数奇な運命に翻弄されるボンドを描いたヘヴィでダークな傑作

1999年 監督/ マイケル・アプテッド

※全編ネタバレですが本編未鑑賞の方もお読みください。ネタがバレた所で魅力が褪せるような浅い作品ではありません(でも最終的には自己判断でね!)

007シリーズ第19作。シリーズはこれまでに幾つかの異色作を発表して来ました。『女王陛下の007』『消されたライセンス』などがその代表格ですが、この『ワールド・イズ・ノット・イナフ』は、シリーズ最大の異色作と言えるインパクトを残してくれました。その最たる理由は、この作品世界を支配しているのが、ジェームズ・ボンドでも、不死身のテロリスト・レナードでもなく、ソフィー・マルソー演じるボンドガール=エレクトラ・キングだからです。
エレクトラはメインのボンドガールでありながら、悪の顔を持つキャラクター。ボンドやMI6だけでなく、肉親をも裏切る非道極まりない悪人。しかし犯罪の犠牲者となった暗い過去や、心に傷を負った脆い女性でもあるところに唯一無二の魅力があります。

本作はシリーズ第6作『女王陛下の007』の設定を引き継いだ作品。つまり、妻トレーシーを失ったボンドのその後が描かれています。エレクトラには、トレーシーとの奇妙な共通点がいくつもあり、フラッシュバックとも言えるシチュエーションの連続がボンドを襲います。

男性を一目で恋に落とす妖艶な姿で、人を意のままに操るエレクトラにソフィー・マルソー。このキャスティングで完全勝利。
そして、同じく暗い過去を持ち、脆く繊細なボンドの新境地をピアース・ブロスナンが体現。新たなボンド像を提示してくれました。

エレクトラはボンドの古傷に爪を立てる。それは故意か偶然か、それとも宿命なのか。そしてボンドはエレクトラに恋をする。数奇な運命に翻弄されるボンドを描いた、シリーズきってのヘヴィでダークな作品です。


【この映画の好きなとこ】

◾︎エレクトラ・キング (ソフィー・マルソー)
ボンドを陥れる乙女の表情は観客をも陥れる。ボンドの手を焼き翻弄させるキャラクターはトレーシーを彷彿。その魅力はいろんな意味で007史上最もズルい女。
銃を構えたこのポーズにこの衣装!最高に好き!

◾︎ジェームズ・ボンド (ピアース・ブロスナン)
『ゴールデンアイ』『トゥモロー・ネバー・ダイ』に続く本作でピアース・ボンドのキャラクターが確立。凄みも加わり最高にカッコいいボンドが誕生!
アバンタイトルで敵を瞬殺直後のドヤ顔アップに鳥肌!

◾︎美術と衣装
オーソドックスで優雅な美術と衣装が本作のカラーを決定づけている。MI6スコットランド本部、エレクトラの屋敷や彼女の衣装など、60年代のゴージャス感を醸し出している。
美術って大事

◾︎アバンタイトル
銀行脱出→MI6爆破→ボートチェイスと三つの見せ場を詰め込み、15分にも及ぶ長尺ながらまったくダレ場の無い傑作タイトル。アクション映画一本分の面白さが詰まっており、本編より高い評価を得る事もある。
敵に囲まれるも余裕のボンドがカッコいい!この画最高

敵船舶に小蝿の如く纏わりつく様が、ボンドのしつこい性格を表現している

◾︎Q退場
秘密兵器開発担当のQを長きに渡り演じて来たデズモンド・リューウェリンが、高齢を理由に本作で引退。Rへバトンを渡し、格言と共に見事な引き際を見せてくれる。
これはファンへ向けたQの引退セレモニーだ

◾︎パラホーク部隊
美しい白銀の世界に突如現れるパラホーク部隊。ボンドをハイエナのようにしつこく追いかけ回す様が出色。アバンタイトル同様、乗り物に性格を持たせた名演出。林に誘い込むボンドの得意戦術は『女王陛下の007』『ユア・アイズ・オンリー』を踏襲。
青い空、爆発の閃光が白銀に映える視覚的センスも素晴らしい

◾︎Remember  OHMSS
本作では『女王陛下の007』のシチュエーションが繰り返される。

〜雪崩〜
雪崩に飲まれたボンドとエレクトラ。ボンドは埋もれた雪の中で、かつて救う事の出来なかったトレーシーの姿を重ね見たのではないか?そう思わせる程ひっ迫したボンドが見られる。
ボンドの目には何が映ったのか

〜カジノ〜
トレーシー同様、無謀な賭けに興じるエレクトラ。そして再び守りに着くボンド。「君のゲームにはついて行けない」と、珍しく弱音を吐くボンドが描かれるのは古傷が癒えていないからか。
劇中エレクトラは何度も着替えをする。このドレスも印象的

◾︎挑発
エレクトラから「怖がっているのは誰かしら」との言葉さえ引き出してしまうボンド。再び失う事を恐れているのか、恋に臆病になったボンドが描かれている。

こんなウルウル瞳のエレクトラはホントズルい

◾︎悪魔の息
テロリストのレナードが部下を処刑するシーン。篝火が浮かぶ暗闇はまさに"悪魔の息"を思わせる。そして意外な人物が処刑される様は『ロシアより愛をこめて』を彷彿。
焼けた石をも握るレナードの怪物ぶり

◾︎Bond, James Bond.
シリーズ恒例ボンドの名乗り。シリーズファンなら歓喜する事間違い無しの愛嬌たっぷりバージョン!

ブロスナンもズルい

◾︎レナードを出迎えるエレクトラ
レナードに飛びつく少女のようなエレクトラに、本来の姿を垣間見る。レナードだけに見せる無邪気な笑顔から、やはり心に傷を負った女性であると確信。
ボンドにも見せなかった笑顔

◾︎キャビア工場
スラップスティックなアクションが炸裂する本編最大の見せ場。ピアース・ボンドの愛車として定着したBMWの活躍も目覚ましい。
BMWを真っ二つにされたボンドが言う「Qが怒るぞ」はわかってるなあ

◾︎射撃
ボンドの手枷を射撃で破壊するズコフスキー。密かに交わされる2人の笑みが最高。そしてそれに気づかないエレクトラの皮肉な台詞も捻りが効いている。
粋な男同士の友情が描かれるのもエレクトラのおかげ

◾︎結末
ボンドは、結果的にエレクトラの迷える魂を解放したとも取れる。眠るエレクトラを撫でるシーンにボンドの想いが溢れている。
その安らかな寝顔が物哀しい

◾︎エピローグ
心に深い傷を負いながらも、ジョーンズに強がりなセクハラジョークをキメるボンドが微笑ましい。観客を笑顔で送り出してくれる演出に敬服します。
ボンド映画らしい完璧なエンディング

エレクトラの儚い人生と、再び愛する者を失ってしまったボンドの悲劇を含め、物悲しさが残る作品です。しかし、本作でのボンドは『女王陛下の007』と異なり涙を流しません。悲恋を断ち切るその様は、一皮剥け更に逞しくなった諜報員の誕生編でもあるのです。この作品で『女王陛下の007』は30年越しに完結を迎えたのです(もうひとつの完結作品に『消されたライセンス』がありますが、こちらはまた別の機会に)

本作の監督はマイケル・アプテッド。既に『歌え!ロレッタ愛のために』『愛は霧の彼方に』『ネル』などで名匠の地位を確立していた監督です。それまでシリーズは、主にアクション映画が得意な演出家を起用して参りましたが、本作での起用にはアプテッドさえも「なぜ私に声が掛かったのか理解出来なかった」と言わせるも「脚本を読んで納得した」と公言しています。
その独特の作風から好みの分かれる作品ですが、7年後に始まるダニエル・クレイグ主演作品シリーズがいずれも異色作と呼べる作風である事、そして名匠監督の起用が続いている事から、本作は"新たな一歩を踏んだ作品"ではないかと思っています。
そして多くの謎を残しながら逝ってしまったエレクトラと本作の魅力は、時の経過と共に増してくるであろうと確信しています。


※2019年1月25日の投稿記事をリライトしました

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