エイブラハム達が伝える「引き寄せの法則」
というのは、
似たものを引き寄せる法則のことで、
思考が現実化する法則のことではありません。
考えると波動が出て、その波動に応じて、
引き寄せの法則が働く、とありました。
引き寄せるのは現実的、物質的なものだけではないのです。
引き寄せの法則を伝えていない、
カウンセラー、アドバイザー、メソッドにご注意下さい!

 

先日、おかしな引き寄せの法則の解釈を発見したので、

別に記事にしますね。

 
エイブラハムが教える引き寄せの法則について書いた記事は、
下記になります。
 
「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著) より
 
「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
 
 
 
引き寄せ界隈の現状を見て、
"エイブラハム達が伝える「引き寄せの法則」
というのは、
似たものを引き寄せる法則のことで、
思考が現実化する法則のことではありません。"
という注意喚起を強く行なおうと思っています。
 
引き寄せの法則は思考が現実化する法則です、
というのは間違いです。
それぞれ別々の法則になります。
 
引き寄せの法則は願いが叶う法則です、
というのも間違いです。
法則は単に法則なので、
誰に対してもどこでも同じ様に働きます。
願いが叶う時と叶わない時がある時点で、
法則ではないですよね。
望みを実現する為に、
引き寄せの法則を上手に活用する、
ということになります。
 
私たちの経験には、
意図的に創造して経験するパターンと、
惰性で創造して経験するパターンがあって、
法則を理解して意図的に創造していこう、
というのが、
霊的な知識や情報になります。
これを歪めている情報が多いので、
とても危険だなと感じています。
 
スピ系の人ってすぐ、
正解なんてないんだ!と言いますけれども、
正解があるものとないもの両方ありますよ。
嘘吐いてはダメですよ。
この世の中に正解というのがあるものは、
いくらでも見つけられますよね。
 
事実と真実という記事を書きましたが、
例えば、今、雨が降っているとします。
これは事実ですよ。
私とあなたが一緒の場所に立って、
空から雨が降って来たなら、
同時にそれを確認することが出来ますよね。
誰でも共通に同じものを見ることが出来ますよね。
今、雨が降っていることを確認出来ない人は、
別の場所にいたり、屋根のあるところにいる人でしょう。
雨が降っているのに雪だと言ったら、
雪は不正解です。
雹だと言っても不正解です。
雨と言ったら正解です。
正解はあります。
でも雨に対してどんな風に感じるかは、
人それぞれ違いますし、自由に行なえるものです。
 

goo辞書では、

法則というのは、
”一定の条件下で、事物の間に成立する普遍的、必然的関係。
また、それを言い表したもの。”を指していて、
普遍的というのは、

”広く行き渡るさま。極めて多くの物事にあてはまるさま。 ”

とあります。
知っていても知らなくても誰にでも働くものが、
法則です。
 
私がコップを手に持っていて、
手を離したら下に落ちるけど、
あなたの時には、
上に上がっていくなんてことはないですよね。
それとも認識の違いですか?
私の解釈ですか?
前提を変更すれば、下に落ちる事はなくなりますか?
 
引き寄せの法則は願いを叶える法則でしょうか?
 
 
先ほど息子と、
最近の引き寄せの法則って、
思考が現実化する法則だとか、
願いが叶う法則だとか言って、
そのやり方を有料で教えますって人が、
沢山いるんだよ、
という話をしていました。
 
内容は全然引き寄せの法則ではなくて、
願いが叶うと信じ続けてたら叶うんだよ!
現実を見ちゃだめ!
と言ってて、
お客さんがいつ叶うんですか?
と聞くと信じていれば必ず叶うから!
そうやって疑うから叶わないんです!ってやるんだよ。
お客さんの信じる力が弱いとか、
お客さんのせいにするんだよ!とか言ったら、
「カルトじゃん!」
って一言。
 
まぁそうだよね、
そう思うよね。
でもそう思えずに騙される人がいるんだよね。
 
詳しく知らなくても、
ちょっと話を聞いただけで、
カルトって言葉が出てくるほどヤバいんだよ。
 
更に、自分の作ったブレスレットに、
エネルギーを込めて売ったり、
この香りは引き寄せを加速させます、
願いが叶います、
金運がUPしますとか言って、
色々な商品を売りつけるんだよ。
これは、
霊感商法とか開運商法とか呼ばれるものですよね。
 
詐欺、カルト、悪質な商売と言えます。
ちょっと冷静になって下さいね!
 
もう、スピ系ビジネスはオワコンだよ。
 
特別な能力でも技術でもないし、
自然に経験を積み重ねる中で、
理解していく人達がすごく増えている。
人々の意識が上昇しているとも言えますけど。
 
陰謀論だって、結構普通に当たり前の様に、
知っている人が増えてきましたよね。
引き寄せの法則っていう言葉も、
知っている人が増えました。
いい気分で楽しい事を考えながらやると、
うまくいくんですよ!なんて、
普段の会話で出て来ることもあるんですよ。
 
 
前の記事で、彼に振られたくないという望みがある時の、
思考の探し方を書きました。
私だけを見て欲しいとか、
愛されたいとか、
告白されたいといった望みは、
他人軸であると言えます。
そういう望みを善しとして、
実現可能なこととして、
アドバイスしている引き寄せカウンセラー、
アドバイザーが多い事に吃驚しています。
 
ある引き寄せアドバイザーは、
彼からの告白を引き寄せる方法を伝えていました。
この人曰く、
引き寄せは前提が叶う法則だそうで、
彼から告白されたいと思いつつ、
ネガティブな考えをしているのなら、
ネガティブな考えの方が叶っているので、
告白まで至らないのだということです。
 
で、そのアドバイスに対して、
他の引き寄せカウンセラーが、
どうやったら彼から告白されるのか?
という質問をする人は上手く行かない、
どうやったら告白される自分になれるのか?
という質問をする人は上手く行きます!
と乗っかって自分を宣伝していました。
 
また、他人の人生や心情をどうこう変えてやる!
という意識は、
とんでもない驕りだし見下しだ!
裏を返せば、そういうことが出来る自分に、
強い価値を感じているということ、
そうでもしないと自分の価値を見出せない、
ということなんだ!
という風に強く訴えている、
心理カウンセラーが、
彼からの告白を引き寄せる方法に共感、
全くその通り!と絶賛していました。
 
もうこの辺りで、私の頭の中は、
混乱してきます。
自分軸と他人軸の区別がつかなくて、
自分軸で語るべきことを他人軸で語るみたいな。
投影も物凄いですよね。
怖いです。
 
どうやったら彼から告白されるのか?
どうやったら告白される自分になれるのか?
なんて、
彼が告白してくる現実を創ろうとしている時点で、
他人軸なんだけど、
さらにその方法をカウンセラーに聞くという、
ここも他人軸みたいな。
 
彼が告白してくる様な自分になる方法を、
カウンセラーに相談する?
彼が告白してくる自分になるという、
彼からの態度で自分がどうするかを決めて、
更に、カウンセラーからのアドバイスで、
自分がどうするかを決める。
本当にそんな人いるの?と思うんだけど、
彼からの告白を引き寄せる方法!
について、
カウンセラー業をしている人達は何も疑問を感じない。
そしてそういう他人軸の人に、
お金を払って頼る人達がいるのかと、
なんかもう悲しい気分になります。
 
向き合うべきはその、
条件つきの自己価値観だ!そうですけど、
この人達こそ、まず向き合う必要がありますよ。
投影ですね。
 
共依存患者さんのアドバイザー、カウンセラーに、
共依存患者さんのお客さんが群がる、
そういう感じになっているんでしょうね。
 
彼に振られたくないという望みがある時の、
思考の探し方を書きましたが、
私ね、これを掘り下げて考えることは、
出来ませんでしたね。
彼からの告白を引き寄せる方法とか、
全然興味もないし、必要も感じません。
 
私なら好きな人がいたら自分から行きますよ。
何で告白を待つのか?
待っている間に積極的な別の誰かが、
告白して彼女が出来るかもしれない。
 
私は好きになれる人に出会えることが、
とても少なかったので、
好きになったら自分から伝えます。
そういう人が、
次にいつ見つかるか分からないからです。
それに、自分が好きになった人は、
他の人だって好きになるに決まっているわ!
こんなに素晴らしいのだから!とか思い込んでいるので、
あの子もこの子もみんな彼の事を好きに違いないとか、
思い込んでしまうので、
(いや!全然違う!タイプじゃない!いらない!
あげるよ!持って行って!とか言われるけど)
先に言おうと思います。
 
自分から告白して振られた事がありますけれども、
真面目に告白しているので、
相手もちゃんと向き合ってくれました。
本当かどうかは分からないけれども、
「つい目で追ってしまう様な、
気になっている子がいるから」と、
私とは付き合えない理由を説明されました。
嫌いとか好みじゃないとかは言われなかった。
優しいですよね。
告白され慣れているのかな。
そうか、じゃあ仕方ないなと納得しました。
気になる子が私じゃなくて残念だけど。
 
自分から告白して付き合うことになった時には、
こちらが先に好きになったとか、
告白したとかそういうのは、
あんまり関係なくなりますよね。
告白を受け入れた時点で、
立場は同じになりますから、
勝ち負けではないですし、
相手も自分で選択したという責任が生じます。
 
逆の立場で考えて、
誰かに告白されたとしましょう。
好きな人なら勿論嬉しいけれども、
好きではない人の場合、
どうでしょうか?
 
私は告白してくる訳でもなく、
でも、デートに誘うとか、
何かとコンタクトを取って来る、
というのが面倒で、
毎回断っているのに、何で分からないんだろう、
やめて欲しいんだけどと、
よく思っていました。
誘い続ければ落とせると思うのか?
私の態度のどこに脈があると判断しているのか?
みたいな感じで困惑。
でも、はっきり告白された訳ではないし、
こちらにも彼氏がいる訳じゃないから、
誘うのをやめてくれとは言い辛い。
告白してくれた方が、
断って気持ちを明確に出来るので、
はっきりしてくれないかな?
と思いました。
付き合う気がないのだから、
期待させたくないですしね。
あれは何でしょうね?
駆け引きなんでしょうかね。
気持ち悪がっている人もいると思うんですけれども。
 
こちらに好意を持っていそうなのに、
はっきりしなくて、
思わせ振りな態度を取って来る、
私が好きでもない、興味もない人が、
迷惑に感じるので、
相手もそうかもしれないから、
告白しようと思います。
もし、自分が好きな人から告白されたら、
すごく嬉しいので、告白しようと思います。
相手の立場に立って、
自分ならどうかな?と想像します。
 
私は自分から告白することに、
デメリットを感じません。
振られたとしても、
これできっぱり諦められる、
次に行けると思えるので、
そのまま好きでいたとしても、
もう好きなんだからしょうがないと、
納得出来ていますから、
落ち着きますよね。
確かに辛いとか悲しいとかありますけど、
全然いいです。
告白されるのを待つとか、
意味分かんないなと。
 
取り敢えず、自分軸ではなくて、
他人軸です。
彼の特定の行動を期待して、
そうある様に望む、
他人の現実を創造しようとする、
他人の行動に左右されている状態です。
 
思考は自分でコントロールできるから
感じ方も自分でコントロールできるとわかれば、
あなたは自由に生きて楽しむことができるが、
自分の感じ方は他人の行動や状況に
左右されると信じていたら
─そして他人の行動や状況をコントロールすることは
できないとわかっていたら─
自由だとは感じない。

実はそれが、あなたが言う「苦痛」なのだ。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より
 
という箇所をご紹介しています。
他人の思考に振り回されて、
自分の行動を決めているのは他人軸です。
 

エイブラハム あなたがたは
他人の経験を創造することはできない。
他人に代わって波動を出すことは
─そこがその人の作用点になる─できないからだ。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より

 
思考が現実化するという法則だけで、
ものごとを考えている人は、
自分が他人を創造して、
他人の行動や経験までも創造している!
と思い込んでいる様です。
 
エイブラハム 実際、人の場合はそれぞれが
自分で引き寄せた体験をするのを見ているしかない。

あなたが人に代わって考えたり
波動を起こしたりすることはできないからだ。

したがって、
人に代わって何かを引き寄せることもできない。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より

 

自他の境界線を引くというのが、
ここでも大事になってきます。
 

彼からの告白を引き寄せるってこと自体が、

他人の人生や心情をどうこう変えてやる!

とやっていませんかね?
とんでもない驕りですね。
実は彼の事を見下しているのではないでしょうか?
彼には彼の考えや感情があると尊重していませんよ。
裏を返せば、そういうことが出来る自分に、
強い価値を感じているということ、
そうでもしないと自分の価値を見出せない、
ということなんですね!
向き合うべきはその、
条件つきの自己価値観じゃないですか?
 
これを、信じ続ければ必ず叶うから!
疑うから叶わないんだよ!
ルールはあなたが創っているんだよ!
彼を創っているのはあなた!
どんな彼が欲しいの?
何でも叶うんだよ!
思考は現実化するんだから!
とやります。
 
他人の現実を創造出来ると思い込むなんて、
自分が創造主にでもなったつもりでしょうか?
なんという傲慢さなんだろうと思います。
 
傲慢さは克服するのが難しいのですが、
傲慢さを克服しないと霊的な成長はありません。
 
goo辞書では
傲慢とは
”おごりたかぶって人を見くだすこと。また、そのさま。”
とあります。
おごり(驕り、傲り)とは、
”いい気になること。思い上がり。”
他人を見下したり、
自分は凄いんだと思っている様な状態ですよね。
傲り、驕りが見下している状態のことです。
他者との比較があります。
 
感謝の姿勢を見せている人が、
必ずしも傲慢ではなく謙虚で、
他者を見下していないとは限らないし、
自己主張するだけなら、別に傲慢とは関係ないですよね。
また意見の正しさも傲慢さとは関係ないです。
自分の意見を言う人が、
または、正しいと感じる様な意見を言う人が、
傲慢に見える時には、
その人自身が、
相手を立てて自分の意見は言うべきではないとか、
自分の意見は間違っているかもしれない、
だからはっきり意見を言うのは自信がないと思っている、
ということが考えられます。
(ひっくり返してみると、そういう可能性が出てきます)
 
 
もし誰かに、
あなたは今日、サンドイッチを食べたんだ?
やっぱりね。
あなたがサンドイッチを食べる様に、
私が思考したから現実化したんだよ!
今日、映画観に行くんだ!
やっぱりね、
あなたが映画を観に行く様に、
私が思考したから現実化したんだよ!
あなたは今日……と、
何かする傍から言われたらどんな気がしますか?
他人の現実を創造出来るって、
これと同じ様なことをしていますよね?
メンヘラのストーカーですよ。
 
ゼロポイントの奥義とは、
内側の世界と外側の世界を反転させること。
個であり全体、
全体であり個という視点を獲得することにある。 
 
われわれは、ミクロコスモスであり、マクロコスモスでもある。
 
「22を超えてゆけⅡ太陽の国へver.2 6と7の架け橋」 (辻麻里子著)より
 
という箇所にある、個であり全体、
全体であり個という視点を獲得すると、
他人の現実は創造出来ないという事実が、
無理なく受け入れられる様になると思います。
まだ全体の視点を獲得していないんですね。
個という自分自分自分だけの世界で生きています。
 

「そうだよ。みな、すべて愛なんだ。
すべてが神なんだよ……」

「じゃ、神は宇宙を純粋な愛でつくったの?」

「神が”つくった”というのは、
ひとつの表現であって、じっさいには神が、
宇宙や、石や、きみや、ぼくや、星や、くもに
”変化する”ことなんだよ……」

「ということは……ぼくも神っていうこと?」

アミはやさしく笑って、こう言った。

「海のひとしずくが、たとえおなじ物質で
できていたとしても、海だとは言えないだろう。

きみは神とおなじ物質からできている。

きみは愛なんだよ。

進歩が少しずつ、われわれの真のアイデンティティである
”愛”を認識させていくよ」

「じゃ、ぼくも愛なの?……」

「とうぜんだよ。自分じしんのこと、さし示してごらん」

「よくわかんない、アミ」

「”ぼく”と自分のことを言うとき、
自分のからだのどの部分を指さして言っている?
”自分”と言って指さしてごらん」

自然に胸の中心を指さして”ぼく”と言っているのに
気がついた。

「どうして、たとえば、おなかやのどやひたいを、ささないのかな?」

胸以外のところをさしているのを
想像したら、とてもこっけいに感じた。

「自分でも、どうして胸を指さしたかわからないや」

「なぜならね、そこに、ほんとうのきみがいるんだよ。

きみは愛だ。

そしてそのハートの中に、きみの住まいがあるんだよ。

 

「アミ 小さな宇宙人」(エンリケ・バリオス著)より

 

他人の現実を創造出来ると思い込んでいる人は、

”……ぼくも神っていうこと?”

といった状態になっているんです。

 

”アミはやさしく笑って、こう言った。
「海のひとしずくが、たとえおなじ物質で
できていたとしても、海だとは言えないだろう。
きみは神とおなじ物質からできている。”

 

ペドゥリートは子どもなので、

アミは優しいですね!

いい大人がこんなことを言っているというのが、

引き寄せ界隈です。

怖い怖い怖い。

変な怪談聞くよりずっと怖いですよ。

 

ひとしずくのあなたが、私は海よ!と、

言っている状態です。

 

今度は、因果法則に関連したものとして
形而上学的な面をとりあげてみよう。

人間は、肉体から肉体へと継続している。

肉体から他の肉体へと転生する原因は、
転生の法則が働いた時(適用された時)に
生ずる結果によるのである。

さて、転生がおこる理由は、
別のサイクルからきた
否定的不調和を克服するためであった。

各々の因はそれぞれの結果をもたらし、
各々の結果が実現すると、
それがまた別の新しい因となるのである。

この様にして宇宙のあらゆるものは、
互いに連携し合っており、
各々の要因はそれ自身の特有の影響を
全体に及ぼしており、
宇宙の全体計画の中において、
それも重要性をもっているのである。

例えば全宇宙を大海とすると、
水の一滴一滴は大海の一部分であり、
大海そのものの成立に必須なものなのである。

各水滴は海にとって重要なものであり、
各水滴の運動は他の多くの水滴の運動と
集合化して海そのものの運動となるのである。

各々の部分は完全全体の部分として
必須不可欠なのである。

 

「秘教真義」(M・ドーリル博士著)よりより

 

”例えば全宇宙を大海とすると、
水の一滴一滴は大海の一部分であり、
大海そのものの成立に必須なものなのである。
各水滴は海にとって重要なものであり、
各水滴の運動は他の多くの水滴の運動と
集合化して海そのものの運動となるのである。
各々の部分は完全全体の部分として
必須不可欠なのである。”

とあります。

個でありながら、

個が集まって全体になりますから、

一人一人が尊いかけがえのない存在で、

それぞれの自由意志を侵してはいけないんですよ。

各々が自由に選択し、創造することによって、

宇宙そのものの進化発展に貢献するんです。

 

他人の現実を創造できるという思想は、

許容し可能にすることが出来ていない状態です。

 

わたしたちが何よりもあなたがたに
思い出させてあげたいと思うのは、
この「許容し可能にする術」における
あなたがたの役割だ。

この「法則」を十分に理解して実際に適用すれば、
すべてが思いどおりになる。

言い換えれば、「引き寄せの法則」は
あなたがたが理解しようとしまいと存在する。

常にあなたがたに作用し、
あなたがたが考えることに
いつも正確に対応した結果をもたらす。

だが「許容し可能にする術」を
意図的に適用するには、
自分がどう感じているかを常に意識し、
思考の方向を選ばなくてはならない。

この「法則」を理解できるかどうかで、
「意図的に」創造するか、
「惰性で」創造するかが決まる。

「許容し可能にする術」を「引き寄せの法則」
「意図的な創造の方法論」の次にもってきたのは、
前の二つの法則を理解できなければ
「許容し可能にする術」は始められないからだ。

「許容し可能にする術」とわたしたちが言うのは、
次のようなことである。

わたしはわたしであり、
わたしはありのままの自分に喜びを感じて、
楽しんでいる。

あなたはあなたであり、
たぶんわたしと違うだろうが、
それもそれでよろしい。

なぜなら、
わたしたちの間に劇的な相違があっても、
わたしは自分が欲することに焦点を定めることができるし、
自分に不快感をもたらすことに
焦点を定めるほど愚かではないから、
ネガティブな暗い感情に苦しめられることはない。

わたしは「許容し可能にする術」を
現実に適用する者として
この物質世界にやってきたのは、
自分が思う「真実」に
全員を従わさせるためではないことを
理解している。

また画一性や同一性を促進するために
やってきたものでもない。

同一性、画一性には、
創造性を刺激する多様性がないことが
理解できないほど愚かではないからだ。

画一性の実現に焦点を定めれば、
わたしは創造の継続ではなく
終焉に向かうことになるだろう。

だから「許容し可能にする術」は、
この地球と地球上の種
さらには
この宇宙自体の存続あるいは生存に
どうしても欠かせないし、
その存続はすべての「源(ソース)」の幅広い視点から
力強く認められている。

物質世界の視点に立っているあなたがたは、
自分自身の成長、拡大を認めないかもしれないが、
そのときには自分が腐りかけているような
嫌な気分になるだろう。

そして他人の成長、拡大を認めないときにも、
自分が腐りかけているような嫌な気分になるはずだ。

気がかりな状況を見て、
しかしそれを止めたり変えたりするために
努力するのではなく、
放っておこうと思うとき、
あなたはその状況を「我慢」している。

これは「許容し可能にする」こととはまったく違う。

「許容し可能にする」とは、
自分と「内なる存在」とのつながりを
維持し続けられる物事の見方を探す術だ。

それはこの時空という現実の世界にちりばめられた
データのなかを選択的に移動しながら、
心地よい物事に焦点を定めることで実現できる。

つまり「感情というナビゲーションシステム」を活用して、
思考が向く方向を決定するということだ。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より
 
”わたしは「許容し可能にする術」を
現実に適用する者として
この物質世界にやってきたのは、
自分が思う「真実」に
全員を従わさせるためではないことを
理解している。
また画一性や同一性を促進するために
やってきたものでもない。
同一性、画一性には、
創造性を刺激する多様性がないことが
理解できないほど愚かではないからだ。
画一性の実現に焦点を定めれば、
わたしは創造の継続ではなく
終焉に向かうことになるだろう。
だから「許容し可能にする術」は、
この地球と地球上の種
さらには
この宇宙自体の存続あるいは生存に
どうしても欠かせないし、
その存続はすべての「源(ソース)」の幅広い視点から
力強く認められている。”
とあります。
 
彼に愛されたいとか、告白されたいと、
彼の行動についての願いを叶えようとする人は、
あなたが思う真実に、
彼を従わせようとしている状態です。
画一性や同一性を促進しようとしていて、
創造性を刺激する多様性がない為に、
創造の継続ではなく終焉に向かうことになります。
宇宙自体の存続に関わることなので、
他者の自由意志は尊重しなくてはいけません。
他人の現実を創造するという願いを考える人、
好きな彼をどうこうしようと考える人は、
支配者層側の思考、
侵略系宇宙人と同じ思考なのが分かりますか?
自覚出来ない程、マインドコントロールされているんですよ。
 
間違った解釈の量産型引き寄せの法則を、
鵜呑みにしているからです。
どうして拡がった情報なのでしょうかね?
実践しながら確認すれば、
事実と妄想の区別はつくと思うんですけどね。
 
彼が私だけを見て欲しい。

彼に愛されたい。

彼に告白されたい。
といった、
彼に何かしらの行動をさせたい、
それが願いだと言う人は、
もっと掘り下げて、
その奥に自分のどんな気持ちが隠されているのかな?と、
内観することをオススメします。
 
私だけを見て欲しいのはどうしてだろう。
愛されたいのはどうしてだろう。
告白されたいのはどうしてだろう。
 
つまり私は何をしたいのか?
どうしたいのか?
私を主語にして、肯定語で考えて下さい。
やる必要はないです!って言うアドバイザーは、
やったことがないからそう言っているだけです。
実践したら出来るのが分かります。
(何年もかかった転換もありますからね!)
 
奥の奥には、
自分の価値を感じたいとか、
安心したいとか、
寂しさを紛らわせたいとか、
条件的にこの人がちょうどいいとか、
他者に見せつけていい気分になりたいとか、
(これも他人軸)
内側のドロドロした本音がありますよ。
これを引っ張り出してみて下さい。
 
彼が~あの人が~と言っているうちは、
自分の本音から目を逸らすことが出来ますよね。
楽なんですよ。
あいつがこいつが言っている方が。
 
引き寄せの法則はがっつりスピなので。
自分の闇との対峙は外せません。
こういうのを怠ると、
どんどん負のループに陥って、
堕ちるところまで堕ちます。
法則が働きますので。
 
覚悟して腹を括って内観しましょう。
 
 
自他の境界線が引けないメンヘラストーカーの、
引き寄せ依存症の人で、
自分が彼を愛しているのは、
鏡だから、
彼が自分を愛している証拠なんだ。
彼に会いたいと思うのは、
彼も私に会いたいと思っているからだ。
彼がそう思うから私も思うんだ。
とやっています。
 
なんか相手の気持ちと自分の気持ちが、
ごっちゃになっていて、
こういうのは統合失調症的な何かかな?とか、
思うんですよね。
スピ系の人ってメンヘラも多いのですが、
スピリチュアル的な解釈にすると、
病気ではなくなるということがよくありますよね。
まるで能力者、覚醒者の様に感じられる。
 
統合失調症というのも、詳しくは分からないのだけど、
思考とか感情がまとまらなくなる、
行動がコントロール出来なくなる様な状態、
ではないですか?
 
スピの思想にハマってしまって、
現実と妄想の境が分からなくなってしまうと、
病的な状態になってきます。
 
だから安易にスピリチュアルに足を踏み込むのは、
危険なんですよ。
精神を壊してしまうこともありますし、
悪因を重ねて病気になることもあります。
ガイド達が魂を救う為に、
肉体を離れさせる(死)こともあります。
 
ツイッターで相互だった統合失調症の人は、
自分が創造主だと言っていて、
自分から分裂してお前達がいる、
お前の考えは俺のもの、
皆が俺から分裂したから、
こんなに俺は苦しんでいるんだと言っていました。
 
他人の現実を創造すると言っている人も、
同じことをしているんですよ。
自分が全く見知らぬ人、嫌いな人に、
自分が行なっていることと同じことをされたら、
どんな気分になるのか想像してみて下さい。
どれだけ気持ち悪いか。
相手の立場に自分が立ったら、
ということを考えるのも、
自他同一の意識、
個であり全体、全体であり個の意識になります。
 
現実的に確認する、現実を見る、
事実と妄想を分ける、
法則や真理をしっかり理解する、
実践して結果を積み重ねる、
といったことが大事なんです。
何でもありを自分の中に取り込んでしまうと、
壊れて行きますね。
どうしても拒絶したい、
見たくない、受け入れたくない何かがあるのでしょうね。
 
あなた自身にそういう闇があるのは、
別にいいと思うんですよ。
誰でも向き合うのが困難な辛いことはありますよ。
でも、自分が見たくないからといって、
他人まで巻き込むのは霊的に言うと、
犯罪行為になりますのでやめて下さい。
引き寄せの法則はがっつりスピなので、
霊的にそういった人々は監視される様になります。
 
 
天使界の管轄なのですが、
個人個人の状況を把握しています。
でも、
こういうおかしなスピ系、引き寄せ系、
カウンセラー、アドバイザーなんかが増えて、
人々の意識に何らかの影響があると、
全体や地表上の出来事を左右してくるので、
例えば凶悪な事件が増えるとか、
大きな災害が増えるとか、
そういう時には、
天上界からも警告が出されます。
 
こちらを読んでいる商売系の人で、
該当者がいますので、
しつこく書いていますよ。
日常生活の中で、
やめなさいとサインが出ていると思います。
サインが出ているのは、
天使界と繋がった、
光か闇かで言えば光側の人ですけれども…。
自由意志を尊重していますので、
無理矢理止めてくれるということはないです。
自分で選択しましょう。
 
サインが出ていない人は、
申し訳ないのですが、
そもそも繋がっていないので、
分からないかな?とは思います。
残念ですが…。
 
 
また長々と書いてしまいましたが、
彼からの告白を引き寄せる方法といったことを、
アドバイスする様な人は、
立ち位置が他人軸です。
悪質で他人をコントロールしようという、
支配者層、侵略系宇宙人と同じ思想を持っています。
 
自分軸なら、
彼に告白するいいタイミングを引き寄せるとか、
チャンスを引き寄せるといったアドバイスになりますね。
自分がいい気分になれるようなことを考える、
彼と会っている時にいい気分になれる様な考え方を、
彼に会う前に探し出して練習をしておく。
 
彼に告白したら、どういう返事が返るのか?
というのは、
彼が決めることなので、
自分の反応を意図的に選択するようにします。
言い換えると、反射的に反応するのをやめる、
ついネガティブな捉え方をするのなら、それをやめます。
 
流れを見ると、告白するタイミングが分かるようになります。
ここで言わなきゃ!というチャンスが来ます。
でもここぞという時邪魔が入る、
何故か空回りするという時は、
この人じゃないよ!というサインだったりしますよね。
私なら、告白するぞするぞと突っ走らないで、
様子を見ます。
 
彼からの告白を引き寄せる方法といったことを、
アドバイスする人、
そのアドバイスに共感して絶賛する人、
参考にする人、
ご自身に自覚はないのでしょうけれども、
他人軸です。
自分がどうあるかではなくて、
他人にどう見られるかを大事にします。
いつも他人の反応を気にしていて、
他人の反応によって自分の態度を変える、
選択肢を選ぶということをしています。
 
でもしょうがないんですよ!
売る為にお客さんの反応を見ながら、
情報を発信する、
商品を提供する訳ですから、
そういう商売の仕方をするには、
他人軸である必要がありますよね。
だから、同じ様な商売の人達は固まって、
お互いの意見がいいね!とやります。
そりゃそうですよ。
自分軸とは何かすら分からないのでしょう。
(でも自分軸とは?と語ります)
 
逆に言うと、
他人軸だから、そういう商売を選ぶ、
そういう商売の方法を選ぶ、
ということが分かりますよね。
 
自分軸の人は出来ないです。
 
だからスピリチュアルを商売にしていくって、
すっごく難しいんです。
とことん我欲を捨て去って捨て去ってとやったら、
儲からないですから。
食べて行けるのかどうか?という感じになって、
でも自分を信じることが重要なので、
お金に対する不安を克服して、
宇宙を信頼して、
お客さんの顔色を窺わず、
ツイッターのユーザーの反応も無視して、
ひたすら内なる声に従う、
ということを必死でしないと、
あっという間に魔に侵されて、
堕ちて行きます。
 
引き寄せの法則!とやるなら、
もうそれはスピ系の商売をしている、
ということになって、
霊的な存在達にも厳しくチェックされます。
法則に反したことをしていれば、
自分に大きく返ってきますし、
人々を惑わせるのなら、
獣指定されます。
獣指定された人には怨霊が取り憑きます。
改心しないと離れないので、
どんどん精神が壊れて行くと思います。
妄言が多い人がどんどんおかしくなる理由ですね。