奇抜だが洗練されている。この相反する魅力が支持され続ける理由。

1962年 監督/ テレンス・ヤング

007シリーズ第1作。本作『ドクター・ノオ』を含む007シリーズの三作品を監督したテレンス・ヤングは、度重なる製作者からの依頼に「シリーズ最終作を撮る時には声をかけてくれ」と言ってシリーズを離れたそうです。
この時ヤング監督だけでなく、製作者のアルバート・R・ブロッコリハリー・サルツマンでさえ、半世紀にも及ぶ世界的大人気シリーズに成長する事は、予測出来なかったのではないでしょうか。

映画に限らず、先駆者は時代に取り残されていく宿命を背負っていますが、1962年に公開された『ドクター・ノオ』の褪せない魅力は尋常ならざるものと言えます。製作から60周年を迎えようとしている本作が、何故いまだに輝きを放っているのか?
その大きな理由のひとつが"視覚的効果に長けていること"だと思います。美しいジャマイカのロケーション、絵葉書のように傑出した画作り、シュールで独創的な美術。そのいずれもが、高級絵画のような圧倒的インパクトと気品に溢れています。
そんな芸術世界で繰り広げられるSFじみた活劇は、奇妙な化学反応がおこした映画界の奇跡と言えるかもしれません。

勿論、単に美しさを追求しただけの作品ではなく、製作陣はそこかしこに"毒"を散りばめました。現代では表現が難しくなって来た悪役の身体的特徴、ボンドに絡む悪女やおぞましい生物、そしてボンドのブラックユーモアまでもがうまく機能し、まったく新しい娯楽作品が誕生したのです。
ティモシー・ダルトンの言葉を借りれば"最高にイカした、新しい何かがドカンとやって来た"のです。それは新たなアクション映画史の幕開けであり、007シリーズ伝説の幕開けでもあったのです。



【この映画の好きなとこ】

◾︎ドクター・ノオ (ジョセフ・ワイズマン)
機械仕掛けのような無機質さと威圧感に溢れたキャラクターは、シリーズ悪役の方向性をも決定づけた。ワイズマンのキャラクター造形と演技はもっと評価されるべき。


◾︎ミス・タロ (ゼナ・マーシャル)
ジャマイカ領事館に潜入しているスペクターの一味だが、小遣い稼ぎ目当てに片棒を担いだ感が魅力。引き留めに失敗し、車を呼ぶボンドになす術なく見せる困り顔が決定的。
現実社会にいそうなリアルな邪悪さが出色

◾︎Three Blind Mice
盲目を装った殺し屋三人組。ボンドを霊柩車で追いかけ回し返り討ちに遭うが、後年『ダイヤモンドは永遠に』で葬儀社職員を装う殺し屋に転生した(と解釈している)
シリーズ本編のファーストカットを飾った事でも記憶に残る

◾︎ジャマイカの風景
場末のバーや錆びた家屋風景の独特な世界観は『慰めの報酬』に継承されたかもしれない。ゴージャスなカジノ、豪華絢爛な要塞に対しアシメントリーな魅力を放っている。
ゴージャスなボンドはどこにいても絵になるけど
この錆び加減

◾︎ケン・アダムの美術
本作以降シリーズの顔となる美術監督ケン・アダムがデザインした応接室は、シリーズを通して一番好きなセットかもしれない。落ちた影まで計算された緻密な設計に脱帽。
声だけで登場するドクター・ノオの魅力も相まり、絶大なインパクトを残した名シーン

◾︎タランチュラ
ゾッとするような生物が襲い来るボンド映画の伝統も本作から。この嗜好は『インディ・ジョーンズ』シリーズにも継承された。
5回も叩くなんてどんだけペシャンコにするのさ

◾︎デント教授を待つボンド
デントの奇襲に息を潜め身構えるボンド。銃に精通したボンドが見せる余裕の対応と、冷酷な処刑は初期ボンドならではの魅力。
最高にスリリング!最高にカッコいい絵面!

◾︎島の夜明け
ハニー・ライダーと共に披露されるクラブキー島の風景が圧巻。前後に闇のシーンを挟む事で、より鮮烈に浮き立たせるさりげないテクニックも功を奏している。
 ハニーの白ビキニ、ボンドの水色ウェアは、白い砂浜と青い海の色に合わせたのかな

◾︎White River
砂地の白さが浮かび上がる、なんとも美しい川で繰り広げられる攻防戦。息を潜め互いに距離を詰める静かな戦い。兎にも角にも美しすぎる川に絆される。
007シリーズで最も行ってみたいロケ地!
これもやってみたい!浸かりたい!

◾︎湿地帯での銃撃戦
足場の悪い湿地帯で繰り広げられる闇夜の銃撃戦。火を噴くドラゴンの登場が、観るものを童話世界にいざなう。
小学生の頃、ボクの机にはこの場面が描かれていました
火を噴く竜は架空の生物ではなかった!!

◾︎海底要塞
深海に作られた秘密基地は、さながら豪華ホテルの佇まいで、以降の作品に登場する要塞の原型となった。美術監督ケン・アダムのデザインカタログとして眺めるのも一興。
水族館も兼ねた豪華レストラン!

◾︎トンネル脱出
通気口から脱出を試みるボンド。入り組んだトンネルは、まるで巨大迷路のよう。障害ゲームの趣きがスリルを増幅させる。
ガンバレルから抜け出すボンドにも見えるね

◾︎トンネルの先にあるもの
美術監督ケン・アダム最後の大仕事、原子力プラントのお披露目。現実と虚構が入り混じった素晴らしいデザインに圧倒される。
これを観たスタンリー・キューブリックは、自作『博士の異常な愛情』にアダムを招き入れた

◾︎最後の対決
頭脳派インテリと思わせるドクター・ノオだが、武闘派の側面も持つ。ボンドに先制攻撃を仕掛け、緊迫の直接対決を見せてくれる。
獲物に忍び寄る豹の如きドクター・ノオ!
さながらリング上の決闘!原子炉へ沈むエレベーターのスリルも相まり、手に汗握る緊迫のシーンとなった

『ドクター・ノオ』は、ボクの私的ランキングで、シリーズ全24作品中4位に位置付けられる程大好きな作品です。シリーズ第1作でありながら、本当に古臭さを感じさせません。鮮やかな場面転換の連続で、気付けば終わっている。そして続く余韻から抜け出せない中毒性の高い作品です。

当初、シリーズ第1作には『サンダーボール作戦』が予定されていましたが、権利問題から『ドクター・ノオ』に変更されました。言わば繰り上げ当選だった訳ですが、100万ドルの予算で製作された『サンダーボール作戦』が第1作として公開されていたら、果たして次回作があったのだろうかと思います。
おそらく製作者のブロッコリとサルツマンは、『ドクター・ノオ』には観客の求める娯楽要素の全てがあり、100万ドルの予算があればヤング監督は十分に面白い作品を作れると見極めたのではないでしょうか。
そう考えると、主演のショーン・コネリー、監督のテレンス・ヤング、編集のピーター・ハント、ジェームズ・ボンドのテーマをアレンジ演奏したジョン・バリー、美術のケン・アダム、タイトルデザインのモーリス・ビンダー、そして製作のアルバート・R・ブロッコリハリー・サルツマン。みんな奇跡の逸材であり、本物の天才だったのだなと改めて思います。
そして、この人達がいなければ、シリーズ最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開を、いまかいまかと心待ちにしている我々もいなかったのだと、心から思うのです。

※2018年12月27日の投稿記事をリライトしました


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