我々日本人は、昔に比べれば神の信仰は薄れてきたとは言え、今でも初詣には多くの人が訪れますし、人生で苦しい場面に遭遇すると、自然に神頼みや厄払いを行う人も多いです。神への信仰は薄れても、天に神が存在することは、自然に理解しているのです。
ただし、目に見えない神の存在を、感じることが出来ない人がほとんどなので、神の存在を深く考えられないのです。
それでは、神はどこに存在するのでしょうか?
もちろん、神社には、その神社に祀られている神がいます。
神は、人間とは異なり神通力を持っているので、いつでも瞬間移動が出来き、つい先程までは天にいたとしても、日本各地のその神が祀られている神社にも、時間を飛び越えて瞬時に行くことが可能ですし、また、瞬時に複数の場所に意識を傾けることが出来るのだろうと考えています。それが神の力なのです。
ところが、神は、神社に存在しているだけではないのです。
実は、多くの人間の心の中に、神は存在しているようなのです。
話が飛びますが、私は、太陽系には、人間の科学力では認識できないけれども、地球と瓜二つのもう一つの地球が存在して、そこには地球の人間の分身であるもう一人の自分が存在する、と主張してきました。
<もう一つの地球の真実>
<もう一つの地球との連携>
普通の人には、荒唐無稽なトンデモ話と思われるような内容でしょう。
もちろん、私自身、もう一つの地球に行ったことがあるわけでもなく、もう一人の自分にリアルに会ったことはありません。夢の中で会う程度です。
実は、もう一つの地球とは、皆さんが良く言葉に出す天国のことなのです。
そして、もう一人の自分とは、実は、前述した神とほとんど同じような存在なのです。
人間が地球に誕生する際に(実際には妊娠する直前)、天によって胎児の元に魂が入れられるのですが、その魂の大元は天国に存在していて、地球に人間として転生する際、その魂を分割して、新たな真っ新な魂を産みだし、その魂が人間として生まれるのです。
従って、人間が誕生した場合、天国と地球に、二つの同じ系統の魂が存在することになり、地球側、人間側から見ると天国の大元の魂の存在を、もう一人の自分、と呼ぶことになるのです。このもう一人の自分とは、天国にいるたくさんの神(天使)の一柱でもあるのです。
転生とは、地球での魂の修業の場であり、天国にいる魂の本体は、地球という壮大な劇場の中で、記憶を真っ新にした分身として魂の修業を行っているわけです。
この時に、天国の本体であるもう一人の自分は、自分がプログラミンした地球の人間の人生が上手く流れるよう、天国からその人の専属としてアドバイスをテレパシーのような手段を使って送り続けているのです。これを天佑と言うのです。
分かりやすく言えば、地球の人間は、天国にいる神(もう一人の自分)によって、操り人形のような形で、動かされているのです。人形に繋がった糸が天佑なのです。
この天国から天佑を出す、神のことを理性(良心)、と言葉を変えていうのです。
旧約聖書の創成期、人間の誕生のアダムとエバについて詳細に書いた叙事詩、ジョン・ミルトンの『失楽園』には、次のような一文があります。
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人間はすべてが失われはしない。救われんことを願うものは救われるのだ。
ただし、その者の内なる意志によってではなく、自由に与えられる、私(創造主)の内なるめぐみによってなのだ。
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私は何としても彼ら(堕天使)の暗い思いを十分に浄め、石の様に頑な心を和らげ、かくして彼らが祈り、悔い改め、正しい服従の道に立ち返るようにしてやりたい。
・・・・・・・・・
導き手として、彼らの内なる世界に、私が任命する審判者である『良心』(理性)を置くことにしたい。もし彼らがこの『良心』の声に耳を傾け、その命ずることを守り、そして最後までたゆみなく努力するならば、彼らは光から光へと導かれつつ救いに近づき、やがては無事に救いを全うすることができよう。
私(創造主)が任命する審判者である『良心』(理性)を置くことにする。良心に耳を傾け最後まで努力するならば、救われる。だが、私の忍耐と恵を無視し侮るものは救われない
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※引用 岩波文庫『失楽園(上)』P126,127
地球の人間は、前回記事で書きましたとおり、ほんの一部を除いては、基本的には宇宙の落伍者であり、堕天使なのです。
<『ひつぐ』と『みつぐ』>
その人間を更正させるために、ほぼ全人類に、天国の神がそれぞれインストラクターのように付いて、天国から見守り、時には天佑でアドバイスを送っているのです。例えば、交通事故に遭遇したのだけど、間一髪免れ、命を取り止めた人のことをたまに聞きますが、それは天佑が助けていることなのです。
その天佑を与える天国の神々は、人間一人一人に、良心(または理性)という形で、人間の心の中に存在しているのです。良い意味で憑依しているのです。
そう、この良心、理性こそ、天国にいるもう一人の自分であり、神なのです。
操り人形を思い通りに動かすのは修練が必要ですし、たやすいことではありません。同じように、天国にいる神々でも、自分が担当する地球の人間をプログラミングどおり動かすことは簡単ではないのです。
特に、地球には、天佑を邪魔する邪神が存在しています。邪神は人間を堕落させたいがために存在しているようなものです。
世界中の人間の欲をくすぐり、そして霊的に契約させます。
契約した人間は、邪神によって天佑が遮断されやすくなります。神のアドバイスが届きにくくなるのです。そうすると、転生前のプログラミンどおり人生が運ばなくなり、病気や交通事故で死んだり、自殺したりしてしまうのです。前回記事の熊襲③に当たります。
この邪神との霊的契約が極端に進むと、私がこれまで書いてきた憑依・ウォークインによって、その人に付いていた良心・理性がなくなり、つまりもう一人の自分が離れざれを得なくなり、その人は、完全な熊襲になってしまうのです。前回記事で書いた熊襲①、②に当たります。
霊的な契約をさせられ、人生が思うように上手く行かない人類の大多数を占める熊襲③のような人は、早急に正しい方向へ歩めば、まだ天国の神、もう一人の自分が心の中に存在しているので、やり直しは遅くないのです。
「理性を無くす」とは、瞬間的に天佑を遮断されることでもあります。
良心・理性であるもう一人の自分は、その人の心の中にあると書きましたが、実際にその人に与えられた天佑を受信するのが、右脳の役割なのです。だからこそ、右脳は大変重要なのです。
右脳があまり発達していなくて、左脳ばかりが特別に発達した、とんでもなく早い計算が出来たり、とんでもない記憶力を持っている人がたまに見受けられます。そのような人の多くは、コミュニケーションを上手くとれず、社会になじめなかったりします。これは、天佑が働いていない証拠で、天才と馬鹿は紙一重というのは、右脳の発達によって、理性・良心が付いているかどうかで変わってくるのです。
左脳も右脳もバランス良く発達することが重要なのことなのですが、霊的に契約してしまうと、邪神によって右脳から侵害されていくのです。
<右脳と憑依-その1>
<右脳と憑依-その2>
<右脳と憑依-その3>
また、精神安定剤や抗うつ剤、覚醒剤等の精神に影響を与える薬は、一旦体内に入れ続けると、簡単には体・脳から抜けず、天佑を受信する右脳を弱めます。これは、世の中を荒廃させたい邪神のシナリオでもあったのです。
いずれにしても、自分の心に中にある良心・理性というもう一人の自分を大切に思い、その存在からの天佑を信じることです。
それによって、将来、地球の人間を卒業できるようになるのです。これが、輪廻転生の本質なのです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。