シリーズ最高のロマンスとアクション、そしてボンド。
1987年 監督/ ジョン・グレン
新ボンドとして発表されたダルトンの写真を見た時の興奮と感動は、今でも鮮明に覚えています。野生に潜む知性、そして陰鬱さを匂わす劇画ハンサム!これぞボンドと思ったものです!しかもシェイクスピア俳優として慣らした確かな演技力で鬼に金棒!本当に新作が、そしてこれからの007シリーズが楽しみで仕方ありませんでした。
ボンドを住むべき世界へ戻す
ボンド役に就任したダルトンは、まずイアン・フレミングの原作小説を読み、ボンドの本質を探る事から役作りを始めたといいます。その結果、自己嫌悪気味で無愛想ながらも、国家への忠誠心は揺るがない政府の殺し屋という、ダルトンならではのダークなボンドが創造されたのです。それはフレミングの原作回帰であると同時に、ダルトンは公約を果たすことにもなりました。ダルトンは、フレミングが描いた世界へジェームズ・ボンドを連れ戻したのです。
そんなダルトンのアプローチを歓迎したのは第12作『ユア・アイズ・オンリー』以降、4作品連続登板となったジョン・グレン監督。グレン監督もボンドの本質を描こうと奮闘していたシリーズ古参スタッフのひとり。
初期作品のようにハードでバイオレントなボンド像を取り戻そうとしていたグレン監督は、ダルトンという最高のパートナーを得て、遂に理想のボンド映画を完成させるのです。
そして、本作のもうひとつの大きな魅力が、マリアム・ダボ演じるカーラ・ミロヴィの存在です。本作に登場するボンドガールはカーラひとりである為、ボンドとカーラのロマンスがどのシリーズ他作品よりも時間をかけて描かれています。
正体を隠してカーラに接近するボンドや、互いに結ばれない恋と分かっていながらも、加速する恋に身を委ねる様は、さながら『ローマの休日』を彷彿させ、シリーズ随一のロマンティックさを誇ります。
一夜限りの恋が殆どのシリーズ他作品や、結婚に向けて愛を育む第6作『女王陛下の007』とは、この点で大きく異なります。
一方、アクションシーンにおいては、グレン監督の集大成とも呼ぶべき渾身の活劇シーンが画面を彩ります。ただ単に殴り合う、車で追いかけ合うだけでなく、超弩級の視覚的サプライズを盛り込むのがアクション映画作家グレン監督です。本作で描かれる数々のアクションは、まさにシリーズ四半世紀の集大成であり、決定版と呼ぶに相応しい驚きのアイディアと情熱が投入されています。
最高のロマンスと最高のアクションで構成された『リビング・デイライツ』は、シリーズの枠を超え名画の域に達した傑作です。
【この映画の好きなとこ】
◾︎ジェームズ・ボンド (ティモシー・ダルトン)
007シリーズで最も好き(ジョージ・レーゼンビーと並んでですが)なボンド。陰のあるボンド像を築いたダルトンは、フレミングの原作ファン、そして故ダイアナ妃からも称賛された。またダルトンは多くのスタントを自らこなし、作品にリアリティをもたらした。
◾︎カーラ・ミロヴィ (マリアム・ダボ)
コスコフ将軍とボンドの狭間で揺れるキャラクターは『ロシアより愛をこめて』のタチアナを彷彿させる。シリーズ随一の清純派ボンドガールでありながらボンドとの相性は抜群で、シリーズのベストカップルに挙げたい。
◾︎ソンダース (トーマス・ウィズリー)
MI6ウィーン支局勤務でボンドをサポートする諜報員。生真面目な性分ゆえボンドに振り回されるが、側からみれば名コンビ。
◾︎カムラン・シャー (アート・マリク)
アフガニスタンのカリスマ
◾︎ミス・マネーペニー (キャロライン・ブリス)
本作で初の代替わり。ブリス演じるマネーペニーがシリーズ史上最も好きだし、ボンドとのコンビネーションもこの2人が最高。
◾︎ワルサーWA2000
コスコフ将軍の亡命シークエンスでボンドが使用するスナイパーライフル。その重量感と美しいフォルムで強烈な印象を残す。ティモシー・ボンドといえばこのライフルを構えたシーンを思い起こすファンも多いのでは?
これこそが『リビング・デイライツ』のアイコン
◾︎アストンマーティンV8
アストンマーティンがボンドカーとして登場するのは、『女王陛下の007』以来のこと。格調高いデザインからは想像がつかないほどの秘密兵器が満載されており、第10作『私を愛したスパイ』のロータスエスプリ以来の大活躍を見せる。
◾︎美術と画作り
情緒溢れる美しい映像と美術が作品全体を支配している。その美しさは『女王陛下の007』に匹敵するほど印象深い。このセンスがあってこその名作。
◾︎アバンタイトル
猛スピードで走るジープにしがみつく、タフなティモシー・ボンドの魅力が開巻早々に炸裂。ジョン・バリーのドスが効いたスコアも強い印象を残す傑作シークエンス。
◾︎タイトルシークエンス
拳銃、カクテル、美女の映像をふんだんに使ったB級感とハードボイルド感に、a-haの主題歌が見事にハマった。
◾︎コスコフ将軍の亡命
イアン・フレミングの短編小説『ベルリン脱出 THE LIVING DAYLIGHTS』を映像化した傑作シークエンス。原作の味わいそのままに仕上げたグレン監督の手腕を最高に評価すべき。束の間のロマンスと、政府の汚れ仕事をこなすボンドの鬱憤までもが見事に描かれた本作で最も好きなシークエンス。
英国政府を利用し、プーシキン将軍を始末させようと目論むコスコフ。騙される国防大臣とMに反し、コスコフの腹を見抜くボンドは凄みすら感じる。ここでもダルトンの繊細な演技が光る。
「そらあかんて」「せやな」「… (ニヤリ)」
◾︎チェロ奏者のカーラ
美しい演奏と、可憐なチェロ奏者カーラに淡い恋心を抱くボンド。その表情は、ほんのひと時ながら政府の殺し屋である事を忘れさせる。ボンドと棲む世界の違いを明確にしながらも、迫る恋の予感に胸騒ぎ。
◾︎忘れもの
KGBの尾行を撒いたボンドとカーラ。しかし大事なチェロを忘れて来た事に気づき、部屋に戻ると言い張るカーラと、断固拒否するボンド。しかし次のジャンプカットで、大きなため息混じりにカーラを待つボンドが映される。ユーモアとロマンティックが共存する演出は2人のこれからが楽しみで仕方なくなる。
◾︎カーチェイス
第3作『ゴールドフィンガー』で披露した敵のタイヤをパンクさせる機能を80年代ver.にアップデート。レーザーで車体を焼き切るシーンは、驚きと爆笑が混在した名シーン。これ以後も怒涛のアクションが炸裂!
◾︎デート
正装したボンドとカーラの遊園地デート。子どものようにアトラクションを楽しむカーラとボンドがシリーズとしてはあまりに新鮮。『女王陛下の007』以来のデートシークエンスが感慨深い。
◾︎友情
振り回されながらもボンドの為に働いたソンダースに、心からの礼を言うボンド。世知辛い世界に生きる2人に仄かな友情が芽生えた名シーン。
突然の悲劇にそれまでのボンド像を覆すマジギレ演技
◾︎プーシキン将軍との面会
コスコフ将軍の偽証言を裏付ける為、プーシキン将軍を訪ねたボンド。怒り混じりの低い声で静かに喋るダルトンの凄みと非情さが際立ち、何をしでかすか分からない危険性を孕んだ。本作で2番目に好きなシークエンス!
◾︎囚われたボンド
コスコフ将軍の口車に乗せられ、ボンドに睡眠薬を飲ませてしまったカーラ。後悔し謝るカーラの手を握り返すアップの本気度が凄い。加速してますね、この恋。
◾︎ ロシア空軍基地収容所
ボンドと共に収容所送りとなったカーラ。サディスティックな看守を返り討ちにし、絞首刑前夜のムジャハディン副司令官カムラン・シャーと共に脱走を図る。
◾︎銃を抜くカーラ
ボンドを戦場へ送り込み借りを返したカムランだが、カーラは援護すべきと煽る。動かないカムランから銃を取り上げ、一人ボンドを追いかけるカーラが、結果的にムジャハディンたちを焚きつける。
◾︎大空の戦い
軍用機の積荷と共に空中に放り出されたボンドとネクロスの攻防戦。2人の殴り合いだけでなく、切れかかるロープ、時限爆弾のカウントダウン、そして燃料切れまで。ひとつのアクションにいくつものサスペンスを詰め込んだ傑作シークエンス。
◾︎決着
最新の防弾装備とハイテク兵器でボンドを追い詰めるウィティカー。第9作『黄金銃を持つ男』のスカラマンガ邸を彷彿させるカラクリ屋敷での攻防が重厚なスリル!
大砲を放つ蝋人形とか不気味で最高!
◾︎エピローグ
ボンドとカーラの2人だけが知る弾痕を最高に洒落た演出で見せる。そしてプリテンダーズのエンディングテーマ"If There Was a Man"がシリーズ史上最高のロマンスを奏で、とろけそうな程の極上エンディングとなった。
絶対観てね!聴いてね!マジ傑作だから
『リビング・デイライツ』はアクション映画の傑作ですが、観る度にそれだけではない深い魅力を知る事になります。観るほどに"アクション映画"から"名画"へと昇華していくのを目と脳と肌で感じるのです。
007シリーズではこれまでに、ラブストーリーに比重を置いた作品が数本ありますが、ボクはこの切ない2人の恋が大好きです。ラブストーリーとしてはシリーズで一番好きな作品『女王陛下の007』をも超えるほどに。
そんなラブストーリーを包むジョン・バリーの音楽も勿論最高の出来栄えで、いつまでも耳から、そして心から離れません。バリーは本作を最後にシリーズを離れましたが、素晴らしい置き土産を残してくれたと思います。
シリーズ製作25周年の節目に作られた作品だけあり、製作陣が一丸となって持てる才能と情熱の全てを出し切った傑作だと思います。言い過ぎかも知れませんが、これまでの25年は『リビング・デイライツ』誕生の為にあったようにすら思われます。
時代の荒波を越え続けて来たシリーズの意地と誇り、そして一人の諜報員を描き続けて来た老舗のこだわりが『リビング・デイライツ』にはあります。そこに他では味わえない特別な感動があるのです。
※2018年12月18日の投稿記事をリライトしました
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