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民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

 

Recently, there have been whispers in various fields that Japan may be doomed, but when I learned about Fukuoka City Mayor Takashima in an article in Shukan Gendai (11/4), I was convinced that Japan's revival is possible if people like him rise up from the local level.

 

 

I have never seen a press conference (https://youtu.be/Ahh3ejhHwH4) like his, in which he explains things clearly and with sincerity, without any notes.

 

 

Japan's extinction In the case of a "Japan must wait!" revival, it is necessary to look back over the past several eras before envisioning what the country should look like.

 

 

In this case, if there is a lie in the history of Japan, we will make a wrong decision.

 

 

The history I learned over the past 20 years from Ryozo Yoneda, author of "Horyu-ji Temple Was Relocated," was not unlike what I learned in school, but it was science-based.

 

 

As you can see if you look around a bit dispassionately, the current history education based on the Yamato Imperial Court deliberately makes little mention of ancient Kyushu, centering on Fukuoka.

 

 

As a leader, I would like the young Mayor Takashima, who has not only the region but also the entire country in his sights, to delve into this part of the history.

 

 

Furthermore, if the citizens of Fukuoka learn this hidden part first, their understanding will grow on a national scale, and eventually, those who are depressed about Japan's downfall will be able to step on their toes.
 

 

The Japanese army, whose affiliation is ambiguous in Japanese history examinations, was defeated in the "Battle of Hakumuragang" and the Chinese (Tang Dynasty) army paraded in a military parade on the present-day Taihaku Street in Hakata (occupied by the Japanese).

 

 

The traitorous early Yamato court made a secret agreement with the Tang Dynasty that "Kyushu Dynasty Japan does not exist in history" (Empress Noritenmu vs. Temmu), and they were to play the leading role in the Japanese archipelago.

 

 

National and local politics, the entertainment industry, the mass media, etc., are all still in progress.

 

 

There should be no deviation from the scenario of the Kinki region being the location of the Yamataikoku from that time.

 

 

Some scholars would like to see the "Kyushu or Kinki" debate continue indefinitely so that the secret agreement will not be exposed.

 

 

Furthermore, just as there are those who forget that our country is still a dependency of the U.S., there may be a reasonable interpretation that although the Tang Dynasty is gone, Chinese rule through the Yamato Court is still in effect.

 

 

The first and best capital in the Japanese archipelago in AD was Dazaifu (~Fukuoka), which was Himiko's base.

 

 

The Yayoi period-style capital later evolved into a walled city reminiscent of Constantinople.

 

 

The culture of the dynasties we learn about is from this period, and Kyoto in "The Tale of Genji" refers to Dazaifu. 

 

 

The Aoi Matsuri (hollyhock festival) and Gion Matsuri (Gion festival) also originated here.

 

 

During the reign of King Iwai of Japan, the Yamato Imperial Court established its capital in Nara, following the legend of Heijo-kyo (Nara Capital), which was relocated near Yoshino-gari.

 

 

The Sarusawa Pond is mentioned in the original "Yamato Monogatari".
 

 

Similarly, the capital of Kyoto was built in accordance with the Japanese versions of "Tale of Genji" and "Sumiyoshi Monogatari".

 

 

In short, it was necessary to construct a stage set so that the fact that the Kyushu Dynasty had been erased would not be realized.

 

 

It is said that a lie too big to be told cannot be exposed, but this historical trick is also world class.

 

 

As if in step with the gigantic lies in the world affairs that should never be exposed, the truth about Japan began to be revealed one after another. 

 

 

I wonder how the experts in Japanese history who have been defending the lies must be feeling right now.

 

 

Below is a selection of past blogs for your better understanding.

 

 

(1) Capital

太宰府は日本の首都だった

「日の丸・君が代」は消された王朝のもの

いつまでたっても不毛な 邪馬台国論争

三十三間堂に関するブログ記事
 


 

(2) Architecture

筑紫丘高校生諸君へ

石山寺は福岡市にあった

桂離宮の秘密

平等院鳳凰堂も九州から

のまとめ by米田良三


 

(3) Place names

「難波津に咲くやこの花、冬ごもり今は春べと、咲くやこの花」

「地名の移動」と郷土愛


 

(4) Literary works

『源氏』ファンの貴女  玉鬘の泊まった椿市へ行こう

『源氏物語』についても内部告発が待たれます
 


  (5) Paintings

「清明上河図」を見れば「日本スゴイですね」は当たり前


 

(6) Topics in Hakata

博多 祗園山笠 サイコー

台北故宮博物院にある「清明上河図」等、驚くべき絵巻

博多っ子が羨ましい


 

(7) Human resour

関西弁、最後に「知らんけど」の ルーツ (再掲)

「白村江」の後始末は やり直しの真っ最中

 

 

 

Translated with www.DeepL.com/Translator (free version)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今ならまだ引き返せる 仁和寺前ホテル建設計画桐田勝子(世界文化遺産仁和寺の環境を考える会共同代表)

 

 

日本国民、京都市民・・・ みんな大人し過ぎる!

 

 

ホテル建設の真の目的を見抜かないで反対運動をやったところで計画を止めることは出来ません。

 

 

暴挙が進行する本当の理由を考えないと同じ悲劇が今後も繰り返されます。

 

 

沖縄の首里城は火を噴き、その後うやむやです。火を放ちたくなるほどムカついた男の存在が想像されます。

 

 

失敗に終わったガスステーション計画(仁和寺も狙われている?)と同様、三門の前にホテルを建てるという考えは純粋な日本人では120%あり得ません。

 

 

強烈な恨み根性が心の底にあり、放火の代わりに日本のイメージダウンを企んだ結果が意図を見抜かれないレベルでの嫌がらせとも言うべき環境破壊です。

 

 

学校、テレビ番組、ベストセラーの子供向け日本史漫画全集等が撒き散らすフェイク・ヒストリーで京都の真実は全く知られていません。

 

 

京都の寺院建築は全て794年(鳴くよ鶯平安京)以降のもの、大半は応仁の乱以降と思いこまされています。

 

 

この点で既に京都は低く評価されます。

 

 

実際は、知恩院の経蔵・鐘楼並びに梵鐘、三十三間堂、方広寺の鐘楼並びに梵鐘、宇治平等院鳳凰堂、桂離宮、これらは全て倭国の時代、九州にあったものを後の時代に移築したものです。

 

 

仁和寺の三門、五重塔も同様です。

 

 

帰化人勢力による乗っ取り王朝の末裔はこの事実を知っているのです。

 

 

乗っ取った帰化人側は壬申の乱以来、日本人に成りすまし今日に至り、一方本当の日本人である倭国の民は長い歴史の中で、この事実を見失い宝物の寺院の正面にホテルを建てられても本気になって怒る者は僅かです。

 

 

これらの事実を知らずして反対運動は成功しないと断言します。

 

 

参考HP:https://abandjc-press.com/ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      

  

ファミリーフォトブック 出来ました。

 

ファミリー・フォト 秘かな愉しみ

 

断捨離の一環としての写真集作り(ファミリーフォト)

 

 

米田建築史学シリーズ4冊を完成させた後、しばらく放心状態でしたが編集好きの虫が騒ぎ出し、ファミリーフォトブックを制作することにしました。

 

 

大判のアルバムが23冊もあり、断捨離上、次の世代に迷惑をかけることは明白ですので、50周年/金婚記念という またと無い巡り合せに便乗することとなりました。

 

 

大水害の後、マスコミで流失写真の復元ドキュメントが放映されることがありますが、当事者にとってはダイヤモンドが手元に帰って来たような感激でしょう。

 

 

アナログ写真時代を過ごした方々の写真に対する情熱は様々と思いますが、その情熱がゆえに年齢を重ね再び新たな悩みを抱えることとなった方々の参考になればと概要を記します。

 

 

 

写真の選別基準:例え主観的にせよ芸術性のあるもの、後世 記録として役立つもの、持っていること自体が楽しいもの、自分にとって懐かしい仲間でも次世代に縁がない人物は対象外、思い切って捨てることも必要、悩んだ場合一先ずUSB保存する。

 

 

写真の剥がし方:今までのアルバムにかけた労力をあざ笑う つらい作業。

 

 

糊付け写真はペーパーナイフでも物差しでもOKだが、フェルアルバムは線状の化学糊がこびりつき、無理をすると画面を損傷する恐れがあります。

 

 

ヘア・ドライヤーを用いる方法がありますが効率が悪いので、アルバムをバラした後ホット・カーペットに挟み布団蒸しするとスンナリ剥がせます。

 

 

画像処理:写真・ネガのスキャンは正確・適切な方法で、退色復元等色調整、修正、トリミング、レイアウトは根気が要ります。

 

 

ページ構成:サイズ、製本など体裁(B5 横長)、WORDによるページレイアウト(熟慮された余白、ヘッダー・フッター、テキストボックス)用紙の選定。

 

 

コントラスト、明暗、色調、配置のズレ等 すべてのバランスを調整するのは大変。

 

 

ゲラ刷りチェックは最低2回は必要。

 

 

原稿はPDF化が必須。

 

 

WORDからPDF化までの時間が空くと写真が微妙にズレるので注意。

 

 

些細な事でも印刷屋さんとの議論が必須です。

 

 

予定通り『50 Years…! But,only yesterdayとタイトルを付けました。

 

 

B5 横長 143ページ 1冊 約8,000円かかりました。

 

 

自分でプリンターを使ってやるよりも遥かに安く綺麗にできます。

 

 

所帯分4冊のみの制作ですが栄光の(?)ロゴ「AB&JC PRESS」を載せました。 

https://www.abandjc-press.com/

 

 

超ベストショットは今後も現物保管、迷うものはUSB保存、下位のランクの写真は泣きながらシュレッダー処理となりました。

 

 

少し寂しいのですが、すっきりする部分もあります。

 

 

参考になった方は「いいね」を押してください。

 

 

               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                            

 

 

学校祭プログラムの意外な見どころ

 

 

コロナ騒ぎ以前と比べ、孫世代の生徒諸君のイベントにノコノコ出かける“物好き”は減ったように思いますが、未だの方は挑戦してみては如何でしょうか。

 

 

久しく忘れていた高揚感が味わえるのは、心の故郷が舞台であるからでしょう。

 

 

今回はプログラムの末尾の“協賛店様広告一覧”に注目しました。

 

 

昔も在った懐かしい店が目に留まります。

 

 

お兄さんが職員室に出前で出入りしていた きしめん みそ煮込の三浦屋、今は孫の代かも。

 

 

米屋の手づくりおにぎり 多司

 

 

前回 来た時に鯱光館の脇で食べた美味いおにぎり。

 

 

毎日でも食べられる生徒諸君がうらやましい。

 

 

都通りの そば 松寿庵

 

 

ここはグルメの間では超有名な店。

 

 

高校生にはまだ早い。

 

 

さらに今池寄り 手打ちそば 千種豊月

 

 

ここは小学校時代の同級生の店。

 

 

大婆さんになって睨みを利かせているのかな?

 

 

更に桜通りに近い 大橋整形外科

 

 

私が学生時代に既に立派なビルを構えていたので世代交代が上手く行っているようです。

 

 

                    
 

 

広告集めのワクワク・ドキドキ体験談は自分も経験したことがあるのでよくわかります。

 

 

生徒諸君は暑い最中、慣れない(?)制服に着替え、手分けして計70 の事業所に出向き交渉をし続けたのです。

 

 

この社会勉強は今後の人生で大いに役立つと確信します。

 

 

とりわけ、株式会社“某”ドームと交渉した生徒の体験は貴重だったでしょう。

 

 

広告のデザインは簡素で スペースは1/6ページ。

 

 

因みに裏のページの歯医者さんはフルサイズです。

 

 

“某”ドーム サイドはどのレベルの社員が対応し、どんな会話が交わされたのか興味があります。

 

 

他の地域の方々には理解しづらいと思うのですが“しまつ(始末と漢字で表すと別の意味になってしまう)”、早い話がケチなのです。

 

 

要はドームに客が入ればOK、今回の件は“某”野球チームの低迷ぶりと関係があると思います。

 

 

 

  

1963年の体育祭の折、教室からグラウンド全景を収めるショットを撮りました。

             

 

これと同じ場面を今回(60年振り)SNSで見つけたのですが家並みは総入れ替え、全くの別世界に変貌していました。

 

 

あの頃の更に60年前がどうであったかと言えば、日露戦争の頃に遡ります。

 

 

今年の鯱光祭は3年間の一般公開ブランクによる内容の低下は感じさせないものの、表現形式的には若返ったように思えました。

 

 

予告ではマスク着用とありましたが、会場全体の“どこ吹く風”の雰囲気(流石 旭!)が粋でした。

 

 

 

コロナ騒動の話題のついでに・・・

 

 

旭丘諸氏は福島名誉教授(旭19期)の動画(https://twitter.com/i/status/1702836516769472660)(https://www.nicovideo.jp/watch/so42730244)を観て、自分の(ワクチンに対する)態度を確立しておくべきです。

 

 

判断を誤れば人生終了。

 

 

現役諸君にとっては目先の学習とあまりにもかけ離れた現実(https://twitter.com/i/status/1707165899860656330)が立ち塞がっていますが、もう避けては通れません。

 

 

愛知一中生予科練総決起事件(http://long-for-peace.sub.jp/imagi/pdflinkSyu/140116%20nishiohukikosyuki.pdf

の二の舞は避けなければなりません。

 

 

 

                                       

 

 

当初、今年も一般の入場はダメなはずでしたがOKとなり本日(9/23)出かけました。

 

 

在学中は好きになれなかった母校ですが、その後の経過で発想が変化し、今では足を向けて寝られません。

 

 

イベントの内容についての2世代分のギャップはさすがに埋め難く、足速な視察となりました。

 

                   


 

受付で渡されたプログラムは70回を超す学校祭の歴史の中でも最高の出来栄えです。

 

 

AIの進歩は言うまでもありませんが、生徒諸君の短い言葉、レイアウトの美しさ、見やすさは今後の模範となるものです。

 

 

校長の巻頭の寄せ書きも校歌をさりげなく引用し、3年間のブランクからの復活を宣言しています。

 

     

 

更に寄せ書きの後半部分は以下に述べる“一中潰し”への対抗意識が感じられます。

 

 

 

一般公開初日の朝でしたので入場者はまだ少なかったのですが、生徒諸君が担当する学校説明会には来年受験する中学生やその母親たちで満席でした。

 

 

ここに来た中学生たちは 偏差値競争は間もなく意味がなくなることを知っており、人生の先を見据えた人格形成の場はここでよいのかを確認に来たのだと思います。

 

 

一方、愛知県の進める中高一貫校の制度はほゞ失敗するでしょう。

 

 

今まで全国的に見ても“一中潰し”は殆ど失敗しています。

 

 

あの「打って 打って 打ちまくれ!」発言とともに永久に語り継がれるテーマでしょう。

 

 
 

本日のスナップです。

      

 

         

 

          
 

      
 

                 
 

         
 

               

 

 

203新旧対面

 

受付での立ち話が発展し、生徒会の役員のH君に出会い(現在と60年前の203同志)、日本古代史の急所についてお話しすることが出来ました。

 

 

日本史とか古文の授業で教師に絡んでくれることを密かに期待しています。

 

 

テーマ一覧

旭丘高校 ( 63 )  ここをクリック

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

https://twitter.com/i/status/1703545811429466224 

 

 

「無知」とは真実を知らないこと。

 

 

無知(噓)を信じていれば それが現実となる。

 

 

無知はさらに力を持つ。

 

 

何故なら 多数派だから。

 

 

ゆえに「無知は力なり」とこの動画は語っているのでしょう。

 

 

世界全体では単純に「無知」VS「有知」と思いがちですが、これが大きな落とし穴なんです。

 

 

大多数の「無知」は始めから“蚊帳の外”なんですが、問題は「有知」の中に正義を貫く者がどれほどいるのか なのです。

 

 

銀のスプーンを銜えて生まれてきた者達に対抗するためには勉強が必要なのです。

 

 

小学生の「どうして勉強しなければダメなのですか?」という問いに対する答えはこれしかないのです。

 

 

 

久々に佐賀県の女性が米田建築史学4冊セットを買って下さいました。

 

 

発送する前にパラパラとページを振り返ってみましたが、少し前の自分が随分エネルギッシュだったなぁ と感じるとともに、内容は今も全然色あせていない と自信を深めました。

 

 

今は少数派でも真実のオーラは勉強している者には解ると思います。

 

 

 

第1巻の あとがき に以下のように書きました

 

 

20年程前、名古屋の鶴舞にある古書店で手にした『法隆寺は移築された』という不思議な(当時はそう思えた)タイトルの本が「米田建築史学」との出会いであった。

 

 

私自身は自宅や仕事場の設計を手掛けるほどの建築マニアであったが、いざ 読み始めてみると 知らない建築用語に満ちており、ギブ・アップしそうになった。

 

 

そこを我慢して、ひと通り書いてあることは直感的に真実である、と思えた。

 

 

著者・米田良三氏は建築家としての閃きを武器にして「移築説」に到達し、繰り出す仮説にはロマンがあり、謎解きの楽しさもあり、さすが 理系の歴史家だと感心させられた。

 

 

さっそく 高校の同窓会の席で、東大出身の仲間に「法隆寺移築説」を披露したところ、「バカヤロー ! そんなことあるかーっ、教科書に書いてないがや!」とB層 宛らに名古屋弁でまくし立てられ、こちらの闘争心に火が点いた。

 

 

 

旭丘→東大 と 旭丘→名大 が 松坂→東工大 のネタをめぐって激突したことが“法隆寺移築説”のその後の隆盛の発端であった(と、言ってみたい)

 

 

「移築説」の中身については言うに及ばず、従来の説が いかに巧みにガードされてきた(フルベッキ写真の中の一人が古代史の神様ともいうべき教授のおじいさん)かを知ることが、日本を救うことに繋がります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                            

不自然な自然現象にうんざりしている方々のために2年前の記事を再掲します。

 

 

 

 

 

コロナ騒ぎで つまらない毎日を送っている人たちの為にも僅かですが安らぎを・・・・

  

「小さな恋のメロディー」が公開された時には既に社会人であり、わざわざ映画館に出かけるには“too old”だったけれど、風景とか音楽とか色々 関心があったので観ることに。

 

監督は33才とかで随分新鮮な展開が楽しめた。

 

ここではYouTubeのお気に入りの映像とお宝のDVDの付録資料で 文字通りお子ちゃま達に「メロディー」という映画を教えることにします。

 

 

DVDのケースの写真です。

 

 

 

邦題に「小さな恋の」と加えたところが巧いし、字体も作風にマッチしています。公開されて丁度半世紀とは驚きです。

 

 

ケースの裏側の作品紹介です。

 

初めてこの作品に接した人向けです。

 

 

手っ取り早いところで予告編を

 

 

 


 

終わりの方の大人達と子供たちのバトルからトロッコのシーンのエンディングまでは おとぎ話とはいえ話題性十分でした。

 

 


 

アイディアは「僕らの7日間戦争」が拝借していますね?。

 

 

エンディングの「Teach Your Children」は今やC,S,N & Yの代表曲。

 

 


 

YouTubeで見つけました。このバージョンは、アコースティックギター3本のみですが、録音が秀逸でベースや12弦がなくても迫力満点です。

 


 

終わりの方で15年後のライブ演奏に繋げてありますが余分です。

 

 これはDVDセットに添えられたプロデューサー デヴィッド・パットナムから日本のファンへのスペシャル・メッセージです。

 


 

自身が国際舞台に飛躍できたことに感謝していることが分かります。

 

この作品に限らず、日本と良好な関係を持つとブレークすることは良くあります。

 

日本はあげまん国家なのです。

 


 

 

この作品をもっと掘り下げたい人の為に音声番組をUPしました。



 

 

裏情報的内容です。

 

 

最期に「コロナ騒ぎ」を吹き飛ばすべく「Teach Your Children」のカラオケをドーゾ!

                                             

 

 

 

                                             

 

 

 

おいMDSP、人の「13号は存在しない」見解を横取りすんな

2023-09-08 18:42:07

テーマ:気象操作

 

 

気象台に勤務し、善からぬことをやっている奴らに問う。

 

 

同じ頃、人気のあった映画“俺たちに明日はない”を知っているか?

 

 

今度は“君たち”だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

                                     

 

 

 

 

 

 

 

                                       

             

 

 

我が国の週刊誌が“台湾有事”を記事にするということは、さる筋(すじ)がそれを企んでいるということなのでしょう。

 

 

もし台北の故宮博物院が破壊されてしまったら、我が国の驚くべき歴史を証明する術はなくなります。

 

 

350年遡る『源氏物語』の原本を始めとする世界中がアッと驚く おびただしい数の宝物を宮内庁は保有している筈です。

 

 

再び平和が訪れたら世界に向けて“大倭国展”ともいうべき我が国の実力の源を示すイベントを催すべきです。

 

 

その場合、日本列島の主役は倭国民であって、若狭湾に上陸した連中の子孫ではありません。

 

 

彼らは壬申の乱以降、憧れの的である倭国民に成りすまして来たのですが、さすがに内心穏やかでなく、もう我慢の限界でしょう。

 

 

TVバラエティーからのし上がった あの男のカミングアウトは実質上 一族の勝利宣言であったと考えます。

 

 

二重国籍NHKアナウンサーの増加、

 

 

アルファベット以外の外国語表示が氾濫する   標識、

 

 

義務教育における日本文明の軽視と隣接国文化への過度の礼賛、

 

 

二重国籍犯罪者の和名のみの表示、等々 

 

 

若い人たちは徐々に慣らされていると思うのですが、昨今の違和感には耐え難いものがあります。

 

 

 

2015年以来、当ブログで繰り返し書いてきた故宮博物院の宝物についてひとまとめにしました。

 

李登輝は「清明上河図」の原本を見たか?

2015-03-18 15:03:17

 

「清明上河図」の秘密

2016-01-27 20:30:59

 

驚くべき 明人出警入蹕図(しゅっけいにゅうひつず)

2016-12-14 20:30:00

 

驚くべき 明人出警入蹕図(しゅっけいにゅうひつず)(続)

2017-01-15 20:30:00

 

「清明上河図」に「日の丸」を発見

2018-06-05 20:48:55

 

台北故宮博物院にある「清明上河図」等、驚くべき絵巻

2018-08-18 20:00:15

 

「清明上河図」を見れば「日本スゴイですね」は当たり前

2019-04-25 20:00:44

 

蔡英文総統、「清明上河図」原本を公開してください。

2021-04-21 20:00:46

 

「清明上河図」に関して 気になるツイッター記事

2022-05-12 20:00:30