町一丁目の徳川家光の山車、

連雀町の太田道灌の山車、

3台による曳っかわせが行われました。

この場面に言葉を添えるのは野暮と承知して付け加えますが、

今年は、徳川家康公没後400年事業として、川越でも数々の関連行事が行われてきました。

川越まつりでも、家康にゆかりのある

脇田町の徳川家康の山車と新富町1丁目の徳川家光の山車が、

まつり初日の10月17日に仙波東照宮と喜多院へ記念参拝を行っています。

そして、川越まつり最終日の夜、この3台による曳っかわせは、

偶然にして最高の400年イベントになったのではないでしょうか。

そう思わずにいられないのは、

脇田町は会所が離れているため、時間内に帰るためにもう時間が迫っている頃で、

連雀町がもう少し遅かったら3台は合わなかったかもしれない。

後々まで語り草になるであろう3台の曳っかわせは、

400年目の夜に、家康公が最後に目に焼き付けたいと、

見えない采配をふるったとして思えないような奇蹟でした。

見事な曳っかわせを披露し、

沿道から惜しみない拍手が送られました。』


小江戸蔵里では、雀會と榎会のお囃子競演が続く。

上記の川越まつりと舞台は違いますが、

囃子連の人も演奏する曲もほとんど変わらないスペシャル感。

・・・と、頭上からぽつりと雨粒が落ち顔に当たる。

「やっぱり振ってきたか!」

微妙な天気予報になっていましたが、ここまでは見事に晴れ。

急に重たそうな雨雲が覆い始め、雨が降り始めてきました。



雨がぽつりと降ってきても、そんなの全く関係ないと言わんばかりに、演奏は止む事なく続く。
よっぽどの雨でない限り、演奏を止めることはないでしょうね。。。

だって、あの雨でも川越まつりで山車を動かした二つの町内ですから。。。

川越style

(「川越まつり2013」二日目最終日 『行ってみないと分からない。でも川越まつりだから』

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11645080965.html


夏がやって来ると、「もうすぐ川越まつりだ」とだんだん期待が膨らんでくる川越。

今年は一体どんなドラマが生まれるでしょうか。

蔵里前の榎会の屋台から離れると、クレアモールを北に進んでいく雀會の屋台。

狭い上に、さらに祭りの屋台出店が並んでいる道を注意しながら進めて行きます。








また連雀町に戻って来ると、さすがに自分たちの町内、

雀會の面々は伸び伸びとした表情に。

立門前通りから蓮馨寺前に行き、引き返して県道に設営された広小路商栄会の本部テントで小休止。




 









 
いつも思いますが、祭りは、祭りに「行く」人より、祭りを「する」人の方が楽しんでいますね。
雀會だって、百万灯夏まつりをお囃子で盛り上げようと思いながらも、

自分たちが一番百万灯夏まつりを楽しんでいるようで、

街中を演奏して回るなんて、こんな楽しい祭りの楽しみ方はないです。

祭りは参加してなんぼ、という永遠普遍な真理を思います。 

「さあ、そろそろ行くか」

再び出発した屋台は、立門前通りから蓮馨寺前に出て、中央通りを北を目指していった。




  


仲町交差点まで来るとこの先は一番街。

だんだんと日が傾き始め、町並みが赤く照らされていく。

さあ、ここからの時間が川越百万灯夏まつりの本番だ。



全く止まる気配を見せず進んでいく雀會の屋台、まさか、このまま一番街を北上する・・・??

一番街はすでに通りが人で埋まっている状況、

ここを進んでいくのは川越まつり並みのハードルの高さ。。。

いやしかし、雀會ならノリで行っちゃいそうな気もして、

どうするんだどうするんだ、と沿道がざわざわして固唾を飲んで推移を見守っていた。

「この先は・・・難しいな」

先の方に目をやり、後ろ髪を引かれるように、一番街を目の前に仲町交差点を右折していく。

一番街では川越藩火縄銃鉄砲隊保存会の演武などが行われていて、屋台を押していくのは困難だった。

川越商工会議所から大正浪漫夢通りを南進していく、

と、ここも簡単な道ではなく、パフォーマンスやテントの間を縫うようにして細心の注意で進んで行きました。



立門前通りからまた、蓮馨寺前に出てくると、

北へ行くか?今度は南へ?進路を取るか、遠くを見つて思案する。

さてさて次はどっちに進めて行こうか。

屋台を曳くルートは事前に決めていて、その中で動いていたわけですが、

あとは現場の状況を見て臨機応変に、という名のその場のノリで進んで来た屋台。

・・・と、蓮馨寺境内に目をやると、ハッと何かを閃いたらしい。

「ここ入れちゃおうか」的なニヤリとした表情を浮かべる。

え・・・!まさか。本当に?

蓮馨寺はルート想定外。

そのアイディアに、周りの雀會の面々は「いやいや、さすがにそんないきなりはマズイでしょ!」と反対・・・

するどころか、「いいね~。入れちゃうか(笑)」とみなニヤニヤしながら賛成していた。

誰も止めようとしないという。。。(笑)川越まつりの例のノリをここでも如何なく発揮。

「このまま真っ直ぐ!蓮馨寺ね!」

方向を変えることのない屋台は、蓮馨寺山門に向かい合った。

想定外のルート、蓮馨寺境内に屋台を入れていく雀會。!


「ゆっくりゆっくり!段差気をつけて!」

山門の段差を気にしながら、屋台を押し出し一気に境内に乗り入れる。

驚いたのは、境内参道にいた祭り客、

「え、なになに、こっちに来るよ!」「お囃子が来るぞ!」

すぐさま左右に散らばり、屋台の進路を開ける。

そして、一番驚いたのは境内に屋台出店していた人だったでしょう、

これまでの百万灯夏まつりでお囃子の屋台が蓮馨寺に入って来たことはない、

というか、今年も入って来るなんて聞いてない、という表情で見遣る。

雀會は涼しい顔で屋台を参道に進めていく、

そうだ、これはきっとお堂近くまで押していくつもりなんだ、と察知した。

参道途中まで来ると右に曲がって広い駐車場を横切っていった。

「??」と思った人もいたかもしれません。

お堂に行かないの??

駐車場の先、ひと際古い建物であるお堂に近づいていく雀會。

ここでスピードを落とし、ゆっくり正面を合わせていく。

向きをぴたりと合わせて停車、また力強いお囃子が続いていきました。

この場所に停めた雀會の真意を、どれだけの人が分かってくれたでしょうか。

あ、そうか。!

境内に居合わせた人たちがここでようやく雀會の真意に気付く。

屋台は・・・蓮馨寺の「本堂」を目指したのです。

参道正面にあるのは蓮馨寺でお馴染みですが、呑龍堂(どんりゅうどう)と呼ばれるお堂。

そして、その向かって右横にあるお堂こそ、蓮馨寺の本堂にあたるのです。

呑龍堂ではなく、本堂に屋台を向けたところが雀會の心憎い粋な演出。

本堂前に正面に向け、熱の籠もった演奏を続ける。






この、誰も予想していなかったドラマチックな展開

川越百万灯夏まつり史上初、雀會の屋台蓮馨寺乗り入れに、

境内に居た人たちがわっと周りに集まってくる。

雀會ならきっと今年も何かを起こしてしまうだろうという密かな期待に、

それ以上のことで応えてしまう果敢さ。という無謀さ。。。が好き。

さらに言えば、想定外の行動にも、

蓮馨寺さんもまあまあで許してくれるだろう連雀町のノリの良さ。

本堂まで来てくれて逆に喜んでいたかもしれない。

こういうところに祭りならではの醍醐味を感じさせます。

目一杯、本堂に、本尊に向けてお囃子に演奏すると、また来た道を戻っていく。

サプライズな屋台登場に、境内にいた人たちから惜しみない拍手が送られました。



川越百万灯夏まつり、間違いなくここがこの日のハイライトかと思いきや、

まだまだ山があった屋台曳き回し。

いや、一般的には境内乗り入れが盛り上がりやすかったが・・・

雀會の屋台は中央通りから再び県道に出て広小路商栄会のテント前へ。
 



ここで魅せてくれた、雀會会長はじめ、雀會重鎮たちによる演奏が、最高でした。



(カチューシャしているのは、祭りのノリだから(笑))
やっぱり川越は、お囃子なくしては語れませんね。祭りにお酒にお囃子の音色。

交通規制が解除される時間になる前に、屋台を熊野神社に戻して

川越百灯夏まつりの屋台曳き回しは終了となりました。


 


連雀町囃子連雀會の今後の活動としては、

毎月第三日曜日、熊野神社の縁日で神楽殿にてお囃子の演奏があります。

そして今年の川越まつりは、2016年10月15日、16日。

さらに12月3日の熊野神社酉の市など、活動は一年を通して続きます。

川越まつりの街、川越。

お囃子の街、川越。

お囃子に彩られ、

夏祭りの提灯は、煌びやかに街に灯っていました。


「雀會ホームページ

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Poplar/3088/suzume/top.html


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年が明けた元旦、お正月といえば家でゆっくり過ごす人も多いでしょうが、

元旦だからこそ忙しくなる人たちも川越にはもちろんいます。

そういう人たちの側から見たお正月というのは、

お正月を全体として見られるような気がして、

なにより、年明けから人と人のドラマが間近で見られることが楽しいです。

毎年恒例となっている門付(かどづけ)が今年も行われました。

門付があることで、今年一年が始まったと感じるくらい風物詩となっている。

川越の連雀町の氏神様は熊野神社。

元旦早朝から初詣に来られている人の列が出来ている境内では、

雀会囃子連が準備を整え、熊野神社を出発していた。

門付というのは、連雀町の雀会囃子連の面々が、

正月の挨拶も兼ね、今年も無事に過ごせるよう、獅子、大黒天、もどきが巡り舞います。

雀会が回るのは連雀町内や近隣を中心にして普段お世話になっている家々やお店といった場所。

ここは、「昭和の街」、「大正浪漫夢通り」が地域を縦断しているだけあって商店が多い地域で、

商売繁盛の願いも込められているかもしれません。

そんな門付に、福を迎えようとぜひ来て欲しいとリクエストをし、

今年初の場所も何ヶ所か増えていました。


川越内では年明けから、各地域の囃子連が、氏子となっている神社で囃子を奏でていたと思いますが、

囃子連がわざわざ家の玄関まで、店先まで訪れてくれるのが門付。

門付は連雀町以外にも松江町一丁目などでも行われて、

こういう伝統が遺り続いているのが川越らしい。

連雀町のことから、川越らしいお正月が伝わってくる門付。

地域のお囃子の音色で一年が始まる正月らしい過ごし方は

本当は、除夜の鐘や初詣と同じくらい正月の行事として

川越の他の地域でも行われるといいなと思うものです。

連雀町の門付にしても、当初は一人で始めたものだそう。

それから人が増え、受け継がれ、こうして今元旦から大勢で行われている。

お囃子はその町そのもの。

地域の子が小さい頃から囃子会に入り、地域の大人に囃子を教わり、

地域の人に見守られながら大きくなって、地域を囃して回るという

お互い勝手知ったる関係の中で行事は行われています。


各地を巡るという意味では、川越まつりの山車曳行と同じで、

連雀町はあの道灌の山車で演奏していた面々が門付でももちろん奏で、舞っています。


(2015年川越まつりより)

川越まつりの街川越は、

2015年10月の川越まつりが終わっても雀会の活動は目白押しで、

毎月の熊野神社ご縁日に12月の酉の市と、お囃子の音色を川越に満たしています。

7月の百万灯夏まつりの時にもミニ山車を町内曳き回していたし、

連雀町は特に一年を通してお囃子に包まれています。

そしてお囃子が熱心な地域は、地域の人の結びつきが強いように感じます。

あの音色は人を繋ぐんです。

小さい子から年配まで年代問わず繋ぐことができる音というのは貴重です。

伝統行事、というものが、どこか田舎の方のもので衰退していっているものと思いがちですが、

ここ川越では中心部の市街地で活発に行われていることが興味深い。


2016年の門付、熊野神社を出た雀会は住宅街の道に入り込み、囃子を響かせる。

迎える方は玄関先で演奏を聞き、終わると

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と挨拶を交わす。

一軒一軒、舞い手は同じ順番で獅子、大黒天、もどき、獅子と舞い、次の一軒でも終わると

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と挨拶を交わしていく。

今年も来たよ、今年も来たか、という町の付き合い、こういう正月っていいなと思わされます。

こういうのを見ていると、

やっぱり地域の伝統って地域が育てるものだと感じます。

お囃子は町内の誰かがやってくれているもの、という意識でいるとお囃子は育たない、

門付があればうちにも来てくれ、と頼む人が地域にどれだけいるか。

地域力が測られるものなんですね。


今年の元旦も晴れて過ごしやすい日でしたが、日陰に入ると痺れるような寒さが体に伝わってくる。

お囃子はこの寒さだと手がかじかんで笛など大変そう。。。

人通りが多いところにやって来ると、

獅子や大黒の一行に何かが始まるらしい、という期待に通りすがりの人が足を止め、

囃子の音色に惹き付けられ、すぐに周りを埋め尽くしていきます。



おそらく周りの観客は門付というものを知らない人も多かったでしょうが、

でも家先で囃子を演奏している生の現場は何かを訴えるものがあって、

演奏に耳を傾け、カメラを取り出す光景が広がる。

演奏が終わると、

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

雀会とそれを迎える人の関係性のものなのに、

周りで見ている人から自然と拍手が沸き起こっていきました。

初詣に訪れた人を相手にしたものでも、観光客を相手にしたパフォーマンスでもありませんが、

純粋に地域の平安を願って巡る風景に、

観客から「へえ、川越って凄いね。いいね」と話す声が聞こえてきます。

演奏する人がいる、迎える人がいる、

元旦にそういう関係を見られたことにこれ以上ない正月らしさを見出しているようでした。

一軒の門付が終わると、獅子が周りを取り囲む観客の頭も噛んでいくのも恒例で、

子どもから大人まで次々と頭を向けていました。


さあ、次の場所へ移動だ!と歩いて向かう雀会、

またあの演奏、光景が見られるのかもしれない、と演奏に魅了された人たちが後をついていきます。

その煌びやかな装いから、大黒天が記念写真のお呼びがかかることが多い感じ。

県道に出て中村屋さんのところへ向かうと、すでにお店の二人はお店の前で待ち構えていました。

毎年立ち寄るお店で、今年も立ち寄れるという地域の幸せ。





終わるとまた来た道を戻って、と回るルートは決まっていてもきっちりではなく、

相手の時間の都合に合わせてルートを変えていくのも、地域密着らしい行事。





次は北の通りに入って桜井商店さんを訪れ、

県道沿いのいわかみさんを回っていく。






県道から北に進んで、左折して蓮馨寺に入っていくとお寺の住職などに門付挨拶を済ませると、

松山商店さん、境内の屋台村で披露していきました。

どこに行っても、演奏が始まるとすぐに人だかりができるのはさすが。

まことやさんまで来たら、門付午前の部は終了です。








午後の部は蓮馨寺前の中央通りからスタート。商店街のお店が多くなっていきます。

まず向かったのはトシノコーヒーさん。

トシノコーヒーさんは比較的新しいお店ですが、昨年に引き続き門付をリクエスト。

そして逆に言えば、新しいお店が伝統的な門付を頼むというのもまた素敵な話しです。

この地に何十年をお店を構えているところから新しいお店まで、

リクエストがあれば分け隔てなく訪れるのも門付のいいところ。

トシノコーヒーさん、自店に門付が来るということで、

今か今かとカメラを構えて待ち焦がれていました。





そして、おおつか花店さん、ワインスタンドポン!さんへと向かっていきました。


ポン!さんは昨年オープンしたお店で、早速初めての新年に門付をお願いしていた。

実際に元旦を迎え、いざ、お店の前にお囃子が現れると感激した様子。

目の前まで来てくれて、しかも自分たちのためだけに演奏してくれるということに

信じられないという表情を浮かべていました。








ポン!さん以上に感激していたのが、店内にいたお客さんで、

外が賑やかになったと思ったらお囃子がやって来て、

次々に舞い手がお店に入って魅せる光景に大興奮でした。

さらに獅子が店内に入り込んでお客さんの頭を噛んでいくと、みな喜んで頭を差し出していた。

ポン!さんを出ると次に向かうのは、

連雀町から少し足を延ばして末広町にある特別養護老人ホーム蔵の街・川越へ行き、
そしてまた昭和の街に帰ってきてAgosotoさんへ。

蓮馨寺向かいの古本カフェAgostoさんに来るのも恒例となっています。

ワインスタンドポン!さんもAgostoさんも、ツイッターやフェイスブックなどのSNSで

元旦の何時頃に門付がやって来ます!と発信していたので、

福のお裾分けももらおうと、店内でお客さんが待ち構えていました。

横断歩道の向こうに雀会の面々が見えると、

「あ!来たみたい」とAgostoの緑さんが声を上げる。

門付は確かに、お店の中で待って見ると感動的。

雀会がやって来て、構えて、始まる、その空気感が独特でたまらないです。





その後、同じ通り沿いにある栗原さんの所へ行き、

最後に、蓮馨寺前の立門前通りから曲がってなんでむんさん、大谷印舗さんで止まり、

熊野神社へと戻ってきました。









今年も無事に正月の門付が終わり、一安心の雀会。

元旦を、門付をする側から見ると正月の感じ方も違うのではないでしょうか。

本当は元旦くらいゆっくりしたいかもしれない、やる側というのは本当に大変です。

川越は川越まつりの街で、お囃子の街、

お囃子で始まりお囃子で終わる川越の一年が始まりました。

また、連雀町雀会囃子連の一年から川越の根が伝わることを願っています♪


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2015年10月11日、川越市内では、紅白の幕を下げる軒端揃えで川越まつりを迎える準備が進んでいた。

街が日に日にそわそわし出す。


10月16日、小雨舞うなか連雀町にある熊野神社では、

会所や受付設営や山車の準備に、いよいよ明日に迫った川越まつりに向けて、

朝から大勢の人で慌しく準備が進められていた。





祭りを始めるはやる気持ちを抑えながら、いつものことをいつものように準備をしていく。


山車蔵のシャッターが開けられ、眠っていた道灌の山車が、

街の中を曳き回される時がやってきたのだ。

山車も早く練り歩きたいような表情で、曳き出されるのをうずうず待ち構えているようだった。



山車蔵に収められている時は、大事な装飾部分は外されて木組みが現れていますが、

この日、全ての資材・部品が取り付けられ、山車は本来の姿に戻される。

鳶によって四方に幕が張られると、まるでお化粧が済んだように綺麗な山車の姿が現れました。

そして、ゆっくりと、山車が表に曳き出されます。






表に曳き出された道灌の山車は、会所前まで移動させて、

そこで一夜を明かして川越まつり本番を迎えることになる。

明日は朝からそこまでの準備ができないため、

前日のうちにできるところまでやってしまうのが通例なのだ。

ここから動かすのが実は一苦労。

舗装されていない土の地面の上を曳くのは困難なので、

地面に木の板を敷き、車輪を小さな台車に乗せ、

あとは大勢の人力で曳いていくことになる。

軍手をはめて「よし、動かすか!」と気合の入る面々。

曳いていくルートを確認しながら、

山車を前から曳く人、後ろから押す人に分かれ、ぐらっと山車を動かす。

「もっとゆっくり!」「木に当たりそうだから、少し方向変えよう!」

鳶頭が声を張り上げて陣頭指揮を執ります。













山車蔵から会所前へ、距離にしたらわずかですが、

こうして道灌の山車はいつもの位置に置かれ待機されます。

山車が街に出されると空気感がぐっと変わる。

わくわくであると同時に、やっぱりひりひりするような神聖な雰囲気に包まれるのを感じる。


山車が表に出され、その様子を毎年見に来るのが熊野神社近くにある中央小学校の生徒たち。

川越まつり前日に山車の解説を聞きに来るのが中央小三年生の恒例で、

子どもたちはその大きさに目を丸くし、

山車の腰回りにある昔話などを題材にした彫刻などを指差して楽しそうにしていました。

自分たちの地域にはどんな山車があるのか知ってもらうように、

山車は自分たちが大事にするものという気持ちを持ってもらえるように、丁寧に話しをしています。

他の町内でもやっているかは分かりませんが、素晴らしい取り組みです。


その間も、山車は雨が一番の大敵なので、すぐに全体をカバーを覆っていく職方。

囃子台を掃除機で綺麗にし、太鼓などが括りつけられていくと、

いつでも始められるような本番モードが整いました。

今日は一日雨の予報なので、カバーで覆われた山車は、このままの状態で明日を迎えることになります。





いよいよ明日、2015年10月17日、18日は、川越まつり。


あれから一年。

もうこの季節に、であり、やっとこの季節が来たと街中がソワソワする

川越まつりの季節がやって来ました。






(川越まつり2014 http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11942874282.html


今年は13台の山車が参加します。参加山車一覧。

幸町 小狐丸(小鍛冶)の山車
六軒町 三番叟の山車
末広町 高砂の山車
脇田町 家康の山車
新富町一丁目 家光の山車
岸町二丁目 木花咲耶姫の山車
川越市 猩々の山車
志多町 弁慶の山車
松江町一丁目 龍神の山車
連雀町 道灌の山車
新富町二丁目 鏡獅子の山車
野田五町 八幡太郎の山車
旭町三丁目 信綱の山車


川越まつり2015

【会場】
川越市中心市街地一帯
【例年の来場者数】
約97万2千人(平成26年度)
【露店の有無】
あり(出店数:1,109件(平成26年度))
【川越まつり概要】川越まつり公式サイトより引用
蔵造りの町並みで知られ、毎年多くの観光客が訪れる川越。
豪華絢爛な山車の競演
川越まつりの最大の特長は、江戸「天下祭」を今に再現した山車行事。
精巧な人形を乗せた絢爛豪華な山車が、小江戸川越の象徴である蔵造りの町並みを中心に、
町中を曳行(えいこう)される。何台もの山車が辻であいたいし、すれ違うさまは、
そのスケールの大きさに、見物客を圧倒する。


■市役所前の山車揃い
17日(土)は山車が市役所前に勢ぞろいします。14:00~15:00頃
18日(日)は山車が市役所の前を集中して通ります。13:30~15:00頃


■宵山の山車展示
会場内に山車が飾り置きされ、じっくりと山車と囃子をご覧いただけます。
※旭町三丁目と岸町二丁目は宵山の山車展示に参加いたしません。
各山車の場所は参加町の会所、宵山の山車展示位置情報でご確認ください。

参加町の会所、宵山の山車展示位置情報

17日(土)18:00~19:00頃


最大のみどころ「曳っかわせ」
川越まつり最大のみどころは「曳っかわせ(ひっかわせ)」。
向かい合う数台の山車が、囃子(笛、太鼓、鉦、踊り)で競い合い、
まつり人たちは提灯を高々と振り上げ、歓声を上げる。
とくに夜の「曳っかわせ」は最高潮の盛り上がりを見せる。

■曳っかわせ

17日(土)19:00~21:00頃

18日(日)18:30~21:00頃


国指定重要無形民俗文化財
川越まつりは、江戸「天下祭」の様式や風流を今に伝える貴重な都市型祭礼として
360年の時代を超えて守り、 川越独特の特色を加えながら発展してきた。
平成17年(2005)、「川越氷川祭の山車行事」として 国指定重要無形民俗文化財となった。

「川越まつり公式サイト」
http://kawagoematsuri.jp/index.html


川越まつりは毎年10月に行われていますが、

一年に一度の祭礼を中心に、川越の一年は回っているとも言える。

市民は川越まつりが近づいてきてまつりが来たことを強く実感するものですが、

しかし本当は、365日、川越には川越まつりに繋がることが常に満たされていて、

川越のすべてのことは川越まつりに繋がる、と言っても過言ではないかもしれません。

川越はそういう街です。

中でもお囃子は一年を通して活動が続き、それは年が明けたばかりの元旦から始まっていく。

2015年のお正月も、連雀町雀会の活動は門付(かどづけ)で始まっていた。

これは新年のお祝いと挨拶回りで、連雀町内を囃して回る行事。

今年も町内の店々などを回って、今年一年の安泰を願いました。




(「2015年連雀町雀會囃子連 元旦の門付」 http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11972631287.html


厳しい寒さを乗り越えれば、心も体も軽やかになる春の到来。

桜が満開になる頃から川越で始まるのが、「小江戸川越春まつり」で、

3月28日から始まった今年の春祭り2015は、

期間中、毎週のように川越の各地で催しが行われました。
また、同日に複数ヵ所で開催が重なったりするなど、

どこに行っても賑やかな雰囲気に包まれて、川越の町中に人が溢れていました。


全ての催しが終わり、一ヶ月以上に及んだ春のお祭りも無事に幕を閉じるその日。

春まつりのフィナーレを迎えるGWの5月3日~5日には

恒例の一番街の交通規制が実施され、

歩行者天国になった一番街には、普段は味わえない開放的な景色が広がっていました。
どこに行っても人人人。その混雑は川越まつりと変わらないくらい。

(交通規制された一番街の様子)

そして、連雀町の熊野神社では太田道灌の山車が山車蔵から曳き出されて、
雀會囃子連によるお囃子が披露されました。

山車の他に神楽殿でも演奏が行われ、
さすがは雀會囃子連、その演奏に聴き入ろうと大勢の方が詰めかけていました。
この時はもどきが舞っていて、一挙手一投足が美しい。
一目見た瞬間から引き込まれていきます。




他の場所のお囃子としては、

小江戸蔵里にある新富町一丁目の家光の山車が表に出され、

榎会囃子連の演奏に聴き入る人が多かった。

さらに、一番街からほど近く、細道にある元町一丁目の稲荷神社には、

牛若丸の山車が展示され、ここでもお囃子の音色が響き渡っていました。

最も人で賑わった一番街でも、埼玉りそな銀行向かいにあるポケットパークや

あるいは川越まつり会館内でもお囃子の演奏が行われて、

GWは人出もそうですが、お囃子演奏の規模も川越まつりを彷彿とさせるものがあります。

まさにお囃子に彩られたGWの川越。


また春祭りの期間中、連雀町雀会に所属する緑さんの古本カフェAgostoが、

2周年を迎えてお祝いムードに包まれました。


(古本カフェAgosto http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12012484930.html


賑やかな春祭りが終われば、

春の芽生えに合わせるように川越はイベントラッシュになりますが、

梅雨が終わり、本格的な夏がやって来ればまた、川越はお祭の季節になる。

2015年7月25日、26日、二日間に渡って開催された川越百万灯夏まつりは、

計16万人以上の来場があって盛り上がりました。

秋の川越まつりは神事という側面が強いですが、

夏の百万灯夏まつりは市民参加型であり、言ってみればなんでもありのフェスのような雰囲気。

そして川越の夏祭りに欠かせないものといえば・・・やはり、お囃子。


秋と違って山車は出ません、ミニ山車です。

お囃子もたくさんの囃子連が出ているわけではありませんが、


しかしミニ山車といっても、演奏する人も曲も乗せている太鼓も、

川越まつりと同じものなのでなんら変わるところはありません。

夏祭りでも、川越まつりと同じ曲を同じようなテンションで演奏しているということは、

もっと知られていいことだと思います。


台車の上に木を組んで山車風に仕立て、

町中を曳き回しながらこの上でお囃子を演奏する。

ミニ山車を一から作っていたのが、演奏する雀會囃子連の人たち自身だったのです。

他にもいくつかの町内が自らミニ山車を作り、川越の街を曳き回しながら演奏するのが恒例。

交通規制になる時間を待ち構えている雀會のメンバー。

そして、14時に街中が交通規制となって歩行者天国になるタイミングで、

ミニ山車を境内から押し出して中央通りに降り立たせると、いよいよ曳行がスタート。

熊野神社を出発したミニ山車は、中央通りをゆっくり北に進んでいった。





山車であれば綱で曳くところですが、

ミニ山車はお囃子のメンバーが押して進めていきます。

代わる代わる演奏し、代わる代わるミニ山車を押す、

お囃子の人たちだけで運営しているミニ山車曳行を見ると、

お囃子の人たちがいかに町内にとって大きな役割を果たしているか伝わってくる。


また、川越百万灯夏まつりでは、一番街にある鍛冶町広場で行われる

「囃子競演会」も恒例行事となっています。

囃子競演会は、市内各地の囃子連が次々に登場する舞台で、

それぞれ演奏の違いを聞き比べることができる貴重な機会。


岸町囃子連

住吉囃子連

雀會

新宿町囃子保存会

南田島囃子連

新富町二丁目囃子連

小室囃子連

今福囃子連
ミニ山車を出していない町内も競演会に登場するので、
これを合わせると、お囃子に溢れた夏祭りとなっているのが伝わります。


夏が過ぎ、涼しさからだんだんと朝晩の寒さを肌に感じ始めてきたら、秋の季節へ。

川越まつりの季節がやって来ました。

2015年10月4日には、

アースデイ・イン・川越立門前の会場の一つとなっていた熊野神社では

神楽殿で雀会の演奏が行われ、足踏み脱穀に参加する雀会の子雀の姿もありました。


(アースデイ・イン・川越立門前2015 http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11632764077.html


と、こうして今年の川越を振り返ると、川越の行事・イベントとお囃子や山車が、

いかに密接に繋がっていのかが分かります。

つまり川越まつりが常にある。

さらには大きな行事だけでなく、毎週川越まつり会館では

川越市内の囃子連による囃子実演が行われていることは先日伝えました。




(2015年川越まつり会館 囃子実演 http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12083791707.html


今年はどんな川越まつりになるでしょうか。

ぜひ川越の真髄を感じてみてください。


「川越まつり公式サイト」
http://kawagoematsuri.jp/index.html


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