どれほどこの作品を好きかというとまず…"観る前から大好きだった"

 1969年 監督/ ピーター・ハント

007シリーズ第6作。本作で初めてジェームズ・ボンドを演じる俳優の交代劇がありました。それまで絶大な人気を誇っていた初代ジェームズ・ボンド俳優のショーン・コネリーに代わり、ファッションモデルで演技経験ゼロのジョージ・レーゼンビーが大抜擢されたのです。

ボンド役に無名の新人を迎え、前作『007は二度死ぬ』で頂点を極めた数々の秘密兵器は一斉排除され、シリアスなスパイ劇として製作されたのが『女王陛下の007』です。
それまでの娯楽路線から脱却し、イアン・フレミングの原作に忠実で上質な野心作でありながらも、結果としては当時の観客の期待を大きく裏切り、長らく最も人気の低い作品…いや、はっきり言えば嫌われた作品となってしまったのです。

そんな本作の存在をボクが認識したのは8歳の頃。映画誌に掲載されていた007シリーズ全作品チラシセットの通信販売広告でした。その独特の邦題("007"の冠が後につく)、ポスターに描かれたスキーの大アクション、そしてジョージ・レーゼンビーに惹かれ、まだ鑑賞前だというのに本作を観る前から傑作と確信し、大好きになってしまったのです。
その日から、『女王陛下の007』の情報を漁る日々が始まりました。映画雑誌から情報をかき集め、本作の目玉とされるスキーチェイスシーンを夢想し、観てもいない本編の雪崩のシーンは夢にまで出て来ました。本作への思いを募らせ、恋焦がれる日々を何年も年々も過ごしたのです。そして、本作を知るごとに作品の持つネガティヴ嗜好がボクのマイノリティな性質に一致し、募る思いは益々膨れ上がるばかりでした。
まだ家庭用ビデオデッキの一般普及(ボクの家にもありませんでした)や、レンタルビデオサービスが始まる時代よりも少し昔の話です。

しかし運命の時は足音も無く忍び寄っていました。とある休みの日、何気なく新聞のテレビ欄を見たボクがついに発狂!!午後の映画放送番組の枠に、なんと『女王陛下の007』のタイトルがあったのです!まさに家中をひっくり返したような大騒ぎになりました!
クラスで唯一ビデオデッキを持っている友人に録画を頼み、他の友人には電話をかけて『女王陛下の007』放映の宣伝をし、高まる鼓動と共にテレビの前で放送開始時間を待ちました。そしていよいよ放送開始…。

想像を超えていた!!
何もかもが最高だった!!

こんなに面白い映画はこれまでになかった!頭から湯気が出る、いや下手したら発火しかねない程熱くなりました!これまでに観た007シリーズの中でも完全に突き抜けた面白さ!本作に抱いていた傑作という予感すら超えた "神が宿る映画"でした!
録画してもらったビデオテープを、その日のうちに友人から受け取り、ラベルには時間をかけて丁寧に『女王陛下の007』のタイトルロゴを書きました。そして、録画された神々しいそのビデオカセットテープを眺めながら(この所有感だけで幸せいっぱい)、数々のシーンを画用紙いっぱいに描き、何度も作品を繰り返し頭の中で味わったあの頃。これまでの映画鑑賞史において一番幸せな時間でした。

8歳の時に、第2作『ロシアより愛をこめて』のテレビ放映を観たその日から猛烈な007ファンとなり、現在まで007シリーズの大ファンとして生きて来ました。そして、だいぶ大人になった今でも本作に対する思いは変わらず、007シリーズ全25作中最も好きな作品であり、且つすべての映画においても最も好きな作品(北野武監督作品『ソナチネ』と並びますが)として愛し続けています!



【この映画の好きなとこ】

◾︎ジェームズ・ボンド (ジョージ・レーゼンビー)
本作で俳優デビューしたレーゼンビーの度胸と余裕のニヤケ顔は尋常ならざるもの。そこに天性のボンド資質を見る。上流階級の気品と不良っぽさが混在した佇まいは、さながらイギリス王室の不良王子といった趣き。
人気ボンド俳優ランキングでは必ず最下位(プンスカ!)

◾︎トレーシー (ダイアナ・リグ)
その荒くれぶりは亡き夫の裏切りによる傷心から。ボンドとの出会いにより、笑顔を取り戻していく様を心から愛しく思う。レーゼンビー演じるボンドと見せる抜群の相性は、シリーズ唯一のボンド夫人であればこそ。
どんどん変わっていく様にリグの確かな演技力を実感

◾︎ブロフェルド (テリー・サヴァラス)
サヴァラスの持ち味もあって、歴代最もダンディなブロフェルドとなった。部下の先頭に立つ行動力が他作品のブロフェルド像と一線を画す。ボンドと互角に戦った唯一のブロフェルドであり、その高い戦闘能力と威圧感で記憶に焼きつく。
トレーシーを口説くシーンも違和感なしのダンディズム

◾︎ルビー (アンジェラ・スコーラー)
それまでのボンドガールと異なるギャル系キャラクターが斬新。美人ばかりが登場する007シリーズでは一際強い印象を残す。その飾らない可愛らしさと愛嬌が最大の武器。
髪型やファッションセンスも好き

◾︎アストンマーティンDBS 1967年モデル
DB5と比較すると人気の低い型であるが、そのデザインとボディライン、オリーブグリーンのボディカラーまでもが、作品の気品ある世界観に見事に馴染んだ。当然ながらレーゼンビーとの相性も抜群。
もちろん秘密兵器なんていらない

◾︎ガンバレル
歴代唯一の片膝撃ちが無類のカッコよさ!肩で風切るようなチンピラスレスレの歩き方もレーゼンビーならでは。シンセサイザーとブラス楽器で演奏された"ジェームズ・ボンドのテーマ"も鮮烈。

片膝つくなんて!初めて観た時の衝撃ったら!

◾︎アバンタイトル
夜明け前の海岸で、光る波しぶきと人物のシルエットを駆使し鮮烈に描かれる。二代目ボンドは、2人の刺客を知恵と拳だけで撃退出来るタフなボンド像を示した。そして名台詞"This never happend to the other Fellow"で観客の心を掴む。
突然のホールドアップ(どこにいたんだよ)
美しい映像が炸裂
レーゼンビーの締まった肉体が躍動する!

◾︎タイトルシークエンス
シルエットとなったボンドがタイトルシークエンスに駆け込む鮮烈なオープニング。『ロシアより愛をこめて』以来のインストゥルメンタルテーマ曲をジョン・バリーが制作。



◾︎取り上げられたワルサーPPK
秘密兵器に頼らない本作のストイックぶりは徹底しており、愛銃ワルサーPPKですらクライマックスまで握らせて貰えない。アバンタイトル、ホテルのシーンに続き、ピズグロリア潜入では隠し持つ事すら許されなかった。
海に飛び込む為ホルスターごとワルサーを外すボンド
刺客に向けワルサーを抜くも秒で叩き落とされ…
ホテルではトレーシーに取り上げられる…トホホ

◾︎We have all the time in the world
ルイ・アームストロングが歌う主題歌『愛はすべてを越えて』をバックに、ボンドとトレーシーのデートを綴ったシークエンス。指輪を見に来た2人の姿が特に印象的で、やさぐれていたトレーシーの更生が嬉しい(親目線)
「あれがいい」と指輪を指すトレーシーが乙女
コレを指に嵌める日を夢見てがんばろうね

◾︎グンボルド法律事務所
昼休みの弁護士事務所に潜入したボンド。一時間後に弁護士が戻るまでの諜報活動を、ヒッチコック並みに小さなサスペンスをいくつも積み重ねて見せる。
待ち時間にPLAY BOY誌を読むシーンもいいね
戻ってきた弁護士。伸びた影のデフォルメ

◾︎裏設定
ヒラリー卿と共に紋章院でボンドを迎えるフィディアンは、実はスペクターの一員。2人の会話をフィディアンが盗聴するシーン、その後ボンドに追いかけられるシーンがあったが、削除された為にスペクターの一員という設定自体も消滅した。この設定は『慰めの報酬』でミスター・ホワイトが言った台詞「我々の仲間はあらゆる場所に出向いている」を思い起こさせる。完全な裏設定となった訳だが、"フィディアンはスペクター"と思って観ると更に深くなる。
人の良さそうなキャラだけに曲者(右端がフィディアン)

◾︎ケーブルカー動力室
秘密兵器を排除した本作では、動力室に幽閉されたボンドが、ワイヤーを伝い脱出を試みる際も、ポケット部分を手袋がわりにする程のこだわりよう。大きな歯車はアニメ世界のようなワクワク感がある。
歯車をヨジヨジ…
ケーブルワイヤーにぶら下がってドキドキ綱渡り

◾︎スキーチェイス
麓まで一気に滑り降りるボンドの鮮やかなスキーテクとスペクターの猛追。月明かりのもとに浮かぶアルプス山脈の美しさ、ジョン・バリーの音楽、第二班監督ジョン・グレンの演出と編集、ウィリー・ボグナーJr.の撮影。一流映画人の手により誕生した007史上、そしてアクション映画史上最高のシーン。
跳弾もド迫力で描かれる
シルエットから放たれるマシンガンのカッコよさ!
赤外線スコープが捉えたボンドのカットも素晴らしい
片脚だけで見せるスキーに爆アガリ!

◾︎007史上最もうるさい殴り合い
吊られた鐘がガランガラン鳴り響く様がユニークなアクションシーン。狭い室内での殴り合いは『ロシアより愛をこめて』を筆頭とする列車内や、『ダイヤモンドは永遠に』のエレベーター、『ゴールデンアイ』の動力室など不定期更新の伝統かもしれない。
ガランガランガランガランガランガランガランガラン

◾︎プロポーズ
ロマンティックな舞台を馬小屋にしたセンスが却ってロマンスに拍車をかける。藁のベッドと一枚の毛布だけでも作れる極上のひととき。やっぱりセンス!
本気なの…?少し怯えた表情のトレーシーがかわいい
将来の居住地を次々に繰り出し語るふたり

◾︎BOND, JAMES BOND.
ボンドの決め台詞が、アバンタイトルと電話のシーンで聞ける。一作品で二度聞けるのはシリーズ中で本作のみ。本作限りのレーゼンビーだが、ここでいつも"お得"と感じる。
わーい! \( ˆoˆ )/

◾︎特攻
Mの命令に背き、特攻隊を編成しブロフェルドの要塞へ殴り込むボンド。嵐の前の静けさを思わせるジョン・バリーのスコア『すべては終わり』が緊張感を高める。朝の冷えた空気感すら伝わる臨場感と圧巻の美しさ。
冷えた空気と共に伝わる緊張感…たまらない!
ボンドのシルエットで爆アガリ!

◾︎ボブスレーコース
ボブスレーで逃走したブロフェルドを追いかけるボンド。暴走するボブスレーの豪速球的スピードと重量感で見せる最後の見せ場。
遂にワルサーPPKが火を噴く
ブロフェルドの肉体的威圧感も凄い
引き摺られながらも見せるボンドの執念

◾︎レーゼンビーのボンド資質
救助犬に向けたボンドの台詞「戯れてないでブランデーを持ってこい」はレーゼンビーのアドリブ。こんな台詞が出てくるレーゼンビーは、やっぱり本物のボンド俳優だと思う。
ヘネシーのファイブスターね


◾︎指輪
指輪を買いにアストンマーティンDBSで颯爽と現れたボンドは、さながら白馬に乗った王子様。トレーシーへの真摯な愛が滲み出ており、プレイボーイから脱却している。
これはもう王子様だよ!
ついにゲット!
そしてトレーシーの指へ!おめでとう*\(^o^)/*

◾︎結婚式
結婚式場で見せるMI6の面々とのやり取りが微笑ましい。「必要なものがあれば何でも言ってくれ」と言う秘密兵器係のQにボンドが答える「必要なものは手にしたし、扱い方の説明も必要ない」は最高の台詞。

ハネムーン出発直前、目で会話をするボンドとマネーペニー。手を振るボンドと、涙目で小さく返すマネーペニーが切なくもかわいい。最後のハット投げは最高の挨拶。
これはマネーペニーだけに見せた笑顔
小さく上げた手が秘めやか。マネーペニーはやっぱり…
最後のハット投げはコート掛けではなくマネーペニーに
さよならジェームズ…

2006年、ダニエル・クレイグを主演に迎えた『カジノ・ロワイヤル』以降、リアリズムの徹底、秘密兵器の排除、そして波乱のエンディングまで本作のテイストが色濃く反映されています。それを見る度に『女王陛下の007』は、早過ぎた傑作だったんだなあと思います。再評価が進む近年、やっと時代が追いついたようです。

最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』までに、ボンドは何度か真剣な恋をしています。しかし、本作が他作品と決定的に違うのは、ボンドとトレーシーのラブストーリーが主軸になっている事です。繊細に描かれた納得のドラマがあるから結婚式のシーンにも説得力があり、2人の結婚を心からお祝いしたくなるのです。そう、2人の結婚を祝福するのは、式場にいた賓客だけではないのです。

そして、本作を観る度に抜きん出ているなと感じるのは、やはりピーター・ハント監督の演出力とセンスです。衣装、美術、音楽のどれもが品良く、どのシーンにも絵画のような美しさを感じます。画面から滲み出るその美しさはハント監督の人格であり、すべてのカット、すべてのシーンにハント監督の魂が宿っているのです。
シリーズ第1作『ドクター・ノオ』から第5作『007は二度死ぬ』まで、編集者として働いたハントは、作品を繋ぎながら自身の思い描く007象が出来上がっていたんでしょうね。長く制作に携わって来たからこそ描けた作品であり、なるべくしてなった名監督の最高傑作です。
We have all the time in the world

※2018年12月12日の投稿記事をリライトしました



女王陛下の007レビューこちらも
007シリーズこちらも

番外編⑥ 007のBJB

番外編⑤ 007のヴィランズ

番外編④ 007のエンディング

番外編③ 007のガンバレルタイトル

番外編② 007のアバンタイトル

番外編① 007のオープニングタイトル

ノー・タイム・トゥ・ダイ

スカイフォール

慰めの報酬

カジノ・ロワイヤル

ダイ・アナザー・デイ

ワールド・イズ・ノット・イナフ

トゥモロー・ネバー・ダイ

ゴールデンアイ

消されたライセンス

リビング・デイライツ

美しき獲物たち

オクトパシー

ユア・アイズ・オンリー

ムーンレイカー

私を愛したスパイ

黄金銃を持つ男

死ぬのは奴らだ

ダイヤモンドは永遠に

007は二度死ぬ

サンダーボール作戦

ゴールドフィンガー

ロシアより愛をこめて

ドクター・ノオ

ネバーセイ・ネバーアゲイン


ピーター・ハント監督作品こちらも