「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)
「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)
という本を教科書にして引き寄せの法則について、
ご紹介してきました。
まず、お金をもっと受け入れようと、
エネルギーに対して自分を開きます。
すると、それまでお金をより多く得るのを妨げていた
さまざまなフィーリングや観念が、
無意識層から意識の表面に出てきて、
「ああ、ダメだ」という思いが自覚されます。
このようにしてください。
まず、エネルギーに対して自分を開きます。
そうすると、それは無理だという疑いなど、
さまざまな感情が出てきます。
それらを拒絶しないで、全部感じてください。
ないものが出てくるのではなく、
いままで無意識の中にあったものが
表面に出てくるだけですから。
その後に、
いままでのように制限を続けたいかどうかを
自分に尋ねて、そこから選択を新たにするのです。
多くの人々が、
ある目的のためにお金を表面上「欲しい」と言いながら、
実際にはそれを自分に引き寄せません。
なぜなら、お金に対して自分が開こうとしたとき、
いま言ったようなさまざまなフィーリングが出てくるからです。
こんなことができるだろうとか、
自分にはその価値がないとか、
お金を得るには苦労しないといけないとか、
そういったものに直面したくないという理由で、
無意識にお金を得ることそのものも拒絶してしまいます。
具体的には、次のようにしてください。まず、これからもっとお金を持つことに対して
開こうとする意志を持ちます。
すると、「こんな金額を得るのは無理だ」とか、
いろいろな制限や感情が表面に出てきます。
それらの思考を自分の頭の中だけで
回転させておくのではなく、
紙に書き出してください。
マインドの最初の反応は、
「いや、私はそんなのは信じられない」
というのが出てきますね?
それを書き出します。そうしたら、もう少しハートの中に深く入ってみます。「いや、待てよ。
でももしかしたらいけるかもしれないな」
というフィーリングが正直な気持ちとして、
あるかも知れません。
そのフィーリングを最初に書いた部分の横に
書いてください。
いまひとつがすんだわけですね?
「私にはそれは無理だ」というのが。
そうしたらまた、
「自分はそれに値する。自分はお金に対してもっと開こう」
というようにエネルギーに自分を開きます。
そうしたらその反対のフィーリングが出てくるので、
それを書き留めます。
今度は、「私にはそれを得る価値がない」です。
そうして、もう少し深く入った気持ちですね、
正直な気持ち、
例えば「いや、私はそれを得る価値があるかもしれない」
ということをその横に書きます。
そうすると、また、
次のフィーリングがすぐに上がってきています。
「そんなにたくさんお金を得るためには
いまの3倍ぐらい仕事をしないといけない」
これも同じように書きます。
そして、その横にもう少し深い正直な気持ちを書きます。
「いや、金額が3倍だからといって
仕事を3倍しないといけないということではなくて、いまの仕事のやり方を変えるとか、
新しい仕事をするとか」
そういったことを具体的に考えてみてください。
意識の中だけで思考を巡らすのではなく、
そのエネルギーを「紙」に具体的に表現します。
そして、次のエネルギーに対して開きます。
このプロセスを続けていると、
ある時点から、単に「こうなればいいな」
という希望のレベルを越えて、
物質的な現実と繋がり始めます。
「ECTON─エクトンが描く意識の地図」(リチャード・ラビン著)より
自分が何について考えたいかというはっきりした意識を持たずに、
自分が欲していない周りの世界の出来事の思考という刺激に
文字どおり爆撃されていると、
自分が選択しなかったものをたくさんの経験のなかに
取り込んでしまう。
これが惰性によって創造する、ということだ。
はっきりした意図もなしに何かに思考を向け……
それについて考え、
したがって、それを─欲していてもいなくても─
引き寄せてしまうのだ。「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)
それはこんなふうです。
例えば6か月後には
私はこの金額を銀行の口座にもって「いたい」
という状態から、
来年の中頃には銀行の口座に
この金額のお金をもっている「だろう」
あるいは「あるだろう」
というフィーリングに変わってきます。
望みの実現が、自然に、心から信じられることが、
それを実現する上でとても大切なポイントになります。
ですから、さまざまなフィーリングを、
頭の中だけでもてあそばず、
紙に書いてください。
それによって、無意識に持っていた観念を
意識的に出し、
「あ、こういう観念を持っていたな」と確認します。
観念は変えられます。
その観念を変えた後でも
まだ不可能だというフィーリングが
残るようでしたら、
最終的に金額自体を設定し直してください。
どんな状況であろうと、
実現の可能性を信じられなければ、
実現することはできません。
ですから、なにかを実現化するプロセスの中で
最も障害になるものは、
実現可能であると信じられない精神状態です。
途中で金額を訂正する必要が出てきた場合でも、
意識の焦点は
あなたの求めているゴールに合わせておいてください。
覚えておいてほしいことがあります。
選択は、いつであれ、変更可能です。
自分の必要や欲求をさらに深く理解していくたびに、
それを訂正することができます。
選択を変えたからといって、
その方向にコミットしていない
ということではありません。
大きな方向性を持ちながら、
必要に応じて形を変化させているだけです。
こんな話を例にとって考えてみましょう。
体重150キロの男性が
「6か月で75キログラム減量しよう」と決心します。
その期間と、減らす量を照らし合わせてみたとき、
妥当な分量とはいえませんね?
少し多すぎます。
もちろん、それは起こり得ます。
しかし、短期間にそれだけ多くの減量をすれば、
肉体に障害を起こすことがあります。
可能性の少ないゴール設定をすると、
途中で、やっぱりダメだ、ということになります。
そういう人は、
たぶん同じようなことを人生のさまざまな分野で
繰り返してきています。
「ECTON─エクトンが描く意識の地図」(リチャード・ラビン著)より
そしたら奥さんになれたといった本当かどうか、
と思いました。
新約聖書でイエスは、パリサイ人について、「彼らは大通りの町角に立って、
額に聖句箱をつけ(”聖書の真義”参照・霞ヶ関書房)
紫の衣を着て、朝・昼・晩と祈っている」
と言っておられる。
彼らは多く喋り、祈ることによって
聞かれると思っている。
彼らの空しいくり返しに驚くな。
それは何一つ効を奏しないのだ。
世界には多くの宗教的な組織や団体があって、
皆さんに或ることを
くり返しくり返しとなえなさい
と教えている。
そうするとあなたの潜在能力が
あなたの人生を変えると思っているのである。
それだから、彼らは或る言葉や文句を
反復また反復してとなえるのである。
それでも、多くの場合、何もおこらない。
それはなぜか。
それは、教師たちがあなたを
催眠状態にして、
あなたが実在していないと
よく分っていることを実在すると信じさせようと
しているのではないだろうか。
あらゆるものには、何事によらず、
いつだろうと、それ相当の存在の道理
というものがあるものである。
なぜかと言えば、
神はすべてのものを理性(ロゴス)によって
造られたのであり、人間はまた、
理性の力を与えられており、
いつでも使えるのである。
多くの心理学者や精神病医たちは、
形而上(宗教)的な瞑想法や説法やマントラムを
使って、クーエ教徒の様に
「毎日毎日、あらゆることが
益々よくなりつつある」と言わせるのである。
これは、形而上的・秘教的な
”力の語”をくり返しによって
使おうとしているのである。
クリスチャンサイエンスの人たちは、
我々に”わたしは幸福だ。
わたしは幸福だ、
わたしは幸福だ。
わたしは病気でない、
わたしは病気でない”
などと言えと教えてくれる。
では、あなたが健康の時に、
わたしは病気でないというだろうか。
あなたはしあわせな時に何か言わねば
ならないのだろうか。
もし、あなたが幸福である時は、
何も言わないであろう。
あなたが幸福でない時にだけ
”わたしはしあわせである”
と言うのである。
あなたが実際にしようとしていることは、
あなたが存在していないと
分っていることを自分自身に信じさせる様に、
心理的な自己催眠化なのである。
そして結局、実際にそうでなくても、
その反対のことを信ずる様になれるのである。
それは、心理的自己催眠なのである。
わたしはある英人貴族が
書いた本を持っているのを思い出した。
彼は、これこれしかじかの言葉を使うべきである。
あるいは、これこれのことをすべきである。
さすれば、あなたは偉大な治療家と
なるであろうと言っている。
その男はその本を書いてから
一箇月後に彼が治すことのできた病気によって亡くなった。
彼は自分自身で存在もしないことを信じていたのである。
うまくいった自己催眠は、苦しみをなくし、病気をなくする。
つまり、それがあるという感じをなくす。
それはその通りだが、
根本的な原因を除去しなければ、
病気はまだそこにあるのである。
「ヨガの真義」(M・ドーリル博士著)より
”あなたが実際にしようとしていることは、
あなたが存在していないと
分っていることを自分自身に信じさせる様に、
心理的な自己催眠化なのである。”
とあります。
自分が奥さんでないと分かっているから、
奥さんだと思い込もうとしていますよね。
わたしのところへ、「あなたがたは確言をしないのですか」
と言ってくる人がいる。
わたしは、そんな人々に対しては、
「そうです。確言はすすめていません。
わたしは、その効果を信じないのです」と答えている。
「でも、誰々が確言を用いていますが」と言うが、
それはその人たちの自由なのである。
わたしはそれを信じないのである。
そこいらを歩き回って熱心に
「何々である、何々である、何々である」
と確言しているということ自体が、”何々でない”ことの証拠なのである。
ある人は「わたしは神の完全な子である。わたしは神の完全な子である」
とくり返し言っている。
彼らは、自分たちが神の子でないと思っているから、
その様に言うのである。
彼らが本当に神の子ならば、そんなことを言ってあるく必要は
ないのである。
実際に、人間は神の子なのである。
このことは、肉体の健康のことについても
ある程度応用されているのである。
一部の人々は、”そこいらを歩き回りながらでも
「わたしは健康だ。わたしは健康だ。
私は腹痛でない。わたしは腹痛でない」
とくり返し言いなさい”と教えている。
しかし、もし、その人が腹痛でなかったら、
何が彼の腹をいためているのだろうか。
彼が「腹が痛くない」と言い回っている限りは、
腹痛が続くのである。
そう言って歩くことが腹痛の事実を認め、
受け入れていることになるのである。
だから、我々ブラザーフッドでは、
その様なくり返しの”確言”を使用しないのである。
「療法の眞義」(M・ドーリル博士著)より
ジェリー 今していることより
少し余分に実行し、
少し豊かになるというふうに、
現状から少し前に進むのは簡単ですが、
「量子的飛躍」というのはどうでしょうか?
言い換えれば、
それまで見たこともないようなことを
実現するってことです。
そんなことを創造するには、
どうすればいいですか?
エイブラハム なるほど。
要点がわかったようだね。
少しだけ前進するほうが簡単なのは、
今持っている信念を認めて
ちょっとだけ先へ進めるほうが
簡単だからだ。
それなら信念をまったく入れ替えるのではなく、
少し拡大するだけだ。
「量子的飛躍」とは、
ほとんどの場合、現在の信念を完全に捨てて、
まったく新しい信念を採用することを意味する。
量子的飛躍は、創造の方程式の
信念の部分を強化するだけでは達成されない。
量子的飛躍は欲求の部分を強化することで
達成される。
前に話した、子どもを押しつぶしそうになった
自動車を持ち上げた母親は、
「量子的飛躍」をしたと思うだろう?
それがジムでのことだったら、
それほど重いものが持ち上がると
信じさせるには、非常に長い時間をかけて
少しずつ信念を変えていかなくてはならないだろう。
だが、欲求が非常に強力だったから、
その瞬間に「量子的飛躍」が起こった。
わたしたちは「量子的飛躍」をあまり勧めない。
欲求のほうを過激に推し進めて
驚異的な結果を生み出すには、
きわめて極端でおおげさなコントラストが必要だからだ。
だが、ほとんど例外なく
結果は一時的なもので終わる。
信念とのバランスで、
結局は元の位置に戻ってしまうためだ。
それよりも徐々に望む方向に
信念の橋を架けていくやり方のほうが、
もっと満足できる結果になる。
ジェリー もう一つだけ、教えてください。
欲求を盛りたてるにはどうすればいいですか?
どうすればもともっと望むことができますか?
エイブラハム 自分が欲しいと信じることに
思考を向けること。
そうすれば「引き寄せの法則」に従って
創造に用いるべき多くの情報やデータ、
状況がさらに集まってくる。
わかるだろうが、自分が欲しいと思うものを
目にしたら力強い前向きな気持ちになるのが
自然だ。
だから、欲しいものに
思考を向け続けることが大切だ。
できれば欲しいものがある場所へ行き、
素晴らしい気持ちになれる場所に意識して
自分を置いてみる。
そうやって心地よい気分になっていれば、
いい(とあなたが思う)ものはすべて、
あなたの経験のなかに引き寄せられてくるだろう。
何かに思考の焦点を定めれば、
あとは「引き寄せの法則」が
「盛りたてて」くれる。
だから、欲求を盛りたてて
前向きの気持ちを強めるのに
大きな努力がいるように見えるとしたら、
それは欲しいもののことを考えたと思ったら
次には逆のことを考えるというように、
着実な前進ができていないからだ。
「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より
”だが、ほとんど例外なく
結果は一時的なもので終わる。
信念とのバランスで、
結局は元の位置に戻ってしまうためだ。
それよりも徐々に望む方向に
信念の橋を架けていくやり方のほうが、
もっと満足できる結果になる。”
あなたがたの感情は、
「内なる存在」とあなたがたとの関係を示す
物質世界での指標である。
言い換えれば、
ある対象に思考の焦点を定め、
それについて具体的な見方、
具体的な見解を持ったとき、
「内なる存在」もそれに焦点を定め、
ある見方、ある見解をとる。
そのときにあなたが何を感じるかで、
両者の見方が一致しているかどうかがわかる。
例えば何かが起こり、
あなたはもっとうまくやれたはずだとか、
自分は愚かだった、
自分はダメな人間だと考えたとする。
しかし、あなたは立派にやっている、
あなたは賢明だし、
永遠に価値ある存在だというのが
「内なる存在」の見方だから、
あなたとあなたの「内なる存在」の見方には
決定的な不一致が生じる。
それであなたはその不一致を
「ネガティブな暗い感情」という形で感じ取る。
一方、あなたがプライドを持ち、
自分自身や誰かを愛しているとき、
あなたの見方は
「内なる存在」のそれにずっと近くなるから、
誇りや愛情や感謝という「明るい前向きの感情」を抱く。
あなたの「内なる存在」あるいは
「ソースエネルギー」は、
いつもあなたにとっていちばんためになる見方をするし、
あなたの見方がそれに一致すれば
肯定的な引き寄せの力が働く。
言い換えれば、
あなたの気分がよければそれだけ
あなたの「引き寄せの作用点」もいいし、
いいことが起こる。
あなたの見方と「内なる存在」の見方の
波動の相対的な関係。
これがいつでも利用できる素晴らしい「指針」なのだ。
「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)
プライドを持ち、
自分自身や誰かを愛しているときは、
「明るい前向きの感情」を抱きます。
「内なる存在」あるいは
「ソースエネルギー」と、一致した見方であるサインで、
いちばんためになる見方だよ、
ということです。
”あなたの気分がよければそれだけ
あなたの「引き寄せの作用点」もいいし、
いいことが起こる。”
ということになるので、
いい気分かどうかをよく観察します。
このいい気分になる考えというのが、
自分の望んでいることになります。
逆に望まないことを考えている時は、
いい気分にはなりません。
あなたがたは目的を持って行動する。
それは、あなたがたが生きる物質世界の醍醐味の一つだ。
だが、あなたがたの本来の意図は、
物理的な行動を通じて創造することではない。
思考を通じて創造した結果を
身体を使って楽しむ、
それがあなたがたの目的だ。
まず前向きの明るい感情とともに
思考を未来に向け、創造が始まる。
あなたがたはこの時間と空間の世界で、
創造の果実である現象がそこにあると期待して
未来に向かって歩く。
そうすると、あなたがたが未来に向けて開始した
楽しい創造から、楽しい行動のインスピレーションがやってくる。
今を基に行動しても、
それが楽しい行動でなければ、
決して幸せな結果にはつながらない。
そんなことはあり得ない。
「法則」に反しているからだ。
だから望むものを手にいれようとして
いきなり行動に走るのではなく、
「望むものが実在すると考えなさい」
とわたしたちは言っている。
望むものをビジュアル化し、
はっきりと見て、期待する─
そうすれば実現する。
自然に道がわかり、
インスピレーションが与えられ、
完璧な行動に導かれ、
求めるものにつながるプロセスが開かれる。
それなのに、わたしたちが話していることと
世間の大半の人たちのやり方には大きな違いがある。
「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より
思考を未来に向け、創造が始まる。
あなたがたはこの時間と空間の世界で、
創造の果実である現象がそこにあると期待して
未来に向かって歩く。
そうすると、あなたがたが未来に向けて開始した
楽しい創造から、楽しい行動のインスピレーションがやってくる。”
この様な手法が横行していて、
素人が真に受けて実践している様ですが、
やめましょう。
もっと自分を掘り下げて、
誰かや何かに執着するのではなくて、
自分の望みは何かを探して下さい。
彼に彼女が出来たのが嫌
→だったら何が望みか?
そうか、これか!とハッとする様な考えや、
これを望んでいたんだとホッとする様な考えを、
見つけ出すと、
しっくりくる感じがします。