知っとうや(真実を求めて?!) -37ページ目

知っとうや(真実を求めて?!)

⚡2900年続いた人類中心文明は、近い将来、五六七(弥勒)時代となり、本来あるべき姿に戻ります。それまでは産みの苦しみが続きますが、見事に成就して欲しいものです。⚡

◎宇宙の仕組み

 

宇宙の法則

 


◎陰陽五行思想
陰陽五行

 

 

◎霊と魂
霊と魂

 

◇覚醒関連記事

 

<銀河系創造主> <天国と霊国>

 

<宇宙の仕組み①> <宇宙の仕組み②> 

 

<幽界の真実> <輪廻転生の真実> <もう一人の自分>

<何故転生するのか?>

<覚醒とは?> <アセンションと覚醒> <覚醒と特例>

<右脳を使う①> <右脳を使う②> <波動上昇とアンテナ>

<ゴールドの真実>  <金神社とゴールド>  <艮の金神>

<プラチナが世界を救う!> <波動エネルギー> <波動と邪気>

<憑依対策> <邪気を追い出すツール!>


<洗脳と堕落(続)> <洗脳の方法>

<マトリックスの世界> <覇気>

<宇宙の法則>

<増上慢との契約>

<水と憑依>

<波動変化とオーブ> <波動で社会が変わる!> <空が変わる!>

<右脳と憑依-その1> <右脳と憑依-その2> <右脳と憑依-その3>

<霊性を復活させよう!> <契約と清算>   <守護神と右脳と天佑>

<霊的デトックス機能> <健康を維持する必須成分>

<憑依と祖先の因縁> <ポケモンGOに潜む危険性>

 

<陶磁器は陰陽>

 

<カルマを解消する!> <節分の意味>

 

<人口減少は霊的な流れ!> <仏教の三毒>

 

<『ひつぐ』と『みつぐ』> <神と理性> <邪神が創造した人類>

 

<憑依の猛威!>

 

<霊的意味その1> <霊的意味その2>

 

<オタモイ-消えた遊園地> <オタモイ-消えた夫婦岩>

 

<知床はトップクラスの高波動>

 

今年も、はや年末になりました。

 

今年は戌年で、日月神示でいうところの目でたけれの年に当たるはずです。

 

実際には、1年前には戦争も危惧されていた米国と北朝鮮の両国が、一転、和平の第一歩となる米朝会談が実現するという、信じられない展開になりました。

 

北朝鮮問題は、朝鮮半島統一の第一歩というだけでなく、その先には日本の国際社会における立場が大きく変わる可能性を示唆しているのです。これは、私が勉強会で話してきたことに繋がります。

 

日月神示の次の目でたけれは、子年である2020年です。この年に、将来の世界情勢(地球情勢)がどのように変わっていくのか分かる、さらなる大きな出来事が起きるのでしょう。人間を卒業する時代がいよいよ現実味を帯びだすはずです。楽しみです。

 

それでは、今年最後の記事になります。

 

ここ2週連続で、門司、門真と、霊的な門、天岩戸の門に関する記事を書いてきました。

 

今回は、大門についてです。

 

大門と言えば、一般的には大きな寺院の正門を指すことが多いです。一番有名なのは、東京にある芝大門でしょうか。芝大門は、増上寺の正門がある場所で、地名になっています。

 

私は、全国各地の寺社仏閣がある場所を中心に巡っているのですが、これまで大門という地名に何カ所も遭遇してきました。

 

津市の大門、さいたま市の大門、函館市の大門、福山市の大門等です。最近数えてみたら、知らず知らずのうちに、50カ所以上の大門という地名に立ち寄っていました。

 

さらに、大門という地名を調べたブログ記事などを検索したところ、全国には少なくとも200カ所以上の大門という地名があるようなのです。

 

これら全ての大門が、現存する寺院と関係している訳ではありません。多くの場合、寺院とは関係なく大門と付けられているのです。

 

このことは、何を示しているのでしょうか?

 

門司や門真は、天岩戸の霊的正門でした。門司が外側の正門で、門真が内側の正門です。

 

一般的に、大きな建物になると正門以外にも、裏門がありますよね。巨大な寺院等では、東西南北に4つの門があったりもします。皇居には、もっとたくさんの門があります。昔の日本のお城にもたくさんの門がありまました。

 

このように、巨大な建物、重要な場所、神聖な場所になればなる程、門の数は多くなっていきます。門が一カ所だけでは、何かと不便だからです。

 

天岩戸は、地球と天国をつなぐ場所です。地球上で、天岩戸程重要な場所はない、といっても過言ではありません。

 

天岩戸に繋がる入口は、正門以外にもたくさんあるようなのです。その数を正確に知っている人は、地上には誰もいないでしょう。

 

その天岩戸の正門以外にたくさんの門が霊的に存在している場所こそが、日本の各地にある大門という場所なのです。

 

大門という場所は、本来は、霊的に高波動な場所なのですが、今では多くが荒れた地になっています。意図的に熊襲が貶めてきたからです。

 

日本が神国と呼ばれる所以は、この大門の存在にもあるのです。海外には、日本の大門のような場所は、かなり少ないはずです。

 

皆さんの近くにも大門という地名があるはずです。そこは、いずれ、天岩戸へのワープゾーンになるはずです。大門の存在を調べてみたら面白いと思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

今年の記事は今回で終了です。来年は1月14日に再開予定です。

 

以前、大阪城について記事を書きました。

<大坂城の真実その2>

 

豊臣秀吉が築かせた大坂城は、現在の大阪城の場所とは異なり、門真市・守口市のパナソニック本社付近にあったようだ、という内容でした。

 

さらには、真田幸村が築いた真田丸についても、現在の大阪城の南側、真田山公園付近にあったとされていますが、実際には守口市の南部、鶴見緑地にあったと書きました。

 

これを読んだ方は信じられないでしょうし、それならば何故現在の地に大阪城を再建したのか、と尋ねたくなるでしょう。

 

それは、本物の大坂城があった門真市・守口市の場所を隠して、近代以降に当地が大規模開発が行われ荒らされることを避けるためだったのです。

 

つまり、かつて本物の大坂城があった門真市・守口市の場所が、霊的にとても神聖で重要な場所だからです。

 

前回の記事では、門司が霊的に重要な場所だと書きました。

<門司の真実>

 

門司は、天岩戸に行くための一番外側の霊的な正門入口でした。

 

門真にも門という漢字が付いています。それも『真の門』です。

 

冒頭で紹介した以前の大坂城の記事では、門真は「本物の大坂城の正門だった」と書きました。

 

もちろん、このことは物理的には間違いありません。

 

ただそれだけにはとどまらないのです。

 

天岩戸には、入口を取り巻く幾重かの霊的な塀があるようです。その最も外側にある正門が門司であり、その内側の塀にある正門が門真ということを表しているのです。門真の場所こそ、霊的に最も天岩戸に近い場所であるといえそうです。

 

門真の北側には大日という地名があります。この地名は、その名のとおり大日如来と関係したものです。

 

大日如来=天照大神です。天岩戸と言えば、天照大神が隠れた場所です。

 

記紀では、天照大神は、岩戸開きで出て来たことになっていますが、実際には隠れた本物の天照大神は未だに天岩戸の奥に留まっているのです。

<天隠山の真実①>

 

しかしながら、それ程遠くない将来、本物の天照大神は岩戸の中から出て来るようです。

 

そして、本物の天照大神が出て来た時に、地球が新たな時代、新しい神代に変わるはずです。

 

守口市の大日の交差点は、国道1号線が走り、中央環状線に、地下鉄及びモノレールも走っていて、波動が意図的に下げられています。これは、大日という霊的に重要な場所を貶めるための熊襲の策略だったはずです。

 

いずれにしても、門真から大日に至り、天岩戸に通じているのです。

 

門真は、このようにとても重要な場所なので、それを知っていた豊臣秀吉は、大坂城を築城して守護しようとしたのです。

 

豊臣秀吉が亡くなった後、後釜争いが激しくなり、大坂城は熊襲がすり替わった徳川家康によって攻撃されます。大坂冬の陣、夏の陣です。

 

秀吉の意志を継いだ真田幸村が、大坂城を守るため奮闘します。

 

しかし、最後は、熊襲の奸計によって、大坂城は燃え落ちます。

 

数百年後、大坂城跡地を守るために、レプリカである大阪城を別の場所に建てられたということなのです。そして、本物場所は松下幸之助が本社・工場を建設し、守護したのです。真の歴史は奥が深いのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

地名にはいろいろありますが、多くの場合、古代からの地域性霊的な特徴を表しているものが多いです。

 

最近では、平成の市町村合併推進政策によって、合併前の複数の地名から漢字を取って名付けたり、全く新たな地名を作ったりしたものも多くなっていますが、古くから伝わる地名には深い意味があることが多いのです。

 

例えば、津とか大津が付く地名は、大きな霊的水道がその場所を通っており、あちらの世界との出入口と考えて良いのです。そのような場所には他の場所よりも多くの寺社仏閣が存在します。

 

また、神代の出来事を地名にしたものも多いです。例えば、東京の八王子市は、牛頭天王の八人の王子が降り立った場所という意味が古来から伝承しているので、その名が付けられているのです。

 

牛頭天王が降り立った時代というのは、少なくとも神武天皇以前の有史以前になりますから、フィクションだと思いがちですが、それは現代人が熊襲のトラップに引っ掛かっている証拠です。

 

天は、人間中心文明になった後も、このような伝承を意図的に人々に伝えさせるため、天佑を使って人間にそのような地名を残させているのです。驚くべきことです。

 

神国日本の場合は、多くの地名が、このような太古の昔から伝わる地名なのです。

 

前置きが長くなりましたが、北九州市に門司(もじ)という地名があります。北九州市になる前は、門司市という地名でした。関門海峡の山口県下関市の反対側、九州本島の最北部にある地名です。

 

この門司という地名を聞いて、由来を考えたことがある人はどのくらいいるのでしょうか?

 

門司が不思議な地名だとは思いませんか?

 

門司という地名は何を意味しているのでしょうか?

 

門司は、平安時代にすでに使われていたようです。

<WIKI:門司市¥沿革>

 

門司とは、素直に解釈すれば、門を司る、という意味ですよね。何かの建物の門を守衛している場所、という意味になりますが、これだけでは何のことなのかさっぱり分かりません。

 

これをひも解く鍵は、天岩戸にあります。天岩戸とは、天国であるもう一つの地球と繋がった出入口と考えて良いです。

<天隠山の真実①>

<天隠山の真実②>

 

今は人間の目では確認できませんが、霊的には天国への扉があるのです。

 

その天岩戸は、大変神聖な場所なので霊的に何重かの門で厳重に囲まれているのです。

 

その一番外側にある正門を守護しているのが門司の場所なのです。

 

門司には、戸上神社があります。

<戸上神社>

 

北九州市門司区の戸上山(トノウエサン)に鎮座した神社です。

 

戸上神社①

戸上神社②

戸上神社③

 

戸上山は、その名の通り、天岩戸の上にあると読めます。

 

物理的に上にあるのではなく、霊的に天岩戸の上にあるのです。

 

祭神は、天之御中主尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊の三柱の創造主です。天国への門を守護する神社に相応しい祭神です。

 

また、空海が遣唐使の帰り当地に立ち寄り、修行しながら観音堂を建てた伝承も残ることから、戸上山の霊的重要さが分かるはずです。今でも境内には大師堂が残されています。

 

門司とは、このように大変重要な場所だったのです。

 

日本の地名には、他にも数えきれないくらいたくさんあります。霊的に重要な場所であることをヒントに残して付けられているのです。是非、調べてみてください。常識がひっくり返ります。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

日本列島の中で、歴史的・文化的に特異な地域は、北海道と沖縄です。

 

北海道は気候が寒く、本州と離れていることもあり、長らく蝦夷と呼ばれアイヌ文化が続いてきたと言われています。

 

一方の沖縄は、中世、500年近くも琉球王国として独立していたことから、北海道よりは歴史が明確に残されています。

 

北海道のアイヌ文化は、13世紀頃に始まったとされており、それ以前の北海道の歴史は遺跡を元にした想像でしかないようです。

<WIKI:アイヌの歴史>

 

また、アイヌは狩猟民族とされており、農耕民族の倭人(和人)と交易を行って、補完関係を保っていたようです。

 

蝦夷地である北海道が、本格的に日本の支配下になったのは、1599年に徳川家康が、松前慶広に支配権を認めた(松前藩)時からのようで、歴史は浅いです。

 

しかしながら、日本書紀には、7世紀に阿部比羅夫が蝦夷を征伐し、粛慎(しゅくしん)を平らげたと記録されていることから、北海道には隠された歴史がまだまだありそうです。

<WIKI:阿部比羅夫>

 

今年9月、北海道地震が起きた10日後に、勉強会を兼ねて北海道西部を巡りました。

 

この時、洞爺湖の南側、伊達市有珠町にある有珠善光寺に立ち寄りました。

<WIKI:有珠善光寺>

 

北海道に寺社仏閣があることは、珍しくもなんともないのですが、寺社仏閣の多くは、北海道開拓時以降に建てられたもので、北海道に古代、日本神道や仏教はなかった、と一般的には思われています。

 

ところが、有珠善光寺の由緒を見て驚きました。

 

826年に、入唐八家の一人であり、最澄の後を継いで天台宗を広めた高僧の円仁が開基したものなのです。

 

ということは、アイヌ文化の前の9世紀前半には、すでに北海道に仏教が伝わり、広められていたという証なのです。

 

有珠善光寺

有珠善光寺②

 

有珠善光寺③

 

有珠善光寺④

 

有珠善光寺で正式な記録が残っているものは、松前藩が存在した1600年代からですが、写真で善光寺跡となっているように、それよりも800年も古い昔に円仁は当地に善光寺を開基し、仏教を普及していたのです。

 

有珠善光寺①

 

これは、13世紀以前に、北海道が日本として認められつつあった、という証なのです。

 

神社についても、北海道のほとんどの神社は、開拓以降のものですが、実際には、古代に神社が存在していた可能性が高いのです。日本書紀に登場する阿部比羅夫の時代、否、それ以前から神社は北海道にあったはずです。

 

熊襲にとっては、アイヌ以前の歴史が知られると、熊襲が日本に渡って来たルートが判明し、元来の日本人でないことがバレ、都合が悪くなるため、古代の歴史を消し、北海道は13世紀頃にアイヌ文化が栄えだしたと改竄しているのです。

 

北海道は、アイヌ以前に、倭人(縄文人)の歴史もあった場所に違いないと思われます。

 

そこに、熊襲の粛慎が大陸から渡って来て、蝦夷地を侵略しつつあったので、阿部比羅夫が征伐したのでしょう。北海道の歴史も奥が深いのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回も前回の記事と関連します。

<理性と熊襲>

 

これまで人類誕生の謎について書いてきました。

<人類誕生の真実-軌道修正>

 

人類の祖、アダムとエバから誕生したのは、次の三種類の人類でした。

 

太陽系(日系・倭人系・縄文系)の人類

地系(阿修羅系)の人類

月系(弥生系)の人類

 

しかしながら、現代での人類の分類は、コーカソイドネグロイドモンゴロイドオーストラロイドの4種類が定説になっています。

 

<WIKI:人種¥20世紀後半の定説>

 

この分類は、肌の色を主体にした人類の分類です。その後、DNA分析による分類も発展し、4大人種がさらに細かく分類されています。

 

さらには、アフリカで誕生したネグロイドが人類の祖で、そこからコーカソイドやモンゴロイド、オーストラロイドに分かれて現在の人種に分かれたというのが定説になりつつあるようです。

 

このことは正しいのでしょうか?

 

これは、人間が猿から進化したという進化論を信じさせるための、熊襲御用達学者が創作したウソなのです。

 

ただし、人類のほんの一部には、邪神が猿をベースに遺伝子操作して造りだされた人間がいるのは間違いないようです。その末裔が、アマゾンの熱帯林などに住む原住民等の少数民族です。この人たちは、身体は人間でも、魂は畜生界の存在なのだと考えられます。

 

ベースの人類は、天が創造したものです。

 

旧約聖書に書かれているように、アダムとエバから人間が誕生したのは真実のようです。アダムとエバは、天国から降りたったのです。

 

その時代は、数百万年前の話で、現在の地球の地理、気候とは大きく異なっているはずです。

 

アダムとエバが、最初に誕生した(降り立った)場所は、エデンの園で、その場所は、現在のアルバニア辺りとされています。

 

エデンの園が、現在のアルバニアに当たるのかどうかは、はっきり分かりません。

 

仮にこれが正しいとして考えてみると、人類が最初に地球に誕生したアルバニアから、人類は全世界へ拡がっていったことになります。

 

長い時間をかけて人類が世界へ拡がり、その地に定住するようになると、当地の気候に適応し、皮膚の色や身体の大きさなど性質が変化していったのです。

 

熱帯の暑い地域に移動した人々は、皮膚の色が濃くなり身長はやや低めになります。

 

北欧のような寒い地域や、高地に住むようになった人は、逆に皮膚が白くなり、背も高く、高地に移った人は空気が薄いので鼻も高くなったでしょう。

 

これが正常な進化です。数百万年かかって肌の色が変わっていったのです。もちろんDNAも変化していくでしょう。


従って、皮膚の色をベースに、人種の誕生を考えるのは間違いでなのです。4大人種は、人類誕生後に、世界各地に拡がる過程で生じたのです。

 

アダムとエバは、旧約聖書に登場するのでヨーロッパ人、ユダヤ人の祖のよう考えられているかもしれませんが、実際にはアジア人に近い、黄色人種に近い肉体だったと考えています。

 

そして、アダムとエバから数えて10代目に当たるノアの息子から分かれた、冒頭の三種類の人類が、現在の人類に繋がるベースになります。

 

現在の多くの人間は、混血がかなり進んでいますが、祖先を遡ると、基本的にこの三種類の人類、ノアの息子であるセム、ハム、ヤペテに繋がっていくはずです

 

しかしながら、ことはもっと複雑になっているようです。

 

それは、邪神が、この三種類の人類以外に、独自の人類を創造することに成功したようだからなのです。前述の猿から遺伝子操作して造った人間ではありません。現代人にもかなり多くいる普通の人間です。その時期は、おそらく数万年前のことでしょう。

 

邪神は自らが創造した4番目の人類に、天の六道輪廻から隔離(幽閉)した魂を入れて、人間として誕生させる方策を編み出したのです。

 

この時以来、邪神との霊的契約を発動し、契約した魂は、天国から離され、邪神の支配する幽界に所属し、天の支配から逃れ、邪神が独自に人間に転生させるようになったのです。

 

それが、前々回、前回記事で書いてきた熊襲①熊襲②の人間です。

 

熊襲①、熊襲②は、天国にもう一人の自分である神:理性はなく、邪神の支配する幽界の世界に属しています。邪神の配下だから理性がないのです。

 

そして、現世でも霊的契約を増やし、熊襲③を増やして行っているのです。邪神と契約して熊襲③となってしまった魂は、次の転生で幽界に誘われて、熊襲②となって転生する可能性も十分あるのです。正常に転生するか、幽界へ行くかは、魂の選択です。魂の欲が深いと幽界へ行ってしまうのです。

 

そして、次の転生では、完全な熊襲となり、理性がなくなる可能性があるということです。天佑が働かなくなるのです

 

私が、霊的契約は今のうちに清算しておきなさい、と主張しているのは、これが理由です。魂を悪魔に売ってはいけないのです。

 

ちなみに、熊襲として第4の人種に生まれたとしても、その人が正当な三種類の人種系の人と結婚して出来た子供は、熊襲ではなく、正当な魂の転生になります。熊襲同士が結婚しない限り、子供は熊襲にならないようです。

 

たまに親が子を虐待するニュースが流れますが、これは熊襲の片親が、正当な魂の人と結婚して出来た正当な魂の子供なので、嫌がらせをしているのです。

 

人間と思えないような事件を起こす人は、熊襲であり、理性が去っているのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

前回記事と関連した内容になります。

<神と理性>

 

一人一人の人間に、天国の神の存在が守護していて、これを理性というというのが前回記事の趣旨でした。この神のことを守護神とも呼ぶのです。

 

しかしながら、全人類に守護神が付いているわけではなさそうなのです。人類の3割程度には、守護神は離れてしまっているようなのです。

 

この守護神が離れた状態の人間に、前々回記事の熊襲①熊襲②が該当するようです。

<『ひつぐ』と『みつぐ』>

 

また、熊襲③のうち、邪神との契約が重い一部の人達も入るのかもしれません。

 

熊襲①というのは、邪神そのものが人間として転生しているものです。邪神といっても、創造主を超えることは出来ないわけで、創造主が、地球を人間中心文明と定義した以上は、邪神が地球に関与するためには、自らも人間に転生するしかないようなのです。

 

邪神は、元から悪い神だった訳ではありません。途中で、欲が膨らみ、悪側に堕ちたり、寝返ったりした神です。

 

このことを表しているのが、旧約聖書で、旧約聖書に登場するサタンを初めとした堕天使は、まさしく、私が定義する邪神でもあります。

 

前回記事でもご紹介しましたが、ジョン・ミルトンの『失楽園』は、旧約聖書の創成期の内容を詳細に描いています。『失楽園』には、サタンと彼について行ったたくさんの堕天使達のことが詳細に書かれています。

 

天国にいる正規の天使のうち、サタンが最初に反乱し、何と天国の1/3の天使(神)達までもがサタンについて行くことになります。

 

しかしながら、反乱した天使達は、創造主の御子によって滅ぼされ、タルタロス(地獄)へ閉じ込められます。この御子が、おそらくギリシャ神話のゼウスであり、日本神話の天忍穂耳尊のようです。

 

創造主は、タルタロスに閉じ込めた堕天使達に、何とか更正して欲しいため、彼らを人間として転生させ、自らがアダムとエバから創造した人間と一緒に地球に住まわせることにした、というのがこの地球での人間界の始りのようです。この時代は、恐竜時代が終わった後の、今から数百万年前の話であり、神代の終盤に当たり、神と人間が一緒に存在していた時代です。

 

このような経緯から、私は、地球は宇宙の刑務所と呼んでいるのです。

 

ここから先の話は失楽園には書かれていません。私の考えです。

 

アダムとエバから誕生した人間には、天国の守護神である理性が付いているので、基本的には悪い事はしません。

 

また、堕天使達から人間になった存在にも、更正のための審判者として天国の守護神が最初は付いたはずです。

 

しかしながら、元堕天使達の魂は、簡単には更正出来なかったようで、それどころか、彼らは、審判者である守護神を、自らの肉体から外してしまう方策を見つけ出したようなのです。そして、地球の人間界の中に、天国から目の届かないグループを作ってしまったようなのです。

 

その結果、天国の守護神達は、堕天使達の魂を持った人間をコントロール出来なくなったのです。このような、守護神である理性を、自ら外した元堕天使達の幹部の魂が熊襲①なのです。現代にも、熊襲①として人間に転生しています。

 

この熊襲①は、基本的に我善しであり、自己中心的な性格です。理性がないのですから、悪いことも平気で行い、残忍でもあります。普通の人間ではないのです。

 

熊襲①は、天国(創造主)に敵対するために、堕落した仲間を増やそうとしていきます。堕天使達の元の仲間の魂をもう人間に広く声をかけ、天国の守護神を外していったのです。この際には、人間ではなく、畜生界餓鬼界の魂にも声をかけ、彼らを人間として転生させる術を見つけ、自分たちの部下にしていったのです。これらが熊襲②です。

 

現在の地球は、熊襲①が世界中の組織の隅々まで入り込んでおり、熊襲②を手足に使って、地球を、人間を堕落させる方向に導いているのです。熊襲①と熊襲②は、合わせて人間の3割近くを占めているようです。彼らには、理性という守護神が付いていないのです。

 

邪神幹部でもある熊襲①の次の狙いは、元々、良い天使だった魂や、堕天使だったけれども真面目に人間として更正しようとしている、世の中の過半数を占める人だったのです。

 

彼らには、天国の守護神が付いています。普通に真面目に人間として転生を繰り返せば、それほど難しくなく人間を卒業出来る魂です。

 

しかしながら、熊襲①、②は、その普通の人間を堕落させるために様々な悪事の罠を用意して来たのです。

 

金銭、身分、名誉、性、自由等、理性を失わせる方法を、次から次に世に出して行きます。時には奸計を使って彼らを罠に嵌め、借金漬けにしたり、薬漬けにしたりして堕落させて行きます。

 

守護神である理性が弱い人は、熊襲の罠に嵌り、魂を悪魔に売ってしまうこともあります。魂を売ってしまうとは、守護神が離れてしまうことなのです。これが私がいう霊的な契約なのです。契約は重くなると、守護神が離れてしまうのです。

 

このように霊的契約を行われた、まだ症状が軽く熊襲②になる手前の予備軍が、熊襲③なのです。熊襲③の予備軍は、人類の半分以上を占めていて、日本人にもかなり多いはずです。

 

熊襲③の多くは、自分たちが間違ったことをしていると思っていないのですが、そこが問題なのです。きちんと守護神からの天佑を受け取っていれば、そのようなことにはなりませんが、契約をしてしまったことで、天佑が邪神によって途切れやすくなってしまうのです。そして、最悪の場合は人の道から外れ、守護神である理性もその人から離れてしまいます。

 

このような熊襲③は、現代のネット社会に染まった若者に特に多く、熊襲の流した情報によって行動をコントロールされて行くのです。つい最近話題になった渋谷でのハロウィン騒動もその一つでしょう。

 

本人は、自分で考えて行動していると思っていても、実はだんだん邪神が仕掛けた罠にかかっており、深みに嵌って抜け出せなくなってしまうのです。

 

この状態から抜け出すには、本人が霊的契約に気づくしかないのです。気付いて、反省すれば、守護神である理性が強くなり、契約の清算も出来るようになります。後は、ホフファチジルセリンで右脳を強化すれば良いのです。

 

いずれにしても、天国の守護神から届く天佑を認識し、それを大事にするこが、人間の存在にとって、最も重要なことの一つなのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

我々日本人は、昔に比べれば神の信仰は薄れてきたとは言え、今でも初詣には多くの人が訪れますし、人生で苦しい場面に遭遇すると、自然に神頼みや厄払いを行う人も多いです。神への信仰は薄れても、天に神が存在することは、自然に理解しているのです。

 

ただし、目に見えない神の存在を、感じることが出来ない人がほとんどなので、神の存在を深く考えられないのです。

 

それでは、神はどこに存在するのでしょうか?

 

もちろん、神社には、その神社に祀られている神がいます。

 

神は、人間とは異なり神通力を持っているので、いつでも瞬間移動が出来き、つい先程までは天にいたとしても、日本各地のその神が祀られている神社にも、時間を飛び越えて瞬時に行くことが可能ですし、また、瞬時に複数の場所に意識を傾けることが出来るのだろうと考えています。それが神の力なのです。

 

ところが、神は、神社に存在しているだけではないのです。

 

実は、多くの人間の心の中に、神は存在しているようなのです

 

話が飛びますが、私は、太陽系には、人間の科学力では認識できないけれども、地球と瓜二つのもう一つの地球が存在して、そこには地球の人間の分身であるもう一人の自分が存在する、と主張してきました。

<もう一つの地球の真実>

<もう一つの地球との連携>

 

普通の人には、荒唐無稽なトンデモ話と思われるような内容でしょう。

 

もちろん、私自身、もう一つの地球に行ったことがあるわけでもなく、もう一人の自分にリアルに会ったことはありません。夢の中で会う程度です。

 

実は、もう一つの地球とは、皆さんが良く言葉に出す天国のことなのです。

 

そして、もう一人の自分とは、実は、前述したとほとんど同じような存在なのです。

 

人間が地球に誕生する際に(実際には妊娠する直前)、天によって胎児の元に魂が入れられるのですが、その魂の大元は天国に存在していて、地球に人間として転生する際、その魂を分割して、新たな真っ新な魂を産みだし、その魂が人間として生まれるのです。

 

従って、人間が誕生した場合、天国と地球に、二つの同じ系統の魂が存在することになり、地球側、人間側から見ると天国の大元の魂の存在を、もう一人の自分、と呼ぶことになるのです。このもう一人の自分とは、天国にいるたくさんの神(天使)の一柱でもあるのです。

 

転生とは、地球での魂の修業の場であり、天国にいる魂の本体は、地球という壮大な劇場の中で、記憶を真っ新にした分身として魂の修業を行っているわけです。

 

この時に、天国の本体であるもう一人の自分は、自分がプログラミンした地球の人間の人生が上手く流れるよう、天国からその人の専属としてアドバイスをテレパシーのような手段を使って送り続けているのです。これを天佑と言うのです。

 

分かりやすく言えば、地球の人間は、天国にいる神(もう一人の自分)によって、操り人形のような形で、動かされているのです。人形に繋がった糸が天佑なのです。

 

この天国から天佑を出す、神のことを理性(良心)と言葉を変えていうのです。

 

旧約聖書の創成期、人間の誕生のアダムとエバについて詳細に書いた叙事詩、ジョン・ミルトンの『失楽園』には、次のような一文があります。

 

*********************

 

人間はすべてが失われはしない。救われんことを願うものは救われるのだ。

 

ただし、その者の内なる意志によってではなく、自由に与えられる、私(創造主)の内なるめぐみによってなのだ。

・・・・・・・・・・

私は何としても彼ら(堕天使)の暗い思いを十分に浄め、石の様に頑な心を和らげ、かくして彼らが祈り、悔い改め、正しい服従の道に立ち返るようにしてやりたい。

・・・・・・・・・

導き手として、彼らの内なる世界に、私が任命する審判者である『良心』(理性)を置くことにしたい。もし彼らがこの『良心』の声に耳を傾け、その命ずることを守り、そして最後までたゆみなく努力するならば、彼らは光から光へと導かれつつ救いに近づき、やがては無事に救いを全うすることができよう。

 

私(創造主)が任命する審判者である『良心』(理性)を置くことにする。良心に耳を傾け最後まで努力するならば、救われる。だが、私の忍耐と恵を無視し侮るものは救われない

 

*********************

※引用 岩波文庫『失楽園(上)』P126,127

 

地球の人間は、前回記事で書きましたとおり、ほんの一部を除いては、基本的には宇宙の落伍者であり、堕天使なのです。

<『ひつぐ』と『みつぐ』>

 

その人間を更正させるために、ほぼ全人類に、天国の神がそれぞれインストラクターのように付いて、天国から見守り、時には天佑でアドバイスを送っているのです。例えば、交通事故に遭遇したのだけど、間一髪免れ、命を取り止めた人のことをたまに聞きますが、それは天佑が助けていることなのです。

 

その天佑を与える天国の神々は、人間一人一人に、良心(または理性)という形で、人間の心の中に存在しているのです。良い意味で憑依しているのです。

 

そう、この良心、理性こそ、天国にいるもう一人の自分であり、神なのです。

 

操り人形を思い通りに動かすのは修練が必要ですし、たやすいことではありません。同じように、天国にいる神々でも、自分が担当する地球の人間をプログラミングどおり動かすことは簡単ではないのです。

 

特に、地球には、天佑を邪魔する邪神が存在しています。邪神は人間を堕落させたいがために存在しているようなものです。

 

世界中の人間の欲をくすぐり、そして霊的に契約させます。

 

契約した人間は、邪神によって天佑が遮断されやすくなります。神のアドバイスが届きにくくなるのです。そうすると、転生前のプログラミンどおり人生が運ばなくなり、病気や交通事故で死んだり、自殺したりしてしまうのです。前回記事の熊襲③に当たります。

 

この邪神との霊的契約が極端に進むと、私がこれまで書いてきた憑依・ウォークインによって、その人に付いていた良心・理性がなくなり、つまりもう一人の自分が離れざれを得なくなり、その人は、完全な熊襲になってしまうのです。前回記事で書いた熊襲①、②に当たります。

 

霊的な契約をさせられ、人生が思うように上手く行かない人類の大多数を占める熊襲③のような人は、早急に正しい方向へ歩めば、まだ天国の神、もう一人の自分が心の中に存在しているので、やり直しは遅くないのです。

 

「理性を無くす」とは、瞬間的に天佑を遮断されることでもあります。

 

良心・理性であるもう一人の自分は、その人の心の中にあると書きましたが、実際にその人に与えられた天佑を受信するのが、右脳の役割なのです。だからこそ、右脳は大変重要なのです。

 

右脳があまり発達していなくて、左脳ばかりが特別に発達した、とんでもなく早い計算が出来たり、とんでもない記憶力を持っている人がたまに見受けられます。そのような人の多くは、コミュニケーションを上手くとれず、社会になじめなかったりします。これは、天佑が働いていない証拠で、天才と馬鹿は紙一重というのは、右脳の発達によって、理性・良心が付いているかどうかで変わってくるのです。

 

左脳も右脳もバランス良く発達することが重要なのことなのですが、霊的に契約してしまうと、邪神によって右脳から侵害されていくのです。

<右脳と憑依-その1>

<右脳と憑依-その2>

<右脳と憑依-その3>

 

また、精神安定剤や抗うつ剤、覚醒剤等の精神に影響を与える薬は、一旦体内に入れ続けると、簡単には体・脳から抜けず、天佑を受信する右脳を弱めます。これは、世の中を荒廃させたい邪神のシナリオでもあったのです。

 

いずれにしても、自分の心に中にある良心・理性というもう一人の自分を大切に思い、その存在からの天佑を信じることです。

 

それによって、将来、地球の人間を卒業できるようになるのです。これが、輪廻転生の本質なのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

当ブログでは、初期の頃、邪神に操られた人間のことを金星系と呼んでいました。

 

その後、阿修羅増上慢とか熊襲とかと表現するように変化していきました。

 

一般的に、このように人間の魂を区分した表現はないので、当ブログを初めてご覧になられた方は驚くでしょう。

<水と憑依>

<熊襲誕生の秘密>

 

私が、熊襲と呼んでいる人は、古代からいたのですが、現代ではよりその数が多くなり、世界中では人口の半分以上、7割に近いと考えています。

 

「熊襲とは、邪神に操られた人間である」と一言で書きましたが、実際には、邪神の関与度によって、大きく3種類に分かれると思います。

 

元来、地球は天国からの落伍した魂の更正場所です。

 

従って、落伍者を監視するために、同じく人間に転生しているわずかな人(何人いるのかは把握していません)を除いては、ほぼ全ての人間が、魂の修業のために地球に送られ転生しているのです。

 

その中で、まじめに修業している人間の魂は、全体の3割程度だと考えています。

 

残りの7割は、まだまだ更正途上であり、邪神のコントロール下から抜け出せないでいるのです。私は、これらの人間を広い意味での熊襲と呼んでいます。

 

熊襲の中で一番重い状態は、邪神そのものが人間に転生している場合(熊襲①)です。この数は、それ程多くないと思います。邪神の分類にもよりますが、幹部級で言えば、世界中でせいぜい数万人程度ではないでしょうか。もちろん、邪神のトップ級(日本にいる)も人間に転生しています。この熊襲①は、世界を支配するために、表では普通の人間を装っており、陰で霊的に配下の熊襲に指令しているのです。

 

次に、最も典型的な熊襲が、邪神と霊的に契約し、魂を売っている人間(熊襲②)で、この人達は、熊襲①の指令に従い、世界中の悪事の中心となって、世の中を悪い方向に導いています。その数はかなり多く、世界中で億を超える数がいると思われます。

 

この熊襲②の典型は、世界中にいる非合法組織や裏社会の組織に属する人です。常に他の人間を陥れるために、邪神によって動かされている人達です。凶悪犯罪を起こす人もここに属します。

 

熊襲②の人達は、本来は人間に生まれるべきではなく、人間界より下の阿修羅界や畜生界、餓鬼界に生まれるべき魂なのですが、邪神との契約によって人間に生まれて来ているのです。本来の姿は、妖怪や動物のはずだったのですので、地球の波動が上がっている現在、人間として活動するのが大変難儀になっているのです。

 

そして、最も多い熊襲と思われるのが、前述の熊襲②によって、悪側に誘われたり、罠に嵌められたり、偽物の宗教や教えによって洗脳され、本来の天の教えとは異なる行為を行っている人達です熊襲③)。その数は世界で数十億人であり、世界人口の半分以上を占めています。

 

この人達は、特段、邪神と契約した意識はなく、熊襲②によって勝手に、間接的に邪神と契約させられているので、見た目は全く普通の人です。

 

ただし、自分では気づいていないのですが、考え方を洗脳されているので、熊襲の意向にそって集団行動を起こしやすい人達です。自分で考えることを、遮断されている人なのかも知れません。つまり、軽い憑依状態なのです。稲荷神を祀っている人もここに含まれます。

 

スマホの普及で、世界中の人々がネットに繋がったと言ってもいい現代社会は、熊襲の考え方に誘導され、軽い憑依の侵されやすい環境でもあります。現代の若者には、新たな形の熊襲予備軍がたくさんいると考えて良いでしょう。

<右脳と憑依-その1>

<右脳と憑依-その2>

<右脳と憑依-その3>

 

上記の3種類が、私の熊襲の3分類で、熊襲③は、現在でも増え続けています。日本人では、人口の半分は熊襲と考えて良いでしょう。

 

このように私流に分類した熊襲のことを、上手く表現しているのが日月神示です。日月神示と言うと胡散臭く感じる人の方が多いでしょうが、神示自体にも書かれているように、日月神示は、読む人の心の状態(私は波動状態と理解している)に応じて、八通りに読めるようです。

 

魂レベルが低い人は、日月神示を読んでも何を書いているかさっぱり分からないでしょう。胡散臭いとしか思えないはずです。

 

しかしながら、霊的な考え方の段階をクリアしながら魂の波動を上げて行くと、だんだん日月神示の真意が読めてきます。日月神示の解説書が幾つか出されていますが、多くは熊襲が書いたものですから、それらを読んでも真意は分からないのです。

 

私自身、日月神示を完全には理解しているとは言いませんが、随分読み込めてきたと思っています。

 

その日月神示の中に、『ひつぐ』と『みつぐ』という表現が登場します。

 

「世の元からひつぐみつぐがあるぞ。ひつぐは神の系統ぞ。みつぐは悪の系統ぞ。ひつぐは真の神の臣民ぞ。みつぐは外国の民ぞ」(上つ巻32帖)

 

簡単に言えば、みつぐが熊襲で、ひつぐは熊襲を更正させるために人間になっている人、又は更正した人のことです。

 

元来、日本人はひつぐだったのですが、人口が増えるとともにみつぐが増えて行き、現在では過半数が悪側に堕ちている状態のようです。

 

みつぐが外国の民というのは、古代の話がそうだったので、その名残で現在も外国人にはみつぐが多いのです。

 

現在では、外国人だから、必ずみつぐ(熊襲)という訳ではありません。みつぐ(熊襲)の日本人も多くなっているし、外国人でも神の系統はいると日月神示には書かれています。

 

「顔は神の臣民でも心は外国御魂ぞ。顔は外国人でも御魂は神の臣民であるぞ。」(上つ巻代15帖)

 

 

また、善の力が悪の力に比べて弱くなっているとも書かれています。

 

「今は善の神が善の力弱いから善の臣民苦しんでいるが、今しばらくの辛抱ぞ。悪神総がかりで善の肉体に取り掛かろうとしているから・・・」(富士の巻第6帖)

 

善の臣民がひつぐで、悪神がみつぐ(熊襲)であり、現代(近代)では、悪神が強い状況であることを表しています。善の肉体に取り掛かろうというのは、契約や憑依のことです。

 

ただし、日月神示では、いずれ将来には、ひつぐとみつぐの区分がなくなり、世界が統一されるような意味合いのことも書かれています。邪神は、この天の意向が恐ろしいため、災害や戦争を起こして、世界中を混乱させようとしているのです。

 

いずれにしても、現時点での人間の魂は、ひつぐとみつぐに分かれているので、そういう観点で周りを見てみると、世の中のニュースの捉え方が変わっていくはずです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

前回の続きです。

<天隠山の真実①>

 

天隠山である位山に、天照大神が隠れた場所である、というのが前回記事の趣旨でした。

 

そして、未だに、当時隠れた天照大神は出て来ていない、ということも書きました。このことは、日月神示にも書かれています。

 

天照大神は、太陽を守護する役職であり代襲制です。天岩戸に隠れた天照大神の後は、別の天照大神が引き継ぎ、現在に至っているのですが、当時隠れた天照大神が出てこないことには、霊的に高波動の宇宙(太陽系)には戻らないのです。

 

従って、天隠山に張られた結界を解く必要があるのです。この場合の結界とは、記紀に書かれている岩戸開きに出て来る神々に張られた結界のことだと、私は理解しています。

 

ここで、お断りすべきことがあります。

 

天岩戸とは、天の岩戸のことですから、地球にある岩戸ではないのです。この点に注意しなければなりません。

 

天隠山とは、実際には天国であるもう一つの地球にあるのです。

 

ただし、天国の地球と、我々の地球は、厳密に言えば違いますが、ほぼ同じ地形をしており、天国の地球にも日本列島があるのです。

 

その天国の地球の天隠山が、地球で対応する山が位山であるということなのです。

 

天国の地球の天隠山にあった天岩戸の扉は、天手力雄神がこじ開けて投げたことで壊れ、その際、天国から地球に落ちたということなのです。

 

その落ちて来た岩戸の扉を守護しているのが、長野市にある戸隠神社だと言われています。天岩戸を隠しているから戸隠であると呼ばれています。

 

以前、私は戸隠山に行き、鏡池が天岩戸であると書きました。

<天岩戸と戸隠>

 

しかし、長野市の戸隠神社は、本物ではなく、レプリカだったのです。

 

何故、あのような壮大なレプリカをわざわざ作ったのかといいますと、天岩戸を復活させる時期(近い将来)が来るまでは、天岩戸の一部が落ちた神聖な場所を、隠すためだったからだと思われます。その意味では、まさしく戸隠神社なのです。

 

これは、全国に複数個所ある天岩戸神社にも同じことが言えます。その多くがレプリカなのです。

 

それでは、本物の天岩戸を隠している場所はどこなのでしょうか?

 

これを解く鍵は、天岩戸開きの際に、岩戸をこじ開け、天照大神を引きだした神である天手力雄神にあります。

 

記紀では、天手力雄神が投げ飛ばした扉が戸隠山とされているので、天手力雄神は、長野市の戸隠神社の主祭神とされているのです。

 

しかしながら、前述しましたとおり、長野市の戸隠神社はレプリカなので、本物の天手力雄神は別のところに祀られていることになります。

 

その本物が祀られている場所は、実は岐阜県にある2つの手力雄神社です。一つは岐阜市、もう一つは岐阜市と隣接する各務原市にあります。

 

各務原市の手力雄神社

手力雄神社①

 

何故、この隣合わさる天手力雄神を祀る二つの神社が本物かといいますと、天国から落ちて来た天岩戸は、戸隠山になったではなく各務山になったからです。

 

各務山とは、各務原市にある標高170mの低山ですが、今では鉱石を掘り出すために大きく削られてしまっています。

 

削られた各務山

各務山

 

天国(もう一つの地球)と地球は、陰と陽で、天国が鏡に写った姿が地球なので、地理的にも同じなのです(厳密には違うのですが)。

 

天国にある天隠山の天岩戸を、天力雄神がこじ開けて投げたところ、地球に落ちて来て戸隠山ではなく、各務山になったのです。それで、各務山周辺に2つの手力雄神社が鎮座しているのです。

 

各務山とは、本来は鏡山だったはずですが、これも戸隠神社をレプリカにするために変えられたのでしょう。鏡山とは、地球は、天国の鏡写しであることを示唆しているのです。

 

そして、この各務山(鏡山)を隠すために守護してきた神社が、岐阜県郡上市にある戸隠神社だったのです。そう、本物の戸隠神社はこちらなのです。

 

郡上市の戸隠神社

戸隠神社(和良)①

 

 

戸隠神社(和良)②

 

戸隠神社には、天岩戸の一部が請われて落ちて来たとされる巨石が点在しています。各務山の一部とも言えるでしょう。

 

戸隠神社(和良)④

 

結論は、本物の天岩戸は天国にあり、その岩戸の扉が落ちて来た場所が岐阜県各務原市の各務山で、それを守護しているのが2つの手力雄神社と郡上市の戸隠神社だった、ということなのです。

 

奥が深いです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。