「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)

という本を教科書にして、

引き寄せの法則についてまとめてきました。

次のステップとして、

「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)

という本があるので、こちらをご紹介したいと思います。

こちらの記事では「健康を維持する方法」という箇所をご紹介しています。

 
エイブラハムが教える引き寄せの法則について書いた記事は、
下記になります。
 
「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著) より
 
「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 

 
正しい方向にピントを合わせようと
少し努力すれば、素晴らしい成果を達成できる。

やがては、焦点を定めて波動を調和させれば
自分はなんにでもなれるし、
なんでもできるし、
なんでも所有できることを思い出すだろう。

あなたがたは「見えない世界」の視点から
この物質世界にやってきて、
物質世界の身体に宿ったのであり、
とても明確な意図を持っていた。

ここにやってくる前に
物質世界の経験の細部まで決めていたわけではないが、
元気な身体を持ち、
その元気な身体で人生経験を創造しようという意図は
とてもはっきりしていた。

そして、あなたがたは
とても大きな情熱を抱いてやってきた。

小さな赤ん坊の身体でここに着いたとき、
あなたがたは物質世界よりも「内なる世界」に近かったし、
幸福や力強さの感覚もとても強かった。

だから時間がたち、
物質世界のほうにピントを合わせていくうちに、
幸福との強いつながりを失った人達を観察し始め、
そして──少しずつ──あなたがたの幸福の感覚も薄れ始めた。

この物質世界に生まれても「本当の自分」や
絶望的な「幸福」とのつながりを持ち続けることは可能だ。

だがたいていの人は、
この時空という現実にピントをわせると、
そのつながりを失う。

個人としての幸福の認識が薄れる
いちばん大きな理由は、
周りの人達を喜ばせる方法を見つけなさいと
教えられることだ。

両親や教師はたいていは善意なのだが、
それでもあなたが自分自身を喜ばせるより
周りの人達を喜ばせるほうを重視する。

だから、ほとんどの人は社会に適応していく過程で、
自分自身の「ナビゲーションシステム」から引き離され、
自分の道を失う。

ほとんどの社会は行動を最優先せよと要求する。

波動の調整や
「内なる世界」とのつながりを考えなさいと
励まされることはあまりない。

そこで、ほとんどの人は
いつの間にか、他人に認めてもらえるかどうかで
行動を決めるようになる。

そのために他人に最も尊敬される行動に
関心を向けるという間違いを犯し、
本当の自分との調和を失い、
経験のなかのすべてがつまらないものになっていく。

しかし、あなたがたは
この驚くべき多様性を持った物質世界に
情熱を持ってやってきた。

コントラストが持つ価値を理解し、
それをもとに自分の経験を築くことを知っていた。

自分に開かれた多様な選択肢のなかの
何を望むのか、
経験を通じて知るのだと知っていた。

自分が望まないことを知ったとき、
自分が望むことがよくわかる。

だが多くの人たちは、
最初の一歩として何を望まないかを
明確にしたあと、
何を望むのかに目を向けて
波動を調和させるのではなく、
望まないことについて語り続ける。

そこで、だんだん
生まれ持ったバイタリティが衰えていく。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)
 
外側の価値観に振り回されて、
周囲の人や世間体を気にして生きると、
自分の望みを見失っていってしまいますよね。
 

「サラとソロモン」(エスター&ジェリー・ヒックス著)では、

下記の様な説明があります。

 

人々はいい人間でいたいと望むからこそ、

何が良いことなのかを決めるために、周りを見渡して、

他の人々の生き方観察しているんだ。

 

自分たちの周囲の状況を眺めて、

その状況の中に良いことだと思えることと、

悪いことだと思えることの両方を見ている。

 

「それが悪いことなの?

それのどこが悪いのか、わたしにはわからない」

 

僕が気がついたことはね、

人がいろいろな状況を眺めている時、

それが良い状況でも悪い状況でも、

ほとんどの人は自分がどう感じているかについて

意識していないということなんだ。

 

そしてそれが、ほとんどの人にとって

問題を起こすことになるんだ。

 

自分が見ていることが

自分をどのような気持ちにさせているかを意識している代わりに、

いい人間になりたいという気持ちから、

人々はいつも悪いことを探し出しては、

それを遠ざけようとばかりしているのさ。

 

それがどうして問題かっていうとね、

人々が「悪いこと」だと思っているものを

遠ざけようとしている間中ずっと、

その人たちは《苦しみの鎖》につながってしまっているからなんだ。

 

人々は、自分がどんなふうに感じているのかを意識していることよりも、

いろいろな状況を観察したり分析したり比較したりすることの方に

ずっと関心があるんだ。

 

そして、たいていの場合、その状況が彼らを《苦しみの鎖》の中に

引きずり込んでしまうんだ。

 

「サラとソロモン」(エスター&ジェリー・ヒックス著)では、

 

上記では苦しみの鎖という表現が出てきます。

 

この世界の仕組みとして、

他人軸で生きるように出来ているということを、

”人々はいい人間でいたいと望むからこそ、

何が良いことなのかを決めるために、周りを見渡して、

他の人々の生き方観察しているんだ。”

と説明しています。

 

”いい人間になりたいという気持ちから、

人々はいつも悪いことを探し出しては、

それを遠ざけようとばかりしている”

という箇所は、
善悪判断がある、二元論で裁いているとも言えますね。
 

”人々は、自分がどんなふうに感じているのかを意識していることよりも、

いろいろな状況を観察したり分析したり比較したりすることの方に

ずっと関心があるんだ。

そして、たいていの場合、その状況が彼らを《苦しみの鎖》の中に

引きずり込んでしまうんだ。”

とあります。

引き寄せの法則では自分が今どんな感じかを観察して、

いい気分でない時には、似たようなものが引き寄せられてくるから、

いい気分になる様な考え方に転換しようと勧めています。

でも大体の人は、外側で何が起きているのか、

それは善いことなのか、悪いことなのかを観察して、

分析して比較することばかりしているということです。

そうすることで、苦しみの鎖に繋がってしまうんですね。

 

このことを、

”物質世界のほうにピントを合わせていくうちに、
幸福との強いつながりを失った人達を観察し始め、
そして──少しずつ──あなたがたの幸福の感覚も薄れ始めた。”

とも説明していますよね。

 

”だがたいていの人は、
この時空という現実にピントをわせると、
そのつながりを失う。”

とあり、

自分の内側ではなくて、外側に思考を向けてしまうと、

幸福との繋がりが切れてしまうんですね。

 

”個人としての幸福の認識が薄れる
いちばん大きな理由は、
周りの人達を喜ばせる方法を見つけなさいと
教えられることだ。
両親や教師はたいていは善意なのだが、
それでもあなたが自分自身を喜ばせるより
周りの人達を喜ばせるほうを重視する。
だから、ほとんどの人は社会に適応していく過程で、
自分自身の「ナビゲーションシステム」から引き離され、
自分の道を失う。”

自分のナビゲーションシステムというのは、

いい気分という形で望むものを教えてくれるのだけれども、

自分ではなくて他者のいい気分を選びなさいと、

教えられてしまうということです。

 

ここで問題なのは、実際のところ本当に他者が、

喜んでいるのかどうかなんて、

本人にしか分からないことで、

見当違いなのにも関わらず喜ばせようと、

自分の望まないことを選んでいる場合も多々ある、

ということです。

こんなことをして、一体誰が幸せになるのか?

誰を幸せに出来るのか?

ちょっと立ち止まって考えてみて下さい。

 

”ほとんどの社会は行動を最優先せよと要求する。
波動の調整や
「内なる世界」とのつながりを考えなさいと
励まされることはあまりない。
そこで、ほとんどの人は
いつの間にか、他人に認めてもらえるかどうかで
行動を決めるようになる。
そのために他人に最も尊敬される行動に
関心を向けるという間違いを犯し、
本当の自分との調和を失い、
経験のなかのすべてがつまらないものになっていく。”

とあります。
 
ここしばらく、私が家族にとって良かれと思った提案が、
全然本人達にとっては良くもなかった、
ということが続けて起きました。
私のこの良かれとは一体何だろう。
娘から「妄想?」と言われてしまったのだけど、
どこから来るのだろうと考えると、
母に刷り込まれた価値観かな?と感じました。
この場合は私はこう考えていると家族に直接話して、
家族からはそれは望んでいないという返事と、
自分はこうしたいという望みを聞いたことで、
私の勘違いが分かったのですが、
この様なコミュニケーションが欠けている場合は、
勝手に思い込んで勝手なことをしてしまう、
ということも度々起きると思います。
 
私の場合は家族全員の幸せの責任がある、
と言うような思い込みが根底にあったかなと思います。
そしてこれこそが幸せだというものが、
「別にそんなの望んでいない」と言われてしまった、
という感じです。
そう言われてショックだったということではなくて、
一体どうしてそんな風に思い込んでいたんだ?
と吃驚したのです。
 
このような思考の癖、思考習慣を変えるには、
自分はどう感じているのか?を中心に置くようにします。
 
そうすると、何だか、他者を蔑ろにしている様な、
自分勝手な様な気持ちになりませんか?
それこそが、他人の反応を気にして、
外側を観察している証拠でもあります。
大事なのは他人を気にしないと駄目なのではないかと、
嫌な気分になっていることに気付くことです。
 
さて、本当に他人を気にすることが自分の望みなのでしょうか?
毎回、毎回、他人を気にしていてそれで満足できるでしょうか?
他人を気にして良かれと思うことをして、
相手は本当に喜んでくれるでしょうか?
相手が喜んでくれたら自分は幸せになるのでしょうか?
 
私は、いやそうではないな。
ただ間違いたくないとか、正しい方を選びたい、
といった気持ちで行なっていたのだと感じました。
 
そのとき何に関心を向けていても、
意図的に肯定的な側面を見ようと
心がければ、
あなたの波動はすべての肯定的な側面と
同調するようになる。

もちろんネガティブな側面と
同調することも可能だ。

多くの人は親や教師や仲間の言うままに
ネガティブな比較をしては
自己批判モードになり、
苦労している。

自分自身にネガティブになるほど、
ポジティブな引き寄せの能力を損なうことはない。

そこで、
ネガティブな思考になりにくいテーマを選んで、
よい波動に切り替えるといい。

そして、明るくていい気分になったところで
思考を自分自身に向ければ、
自分のことでもいつもより
ポジティブな面を見つけられるだろう。

周りの世界でポジティブな面を見つければ、
自分自身についてもポジティブな面を見つけられる。

そうやって一度切り替えれば、
周りの世界でポジティブな面を見つけることは
さらに簡単になる。

自分について気に入らないところが見えたら、
他人の同じところも目につく。
「一度悪くなると、どんどん悪くなる」
わけだ。

だが、自分や他人のポジティブな面を
意図的意に見つけるようにすると、
いろんなことが
「一度よくなると、どんどんよくなる」
のがわかるだろう。

肯定的な側面を探して
望むことに焦点を定めるのが
どれほど重要か、
いくら強調しても足りないくらいだ。

あなたに起こることのすべてに、
この単純な表現があてはまるのだから。

「あなたは考えていることを
次から次へと引き寄せる
─それが望むことでも
望まないことでも」

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より

という箇所をご紹介しています。
 
”多くの人は親や教師や仲間の言うままに
ネガティブな比較をしては
自己批判モードになり、
苦労している。
自分自身にネガティブになるほど、
ポジティブな引き寄せの能力を損なうことはない。”
とこちらでも親や教師という説明がありました。
他人の言うままになってしまうと、
ポジティブな引き寄せが出来なくなってしまうんですね。
思考がネガティブな方に向いてしまうのです。
 
”そこで、
ネガティブな思考になりにくいテーマを選んで、
よい波動に切り替えるといい。
そして、明るくていい気分になったところで
思考を自分自身に向ければ、
自分のことでもいつもより
ポジティブな面を見つけられるだろう。”
とある様に、思考のコントロールに挑戦します。
最初は自分の好むいつもの思考パターンが先に来るので、
転換するのは難しく感じますが、
大事なのは思考を変える、
波動を切り替えるということを理解していることです。
やらなきゃいけない、こんな思考では駄目だということではなくて、
波動を切り替えてポジティブな引き寄せを行えるような、
テクニック、手法なんだと割り切るといいと思います。
 
気軽に取り組める様に深刻なテーマを避けて、
でもよかった!と思えるような考え方を採用します。
 
例えば、私が家族にとって良かれと思った提案が、
全然本人達にとっては良くもなかった、
ということが起きた時に、
私ってダメだなとネガティブになるのではなくて、
話して良かったわ、これで修正出来るなという風に、
ポジティブな捉え方をしてみます。
ネガティブ思考が染みついていると、
でも、だって、やっぱりとグズグズ考えるので、
これは練習だ、グズグズは一旦止める、
と思考を意識的にコントロールします。
 
昔の私はこれが出来なくて、
グズグズメソメソして自己憐憫に浸っている方が好き、
わたしって可哀想ってやる方が気分がよいと思っていました。
その時の自分が存在している周波数帯ではそうだったかもしれません。
 
下記の感情の段階を参考にすると、
 

1 喜び、大いなる気付き、自信、自由、愛、感謝
2 情熱
3 熱意、やる気、幸せ
4 ポジティブな期待、信念
5 楽観
6 希望
7 満足
8 退屈
9 悲観
10 ストレス、いらだち、短気
11 戸惑い
12 落胆
13 疑い
14 心配
15 非難
16 失望
17 怒り
18 復讐
19 敵意、激怒
20 嫉妬
21 自信喪失、罪悪感、自己卑下
22 怖れ、苦悩、憂鬱、絶望、無気力

「運命が好転する実践スピリチュアルトレーニング」
(エスター・ヒックス&ジェリー・ヒックス著)より

 
21の自己卑下になりますね。
22の無気力に比べたら上向きなので、
これはこれで、私の精一杯でした。
怒りのような気分が悪いものだと思っていた頃なので、
他者に向けるよりは自分に向けた方がマシでしょ?
と思っていました。
上がる為には他者に怒りを向けることも、
あるかもしれないですよね。
もし怒りに囚われてしまっても、
自分をコントロールしつつも、
怒りを感じたこと自体は責めないようにしましょう。
ずっと上向きな感情ですよ。
 
ポジティブな思考は希望や楽観になりますね。
まぁいいか、なんとかなるさといった状態です。
起こったことを肯定して受け止めて、
これでいいのだと思う、外側をあれこれコントロールしようとしない、
といった状態になれると、上向きになっていくと思います。
外側をコントロールしない為には、
自分に思考を向ける、感情を観察するようにします。
 
嫌な感情というのは自分が悪いものだと判断しているものですが、
これが湧いてくると居心地が悪くて(悪い事をしている様で)
自分と向き合わずに他人を観察してしまいがちです。
でも他人がどうあるかというのも、
実際には自分の主観で判断しているものなので、
自分を映している、投影していますよね。
だから他人を観察してどうなのかと考えたり、
他人が喜ぶことをしようとするのは、
本人の気持ちが分かる訳ではないから、
無意味なんですよね。
 
勿論、他人は鏡だからどうだっていいと言って、
奪ったり傷つけたりしていいということではないのですが、
善い悪いの判断というのは、意味がないので、やめましょう。
 
 

思考のパワーを理解せず、
思考のパワーを生かすために
時間をかけて思考を調和させることもしないでいると、
行動のパワーだけで何かを創造しなくてはならなくなる。

だが、行動のパワーは思考のパワーに比べれば
ずっと小さい。

だから、いくら一生懸命に行動しても
望むことが達成できず、
もうダメだ、自分には達成できないと感じる。

人によっては、もう時間が残っていないから、
自分が夢見たやりたいことをして、
所有したいものを手に入れることはできないと思う。

だが理解してほしい。

思考の焦点を定めるというパワーを使い、
世界を創造している「エネルギー」と
意図的に調和するように心がけていれば、
素晴らしい「てこ」の作用が働いて、
それまでは不可能だと思っていたことがすぐに
実現するのだ。

必要な調和を実現すれば、
あなたがたはなんにでもなれるし、
なんでもできるし、
なんでも手に入れられる。

そのときあなたの人生経験は、
あなたが創造の「エネルギー」と調和している
証になる。

その証は、物事が実現する前に、
まず明るくて前向きな感情
という形で現れる。

それが理解できれば、
願望の実現が近づいてくるまで
コースを外れずにいられるだろう。

「引き寄せの法則」によって
「それ自身に似たものが引き寄せられる」
あなたがどんな状態でいても
──どんなふうに感じていても──
それと同じものがもっとたくさん
引き寄せられてくる。

何かを望み、願うことは、
それが実現すると信じていれば
いつでも楽しい。

だが、実現を疑いつつ願っていると、
非常に嫌な気分になる。

何かを望みその実現を信じること、
それが調和で、
何かを望みつつ実現を疑うのは
調和ではないことを理解してほしい。

望み、信じることが調和である。

望み、期待することが調和である。

望まないことを予想するのは調和ではない。

調和しているかいないかは、自分で感じ取れる。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)

 
引き寄せの法則というのは、
思考の波動にも働いていて、
思考が現実化する法則があるので、
考えたことが現実的な経験に繋がっていきます。
その為に、出来るだけいい気分のする、
ポジティブな思考を選択することで、
人生も上向いていくよというのが引き寄せの法則の活用術です。
 
私も今まで積み重ねたネガティブ思考を転換するのが、
結構難しいところもあって、時間はかかりましたが、
1年前に漠然と考えていた様なことが、
今現実的な経験として現れてきて、
当時は不可能かもしれないということも、
実現可能になってきているので、
とても不思議な気持ちでいます。
 
思考をコントロールするという時に、
思考そのものをどうにかしようと四苦八苦しますよね。
そうではなくて、思考に伴った感情を観察して、
いい気分か?いい気分がしないか?ということに注目します。
いい気分がしないなら思考を転換する、
このことを思考をコントロールすると表現していて、
思考を監視する訳ではないです。
 
引き寄せ界隈でよくあるのは、
思考そのもののシナリオを作成して、
そのことについて考えるというものです。
でも感情が動いていなければ実際に経験には繋がりません。
 
”何かを望み、願うことは、
それが実現すると信じていれば
いつでも楽しい。
だが、実現を疑いつつ願っていると、
非常に嫌な気分になる。”
とありますが、
望みについて考えているのに、
不安になったりそわそわ落ち着かない気分だったり、
落ち込んでくるのは、
どうせ叶わないだろうという風に感じていて、
言語化していないので何となく嫌な気分がするのです。
 
先の見えないことを想像すると、
不安は湧いて来ると思います。
私は今まで、その不安をとことん掘り下げてしまって、
不安な気持ちでいる時間が長かったのですが、
思い切って不安が湧いてきたら一旦止める、
ということを意識的に行ないました。
 
不安な想像を一旦止めて、よし、
もっといい気分になることを考えてみようと、
切り換えました。
とことん思考を掘り下げないとダメだ、
という風に思っていたのだけれども、
引き寄せの法則は思考ではなくて波動がベースなんだから、
思考そのものの内容がどうなのかではなくて、
それを考えている時の感情が影響を与えているのだから、
私は今、引き寄せの法則を上手に働かせたくて、
あれこれ想像しているのだから、
嫌な気分になることを考えるのはやめよう、
ということを続けて行きました。
 
嫌な事から目を逸らしてやらない、
という訳ではないです。
実際に嫌な事をやらなくてはいけない時もあります。
こういう場合も、思考を転換するのですが、
私が苦手で何度も練習したのは、
まだ起きていない未来のことを想像する時に、
楽しいいい気分になるように思考をコントロールする、
というものです。
それが一年くらい経ってみると、
あら実現しているわとなっています。
なので、ぜひ皆さんにも楽しい想像をする時間を作るのを、
オススメしたいです。
 
仕事の環境に変化を求める
すべての人にわたしたちが言いたいのは、
その変化は既に
「波動の預託口座」で
あなたを待っている、ということだ。

あなたの仕事は、
過去と現在の経験を通して
明確になった願望に
自分を調和させることだ。

こういうと
奇妙に聞こえるかもしれないが、
仕事の環境を改善するいちばん
手っ取り早い方法は、
現在の環境で明るくて気分のいいことを
探すことだ。

ほとんどの人はまったく正反対で、
環境改善の努力を正当化しようとして、
逆に欠陥を指摘する。

だが「引き寄せの法則」は
常にあなたが関心を向けていることを
さらに引き寄せるのだから、
望まないことに関心が向いていれば、
さらに望まないことが
引き寄せられてくるだけだ。

望まないことがあるという理由で
その状況から離れても、
次の環境でも同じように
望まないことのエッセンスが見つかるだけだろう。

自分が望むことを考え、語りなさい。

今いるところについて、
楽しい事のリストを作りなさい。

これからきっとよくなるはずのことを、
ワクワクする気分で考えなさい。

嫌なことを強調するのはやめなさい。

好きなことを強調しなさい。

よくなった自分の波動に対する
宇宙の反応を観察しなさい。

ジェリー それでは、
現在やこれまでの状況で
自分が望まないことから目をそらし、
自分が望むことに
ピントを合わせないかぎり、
相変わらず─形は変わっても─
ネガティブな状況を再創造し続けるだけだ、
ということですか?

エイブラハム まったくそのとおり。
ネガティブな気分を
どれほど正当化しようと、
未来は明るくはならない。

あなたがたのほとんどは
10回か20回も
幸せな一生を過ごせるくらい、
望むことをたくさん考えてきたのに、
ドアを閉じているから
望みが現実にならない。

そしてドアが閉じている理由は、
あなたがたが現在に不満を言うのに忙しい、
あるいは
今の自分を弁護するのに忙しいからだ。

明るくていい気分になる理由を探しなさい。

そして喜びのなかでドアを開きなさい。

ドアを開ければすぐに、
あなたが「欲しい」と言ってきた
すべてが流れ込んでくる。

そして、あなたがたはいつまでも幸せに
暮らすだろう、
というのがわたしたちの期待だ。

要するに、あなたがたが
この物質世界の人生経験に入ったとき
本当に望んでいたのは、
いつまでも幸せに暮らすことなのだから。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
”自分が望むことを考え、語りなさい。
今いるところについて、
楽しい事のリストを作りなさい。
これからきっとよくなるはずのことを、
ワクワクする気分で考えなさい。”
とありました。
私は上記の箇所をコピーして、
スマホですぐ読めるようにしています。
 
ただ楽しい気分でいるというのを重視して、
いいなと思うことについて考える、
嫌な気分がしたらそれ以上深堀りしない。
(まだ起きていないことなので考える必要がない)
これは嫌な事から逃げるというものではなくて、
楽しい気分になって波動を転換して、
ポジティブな引き寄せを行なう為のテクニックです。
行動ではなくて、内側の思考を変えるものなので、
変な罪悪感とかはいりません。
楽しんであれこれ想像してみて下さいね。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)

という本を教科書にして、

引き寄せの法則についてまとめてきました。

次のステップとして、

「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)

という本があるので、こちらをご紹介したいと思います。

こちらの記事では「健康を維持する方法」という箇所をご紹介しています。

 
エイブラハムが教える引き寄せの法則について書いた記事は、
下記になります。
 
「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著) より
 
「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
 
 
ツイッターでパクリを指摘していた整体師に、
ブロックされてしまいました。
この整体師について調べていたら、ある方の有料記事を購入して、
自分の情報としてツイッターで公開し、
指摘されても開き直っているということがあった様です。
また画像を無断で盗用しているという指摘もありました。
こういうのは一人二人ではないだろうし、
パクられた本人が気付かないケースもあると思います。
私も直近のツイートの画像が他でも見掛けたことがあるもので、
出典元を明記していないことが気になっていました。
彼女のフォロワー自体が、パクリに甘いタイプばかりなんだと思います。
私はこの動画は画像は元々どこのものだろうと、
つい考えてしまうので、ツイートを読むことはあっても、
不審に思った時はRTしないですね。
(勿論気付かずRTすることは沢山ありますけれども)
 
私はパクリを度々指摘していますが、
こうしている私自身も勘違いかもしれないなと、
振り返ることが沢山あります。
思い込みであれこれ言ってはいけない、
ちゃんと検証してからツイートや記事にしようと、
抑えている方です。
時々、子どもたちにツイートを読んでもらって、
パクリかどうか、感想を聞いたり、
エアリプ合戦みたいになることもありますが、
どう思う?ママのことだと思う?と、
確認することもあります。
出来るだけ客観的に判断しようという努力は、
私なりにしているんですね。
 
その上で、パクることを放置するのは、
パクった人自身が他人の情報に依存しますし、
盗みという悪を重ねることになりますし、
陰で努力している人を踏みにじったり、
他の被害者を増やすことにもなるので、
指摘する様にしています。
見て見ぬ振りをする方が悪だと私は選択していて、
私自身を大切にする為にも自己主張するのです。
 
私のアカウントをブロックしたということは、
私という存在を認識していて、
その内容も把握しているということですから、
全くの妄想ではないことが証明されました。
 
パクる人ってネチネチ応戦していると、
どっかでブチ切れるんですよ。
パクっている癖に、
ここでお前のアカウントを晒してもいいんだぞ?
とか脅してくる場合もあります。
いや晒せよと。
困るのはお前だろうと思います。
(この人は鍵垢にしてしまいました)
ブロックされるパターンは少なくて、
アカウントを消したり、現実的に何らかの出来事があって、
更新されなくなったりということが多いです。
 
ブロックされたことで、やっぱり指摘するのは有効だな、
大事だなと改めて思いましたので、今後も赤ペンは続けるでしょう。
私の身体は一つなので、パクる人全員に毎回対応は出来ないですけど、
数人ずつまとめてやっています。
 
この整体師は身体の状態を整えれば、
全てが解決するという根本的な原因にアプローチする手法を、
否定する立場にいますので、
それだとどんな事が起きて来るのか?
個々で考察していってもらいたいなと思います。
 
つま先に激痛が走っているとき、
健康な足を想像するのは容易ではないが、
できるだけ努力をして
痛むつま先から気をそらすことが大切だ。

しかし、身体的不調が激しいときには、
幸福をビジュアライゼーションしようとしても
あまり効果が上がらない。

いちばんいいのは、日常的に気分がいいときだ。
言い換えれば、朝がいちばん気分がいいなら、
その時間を選んで新しいストーリーの
ビジュアライゼーションをしてみる。

ゆっくりとお風呂に入ったあとが一番気分がいいのなら、
そのときにビジュアライゼーションをする。

15分くらい時間を割き、
目を閉じて現実からできるだけ離れよう。

じゃまが入らない静かな場所を見つけ、
最高に元気な自分を想像する。

きびきびと歩き、深く呼吸し、
芳しい大気を楽しむ自分を想像する。

穏やかな坂を元気よく上っていき、
自分のスタミナを思って
ほほ笑むところを想像する。

屈伸運動をして身体のしなやかさを
楽しんでいる自分を想像する。

その時間は身体を楽しみ、
元気さとスタミナと柔軟性と
美しさを喜ぶことだけを目的に、
楽しいシナリオを思い描こう。

なんらかの欠陥を矯正しようという目的ではなく、
ただビジュアライゼーションをする楽しみのために
ビジュアライゼーションをすると、
思考はより純粋になり、したがってより力強くなる。

なんらかの欠陥を矯正しようとして
ビジュアライゼーションをすると、
方程式の欠乏の側が働いて、思考は薄まってしまう。

ときどき人は、
自分はとても長い間願望を抱いてきたのに実現しない、
だから、「引き寄せの法則」は自分には働いていない、
と言う。

しかし、それは願望が実現していないということを
強く意識する場所から改善を望んでいるからだ。

思考を転換して
願望の方向に焦点を定めるのには時間がかかるが、
そのうちにごく自然にできるようになる。

そしていつでも簡単に新しいストーリーを
語れるようになるだろう。

時間をとって自分の身体について
ポジティブな想像をすると、
その気分のいい思考が圧倒的になり、
そうなると身体的な状況がそれについてくる。

今の状況にだけ焦点を定めていたのでは
何も変わらない。

新しいストーリーを想像し、
ビジュアライゼーションをし、言葉にすれば、
やがてはあなたがその新しいストーリーを
信じるようになる。

そうなれば、
すぐに新しいストーリーが実現しつつあるという証拠が
経験のなかに流れ込んでくる。

信念は抱き続けている思考にすぎないから、
信念が願望と合致すれば必ず願望が実現する。

あなたとあなたの望むものの間に
立ちはだかっているのは、
あなたの思考パターンだけである。

身体がどんなに衰えていても、どんな状態でも、
きっとよくなる。

あなたがたの経験のなかで、
身体ほど思考パターンに迅速に反応するものはないのだ。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)
 
健康をテーマにした記事を書くタイミングで、
足をぶつけてしまったのだけれども、順調に治癒しました。
病院に行っても良かったかもしれないけれども、
行かなくても治りましたね。

今足が痛いなということばかりに思考を向けるのではなくて、
自分には治癒力があることについて考えて、
時間をかければゆっくり治っていくのだから、
何も心配いらないんだなと、心から信じて、
痛い状態を許していました。
これは「すぐ治るよね、思考が現実を創っているから」と、
本気で受け入れられると、速攻で治ると思います。
私は痛みに思考が引っ張られて無理でしたね。
毎回、痛いなと思っても、でも大丈夫、治ってきているな、
といい気分に思考を転換していた感じです。
 
具合の悪い時にその様に転換するのは難しいので、
”なんらかの欠陥を矯正しようという目的ではなく、
ただビジュアライゼーションをする楽しみのために
ビジュアライゼーションをすると、
思考はより純粋になり、したがってより力強くなる。”
ということで、
1日15分、ビジュアライゼーションしよう、
という内容をご紹介しました。
 
"その時間は身体を楽しみ、
元気さとスタミナと柔軟性と
美しさを喜ぶことだけを目的に、
楽しいシナリオを思い描こう。”
とあります。
 
こちらはドーリル先生の著書にも似たような内容がありますので、
ご紹介したいと思います。
 
あなたがいかなる種類の病気疾病にかかっていようと、
それらは総て、
極性の不均等から生じたものだということを
覚えておいてもらいたい。

だから、まず、その原因に到達すれば、
症状が退散するのである。


自分一人になって暗い部屋に座るか
仰臥するかしなさい。
あなたがこの治療法を行なっている間は、
他人から何らの妨げも受けない様に
することが肝要である。

出来得れば、総ての衣服を脱ぎ捨てる。
それが出来ねば、
なるべく軽くゆったりした衣服だけを身につける。

両目を閉じて、
自分の肉体を完全なものとしての
心象を画く。

例えば、走っている自分、
泳いでいる自分、
飛び上がっている自分、
奮闘努力している自分等を
心像化するのである。

呼気も吸気もゆっくりとした深呼吸を
三回する。
それから左手拇指を
左耳後ろの迷走神経のところにおき、
同時に右手の五指を両目の間のちょっと
上の方にあてる。

そして両手の指で押さえながら、
更に深呼吸を三回する。

この深呼吸の時は、
心に完全な健康状態を心像化していること。

それが終ると一分間、
普通の呼吸をし、
それからゆっくりと深く息を一回吸い、
息を止め、
心の中に健康をのみ思う。

そして、ゆっくりと息を吐きながら、
心の中の心像が太陽叢の方へと
動いて行く様に集中思念する。

次に、太陽叢に集中しながら
三回の深呼吸をする。

次に両手の指先で
太陽叢を強く押えてゆっくりと息を吸い、
ゆっくりと吐く。

そして、心内で
”法則の力と働きがわたしを完全にする”
とくり返し言う。

これを十五分間くり返す。

そして、一日に一回ずつ、
七日間実行してみなさい。

自分の肉体にバランスがとれたことが
分るだろう。

「療法の眞義」(M・ドーリル博士著)より
 
ビジュアライゼーションを行なう時に、
思考がネガティブ過ぎると難しいという問題があります。
私の場合は、泳いでいる自分…水着?え水着になっちゃう?
うわぁ流石にヤバくない?泳ぎたいけど水着はムリという感じで、
どんどんネガティブな想像を始めて止まらず、
上記の訓練が出来ませんでした。
皆さんはどうでしょう?出来るのかな。
 
引き寄せの法則を学び直して、
創造のワークショップの前に、イルカの動画を観る様にしていて、
しばらく続けたので(最近やってない)
上記の訓練に挑戦してみたら、
泳ぐ私はウエットスーツを着て海中に潜り、
イルカと楽しんでいる姿になっています。
水着じゃなくていいんですよ!
以前の想像はプールでしたからね。
活き活きと楽しんでいる姿を想像出来ると、
身体がふわっと軽くなる感じがしてきます。
いい気分の想像は胸の辺りがホッとしますので、
その違いをよく観察してみて下さい。
不安になる様な想像が始まったら、一旦止めましょう。
好きだなと思う動画や映画なんかを参考にして、
想像出来る材料を増やすといいと思います。
 
 
スピを学んでいて面白いと感じるものの中に、
何の関係もなさそうな人同士が、
似たようなことを言っていることがある、
というものがあります。
 
普遍的な真理や法則は、同じになっていくんですね。
エイブラハムではビジュアライゼーションと翻訳された箇所が、
ドーリル先生の著書では心象という表現になっています。
この硬さがドーリル先生らしくて好きです。
ビジュアライゼーションはエイブラハムっぽいですよね。
でも同じことですね。
 

想像(イマジネーション)とビジュアル化については下記です。

 

ジェリー エイブラハム、
想像(イマジネーション)という言葉を
どう説明なさいますか?
この言葉はあなたがたには、
どういう意味があるのでしょう?

エイブラハム 想像(イマジネーション)とは、
思考を混ぜ合わせたり擦り合わせたりして
いろいろな組み合わせを作ることだ。

ある状況を観察することに似ている。

だが想像のなかでは、
今ある現実を観察するというより、
イメージを作り出すのだ。

ビジュアル化という言葉を使う人もいるが、
わたしたちはこの二つを多少区別したい。

ビジュアル化はかつて実際に観察した
何かの記憶であることが多い。

わたしたちが「想像」という場合、
心のなかで望ましい要素を組み合わせて
望ましいシナリオを作ることを指す。

言い換えると、前向きな明るい感情を
わき立たせることに意図的に焦点を
定めることだ。

わたしたちが想像という言葉を使うときには、
実はあなたがた自身の現実を
「意図的に創造」することを指している。

ジェリー でも、例えば望ましいパートナーや、
生まれてほしい子ども、就いたことがない天職のように、
まだ見たことがないものを
どうやってビジュアル化したり
想像したりできるんでしょうか?

エイブラハム 周りの世界を観察して、
魅力的だと思う人生経験を収集し、
考えてみることだ。

微笑みかけてくれた誰かの美しい微笑や、
誰かが住まう美しい家に目を向けること。

自分の世界で楽しいと思うことを
頭のなかや用紙にメモし、
心のなかでそれらの要素を混ぜ合わせて
自分が望む人生のシナリオ、バ―ションを
創造する。

完璧なモデルを探そうとしてはいけない。

人はそれぞれユニークなのだし、
自分自身のユニークな現実の創造者なのだから。

やがて、この想像という方法を使うと
いろいろ楽しいことが経験できるだけでなく、
想像そのものが楽しくておもしろいことを
発見する、というか、思い出すだろう。

まず「自分が何を欲しているか知りたい」と
宣言すれば、
「法則」によっていろいろな事例が引き寄せられてくる。

引き寄せられたデータを収集しつつ、
さらに欲しい物を探すぞという意識をもって
毎日を過ごす。

周囲を見回せば、パートナーや仕事仲間に
望ましい資質や性格が見つかるだろう。

だが、どんなことであれ、
あなたにとって完璧なモデルは存在しない。

あなたの完璧なモデルの創造者は
あなた自身だから。

ときどき、こんな言葉を聞く。

「わたしは金持ちになりたかった。
でも、わたしが出会った金持ちは病気がちで、
結婚に失敗していた。
だから金持ちというと病気や結婚の失敗と
結び付いてしまうので、
もう金持ちになりたいとは思わない」。

そこで、わたしたちは言う。

「望むなら金持ちというデータを
収集しなさい。
そして病気だとか結婚の失敗という部分は
放っておきなさい」と。

ジェリー すると望ましい性格をいろいろ寄せ集めて、
自分が欲しいと思うパートナーや
子どもや仕事をビジュアル化すればいい、
ということですか?

エイブラハム そうだ。それをするのが
「ワークショップ」だよ。
ワークショップをするときには、
なんにも邪魔されずにただ望ましい姿を
心に描くことができる。

ジェリー それじゃ、既に存在することでなくて
いいわけですね。
自分が経験したいと感じること、
それだけでいいんですね。

エイブラハム 「ワークショップ」を実行すると、
ほとんどの場合、
すぐに望ましい姿が描けるわけではないことが
わかるだろう。

はっきりした姿が描ければ
興奮してワクワクするからわかるよ。

何かのプロジェクトに携わり、
一生懸命それについて考えていて、
ふいに「いいことを思いついたぞ!」と
叫んだ経験はないか?

その「いいことを思いついたぞ!」という気持ち、
それが創造のスタート地点だ。

言い換えれば、
心のなかで考えに考えているうちに
具体的な姿が見えてきて、
思考の完璧な組み合わせにぶつかる。

すると
「内なる存在」が「そうだ、それだ!やったぞ!」
という感情を送ってくれる。

だから「ワークショップ」で大事なのは、
「いいことを思いついた!」と感じられるまで、
ありとあらゆることを考えてみることだ。

ジェリー ビジュアル化した強い思考が
なかなか現実化しないとき、
共通する大きな理由があるとすれば、
どんなことですか?

エイブラハム 純粋に思考をビジュアル化していれば、
必ず、それも迅速に望みはかなう。

「純粋なビジュアル化」というところが鍵で、
「純粋な」というのは
望む方向にだけ思考を向けるという意味だ。

「これが欲しい、でも……」と「でも」を
付け加えたら、
せっかく生まれかけてきたものが
押しつぶされて、台無しになる。

あなたがたはたいてい、これが欲しいという
欲求にについて考えると同じくらい、
いやそれ以上に、
まだ欲求が実現していないということも
考えてしまう。

もし望むことがなかなか実現しないとしたら、
理由は一つしかない。

欲しい物を考える以上に、
それが実現していないということを
考えているからだ。

何が欲しいかがはっきりとわかり、
次にそれが実現するまで、
意図的にそのことだけを考えていれば、
欲しいと思うことすべてのエッセンスは
たちまちあなたのものになるろう。

目の前の現実に関心を向けるのではなく、
欲しいものだけを
純粋にビジュアル化していれば、
現実ではなくて欲しいものが
どんどん引き寄せられてく。

大切なのはあなたの磁力の作用点を
変更することだ。

目も言葉も思考も、
目の前の現実に向けるのではなく、
ひたすら欲しいもののほうへ向けなさい。

欲しいもののことを考えて
口にすればするほど、
望みが迅速に実現するだろう。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より

 

映画やテレビを悪者にする人も多いです。

上の方に書いたパクリの整体師も最近、

テレビを悪者にするツイートを発信していました。

テレビ自体には善い悪いはなく、

それを受け取る側がどう利用するかで変わります。

 

3S政策についての記事があるので、

こちらをご紹介しますね。

 

「3S政策」と云えば、
ネガティヴ(闇)存在たちが仕掛けた、
地球人類総奴隷化計画における、
マインド・コントロールのひとつです。

それは、Screen(スクリーン:映画)、Sport(スポーツ)、
Sex(セックス)のそれぞれの頭の「S」を取ったものですが、
いわゆる、これらに、意識と想念と感情を縛り付けて、
夢中にさせることによって、地球人類を、
真実の目から遠ざけるために、
真実に意識を向かわせないようにする
政策があるとするものです。

つまり、これらは悪いものだぜ、もっと、
映画ばっかり観てろ、スポーツばっかり観てろ、
セックスばっかりしてろ、というようなことで、
陰謀論としての観方であり、
ネガティヴ(闇)側からの観方です。

しかし、これらは、本当に悪いものなのでしょうか。

この、ネガティヴ(闇)側からの真意というものは、
映画も、スポーツも、セックスも、
悪いものなのだという案じ掛けなのですから、
マインド・コントロールと云われるのです。

それは、裏を返せば、
「そこに真実が潜んでいる」という鍵があります。

真実から目を逸らさせたい、
真実に気づいてほしくないと想えば想うほどに、
「恐怖」や「不安」に仕立て上げるのが、
ネガティヴ(闇)側の手口です。

人々が、そこに、「恐怖」や「不安」を抱けば、
なるべく、そこに近づかないように、避けるように、
忌み嫌ったり、軽蔑したり、白い目で観たり…
というようになり、まんまと、ネガティヴ(闇)側の、
術中に嵌まってしまうわけです。

宇宙には、「恐怖」も「不安」もありません。

それらは、幻想に過ぎないのです。


また、これらの娯楽に夢中にさせることの中に、
罪悪感を抱かせるのも、彼らの手法です。

散々、楽しめよと煽った後で、
でも、これって、悪いものなんだぜ、
良心が痛むだろう?だから、
金を、たらふく払えよな…
といった具合に仕向けてきたのが、
ネガティヴ(闇)側の手口です。

それは特に、セックスに対する案じ掛け、
マインド・コントロールが多く見受けられます。

地球人類という生命体に、生まれる前から、あるいは、
生まれながらにしての原罪などというものは、
一切、存在しません。

『旧約聖書』は、偽神アヌンナキたちの
情報なのですから、嘘っぱちだということです。

地球物質界に生まれて来て、
祝福されていない人なんて、ひとりもいない、
たとえ、闇に堕ちた者であろうとも、
闇の住人であってもです。

闇は、経験する必要があったから、
そこを通り抜ける必要があったから、
ただ、それだけのことです。

人として生きてゆきながら、人間関係を築いてゆくのに、
人としてのモラル(道徳心)は必要ですが、
闇のどん底を知ったからこその、光への帰還は、
どれほど、その人を、強力なパワーへと推し進めるのかは、
予想や想像を、軽く超えてゆくものがあるでしょう。

ハッキリと申し上げますが、
このような、ネガティヴ(闇)流の手口はすべて、
アヌンナキの一族が仕出かしたことです。

彼らはもう、地球上からいなくなったのですから、
これ以上、彼らの手口を真似て、
引き摺ってゆく必要はないのです。

それでは、映画、スポーツ、セックスを、
ポジティヴ(光)側から観た場合ですが、これは、
ある光の先生もおっしゃっていたかとは想われますが、
アルファベット「S」から始まる単語、語彙は、
シリウス(Sirius)からの叡智を暗示させています。

つまり、アヌンナキたちは、これを逆手に取って、
悪用したのです。

黒魔術の世界というのも、シリウスの叡智を、
ネガティヴ(闇)側からの手法を用いて、
繋がろうと試みたものです。

映画は、娯楽産業ですが、これは、
霊的なヴィジョンの観方を学ぶためにあるものです。

よく、霊能者や霊覚者の先生がたが、
霊視や、遠隔透視をしたときに、
「ヴィジョン」が浮かぶといったときに、
映画の画面のようなものが浮かんで、
そこに映し出されるということがあるかもしれません。

映画はまた、人生の縮図のように、
90分や120分、もしくは、180分といった時間軸の中に、
凝縮されて、描写されます。

つまり、霊的なヴィジョンとして、
スクリーン(画面)を思い浮かべた中で、
「過去のヴィジョン」や「未来のヴィジョン」を、
瞬時に辿ってゆくという、霊視の雛型が、
映画というものであると云えるでしょう。

ですので、映画を観るという行為から、
霊視の訓練に置き換えることが出来るのです。

スポーツもまた娯楽ですが、身体を鍛えたり、
ほぐしたり、状態を整えたりと、それは、
人間の生命活動にとって、健康を保つということですから、
身体にとって健全なことをしているのであり、
悪いものであるはずがありません。

スポーツ観戦というものも、そこから、
何らかの勇気や元気を受け取ったり、
明日への希望に繋がるものを、その、
たくましさや、情熱、精神性から見出して、
自分自身の中に取り入れるというものが
あるのではないでしょうか。

そういった中で、究極のスポーツと云えるのが、
「ヨガ」と云われていて、「ヨガ」は、
霊的な感覚を、身体を動かすことによって
養うものと云えるでしょう。

セックスは、神聖な営みです。

宇宙では、セックスを、
「生命エネルギーの交流」と云います。

それは、光を取り入れることであり、
相互間の気や、エネルギーを循環させて、
生命の波動、もしくは、周波数を上昇させてゆく
働きがあるというものです。

ここで大切なことは、セックスは、
相互の合意がなければ成立しない
ということです。

つまり、レイプなどの、相手の想いや合意を、
一切無視した、一方的な行為は、
獣の道に入る行為であり、生命エネルギーを、
著しく下降させてゆく、死に至る病となります。

セックスにおける罪悪感というものは、
非常に強いものがあるかと想われます。

普通一般的に云うのであれば、
鬱々と、あるいは、悶々としているよりは、
レンタル屋で、アダルトDVDでも気軽に借りて、
観ることぐらい、別に、何でもないことです。

それは、何も恥ずかしいことではありません。

ま、観すぎには注意が必要だということで…

(Kagariも最近は、アダルトDVDは借りてないけど、
前は、随分いっぱい借りて来て観てたよなぁ…って、
何のカミング・アウトだよ★)

また、ソープなどの風俗業、
AV、ポルノ業界そのものが悪いのではなく、
金銭絡みが、度を越してきたときに、
おかしくなってゆきます。

お金は、エネルギーの物質化ですから、
お金の流通状態が汚れて来ることによって、
エネルギーが汚れて来ることになります。

そうすると、そこに病気が、つまり、
エイズなどの性病が蔓延して来るという状態が起きます。

それは、ほどほどにしておいたほうがいいですよ、
ということですが、これについても、
自己責任でお願い申し上げます。


3S政策と呼ばれる、

”Screen(スクリーン:映画)”

”Sport(スポーツ)”

”Sex(セックス)”の三つのSですが、

これらを過剰に嫌って支配者層ガーとやる人もいますよね。

テレビは捨てろ!とかいうのもそうです。

 
”宇宙には、「恐怖」も「不安」もありません。

それらは、幻想に過ぎないのです。”

ということです。
 
”映画を観るという行為から、
霊視の訓練に置き換えることが出来るのです。”
とある様に、
上手にビジュアライゼーションが出来ない時には、
好ましいと感じる映像を色々見て、
データを沢山集めてみましょう。
そのうち鮮明に出来るようになると思います。
私もファンタジー映画を繰り返し沢山観ました。
 
あなたの時間の大半は
データを集めるのに使われるだろう。

自分の欲求はなんなのかを決めるためのデータだ。

あなたの本当の仕事は、
自分が望むものは何かを決め、
次にそれに焦点を定めること。

望むものに焦点を定めることで、
その対象を引き寄せるのだから。

それが創造というプロセスだ。

望むものに思考を向けなさい。

多くの思考、曇りのない思考を向けて、
あなたの『内なる存在』が
明るい前向きの感情を
与えてくれるようにしなさい。

その感情と思考を向ければ、
あなたはどんな磁石よりも強力な磁石になれる。

そのプロセスを通じて、
あなたは望むものを自分の経験のなかへ
引き寄せるだろう。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より
 
自分が取得する情報を意識的に選択すれば、
その時の感情をしっかり観察して、
いい気分でいる様にすれば、
見ちゃいけないもの、やっちゃいけいないこと、
というのは基本的にはないです。
これは原因と結果の法則をベースにするので、
自分に全部返って来るということを考えれば、
やっちゃいけない、やらない方がいいということはありますね。
だから何でもいいよとは書きませんが。
 
正しい方向にピントを合わせようと
少し努力すれば、素晴らしい成果を達成できる。

やがては、焦点を定めて波動を調和させれば
自分はなんにでもなれるし、
なんでもできるし、
なんでも所有できることを思い出すだろう。

あなたがたは「見えない世界」の視点から
この物質世界にやってきて、
物質世界の身体に宿ったのであり、
とても明確な意図を持っていた。

ここにやってくる前に
物質世界の経験の細部まで決めていたわけではないが、
元気な身体を持ち、
その元気な身体で人生経験を創造しようという意図は
とてもはっきりしていた。

そして、あなたがたは
とても大きな情熱を抱いてやってきた。

小さな赤ん坊の身体でここに着いたとき、
あなたがたは物質世界よりも「内なる世界」に近かったし、
幸福や力強さの感覚もとても強かった。

だから時間がたち、
物質世界のほうにピントを合わせていくうちに、
幸福との強いつながりを失った人達を観察し始め、
そして──少しずつ──あなたがたの幸福の感覚も薄れ始めた。

この物質世界に生まれても「本当の自分」や
絶望的な「幸福」とのつながりを持ち続けることは可能だ。

だがたいていの人は、
この時空という現実にピントをわせると、
そのつながりを失う。

個人としての幸福の認識が薄れる
いちばん大きな理由は、
周りの人達を喜ばせる方法を見つけなさいと
教えられることだ。

両親や教師はたいていは善意なのだが、
それでもあなたが自分自身を喜ばせるより
周りの人達を喜ばせるほうを重視する。

だから、ほとんどの人は社会に適応していく過程で、
自分自身の「ナビゲーションシステム」から引き離され、
自分の道を失う。

ほとんどの社会は行動を最優先せよと要求する。

波動の調整や
「内なる世界」とのつながりを考えなさいと
励まされることはあまりない。

そこで、ほとんどの人は
いつの間にか、他人に認めてもらえるかどうかで
行動を決めるようになる。

そのために他人に最も尊敬される行動に
関心を向けるという間違いを犯し、
本当の自分との調和を失い、
経験のなかのすべてがつまらないものになっていく。

しかし、あなたがたは
この驚くべき多様性を持った物質世界に
情熱を持ってやってきた。

コントラストが持つ価値を理解し、
それをもとに自分の経験を築くことを知っていた。

自分に開かれた多様な選択肢のなかの
何を望むのか、
経験を通じて知るのだと知っていた。

自分が望まないことを知ったとき、
自分が望むことがよくわかる。

だが多くの人たちは、
最初の一歩として何を望まないかを
明確にしたあと、
何を望むのかに目を向けて
波動を調和させるのではなく、
望まないことについて語り続ける。

そこで、だんだん
生まれ持ったバイタリティが衰えていく。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)
 
外側の価値観に振り回されて、
周囲の人や世間体を気にして生きると、
自分の望みを見失っていってしまいますよね。
 
引き寄せの法則を伝えるエイブラハムは、
本来の自分の力を思い出そうということで、
”やがては、焦点を定めて波動を調和させれば
自分はなんにでもなれるし、
なんでもできるし、
なんでも所有できることを思い出すだろう。”
といったことを繰り返し伝えていますね。
 
いや、そんなの無理でしょう?
と最初に読んだ時は思いました。
仕組みや法則を知ることで、
可能なんだ、そうなるんだということが、
分かって来たと思います。
じゃあ、そうならないのは何故か?
というと、
”最初の一歩として何を望まないかを
明確にしたあと、
何を望むのかに目を向けて
波動を調和させるのではなく、
望まないことについて語り続ける。”
とある様に、
何を望むかをはっきりさせずに、
望まないことについて語り続ける、
考え続けているからですね。
 
私は上記でご紹介した箇所がとても好きで、
毎回ハッとさせられます。
自分がいつも語っているストーリーは何だろう?
と一旦立ち止まって考えてみましょう。
惰性で意識的に選択せずに、
とりとめもなく考えていると、
いつもの思考パターンに陥ってしまいます。
 
ここのポイントは思考自体を監視するのではなくて、
いい気分か、いい気分でないかを見る、
ということになりますね。
確認してみて下さい。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)

という本を教科書にして、

引き寄せの法則についてまとめてきました。

次のステップとして、

「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)

という本があるので、こちらをご紹介したいと思います。

こちらの記事では「健康を維持する方法」という箇所をご紹介しています。

 
エイブラハムが教える引き寄せの法則について書いた記事は、
下記になります。
 
「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著) より
 
「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
 
 
大きな地震が続きましたね。
今、不安でいっぱいの方も、多いかもしれません。
今年一番初めの記事は、地震があった為に下記を書きました。
テレパシーについて
 

霊的な学びで一番重要とされているのは、

恐怖心の克服なので、

恐怖心の克服という記事も書いています。

 

恐怖心を克服するということは、

恐怖を感じさせることについて考えない様にする、

ということではなくて、

恐怖を感じさせるものは何なのか?向き合って、

時には必要な行動を取ることもあります。

恐怖心自体は、物事に対するネガティブな解釈、

否定的な考え方が引き起こしているので、

恐怖心を感じているものを見つけ出して、

別の見方を探すようにします。

 

引き寄せの法則を学ぶと、

災害について考えると災害を引き寄せるのではないか?

という風に捉えることもあると思います。

 
ある人がこんなことを言った。

いざというときのために貯金をするのは、
「災厄を計画する」のと同じで、
もっと安心していられるように
努力するという行為は
逆に不安感につながる、
なぜなら望まない厄災を引き寄せるから、
とある先生に教えられたと。

わたしたちはこう話した。

その先生が、何かに関心を向けると
そのエッセンスが引き寄せられてくる、
と言ったのは正しい。

だから将来何か困ったことが
起こるかもしれないという考えに
ピントを合わせていれば不安になるし、
その不安は心配事を引き寄せているしるしだ。

だが、例えば金銭面で
将来何か困ったことが起こるかもしれないなと
少しだけ考え、
それをきっかけに自分が望む
金銭的な安定について考えるという場合もある。

そして、自分が望む安定に
ピントを合わせていれば、
安定した状況を確かなものにする行動を
思いつくだろう。

貯金する、あるいは投資するという行動
それ自体は、
ポジティブでもネガティブでもない。

だがその先生が、
不安定な足場から安定という場所に
行くことはできないと言ったのは正しい。

わたしたちが勧めるのは、
安定という明るくていい気分になることに
心のピントを合わせ、
明るくていい気分から
インスピレーションを受けた
ポジティブな行動をとることだ。

明るくていい気分になれることはなんでも
あなたの願望と調和している。

嫌な気分になることは願望と調和していない。

ごく簡単なことだ。

お金を欲しがるなんて物質的で、
スピリチュアルではないから、
お金を欲しがるべきではない、
と言う人もいる。

だがあなたがたは魂が物質化した
物質の世界に存在していることを
思い出してほしい。

あなたがたは魂であるものと
物理的なものや物質が混ざり合った
物質的な星:地球に住む
物質的な身体として存在している。

あなたがたは自分を
スピリチュアルな自分という面から
引き離すことはできないし、
物質世界の身体として存在する間は、
物理的、物質的な面から
自分を引き離すこともできない。

あなたを取り巻く物質的な素晴らしいものは
同時にスピリチュアルでもある。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
貯金の例と同じで災害の準備をしたり、備蓄することを、
「厄災を計画する」様に感じられる場合もありますよね。
 
確かに不安にフォーカスすれば、
それはやがて現実的な経験に繋がっていきます。
 
”だから将来何か困ったことが
起こるかもしれないという考えに
ピントを合わせていれば不安になるし、
その不安は心配事を引き寄せているしるしだ。
だが、例えば金銭面で
将来何か困ったことが起こるかもしれないなと
少しだけ考え、
それをきっかけに自分が望む
金銭的な安定について考えるという場合もある。
そして、自分が望む安定に
ピントを合わせていれば、
安定した状況を確かなものにする行動を
思いつくだろう。”
とあります。
 
災害が起きる場合もあるよなと、
少しだけ考えて、
自分が望む安定や安全に思考を向けると、
家具を固定したり、必要なものを準備する、
ということを肯定的に捉えられるのではないかな?
と思います。
 
”だがその先生が、
不安定な足場から安定という場所に
行くことはできないと言ったのは正しい。
わたしたちが勧めるのは、
安定という明るくていい気分になることに
心のピントを合わせ、
明るくていい気分から
インスピレーションを受けた
ポジティブな行動をとることだ。
明るくていい気分になれることはなんでも
あなたの願望と調和している。
嫌な気分になることは願望と調和していない。”
とある様に、どの場合でも、
いい気分がする様な考えを選択していく、
ということになります。
 
備蓄する食品は美味しくて好きなものにしよう。
ローテーションする時にも負担にならない様な、
楽しく食べられる様なものにしようとか。
明るい気分になる考えを探すようにしましょう。
 
我が家でも先日の地震の時に、子どもたちが帰宅していない、
という状況に陥って、とてもハラハラしました。
娘の出先がスピ的に注意が必要なとある活断層の近くだったので、
くれぐれも地震に注意する様に話しました。
すると娘は、「えーでも起きても震度5くらいじゃない?それくらいなら平気!」
と笑って出掛けて震度5で電車が止まるという事態に巻き込まれました。
フラグを立てていたというか。
起っちゃったじゃないの!と吃驚しました。
また、一緒に出掛けた友達とも、
ずっと地震の話で盛り上がっていたということで、
引き寄せた?みたいな話になりました。
 
でも本人達はポジティブだったし、止まった電車も動いて友達も帰宅出来ていて、
たまたま早く帰宅していた主人に娘を駅まで迎えに行ってもらえたので、
何故だか上手くいったね!と話しています。
息子も電車が止まっていた区間は歩いた方が早いと、
元気に帰ってきました。
 
一方では、同じ日に電車から降ろされて線路を歩いた人、
駅に泊まった方々などがいて、うちの子たちもそうなる可能性があったなと、
とても怖く感じます。
 
先日の記事では解決思考、問題思考という箇所を、
ご紹介しました。
 
「引き寄せの法則」とは、それ自身に
似たものを引き寄せる、ということだ。
言い換えれば、どの瞬間も
思考はそれに似た別の思考を引き寄せる。

だから、楽しくないことを考えていると、
たちまち楽しくない考えがもっとたくさん
引き寄せられてくる。

そんなときはこの瞬間の経験だけでなく、
それと波動が合う過去の経験のデータも
引き出していることに気づくはずだ。

そうなると「引き寄せの法則」によって
ネガティブな思考がどんどん拡大し、
ネガティブな気分も大きくなる。

まもなくあなたは、ほかの人との会話でも
楽しくないことについて
話している自分に気づくだろうし、
ほかの人たちも過去を探ったりして
楽しくないことを増やし、ほんの短い時間に
それまで考え続けていたことについて
たくさんのデータを引き寄せ、
ついに思考のエッセンスが経験に現れるという証拠を
目の当たりにするはずだ。

望まないことは何かを知ると、
何を望むかがはっきりするのは自然なことだ。

それに解決策を探す前に
問題を明らかにするのは全然悪いことではない。

だが、多くの人たちはいつのまにか
解決志向ではなくて問題志向になり、
問題を探ったり説明したりすることで
問題を長引かせる。

ここでも、違うストーリーを語ることが
とても大切だ。

問題志向のストーリーではなく、
解決志向のストーリーを語りなさい。

病気になるまで待ってから
肯定的な側面にピントを合わせようとすることは、
心地よい場所から幸せのストーリーを語るのに比べて
ずっと難しい。

だがどんな場合でも、新しいストーリーは
いずれは違う結果をもたらしてくれる。

それ自身に似たものが引き寄せられてくるからだ。

だから、こんなふうに生きたいと思うストーリーを語れば、
いずれはそのとおりに生きられるだろう。

自分は既に病気で、病気に関心が向いているから、
そのために病気が長引いて回復しないと
心配する人がいる。

確かにそのとおりだ。

その人たちが「今の状況」にしか
焦点を定められないのなら、
その心配も正しいだろう。

だが、今起こっている以外のことを
考えることは可能だから、
物事は変化し得る。

現在の問題に焦点を定めていたのでは
変化は起こらない。

違う結果を得るためには、
求めるポジティブな結果に
焦点を定めなければいけない。

「引き寄せの法則」は
あなたの今の現実にではなく、
あなたの思考に反応する。

思考を変えれば現実の変化はついてくる。

今すべてがとても快調なら、
今起こっていることに焦点を定めれば
快調な状態が続くだろう。

だが、うれしくないことが起こっているなら、
そのうれしくないことから関心をそらし、
ほかに向ける方法を見つけなければいけない。

あなたは──自分自身についても、身体についても、
自分に起こる事柄についても──
今起こっていること以外の方向に
思考を向ける能力がある。

起こりそうなことを想像したり、
過去に起こったことを思い出したりする能力がある。

そのとき、考えたり話したりすると
明るくていい気分になることを意図的に探せば、
素早く思考のパターンが変わるし、
波動も変わり、いずれは人生経験も変わる。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)
 
”望まないことは何かを知ると、
何を望むかがはっきりするのは自然なことだ。
それに解決策を探す前に
問題を明らかにするのは全然悪いことではない。”
とあります。
 
地震について不安を感じるけれども、
どんな問題が起こるかな?と考えること自体は、
悪い事ではないです。
今回の件で、子どもたちとも外出した場合に、
地震に遭ったらどうするか?ということを、
話し合いました。
 
”だが、多くの人たちはいつのまにか
解決志向ではなくて問題志向になり、
問題を探ったり説明したりすることで
問題を長引かせる。
ここでも、違うストーリーを語ることが
とても大切だ。
問題志向のストーリーではなく、
解決志向のストーリーを語りなさい。”
とありますね。
 
地震が不安だ、もし地震が来たらどうしようだと不安になります。
じゃあどんな対策が取れるだろうか?と考えると、
少し明るい気持ちになります。

”現在の問題に焦点を定めていたのでは
変化は起こらない。
違う結果を得るためには、
求めるポジティブな結果に
焦点を定めなければいけない。
「引き寄せの法則」は
あなたの今の現実にではなく、
あなたの思考に反応する。
思考を変えれば現実の変化はついてくる。”
とあります。
単に考えを変えただけでは、
現実的に地震は来るじゃないか!
地震を止めることは出来ないじゃないか!
と思いますよね。
でも、外側に起きることをどうこうするのではなくて、
内側の状態を変えておくのです。
 
地震は起きるでしょう。
でも必ずしも悲惨な目に遭う必要はないのです。
何故だかたまたま、人のいない場所で起こった、
ということも沢山あります。
起きたらダメ、もう終わりではないですよね。
 
”起こりそうなことを想像したり、
過去に起こったことを思い出したりする能力がある。
そのとき、考えたり話したりすると
明るくていい気分になることを意図的に探せば、
素早く思考のパターンが変わるし、
波動も変わり、いずれは人生経験も変わる。”
とあり、
波動を変えると現実的な経験も変わってきます。
 
娘は震度5くらいならなんとかなる!と言って、
結果はそうなりました。
電車が止まっている間は大変だったと思います。
暑いですしね。
不安もあったでしょう。
でも、根本的な捉え方がポジティブな方に向いていたのです。
 
事前に予知したり察知することは出来なくても、
思考をポジティブな方に向けていれば、
ポジティブな対処に繋がっていきます。
突発的なことは防げないけれども、
普段から解決策について考える様にしていれば、
ネガティブな反応はせずに済むと思います。
 
ときには不快な状況のただなかで、
なんとか肯定的な側面を探そうと
苦労するかもしれない。
     
耐え難いこともあるし、
影響が大きすぎて、
ひどすぎて、
ポジティブな面なんか
まったく見つからないと
思うこともあるだろう。

だがそれは今ピントが合っている
ひどいことから、
望む解決策へといきなり大きな飛躍をしようと
思うせいだ。
     
言い換えれば、
今すぐに解決策となる
行動を見いだそうとしても、
今の状況ではどんな行動も
適切とは思えないだろう。

それより、この瞬間の行動に
肯定的な側面が見つからなくても
─どうすればいいのか、
どうすれば明るくて
いい気分になれるのか
わからないとしても─
自分がどう感じたいのかは
いつもわかっている、
ということを覚えておくことだ。

例えばこんなふうに言うのと似ている。

「今、飛行機から飛び降りたところで、
パラシュートはない。
どうすればいいだろう?」

どんな行動も思考も今すぐに迫ってくる
結果を変えることはできない、という状況がある。

どんな行動も解決策にならないし、
どんな思考も
即座に状況を変えることはできない。

だが、
一貫して気分のいいことを考えているとき、
その思考には信じられないほどの
パワーと「てこ」の作用があることを理解し、
気分や感情が示してくれる
ナビゲーションを活用して
明るくて気分のいいことに
焦点を定めて意図的に思考を選んでいくと、
いい経験でいっぱいの人生が
簡単に実現する。

意図的に思考を選ぶことで、
ほんの少しでもホッとして
気分が明るくなれば、
解決への穏やかな道が開けるのだ。

ある状況で何をすればいいかは
わかりにくいかもしれない。
     
ときには自分が何を望んでいるのかさえ
はっきりわからないかもしれない。
     
だが、どう感じたいのかを
(ある程度まで)
知ることができないような状況は
あり得ない。

言い換えれば、
幸せを感じたいか
悲しみを感じたいか、
さわやかな気分でいたいか
疲れた気分でいたいか、
意欲満々でいたいか
無気力でいたいかは、
いつでもよくわかる。

生産的な気分でいたいか
非生産的な気分でいたいか、
自由な気分でいたいか
鬱屈した気分でいたいか、
成長していると感じたいか
停滞していると感じたいかも
よくわかるはずだ。

いくら行動しても
間違った思考の埋め合わせはできない。
     
だが
─思考の方向を意識的に
選ぶことで─
自分の感じ方をコントロールするようになれば、
思考がどんなに強力な
「てこ」の作用をするかがわかるだろう。

自分の思考を意図的にコントロールすれば、
人生経験も意図的にコントロールできるようになる。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
もうどうしよう?もうおしまいだ!絶体絶命だ!
という場合もあるかもしれません。
でもどんな状況でも必ず解決策はありますから、
すぐにいい考えが浮かばなくても、
自分はいい気分になりたいのだ!ということは、
忘れない様にしていきましょう。
たったそんなことで何か変わるのか?
そんな単純なことのはずはないだろう!と、
腹が立つ人もいるかもしれませんが、
実はこの単純な、ポジティブな思考を向け続ける、
というのが結構難しいので、
突発的な災害時にいきなりやるよりは、
普段から練習することをおススメします。
 
”それまで考え続けていたことについて
たくさんのデータを引き寄せ、
ついに思考のエッセンスが経験に現れるという証拠を
目の当たりにするはずだ。”
とある様に、
自分が経験していることを観察すると、
思考のエッセンスが現れているのが分かります。
自分の思考と経験の関係を探してみて下さい。
 
つま先に激痛が走っているとき、
健康な足を想像するのは容易ではないが、
できるだけ努力をして
痛むつま先から気をそらすことが大切だ。

しかし、身体的不調が激しいときには、
幸福をビジュアライゼーションしようとしても
あまり効果が上がらない。

いちばんいいのは、日常的に気分がいいときだ。
言い換えれば、朝がいちばん気分がいいなら、
その時間を選んで新しいストーリーの
ビジュアライゼーションをしてみる。

ゆっくりとお風呂に入ったあとが一番気分がいいのなら、
そのときにビジュアライゼーションをする。

15分くらい時間を割き、
目を閉じて現実からできるだけ離れよう。

じゃまが入らない静かな場所を見つけ、
最高に元気な自分を想像する。

きびきびと歩き、深く呼吸し、
芳しい大気を楽しむ自分を想像する。

穏やかな坂を元気よく上っていき、
自分のスタミナを思って
ほほ笑むところを想像する。

屈伸運動をして身体のしなやかさを
楽しんでいる自分を想像する。

その時間は身体を楽しみ、
元気さとスタミナと柔軟性と
美しさを喜ぶことだけを目的に、
楽しいシナリオを思い描こう。

なんらかの欠陥を矯正しようという目的ではなく、
ただビジュアライゼーションをする楽しみのために
ビジュアライゼーションをすると、
思考はより純粋になり、したがってより力強くなる。

なんらかの欠陥を矯正しようとして
ビジュアライゼーションをすると、
方程式の欠乏の側が働いて、思考は薄まってしまう。

ときどき人は、
自分はとても長い間願望を抱いてきたのに実現しない、
だから、「引き寄せの法則」は自分には働いていない、
と言う。

しかし、それは願望が実現していないということを
強く意識する場所から改善を望んでいるからだ。

思考を転換して
願望の方向に焦点を定めるのには時間がかかるが、
そのうちにごく自然にできるようになる。

そしていつでも簡単に新しいストーリーを
語れるようになるだろう。

時間をとって自分の身体について
ポジティブな想像をすると、
その気分のいい思考が圧倒的になり、
そうなると身体的な状況がそれについてくる。

今の状況にだけ焦点を定めていたのでは
何も変わらない。

新しいストーリーを想像し、
ビジュアライゼーションをし、言葉にすれば、
やがてはあなたがその新しいストーリーを
信じるようになる。

そうなれば、
すぐに新しいストーリーが実現しつつあるという証拠が
経験のなかに流れ込んでくる。

信念は抱き続けている思考にすぎないから、
信念が願望と合致すれば必ず願望が実現する。

あなたとあなたの望むものの間に
立ちはだかっているのは、
あなたの思考パターンだけである。

身体がどんなに衰えていても、どんな状態でも、
きっとよくなる。

あなたがたの経験のなかで、
身体ほど思考パターンに迅速に反応するものはないのだ。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)
 
今、健康にフォーカスしているので、
健康に関する出来事に遭遇します。
本当にいやになっちゃうわ!と思うんだけど、
先日、粗大ゴミを出そうとしていたら、
足の指を思い切りぶつけてしまいました。
過去に階段から落ちて骨折した指だったので、
これはまた折ってしまったかもしれないと思いました。
とても痛かったのです。
 
でもその時の様にポキっと折れる感じはないし、
指は動かせるし、腫れても来なかったので、
骨折ではなさそうです。
整形外科に行くべきか?
指は青黒い痣になっていてとても痛い状態。
もし受診したら固定されるだろうな。
そうすると靴は履けないし暑いから蒸れそうだし。
と考えると面倒なので、自分で湿布を貼って、
様子を見ました。
三日ほどで痣は引いてきて、打ち身なのかな?
多少痛みは残ったものの、
一週間も経たないうちに、気付けば普通に歩いていて、
気にならなくなりました。
 
それがあった後に、このつま先に激痛のお題か、と。
実際に経験したので、経験から詳細に解釈出来ますね。
 
私がまず思ったのは、すぐ病院に行きたい、
大丈夫なのかどうか、医者に判断してもらうべきだ、
と考えてしまいがちだなということです。
病院を受診しないのが悪いことの様な、
専門家の判断を仰がないのは、ダメな様な気がします。
 
ツイッターでも、整体師やヒーラーなどに、
具合の悪さを訴えるフォロワーが群がっているのを、
よく見かけます。
依存しているんですね。
自分で判断出来ない、自分の感覚を信じられない、
とにかく専門家に聞いて、教えてもらいたいと考えてしまう。
 
専門的な知識を取得することは悪いことではないのです。
でもすぐ誰かを頼りたいと考えてしまうのは、
自分を信じていないことではないかなと思います。
 
私も今回の場合、完全に骨折をしていたら、
すぐ病院を受診したと思います。
でも経験したからこれは違うと分かりました。
ただこの先、どう処置していいのか、どの様に治るのか、
想像が出来ないから不安になるのです。
こういう時、そんなに必要はないけれども、
念の為、専門家を頼りたいという気持ちになりますよね。
 
言い換えると、思考がどちらかというと、
ネガティブ側に向いている状態だ、ということなのです。
もしポジティブ側に向いているなら、
次々とポジティブな考えが浮かんできて、
不安になるようなことはないでしょう。
 
思い返すと、昨年くらいから更年期ということを、
強く意識する様になって、
私はおばさんというより、もうおばあちゃんになった気分でいました。
私の身体は衰えて、ただ朽ちて行くだけみたいな、
とてもネガティブな思考がですね、私を支配していましたね。
健康をテーマにした引き寄せに向き合い出して、ゾっとしています。
 
そこで今回ご紹介した幸福を目指す15分というのは、
私自身に変化を起こすのにとても有効だと感じるので、
実践していきたいと思います。
 
引き寄せの法則の手法としては下記をご紹介しました。
 
 
「意図的創造の方法論」と言ったのは、
あなたがたが目的を持って創造したいと思うだろうと
考えたからで、
本当は「創造の法則」と言うほうが正確だ。

あなたがたが望むもののことを考えていても、
望まないもののことを考えていても、
この法則は働いている。

望むもののことを考えていても、
望まないものの欠落のことを考えていても
(どこに思考を向けるかを選ぶのはあなたがただ)

「創造の法則」はあなたの考えに働く。

物質世界から見ると、
この創造の方程式には二つの重要な要素がある。

「思考を向けること」と
「思考の実現を期待すること」
─創造の「欲求」と
創造を「許容し可能にすること」
の二つだ。

わたしたちの見えない世界では、
この方程式の両要素は同時に体験される。

欲求と十分な期待の間に差はない。

ほとんどの人は自分の思考の力にも、
自分という存在の本質が波動であることにも、
強力な「引き寄せの法則」にも
気づいていないから、
「行動」がすべてを引き起こすと思っている。

あなたがたが焦点を結んでいる物質世界では
確かに行動も重要な要因だが、
物質世界の経験は行動を通じて
創造されるのではない。

思考の力を理解し、
意図的に思考を差し向けることに習熟すれば、
「欲して、許容し可能にした」ことだけを
引き起こす強力な「創造のてこ」を発見できる。

あらかじめ道を敷けば、
つまり前向きの期待とともに考えれば、
必要な行動ははるかに少なくて済むし、
はるかに満足できる結果が得られる。

きちんと時間をかけて思考を整えておかなければ、
余計な行動が必要になるうえに、
結局は満足できる結果にならないのだ。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より
 
創造の方程式については、
”「思考を向けること」と
「思考の実現を期待すること」
─創造の「欲求」と
創造を「許容し可能にすること」
の二つだ”
とありました。
 
”なんらかの欠陥を矯正しようとして
ビジュアライゼーションをすると、
方程式の欠乏の側が働いて、思考は薄まってしまう”
とありましたが、
欠陥を矯正しようというのは、
”欠陥”というネガティブな方向に思考が向いているので、
そちらが実現しますから、
健康に関して言えば、
”元気さとスタミナと柔軟性と
美しさを喜ぶことだけを目的に、
楽しいシナリオを思い描こう”
ということです。
 
お金に関する引き寄せを実践した時は、
ポジティブな思考を維持するということが、
まず難しかったので、
嫌な気分、ネガティブな思考をしていることに、
意識的でいること、気付いたら転換すること、
というのを行なって、
思考習慣を変えるようにしていきます。
どんなテーマでも一度真剣に取り組むと、
別のテーマに取り組む時は容易になっているので、
今一番、興味を持つもの、欲しているものから、
挑戦してみて下さい。
そして、現実的な生活に何かの変化があるか、
確認していきましょう。