「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)

という本の、喜びとお金の源泉としてのキャリアという箇所を、

ご紹介してきましたが、

ちょっとまた気になることがあるので、

書いておこうと思います。

 

エイブラハムが教える引き寄せの法則について書いた記事は、
下記になります。
 
「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著) より
 
「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
 
 

いつも、
”こちらでお伝えしているのは、
宇宙法則の引き寄せの法則です。
潜在意識をどうこうする引き寄せではないです。
解釈が真逆になりますので、
潜在意識系の方は読むのをご遠慮下さい。
(ちなみにこういう風に書くのも法則が働いているからです)
 
エイブラハム達が伝える「引き寄せの法則」
というのは、
似たものを引き寄せる法則のことで、
思考が現実化する法則のことではありません。”
と書いています。
 
思い付いた言葉なんかを、ネットで検索したり、
ツイッター上にある情報なんかを読んでいると、
今の引き寄せの法則って、
潜在意識が云々という引き寄せの手法が、
よく知られていて、
引き寄せの法則に興味がある人は、
掲示板の書き込みをまとめたサイトや、
動画を渡り歩いて、
情報取得をして、メソッドをあれこれ繰り返している、
というのが、
主流になっているのかな?と思います。
掲示板の経験者、成功者の書き込みが、
あちこちでまとめられていて、
それを元に試行錯誤している、
という状況にかなり驚きました。
 
私が遊んでいた頃は、2chの書き込みというのは、
基本的に便所の落書きだ、
というのが共通の認識だったと思うんですよ。
有用な情報も確かにあるし、
住人の少ないスレでは、
思いやりのある優しいやり取りもあって、
癒されたり、
事実について住人で検証して、
詳しい情報を積み重ねたり、
ということもありました。
 
でも、本気で向き合う場所ではないですよ。
名無しの正体を明かさない人達が、
好きに書き込める場所なので、
もう少し深く交流したい人たちは場所を移動して行きました。
情報は玉石混交だから、
鵜呑みにしないのは基本的なことだったと思います。

 

そんな便所の落書きをまとめたものを、

真に受けてしまう人が沢山いる…、
商品として販売している人がいる…、
という状況に愕然とします。
 
私は2011年から2chで遊ぶのを、
ガイド達から止められてしまったので、
書き込みは行ないませんでした。
ROMはちょこちょこしたんだけど、
何度も忠告を受けています。
 
ガイド達にやめなさいと言われたら、
やめないと、様々な事が起きて、
結果的にやめなくてはいけない状況になります。
 
例えば、このブログ記事でも、
書いてはいけない内容、
学びに必要のないテーマや、
ボツになった文章なんかは、
何故だかパソコンのトラブルが起きて、
消えてしまいます。
これは10年以上前に、
スピリチュアルなブログ記事を書き始めた時から、
ずっと起こっている現象です。
ボツでない時には、
偶然保存していた、
偶然コピーしていた、
という感じで、元に戻せます。
 
これを無視して強引に書き続けようとすると、
パソコン自体が動かなくなる、
画面が真っ白になる、
といった状況になります。
 
それから、自分自身の身に色々起きます。
急に忙しくなって、
ブログ記事なんて書ける時間がなくなるとか、
子どもや猫のことでトラブルが起きるとか、
自分の具合が悪くなるとか。
 
更に無視をすると、
したことはないけれども、
恐らくパソコンが壊れるとか、
自分が入院して書けなくなるとか、
そういったことが起きると思います。
 
ガイド達からのストップサインを、
無視しない方がいいんですよ。
せっかく、忠告してくれている訳ですから。
 
これは立ち位置が逆になると、
根拠のないポジティブな解釈をして、
無理矢理進んでしまいます。
次元が歪んでいるとか、
上手く行く暗示だとか。
随分ひねくれているなと思うのですが、
傲慢さを克服出来ないと、
自分の非を受け入れることが出来ないんでしょうね。
 
2chの書き込みもダメだよと、
忠告が何度もあって、
ROMもダメとは言われていたんだけど、
それは結構無視してしまったので、
色々トラブルはありました。
 
ある方のブログ記事をご紹介しておきますね。
2011年のものです。
 
人間の獣化については、西洋圏のほうが敏感です。

日本においても、それは、ハッキリと示されています。

その代表的な例が、創価学会や、新興宗教と云った各組織です。

これらは、天上界によって、「獣指定」されています。

何故かと云えば、それらの各組織からは、
天上界の何処とも繋がっていないので、
天意が全くないからです。

実は、この1週間ぐらい前に、日本の「2ちゃんねる」サイトが、
これも、天上界によって、「獣指定」された模様です。

つまり、「2ちゃんねる」サイト自体が、
「魔界への扉」として機能し始めているようです。

TOPページには、閻魔大王さんが座している姿が
しっかりと、観えています。

これは、霊視能力の覚醒度が、
100%を最大として → 81%まで覚醒されれば、
閻魔大王さんの姿を、肉眼で捉えることが可能です。

今現在、どのような状況が観られるかと云えば、
「2ちゃんねる」サイトの中に入りますと、
発狂して、のた打ち回りながら叫び続けているような声が、
延々と聴こえて来ています。

それは、まるで、阿鼻叫喚の地獄絵図のようです。

これは、霊聴能力の覚醒度が、
100%を最大として → 48%まで覚醒されれば、
それらの声を聴き取ることが可能です。

これらは、人の悪感情や悪想念に反応して起きているようで、
悪意のある書込みをされた人たちは、次第に、
心や精神、身体を蝕んでゆき、最終的には、
変死に至る可能性大です。

あなたが、光の住人であるのならば、
今後、このような有害サイトには、
立ち入らないようにしたほうが無難です。

光の住人が、普通に閲覧をしていて、
変死に至ることはないと想われますが、
おそらく、吐き気がして、気持ち悪くなる…などして、
すぐに、このようなサイトからは、立ち去りたくなるでしょう。

心身の健康上、かなり、よろしくないと想われますので、
これからは、あまり、閲覧されないことをおススメします。

地球物質界は、すでに、4次元領域の中にあります。

魔界としての領域は、これまで、
4次元領域の中にありましたが、
かつての魔界が無くなった代わりに、
今現在の地球物質界に、つまり、一般社会にそのまま、
新たな魔界が設置されています。

闇の住人たちは、光に転換しなければ、
生きながらにして、地獄を実体験することになり、
それは、天上界によって、すでに開始されています。

天上界の意図は、今後、獣化した者たちの大量発生に備えて、
凶悪凶暴な犯罪を、出来るだけ減少させるのが目的です。

インターネットや電波は、善くも悪くも、
霊的エネルギーを媒介します。

今後、天上界は、他の有害サイトにも
「獣指定」することが予想されますし、
世界各国にも、悪質で有害なサイトの
「獣指定」が開始されるでしょう。
 
このご紹介している方は、
相当2chがお嫌いだった様子で、
結構批判していました。
”心身の健康上、かなり、よろしくないと想われますので、
これからは、あまり、閲覧されないことをおススメします。”
という文章を読んだ時、
ひえっとなりました。
大好きなのに!ダメなの!みたいな。
 
私はよく遊んでいたから耐性があるのか、
具合が悪くなるということは別になかったのだけど、
書き込もうとすると、どこでもいつも荒れてしまって、
遊んでいられる状態じゃなくなりました。
パソコンのトラブルも増えましたので、
これはやめた方がいいってことだなと、
諦めました。
 
”「2ちゃんねる」サイトの中に入りますと、
発狂して、のた打ち回りながら叫び続けているような声が、
延々と聴こえて来ています。
それは、まるで、阿鼻叫喚の地獄絵図のようです。”
とあります。
霊聴能力なんてないので、聞こえたりはしないのだけど、
書き込む人達がどんどん、
狂った感じ、自分をコントロール出来ない感じの人が、
増えて来たなという印象は持っていました。
人間だけど、人間じゃない様なイメージです。
 
”インターネットや電波は、善くも悪くも、
霊的エネルギーを媒介します。”
とありますが、
ガイド達からは、書き込むと、
霊的に私の居場所が悪意を持つ存在(人だけではなくて)に、
知られてしまうので、
私を守る為に、書き込みを行なわない様に、
とのことでした。
 
善意の人、良質な情報というのは、
2011年くらいからなくなっていたと思います。
 
”実は、この1週間ぐらい前に、日本の「2ちゃんねる」サイトが、
これも、天上界によって、「獣指定」された模様です。
つまり、「2ちゃんねる」サイト自体が、
「魔界への扉」として機能し始めているようです。”
とあります。
 
こういった情報を信じるか、信じないかは、
人によると思いますが、
2chの情報は悪性のものだ、
という風に受け止めた方がいいと思いますよ。
 
 
自分が実際に遊んでいたからよく分かるんだけど、
一般的な、普通に共通の話題を楽しみたい人と、
何かしらの思惑を持った人と、
ストレス解消する為に、滅茶苦茶に暴れたい人と、
色々いたのね。
 
過疎ってるスレで、
数人の住人と下の方で、
まったりと会話するのが私の楽しみで、
夜、子どもたちを寝かしつけた後、
飲みながらとか、だらーっと遊ぶ、
というのが日課でした。
 
自分の趣味に関する板で、
保守を兼ねてちょこちょこ書き込むんだけど、
例えば、何かしらの商品だとしたら、
その商品を販売する側の人も、
ユーザーの振りをして宣伝を書き込む、
というのはよくありました。
 
「ねぇみんなー○○ってもう買った?
私も買おうと思うんだけど、感想教えて!」
みたいなノリね。
え買わねーよ!って、住人は思っているんだけど、
社員さんは構わず空気読まずぐいぐい書き込む。
毎日大体同じ時間だから、
いつものあの人だねって感じになって、
みんなスルーするんだけど、
こういう人はどこの板にもいるものなのね。
だから見極めてマジレスはしない、
まぁそんなもんだと流していました。
 
例えば、ガスコンロとIHコンロ、
どっちにしようかな?と悩んでいて、
2chのスレッドを探して覗いてみたとします。
そうすると、ガスコンロのスレには、
ガスコンロの短所ばかり書き込まれていて、
IHコンロのスレではIHコンロの短所ばかりが書き込まれている、
みたいなことが起きます。
それぞれの社員さんたちが、
敵対する商品を下げる為にせっせと書き込んでいる、
なんてこともありました。
 
ある板の下の方にあった一行リレー小説に、
ハマっていた事があって、
一行ずつ繋げて一つの物語にするんだけど、
わざと脇道に反らさせる人とか、
軌道修正する人とか色々いて、
たまたまその時は、上手な人が入っていたらしくて、
結構盛り上がって、かなり面白い物語になりました。
そのスレが落ちてからしばらくして、
そこで生まれた設定やシチュエーションを彷彿とさせるような、
作品(販売しているもの)を見つけたことがあったのね。
あれがこんな素晴らしいものになった!みたいな感じで、
すぐ購入して夢中になって読んだんだけど、
ヒントを得て作品にしたという感じで、
パクった!みたいには思わなかったのね。
 
掲示板の内容から、
ヒントを得て、アイディアを貰って、
ということは沢山あったと思います。
でも、そのまま商品化してしまう、
更にそれを購入する人がいるんですね。
 
これはね、
そもそも商品化するつもりで、
書き込まれたものも沢山あったと思います。
 
私は2chが元ネタです!ってやるのは、
恥ずかしいことだと思っていたのだけど、
なんか素晴らしいものの様に感じる人も、
沢山いるみたいだね。
 
でも、本当に真剣に商品化したいのだったら、
2chなんかに最初から書き込まないと思うんですよ。
名無しや成りすましが居るような場所、
便所の落書きですよ。
最初から2chに書き込んで、
話題になった様に装って販売する、
というものあったのかな?
と感じるものもいくつかあります。
 

ご紹介した記事の内容を、

信じるか、信じないかは、

その人の自由で、強制するものではありません。
でも、シェアした方がよいかな?と思ったので、
保存してあった記事を探してみました。
 
”人の悪感情や悪想念に反応して”
とありますが、
ネガティブな感情の方が多く見られる場所ですよね。
ツイッターもそうですけど。
 
”あなたが、光の住人であるのならば、
今後、このような有害サイトには、
立ち入らないようにしたほうが無難です。”
とあり、
自由意志を尊重されていますけれども、
その人のガイド達もやめる方向に何らかの、
サインを送って来ると思います。
 
”心身の健康上、かなり、よろしくないと想われますので、
これからは、あまり、閲覧されないことをおススメします。”
という箇所ですが、
これをシェアした理由なんですが、
生霊を飛ばしちゃっているなとか、
メンタルが不安定になっているなと感じる人を、
情報収集している中でちょこちょこ見かけましたので、
こういう側面はあると思っています。
 
701式というのがよく分からないのですが、
というのも、
元ネタまで追っかけるのは面倒だし、
最初の数レス読んだだけで、
あーこういう感じかとなったので、
目が滑って読めないんですよね。
 
これのせいかのかどうか分かりませんけど、
恋愛脳の人達のストーカー化、
生霊飛ばしを後押ししている情報だなと、
私は感じています。
 
顔見知りの人の奥さんになると決めて、
何が起きても奥さん気分でいたら、
本当に結婚できたみたいな話らしい、
というのは拾いました。
 
ツインレイがどうとか、

恋愛系の願いが叶うとか、

みんなこういう感じのことを言っていて、

こっわと思っていたんだけど、

元ネタなのかしらね。

 

現実は見ない!

なると決めたらなる!

らしいです。

怖いです。

 

現実を否定するメソッド、

否定語でもよいとするメソッド、

といったものがある様です。

メソッド依存の人が多いんでしょうね。

 

ドーリル先生は、御自身みずからの経験と
知識のみより語らなかったかたであるから、
いろんな療法もすべて、
現実的に実証ずみのことばかりなのである。

読者各位もこのことをよく認識され、
本書によって、
実り多きものを得てもらいたいのである。

一回や二回の行法でうまくいかないからとて、
諦める様では、
とても霊的真理を実現することは
不可能なのである。

ドリル先生御自身も千回も失敗した後に
実証した真理もあると言っておられるのである。

わけても、精神や心のことであるし、
長い年月、数多くの転生を通じて
積み重ねてきた習慣を
変換せんとするのだから、
不断の努力、たえざる前進ということが
必須不可欠のことなのである。

真理の探究に王道は絶対にないのである。

「療法の眞義」(M・ドーリル博士著)訳者(林鐵造先生)はしがきより
 

という箇所を何度がご紹介していますが、

すぐ身に付く!簡単!誰でも!なんていう、

霊的なものごとのメソッドは存在しないですよ。

”王道なんて絶対にない”というのは本当です。

ヒントに出来るだけで、

自分で見つけていくものです。
 
この宇宙に同じ人なんていませんから、
それぞれの生まれてきた、育ってきた環境、
積み重ねた経験は違うので、
同じ答えを出すことは出来ないし、
同じ手法が合うはずはないですよ。
 
根本的な法則の働き方を理解して、
自分なりに応用していくものです。
それこそワクワクして楽しいことではないですか?
自分の人生を自分で創造していくんです。
どうして人を頼ろうとするんでしょうか。
自分の人生なのに。
コピーになりたいのでしょうか。
 
そもそも、その情報が、
誤った方向に誘導するようなものかもしれないですよね?
実際に見たり聞いたりした訳でもないのに、
ネット上に書かれた他人の経験を、
どうして本当だと信じられるのでしょうか?
私はいつも誇張しているかもしれないな、
都合のいいことしか書いていないかもしれないな、
という風にも考えます。
全部嘘だ!ということではなくて、
絶対に本当だ!ということでもなくて、
両方の可能性があるよね、
という風に捉えています。
事実かどうか確認出来ることは、
実際に試したり、調べたりします。
その上で、何を信じるか、
何を自分にとって必要な情報にするか、
選びます。
 
 
私がこれはおかしいのでは?と思う、
引き寄せカウンセラー、アドバイザーのアドバイスでは、
否定語で望みを言うことと、現実を見ないです。
 

例えば、病気になりたいか?

病気になりたくないか?だったら、

自分の望みは病気になりたくないだ!

病気になりたいという肯定語より、

病気になりたくないの否定語の方がほっとするから、

これが望みなんだ。

という解釈を見掛けました。
 
本人が否定語を使っていてそれでいいなら、
別に無理して肯定語を使う必要ないじゃない。
という風にアドバイスするんですね。
 
でもさ、
そもそもなんで否定語を使わなきゃいけないのか?
ということなんですよ。
 
望まない事を考えているから、
否定したくなっちゃうんでしょう?
転換するということが分かっていない、
表裏一体が分かっていない、
二元性を統合していない、
ということがここで分るのですが。
 

病気というもの自体がネガティブなこと、

病気について考えるとネガティブな気分になるから、

病気になりたくないと否定したくなる訳ですよね。

 
肯定語、否定語というのは、
病気になりたい、病気になりたくないという、
ネガティブな方向を向いたままの違いではなくて、
病気というネガティブな方向自体を転換して、
肯定的な言葉で自分の望みを表現する、
ということです。
 
病気に対してのポジティブな方向というのは、
健康で、健康になりたいと言えば、
否定語を使う必要はないですよね。
 
思い出してほしい。

すべての物事は実は二つの事柄だ。

望むことと、
望むことが満たされていないことである。

これは棒の両端のようなものだ。

一方の端はあなたが望むことで、
もう一方の端は
望むことが満たされていない状態だ。

だから「身体的な幸福」という
棒の一方の端は「元気」で、
もう一方の端は「病気」である。

しかし「身体的な幸福」という棒の
ネガティブなほうを見たからといって、
すぐに「病気」になるわけではなく、
たくさんの棒の
「望んでいないと知っているほうの端」を
何度も何度も見ていると病気になる。

望んでいないことに
慢性的に関心を向けていると
─「内なる存在」はいつも
望むことに関心を向けている─
やがてあなたとあなたの「内なる存在」の波動が
分離してばらばらになる。

それが病気だ。

病気はあなたとあなたの「内なる存在」が
(あなたの思考の選択によって)
分離したしるしなのだ。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
という箇所をご紹介しています。
 
服を買おうと思って、
カタログを眺めていたら、
赤い服は欲しくないと思う。
その時点で、赤以外という風に、
選択範囲が狭まりましたよね。
でも、まだ、この服が欲しいとは決まっていません。
 
赤い服が欲しくないと、
赤い服が欲しいだと、
欲しくないの方がいい気分だから、
否定語で望んでいいじゃない!
 
別にいいですけれども、
その状態だと、
欲しい服は決まっていませんよね。
沢山ある服の中の、
欲しくないものしか決まっていません。
 
これをアドバイザーがアドバイスするとしたら。
黄色も欲しくない。
緑も欲しくない。
とお客さんが続けている間、
ずっと儲けられますね!
 
騙されない様にね。
 
否定語でもいいじゃない!という、
アドバイスしている人は、
二元性を統合していませんので、
こういう人はオススメしませんよ。


現実を見なくていいと言う、
カウンセラー、アドバイザーもいます。
 
この場合、
 
人生経験は個人的な思考の波動パターンを
正確に反映する。

あなたがたの人生ほど正当なものはない。

あなたがたは考えて波動を出し、
波動によって引き寄せている。

だから、あなたがたは
常に与えるもののエッセンスを
受け取っているわけだ。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
という箇所をご紹介しましたが、
まず何かを考えて、
その波動パターンが反映された、
経験をすることになるので、
現実的に起こったことを、
どうにかしようとしても、
もう起こってしまったのでどうしようもない、
という意味では、
現実を見ないという解釈は正しいものになります。
現実的に経験していることは、
過去のいつかにその原因を作っていて、
その結果になっているのです。
 
で、その現実に反応してまた、
原因となって、未来の結果となりますので、
今の現実が望まないものなら、
過去と同じ様な反応をしてしまったら、
またいつかの未来に同じ様な経験をすることになる、
だから現実を見ないという解釈もあります。
現実的なことに思考を向けるのではなくて、
自分の内側、
自分の望みに思考を向けよう、
ということです。
 
でも、私たちは物質的な肉体を持っていますので、
現実に起こったことに対して、
対処する必要はありますし、
もし望む様な結果を受け取ったなら、
喜んで味わいたいですよね。
 
何でもかんでも現実無視、現実無視って、
極端ですよね。
 
妄想の世界に生きている、
現実逃避になってしまいます。
 
恋愛系のストーカー、生霊飛ばしする人なんか、
妄言ばっかりのメンヘラも多いですよ。
こういう、間違った現実無視が、
広まっていることも原因の一つだと思います。
 
こちらも2007年の銀河ネットワークさんの記事になりますが、

 

本来私達はエネルギー的存在(意識的存在)で

各個人は、この宇宙で特定の領域座標を持って存在しています。
座標とは通常、x y z の3つの座標で表現しますが、

これらは、過去・未来・現在や陰・陽・統合などに変換することも出来ます。

その中でも第三の軸z(現在・統合)がとても重要です。

そして、他にこれらの軸の背後全体に、

第四の軸(客観的領域・宇宙意識)も存在しています。

愛の周波数は銀河の意識レベルでは重要なエネルギーで、

視点を変えて定義してみると、
全てを受容し変換できるエネルギーと表現することが出来ます。

全ての事象・体験・感情を受容(受け入れる・認める・ゆるす)

するという意識に自分の中で変換した瞬間に、
z軸(現在・統合)の座標が変化し、

別のホログラムの中に存在することが可能になります。

すると、自分の周り(スクロール)が変化します。
(他人・環境等の自分に対する態度・言葉・感覚・雰囲気など)

これらは、よく他人や環境は自分の鏡の存在

という形から確認することが出来ます。

今世、自分達の経験している体験・出来事は、
かつて銀河系内で克服する事が出来なかった

宿題の総決算ということですので、
身に覚えのない出来事(陰)が沢山登場します。

でもスクロールの定義を理解していれば

自分の現実を変えることが可能になります。

 
という説明がありました。
 
この記事を読んで思い出す経験があるのですが、
ある時、周囲の人が自分に悪意を持っているのではないか?
嫌われているのではないか?
噂話をしているのではないか?と、
不安になったことがありました。
今までの人生では、その不安な気持ちのまま、
人から離れて出来るだけ傷付かない様に、
自分を守ろうとしていました。
 
でも、霊的な学びを続けてきて、
自分の現実は自分で創っている、
ということが分かったので、
周囲の人が自分を悪く思っている、
言っているというのは、
私の捉え方がそうさせているんだ、
現実を自分で創っているなら、
これを変えられるはずだと思い出して、
深呼吸を繰り返して、
取り敢えず今の思考を止めました。
 
そうすると、感覚的なものですが、

”全ての事象・体験・感情を受容(受け入れる・認める・ゆるす)

するという意識に自分の中で変換した瞬間に、
z軸(現在・統合)の座標が変化し、

別のホログラムの中に存在することが可能になります”

という箇所が理解出来たのです。

座標が変化した、世界が変わった感じがしたんですね。
 
するとすぐに前に居た人達が、
話し掛けてきました。
「今、〇〇について話していたんだけど、
あなたはどうするの?」
みたいな感じで、
友好的な仲良しな感じで会話に加わることが出来て、
ちょっと前とは空気感が違って、
不思議に思いました。
それこそ別世界に来たような感覚です。
 
私はこういった座標の変化というのは、
別の世界に行って、別の人達と居るとか、
私が創り出した世界で、
私が創り出した人達と居る、
みたいな解釈はしていません。
パラレルワールドみたいな。
 
一人一人がみんな多面体のような、
様々な側面を持っていて、
自分の好ましい側面にフォーカスしたから、
相手の好ましい側面と向き合えるようになった、
という風に解釈しています。
 

いま皆さんが、自分だと思って
経験している部分は、
皆さんにとってもっとも明確に感じられる、
意識がもっともフォーカスしている部分です。

でも、鏡に取り囲まれて立っている時のように、
あらゆる他の次元がいまの皆さんの物理的な現実を
取り囲んで存在しています。

 

ECTON─エクトンが描く意識の地図(リチャード・ラビン著)より

 

自分の中には沢山の色々な側面が含まれている、
という様な説明もあります。
自分が変わることで、その人の持つ側面の中の、
自分が望む面を引き出すことが出来る、
という解釈も出来ますよね。
 
自分の思考を変えたら、その都度、
現実を確認すれば、すぐに反映されているのが分かります。
現実と言う目の前の出来事が、
ゲームの画面の様な感じで、
思考や感情、意識を変えることで、
目の前の現実も変わるのです。
 
現実を見ない!とやる人は、
そういう経験がないのだと思います。

 

「秘教真義」(M・ドーリル博士著)には、下記の教えがあります。
 

悪魔術師らのある者は時折、
燦然たる光明に囲まれてあらわれるし、
彼らは常に、もし、私に従うなら
大師聖者となれる平易な方法を教えてあげようと
言いよるのである。

しかし、実際問題として大師となれる安易な方法なんて
あるわけはない。

聖者・大師となるには、唯々困難なる道を
熱心に真剣に努めるしかほかに方法がないのである。

 

「秘教真義」(M・ドーリル博士著)より

 

多くの求道者は、悟道・光・神への
安易な道を探しているが、
安易な方法なんてあるものでない。

本当の大導師(マスター)は、
求道者の真剣かつ誠実な努力を続けた時のみ
その人のところに来られるのである。

大師には
いつも顕現する用意が出来ているのは事実だが、
大師がた御自身は、
人々がその人自身の力で大師と接するための
心的霊的準備が完了するまでは、
その人のところに絶対に来られないのである。

マスター(大師)という地位は、
人間の霊的進歩に関する限り
最高段階のものである。

大師という語は、単に神の光を見、
神の光に満たされるということを
意味するだけではなく、
それはこの我々の宇宙周期のすべての法則の
完全熟知をも意味するのである。
 
「秘教真義」(M・ドーリル博士著)より
 

求道者は、自分を引き戻そうと望むよくない師に、
安易な道に入らせようと言われて、
盲目的にそれに従うといったことの
絶対にない様にしなければならない。

安易な道を説く人は、
もし、我々が充分にリラックス(弛緩)し、
愛と平和と調和とに瞑想さえすれば
神を見ることが出来ると言うが、
それは偽りである。

我々は、この瞑想に加えて
自己の積極的行動を伴なわさない限り、
その人が心の中で創った
幻の世界に
いつまでも住んでいるだけなのである。

正しい想念・おおらかな心・
確固不動の目標・善悪の識別力
といったものに加えるに
行動が伴なってはじめて
求道の終点に近づくことが出来るのである。

 

「秘教真義」(M・ドーリル博士著)より  

 
安易な道を説く人には注意して下さい。

 

「秘教真義」(M・ドーリル博士著)の訳者(林鐵造先生)はしがきには、
悟りについて下記のような説明があります。
 
真理に多言を要しません。

哲人は一木一草を見て悟ると言われます。
 
真理はいわゆる一般的な知識の量によって
得られるとは限りません。
 
無学でも妙好人の様な大悟者もいます。

ドーリル先生も、
地球上の書物を全部読破しても
無益なこともあると言っておられます。
 
本書はドーリル先生の教えの一部であり
入門的なものですが、
決して幼稚なものでもなければ、通俗的なものでもありません。

悟りは知性的知識のみの問題ではないのですから、
M・ドーリル博士の大学課程を受けたから
必ずしも悟れるものでもありませんし、
入門書的本書によって悟れないものでもありません。
 
あなた自身の心と魂の進歩、
努力精進的行動などによってきまるのです。
 
「秘教真義」(M・ドーリル博士著)より
 
また、「カバラの眞義」(M・ドーリル博士著)での
訳者(林鐵造先生)はしがきには、下記のような説明があります。
 
悟りへの道は、一見、きびしく、かつ、けわしく見える。

それには個人の努力と集中とが必要であり、
物欲の放棄が要求される。

しかし、結局はこれが一番の近道なのである。

安易な道は下り坂に通ずるから、
結局は遠回りの道になるのである。

人間の目標は、もとの本性たる神性を
百パーセント回復復権するにあり、
神我一体となるになる。

だから、あくまでも宇宙的に調和し、
神の法則にかなった方法でなければならないのであって、
人間的物質的便宜主義によって定めるべきではないのである。
 
「カバラの眞義」(M・ドーリル博士著)より
 

”あなた自身の心と魂の進歩、

努力精進的行動などによってきまるのです。”
 
”それには個人の努力と集中とが必要であり、
物欲の放棄が要求される。
しかし、結局はこれが一番の近道なのである。
安易な道は下り坂に通ずるから、
結局は遠回りの道になるのである。”
 
とあります。
 
私は、
否定語で願いを叶えようと言ったり、
現実を見なくていいと言うような、
カウンセラー、アドバイザーは、
オススメしません。
 
引き寄せの法則にしても、
宇宙法則なので、一生影響を受けて行くものです。
何か一つの願いを叶えたら終わり!
それで満足!という訳にはいかないですよ。
また、これは霊的な学びの道になりますので、
足を踏み入れてしまったら、
知ってしまったことを知らなかったことには、
出来ませんので、
責任が生じてきます。
 
お気楽、お手軽なんてやってられなくなりますよ。
命に関わることになる場合もあります。
覚悟を持って進んで下さい。