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知っとうや(真実を求めて?!)

⚡2900年続いた人類中心文明は、近い将来、五六七(弥勒)時代となり、本来あるべき姿に戻ります。それまでは産みの苦しみが続きますが、見事に成就して欲しいものです。⚡

先月に書いた邪気祓い関係の補足になります。

<邪気を追い出すツール>

 

邪気は、都会になる程、その数が多くなります。

 

その理由は、邪気自体の楽しみが人間に憑依することだからです。人間に憑依して霊的エネルギーを奪い取る(波動を下げる)ことが、邪気の存在価値なのです。

 

人間は(修行のため)欲を持たされて生まれて来ますその欲をくすぐる役目が邪気なのです。邪気の存在は、地球は霊魂の修行場とした天意でもあります。

 

従って、人口が少ない田舎よりも、人口が多い都会の方が、邪気の数は圧倒的に多くなります。特に、東京に集まっている邪気は半端ではありません。田舎に比較的欲が少ない人の割合が多いのは、このような理由があるのです。

私は、月に1、2回仕事の関係で東京に行きますが、東京に着いた瞬間、身体が重くなります。特に宿泊して朝目覚めた時の身体の重さは、福岡の自宅とは全く異なります。欲望が渦巻く日本最大の街が東京です。

 

人間界は、仏教では欲界と定義されていますから、欲をくすぐられる中で、精神を鍛えて行く修業場なのです。

<WIKI:欲>

 

私は、欲を無くすことが人間の修業だとは考えていません。人間が、地球の生態系と一緒に栄えて行くために、バランス感覚を持って自分の役割りに臨むことが求められている、それが人間の存在理由だと考えています。

 

しかしながら、これまでの人間社会は、欲に目がくらむ人間が多く、その中で、一部、成功者や権力者となった人達が強者となって弱者を使っていく弱肉強食の世界に成り下がっています。これが神代から何万年、何千年も続いているのです。

 

このように世の中が、人間界が堕落したのは、天意に反発する邪神の行いなのです。

 

人間界は、無欲を求める場所ではなく、人間を中心に地球がよりよく発展するためにはどうすれば良いのか、という究極の命題を、天に与えらえている場所なのだと考えています。邪神も含めて修業させられているのです。

 

現代の仏教にはいろいろな宗派がありますが、現代の仏教の定義を簡潔に言うならば、(人間や下級の神をとっくに卒業している存在である)佛様を崇拝し、自分が佛様になるためには煩悩を無くし悟りの境地に入る、といった感じになるでしょうか。

 

しかし、私は、このような考え方は根本的に間違っていると考えています。

 

その理由は、佛様になろうと目指すこと自体が、我よしの強欲だからです。

 

佛様になるのは、人間界で転生する中で、自分(魂)が行って来た人生を判定されての結果なのですから、無欲になれば佛様になれるという訳ではないですし、佛様を目指してなれるものではないはずです。

 

天の意図を知り、それに対して自分が今生行うべき人間としての役割りは何かを悟り、その役割りを実行して人生を全うした結果、それが天に評価された時に、結果的に佛様になるのではないでしょうか。

 

従って、今からでも遅くないので、我よしを無くし、地球の発展のために、自分の人間としての役割を見つけようと動き出してみたらいかがでしょうか。そうすれば天佑が働き、人生がだんだん良い方向に変わっていくはずです。

 

しかしながら、現在の地球は、邪神がまだまだ力を持った世界です。本来の使命、役割に気づき、それを実現しようとする人には、邪神が邪気を使って邪魔をしてきます。大小、いろいろな形で邪魔されます。

 

しかし、そんなことに負けてはいけません。私は、邪気に負ける人をたくさん見て来ました。負けることの方が人生楽だからなのでしょうか、ほとんどの人が大した努力もせずに諦めていきます。

 

邪気にまとわりつかれると、体調が悪くなったり、家族に霊的な危害を加えられたりするからなのですが、そこで諦めたら、また次の転生まで先延ばしになります。何ともったいないことでしょう。私は、このような人達を現実逃避と呼んでいます。

 

この地球で、人間の存在価値に気づく人はほんの一握りのはずですが、せっかく気づいても現実逃避しては、今生はジエンドと同じです。是非、前向きに進んでいただきたいものです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

前回の続きです。

<小豆島の真実①>

 

小豆島は霊的に重要な島であるというのが前回の趣旨でした。

 

今回は、その小豆島にさらに隠された霊的な謎についてご紹介します。

 

小豆島は国産みで、最初の八島に続いて、二番目に生まれた六島であると記紀に残っています。

 

この小豆島の形を、地図で見てください。グーグルアースの画像です。

 

小豆島全図

 

 

何かに似ていると思いませんか?

 

そう、牛の形をしているのです。

 

左側が頭で、角もあります。右上が尾。下に足。後ろ足は2本あり、歩いている様子が描かれています。

 

さらに驚くことがあります。

 

前回記事で触れました、干潮時には島へ繋がるエンジェルロードの部分は、牛の頭の部分の下に連なっているのですが、これが牛が反芻している時の、よだれを表現しているのです。下の拡大図を見てください。驚きますよ。

 

<拡大図>

小豆島拡大

 

小豆島が牛の形をしていることについては、小豆島に行く直前に知人から教えてもらいました。

 

実際に小豆島に上陸し、各地を巡っていると、インスピレーションが湧いてきました。

 

小豆島が牛の形をしているのには、それなりの理由があったのです。牛の形をしているのは偶然ではありません。そもそも、世の中には偶然はないようです。天の存在すら忘れてしまった現代の人間が、偶然だと思い込んでいるだけで、実際には必然なのです。

 

記紀に、国産みや神産みが書かれているように、地球自体が天によって意図的に創られたものであり、島の形にも意味があるのです。

 

小豆島に宿泊し、翌早朝エンジェルロードを見に行った後、その帰りにたまたま(これも必然)寄った神社がありました。小豆島の牛の口辺りが土庄町の中心街なのですが、そこから少し丘を登ったところにある天神神社です。

小豆島②

 

小豆島①

 

全国各地にある天神神社や天神社は、天満宮の系統であり、基本的に菅原道真を祀っています。

 

しかしながら、そもそも人間である菅原道真を祀っていることが異例なことです。ここにも、謎が隠されています。

 

菅原道真を祀る天満宮などの神社といえば、その眷属はです。何故、牛なのでしょうか?

 

眷属の牛とは、牛頭天王との関係性をことを表しているはずです。牛頭天王は、仏教に登場する守護神ですが、日本の神道ではスサノオと習合し、八坂神社(祇園信仰)の祭神になっています。

 

ただし、厳密には、牛頭天王とスサノオは別の神である、と私は考えています。

 

結論から言いますと、天満宮系統の神社の主祭神は、本来は菅原道真でなく、牛頭天王のはずです。このことを知られると都合が悪い熊襲は牛頭天王を祭神から外し、菅原道真に変えてきたのだと思われます。菅原道真は牛頭天王の生まれ変わりだからです。

 

小豆島の土庄町にある天神神社は由緒板がなく、具体的な祭神は良く分かりませんでしたが、神社の真正面に美しくそびえる高い山がありました。

 

小豆島③

 

この山を地図で調べてみたら、皇踏山(おうとざん)という名前でした。

 

おそらく、皇は牛頭天王を表し、踏は牛頭天王がこの山に降臨したことを表しているのだと考えています。

 

つまり、天神(天津神)である牛頭天王が、地球を統治するために、天から最初に降り立った山が、小豆島の皇踏山なのです。小豆島の天神神社は、この皇踏山をご神体として祀っているはずです。

 

話を元に戻すと、小豆島が牛の形をしているのは、牛頭天王が最初に降り立つ場所として、それに先立つ国産みの際に、天(イザナギ、イザナミ)によって創られた島であるからなのです。

 

だからこそ、小豆島は神聖な島であり、霊的にとても波動が高いのです。牛頭天王については、今後より詳細な真実が分かって来ると思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

昨年11月に小豆島に行って来ました。

 

小豆島は、瀬戸内海にある島では淡路島に次ぐ2番目の面積があり、香川県に属していますが、岡山県とも文化的に近い島です。

 

記紀の国産みにも、小豆島(あづきしま)として大八島国八島の後に誕生した六島の一つとして登場します。

<WIKI:国産み>

 

従って、霊的にはかなり重要な島だと言えるはずです。

 

観光的には、エンジェルロードの朝日が最も素晴らしかったです。

 

エンジェルロード:干潮の時だけに現れる島と繋がる自然歩道

エンジェルロード①

 

エンジェルロードから見えた朝日

エンジェルロード②

 

 

小豆島が霊的な島と言えるのは、小豆島八十八カ所巡りを初めとして、多くの寺院があることが物語っています。

 

早朝の西光寺

西光寺

 

 

また、島の中央部からやや東側には、小豆島で最も高い山である星ケ城山を中心とした三山が連なっており、そこには寒霞渓という大きな渓谷があります。寒霞渓からの眺望は素晴らしく、小豆島一番の観光スポットとなっています。

 

寒霞渓からの眺め

寒霞渓②

 

寒霞渓①

 

 

しかしながら、小豆島の成り立ちを感じるには、寒霞渓の上部に頂を持つ星ケ城山頂上に行く必要がありました。

 

星ケ城山には東峰と西峰があり、それぞれに阿豆枳(あづき)神社がありました。阿豆枳(あづき)は、古称である小豆島(あづきじま)から来ているのでしょう。

 

何故、読み方が小豆島(しょうどしま)に変わったのでしょうか?

 

ここには、熊襲による小豆島の本質を隠す狙いがあったのだと考えています。

 

西峰にある阿豆枳神社には、国産みで生まれた小豆島の神、大野手比売(おおぬでひめ)が祀られていました。つまり、気が遠くなるくらいの遠い昔、イザナギ、イザナミによって小豆島が誕生した際、ここに小豆島の守護神である大野手比売神が降り立ったのです。

 

西峰にある阿豆枳神社

星ケ城山②

 

 

また、東峰にある阿豆枳神社には、豊受大神、天御中主神、高皇産霊神、瓊瓊杵命など、日本神話の中枢の神々が祀られていました。

 

東峰にある阿豆枳神社

東峰阿豆き神社①

 

東峰阿豆き神社②

 

日本列島には、大きな岩礁のような島を含めると6852の島があるようですが、この中で記紀の国産みとして登場する十数個の島は、霊的に特別に重要な島なのです。

 

そのため、古代からこれらの島々は、神道及び仏教で信仰されてきていたのですが、明治維新の廃仏毀釈等の伝統信仰の破壊により、現代人の多くは、神道や仏教の本来の意味を忘れさせられ、形式だけの信仰になってしまったのです。

 

神国日本の高波動を維持する秘密が隠された島、それが小豆島なのですが、小豆島には他にも驚くべき謎が隠されていたのです。

 

つづく。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

前回の続きです。

<ニギハヤヒの真実①>

 

天から地上の統括者として送られたニギハヤヒが降り立ったのは、河内国の河上、現在の大阪府交野市の磐船神社でした。

 

ここからニギハヤヒの時代が始まったのですが、ニギハヤヒの時代は長く続かなかったようです。

 

記紀には何も書かれていませんが、先代旧事本紀には、ニギハヤヒが亡くなったことが明瞭に書かれています。

 

***********

 

饒速日尊は、御祖(天祖)の詔を受けて、天磐船に乗りて天降(あまくだ)りたまひて、河内國の河上の生駒の上に坐(ましま)せるも、大倭國(おおやまとのくに)の鳥見の白庭山に還坐(うつりましま)せり。

 

時に、饒速日尊は、長髄彦神(ながすねひこのかみ)の妹、御炊屋姫命(みかしきやひめのみこと)を娶りて妃となし、しかして一男一女の神を誕生(あれなし)たまふ。

 

御子 熟美真味命(うましまあじのみこと)、妹 熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと)

 

先経(さきたた)して身に妊(はら)みたまふも、いまだ産(こうみ)に及ばずして、櫛玉饒速日尊は、毒風(ぶすいき)にあたりて、神退(かんさり)ます

 

天祖(あまつみおやのかみ)は、詔してなきがら、及び、伴なす諸々の天津神をして天上(たかまがはら)に返さしむ。

 

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ニギハヤヒは、「毒風にあたりて神退ます」とは、地上では(神としては)亡くなり、魂はその後、天に戻ったことを意味しているようです。

 

毒風を使ってニギハヤヒを亡き者にしたのは、大巳貴命(おおなむちのみこと)と書かれています。記紀では、大貴命と記載されている神であり、一般的には大国主命のことであると理解されていますが、実態は違います。

 

記紀や神社に、大己貴命(大巳貴命)と書かれている場合は、邪神が大国主命に成り済ました偽物のことを意味しています。「大己貴」は「自分はとても貴い」という意味ですから、自画自賛しることです。そんな神は邪神以外いません。

 

大国主命は国津神であり、地球の開拓をまかされていたのですが、邪神によって偽の大国主命(大己貴命)が登場するようになり、それは天津神の系統で言えば天忍穂耳尊の時代から長く続いていたようです。

 

先代旧事本紀には、ニギハヤヒが亡くなった場所については言及されていませんが、「大倭國の鳥見の白庭山に還坐せり」となっていることから、奈良県生駒市にある白庭台付近ではないかという説があります。

 

ネットで生駒市を調べたところ、白庭台付近の森の中に、ニギハヤヒの墓が祀られていると知り、昨年秋に行ってみました。

 

場所は生駒市総合公園の裏山の中でした。公園の裏山に入り、細い林道を15分程進んだところに、ニギハヤヒの墓がありました。次の写真です。

 

ニギハヤヒの墓①

 

瓊瓊杵尊の墓(古墳)のように、宮内庁が管理している荘厳なものでは全くなく、土を高さ1mくらいに盛り上げただけの小さな荒れた墓に、「饒速日命墳墓」という石碑が立っているだけでした。

 

 

ニギハヤヒの墓②

 

この写真だけ見ると、遠い神代から伝わる墓ではなく、少し昔に誰かが勝ってに作った墓のように思われるでしょうが、神気はとても強く、墓の前に行くと日が射し、急激に明るくなりました。

 

先代旧事本紀に書かれているニギハヤヒが亡くなった場所は、この辺りに間違いないと思われます。

 

ただし、亡くなったのは初代のニギハヤヒであり、この後、少し時間を置いて二代目ニギハヤヒが地上に降臨したようです。このことは先代旧事本紀にも書かれていません。

 

初代ニギハヤヒが倒れたので、二代目ニギハヤヒは三位一体の神として、降臨することになります。それが、天照国照彦天火明奇玉神饒速日尊(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)という長い名前になるのです。

 

邪神(熊襲)である大己貴命に対抗するため、天は、三神を一体にさせて対抗させたようなのです。天照国照彦天火明奇玉(櫛玉)の三体の神が一体となり、饒速日尊を名乗って統治したのです。

 

ニギハヤヒを祀る神社に、祭神が天火明命や天照国照彦天火明尊、またまた天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日尊など、数種類の神名があるのは、このように、少なくともニギハヤヒが二代以上いたからなのです。

 

また、天孫降臨で有名な瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、ニギハヤヒの系統であり、瓊瓊杵尊名乗ったり、饒速日尊と名乗ったりした時があったようです。つまり、瓊瓊杵尊=饒速日尊なのです。

 

従って、以前書いた瓊瓊杵尊は存在しなかったは間違いであり、邪神が成り済ました偽の瓊瓊杵尊や偽の饒速日尊が存在していたということのようです。

 

日本神話は熊襲によって改竄されているため、真実に辿りつくのはとても難儀なことです。

 

天皇へ続く系統は、天照大御神 ⇒ 天忍穂耳尊 ⇒ 饒速日尊(瓊瓊杵尊) ⇒ 彦火火出見尊 ⇒ 鸕鶿草葺不合尊 ⇒ 神武天皇(人皇天皇初代)と考えて良いようです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

7年前、饒速日命(以下「ニギハヤヒ」)について書いたことがあります。

<皇室の祖>

<幻の大和朝廷>

 

佐賀に大和朝廷があった?

ニギハヤヒ天皇?

 

当時は、訳がわからず書かされていた部分もあったのですが、これらの事象は、完全に当たっていないとしても、全くのウソではないことが、この7年間で分かって来ました。

 

謎解きの変遷についての詳細は勉強会で話しています。ブログ記事だけでは詳細をきちんとお伝えすることは難しく、誤解を与えかねないので、最近(ここ3年程)の記事では、大きな謎が解明出来たとしても、差し障りのない範囲で、あえて伏せて書いていることも多いです。

 

さて、記紀にわずかに登場するニギハヤヒなのですが、この神程、謎が深い神もいないと思います。

<WIKI:ニギハヤヒ>

 

それゆえ、昔から多くの人達が、ニギハヤヒに関する自説を主張してきているようですが、私は、的を射たものは一つもないと言ってよいと考えています。

 

ニギハヤヒの真実を知るには、先代旧事本紀大成経をベースにしないといけません。

<真の歴史書(続)>

 

記紀に書かれているニギハヤヒは2カ所のみです。

 

日本書紀では、神武東征に先立ち、天照大神から十種の神宝を授かり天磐船に乗って河内国の河上の地に天降り、その後大和国に移った、とされています。

 

また、古事記では、神武天皇の神武東征において大和地方の豪族であるナガスネヒコが奉じる神として登場します。ナガスネヒコの妹のトミヤスビメを妻とし、トミヤスビメとの間にウマシマジノミコトをもうけたとされています。

 

記紀には、ニギハヤヒについて、これだけしか書かれていないのに、ニギハヤヒが広く研究されているのは、ニギハヤヒが天照大神から続く正当な神の王の系統だからだと考えられます。

 

しかしながら、おそらくニギハヤヒは、神代終盤に大きな出来事に巻き込まれ、熊襲によって歴史から消されたのでしょう。

 

現代では偽書とされる先代旧事本紀大成経ですが、ニギハヤヒについては、記紀よりも詳細に書かれています。神武天皇のずっと前の時代からニギハヤヒは存在していて、天忍穂耳尊の次の代を継いだことが書かれています。天から32柱の天津神を伴って地上に降臨します。

 

しかし、地上に降臨したニギハヤヒは、大国主命の偽者もしくは、悪に堕ちた大己貴命の毒に当たって命を落とした、と書かれています。

 

私は、ニギハヤヒの謎を探究するため、まず、日本書紀に書かれているニギハヤヒが降り立ったとされる、河内国の河上の地について調べてみました。

 

当地に比定されているのは、大阪府交野市にある磐船神社です。

<WIKI:磐船神社>


昨年の秋、磐船神社に寄ってみました。磐船神社は、天の川伝説がある天野川沿いにあり、巨岩群を本体として祀ったものです。

磐船神社①

 

祭神の正式名は、天照国照彦天火明奇玉神饒速日尊と長い名前になっていますが、これがニギハヤヒであるとされています。

 

社殿の後ろにある巨岩が、ニギハヤヒが地上に降臨する際に使った天磐船(UFOのようなもの)とされています。

磐船神社②

 

確かに、磐船神社の境内では、それなりの神気を感じました。

 

しかしながら、川沿いには強い邪気が溜まっていました。その理由は、後で分かりました。

 

境内を見回った後、私のアンテナが強い神気を感じたのです。その方向に行ってみると、境内の外側、道路を挟んだ反対側の巨岩だったのです。

 

磐船神社④

 

 

そして、その巨岩の真上には、『天磐船』らしき石碑が残されていたのです。

 

磐船神社⑤

 

つまり、境内にある巨岩は、本物の天磐船ではなく、境外にある巨岩が天磐船だったのです。真実を隠し、波動を下げるための熊襲がやったことなのですが、このようにされた原因は、ウィキペディの磐船神社欄に書かれていました。

 

「神社のすぐ横を磐船街道が通っている。 かつては国道168号線の一部であり、大阪府交野市と奈良県生駒市の県境近くに位置する神社付近では道路幅が狭く、すれ違い渋滞の名所だった。川幅も巨岩が跨ぐほど狭く、過去にはたび重なる天野川の氾濫により、社殿・宝物などの流失が続き、防災上のネックとなっていた。1997年(平成9年)に道路改良工事と河川防災工事が竣工し、磐船神社に入る手前で道路と河川がバイパスされ、道路は新磐船トンネルを、河川は天野川トンネルをくぐることとなった。現在では路線バスや付近の住民などを除き大半の車がバイパスを通行している。」

 

河川の氾濫がたびたび起きるため、天野川の流れを変え、なんと川専用のバイパス・トンネルを作っていたのです。この時に、自動車用の道幅も広くし、境内を二つに分けたようなのです。

 

この時、本来の天磐船は境外になり、忘れられてしまった、というのが真相のようです。

 

このように、熊襲は波動を下げるため、全国各地で同様なことを行ってきました。河川の改修や海岸の護岸工事は、多くの場合、熊襲が波動を下げるために行われています。

 

磐船神社の地が、日本書記に書かれている河内国の河上の地に間違いありません。そして、天磐船もありました。

 

しかしながら、河内の国に降臨したニギハヤヒは、先代旧事本紀大成経に書かれているように邪神によって命を失ってしまうのです。

 

ちなみに、先代旧事本紀では、天照国照彦天火明命(ニギハヤヒのこと)の息子の神である天隠山命(アメノカクガヤマノミコト)が登場し、神武天皇の時代に存在しているのですが、神武天皇が崩御する際に、天隠山命もあの世に隠れたと書かれており、その時の天隠山命の年齢が何と179万3400歳となっています。

 

人皇天皇初代の神武天皇が無くなった時の年齢が127歳とされていますから、神と人間の年齢差に驚愕してしまいます。たった2700年前まで、現実に神が存在していたことになるのです。

 

話を戻しますが、ニギハヤヒは地上で命を落とすのですが、その後、二代目ニギハヤヒが降臨することになるのです。

 

次回に続きます。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

さて、節分が明けました。

 

旧暦(太陽太陰歴)では、節分明けの立春が新年の始りでした。新暦が常識となってしまった現代では、節分には豆まきをする風習が残っているだけですが、宇宙の法則では節分明けが真の正月の始りです。

<節分の意味>

 

これから十二支最後の年である亥年2019年です。

 

さて、この2019年は、私はとても激動の年になるような気がしています。

 

それは、2019の各桁の数字を足す(2+0+1+9)と、12になるからです。

 

12という数字は、時計の12時制や新暦の12月制の数字であり、日常では大変良く使われる数字です。

 

しかしながら、この12という数字、宇宙の法則では、最も縁起が悪い数字なのです。もっと分かりやすく言いますと、邪神が最も好む数字でもあるのです。

 

随分前にオリンポス12神は邪神が成り済ましたもので、実際にはオリンポス13神である旨を書きました。

<オリンポス13神>

 

ゼウスを初めとしたギリシャ神話のオリンポスの神々の代表が、オリンポス12神として現代に伝承されています。

 

しかし、本来は、13神がオリンポスの代表的な神々であり、正義の味方として邪神軍と戦っていたようです。

 

もちろん、正義の神々が勝ったのですが、簡単にあきらめない邪神軍は、後に奸計を使って正規軍を侵していったのです。

 

そして、邪神トップ自らがオリンポスの神々に成り済まし、間違った歴史(勝者の歴史)に書き換えてしまい、オリンポス12神として現代に伝わっているのです。

 

13神を、邪神が好きな12神に変えたというのが真相なのです。

 

40年くらい前でしたか『13日の金曜日』という米国の映画がヒットし、その後シリーズ化されました。

 

米国では13があまり良くない数字と考えているようで、13という日もイメージが悪くなりました。

 

しかし、本来13は良い数字であり、12こそが、最も縁起が悪い数字なのです。これを知っている現代人はごく少ないようですが。

 

従って、12にまつわる月日は、邪気が多くなりやすいので、大事なイベントは行わない方が良いのです。邪気によって邪魔されやすいのです。

 

月日だけではありません。もっと大きな時間の流れとして、にも関係してきます。冒頭で話しましたように、2019年は各桁を足すと12になります。

 

このように、各桁を足して12になる年は、1920年以来、なんと100年ぶりに出現するのです。

 

1920年には、戦後恐慌が起きています。

<wiki:戦後恐慌>

 

ちなみに、その一つ前の12になる年は1911年ですが、この年には、清国が滅亡する辛亥革命が起きています。

<辛亥革命>

 

1920年以前は、12となる年が10年に一度くらいは出現していたのですが、1920年以降はなく、2019は100年ぶりの出現なのです。

 

縁起が良くないことを節分明けにお伝えしたくはないのですが、今年の世界情勢を、このような視点で見ることで何らかの発見があるかもしれません。

 

ずばり、2019年は、世界的に経済面で大変な年になるような気がしています。さて、どうなるでしょうか。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

昨年10月に岩手県を巡った際、初めて遠野を訪れました。遠野は、古を感じさせられる、波動が高い場所でした。

 

遠野は盆地状になっていて、北側には雄大な早池峰山があり、釜石市との境には仙人峠があります。早池峰山は修験道が栄えた場所として有名ですが、仙人峠にも巨石群があり、古代、修験道の痕跡がありました。仙人を目指していた場所だから仙人峠なのでしょう。

 

おそらく、遠野は、古き日本の小国の都であり、天竺の一部でもあった場所に違いありません。

 

私は、全国津々浦々を巡っていますが、遠野は、日本有数の波動が高い場所に感じました。

 

さて、その遠野を中心としたこの地域には、天狗、河童、座敷童子など妖怪に関わるものから、神隠し、臨死体験、あるいは祀られる神とそれを奉る行事や風習に関するものなど多岐に渡る霊的な伝承が残されているようです。

 

これらの伝承を、まとめたのが柳田國男で、明治43年に『遠野物語』として発表しています。

<WIKI:遠野物語>

 

遠野物語には119話が収められています。私も読んでみました。内容的には、現代人にとってはとても実話と思えないような話が多いのでフィクションと思いがちですが、実際には収められている説話はほとんどが実話だと考えています。

 

その中でも、今回、私が興味を持ちたのは、第2話の「神の始」でした。

 

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神の始

 

遠野の町は南北の川の落合にあり、以前は七七十里として、月に6度開かれる市には7つの渓谷、70里(およそ28km)の距離から売買の為に商人1000人、馬1000頭が集まる賑わいをみせていた。

 周囲には遠野三山と呼ばれる山々があり、早池峰山、六角牛山、石上山(石神山)、これらには成り立ちに関する神話が存在する。大昔に女神とその3人の娘が遠野を訪れ、来内村の伊豆権現のある所に宿った際、女神は娘達に良い夢を見た娘に対して良い山を与えると伝えた。夜深く天から霊華が舞い降り、姉の胸の上にこれが降りるも、末の娘が目を覚まし、これを自分の胸の上に移すことで最も美しいとされる早池峰山を手に入れた。そして姉達はそれぞれ六角牛山と石上山を得た。

 

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この説話は、「神の始」となっていますが、遠野地方の神始りと考えて良いと思われるので、大昔とは、神武天皇誕生以前の神代の話に間違いなく、大国主が登場して以降の話でしょう。

 

従って、数万年前から数百万年前という途方もない古い時代のことになります。我々が神代を信じられないのは、このとても長い時間観念なのです。

 

しかしながら、人間の常識は、天の非常識と考えるべきであって、人間の常識が間違っていることが多いのです。

 

この説話では、女神が、娘三人と一緒に遠野地方を訪れ、宿に泊まった時に、三人の娘の中で一番良い夢を見た娘に良い山を与えるというものです。

 

娘三人は、女神の娘ですから、これから世の中を守護する神として成長していくはずで、まずは山を守護する神として、良い山を与えるという意味でしょう。

 

「夜深く天から霊華が舞い降り、姉の胸の上にこれが降りるも、」の部分は、おそらく三人の娘とも同じ夢を見ていたのでしょう。

 

そうすると、夢の中では霊華が舞い降りそうになっていた姉(長女?)が、一番良い夢になるはずだったと考えられます。

 

しかし、「末の娘が目を覚まし、これを自分の胸の上に移すことで」の部分によって、夢の途中で三女が目を覚まし、霊華を自分のものにしてしまいます。

 

その結果、母親の女神は、「最も美しいとされる早池峰山を手に入れた。そして姉達はそれぞれ六角牛山と石上山を得た。」に繋がります。

 

早池峰山、六角牛山、石上山は、今でも遠野三山と呼ばれる山岳信仰の山だったようです。

 

遠野三山の主峰早池峰山は、かつては遠野地方の修験道の中心壮大な早池峰神社があります。主祭神は、瀬織津姫神であり、女神から早池峰山をもらった三女は、瀬織津姫神の役職を与えられたことが分かります。

 

つまり、最初の瀬織津姫は、この時の早池峰山で誕生したようなのです。

 

早池峰神社

早池峰神社①早池峰神社②

 

姉がもらった六角牛山と石上山は、早池峰山よりもかなり低い山ですが、それぞれ六神石神社と石上神社が鎮座しています。

 

六神石神社

六神石神社

 

石上神社

石上神社

 

瀬織津姫は魂の浄化の神様です。

 

早池峰山に最初の瀬織津姫が誕生したということは、遠野地方の神の始りと考えていたのですが、実は、世界の浄化システムの始りが、この遠野の地が最初だった、ということがいえそうです。

 

柳田國男がわざわざ遠野の地を訪れ、当地の伝承をまとめて遠野物語を書いた意図は、後世の人に本当の歴史を知ってもらいたいこと、それと霊性を取り戻してもらいたいという意図があったのかも知れません。

 

いずれにしても、遠野物語には、真実を知るヒントが隠されています。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

ジョン・ミルトン失楽園について部分的に紹介してきました。

<失楽園と復楽園>

<アダムとエバの真実>

<キリスト教の原罪>

<神と理性>

<理性と熊襲>

<邪神が創造した人類>

 

失楽園は、旧約聖書の創成期を題材にした、壮大な叙事詩なのですが、実はこれはフィクションではありません。信じられないでしょうが、現代の人間に覚醒のきっかけを与えるために、ミルトンが残したものなのです。

 

失楽園を読んで、「ああ、面白ろかった」程度で終わる人は、まだまだ魂の修業が足りない人だと思って良いでしょう。全文を読めない人は論外です。

 

逆に、失楽園を読んで目から鱗が落ちた人は、現在の地球で大きなミッションがあると考えて良いでしょう。

 

失楽園を読むために必要な心構えは、まず、『何故、地球に人間が誕生したのか』を考えることにあると思います。

 

人間は、偶然に猿から進化したと未だに思っている人は、所詮、今の人間の枠を超えらないでしょう。そのような人は、地球で生きて行くのが精いっぱいな魂レベルが高くない人、だと私は考えています。

 

創造主には、地球に、わざわざ人間を誕生させなければならない理由が存在したのです。その理由を教えてくれるのが失楽園です。

 

元々の地球、今から数千万年前以前の地球は、皆さんが歴史で教わるように恐竜が支配していて、人間は存在しませんでした。この頃の地球は、仏教で定義されている阿修羅界だったのです。阿修羅界とは、恐竜の世界のことだったのです。

 

阿修羅界は、天に存在する天使達のうち、堕落したものが送られた場所です。だから地球は、宇宙の刑務所と呼ぶべきものなのです。

 

失楽園では、天使間で分裂騒動が起き、サタンを中心とした反乱軍が結成されることが冒頭に書かれています。天に無数にいる天使達のうち、1/3の天使達が、反乱したサタンに付いて行ったと書かれています。このサタンを中心とした反乱軍は、正規軍と戦い、結局敗れ、創造主(実際は創造主の御子)によってタルタロス(地獄)に閉じ込められたと書かれています。

 

このタルタロスが、古代地球の恐竜の世界であり、阿修羅界のことである可能性が高いと思っています。

 

ところが、創造主は、サタンら堕天使達を見捨てることはしません。彼らも創造主から生み出された魂の持ち主だからでしょう。

 

失楽園には、サタンらに関して次のようなセンテンスがあります。

 

「私(創造主)は、もう一つ別な世界をすぐにでも創造り出し、一人の人間から無数の人間を創造り、この天国ではなくその世界に住まわせたいと思う。人類は、やがていろんな段階の功績を積むことによって順次高められ、従順な心を久しきにわたって試みられたのち、ついにはこの天国に登る道を自ら開くようになろう。そうなれば地は一変して天となり、天は地になり、そこに一つの王国が、限りなき喜びと和合の世界が生じよう。」

 

この新しい世界が天国の地球(楽園)のことであり、そこに人類の祖として、創造主は自らと同じ身体をしたアダムとエバを産みだします

 

つまり、人類の祖、アダムとエバは、地球に誕生したのではなく、最初は天国の地球に誕生した人間なのです

 

従って、現代の人間よりも、霊性的には、はるかに高かったはずなのです。

 

逆に言えば、人間が誕生する前の天使の姿は、人間の姿からはかなり離れた存在であったのでしょう。頭が現代の牛や虎などの動物の姿をしていたのだと思われます。

 

このアダムとエバが最初に天国に誕生した時代は、私の推測では、一千万年前前後です。地球では、すでに恐竜が滅んでいた時代のことだと思われます。

 

このような経緯から、創造主は、天国の世界で、堕天使を更正させたうえで、全ての天使達を新たなる天国の世界で、人間の身体を与えて仲良く暮らさせようと考えたようなのです。

 

しかし、反乱天使の中心であるサタンは、創造主と同じような人間の身体を初めて持ったアダムとエバに、激しく嫉妬します。

 

そして、創造主の意図とは反して、サタンは、アダムとエバを奸計を使って滅ぼそうとするのです。

 

これが、アダムとエバが、禁断の果実(善と知識の木の実)を口にして、天国を追放されることに繋がるのです。

 

創造主は、アダムとエバに、天国の世界では禁断の果実を食べることを禁じます。もし、食べると、死が待っていることを事前に伝えていたのです。

 

このことを知ったサタンは、アダムとエバに、禁断の実を食べさせる奸計を実行し、二人に禁断の果実を食べさせることに成功するのです。

 

禁断の果実を食べた二人は、元来の純粋な心に、裸で恥ずかしい、という感情が芽生えます。当初は、人間の赤ちゃんのような無垢な心だったアダムとエバですが、赤ちゃんが子供から大人に成長する過程で生じていく欲望の感情が、禁断の果実を食べた瞬間、突然芽生えたのです。

 

これを知った創造主(実際には予期していた)は、アダムとエバの二人に、当初の死という罰に替えて、別の世界へ行くこと命じるのです。

 

この別の世界が地球なのです。かつて恐竜が活躍していた、阿修羅界の星、地球です。

 

天国を追い出され、地球へ送られたから失楽園なのです。

 

失楽園は、アダムとエバが、地球へ送り込まれるシーンで終わりますが、この後の続きは、記紀の日本神話に書かれている国造りのことだと考えられます。

 

つまり、地球に送られたアダムとは、初代の大国主命なのです。

 

大国主命は、天から地球に落とされたスサノオ尊の六代目の孫とされていますが、これがアダムなのです。

 

アダムは人間の祖で、大国主命は国津神だから全く異なるのではと思いがちですが、2900年前の人間中心文明に移行してから、人間は諸々の神通力を失ってしまったのです。元来は人間=国津神と考えて良いのです。

 

アダムとエバは、地球で子孫を増やしながら国造りを行っていったのです。

 

アダムとエバが追い出された天国は、今でも天に存在していて、これが、私が主張しているもう一つ地球であり、地球と太陽を中心にした反対側の点対称の位置に存在しているのですが、次元が高過ぎて人間の目には見えないのです。

 

人間が覚醒し、元のように神通力を持つ国津神のようになった時、見えるようになるのでしょう。

 

いずれ、天国と地球は一体となるのです。このことの本質を良く分かっていないスピ系の人達は、邪神によって操られ、地球と天国が一体になることを大騒ぎしてアセンションと叫んでいるのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

2019年が始まりました。

 

今年は、国際的・経済的に激動の予感がしています。

 

国内では天皇陛下が譲位し、5月からは新たな元号となります。

 

亥年は、十二支の最後であり、次の新たな12年に向けてエネルギーを貯める年とも言われています。

 

2020年以降に現れるであろう新時代に、心身ともに波動を上げて備えなければなりません。

 

 

今年最初の記事は、昨年10月に巡った岩手盛岡での出来事です。

 

岩手には何度か行ったことがあるのですが、この時は岩手神社や姫神嶽神社、鬼の手形の巨石がある三ツ石神社を中心に巡りました。

 

岩手山神社

 

鬼の手形がある三ツ石神社の巨石

 

 

その帰りに、盛岡の名産である盛岡冷麺を食べるために、同行してくれた知人の勧めで、ぴょんぴょん舎という、盛岡冷麺チェーンとして最大手のお店に入ることになりました。

 

車のナビに、近くのぴょんぴょん舎を入力しようと住所を調べたところ、盛岡市稲荷町でした。

 

古代、この地が稲荷の発祥だったところなのでしょう。

<神社の起源>

 

稲荷といえば稲荷神。稲荷神については、邪神に乗っ取られた神として、当ブログでは初期の頃から調べてきました。

<稲荷神誕生の秘密①>

<稲荷神誕生の秘密②>

 

稲荷神社の眷属である白狐神は、元来、悪い存在ではなかったのですが、邪神に乗っ取られ、悪側に立場を乗っ取られたり、堕ちたりしてしまったのです。

 

主祭神のウカノミタマ神についても、本物は役割を奪われ、現在の日本にある稲荷神社の祭神は、ほとんどが邪神、偽物のウカノミタマ神にすり替わっています。

 

そして、邪神は、稲荷神社を民衆に信仰させることで、信仰した民衆は霊的に契約させられ、邪神の意のままに操られだしたのです。

 

また、昨年分かったことですが、稲荷神の眷属は、現在のような白狐になる前は、白兎神も同様な役割を持っていたのです。

 

しかし、日本神話の因幡の白兎神話にあるように、白兎は邪神(ワニ)によっていじめられ、ついには’(本物の)ウカノミタマ神の眷属から切り離されてしまったということが真相だったのです。このことは、どこにも書かれていません。消された歴史なのです。

<因幡の白兎の真実①>

<因幡の白兎の真実②>

 

このうような白兎に関する経緯が分かった直後だったので、盛岡市稲荷町にあるぴょんぴょん舎という冷麺店に、私は直感的に大変興味を持ちました。

 

その理由は、ぴょんぴょん舎が、「兎小屋」を意味していると思ったからです。稲荷町に閉じ込められた兎だと理解したのです。

 

 

私達が入ったのは、稲荷町にあるぴょんぴょん舎の本店でした。

 

まだ正午前でしたので、すんなり入れましたが、食べ終わり店を出て行く際には、数十人の列が出来ているくらい人気のお店のようです。

 

知人2人と入り、盛岡冷麺を注文し食べました。とても満足できる味でした。

 

ところで、ぴょんぴょん舎には、2人で入ったのですが、たくさん空いているテーブル席ではなく、奥に3つ程しかない最大8人座れる座敷の個室に案内されたのです。

 

「こんな広い部屋を使ってもいいのかな」と思いながら盛岡冷麺を待っていました。

 

その時、ふと横を見ると、小さな掛軸がありました。

 

その掛軸には、「一息」という大きな文字の下に、なんと白兎が描かれていたのです。

 

 

ハッ、としました。

 

稲荷町に白兎なのです。

 

ちなみに、他の個室を除いたところ、それぞれ全く異なる掛軸が掛けられていました。白兎の掛軸は私達が案内された部屋だけにしかなかったのです。

 

これは偶然ではありません。世の中に偶然はなく、全て必然なのです。天が導いている必然を、何も知らない人間は、偶然と思っているだけのことなのです。

 

つまり、天は、私に稲荷と白兎の関係について、証明を与えたのでしょう。

 

日本神話の白兎説話は、因幡の国の話ですが、実際には、白兎神は日本全国各地にたくさんの数がいて、ウカノミタマ神の眷属として人間の食糧を支える役割をしていたのです。

 

盛岡だけでなく、全国に稲荷がついた地名があります。そこは、稲荷神社があるから稲荷町ではなく、ウカノミタマ神の眷属である白兎神が拠点としていた場所だから、稲荷町とついたのです。

 

それを、今から2千年くらい前に、後生の人々が、祀りだしたことのが、本来の稲荷神社なのです。

 

ところが、これまで述べてきたように、邪神によって呪いをかけられ、変わり果てたのが現代に残っている稲荷神社ということになります。

 

盛岡の稲荷町で、確信した出来事でした。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

◎神国日本の仕組み(浄化システム)
 

<プラチナが世界を救う!> <大坂城の真実>

<祓戸大神>

<神国日本は世界の雛形>

<神国日本の仕組み①> <神国日本の仕組み②> 
<神国日本の仕組み③> <神国日本の仕組み④> 
<神国日本の仕組み⑤> <神国日本の仕組み⑥>

<火のライン復活> <九州と火のライン> <富士の火ライン>

<結界の真実①> <結界の真実②>

<魂と浄化システム> <白と黒> <曲霊とは?>

<霞の真実> <PM2.5と波動> <PM2.5の欺瞞>

<宇宙の六道輪廻> <霊峰大山の秘密>

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<季節が本来の姿に戻る!> <ゼロ磁場の構築方法>

<四国の秘密その1> <四国の秘密その2>
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<浄化システム-瀬戸内海> <三陸海岸の役割>

<九州の役割> <諫早湾の役割> <大村湾の役割> 

<大村湾の真実①> <大村湾の真実②>
<琵琶湖の役割>  <長良川河口堰の狙い>

<新大陸隆起の兆候> <九州の浄化システム復活>

<水道の真実> <水道の真実その2> <水回りは東側>

<渦潮が復活する> 浄化システムと水晶> <埋立地は霊的水道>

<世界を浄化する五島列島> <利根川の本来の流れ>

<広島と長崎の謎> <広島と長崎の謎(続)> <東北と上の六道輪廻>

 

<波動上昇と花粉症> <塩と波動と憑依の関係>

<憑依と祖先の因縁> <対馬の役割> <神田川の真実>

<全国の河川の浄化システム> <創造人類と浄化河川>

<アンコールワットの真実> <天竺の真実> <日本の天竺>

<天竺とは仏所> <清水寺の役割> <日本と韓国を結ぶ天笠>

<五山と古都と天竺> <岡山の天竺> <修験道と天笠の関係>

 

<浄化システム-秋吉台> <天笠山> <陶磁器は陰陽>

 

<伊豆大島と天笠> <真田は天竺> <千里丘陵と天竺川>

 

<水子が集まる場所> <甑島と天竺>

 

<日本のピラミッドは天竺の象徴> <姫島の真実>

 

<人間の魂を浄化する朝鮮半島>

 

<宮城の天竺> <座間の秘密> <諏訪の真実>

 

<小豆島の真実①> <小豆島の真実②>