喪失の物語。
2006年 監督/ マーティン・キャンベル
007シリーズ第21作。ダニエル・クレイグが6代目ジェームズ・ボンド役に就任し描かれたのは007の誕生編。
歴代ボンド俳優と比べ、それまでのイメージと大きく異なるクレイグの登板には撮影開始前から大論争が巻き起こり、シリーズファンでさえ鑑賞ボイコット宣言と共に反対運動を起こした程でした。
そんな逆境の風吹く中、絶対に失敗のできない大仕事を引き受けたのは、マーティン・キャンベル監督。ピアース・ブロスナンが5代目ボンドに就任したシリーズ第17作『ゴールデンアイ』で大成功を成し遂げたシリーズの名匠です。
不安が付き纏った『カジノ・ロワイヤル』でしたが、公開されると作品は下馬評を覆す大ヒットを記録。クレイグの新たなボンド像と共に熱狂的なファンを生み出した本作は、現在もシリーズ最高傑作のひとつに数えられています。
シリアスなスパイ劇としてリニューアルされた本作の成功により、今日まで続くクレイグ=ボンドシリーズはこの姿勢を崩していません。イアン・フレミングが書いた小説ジェームズ・ボンドシリーズ第1作の映画化であり、製作陣の悲願でもあった本作。大胆な変革を起こすには最高のタイミングだったのです。
【この映画の好きなとこ】
◾︎オープニングタイトル
通例の女性シルエットを完全排除し、戦う男性シルエットのみで構成。しかも初のアニメーション。この試みには驚いた!
しかも超絶カッコいい!
◾︎ミスター・ホワイト (イェスパー・クリステンセン)
政界の大物風でクセモノ感強めです。久しぶりに好きな悪役が登場!これ以降の展開によって、ボンドの義父になってしまうのか?
◾︎M = オリヴィア・マンスフィールド(ジュディ・デンチ)
ブロスナン時代から続投されたジュディ・デンチのM。しかし、それまでの冷徹キャラとは別人設定。感情を隠しもしない癇癪キャラは歴代最も好きなMになってしまった。
◾︎ロックオンガール
『サンダーボール作戦』『女王陛下の007』『オクトパシー』などで見られたシチュエーション。役名無き女性(しかも美人)に見つめられるボンドのシーンが久々に復活!
◾︎ギャンブルに興じるボンド
シリーズ作品にギャンブルシーンは幾度となく登場するが、任務外のプライベートカジノは『ドクター・ノオ』『女王陛下の007』『ゴールデンアイ』と意外に少なく本作で四度目。フレミングの描いたボンドがいます!
◾︎アストンマーティンDB5とクレイグ
第3作『ゴールドフィンガー』で初登場し初代ボンドのコネリー以降、ティモシー・ダルトン以外の全ボンド俳優が乗った(レーゼンビー、ムーアは他作品にて007的役どころをタキシード姿で乗車)シリーズのアイコンカー。コネリー以外の俳優はどうしても違和感を拭えなかったのですが、クレイグは就任一作目で完全に馴染んでおりめっちゃ似合ってます!
◾︎空港テロ
キャンベル監督が『消されたライセンス』のタンクローリーチェイスにインスパイアされて作り上げた壮絶アクション。そのスピード感、重量感はシリーズ屈指のレベル!
◾︎オーダータキシード
ボンドのタキシードを目測で誂えたヴェスパー。驚くボンドとのやりとりがラブコメ風で軽妙洒脱。凄くいいから絶対観て!
タキシード姿のボンドを見つめるヴェスパーが最高!
◾︎督促
残忍な投資家が、恋人ヴァレンカの腕を斬り落とす脅しをかけるも何も出来ないル・シッフル。「恋人を変えろ」と嘲笑されるヴァレンカ含め、メイン悪役がここまで侮辱されるなんて斬新。裏社会に住む者もまた人間なんだなあ。
◾︎毒を盛られたボンド
毒入りカクテルを飲まされた事に気づいたボンドを、トロンとした目で眺めるル・シッフルが出色。心理的な恐怖、スリルを味わえるシーンはシリーズでも希有。
◾︎食事
2人きりで食事をする夜更けのレストラン。特急列車でのプロファイリングに続き、ヴェスパーに恋人がいる事を読み取るボンド。互いが距離を測り始めた繊細なシーン。
◾︎ヴェニスの休日
恋人に貰ったネックレス"愛の飾り結び"を外したヴェスパー。『女王陛下の007』以来の恋人関係にときめきと胸騒ぎが…。
キスのあと、ボンドの両頬を撫でる仕草は「大好き」であり「さようなら」。ボンドの顔を焼き付けるかのように隅まで見回す目。見る度に切なくなります。
◾︎ボンドが生き延びれた理由
何故拷問の夜ボンドは殺されず生き延びれたのか。Mの告白で衝撃の真実を知るボンド。
アクションシーンも素晴らしい本作ですが、最大の見どころはボンドとヴェスパーの物語です。イアン・フレミングの原作に基づき、裏社会に生きる男女の非情な恋を現代風にアレンジした作品は、現代人の心にもしっかりと響いたようです。
この物語に説得力を持たせているのはキャラクター描写。00要員に昇格したてで自信過剰の英国諜報部員。財務省から派遣されたワケありの経理担当。尻に火がついた闇組織の会計係。それぞれのキャラクターに"含み"を持たせた描写が抜きん出ています。
そして、アクションシークエンスの間を丁寧に紡ぐ演出が功を奏し、ドラマティックで格調高い物語に昇華させています。酒、食事、ギャンブル、恋人との時間など、フレミングが創造したボンドの日常が描かれており、風景や情景をも愉しめる大人のボンド映画が帰って来たのです。シリーズ最長尺の作品となりましたが、無駄なカットがひとつも無い情緒に溢れた作品です。
ダニエル・クレイグが拘った"ただのアクション映画ではない007"を作りたいという想いが、最高の形で実現した作品です。絶大なる人気と信頼をも勝ち取ったクレイグは、歴代のボンド俳優が築いたシリーズの黄金時代から、更なる高みへといざなってくれたのです。"アクション映画007シリーズ"のファンを自認するが故に、こんな言い方はしたくないのですが、007シリーズは本作で名画への第一歩を踏み出したのです。しかも、これまでのファンを置いてけぼりにする事なく、そして新たなファンすら大々的に獲得して。
更なる高みへ歩み始めた揺らぐことのないそのプライドは、2021年公開予定の新作にも引き継がれているはず。
※2019年3月24日の投稿記事をリライトしました
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